目 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年11月号
270件見つかりました。

1. SFマガジン 1985年11月号

だ。しかし大地は依然かわきききって石のように固く、しめりけひの身体のリズムが同期しはじめる。偉丈夫は、宇宙が自分の左肩を とつなかった。気温は目に見えて上昇していた。熱気が光景をゆら中心に回転しているような気がした。いつもの感覚だ。この気分が 6 2 ゆらとゆがめた。 高まり最高潮に達するとき、回転の中心がすぼっと抜ける。そうし て宇宙のやわらかな層に穿れた回廊へと降下していくのだ。偉丈夫 男の顔が険しくなった。 は周囲の空間がかれらのリズムにあわせてうねるのを感じながら、 「フアフナー ! 」 竜は瞬膜を上げようとしなかった。ふてているのではない。たたその時が来るのを目を閉じて待った。だが、やがてうねりは減衰 傷つきたくない一心なのだ。だが靴ごしに地面がどんどん熱くなるし、いったん高まった気分はゆるやかにほどけて四散した。共感不 のがわかるような場合、気を使うのが最善でないこともある。偉丈全の不快な孤独感がむくむくとわきあがる。 夫は正しい道を選んだ。竜のきやしゃな頸を、きゅっとしめあげた「フアフナー ? のだ。 竜はまるで舌うちするように尾を鳴らし、今度は目蓋を閉じた。 「ぐずぐずしていられない。水寄せがうまくいかないんだ。今すぐ「まさか、おい、それだけはよしてくれ」 回廊に引き返そう」 かれはザックをかきまわしてソーラー・ゲージをひつばり出し 竜はきな臭い煙を鼻から吹いて抗議した。 た。センサを今や白熱した太陽にむけオートで検索させると、太陽 「追っ手のことなら気にしなくていい。 回廊は広いんだ。見つかるのインデックス・ナン・ハーがわかる。小さな。フリンタは、しかし白 ものか。暑いのはべつに嫌いな方じゃないけど、ここはいやなん紙をうちだした。偉丈夫はまっさおになった。この星系は呪界の外 インダーチェンジ だ。わかるだろ ? 」 にある ! 呪界の外側の恒星はメモリにないのだ。結節点を通過 偉丈夫は竜の目をみつめた。竜はあくびをした。あくびは炎になしたときのいやなショックをかれは思い出した。あのとき加速の方 って男の頬をかすめたが、かれは辛抱づよかった。結局、先に顔を向を誤ってはじきとばされたに違いない。道理で浮上のときの衝撃 そらしたのはフアフナーの方だった。自分のせいで男がこうむったが大きかったはずだ。かれは思いだしたように、頭の砂をはらった。 数々の災難を思い出したのかもしれなかった。竜は瞬膜をあげた。 偉丈夫はしやがみこむと、ひどいため息をついた。竜にあたるこ 「そうこなくちゃ」偉丈夫は白い歯を見せ、傍に落ちていたザックとさえ忘れていた。無理もない。なにしろ回廊へ降下することがで おさら きるのは呪界の中だけなのだ。呪界へ戻るにはもちろん宇宙船が必 を肩にかけた。「さあ、銀河の反対側へ連れてってくれ」 フアフナーは翼をひろげ、首を前につきだして空の一点を凝視し要だった。つまり と・かれはひとりごちたー・ーっまりおれはどこ た。空間の織り目を読んでいるのだ。回廊が縦横無尽にからみあか一番近い宇宙港までてくてく歩いていかなきゃならないわけだ。 う、宇宙の下部構造へ降りていくために。 偉丈夫は覚悟を決めた。二の腕に巻いていた革帯をはちまき代わ フアフナーの呼吸がゆるやかに、そして深くなっていき、竜と男りにきりりとしめ、大きな遮熱シートを頭からすつぼりかぶって太

2. SFマガジン 1985年11月号

を 一散に絶対零度室を目鉄雄 / 鉄雄を妨けんとする大佐とアーミー / そして、大災厄を予 = = する 謎の人物ミヤコ様の登場″ 太果して、はは凍京を揺るがす ・アキラの目覚めとは・ 売り切れ必至 / 今すくお近くの書店へな島韆る講談社

