ごとだったが、われわれのほうが強いことが証明された。いまこの 卿はいまいましげな顔で、天蓋のほかはすつぼりと泡で包みこま とき、われわれはおまえたちを殺すことができる。その勢いで森にれたファイド城を見あげた。「これでは酢百樽でも足るまい」 押し寄せ、あちこちに火をかけることもできる。一部は火を消しと ハイン・フスが天をにらんで言った。「同盟軍が大急ぎでやって めることもできよう。だが、全部は無理だ。われわれは原生林を焼きます。彼らの咒法師が殿の勝利を知らせたのです」 き減・ほせる。 ファイド卿はロもとを歪めて笑った。「わが同者にはファイド とはいえ、〈先人〉も少しは生き残り、森の奥に潜んで、新たに城より泡をとり除く仕事を与えてくれよう」 人間を殺す計画を練りはじめるだろう。それはわれわれの望むとこ 4 ろではない。ファイド卿は和平の道を望んでおられる。それが成立 するかどうかはおまえたちしだいだ。すなわち、二度と死の罠を仕 掛けぬこと。人間が自由に森に近づき、出入りできるようにするこ勝利の宴まっ盛りのファイド城のホールで、ファイド卿はやや離 と。それがわれわれの条件だ。 れたところにすわっているハイン・フスへ陽気に声をかけた。 かわりに、おまえたちには自由に苔地に出てくることを認めよ「ところで、咒法師長よ、ここでそなたの見習い士、なまけもので ろくでなしのサム・サラザールにしかるべき褒賞を行なわねばなる う。どちらの種族も相手には干渉しない。さあ、どちらを選ぶフ 全滅かーーそれとも平和か ? 」 〈先人〉の発泡口からは、もはや紫の泡はしたたっていなかった。 「あれはここにきておりますよ、殿。立て、サム・サラザール、お 「平和を選ぶ」 まえの名誉を認めていただくがいい」 「オオ・ハチやオオクワガタは二度と育てぬこと。死の罠は撤去し、 サム・サラザールは立ちあがり、一礼した 1 別の罠を仕掛けてはならん」 ファイド卿はカツ。フを差し出し、「呑め、サム・サラザール、意 「承知した。そのかわり、苔地での自由を保証してもらわなければ気をあげろ。そなたの愚かしいいたずらがわれら全員の命を救った ならない」 こと、余は喜んで認めるぞ。サム・サラザールよ、そなたには敬意 「わかった。死者と負傷者を連れ、泡の竿を持っていってくれ」 を表し、礼を申し述べる。これからは軽佻浮薄な真似は慎み、本来 ( イン・フスはファイド卿のもとへもどった。「彼らは平和を選の仕事に精出して、まっとうな咒法をおさめるがよい。咒法師とな びました」 った暁には、一生ファイド城に雇いおくことを約東しよう」 ファイド卿はうなずいた。「よくやった。それにしくはない」そ「ありがとうございます」サム・サラザールは控えめに言った。 れから、部下たちに向かって「剣をおさめい。われらの大勝利「ですが、わたしは咒法師にはならないかもしれません」 「なに ? ほかになりたいものでもあるのか ? 2
をかけられぬというなら、鬼神どもを呼び出せ ! 余みずから鬼神途に使うには忍びないが、勝利のためとあらばやむをえん。さあ、 あの見習いはどこだ ? どのスイッチを入れ、どのボタンを押した を乗り移らせて森に突撃し、わが剣で道を切り開いてくれる ! 」 っ宀 か聞かねばならん」 「戦術をうんぬんするはわたしの役目ではありませんがな」ハイン 「おことばですが」とハイン・フス。「わしはサム・サラザールめ ・フスがのどの奥でうなるように言った。 を車に乗せて飛ばしたほうがよろしいかと存じます」 「つづけろ、話せ ! 言い分を聞いてやる」 ファイド卿はサム・サラザールのまん丸い温和な顔を横目でにら 「ある提案をした者がおりますので、わしはそれをお伝えするだけ です。