( イン・フスの巨体がのっそりと立ちあがった。その大きな丸顔とどけたいだけだ。どのような事態になろうとも、全責任と名誉は イザーク・コマンドアのものとするー がこわばっている。双眸は水で打たれたガラスのように煌めいてい こ 0 「いいだろう」ややあってコマンドアが言った。「道連れを歓迎し よう。出発は明朝だ。わたしは馬車を手配しにいく」 「徒労と知りつつ愚かな旅に出るのもやはり無駄というもの。わた その夜遅く、見習い士サム・サラザールが、自室で考えにふけっ しは愚か者ではありません。はじめから無益とわかっている咒いは ているハイン・フスのもとを訪れた。 お断わりします」 「なんの用だ ? 」とフスはうなるように言った。 「それならば、ほかの者に頼むまでだ」ファイド卿は戸口に行き、 「ひとつお願いがあってやってきました、咒法師長、ハイン・フ 召使いを呼びつけた。「イザーク・コマンドアを呼んでこい」 ハイン・フスは巨体を椅子にもどした。「よろしければ、おふた 「もはや咒法師長とは名ばかりだ」ハイン・フスがうなった。「も りの話のあいだ、わしもここにいさせてもらいましよう」 うじきイザーク・コマンドアがわしの地位にとってかわる」 「好きにせい」 サム・サラザール . は目をしばたたき、落ちつかなげに笑った。ハ がりがりに痩せたイザーク・コマンドアの長身が、うつむくよう イン・フスは冷ややかな水品のような目で若者を見すえた。「なん にして戸口に現われた。室内にさっと視線を走らせ、ファイド卿と の用だ ? 」 ハイン・フスを認めると、部屋に入ってきた。 「〈先人〉の調査のため、原生林にいかれるというを聞いたので ファイド卿は手短に望みを述べた。「ハイン・フスは余の頼みが すが」 引き受けられんという。だからそなたを呼んだのだ」 イザーク・コマンドアはすばやく計算した。なにを計算している「そうともそうとも。で ? 」 「こういう状態になった以上、彼らは人間と見れば攻撃してくるは かは明白だった。これは咒力を一気に増すチャンスだ。ハイン・フ スがすでにこの計画を蹴っているのであれば、失敗しても咒力を減ずではありませんか ? 」 ハイン・フスは肩をすくめた。「やつらは森の市場で人と取り引 じることはあるまい ? コマンドアはうなずいた。「 ( イン・フスからこの難しさはお聞きをする。いままでも人間はしじゅう森の市場に出入りしておっ きになったはず。このような試みをなしとげられるのは、きわめてた。それは変わるかもしれし、変わらんかもしれん」 「よろしければ、わたしもいっしょに行きたいのですが」 優秀で強運の咒法師でなくてはかないません。ですが、この挑戦、 「これは見習い士の仕事ではない」 お受けいたしましよう。わたくしが参ります」 9 「よかろう」とハイン・フス。「わしも行こう」イザーク・コマン 「見習い士には学ぶためのあらゆる機会が与えられてしかるべきで ドアが燃えるような目できっと彼をにらみつけた。「わしはたた見す。それに、テントを張ったり、人形棚のあげおろしをしたり、料
な。そのおまえが、いまは能なしで無気力になってしまっている。 なぜた ? 」 「わしは能なしでも無気力でもありません。自分の能力以上のこと ができないだけです。わしは奇跡の起こし方を知りません。奇跡が ほしければサム・サラザールに相談することです。あれも方法を知 っているわけではありませんが、果敢にあらゆる可能性を試し、多 くの不可能事に挑戦しております」 夜のあいだに〈先人〉は城を完全に包囲し、城壁から五十ャード 離れたところへ円陣を形作った。包囲陣のあいだでは夜を徹して活「本気でそんなたわごとを信じているのか ! 