3. SFマガジン 1985年11月号

いている。ビラを配り、行き交う人に署名を求めている連中もい ルロイの宇宙港はすごく狭い。十隻も降りたら、離着床は全部埋ま ってしまう。航空機みたいになっている水平型の宇宙船なら滑走路た。 「こんなとこで、デモ , に降りて格納庫に入れてもらえばいいけど、あたしたちの〈ラ・フリ ュリがあきれて目を丸くしている。 ーエンゼル〉は全長八十メートルの垂直型外洋宇宙船。専用の離着 床がなかったら、どこにも降りらんない。 あたしも開いたロがふさがんない。 あによ、これ。邪魔くさい。事情をよく知らなかったあたしは、 しようがないからロビーで時間をつぶそうと、あたしたちはカー トを捨てた。お船に戻っても良かったんだけど、ユリと二人で ( ムむかっ腹を立てた。第一、これじゃ、かあいい子もおじさまも逃げ ギもいるけど ) 窮屈な船内で顔つきあわせているのも芸がない。そてっちゃう。 れにロビーなんかをぶらついていれば、うまそーな坊やに接近遭遇「抗議しようよ、ケイ ! 」 する可能性だって生まれる。もちろん、大金持ちのすてきなおじさ 口をとがらせて、ユリが言った。抗議の理由は、あたしのそれと まだって構わない。あたしゃ贅沢は言わないんだ。富と美貌さえ、大差ないらしい。目の色でわかる。 規定のレベルに達していれば、年齢なんて無視してあげる。 けど、抗議ったって、誰にどう言やいいのさ。中継ステーション なんて野望を胸に秘めて、あたしたちはロビーにでた。 のロビーでデモだなんて、前代未聞だよ。合法的かどうかも判断が ところが。 つかない。 そこに待っていたのは。 「あたし言ってくる」 目を疑うような光景。 ためらっているあたしを見て、ユリが身をひるがえした。たくも うまそーな坊やじゃない。 う、ユリってば、いつもは優柔不断でぐずぐずと迷ってるくせに、 すてきなおじさまもいない。 いうことになると、さっさと動きだす。 最初に視野に飛びこんできたのは、ばかでかい垂れ幕だった : 「ちょっと待ってよ」 『ドルロイに国民議会を ! 』って書いてある。 あたしは腕を握り、ユリを止めようとした。 『憲法を制定しよう ! 』なんて垂れ幕もある。 そのときだった。 そして、耳をつんざく演説の声。 デモ隊の中から、悲鳴があがった。 これは、つまり。 すさまじい悲鳴だった。一人の声じゃない。何人もの絶叫が重な デモではないか。 っている。源は、よくわかんない。デモ隊のあっちの方。ロビーの 四、五十人はいるだろうか。ロビーを一群の若者が占拠してい反対側らしい。 デモ隊の列が崩れた。左右に割れ、逃げまどうように、横に広が る。手に手に垂れ幕やら。フラカードやらを持ち、列をなして練り歩 4 3