わしもほかの咒法師も、それとはいっさい関係がありませんだ。「これには手慣れた手と年季を経た判断力が必要となる。あ ん。なにしろそいつは、いちばん安つぼい物理的方法に頼るものでの者が信用できるのか ? 」 すのでな」 「だいじようぶでしよう」とハイン・フス。「もともと、この計画 「聞こうと言っておるのだ」 を考え出したのはサム・サラザールなのですから」 「たいした話ではありませんよ。憶えておいでかもしれませんが、 「よかろう。なかに入れ、見習い士 ! 丁寧にあっかうのだそ ! わしの見習いのひとりが、殿の車にいたく興味を抱いております」風はこちらから森へ吹いている。森の端から火をつけ、できるだけ 「憶えておる。やつにはしかるべき鞭打ちをくらわすつもりだ」 遠くまで燃えるようにせよ。松明は、松明はどこだ ? 」 「あの気まぐれ者め、殿の車を宙高く浮かせましたな。提案という 松明が持ってこられ、油を避けて車の側面に結えつけられた。 のはそこです。荷馬車からありったけの油を出してあの車に乗せ、 「もうひとつお願いがあります」サム・サラザールが言った。「例 そののち車を高く舞いあがらせて、木立ちの上に進ませる。折りをの蜂から身を守るために、どなたか親切な騎士の方の鎧をお借りし 見て、車の乗り手は油を木々にぶちまけ、松明を放り投げる。木々 たいと思うのですが。さもないとーーー・」 は燃えあがりましよう。〈先人〉どもは少なくともたじろぐはず。 「鎧だ ! 鎧を持て ! 」 うまくすればかなりの者が死ぬかもしれません」 ようやく、すっかり鎧に身を固め、面頬もおろして、サム・サラ ファイド卿は両手を打ち鳴らした。「名案だ ! ただちに作業にザールが車によじ登った。シートにおさまると、じっとボタンやス とりかかれ ! 」 ィッチを見つめる。実を言えば、彼は前にどこをどう操作したかは 卿は十名ほどの兵士を呼び寄せ、命令をくだした。調理油四樽、つきり億えているわけではなかったのだ : : : 考えこんでから、手を 松脂の・ハケッ三杯、アルコールの入った籠巻き瓶六本が持ち出さ前に伸ばし、いくつかのボタンを押して、スイッチを入れた。エン れ、車に乗せられた。エンジンが抗議のうめきをあげ、車はほとんジンがうなり、咆哮をあげた。車はぶるっとふるえると、のろのろ と宙に舞いあがっていった。高く、高く、二十フィート、 四十フィ ど苔にふれんばかりに沈みこんだ。 そして百フィート、 ファイド卿は悲しげにかぶりをふった。「代々の遺産をこんな用 六十フィ 1 ト 二百フィート。 風が森
サム・サラザールはロごもり、ほんのりと顔を染めたが、すぐにう。幸連を祈っておるそ。あるいはそなたは、余の存命中に奇跡を なしとげてくれるやもしれぬ」 すっと背筋を伸ばし、できるだけはっきりと、明瞭に答えた。 イザーク・コマンドアがしやがれ声でハイン・フスに食ってかか 「わたしは殿のおっしやる″軽佻浮薄な真似″をつづけたいので った。「なんと情けない話だ ! これは叡知の崩壊を、咒法の威信 す。できれば同好の士を語らって、ともにこの道を歩みたいと」 「軽佻浮薄な行為はつねに魅力的なものだ」とファイド卿。「ほかの低下を、論理の破綻をもたらすものではないか ! 新奇なものは にもなまけものやろくでなし、農場から逃げてきた作男など、似た若者を引きつけやすい。すでに見習い士と修祓師の多くは興奮して ささやきあっている。未来の咒法師は事態をなげくことだろうよ。 ようなやつらが集まるにはちがいない」 サム・サラザールは信念を持って言った。「その軽佻浮薄なこと鬼神の憑依はどうなる ? 