ルイーズ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年1月号
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1. SFマガジン 1985年1月号

が離れた。すると ( ンセンに、相手の顔が〈ルメ ' トの窓越しに見「いますぐスーツを脱ぎたいでしよ」ルイーズが訊いた。「でも、 えた。通信士のジョーイだ。 このスペースではヘルメットを外すことしかできないの」 彼は弱々しく体を動かした。 顔を見なくても、ルイーズが泣いていることが彼にはわかった。 「そう、それでいし ポール」ジ ' ーイが屈みこんで、ふたたび彼「このままにしといてくれ」 ( ンセンがいった。「着くまで待っ の体を起こしたとき、遠くのほうで声が聞こえた。「ほんのちょ 0 よ。そうすれば、スーツを脱いですぐにバスルーム〈直行できる」 とだ、なんとか持ちこたえてくれ、あんたを = ア 0 〉クの中〈入れ「これから山越えにかかるそ」ジ = ーが告げた。「ルイーズ、少 るまででいいんだ」 し揺れが激しくなる、彼を抱いていたほうがいい」 なにか大きな音がして、彼は暗闇の中に取り残された。 ( ンセンは彼女の手にしつかりと抱きかかえられるのを感じて、 つぎに気がついたときは、むせぶような音とともに噴き出す、新ほっと溜息をつくと気がゆるんだ。 鮮な酸素をた「ぶり含んだ空気を貪るように吸いこんでいた。頭痛「し 0 かり抱いてくれよ、ルイーズ」彼はそうささやくと、トラク がしたけれど、だんだんよくなってきた。 ターの室内灯がまぶしくて目を閉じた。「おれは : : : 少し疲れた だれかが、濡れた ( ンカチで汗まみれの顔を拭いてくれていた。 ( ンカチから滴がぼた。ほたしたたり落ちていて、それはしよっぱ、 っこ 0 ルイーズが彼の頭を胸にかかえていたので、彼には妻が見えなか ノュ / カジョーイよ、 ' へつの座席から目をいつばいに見開いて 彼をじっと見つめていた。 「いつ出発したんだ」もう一人が訊いた。ジョニ】 ・。ヒアースが運 転をしているのカ : 、ハンセンに見えた。 「プラトンに到着した直後た」 ( ンセンが答えた。「ぼくとポンべ 以外のものは全部、地滑りに飲み込まれて落下してしまった」 「すると、二十四時間近くも前じゃないですか」ジョーイが叫ん 「畜生、なんてことだ」ビアースがしかつめらしくいった。「多少 みちのワ の誤差はあるにしろ、三百キロの道程だ」 「きみは人間じゃないよ、ポール」ジョーイがいった。 ◇ ◇ 260

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隊員が中継所と呼ぶようにな 0 た場所は、基地の中央に位置して いるドームのことで、そこにはいちばん大きな = アロックがあ 0 こ。ほかの建物は安全扉でそことつなが 0 ており、ドームのどれか ひとつで破損事故が起こ 0 ても、危険な空気漏れをすべて局部で食 い止められるようにな「ていた。実際には、そこが基地全体の正面 ホールになっていた。 ここにい あそこにしばらく立っていればーーーマイクは思った る連中はたいていそこを通りかかるさ。そうすりや、なにが起こ 0 ているか全部わかろうってもんだ。 「いま、二号はどこなの」ルイーズが静かにきいた。 おびえてるんだ、とマイクは彼女の声にこもった緊張に気づきな がら、思った。 「たしかなことはわからないが」彼はルイーズのほうを見ないで答 えた。「彼らはいまごろ、。フラトンの内側にいるはずだ。だから、 あそこから連絡が入るとは思えんよ」 ルイーズはぎくしやくした歩きかたで寝棚のところまでいき、下 段の端に腰をおろして足を組んだ。彼女が苛立たしそうに足を貧乏 揺すりしているのを見て、「イクは目を逸らして無線機のほうをむ ちょっと間をおいて、彼女がまたしゃべりだした。