4. SFマガジン 1985年11月号

女など、一人もいなくなってしまう。ミロク教というのが、ほんとえじゃねえか。きさまの助平心さえなけりや、ルキアも死なず、ヨ にそういう教えであるとすると、これは、由々しき問題だ。わしナ公もおやじも平和にくらしてたんだ。やつばし、きさまが、何も 7 よ、 ミロク教というのは、ヤガに巡礼をし、黒いマントで顔をかく かも悪いんだ。この、人殺しの助平じじいめ。ミロク教もへったく してあるきまわる、奇妙な宗派としか知らなかった。わしは近々、 れもあるか。きさまがルキアを殺したんだ ! 」 ミロク教について少し調べてみるよう、ロータス公に申しあげるつ 「ちがう、だからわしは、ルキアを妻にーーー」 もりだ」 「うるせえツ」 イシュトヴァーンは、カンドスの衿をとらえて、いやというほど イシュトヴァーンは、考えこんだ。 ゆさぶった。 「ミロク教・・ーーゼアの教えみたいだが : ・・ : へえ、ヨナのあねさんは 「しかも、いかさまサイなんてせこい手をつかいやがって。何も知 らねえおやじを、赤子の手をひねるようなもんじゃねえか。妻にす 「あんな美しい、若い、愛されるためにあるような娘が、純潔などるのって、おめえはありがたそうにいうけど、あっちじや死ぬほど のために死ぬなど、とんでもないまちがいだ。ヴァラキア人の風上イヤだったんだよ ! 上ヴァラキアの助平貴族のものになるより、 にもおけん」 きっとやりたいことがあったにちがいねえ。それを、かわいそう に、死なせちまってーーーんん 、、 ? このことを、ちくいちこうこうと カンドスは少しおちついてきて、不平がましく云った。 「ひどい目にあったのは、わしの方だ。おまけにこんな恥までかか訴え出たら、きさまだっても、そう安泰じゃいられねえぜ。まして されるし、まっ・たくこのころ、ついてない。ちゃんとかかさずドラ ルキアがれ ? きとした上ヴァラキアの貴族の血を、ひいてるとした イドンにそなえ物もしてるのに、何てことだ」 ならな。そうそう、いつもきさまらのやってるように、下ヴァラキ 「ーーーそ、そんな話、してるんじゃねえ ! 」 アの人間なんかしがねえ虫けらだから、ふみつぶそうがどうしよう イシュトヴ乙ーンは、我にかえった。 がかまわねえともいっちゃいられめえ。え ? おおそれながらと訴 えでようか ? 」 同時に、また憤りがこみあげてきた。ョナの、目のくるくるした しナ「いや、それはーー・」 かわいい、かしこそうな顔、ルキアを心から崇拝していると、つこ ときの目の輝きが、・よみがえってきたのである。 「それともルキアのかわりに、 「そ、そ、そケや 「さあーーーー」 たしかに、おいらだって、かわった娘だとは 思うけどな だからって、なにもーーそうだ、何も、殺すまで追「訴え出ようか ? 」 いつめることはねえじゃねえか ! べつだんその、 ミロクの教えと「それは困る」 かのためじをなく、・、お前っことがそれほどイヤだったのかもしれね「てめえの生命でわびをするか」 ここできさまをラしてやろうか」

5. SFマガジン 1985年11月号

「こうしておきや、恥かしくって、家来衆を呼ぶにも呼べねえだろ イシ、トヴァーンは、カンドスのベルトを片手でひきぬいた。 きこえねえのか。死にてえのか うよ。おおつ、 しいザマだぜ。二目と見られたもんじゃねえな 「手を、うしろにまわしな。 おい、おれが、どうしてチチアで悪魔っ子と呼ばれてるか、やっと 。手をうしろにまわしなって、云ってんだ」 わかっただろう」 「無礼な」 伯爵は、赤くなったり、青くなったりしながら、 イシュトヴァーンは、下半身なき出しのみじめなかっこうになっ 「自分が何をしているのか、わかっておるのか。しー / 、まこ後悔してたカンドスのかたわらに腰をおろし、短剣をちらっかせながら云っ も、追いっかんそ。処刑台の上で、八つ裂きの刑にあうときに、私た。 がわるうございましたといってもーー・。・」 「なあ、伯爵、正直に云いなよ。さもないと、せつかくのトートの 「うるせえんだよツ、手前は ! 」 矢が、弓からはなれてどっかへとんで行っちまうかもしれねえぜ。 イシュトヴァーンは、すっかり陽気になっていった。 おいらだって、そんな汚えもん、さわりたくもねえんだからよ。 もう、ゲームははじまり、さいしょのサイコロが振られたからに ーいいか、こんなことをするからにや、こっちもそれだけの覚悟は は、こわいものなど、ありはせぬ。出た目、出た目を読んでは的確してんだ。かわいい舎弟のために生命をかけてやってんだからな、 にかけてゆくだけのことだ。はじめから、かれはどうにもこの男が もう、処刑台なんざ怖くねえぜーー云いな、旦那。ルキアはどこに 気にくわなくてたまらなかったのだ。ョナたちへの仕打ちをきいて しる ? 」 いたせいもあるが、ともかく虫が好かない。そうでなければ、もう「ええッ 少し、じっくりかまえてもよかったのだ。 「そうさ、おめえが、・フルカスにいかさまサイでだましこませて、 「四の五のいうと口を耳まで切りさくぜ。え、伯爵さんよ、正直にカルアの石工のハンゼから、かどわかしたルキアだよ。ルキアにや 云いな。ききてえことがあるんだ」 何も義理はないが、ルキアの弟、かわいいョナはおいらの、兄弟の 「ききたい こと ? ・」 誓いをかわした弟だ。弟を泣かしちゃあ、兄の一分も立たねえんだ カンドスの目が大きくなった。 よ。ルキアはどこだ。もう、手工出しやがったのか、この助平野 「ああ。ーーーそら、大人しくしてな、ちっと仲よく話をしようぜ」郎」 イシュトヴァーンは、ベルトでカンドス伯の手をうしろ手にしば りあげた。 それから、短剣をふるって、伯のズボンのひもを切り、ひきおろ してしまった。 「な、何をするー カンドス伯は、ロをばくばくさせて、泡をふいた。 そのロを、イシュトヴァーンは、平手で殴りつけた。 「云えよー もう一回、ひつばたく。多少は、さんざんプルカスの子分どもに