余の目の前で神秘主 動が行なわれ、幽鬼のような姿が星明かりのもとで行き来してい義を標榜するのか ! 」 ハイン・フスは肩をすくめた。「わしの知識にも限界はあります ファイド卿は ( イン・フスをそばに置き、深夜まで胸墻から包囲わい。奇跡は起こるーーそれは事実です。祖先の遺産はそこらじゅ うに残っています。彼らの方法は超自然的であり、われわれの考え 陣を見つめていた。何度も何度も、卿はくりかえし訊ねた。「ほか しかし考えてもみてくださ 方とは相いれぬものでありますが の城はどうしておる ? さらに援軍を送り出しているか ? 」 ハイン・フスはそのたびに同じ答えを返した。「混乱と疑念が見 祖先の方法そのものを用いて〈先人〉たちはわれわれを減ぼ えます。城主たちも手を貸したいのはやまやまなれど、無駄死にしそうとしているのですぞ。金属のかわりにやつらは生き物を使って たくはないのですな。いまのところ、みなは考えこみ、状況を観察いるだけでー・ー結果は同じです。パングボーンじゅうの人間が力を しているところです」 合わせ、損害覚悟で立ち向かえば、〈先人〉たちを原生林に追い返 だが、いつまで ? 一年ですか ? 十年 ファイド卿はハイン・フスについてくるよう合図し、ついに胸墻すことはできましよう をあとにした。そして宝物部屋に行くと、どっかりと椅子にすわりですか ? その間、〈先人〉は新たに木々を植え「さらに多くの罠 こみ、 ( イン・フスにもすわるように椅子を指し示した。しばらくを仕掛け、じきにもっと恐ろしい武器を , ーー馬ほどもある空翔ぶ甲 のあいだ、卿は咒法師を冷たい値踏みするようなまなざしで見つめ虫や、鎧をも貫くオオ・ ( チ、ファイド城の城壁をよじ登れる蜥蝪な ていた。 ( イン・フスはいやな顔もせず、値踏みされるにまかせどをこしらえあげて溢れ出してくるでしよう」 こ 0 「で、咒法師にはどうすることもできぬと ? 」 「そなたは咒法師の長だ」ようやくのことで、ファイド卿はロを開「ご自分でごらんになったはずです。イザーク・コマンドアのした 5 いた。「二十年間、そなたは咒法に携わり、咒いをかけ、未来を占ことは彼らの意識に押し入り、怒りをかきたてただけであって、そ ・ハングボーンの他のいかなる咒法師よりもみごとにれ以上のものではありません」 ってきた ニをたたきつぶした。 「門を閉じよっ」ファイド卿が怒鳴った。 城門は閉じられた。ファイド城は包囲された。 こ 0
サム・サラザールはロごもり、ほんのりと顔を染めたが、すぐにう。幸連を祈っておるそ。あるいはそなたは、余の存命中に奇跡を なしとげてくれるやもしれぬ」 すっと背筋を伸ばし、できるだけはっきりと、明瞭に答えた。 イザーク・コマンドアがしやがれ声でハイン・フスに食ってかか 「わたしは殿のおっしやる″軽佻浮薄な真似″をつづけたいので った。「なんと情けない話だ ! これは叡知の崩壊を、咒法の威信 す。できれば同好の士を語らって、ともにこの道を歩みたいと」 「軽佻浮薄な行為はつねに魅力的なものだ」とファイド卿。「ほかの低下を、論理の破綻をもたらすものではないか ! 新奇なものは にもなまけものやろくでなし、農場から逃げてきた作男など、似た若者を引きつけやすい。すでに見習い士と修祓師の多くは興奮して ささやきあっている。未来の咒法師は事態をなげくことだろうよ。 ようなやつらが集まるにはちがいない」 サム・サラザールは信念を持って言った。「その軽佻浮薄なこと鬼神の憑依はどうなる ? 歯車とギアとボタンを使ってか。咒いは がまじめな研究になるかもしれません。なるほど、古代人が野蛮人どうやって投げかける ? 未来の者たちは獲物を斧で斃すほうがた であったことはまちがいないでしよう。