「コロを、振れるのかね」 ていた。 しつこく、彼はいった。本来ならば、ここまでたしかめるのはい コロふりの・フルカスの浅黒い顔は、土色にあおざめていた。 かにも無礼であったが、誰も口をはさまなかった。女も黙ってうな 「戻り第三ゲーム」 づいただけである。 ジャンのふるえる声。 「コロ入れは、あるのか」 「張り方、ないか」 女は首を横にふった。 「ドールの総並び」 ずい、と女の手が、うずたかい山の半分をおす。 「こちらをつかうか」 すっと、奥の客が、椅子をひいて立った。もう、かけきれぬ、と女はうなづく。 の表明であった。 、フルカスは、あごをしやくった。 「受け方、ないか」 あとは。フロの張り師しかいない。 胴師が胴元のところへとんでいって、平たい箱をうけとって帰っ と、みたとき。 てきた。ふたをあけると、そこにはずらりと、さまざまな色や模様 のコロ入れがおさめられていた。 ョウイスの女は片手をあげ、中指で、こっこっと台を打った。 ・フルカスは、その箱をずいとおしやる。 「対張りを受けるか」 ョウイスの女のしなやかな指さきが、つつつ、とそのコロ入れの くぐもった声が云ったせつな、どっと人々はどよめいた。 ・フルカスはとびあがった。はじめから、この女がっきまくりはじ上をなで、一「三回ゆきっ戻りつし、中の一つをとりあげた。 しいいたいくらいのしぐさで、細長い、黒び 胴師がうやうやし、と めたときから、そうしたくて、たまらなかったのだ。たかがふり のしかも女客一人に、こんなにかせがせた、とあっては、この賭場ろうど張りの入物から、卓の上へ四つのサイコロをころがした。 女は、すばやく、それをひろった。一つ一つ、たしかめるように の看板コロふりの、黒のプルカスの名にかかわるのだ。 「対張り、受けたツ」 かるくふって、サイコロ入れの中におさめる。 彼はわめいた。 ・フルカスは目を細めた。彼とても、東チチア一とよばれるコロ振 「代振りは」 りであった。その手つきをみれば、あいてがどのていどの腕か、す 女が首をふる。 ぐわかるのだ。 「お客人がふるのか」 真にすぐれたコロ師は、コロ入れの中のサイコロをふりかた一つ こくりと女がうなづいた。 で、自分の思った目を出すことさえできる、といわれるのがドライ ・フルカスは、うたがわしけなまなざしで、じろじろと女をみた。 ドン賭博である。
・フルカスとサイス、ジャンたちは、ちろりとおかしそうな目を見第十一ゲーム。 かわした。 ・フルカスは、ヤススの五。 もともと、ヨウイスの女とあるからには、どうでもぶじにここを女は、ヤヌスの四。 出そうものではないのた。クムの娼婦と同じ金で売買される、ヨウ きわどいところであったが、・ フルカスの勝ちであった。 イスの女なのである。 いまや、 いくぶん、人々は、失望ともっかぬざわめきをもらして ただ、どうせ、漁色家のカンドス伯ならそういうであろうとい う、内心のもくろみが、まんまと図に当ったのだった。 どうやら運は、ヨウイスの女のほうを、見放したとみえる。 「では、伯爵さま」 「さいごのゲーム。戻りなし、かけ金、カン」 「これを、札にかえて、その女にやるがいい」 ジャンが云った。 カンドス伯は、皮袋を、サイスに投げた。 ・フルカスは、もう半ば自分の圧勝を確信していた。ごく無造作 女は、ていねいに、頭を下げたきり、 いかにもョウイスの民らしに、叩きつけてサイをふった。 く、何も云わぬ。 ルアーの六。カシスの四。カシスの四。イグレックの五。 そのとき、女のストールが少しずれて、のどもとにさげたかざり「 ドールの十九。ャススの四」 がちかりときらめいたのも、色つぼかった。 ・フルカスが、にやりと笑った。 「存分にかけるがいい」 分厚い舌が、ちろりとあらわれて、貪欲そうに、くちびるをなめ カンドス伯は、のどにからんだような声でいう。 「ちゃんとこのわしが、うしろだてに、立ってやるからな」 女は、黙って、サイコロをふり、またしても、小さな尖塔を、黒 女はまた、頭を下げる。 