6. SFマガジン 1985年11月号

「ヴェントのイシュトヴァーン、だな」 そうでなくては、十六の年まで、生きのびてくることは、ことに 前に立ちはだかった数人のまん中で、頭かぶらしい大きいのが、 とはいわぬまでも、人目をひく かれのように、人よりも美しい 容貌と容姿をもった少年にとっては、とうていできなかったはずで低く云った。 ある。チチアでは、少しでも見られる顔かたちをもった少女と少年「ああ。イシ、トヴァーンは、おれだけど、何か、用かよ」 「自分の胸に、きいてみるんだな。大人しくついてくるか、それと のゆくさきはまずたった一つ、娼家の外からカギのかかった部屋だ も、袋に入れてかついでゆく方がいいかね」 けしかないのだから。 「どこへ ? 」 しかし、イシュトヴァーンは、まったく、日ごろの度のすぎるほ どの用心ぶかさを、忘れ去っているかのようにみえた。丸腰ーーー少イシュトヴァーンは、とぼけた声を出した。 くとも、外からみたかぎりでは、丸腰のまま、大声で歌のつもりの「何の事ったかーーーさつばり、わかんねえけどな」 ものをわめきながら、カローンの塀にそって歩いてゆく。彼は、か「そうか」 なり、酒によっているようにもみえた。どこからみても、隙だらけあいては、含み笑って、 のすがたである。 「どうしても、痛え目にあった方が、話がわかりやすいようだな。 じゃあ、ちょっと、ここにいる荒つぼい連中に可愛がってもらうこ しかし、かれは、そう長く待っ必要さえなかった。 とだ。そのあとじゃ、きっと、何のことだか、よーくわかるように まだカローンの長い塀にそって、半分もゆかないうちである。 すっ、と、塀の反対側の、いくつも細い路地の並ぶあたりから、 なるだろうよ」 ちょっと、待てったら、ちょっと」 黒い人影があらわれた。一人二人ではない。 「おい、おい、おい、おい イシュトヴァーンは、しばらく、知らぬふりをして、歩きつづけイシュトヴァーンは、ほんとうにひどい目にあうつもりは皆目な る。 かったので、たちまち及び腰になった。 その、歩みをふさぐようこ、 ことをはなっから、荒立てるのはよそうじゃねえ 冫前からも、のっそりと、人数があら「何もそんな われた。 か。要するに、おれがききてえのは、あんたたちが、おれを、どう イシ、トヴァーンは、おもむろに、足をとめ、かなりわざとらししたいのかってことでーーーっれてって、どっかで・ハラしてヴァラキ くおどろいたふりをして、前後をぐるりとふさいだ、いずれをみてア港に浮かべるつもりなら、おれにだって出ようってものがあるし じゃ、きかせてもらおうじゃないか。おれにご用 ゃねえかよ。 も柄のわるい連中を見まわした。 のあるのは、誰なんだ。サイスとつつあんが、おれに払う十万ラン 「何だよ」 彼は云った。 を惜しんでるのか、それとも黒のプルカスの、さかうらみの意趣晴 6 らしか、それともおいらの美少年ぶりに目をつけて《マリオン亭》 「お前らー