彼らは自分たちが理解できやすいことを知るだろう」 ない存在を操るのに記号を用いました。その点、われわれは組織的「時代は変わる」と ( イン・フスは答えた。「ファイドの法がパン で合理的です。では、どうしてわれわれには古代の奇跡を体系化グボーン唯一の法となったいま、城はもはやわれわれを雇う必要が ない。たぶんわしはサム・サラザールの研究所に加えてもらうこと し、理解することができないのです ? 」 「なるほど、なぜだ」とファイド卿は問いかけた。「だれか答えらになるだろうよ」 「暗い未来を選んだものだ」イザーク・コマンドアは鼻を鳴らし、 れる者はおるか ? 」 だれも答えなかったが、ただイザーク・コマンドアだけが歯のあ吐き捨てるように言った。 「未来には数多くの道がある。そのなかにはまぎれもなく暗いもの いだからシュッと息を吐き出し、かぶりをふった。 もあるさ」 「わたし自身は奇跡を起こせるようにはならないかもしれません。 ファイド卿がグラスを掲げた。「そなたに最良の未来が訪れるこ 寄跡は思ったよりも複雑なもののようですから」とサム・サラザー ルはつづけた。「ですが、わたしやわたしと意見を同じくする者がとを祈って、 ( イン・フス。だれにわかる ? いずれサム・サラザ ールは、われらを母星へと連れ帰る宇宙船を造りあげるかもしれん その第一歩を踏み出せるよう、研究室の設置をお願いできないでし ようか。この点については、咒法師長ハイン・フスの励ましと指示ではないか」 「そうですな」と ( イン・フスは言って、自分のゴ・フレットを掲げ を得ております」 ファイド卿はゴ・フレットを掲げた。「あいわかった、見習い士サた。「では、乾杯ーーー最良の未来のために ! 」 ム・サラザール。今宵はそなたのいかなる願いも聞きとどけられぬ ということはない。そなたは望みどおりのものを与えられるであろ 23
ィ第第 ' をド、 コマンドアを連れてこい やつれはて、青い顔をしたコマンドアが前庭に よろめき出てきた。ファイド卿は有無を言わさぬ ようすで招き寄せ、「そなたの腕がいる。ヘルマ ウスに炎を注ぎ入れよ」 コマンドアは冷ややかな顔で突っ立っているハ 、、イン・フスにちらと目を走らせた。そして、でき もしないはでな約東はすまいと決めた。「わたく しにはできません」 「なんだと ! きさままでもそんなことを言うの 「どうか人と金属のちがいをご理解ください。人 本来の状態は狂気に近いものです。人はつねに極 端な興奮と無感動のあいだで・ハランスをとってい るのです。人の感覚というものは、世界について 自分で思っているよりも遙かにわずかなことしか 伝えてくれません。人をごまかし、鬼神を憑依さ \ せ、心から意識を閉め出し、殺してしまうのは簡 単なトリックです。ですが、金属はなにも感じま せん。金属はその形状と状態のしからしむとこ 、貳、、 0 ろ、および奇跡にのみ反応するのです」 「では奇跡を起こせ ! 」 「無理です」 ファイド卿は深々とため息をついた。が、 に気をとりなおし、すばやく前庭を横切っていっ こ 0
だが、われらも準備をせねばならぬ。準備も整わぬうちに攻撃するばしらをへし折ってやらねばなるまい。忠誠と服従を誓ったにもか のは愚か以外のなにものでもない。今宵より余は咒法師らと策を練かわらず、やつらはいまだに反乱を企んでおる」 「スターホーム、ジュリアン日デュアレイ、オークホールでは、 り、災いの策略をたてるであろう」 徒士と騎士はいっせいに立ちあがり、カップを掲げて陰鬱に乾杯〈先人〉の能力に対する驚きが見えますが、おもに無関心を示して います」 をした。ファイド卿は一礼すると、ホールを出た。 