そして、肩を 震わせ、必死になって冷静に話そうとした。 「本当のことを教えて、マイク。知りたいのよ。あなただって一時 間前には彼らのことを心配していたじゃないの、そうでしよ」 マイクは唇をなめた。 「べつだん意味はないさ」彼はつぶやいた。 8 「ほかの人たちは引き返して、報告してきたんでしよ。わたしがい 0 ているのは、送信のことよ。二号になにか起こ「たんだわ、き「 とそうよ」 「まあ、おちつくんだ、ルイーズ」マイクは椅子の上でもそもそ体 を動かした。だが、い。せんとして腰は上げなかった。その様子は、 ーニイはその可能性 まるで家具が身動きしているようだった。「 ( もあると思っていたようだが、結局は、たぶん万事うまくいってる だろうということになったんだよ」 「だったら、どうしてさっき・ ( ッキーがここにいたの」 「。フラトン地域の調査活動に万一面倒なことが起こった場合に備え ただけのことさ。とくになんてことはないよ」 ルイーズは寝棚からびよんと立ち上がった。体をこわばらせ、 さな拳をしつかりと脇腹に押しつけて、そこに立っていた。 「こんなに長い時間、連絡を入れてこないのはおかしいわ、それは わかっているはずよ」彼女は断言した。「だ「たら、トラクターを 出して調べにいかせるべきよ」 「その点では、きみのいうとおりかもしれん」マイクは認めた。 「いつだって呼び戻せるんじゃないの」 「たぶんそのことは考えているんじゃないのかな」マイクはいっ た。「なあ、ルイーズ、どうして冷静にならないんだ。心配ごと は、それを仕事にしている連中に任せておけよ」 彼女はマイクを見ていなかった。その目があまりにも暗いのに彼 は驚いた。日焼けしていても、彼女の顔が青ざめていることがはっ きりと見てとれた。 「任せておけないの」彼女がい「た。「ある意味では、わたしの責 任だわ。あの人がここへやってきたのは、わたしが今度の調査にす

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ふたたび暗黒に戻った。だが、ハンセンの目にまだ光りの残像が残「いいや、まだわからない - マイクは彼女にいった。「。フラトンに っていた。そのときまた、さっきよりもっと高いところで、さらにむかうときに一枚と、引き返してくるときに、もう三枚ばかり写真 5 っム 小さな光りが稲妻のように走った。 ( ンセンはうなじがちりちりすを撮ったそうだ」 る感じで、われに返った。そして、跳び上がるようにして立ち上が ルイーズはドアのほうへ歩いていった。 ると、しやがれ声で叫んだ。 「どうもありがとう、マイク」ルイーズがいナ 「ロケットだ」 彼女が廊下へ姿を消すと、ジョーイが寝棚からすべり下りてき こ 0 ッキーからの人電が、静まり返っている通信室で送信機と向か「気にするな」マイクが忠告した。「ルイーズと・ ( ッキーが暗室と いあっていたマイクを椅子の上で跳びあがらせた。彼はポリ = ームか称する穴の中で、カメラマンが息をするたびに、そいつの肘にぶ を絞った。どんなかすかな信号であろうと。フラトンから送られてくつからないように気をつかっていたら、おまえの入れる余地なんて る電波は、ぜったいに聞き漏らさないように音量が上げてあったのないそ、棚の上ぐらいしかな」 「・ほくはただ : : : 」 応答をして、そのメッセージを電話で着陸区域へ中継しおわる「あとで教えてくれるさ。ここにいろよ、相棒。安心しな、おれも のこのこ出かけていって、ちょっと覗きにいこうなんて気は起こさ と、部屋の中にいる連中のほうを振りないた。 ジョーイは上段の寝棚で眠っていた。ルイーズには、ここにいさないからさ」 せてほしいと頼まれたので、マイクは椅子がわりに自分の寝棚を提 供してやったのだ。彼が知るかぎりでは、彼女は眠っていなかっ ハンセンは岩のそばにぎごちない動作で立っと、首の筋肉をやり た。