びろうどの上にたてた。 「つづけろ」 「ルアーの六 「は」 ジャンが読んだ。 ・フルカスはにんまりと笑った。すでに、何もかもが、思いもかけ「ルアーの六。ルアーの六。ルアーの : : : 」 ぬ「イグレックの幸運」の様相を呈してきたことに、すっかりほく ぐっ、と誰かののどが音を立てた ! そえんでいるようすである。 おおあたり 第十ゲームであった。 「ヤヌスの二十四、ルアーの総並びだ。《ャヌスの手》だ。私の勝 ブルカスは、「ヤススの総手」 ちだな」 女は、ヤススの二、ひとつで敗け。 ョウイスの女は、無感動に云い、賭場をゆるがすようなものすご に 8
次に、女が、ヤーンの二組で、無役の・フルカスに勝った。 ・フルカスの鼻孔が、ぐうっと白くへこんだ。 やったり、とったりされる札はどんどんふえてゆき、もう、小山 「ダゴンの総役。こちら」 のように二人のまえにつみかさなっている。 ブルカスは、黙りこくって、札をおしやる。 第七、第八、第九ゲームを、三回っづけて・フルカスがとった。 もう、誰も、どちらにかけようともいい出さぬ。 うつかり、音などたてて、・フルカスの逆鱗にふれたら、こんなと女は、また、札をもってこさせた。 「お客人」 きの彼にさからおうものならどんなことになろうやら、知れたもの っと、サイスがそばによった。 ではないのだ。 この上の分は、あり金を、みせて頂かねえと」 すい、と胴元のサイス老人がきて、ヨウイスの女のななめうしろ「失礼だが に立った。 「お金は、ない」 ・フルカスがコロ入れをとった。 低い声だった。 「何だって」 「第三ゲーム」 サイスがするどくいう。 「ルアーの六、ルアーの六。ャススの二、カシスの四ーーーーヤヌスの 十八、ヤススの六」 「空賭けは、ご法度だ」 「カシスの四、ルアーの六、ヤーンの一、カシスの四。 ドールの十「空賭けじゃないーー次で、勝つ」 五のヤススの四」 「そいつあ、ダメだ。おい、・フルカス、打ち止めろ」 人々は、また大きくどよめいた。はじめて、ヨウイスの女の敗け「冗談じゃねえ」 であった。 ・フルカスは、気色ばんだ。 次も、女は無役、・フルカスはダゴンの三を出して勝った。一 「ここまで来てやめられるか。そいつは、ヨウイスの女だそ。な ョウイスの女な 女はおちついて、指で合図をし、金とひきかえに札をもってこさら、のこりの足し分は、その女をかけりやいい。 せた。 ら、五千ランにはなる」 二勝二敗にもちこんだので、・フルカスはさらにゆとりをとりもど「・フルカス、そいつも法度だ」 して来た。第五ゲームも、女はイグレックの並び役を出したが、。フ ルカスが、ヤーンの総並びでとった。 人々の中から、声をかけたのは さきの、奥のイスの客ーー・云うまでもない、カンドス伯爵であっ しだいに・フルカスは、目にみえて満足げになって来た。 こ 0 が、女は、何を考えているのか、つり上った目を、無表情にコロ 入れにすえて、いっかな動じるようすがない。 「よかろう。その分、このわしがひきうけよう」 に 7
その、ヨウイスの民の女が一人でこんなところに入ってきたの ったのた。 ョウイスの女は、ゆるぎない、独特の、水の上を水鳥がすべるよ 9 だぶだぶの服の上からでも、しなやかで、しかも強靱そうな肢体うなしぐさで、広間の中を一周した。気に入った台をさがしている がうかがえたし、ヴェールとストールでかくされていても、きっ いと見えた。 目もとと、ほのかにすけるロもとで察するに、かなり美しいことは 一同がいまや、目を皿のようにして見守る中で、女は、、ちばん まちがいない。 奥の台のまえで、足をとめた。 さてこそ、チチアに夜な夜なあつまるような、遊び人たちが、色それは、決して大きい台ではなかったが、少しひっこんだところ めき立つのも、当然であった。 にあって、調度品はことごとく、きわめて上等で、他の台とは、ま 満座の注視の中で、ヨウイスの女は、ゆるゆると、サンダルをは ったく異っていた。