その足で、戦利品をおさめた私室に赴く。壁には盾の形をした紋ファイド卿は苦い顔でうなずいた。「もうよい。実際に反乱の起 地、記念碑、デスマスク、花びらのようにずらりと輪をなしてならこる可能性はないのだ。われらは他に構わず〈先人〉どもだけにカ べられた無数の剣などがかかっていた。そのほかには、携帯兵器やを注ぐことができる。いまから余の考えを打ち明けよう。そなたは エネルギー・ビストル、電子剣などのかかった銃架があり、さらに原生林、太古の森、ソローの雑木林、その他の森林のあいだにも新 古代の宇宙航行者の制服を着た初代ファイドの肖像と、城の宝ともたな木立ちが生まれていると申したなーーーおそらくは、ファイド城 いう・ヘき、もはや一枚きりといってもよい、初代ファイドをパングを包囲するために、と」 ポーンに連れきたった巨大な宇宙船の写真がかかっていた。 卿は窺うように ( イン・フスを見やったが、咒法師はなにも言わ なかった。ファイド卿は先をつづけた。 ファイド卿は初代ファイドの顔を何度もためっすがめっしてか 「どうやらわれらは、蛮族どもの狡猾さを甘く見すぎていたかもし ら、召使いを呼んだ。 れぬ。作戦を立て、行動することに関しては、やつらはほぼ人間な 「咒法師の長にここへくるよう声をかけてまいれ」 ほどなく、足音を響かせて ( イン・フスが室内に入ってきた。フみの執拗さを持ち合わせているようだ。あるいは、人間以上の執拗 アイド卿は肖像画から向きなおると、腰をおろし、 ( イン・フスにさと言うべきか。なにしろ、千六百年の時を経てなお、やつらはわ もすわるようにと手で示した。 れわれを侵入者と見なし、駆逐することを考えているのだ」 「各地の城主たちはどうしておる ? 」と卿は訊ねた。「〈先人〉ど「わしも同じ意見です」 「早急に攻撃の準備を整えなければならん。余はこれは咒法師の仕 もの造反をみなはどう見ている ? 」 「反応はさまざまです」と ( イン・フス。「ポグホーテン、キャン事だと思う。虫をたたき落とし、罠に落ち、泡のなかを手探りした ところで、なんの名誉になるわけでもない。それで命を落とすは、 一アルウェイド、 ーヴェでは悲しみと怒りが渦巻いております」 無駄死にと言うものだ。ゆえに、そなたには城内の全咒法師、祈祷 ファイド卿はうなずいた。「あれらは余の血縁の者たちだ」 「ギズボーン、グレイマール、摩天城、オルダーには、満足と押し師、修祓師の力を合わせ、そなたらのもっとも強力な咒法をーー」 隠した計算が見られます」 「無理ですな」 ファイド卿の黒い眉毛がさかだった。「″無理ですな ? 」 「さもあらん」ファイド卿がつぶやいた。「あやつらはいちど鼻つ」 235
( イン・フスの水晶のように澄んだ瞳が、ファイド卿の煌めく黒 らふく食わせておけ。全兵力が必要になる」 ( イン・フスに向きなおり、「各地の城と荘園に伝達、わが一族い瞳と会 0 た。「わしは殿が知っておられることーー〈先人〉が攻 9 2 郎党は全軍を率き連れ、手持ちの鎧を残らず装着のうえ馳せ参じる撃してくるということしか知りません。彼らは自分たちが愚かでは 、キないことを証明しました。そしてわれわれを殺すつもりです。彼ら よう命じよ。ベルガード・ホール、ポグホーテン、キャン・ハ ャンデルウ = イドにもだ。大急ぎでくるようせきたてろ、原生林かは咒法師ではありません。われわれを咒力で苦しめ、城外に追いた らここまでは数時間しかかからぬ」 てることはできません。城壁を打ち破ることもできません。地下か フスは片手をあげた。「すでに手配ずみです。城々には警告を与ら入ろうとしても、固い岩石のなかを掘り進まねばなりません。で えました。