そうと知りながら無線機のほうをむいて、いつまでも沈黙をつずらそうに動かしてみた。空を目で探ってみたが、動いているの づけていたのだった。 は星のほかなにもなかった。 とう「いま、なにか見えたんだろうか」彼はゆっくりと自問した。「そ 「彼女に教えてやるべきかもしれない」彼は考えた。「だが、・ いったらいいんだ。四人とも大丈夫た。ただ、点検のための定期連れとも相変わらず夢を見ていたんだろうか」 絡を人れるのがすごく遅れているだけなんだなんていえるもんか」 彼は顔をしかめた。そして、後頭部に手を伸ばしてから、自分が だが、もう一度振り返ると、こんどは二人とも彼のほうをしっとまだスペース・スーツを着ていることをやっと思い出した。首筋は よ、つこ 0 見つめていたので、話さないわけこよ、、 . ぐーーし、刀ュ / ュんュ / こわばっていたし、スーツの固い首隠しにきつく当てていたので、 しん 「ハッキーが戻ってくる」 びりひり痛んだ。それに体の芯まで冷えきっていた。 「なにか見つかったのね」ルイーズが詰問するように迫った。 「かなり長く眠りこんでいたらしい」彼は思った。「たぶん、ヒ !

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たに。フラトンの写真だけ撮らせたがっているわね、わたしは、それ が気に入らないの」 ッキーが扉から手を離すと、自動的にバタンと閉じた。彼が当 惑しているのはあきらかだった。 「そんなことをしてもしかたがないと思っているんですか」 「とんでもない。そうはいっていないわ。でも、ほかの場所はどう なの」 パイロットはそわそわした。 「〈雨の海〉全体を撮るのはむりですよ、ルイーズ」 「でも、。フラトンのこちら側なら、二、三カ所撮れるんじゃないか しら。写真に轍の跡が写っていれば、彼らがどこまでいったかわか るでしよ」 ・ハッキーは、頭を掻きながら 「それはいいところを突いています」 認めた。「でも、どうして会議のときにそういわなかったんです」 ルイーズは顔をそむけて、かすかに肩をすくめた。 「ところで、。ハ ニイから聞いているでしようが、あなたがなにを 心配しているか、みなが知っていますよ」・ハッキーが認めた。 「みながなにを考えているか知っているわ」ルイーズが答えた。 「四人のうちの一人が、たまたまわたしの夫だから、いてもたって もいられないのよ。基地全体のためにどうするのが一番よいのかと か、ほかの人たちが自分の仕事をおつぼりだして、表で鬼ごっこを するだけの価値があるかどうかなどと、おちつきはらって考えてい られないわ。そもそも、わたしは月へくるべきじゃなかったんでし ようね」 ・ハッキーはあたりを見まわしたが、中継所を通りかかるものはだ れもいなかった。ルイーズがさらに歩みよってきて、彼の腕に手を ストーカー 作 収容所惑星 深見弾訳定価一三〇〇円 リ不気味に林立する塔の放射能が、人々を操り人形 と化す ! ソ連界の第一人者が戦慄すべき異 形の世界を描く問題作。〈海外ØLL ノヴェルズ〉 でポ 蟻塚の中のかぶと由 き簓カ 深見弾訳定価一一〇〇円 ア人の " 進歩官。が謎の失踪を遂げた ! しかも その男の生誕の背後には、人類の未来を脅かす恐 〈海外ノヴェルズ〉 るべき秘密があった卩 早川書房 トーカー 深見弾訳定価三六〇円 謎の危険地帯″ゾーン〃へ の案内人シュハルトが見た ものは卩ソ連映画の巨匠 タルコフスキー監督作品の 原作。〈文庫 SF504 〉 245