椅子もゆったりとおかれて、黒びろうどをしき いた足で賭場をよこぎり、まん中の胴元台まで歩いていった。 つめた、大理石のばくち台のまわりには、七、八人の客がいるだけ 片手でスト 1 ルをおさえながら、かくし袋から、いくつかのつぶだ。 金をとり出し、黙って台の上におく。 そこへいって、ヨウイスの女は、片手で張り札をはじくしぐさを みるからに因業そうにやせこけた、はげ頭の老人、胴元のサイスした。この台でかけたい、というしぐさである。 は、じろじろと、女をみた。 その台の向うに立っていたコロ師は、大柄な、にくにくしい、色 「おねえさん、遊ぶのかよ ? 」 のまっくろなかなりの年配の男であった。こちらにひかえる胴師 やはり一言も発さぬまま、ヨウイスの女はうなづく。 は、やせて小さい、目つきのするどい男だ。 「これを、張り札に ? 」 「お客人、あすぶのかい」 また、うなづく。 その胴師が、声をかけた。一 サイスは疑わしげに、つぶ金をためつ、すがめっしてから、しぶ「ダメだ、ダメだ。この台は貸し切りの、とめ台だ。すまねえが、 しぶ、数枚の張り札を台の上にす・ヘらせた。 よその台へいってあすんでくれ」 「赤えのが、百ラン札、緑のが、五十ラン札だよ。好きな台に入っ ョウイスの女の、きついつりあがった目が、無表情にあいてを見 てくれ」 た。女は、くるっと背をむけると、そのままゆこうとする。 それへ 女は、無造作に札をひったくると、すべるようにまた賭場をよこ ぎった。 台のいちばん奥に、他の台に完全に背を向けて座っていた、一人 いまや、賭場を埋める、半分以上の客が、じっとヨウイスの女のの客が、ゆっくりと声をかけたのだった。 ョウイスの ゆくえを見守っていた。こんなことは、めったにみられぬ椿事であ「良いではないか、ジャン。ーーー遊ばしてやるがいい
ビンツ、 六とかければ、カシスの総四か、ヤススの六にかけるのは当りまえ という、コロ入れの叩きつけられる音。 ャススのではある。 「ヤーンの一、ヤヌスの二、ダゴンの三、ルアーの六 しかし、それは、大胆なかけかたであった。女は、さきほどとっ た札を半分、すいと前へおしやった。 わあっと、大歓声があがる。 「ヤススの二・ : 胴師は長い手のついたくまでで無造作に、札をかきあつめ、ヤス スの十二にかけた二人に二つの山にわけておしやり、のこった赤札「カシスの四」 三枚を、ヨウイスの女のまえにおした。「ダゴンの役」を、女は的「イグレックの五」 他のもののかけは、いくぶん、気のぬけたものとなった。 中させたのだ。 ざわっと、人々はゆれた。 「張り万、ないか。ーーー・締めるそ、締めるそ。張り方締めた」 もう、他の台の人々はさすがにヨウイスの女のことはわすれ、自静寂。そして らの楽しみにもどっている。 、、ルアーの六、イグレックの五 「ルアーの六、ルアーの六 この台の客だけが、ちらちらと、女をみていた。 ルの二十三」 「第四ゲーム」 しん、と人々は息をつめた。 胴師のツヤのない声がして次のゲームがはしまる。 胴師はくまでの先で、すべての札を、女のまえにおしやった。 柱のかげから、一見して張り師とわかる男が一人、すっと出てき 「ヤススの十二」 て、台の近くに立った。ョウイスの女は、やはり、まったくの無表 「ヤヌスの十二」 情のままである。 「ドールの十一」 「ドールの九」 「ヤヌスの十」 半ザンののち。 「ヤススの十六」 何か、ぶきみな静寂が、あたりを支配していた。 女の声に、一同はぎよっとした。 もう、他のテープルで、かけているものは一人もいなかった。他 「役張りないか。役張りないか」 の客は、全員、このテープルのまわりにあつまって、息をつめてい 「ヤヌスの六」 再び一同はぎよっとした。ャススの十六は、ヤススの二十四、つ そのテー・フルについているのも、もう、ヨウイスの女と三人の張 まり「ヤススの手」の大あたりの三つ下くらいの高い手で、これの り師、あと奥の客一人である。 出るには、四が四つか、六が二つ、出ていなくてはならぬから、十女のまえに、赤や緑や黄の張り札は、うずたかくつみかさねられ こ 0 ー 52