御意はみな承知しております」 は彼らはなにを考えているのか ? わかりません。彼らは成功する 「で、〈先人〉どもはーーやつらの心が感じられるか ? 」 のカ ? これまたわかりません。ですが、咒法師とそのきちんと整 備された知識の時代はもはや終わりを告げました。これからのわれ ファイド卿は歩み去った。ハイン・フスは巨体をゆるがせて正門 われは、手探りで、愚かな真似をしながら、奇跡を働くために模索 サラザールが泡にいろいろな液体を注 から外に出ると、城のまわりをひとまわりし、窓がなく、古代の奇しなければなりますまい 跡の兵器でさえ打ち破れない、ずんぐりした塔の黒壁を見あげ、賞 いだように」 賛の念を覚えた。遙か高く大天蓋のてつべんでは、兵器番のジャン鎧を着こんだ騎士の一団が城門から駆けこんできた。ベルガード トがキューボラのなかで作業し、すでにびかびかに磨きあげら ・ホールからの戦士団だ。時がたつにつれ、ほかの城々からの増援 れた砲身に磨きをかけ、グリースでべっとりの表面にさらにグリー 部隊がつぎつぎにファイド城に駆けつけ、やがて前庭は人馬で立錐 スを塗っている。 の余地もなくなった。 ハイン・フスは城内にもどった。ファイド卿が口を引き結び、目 日没二時間前、〈先人〉たちが見わたすかぎり平原いつばいに広 を光らせて近づいてきた。「なにを見ていた ? 」 がって姿を現わした。とてつもない大集団のようだ。規律のない塊 「城、壁、塔、天蓋、そしてヘルマウスを」 となって近づいてくる集団の前後には、落伍する者、先走る者、集 「で、なにを考えた ? 」 団から離れてさまよう者などがおおぜいいた 「いろいろなことを」 よその城からきた血気盛んな者たちは、ファイド卿のもとへ集 「ええい、のらりくらりと。そなたはロに出して言う以上のことを 打って出て〈先人〉どもを蹴ちらそうと口々に騒ぎたてた。 知っておるのだろうが。言ってしまったほうがよいぞ。ファイド城が、そこで彼らは、植林地帯の戦いを経験したファイドの勇者たち が蛮族の前に陥落すれば、そなたもほかの者たちと同じく死ぬのだのなかにひとりも賛成する者が出ないことに気づいた。もっともフ からな」 アイド卿は、〈先人〉が緊密な塊となっているのを見て喜んでい
めがけて、矢がいっせいに放たれた。わずかな〈先人〉が打撃を受を被う天蓋まであと三十フィートのところまで盛りあがっている。 け、背を向けてよろめき去った。が、ほかの者たちは平然と体に刺「もう二、三層重ねられれば天蓋にとどくでしよう」 さった矢を抜きとった。さらにもう一斉射を浴びせると、またわず「とどいたらどうだというのだ ? 天蓋は城壁と同じく強靱だそ」 「それゆえ、われわれは密封されます」 かな〈先人〉がよろめき去った。ほかの者たちは竿を苔におろし、 ファイド卿は新たな視点から泡の壁を眺めた。すでに〈先人〉は 黒いひだを激しくはためかせて空気を送り出し、大量に泡を吐き出 しはじめた。後続の〈先人〉がさらに竿を運びこみ、泡のなかに押泡の壁にかけた梯をあわただしく登り、四層めを築く準備をしてい しこんだ。城のまわりを完全にとりかこむ形で、城壁のすぐそばにゑはじめに竿を組み、硬化して乾燥するのを待「てから、大量に 白い泡を吐きかける。天蓋と泡の頂上のあいだはわずか二十フィー 泡の山が築かれはじめた。 トに詰められた。 いまや、〈先人〉の輪はぐっと締まり、全員が激しく泡を吐き出 していた。泡の山は急速に盛りあがっていく。そこへさらに竿が運ファイド卿は徒士頭に向きなおった。「出撃準備だ」 「オオパチ用の網はどういたします ? 」 びこまれ、泡のなかに投げこまれて、塊を強化し、硬化させた。 「おおかたできたか ? 