歯車とギアとボタンを使ってか。咒いは がまじめな研究になるかもしれません。なるほど、古代人が野蛮人どうやって投げかける ? 未来の者たちは獲物を斧で斃すほうがた であったことはまちがいないでしよう。彼らは自分たちが理解できやすいことを知るだろう」 ない存在を操るのに記号を用いました。その点、われわれは組織的「時代は変わる」と ( イン・フスは答えた。「ファイドの法がパン で合理的です。では、どうしてわれわれには古代の奇跡を体系化グボーン唯一の法となったいま、城はもはやわれわれを雇う必要が ない。たぶんわしはサム・サラザールの研究所に加えてもらうこと し、理解することができないのです ? 」 「なるほど、なぜだ」とファイド卿は問いかけた。「だれか答えらになるだろうよ」 「暗い未来を選んだものだ」イザーク・コマンドアは鼻を鳴らし、 れる者はおるか ? 」 だれも答えなかったが、ただイザーク・コマンドアだけが歯のあ吐き捨てるように言った。 「未来には数多くの道がある。そのなかにはまぎれもなく暗いもの いだからシュッと息を吐き出し、かぶりをふった。 もあるさ」 「わたし自身は奇跡を起こせるようにはならないかもしれません。 ファイド卿がグラスを掲げた。「そなたに最良の未来が訪れるこ 寄跡は思ったよりも複雑なもののようですから」とサム・サラザー ルはつづけた。「ですが、わたしやわたしと意見を同じくする者がとを祈って、 ( イン・フス。だれにわかる ? いずれサム・サラザ ールは、われらを母星へと連れ帰る宇宙船を造りあげるかもしれん その第一歩を踏み出せるよう、研究室の設置をお願いできないでし ようか。この点については、咒法師長ハイン・フスの励ましと指示ではないか」 「そうですな」と ( イン・フスは言って、自分のゴ・フレットを掲げ を得ております」 ファイド卿はゴ・フレットを掲げた。「あいわかった、見習い士サた。「では、乾杯ーーー最良の未来のために ! 」 ム・サラザール。今宵はそなたのいかなる願いも聞きとどけられぬ ということはない。そなたは望みどおりのものを与えられるであろ 23
ようし、門を開けっ ! 」 竿をつぎつぎとかけた。その上に泡が吐き出された。天の眺めは、 城門が横すべりに開き、軍勢は押し出した。目の前にはまっ白なゆっくりとハイン・フスとサム・サラザールの視野から遮られてい 5 2 泡の壁が途切れることなくつづいている。敵の姿は見あたらなかっ 「あと一時間、たぶん二時間もすれば、わしらは死ぬ」とハイン・ ファイド卿が剣をひとふりし、「泡のなかへ ! 」と号令を発するフスが言った。「これでやつらはわしらを封じこめた。城のなかに はおおぜい人がおるし、いまは荒い息をしておろう」 と、大股で歩みだして白い塊のなかにとびこんだ。 サム・サラザールが落ちつかなげなようすで言った。「実は、わ 泡は思っていたより乾いていて水気がなく、固くなりかけてお り、なかなか奥へ進めなかった。卿が斬りつけ、泡を抉った。部下たしたちが助かる可能性がーー少なくとも窒息死しないですむ可能 性が なくはないんですが」 たちもそれに加わり、泡のなかに通路を穿ちはじめた。 と、そこへむしろの上を注意深く這いずって、白壁の上に〈先「ほう ? 」 ( イン・フスはきつい皮肉をこめて問い返した。「奇跡 人〉たちが現われた。彼らの背中のひだが膨らみ、空気を押し出しを働く準備でもできたか ? 」 た。発泡口から白い泡が吐き出され、ファイド軍の上へ滝のように「奇跡だとしても、ごくごくささやかなやつですがね。泡にいろい ろ液体をかけたときのことです。水をかけてもなんの反応もなく、 なだれ落ちた。 