んだ」 女は、黙って立って胸元を待っている。 ジャンが、・フルカスのかたわらへよって、何かひそびそとささや「 : いていた。 女は、黙っている。 両手をだらりとさげ、なすすべもなく、立ちつくしていた黒の・フ「どこのヨウイスの民の流れだい。ええ へるもんじゃなし、名 ルカスのロがあんぐりとあき、それからばくばくとうごいた。 前くらい、名のったっていいだろうが。それとも、 その目がぎらぎらと光り出す。何か、ぶっそうな、たちのよくな舌が、あついくちびるをなめた。 「何か、名のれねえわけでもあるのかい い光があらわれはじめていた。 人々のざわめきの中で、しずかにストールにすつ。ほりくるまって ブルカスの太い指が、ヨウイスの女の、ひとにぎりにできるよう 立っている女を、・フルカスは、じっとみた。 なすんなりした手首をぐっと握った。 それから、意を決して、ぐいぐいと人々をかきわけた。 ぐいと、うしろへねじあげようとする。 はじめ気づかなかった人々は、・フルカスの細めた目と、唇のはた のあぶく、意味ありげにふところのベルトの中にさし入れられた手刹那ー 雄牛のように、おめいたのはブルカスのほうであった。 に気づくと、あわてて、道をよけた。 奥の扉をあけて、サイスがあらわれた。そのうしろに、巨大な怪すばやく、ヨウイスの女がとつばずしざまふみこんで、・フルカス の手を逆にねじったのだ。 物じみた、頭をつるつるにそり、水夫のなりをした男が立ってい 「痛えツ」 人びとは、そろそろと、出口の方へむかってあとずさりをはじめ ・フルカスはわめいた。 る。 「放しやがれ、この阿魔、阿ーーー」 その中で 口が、 ぽかんとあいた。 ・フルカスは、おもなろに、ヨウイスの女のところへ歩みよってい そのしぐさで、ストーレ・ : / 力はらりとすべりおちた。 ストールの下は、はなやかなター / 、 、ノをまき、そのはしを三つあ 「ねえさん、なかなか、みごとな勝負だったぜ」 みにして髪にあみこんだ、若い顔である。 猫なで声で云い、女の肩に手をかける。女はつつとよけた。ョウ 黒く、するどい、つりあがった狼めいた双の眸、きつい細い、円 イスの民らしいしぐさではあった。 を描く眉、うすわらいをうか・ヘたロもと、浅黒い、きれいな、しか し油断ならぬ感じの目鼻立ち : 「こいつあこの、サイスの賭場でも、歴史にのこる勝負になるぜ。 記念にひとっきいておきてえ。ねえさん、あんた、名はなんという たいそう、若くて、きりりとして、ほとんど美しいとさえいって っこ 0 こ 0
プルカスは、手にもっていたコロ入れを下においた。 と・フルカス。 「ジャン、奥の右から三番目の棚にある、ドライドンを象嵌したコ 「トロヤか。カンか」 ロ人れをもってこい」 「カンで」 低く命じた。 と女。 人々は、もう、ざわめくどころか、しわぶきひとっせず、じっ 「よかろう」 と。フルカス。 と、息を殺して勝負の成行きを見守っている。 客は、ごくりと唾をのむ。 ブルカスがこのように、緊張したおももちをみせるのは、珍しい ことであった。 「では、ものは」 とはいえ、まだ、彼はうす笑いをくちびるにうかべるだけのゆと「これを」 りはあった。 女は目のまえのうずたかい張り札を、半分にわけて、ひとつの山 「よし、それだ」 を前へ出した。カンでは二回目が倍になるから、さいしょの一回に うけとって、シ、ツ、シッとふってみて、具合をたしかめる。敗けたときのために少くとも半分のこしておかなくてはならぬの それから女と同じように一つづつ、サイコロをそこにおとした。 そして、黙ってそれを台の上におしやると、女も同じようにし「おい」 ・フルカスがあごをしやくって、張り師に札をもってこさせ、同じ 二人は同時に、あいてのコロ入れを手にとった。