7. SFマガジン 1985年11月号

インフアドーズはにやりとした。 いるのか、すべてを楽しんでいるかのように皮肉な微笑を浮かべて 「わしはひとにぎりの勇猛な男たちとともに山に逃れた。ナーガ人いた。 ・ : わしら「どうやらそなたたちはこの蛮人どもと知り合いのようじゃな」 たちは大勢いたがわしらを見つけることは出来なんだ。・ はかれらを好きなとき、好きな場所で襲うことが出来た。ククアナ女王がいった。ウムスロポガースの魁偉な姿にはさすがに心を打 人はただのひとりになっても、決して侵略者との戦いをやめることたれたらしく驚嘆するかのように見上げた。 はないじやろう」 : よろしい。わたくし 「それにこの見るもすさまじい戦士とも。 インフアドーズはそのとき、私達の背後に立っ女王に気づいたらはしばらく邪魔しないでいよう。ゆっくりと再会をたのしむがよい」 しい。その目がぎらりと光った。 そういうと女王は優雅な足取りで天幕へと戻っていった。そこら 「そこにいるのはあの女ではないか ! 敵を率いて来た魔女じゃ。 じゅうにナーガ兵の死体が散乱していたのだが、目もくれず、すこ ここで出会うたのもご先祖のおみちびきじゃ。わが槍でつらぬいてしも動揺した様子もなかった。 : : : 冷淡というよりも、そもそも女 くれよう ! 」 王は生死というものに超越しているのであろう。自分を裏切った兵 叫ぶなり槍をしごいて突きかかりそうになるのを、私達はあわて士たちと思えばなおのこと悼む気持ちもなかったにちがいない。 てさえぎった。 いつぼう私達は、まだリーサのからだを抱いて悲嘆にくれている 「待ってくれ、インフアドーズ ! われわれにも長い物語があるのアダムスをのそいて、たき火の回りに集まった。アダムスはしばら だ。さまざまな因縁がこれにはあるのだ」 くそっとしておいてやったほうがいいだろう。人間の悲しみはただ 涙を流すことだけでだいぶ軽くなるものである。 私は叫んだ。 「説明するまで待ってくれ ! 」 国をほろばそうとした張本人が目の前にいるのだからインフアド 1 ズが激高したのも無理はない。だが不承不承槍を引いた。 その間、女王はといえばかすかな微笑をうかべて超然とした様子「わしの身に何が起こったか話そう」 で立っていた。私達とインフアドーズやウムスロポガースとの会話ウムスロポガースが話し始めた。 : だがそうせ はズール語でおこなわれていたのでーー・・前にもいったが、ククアナ「無断で野営地をはなれたことはわしの落ち度だ。 人はズール人と祖先を同じくするものと見られ、ことばも相互に多ざるを得ないような事情があったのだ。あの夜、わしが野営地の回 少の変形はあるものの共通しているのだーーー女王に理解出来たかどりを見回りに出かけると、ひそかにズール語で呼びかける声がし だいぶ変わってはいるがたしかにズール語だった。わしを呼ん うか分からない。しかしいずれにせよ、その表情は変わらなかった ろう。ククアナの戦士にはおのれを傷つけられないことを確信してでいるようだった。わしはその声に引かれて次第に野営地を離れて