ハイン・フスはため息をつき、見習い士サム・サラザールに話し乳、アルコール、ワイン、腐食剤、その他もろもろの液体をかけて かけた。「これでみなは退かざるをえん。さもなければ窒息してしみても効果はありませんでした。ところが、酢をかけてやると、泡 はたちどころに溶けてしまったんです」 まう。通路があけられなければ、わしらもみんな窒息死だ」 「なんだと これはファイド卿に知らせねば」 彼が話しているあいだにも、泡は急速に積み重なり、ところどこ 「あなたに言ってもらったほうがいいでしようね」とサム・サラザ ろでは天蓋に達していた。下では、怒鳴りちらし、ののしりなが ール。「わたしが言ったところで、鼻も引っかけてくれないでしょ ら、ファイド卿が駆けもどってきて、顔をぬぐった。やけくそにな うから」 って、卿はもういちどとびだしていき、別の場所にとりついた。 そこの泡はもろく、簡単に切り開けたが、埋めこまれた竿がじゃ っ 0 まになってやはり穴があかなかった。そこへふたたび泡の滝がなだ れ落ち、兵士たちを押し包んだ。 それから三十分。光を遮られ、ファイド城のなかはぼんやりとし ファイド卿は後退し、将兵にも城のなかへもどるように手をふつ た。同時に、〈先人〉たちはむしろを伝い、城門の上の胸墻と同じた灰色の薄闇に包まれていた。空気は味気なく、湿り気を帯び、ど 高さまで這い登ってくると、白壁から天蓋の突出した縁に便化泡のんよりとしていた。 こ 0
づけた。「わたくしどもは艀の船員に話しかけ、原生林の奥を訪れが枝分かれする湿地帯に入 0 た。数分後、艀は小さな湖に泳ぎ出 たいのだと打ち明けました。そして、わたくしどもが森に入ろうとた。そして、岸そいの、いちばん手前の木々の列の向こうに、大き すれば殺してでもとめるつもりかと訪ねました。すると、おまえたな集落が現われた。咒法師たちは興味を覚えると同時に驚いた。こ ちが生きていようが死んでいようがどうでもいいと言います。これれまでず 0 と、〈先人〉たちはもともと平原の苔地でそうしていた は決して自由に奥地〈入 0 てい 0 てもかまわないという保証ではあように、森のなかでも居を定めず、適当にうろついて暮らしている りません。にもかかわらず、わたくしどもはこれをそのことばどおものと思われていたからである。 艀が水底につつかえた。〈先人〉たちは歩いて岸にわたり、人間 りに受けとめ、艀に乗っていくことにしたのです」 たちも馬と馬車とともにそのあとにつづいた。まっ先に彼らの注意 ときどきハイン・フスに正されながら、イザーク・コマンドアは を引いたのは、ゆっくりと、しかし間断なく活動している溢れ返ら 話しつづけた。 艀に乗 0 て、三人は川伝いに森の奥〈と入 0 てい 0 た。流れがゆんばかりの〈先人〉と、鼻のもげそうなほどの悪臭だ「た。 るいので、はじめのうちは、〈先人〉たちが棹を差して艀を押して悪臭をこらえながら、人間たちは馬車を岸辺から奥〈運びこむ いた。だが、ほどなく彼らは棹を引きあげた。それでも艀は前進しと、目の前の光景を見定めるために足をとめた。集落はさまざまな ていく。咒法師たちは狐につままれた思いで、これはテレポーテー活動の中心とな 0 ているようだ 0 た。下側の枝を切り落とされた木 木が、長さ三十フィート、高さ五十フィート、奥行き二十フィート ションだ、いや古代のシンポルに似たカによるものだと論じ合い の直方体をした硬化泡の塊を支えており、泡の下と地上とのあいだ 〈先人〉が人間の知らない咒法を編み出したのかといぶかしんだ。 やがてサム・サラザールが、四匹の巨大な水棲甲虫の存在に気がには人間の高さくらいの空間があけられている。