中から、ゆっく額だけつみあげた。 りと四つのサイコロをふり出し、容器の内、外、上、下とあらた「では、ヤススの誓いを」 め、いかさまの仕掛けのないことを確認した。 ジャンが云った。二人は無感動に、決まりのとおり、三つの賭場 「よかろう」 の誓いをとなえた。 。フルカスがしし 女もうなづく。胴師のジャン が、二人のコロ入 いよいよ、はじまりである。 れを、二人の台のまん中でうやうやしくとりかえた。 ・フルカスと、ヨウイスの女は、サイコロ入れをとり、同時に一つ 「ゲームは ? 」 づっサイをふり出した。 ジャンが字型のテーブルの、・フルカスの側のまん中に立って、 「ダゴンの三」 定めどおりたずねた。 「ルアーの六」 「先振りはこちら」 「戻りなし、十二回。よかろう」 ジャンが告げた。・フルカスが先振りであった。 4
人々はかすかにざわめいて、前へすすみ出ようとひしめきあっさに見さだめ、敗けを悟ってわざとふり直す場合もある。それを見 きわめるのも、胴師の役である。 「ヤヌスの二、ヤーンの一、ヤヌスの二、イグレックの五」 ジャンがよみあげた。 「ヤヌスの十、ヤススの二」 一瞬のたゆたいのあと、しずかにころげおちたサイコロを、・フル いまや、人々は、自分のかけのことなど、すっかり忘れていた。 黒の・フルカスが、対張りをする、というだけでも、けっこうな見カスはすかさず手もとにひきよせた。わるい手ではない。 つぎは、ヨウイスの女であった。 ものであるのに、あいては珍しい、ヨウイスの民の女のコロ振りだ と、 いうのである。 流れるような、しなやかな手さばきで、女はサイコロの、小さな 中にはこっそりと、・フルカスか、女か、にかけあっているものも塔をつくった。 ドールの 「カシスの四、カシスの四、カシスの四、ヤーンの一 ョウイスの民は、神秘な力をもっていると信じられている。家業十三。ダゴンの四並び」 もまじない、占いをするものが多い。 わっと人々がどよめく。プルカスは、黙って札をおしやり、再 それだけに、ヨウイスの民の女が、どのていどのコロ振りの腕でび、札をもってこさせた。 こんどは、賭け金はいまの倍である。 あるかはわからなくとも、黒のプルカスをあいてに、なかなかよい 勝負をするのではないか、と期待されるのだ。 女は、さっきの分に、・フルカスからとった札をあわせておし出し ・フルカスは、まわりのざわめきや期待など、まったく耳にも入らた。 ぬていで、まっすぐ、コロ入れだけを見つめながら、しずかにコロ ・フルカスがふった。 入れをとりあげた。 「ヤーンの一、ヤーンの一、カシスの四、カシスの四」 決まりどおり、左右にふるなり、 わっと、人々がさわいだ。 「やツ」 「ヤヌスの十。ャーンとカシスの二組役」 気合もろとも、テー・フルに叩きつけ、そのまま少しじっとしてい ・フルカスのロもとが、ごくごくかすかにほころんだ。 て、すっと上へもちあげた。 ョウイスの女は、完全な無反応でコロ入れをとりあげる。 このとき、サイコロの塔がくずれてしまったら、二度まで、ふり カラカラ、という小さな亠日。。ヒシッというするどい音、そして静 直しができるが、それでも倒れる場合、こちらの失格になる。 むろん、・フロのコロ師は、決して倒したりせぬ。もっとも、とっ 「ヤーンの一、ヤススの二、ダゴンの三、カシスの四」 こ 0 寂。 6
民と、ばくちをうったなど、そうめったにはきけぬ話だぞ。面白「張り方、ないか。張り方、ないか。単張りないか。単張りない し、 1 】一口 、話の種ではないか。 , ーー娘さん、人るがいい」 誰も、何も云わぬ。単囲り、つまり、偶奇数にかけるものがまっ 「いや、しかし、旦那様」 たくないということは、この台では、かなり高いかけしかしない 「良いではないか , と、 いうことである。 一見して上ヴァ 客は、繰りかえした。四十がらみの、品のいし 「数張り、ないか。数張りないか」 ラキアのものらしい客だが、全体に、何となく、無気力そうな、い ゃな感じがした。