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ンは、ドクター ー = イの指令室に一つしかない余分な椅子「さらに検討を加えたくなるかもしれん」彼、は言訳がまし、 を占領していた。・ハ ー = イは折り畳み式のテープルをはさんで、彼たをした。だから、。ヒアースはマイクといっしょにそこを出た。 と向かいあって座り、提案された調査区域に鉛筆の尻でたえず円を彼らは部屋の外で、ルイーズが反対の方角へ歩いていく・ ( ッキー 描いていた。二人の男はその地図を食い入るように見つめていた。 のあとを追っていくのに気がついた。 ー = イは、トラクター隊の正確な位置を割り出そうとしているよ「どういう気持だろうな、亭主があそこへでかけたまま、たぶん戻 うだった。オニールよ、・ ふこつな指で自分が飛ぶルートをなそりな ってこないと感じるのは」ジョニーがつぶやいた。 がら、。フラトンをあっというまに飛びすぎてしまうので、そのまえ彼の馬面が悲しげな表情をした。 に撮影をするには、どこで照明弾をぶつばなせま、 。ししか、その地点 「どう思う、連中にチャンスがあるだろうか」彼はしばらく黙って を決めようとしていることはあきらかだった。 いたが、二人の姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、まだこだ 「待ち時間を節約するために、一周したらたたちに報告をいれろ」わっていた。 静まり返った、きゅうくつな部屋の中で、・ハ ーニイが上体をうしろ マイクは肩をすくめた。 にそらしていった。「マイクと無線機のチ = ックはすませたのか」 「トラクター ・ワンはそろそろ引き返しにかかっているところだ」 小さな集団のうしろのほうに立っていた通信士が声を張り上げて彼はそれだけしかいわなかった。 いった。「ジョーイがいま磁場のチェックをしているところです ッキーは、せかせかと急ぎ足で廊下の反対端へむかっていた が、あとからついてくる足音を振り切るには、脱兎のごとく駆け出 「よかろう」・ ー = イが認めた。「だれかほかに付け加えることはしでもしないかぎりむりだった。足音から判断すると、ついてくる / い、刀」 のはどうやらルイーズらしい。そうなると、飛んで逃げる算段をし 彼はまわりを見まわした。シャーマンは静かに調子外れな口笛をたくなった。 吹いた。ウォールは首を振った。ジョニ ・ビアースは、もう一度ついに、安全扉を通り抜けるときにーーその扉は緊急事態が発生 フォトマツ。フを自分の手に取り戻したいと思いながら、ためらってすると、エアーロックの役割がはたせるように二重構造になってい いた。ドアに近いところで壁にもたれかか「ていたルイーズは、白る , ーー立ち止まらないわけにはいかなか「たし、け 0 こう手間がか い歯で鉛筆の端をかんでいた。 かったから、いやでも彼女の存在を認めざるをえなかった。 「よし、それでは、スーツを着てもいいそ。幸運を祈っている」 「訊きたいことがあるの、かまわないでしよ、・、ツ キー」ルイーズ 集まっていたものは散った。・ハ ニイが、シャ 1 マンとウォールが声をかけてきた。 にあとに残るように合図した。ジ = = ーが地図を取り戻そうとする「そりやかまわないが、しかし、ぼくはこれから・ : ・・・」 ーニイが先手を打った。 「わかってるわ。一分と手間はとらせないから。あの人たち、あな 244

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べながら、ゆっくりとうなずいた。 ろ、点線はしばらくするとトラクターの轍から離れている」 「結論はたったひとっしかなさそうだ」彼は、環状壁のすそのあた ルイーズが大声で発言した。 りに写っている、半分光があたっている堆積物を人さし指でトント 「すると、すくなくとも一つの解釈は除外していいということにな ンとつつきながらいった。「こいつは新しい地滑りじゃないだろう りますわ。。フラトンへいく途中でだれかが地表冫 ・こ印した足跡ではあ か」 りませんよね、ぜったいに。だれかがトラクターと並んで歩いたの ・シャーマンは、同じその地域の古いほう 「でしような」ドクター なら、足跡は轍の跡が始まっているところから終わるところまで残 の写真を、かすかな仕種で示していった。 