」 「もっと射かけよ ! 」ファイド卿が吠えた。「頭をよく狙え ! 「もう十分かかります」 ーナード , ーーオオ・ハチ用の網はもうできたか ? 」 「十分も待っていれば窒息してしまうわっ。ともかく、泡のなかに 「まだでございます。網を作りあげるには少しばかり時間が」 ファイド卿は黙りこんだ。泡の山はいまや高さ十フィートに達道を切り開かねばならんのだ」 し、さらに高みへと急速にせりあが 0 てくる。卿は ( イン・フスに十分が過ぎ、十五分が過ぎた。〈先人〉たちは泡壁の向こうに傾 斜路を築いた。はじめは何十本もの竿を組み、ついで泡を吐きか 向きなおった。「やつらはなにをしようとしているのだ ? 」 ( イン・フスはかぶりをふ「た。「いまのところ、なんとも一一〔えけ、その上へ重みを分散させるためにむしろを敷く。 徒士頭 2 ( ーナードがファイド卿に報告した。「準備完了しまし ません」 泡の第一層は硬化を終えた。その上に、〈先人〉たちはつぎの層た」 を吐きかけ、ふたたび竿を縦横に交差させながら積みあげて補強し「よしつ」ファイド卿は前庭に降りると、軍勢に向かい、下知をく た。十五分後、第二層が硬化すると、〈先人〉たちは粗雑な梯を山だした。「迅速に、だが固まって動け。泡のなかでちりちりになっ にかけ、第三層を築きはじめた。城をとりまく泡の山はいまや高さてはまずい。前進しつつ、前方と側面を斬り払え。〈先人〉どもは ィートにもなり、基部では厚さが四十フィートにも達してい泡のなかでも目が見える。その点やつらに有利だ。泡壁を突「きっ 三十フ 7 こ。 たら蜂網を使う。徒士ふたりがひとりの騎士の護衛にあたれ。忘れ 「ごらんなさい」 ( イン・フスが言「て指差した。泡の山は、城壁るな、迅速に泡を突き破るのだ、さもなければ窒息してしまうそ。
その背後で、ハイン・フスがまるで一日じゅうそこに立ちつくして 理、水汲み、その他もろもろの雑用に手がいるでしよう」 「たしかに一理ある」とハイン・フス。「よかろう、出発は夜明けいたかのごとく、穏やかな目をじっとファイド卿に注いで、やはり コマンドアが第一声を放つのを待っていた。 だ。わしらの手になるがいい」 イザーク・コマンドアは完全には興奮を押さえきれないようすだ 9 った。一歩進み出ると、彼は言った。「原生林よりもどりましてご ざいます」 「で、成果のほどは ? 」 朝日が荒野に昇るころ、咒法師たちはファイド城をあとにした。 「〈先人〉に咒いをかけることは可能と確信いたしました」 大きな車輪をきしませながら、馬車は苔地を北へと進んだ。前席に コマンドアのうしろからハイン・フスが言った。「たとえ可能で はハイン・フスとイザーク・コマンドアがすわり、サム・サラザー ルはうしろ向きに後部から足を投げ出してすわっている。馬車は苔あれ、このような仕事を引き受けることは無益であり、無責任であ 地のでこぼこに合わせて上下しながらがたごとと進んでいき、やがるばかりか、危険でさえあるとわしは思いますな」巨体をぐいと前 て物見が丘の向こうに消えた。 に押し出す。 ふたたび馬車が姿を現わしたのは、それから五日後、日没一時間 イザーク・コマンドアの茶褐色の目が燃えあがった。ファイド卿 前のことだった。出発時と同じように、ハイン・フスとイザーク・ に向きなおり、「殿は任務をはたすようにと命じられました。その コマンドアが前席に乗り、サム・サラザールがうしろ向きに後部に報告をいたしたいと存じます」 乗っていた。彼らは城に近づいてくると、手もふらず、会釈さえせ「まずすわれ。聞こう」 ずに、城門をくぐって馬車を前庭に乗り入れた。 名目上の調査隊の長、イザーク・コマンドアは話しはじめた。 , イザーク・コマンドアは組んでいた長い足をほどき、蜘蛛のよう「わたくしどもは土手ぞいに森の市場へ乗りこみました。そこには に地面に降りたった。ハイン・フスもうなり声をあげて降りた。ふ不穏な動きも敵意もまったく見あたりませんでした。商いをしてい たりともそのまま自室に向かい、サ人・サラザールが咒法師用の車たのは百名ほどの〈先人〉で、扱う品は材木あり、板材あり、柱、 庫まで馬車を駆っていった。 支柱、ナイフの刃、鉄線、胴鍋とさまざまでございました。彼らが しばらくして、イザーク・コマンドアは宝物部屋で待っファイド艀にもどるとき、馬車や馬その他一式携えてわたくしどももいっし 卿の前にまかりでた。立場と威厳、儀礼などのことを考え合わせ、 ょに乗りこみました。彼らはなんの驚きも見せずーーー」 卿は無理に無関心なふりを装った。イザーク・コマンドアは狐のよ「驚きというのは」 ( イン・フスがものうげに口をはさんだ。「連 うな笑みを浮かべて戸口に立っていた。ファイド卿は苦虫を噛みつ中には無縁の感情だ」 ぶしたような顔でコマンドアを見やり、彼が口を開くのを待った。 イザーク・コマンドアはフスをぎっとにらみつけてから、先をつ 9 2
「ではーーーわれらはどうすればよいのだ ? 」 「ハイン・フス ! ほかの城はどうしておる ? 」 ハイン・フスはお手あげのしぐさをした。「わかりません。わし「鎧を着こみ、騎馬にうちまたがってはおります。ですが、慎重を 5 2 は咒法師、ハイン・フスにすぎんのです。それにしても、サム・サ期してなかなか近づいてきません」 ラザールを見ていると飽きませんよ。なにを学んでいるわけでもな 「われらが窮状を伝えられるか ? 」 いのに、救いがたいばかなのか恐ろしく切れ者なのか、い っこうに「伝えられますし、すでに伝えました。しかし、かえってそれはみ くじけません。これが奇跡をなしとげる道であるとしたら、あれは なの警戒を強めさせる結果に終わったようです」 「ちいし なにが忠実にして それでよく戦士と言えるわっー 成功するでしよう」 ファイド、卿は立ちあがった。「余は疲れはてた。なにも考えるこふたごころなき同盟軍だ ! 」 とができん。ひと眠りせねば。明日になればもっといろいろなこと「彼らは殿がさんざんな目に遭われたことを知っているのです」と ハイン・フス。「無理もないことですが、みなは殿にできなかった がわかるだろう」 ( イン・フスは宝物部屋をあとにして、胸墻にもどった。〈先ことが自分たちにできるのかと自問しているのです」 ファイド卿は苦々しげにロもとを歪めた。「それを言われては一 人〉の包囲の輪は前より城壁に近づき、ほとんど矢のとどく距離に まで迫っているようだった。包囲陣の背後には、荒野を横切ってぞ言もないわ。ところで、オオ・ハチから身を守る方法だがな。鎧は役 くそくとやってくる青白い〈先人〉の列が連なっていた。城からやにたたぬ。といって、あのダニにとりつかれては戦うどころではな や離れたところには白いものでできた壁が築かれはじめ、夜が更け ゆくにつれて、それはしだいに大きくなっていった。 「はつ」 「兵士ひとりひとりに短い取手のついた二フィート四方の枠を作ら せろ。その枠に目の詰まった網を張りつけるのだ。その枠の完成を 何時間かが過ぎ、空は白々と明るみはじめ、太陽が東に昇った。 〈先人〉たちは蟻のように平原を歩きまわり、北のほうから硬化し待って再度出撃する。その網を使い、馬を降りて軽装の鎧をつけた た泡の長い竿を運びこんでは、城のまわりの山に落とし、また北へ騎士ひとりにつき、ふたりの徒士を護衛にあてろ」 「その間」とハイン・フスが口を出した。「〈先人〉の準備もちゃ ともどっていった。 ファイド・日 卿が胸墻の上に現われた。やつれた顏をしており、髭もくちゃくと進みましよう」 ファイド卿は向きなおって城外を見やった。〈先人〉たちは硬化 剃っていない。 「これはなにごとだ ? やつらはなにをしている 泡の竿を持って城壁のすぐ根もとまで追ってきている。 矢を射かけい ! 頭を狙うのだ ! 」 徒士頭のパーナードが答えた。「みんなもとまどっているしたい でして」 胸墻そいに弓兵がずらりとならび、弓を引きしぼった。〈先人〉