そういう塊が約十 ついた。一匹一匹が全長十「一フィ 1 トもある、つややかに黒光りすほどもあり、なかは小室に区分されているようだ 0 た。小部屋のな かにはロの開いているものもあり、そこに小さな白い魚のような生 る背甲と太短い頭を持った甲虫が、川底から浮かびあがりーー・・とく 物がおさめられていたーー〈先人〉の子供だった。 に命令されたふしもないのにーー艀を押していたのである。 〈先人〉たちは舳先に立ち、曲がりくねる川に合わせて、艀の舳先それぞれの塊の下には、〈先人〉たちがさまざまな仕事について を右に左にと操 0 ていた。ふたりの咒法師とサム・サラザールにつおり、その大半は咒法師たちの見たこともないものだ 0 た。悪臭に 辟易し、異種族の圧倒的な数に気押されながらも、好奇心にから いては、まるで存在しないかのように無視していた。 甲虫は疲れを知らぬごとく泳ぎつづけた。艀は人間が歩くくらいれ、 ( イン・フスとイザーク・ 0 ンドアはサム・サラザールに馬 の速さで四時間進みつづけた。ときおり、森の木蔭から〈先人〉た車をまかせて、〈先人〉のあいだに入「てい 0 た。注意を向ける者 ちが顔を覗かせたが、艀の見慣れぬ荷物にはなんの関心も示さなかも呼びとめる者もいなか「た。ふたりは集落内の隅々まで歩きまわ いくつもの運河った。 った。正午ごろになると、川幅はぐっと広くなり、
イザーク・コマンドアが報告を再開した。「その時点で、わたくに満ちているようで。どうやら、われわれができるだけの手をつく しはすでに、問題は〈先人〉のひとりひとりではなく、種族全体にしたところで、力不足に終わるかもしれませんそ」 咒いをかけられるか否かにかかっていると看破しておりました。理 ファイド卿は驚いてハイン・フスを見やった。この大男の咒法師 屈の上では、これはひとりに咒いをかけるより難しいことであるは長がこれほど悲観的で神経質な言い方をするのは、絶えて聞いたこ 「それなら話すがよい。聞こう」 ずがありません。二十人に話しかけるのに、ひとりに話しかけるよとがない。 ハイン・フスはうなるような声で話しだした。「少しでも確実な り多くの努力はいりますまい それを念頭において、わたくしは見習い士に〈先人〉どもの体のことがわかっていれば喜んでお話しするのですが。いまは単に疑念 一部を集めるように命じました。皮膚のかけら、泡、糞、その他手につきまとわれておるにすぎませんのでな。 実は、この先われわれは論理や細心の注意を施す咒法には頼れん に入るかぎりの落下物を集めさせたのです。 見習い士が集めているあいだに、わたくしは〈先人〉の精神と交のではないかという気がするのです。われわれの祖先は奇跡なす者 流を持とうと試みました。これは非常に難しいことです。なにしろであり、魔法使いでした。〈先人〉を森に追いやったのは彼らで やつらのテレバシーは、われわれとは異なる表層を経て働くものです。そしていま、〈先人〉たちは古代の方法ーーー試行錯誤と無目的 すから。にもかかわらず、わたくしはある程度までそれに成功いたな経験主義ーーをとりいれてわれわれを追いたてようとしていま す。わしはこの点が気にかかるのです。あるいはわれわれは、正気 しました」 に背を向け、〈先人〉と同様にわれらが祖先の神秘主義にもどるべ 「すると、そなたは〈先人〉に咒いをかけられるのか ? 」ファイド きではありますまいか」 卿が訊ねた。 ファイド卿は肩をすくめた。「もしイザーク・コマンドアが〈先 「やってみるまではなんとも申しあげかねますが。しかるべき準備 人〉に咒いをかけることができたなら、さような後退は必要あるま が必要ですし」 いが」 「ではゆけ。