っているはずですもの」 「それに、連中がこのクレーターに達したことははっきりしてい それに答えるものはだれもいなかった。あるものは、哀れむよう る」 ーニイがつづけた。「これらの写真はじつによく撮れてい に彼女を眺め、あるものはテー・フルの上の写真を熱心に見つめてい る、トラクターのキャタ。ヒラーの跡が実にはっきりと写っている」るふりをした。 一ハッキーがもう一 「これをどう思われます、ドクター 1 ニイが、もう一枚別の写真を指でつついた。 枚別の写真を押しやって、訊いた。 「。ハッキーがこれを撮影したのは、トラクターの轍がキルヒのわき それには。ヒコ山の周辺地域が写っており、大きく引き伸ばしてあを通り抜けたところでだ」彼はみなに思い出させた。「ここには、 ったので、トラクターの跡がはっきり識別できた。それを見ると、 いわゆる足跡は一つも見当たらない。遺憾ながら、明白な結論を指 ーニイは額にしわを寄せて難しい顔をした。 摘せざるをえない : 「単刀直入にいわせてもらうと」彼はつぶやいた。「どうしてこん「でも、確かめることはできないんですか」ルイーズが叫ぶように なものができたのか、わたしにはわからん。轍と並んで伸びている いった。「よもや彼らをこのままほっとくつもりじゃないでしよう 痕跡は、足跡かもしれん。そういわれれば、足跡に見えなくもな ね。そんなことはできないはずよ」 しかし、なぜ : : : あるいは、どうやって足跡がここにあるんだ「もちろん、そんなことはしないさ」といって、 ーニイは不快げ ろう」 に唇を噛んだ。「〈晴れの海〉班の連中が数時間休息をとったら、 「ここくらいの重力で人間が走れば、足跡は間隔がうんと離れてい ただちに彼らを捜索に : : : ううん : : : 調査に送りだすつもりだ。し てもおかしくありませんよ」・ ッキーがいった。「ジョニーの計算かし、時間的な問題を考えると、とっくになるようになっている : では、ここに点々と伸びているちいさな点の間隔は、二十から三十 : いいかい、きみ、いまさら慌ててみたところでなんの意味もな フィートあるそうです。しかし、それはありえないことじゃないん 。その必要もないし、いまさら急いでみても遅すぎる」 どんな可能性がいちばんありそうかということになると、たいし 「それが、まるつきり見当違いだってこともありえる。よく見てみて疑問の余地は残っていなかった。気詰まりな沈黙のつづくなか 254

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つかりの・ほせあがって、地球にじっとしていられなかったからな「もうあの連中には会えんような気がする」 の。彼はくるのに乗り気じゃなかったわ。それなのに、彼はいまあ「でなきゃいいんですが」ジョーイがいった。「このへんで穴を掘 るのはたいへんですからねえ。一「三インチ下からはやけに固く そこへでかけているのよ : : : 」 マイクは立ち上がると、足で椅子を押し退けた。この女は気を失て」 いかけているそ、と思った。つぶさに彼女の様子を見守りながら、 手をのばして彼女の腕を支えた。 ハンセンは、右手に広がっている熔岩の海の急な湾曲の中にそび の山のそばを着々と進んでいた。峰が三 外でジョーイのロ笛がするのが聞こえたので、ほっとした。ルイえている高さ四千フィート ーズは体をしゃんと伸ばして、若い通信士が入ってくるとマイクのつあることははっきりわかっていた。だが、彼のいるところから 手から離れた。 は、それが縦に一直線に走っているので、全体が屹立した一つの山 「どうして。ハーニイに会いにいかないんだ」マイクがさり気なくい 塊のように見えた。その位置からでは、大部分が、濃い影のせい・で った。「どんな可能性があると思っているか、彼なら説明してくれ真黒だった。しかし、責め苛まれた岩に降り注いでいる地光の斑点 るはずだ。