8. SFマガジン 1985年11月号

じめた。超駑級のポイラーなら、そんな音が出せるかもしれない。 は迫っていた。空洞いつばいにひろがっているのだ。 ・ユニ響きは安定し、徐々に力強さを増していった。 どうやら、移民船の空間歪曲エンジンを中心に・フースター 「まあ強いていうなら、ほれ、例の″意味の源泉″を一目みておき ットやコントロール・ユニットを組みあげたものらしかったが、一 たいから、というところじやろうね」 目見ただけでは何がどうなったものなのか見当もっかない。船の、 つかえそうな部分を片つばしから引きむしってきて積みあげたよう「またそれだ」 万丈は頭をふった。「爺さん、それじゃまるでそれが本当に呪界 だ。美観も統一感もあったものではなかった。 プリガドウーンジェネレーダ のどこかにあるみたいじゃないか」 「これが呪界発生器じゃ」 パワーズは満足げにうなずき、万丈は青ざめた。隔壁の意味がわ「違うかね」 かったような気がした。あれは侵入者をふせぐためではなく、この老人は目をばちくりしてみせた。 装置のたぶん身の毛もよだつような作用から居住部分を守るための「呪界の有名な伝説じやろうが。ありとあらゆる価値の中心″形而 上的黄金″と、その番人にして検閲者たる″抽象的な竜 % 知らん ものなのだ。 巨大で複雑なその構造物は、あちらこちらでチロチロと光をまたとは言わせんそ」 万丈はあんぐり口をあけた。それから気をとり直してパワーズの たかせている。あらためてそれを眺めわたすと、その造形が見事に ( ワ】ズの精神を反映しているのがわかった。呪界への、おそろし致命的なミスを指摘しようとした、まさにそのとき、 いまでの執着と情念がそこここで渦巻いているようだ。うねる伝導ゴオッ ケープルの東はたくましい筋肉だし、規則的に大きくなったり小さ唐突に強風が巻きおこり、万丈をよろめかせた。その鼻先を、見 くなったりするハム音は、獰猛な唸り以外の何ものでもない。それ覚えのあるマリン・フルーの多面体がかすめていった。どこからとも は、意志の構築だった。万丈は圧倒されていた。 なくあらわれたその結品はどこへともなく飛んでいった。閉ざされ たままの隔壁へむかってどんどん遠ざかっていく。二十メートル以 「なんで : : : 」 上先だ。だが万丈から扉までは五メートル足らずしかない。 「ふん ? 」 「なんで、こうまでして、あんたは呪界に行きたいんだ ? 行こう 万丈の視界に、ふたつの遠近法がダ・フっていた。別の空間がここ に重ねられている。 とするんだ ? 」 「愚問じゃね」あっさり片付けて、パワーズはテラスの端にある制「あれは、青品士 : 御盤をいじりはじめた。 万丈は息をのんだ。呪界の知性体のひとつが目の前を通っていっ プリドウーンジェネレータ 「わしにわかるわけがなかろう」 たのだ。呪界発生器は、たしかにアグアス・フレスカスに呪界を 招き寄せようとしている。 ハムとはあきらかに違う、底ぶかい震動が構造物の奥から響きは 275

9. SFマガジン 1985年11月号

「動けまい」 肉はなめらかなペーストになり、ツイストをかけた環のカ場に沿 って飛び散った。数学的に調和のとれたスパイラルだ。 " 爪。の左 肩をつかんだまま″爪んの顔がゆっくりと歪み、それがぎこちな 2 い笑みになった。今まで笑ったことなどないかのようだった。それ胸はあらかた吹きとばされ、万丈は刺客ごしに向う側の壁を見た。 をきっかけに麻痺がじわじわと全身にひろがっていった。肋の痛み だが″爪 / はハ トを失ったまま、うす笑いをうかべた。 がミルクのような無痛に沈んだ。 「この程度かね」 万丈の右腕が、今度は意志とは無関係に、ナイフを鞘から抜きは フアフナーに二の腕の肉をむしりとられていたが、むろんかれは らった。。フラステ ィールの、純白の刃があらわれる。 何の痛痒も覚えていないようだった。その腕一本で、かれの倍もあ りそうな万丈をたかだかと差しあげ、サイドボードめがけてカまか 「そら」 ナイフがなめらかに動いて、胸にふかい軌跡を残した。血があふせに投げつける。どかん、とものすごい音がした。 れるのを万丈も見たが、自分の体なのだとはどうしても信じられな「寝たふりを続けておくべきだった」 万丈のダウンをたしかめる必要などないように″爪〃はパワーズ かった。痛くないのだ。 の方に向き直った。 「どうだね ? 」 赤い目がぬれていた。″爪″の顔のなかで、そこだけが欲情して「それがあなたのためだったのだ」 。ハワーズは茫然と、ただ立っていた。心臓を失い全身を血で染め いる。「どうだね ? 自分が腑分けされていくのを見る気分は」 て、しかし平然とわらう男が目の前にいる。これが呪界か 万丈の手が、ナイフをふたたびふりあげた。 だが、それがふりおろされることはなかった。フアフナーが奪いワーズの喉がからつばで鳴った。くちびるから漏れる息がふるふる とったのだ。翼をひろげ、竜は狭い室でたくみに滑空した。身をひと震える。たしかに恐怖もあった。しかし。 ( ワーズは、それとは別 な興奮が鳩首のあたりで熱くなりはじめたのを感じていた。どうか るがえし、鋭い爪で刺客におそいかかる。竜族の爪は、凶暴さとい かれ う点では″爪″のそれよりはるかに上まわっていた。万丈のなまくすると笑いだしてしまいそうな気がした。 らナイフなどやすやすと断ちきるだろう。それが″爪″の頭といわ「そうかい」 卓を背にして、パワーズは″爪″の目をにらみ上げた。 ず肩といわず、めまぐるしく狙うのだ。 「そうとも」 それが、陽動だった。 息をふきかえし、卓の陰に寄っていたパワーズがやおら立ちあが ヒュッと風が鳴った。一 った。駆けよりざま、卓上の金属環をひろいあげ、その作用面を パワーズの手からつぶてが飛び、″爪″は顔をおおって大きくの ″爪″の心臓のうえにぎゅっと押しあてる。 けぞった。低く舞いおりた竜の尾がその足をはらう。長身の刺客は ひとたまりもなかった。 よろめいた。その動きは不自然なまでにぎくしやくして、すぐに膝