準備をはじめろ」 ハイン・フスにじろりと一暼をくれて「世は移り変わるものです」とハイン・フス。「技巧と精妙な知識 コマンドアは立ちあがり、 カフスは太い指を顎にあてがったまま、立ちによる古き時代は去ろうとしています。未来は賢明なる者、因習に 部屋を出ていった。・ : とらわれぬ想像力の持ち主のもの。常識はずれのサム・サラザール あがろうとしなかった。ファイド卿は彼に冷たい目を向けた。 は、わしよりもずっと強力な男になるかもしれません。世は移り変 「まだなにか言いたいことがあるのか ? 」 ハイン・フスはうなり、巨体をぬっと立ちあがらせた。「お許しわるのです」 5 があればそうしたいところです。ただ、わしの頭のなかは混乱して ファイド卿は独特の陰気な苦笑いを浮かべた。「そんな日がくれ おりましてな。数多くの未来を見るに、どれもこれもが困難と怒りば、余はサム・サラザールを咒法師長に任命し、さらにファイド卿
( イン・フスの巨体がのっそりと立ちあがった。その大きな丸顔とどけたいだけだ。どのような事態になろうとも、全責任と名誉は イザーク・コマンドアのものとするー がこわばっている。双眸は水で打たれたガラスのように煌めいてい こ 0 「いいだろう」ややあってコマンドアが言った。「道連れを歓迎し よう。出発は明朝だ。わたしは馬車を手配しにいく」 「徒労と知りつつ愚かな旅に出るのもやはり無駄というもの。わた その夜遅く、見習い士サム・サラザールが、自室で考えにふけっ しは愚か者ではありません。はじめから無益とわかっている咒いは ているハイン・フスのもとを訪れた。 お断わりします」 「なんの用だ ? 」とフスはうなるように言った。 「それならば、ほかの者に頼むまでだ」ファイド卿は戸口に行き、 「ひとつお願いがあってやってきました、咒法師長、ハイン・フ 召使いを呼びつけた。「イザーク・コマンドアを呼んでこい」 ハイン・フスは巨体を椅子にもどした。「よろしければ、おふた 「もはや咒法師長とは名ばかりだ」ハイン・フスがうなった。「も りの話のあいだ、わしもここにいさせてもらいましよう」 うじきイザーク・コマンドアがわしの地位にとってかわる」 「好きにせい」 サム・サラザール . は目をしばたたき、落ちつかなげに笑った。ハ がりがりに痩せたイザーク・コマンドアの長身が、うつむくよう イン・フスは冷ややかな水品のような目で若者を見すえた。「なん にして戸口に現われた。室内にさっと視線を走らせ、ファイド卿と の用だ ? 」 ハイン・フスを認めると、部屋に入ってきた。 「〈先人〉の調査のため、原生林にいかれるというを聞いたので ファイド卿は手短に望みを述べた。「ハイン・フスは余の頼みが すが」 引き受けられんという。だからそなたを呼んだのだ」 イザーク・コマンドアはすばやく計算した。なにを計算している「そうともそうとも。で ? 」 「こういう状態になった以上、彼らは人間と見れば攻撃してくるは かは明白だった。これは咒力を一気に増すチャンスだ。ハイン・フ スがすでにこの計画を蹴っているのであれば、失敗しても咒力を減ずではありませんか ? 」 ハイン・フスは肩をすくめた。「やつらは森の市場で人と取り引 じることはあるまい ? コマンドアはうなずいた。「 ( イン・フスからこの難しさはお聞きをする。いままでも人間はしじゅう森の市場に出入りしておっ きになったはず。このような試みをなしとげられるのは、きわめてた。それは変わるかもしれし、変わらんかもしれん」 「よろしければ、わたしもいっしょに行きたいのですが」 優秀で強運の咒法師でなくてはかないません。ですが、この挑戦、 「これは見習い士の仕事ではない」 お受けいたしましよう。わたくしが参ります」 9 「よかろう」とハイン・フス。「わしも行こう」イザーク・コマン 「見習い士には学ぶためのあらゆる機会が与えられてしかるべきで ドアが燃えるような目できっと彼をにらみつけた。「わしはたた見す。それに、テントを張ったり、人形棚のあげおろしをしたり、料