それとも、やりあいたいというのなら、おれじゃなくてが見えるところへ徐々に近づいていた。 彼を相手にしたほうが意味がある。おれがやりあってもらちがあか「もうすぐ本物の平地へでるそ。そしたら、小さなクレーターが点 なかったがね」 在しているだけで、ほかにはなんの目印もない」彼は思案した。 ルイーズは、目にみえて元気を取り戻した。 「立ち止まりたくないとしたら、さて、どちらへむかったもんだろ 「わかったわ、マイク。とにかく話を聞いてもらえて、ありがとう」 う」 万一、そんな問題がおきた場合を考えて、彼はとるべき方向と、 ーニイの部屋まで彼女についていってやれ」 そこにどんな地形が見つかるかを考えはじめた。 「けっこうよ」ルイーズがいった。「自分でいけるわ」 最初にやるべきことは、やや左手に方向をとって、もう一度トラ 二人は彼女がでていくのを見守った。 クターの轍が見つかるまで進むことであった。しかるのちに、かな そこから、さ り小クレーターが多い地域へでられると思っていし ふたたびジョーイは通信装置にむかった。二人ともむつつりと黙 りこんだまま座っていた。空調システムが活気づき、基地内の大気ほど目立たないが、直径がゆうに七マイルはあるキルヒ・クレータ を均質にする機能が働きはじめ、その溜息が無線機の騒音をときお ーへ通じている。キルヒの右手を通れば、あてもなくさまよい歩い りかき消した。 て山岳地帯のそばの〈雨の海〉に入りこむようなことにはならない 9 だろう。キルヒの左手を通って先へ進むと道に迷ってしまうかもし 3 「わかってるんだろ、ジョーイ」マイクがぼそっといった。 「なにをですか」 れないが、たぶんそちらのほうが歩きやすいはずだった。 きつりつ

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女がおれの女だったら、こんなところへこさせやしないね」 1 スがあるかもしれないと思っただけなのに」 「ただ忙しいだけなんだろ、連中は」マイクがいった。彼は通信機「彼女がばくの女でしたら」ジョーイがつづけた。「ここまで彼女 のほうをむいて、スピーカーの・フラグを抜き、イヤーフォーンを耳のあとを追ってくるために二流どころのつまらない仕事をひきうけ にあてがった。「わかるだろ、ごらんのとおりだ。どうして・ ( ッキたりしませんね。それにしても、あなたはむかしを懐かしんでいる ーをつかまえないんだ。やっこさんはしばらくの間なにもやることんですよ、ポス」 がないんだ」 「まあな」マイクはスビーカーのプラグをまた差し込みながらぼや ルイーズは、白い歯まで見せて笑いかけていたが、それを引っ込いた。「おれは男にも平等な権利があると思ってるだけさ。ああい めてしまった。ジョーイは空き箱を手に持って、そそくさと通信機う女と結婚して、野郎が四十八人に女が三人しかいないようなとこ ろへあとを追ってくるようになりたいか」 器のむこう側へまわりこんで席を移してしまった。 「おじゃましました」彼女はそういった。そして、黒い目がくすぶ「訊くんなら、おまえはああいう女と結婚したくないか、といって くださいよ」ジョーイがそういっこ。 りはじめた。「だれかほかの人に訊ねてみます」 マイクは明りをおおって部屋の半分を暗くした。彼はさっきまで 二人は、廊下を遠ざかっていく彼女の足音に耳を傾けた。マイク 三人の男が座っていた毛布のしわを伸ばし、上段のペッドの毛布を はジョ 1 イを見て肩をすくめてみせた。 「彼女にどんな話ができると言うんだ」彼がいった。「あんたの亭体にかけると横になった。 主は連絡を入れるのを忘れているかーーそれとも、トラクタ 1 の中「おまえが当直だ」彼がそっけなく告げた。「なにかあったら起こ でなにかが弾けて、あっというまに冷凍になってしまったかだ、としてくれ」 マイクが体の位置を決めるとき、キャン・ハスを張ってある紐がき でも言えというのか」 ひと しんだ。