人の不良少年に見とれていた。 が、太い腕が、つとのびてきてそれをさえぎった。 「ふざけるんじゃーねえや : : : 」 海坊主のサムであった。 イシュトヴァ 1 ンはいっそう調子にのって、虹のような気炎をふその小さな、陰気な目が、陰火のような光をうかべて、チロチロ きあげた。 と、イシュトヴァーンを見つめていた。何か、いかにも、思いあた 「もしもおいらがほんもののヨウイスの女だったらよ、ど助平のえ ったかたくらみがあるか、そういう暗い目つきであった。 らいさんとグルになって、かどわかして売りとばすつもりでいやが「、ツ、 ′てえことで、今日はだいぶん、面白くあそばしてもらった ったくせによーーー対で、まっとうにサイ改めも誓いもやって、張っよ、サイスのおとつつあん」 た勝負にサイスの賭場じゃ、こういうケチくせえまねをしやがるん イシュトヴァーンは身をかがめ、ヨウイスの女の衣装をかきあっ だと、チチアじゅうにふれてまわってやろうかい、ええ ? ししカめて、ストールでひとつつみにすると小わきにかかえた。 ら、耳をそろえて十万ラン、よこしやがれ、こいつは、黒の。フルカ 「明日また、十万ラン、うけとりにくらあ。証人にツ = ペシ親分 に一緒にきてもらってな。びた一文、まからんから、そのつもりで スと、ヴェントのイシュトヴァーンさまの、公正無比の一本勝負 よ。他の奴につべこぺいわれるすじはねえ。 いっとくが、妙な気を用意しとけよ。おい、・フルカスさん、悪かったな。あいつが、片目 おこしたってムダだそ。おめえらのうしろにや、何様がおっき遊ばのコルドの必殺わざ『ャヌス廻し』というのさ、拝めただけでも、 して、しろうとをだましていいようにまきあげるのを公認してるかありがてえと思ってくれ。こんどはうちの方へもいっぺん、客であ 知らねえが、おれだって、。ヒットの賭場じゃちったあ知られたイシそびにきてくれよ」 = トヴァーンだ。今夜、あす、あさってにでもおいらに何かあろう 云いすてて、さえぎるものもない人垣のまん中を、得意満面で歩 ものなら、チチアじゅうのやつらがサイスの賭場に暴動おこしておき出した。 さあっと、人々が二つにわれる。 しよせるぜ , ーー・第一、おれのうしろだてにや、オルニウス号のカメ ロン船長がついてるんだからな。つまんねえ、けちな了簡おこさずそのイシ , トヴァ 1 ンの背に、サイスのしわがれた声がかけられ こ 0 と、とっとと十万ラン、調達しにかけて行きやがれ、明日の晩、ル アーの日没の鐘が鳴るまでだけ、イシ = トさまのお情で待ってやら「覚えときなよ、お若いの。コレド・、 ノカ《五つ目》ドビスに勝って、 あ。 ( ツ、どいつもこいつも図体ばかりでかくなりやがって、脳みよく朝どうなってたかをな。髪も切らねえうちから、あまり頑張ら その方は、ノスフ = ラスのセム族みてえに小せえときてやがら。ばねえ方が、チチアじや長生きするんだよ」 かが : : : 」 「ありがとよ、とつつあん。その忠告に免じて百ラン、まけてやら 云いたいほうだいの雑言に、顔色をかえて、・フルカスが、とび出あな」 そうとする。 ふりかえって、片目をつぶってイシュトヴァーンは云った。そし 2