な。そのおまえが、いまは能なしで無気力になってしまっている。 なぜた ? 」 「わしは能なしでも無気力でもありません。自分の能力以上のこと ができないだけです。わしは奇跡の起こし方を知りません。奇跡が ほしければサム・サラザールに相談することです。あれも方法を知 っているわけではありませんが、果敢にあらゆる可能性を試し、多 くの不可能事に挑戦しております」 夜のあいだに〈先人〉は城を完全に包囲し、城壁から五十ャード 離れたところへ円陣を形作った。包囲陣のあいだでは夜を徹して活「本気でそんなたわごとを信じているのか ! 余の目の前で神秘主 動が行なわれ、幽鬼のような姿が星明かりのもとで行き来してい義を標榜するのか ! 」 ハイン・フスは肩をすくめた。「わしの知識にも限界はあります ファイド卿は ( イン・フスをそばに置き、深夜まで胸墻から包囲わい。奇跡は起こるーーそれは事実です。祖先の遺産はそこらじゅ うに残っています。彼らの方法は超自然的であり、われわれの考え 陣を見つめていた。何度も何度も、卿はくりかえし訊ねた。「ほか しかし考えてもみてくださ 方とは相いれぬものでありますが の城はどうしておる ? さらに援軍を送り出しているか ? 」 ハイン・フスはそのたびに同じ答えを返した。「混乱と疑念が見 祖先の方法そのものを用いて〈先人〉たちはわれわれを減ぼ えます。城主たちも手を貸したいのはやまやまなれど、無駄死にしそうとしているのですぞ。金属のかわりにやつらは生き物を使って たくはないのですな。いまのところ、みなは考えこみ、状況を観察いるだけでー・ー結果は同じです。パングボーンじゅうの人間が力を しているところです」 合わせ、損害覚悟で立ち向かえば、〈先人〉たちを原生林に追い返 だが、いつまで ? 一年ですか ? 十年 ファイド卿はハイン・フスについてくるよう合図し、ついに胸墻すことはできましよう をあとにした。そして宝物部屋に行くと、どっかりと椅子にすわりですか ? その間、〈先人〉は新たに木々を植え「さらに多くの罠 こみ、 ( イン・フスにもすわるように椅子を指し示した。しばらくを仕掛け、じきにもっと恐ろしい武器を , ーー馬ほどもある空翔ぶ甲 のあいだ、卿は咒法師を冷たい値踏みするようなまなざしで見つめ虫や、鎧をも貫くオオ・ ( チ、ファイド城の城壁をよじ登れる蜥蝪な ていた。 ( イン・フスはいやな顔もせず、値踏みされるにまかせどをこしらえあげて溢れ出してくるでしよう」 こ 0 「で、咒法師にはどうすることもできぬと ? 」 「そなたは咒法師の長だ」ようやくのことで、ファイド卿はロを開「ご自分でごらんになったはずです。イザーク・コマンドアのした 5 いた。「二十年間、そなたは咒法に携わり、咒いをかけ、未来を占ことは彼らの意識に押し入り、怒りをかきたてただけであって、そ ・ハングボーンの他のいかなる咒法師よりもみごとにれ以上のものではありません」 ってきた ニをたたきつぶした。 「門を閉じよっ」ファイド卿が怒鳴った。 城門は閉じられた。ファイド城は包囲された。 こ 0
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