そのあとジョーイの耳には、無線機の静かなヒスしか聞こ ジョーイは同情するように首を振った。「不運な女だ」 「わからんね、そもそもあの女はどうして月へなんかきたんだろえなくなった。彼はゆったりと折り畳み式椅子にもたれかかって、 う」マイクは不平がましくいった。「ジ 1 ンのような看護婦や、エくつろいだ。 ドナばあさんのようなタイビストなら消耗品扱いされるのもわか る。だが、ルイーズみたいなかわいい子が」 ハンセンは立ち止まると振り返って、それまで三十分かかって踏 「彼女の専門のせいじゃないんですか」ジョーイがいった。「星を破してきた土地を見渡した。荒涼たる環境と向かいあっていると、 スーツの中で空気循環器がたてる静かな音と、ちつぼけなモ 1 ター よく見たいんですよ」 「それでなくったって、天文学者はうんざりするほどいるんだ。たが作動する回転音がわずかな慰めだった。 しかに彼女はイカス女だよーーーそればかりはどうしようもない。彼軽快な歩調で、快調に走りつづけてきたので、すでにビコ山はあ 233

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「ヴァン・ネスは山かなんかに登って、こちらと連絡をとるといっ地の暖房節約方針が、標準的な服装を必要とさせるだけでなく、男 ていた。受信状態のことでちょっとこぼしていましたがね。交信で子職員の目の保養をさまたげる効果もあるように思えた。ところ 2 きる限界地域にまで達していたのかしれませんよ」 が、そのぶかっこうな制服を着ていても、薄く日焼けした容貌と生 こと ・「それだったら、実際になにも心配する理由はないわけだ、そうだきいきした黒い目がかもしだす魅力はすこしも損なわれていなかっ ろ。それに、交信するのに適当な場所を捜しまわるよりも、任務をた。地球だったら、おそらくふざけてしかかぶらないようなニット つづけるほうが重要だと決めただけかもしれんじゃないか」ウォ 1 の帽子に黒髪を包みこんでいた。 / 、カ . しュ / 「・ほくたちはフォトマツ。フを見てきたところです」ビアースがそっ そういわれて、マイクはぶすっと考えこんだ : けなくハスキーな声で報告した。「彼らは交信範囲から出てしまっ 「それにしても妙だ。どうして送信できるところまで戻って、交信た可能性がおおいにあります。大量の熔岩で生じた低地があって 範囲からでるってことを知らせてよこさなかったんだろう」彼はぼも、〈雨の海〉のように、あれだけ距離があると湾曲はかなり強い ゃいた。「あの車だったらかなりのス。ヒードがでるんだし、たいしもんです」 て時間もかからんだろうに」 ーニイはほっとした表情でそれを受け止めた。・ 「たしかにそうすべきかもしれん」・ ーニイが認めた。「だが、あ「。フラトン隊のことを話しているのを小耳にはさんだのですが」ル くまでも規則を守れと要求すべきではない。野外にいて、規則を無ィーズが口をだした。「なにが起こったのですか」 視するだけの完全な理由がある場合はな。いや、わたしが考えてい 彼女の声はあたたかみがあり、天使のそれのようだったし、小柄 るのは、われわれは最善のーーおい、だれかきたようだそ」 な輪郭からうかがえるよりも張りがあった。 ニイカし / ッキー・オニールが寝棚からとびだしていって、ドアから頭を「ああ : : : たんなる受信状態のチ = ックだ」 突きだした。つぎに部屋の中を見まわしたとき、そばかすのある顔「観測所から離れていられる時間があるのなら、マイクから詳しい に気まずそうな表情が浮かんでいた。 ことが聞けるだろう。ほかのものは用がすんだ」 「地図部のジョニー ・ビアースです」彼が知らせた。「ルイーズを マイクは顔をしかめ、彼女は戸惑ったようすだった。だが、、・ハ 連れていますよ。・ほくにはもう用がないと思いますが」 ニイとウォール、それにシャーマンは、なにか新しい。