10. SFマガジン 1985年11月号

( イン・フスの巨体がのっそりと立ちあがった。その大きな丸顔とどけたいだけだ。どのような事態になろうとも、全責任と名誉は イザーク・コマンドアのものとするー がこわばっている。双眸は水で打たれたガラスのように煌めいてい こ 0 「いいだろう」ややあってコマンドアが言った。「道連れを歓迎し よう。出発は明朝だ。わたしは馬車を手配しにいく」 「徒労と知りつつ愚かな旅に出るのもやはり無駄というもの。わた その夜遅く、見習い士サム・サラザールが、自室で考えにふけっ しは愚か者ではありません。はじめから無益とわかっている咒いは ているハイン・フスのもとを訪れた。 お断わりします」 「なんの用だ ? 」とフスはうなるように言った。 「それならば、ほかの者に頼むまでだ」ファイド卿は戸口に行き、 「ひとつお願いがあってやってきました、咒法師長、ハイン・フ 召使いを呼びつけた。「イザーク・コマンドアを呼んでこい」 ハイン・フスは巨体を椅子にもどした。「よろしければ、おふた 「もはや咒法師長とは名ばかりだ」ハイン・フスがうなった。「も りの話のあいだ、わしもここにいさせてもらいましよう」 うじきイザーク・コマンドアがわしの地位にとってかわる」 「好きにせい」 サム・サラザール . は目をしばたたき、落ちつかなげに笑った。ハ がりがりに痩せたイザーク・コマンドアの長身が、うつむくよう イン・フスは冷ややかな水品のような目で若者を見すえた。「なん にして戸口に現われた。室内にさっと視線を走らせ、ファイド卿と の用だ ? 」 ハイン・フスを認めると、部屋に入ってきた。 「〈先人〉の調査のため、原生林にいかれるというを聞いたので ファイド卿は手短に望みを述べた。「ハイン・フスは余の頼みが すが」 引き受けられんという。だからそなたを呼んだのだ」 イザーク・コマンドアはすばやく計算した。なにを計算している「そうともそうとも。で ? 」 「こういう状態になった以上、彼らは人間と見れば攻撃してくるは かは明白だった。これは咒力を一気に増すチャンスだ。ハイン・フ スがすでにこの計画を蹴っているのであれば、失敗しても咒力を減ずではありませんか ? 」 ハイン・フスは肩をすくめた。「やつらは森の市場で人と取り引 じることはあるまい ? コマンドアはうなずいた。「 ( イン・フスからこの難しさはお聞きをする。いままでも人間はしじゅう森の市場に出入りしておっ きになったはず。このような試みをなしとげられるのは、きわめてた。それは変わるかもしれし、変わらんかもしれん」 「よろしければ、わたしもいっしょに行きたいのですが」 優秀で強運の咒法師でなくてはかないません。ですが、この挑戦、 「これは見習い士の仕事ではない」 お受けいたしましよう。わたくしが参ります」 9 「よかろう」とハイン・フス。「わしも行こう」イザーク・コマン 「見習い士には学ぶためのあらゆる機会が与えられてしかるべきで ドアが燃えるような目できっと彼をにらみつけた。「わしはたた見す。それに、テントを張ったり、人形棚のあげおろしをしたり、料