フロジェクト 基地のスタッフが二人部屋に入ってくると、彼は体を斜めにしてに心を奪われているかのようなふりをして、かたまってドアからで 戸口をにじり出た。用件のある感じで入ってきたほうは、眼鏡をか ていった。シャーマンは、肉眼観測用の透明なドームを建てる問題 けた細面の男で、ラフな服装をしているが、なんとなく学者らしい についてなにかぶつぶつつぶやいていたが、その声は廊下を遠ざか 態度だった。 っていった。。ヒアースも彼らのあとからそっと出ていった。 彼について入ってきたほうは女性だった。彼女を見ていると、基「わたし、よこ : オ ~ カ言ったかしら」ルイーズが訊ねた。「なにかニュ

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いるんだ。天気予報でも待「ているのか。ち「とでも脳味噌があるみたちはどちらかが無線機に張りついていなきゃならない。さもな んだ「たら、だれだ「て、事態がやばいことにな「ていることに気きや、われわれは応答できないかもしれないんだ。・ ( 〉キーにジ = ーイの代わりをさせることもできるが、しかし、なぜ彼を起こす必 がついてよさそうなもんだ」 彼はなだらかなス 0 ー。フをよろめきながら下「ていくと、つぎの要がある ? 」 「彼は自分の役目をはたしましたよ」ジョーイが急いでロをはさん 高台に突き進んでいった。 「やつらの手を借りなくてもいいところを見せてやる」彼はぶつぶだ。 マイクはじゅんぐりに顔を見まわしていった。 つつぶやいた。「連中が腰抜けでおれを助けに出てこれなくたって かまうもんか。あそこまでたどりついてやる = ・ = ・あのクソ忌まいま「ああ、ジ ' ーイに許可をあたえたのは・ほくだ。きみがなんという しい壁をどうや「て登「たらいいのかわからん・・ = = だが、とにかくか知らないが、自分ででかけてい「て、帰路から外れていることを 計算すればよかったんだ , あそこまで行きついてみせる。どうあってもたどりついてやる」 「イクは無線機の前に座 0 て、部屋の中にいる他の三人を眺め影にな「た環状壁が、平地の黄色い斑点の前でぼんやり浮かび上 がっていた。地光が充分にその表面に達していて、七マイルにおよ ぶ外側のスロー。フに、なだらかな傾斜面がいくつも台地状に張り出 ビアースは考えにふけっているようだった。ジョーイはあきらか 、ノセンは苛立「て行「たり来たりししているのがよく見えた。その中のいくつかが上〈伸びていて、調 に興奮していた。ルイ 1 ズ・ノ、 査にでかけるときに使う道に通じていた。 ( ンセンは、暗い空と向 ている。 かいあっていたので、真直ぐそびえたっている通信塔は見えなかっ 「一号の連中は、まったく痕跡が見当たらんといっている」マイク がい「た。「しかし、そんなことはなんの証明にもならんさ。連中た。だが、そんなことはもうどうでもよか「た。アルキメデスに通 は、。フラトンとアルキメデスのあいだを通過する = ースのそばは一じている長いス 0 ー。フを登りはじめたとき、重量を減らすために通 信用のパッテリーをうしろの平原に捨ててきたからだ。 度も通らなかったんだ」 「あそこだ : ・ : ・あそこだ」一彼はつぶやいた。「ユーレカ、 = ーレ 「するとあの人たちに期待してもしかたがないと思っているのね」 力。三百マイル近く : : : たぶん、歩いた距離はもっとあるかもしれ ルイーズが訊いた。 「そうだ」「イクがい 0 た。「自分が信じてもいないことを、おたん。すごい航海術じゃないか、ええ」 環状壁が身動ぎしないで眼前に立ちはだかっていた。 くに信じろとそそのかしているようにとられたくないが、しかし : 「なあ、そうだろうが」 ( ンセンはしやがれ声でうめくようにい 「もちろんだ、マイク、とうぜんだ」ジョ = ーがさえぎった。「きた。「よし、さあ、いくそ」 257