彼も、他のものも、商人の服をつけているが、そ「ヤヌスの十二」 「ヤヌスの十二」 れがまったくそぐわない。 「ドールの九」 「ドールの十三」 コロ師が、胴師に、あごをしやくった。胴師は肩をすくめると、 「ヤヌスの十六」 うなづいた。 たちまち、声と、張り札がとびかった。 「お人んなせえ。そのかわり云っとくがね、お姐さん、この台は、 「まだないか。まだないか。数張りないか。役張りないか。役張 高いよ」 り、ないか」 ョウイスの女は、黙ってゆっくりうなづいただけである。一 二人の客がつめあわせてあけてやったところに、黙ってすわる「イグレックに百」 と、場代の十ラン札をかちりとおいた。手つきは、なかなかに、馴「ヤヌスの二」 「ヤヌスの一」 れている。 「ドールの並び手に五十」 奥の客は、非常に興味をひかれたようすで、この女を見ていた。 声がとぶ。 女は目をあげる。 ゆらり、とヨウイスの女が手をのべて、みな、ぎくっとした。 黒い、きらきら輝く、無表情な目と、客のとろんとした目があっ 「ダゴンの三、ヤヌスのご た。女はまったくの無表情である。 びしっと、五十ランの札がおかれた。 「では、つづけろー 「張り方ないか。まだないか」 奥の客の、となりにいた客が云った。 何となく、人々は、彼女を気にして、あまり気勢が上らない。 コロ師はうなづき、ゆっくりと、コロ入れをとりあげた。 「よーし、締めるそ、締めるそ。締めた」 「第三ゲーム」 一瞬の静寂。 単調な声で、胴師が呼んだ。 か」
ふくらんだ袖と、ししゅうの入った・フウラスをすっ・ほりとぬぎす よかったが、しかし、それは、女の顔ではなかった ! て、つぎはぎ模様のスカートをするりとすべりおとした。 目尻にぬりつけた緑のシャドウと、額の赤い「ヨウイスの星」 が、その、ひとすじなわではゆきそうもない、若い野性の狼の顔思わず人々がどよめいた。が、その下からあらわれたのは、若々 しく浅黒い肌のはりつめた、黒い足通しと、体にびったりの黒いそ に、ふしぎな倒錯的ななまめかしさーーーそれは、ふだんの彼には、 決してないものだったーーをそえていた。ほ「そりと長い首と、若でなしのシャツだけをまとったしなやかなからだであ 0 た。 イシ、トヴァーンはニャニヤしながら、腕輪と足輪をとり、さい 若しいからだっきに、ヨウイスの女のなりが、まるでかれを男がス ( ンをひつばってとった。ばさりと、ゆたかな長い黒髪 カートをはき、女が足とおしをはいているという、シムハラの若い カほとんどむき出しの肩から背へおちた。 公子ででもあるかのように、きわだって見せていた。 「ふざけやがるねえ」 わあっ、と人々がゆれた。 イシュトヴァーンは意気揚々といった。 「ああっ 「どこの世界に、賭場へは、女の服きてうちに来ちゃいけねえなん 「あれは : : : 」 てえ法度があるかよ、ええ ? おれが、自分の好きななりをするの 「イシュト・こー コルドの秘蔵っ子のイシュトだぜ ! 」 に、何か、とがめられるいわれがあるってのかよ。おめえら、おれ 「ビットのとこのイシュトだ」 の名をききもしねえ、おれだって、ヨウイスの女だと名のったおぼ 「悪魔っ子のイシュトだ」 えはねえじゃねえか。そっちで勝手に、女だときめこんだんじゃね 「道理で、コルドにうり二つの : : : 」 えかよ、そうだろ」 「きさま」 ずい、と、・フルカスと、うしろから海坊主のサムが前に出た。 「きさま、この小僧 ! 」 「何のつもりだツーー賭場あらしか」 ・フルカスとサイスが顔色をかえる。が、たしかに、女装すべから イシュトヴァーンは、黙って、ゆがんだロもとにうすら笑いをう かべて立っていた。それがい「そう、プルカスたちを激昻させた。ずなどという法度は、どんな賭場にもないのだった。 人々はうっとりとイシ = トヴァーンにみとれていた。この見あら 「賭場あらしなら生かしちやかえさねえそ ! 」 わしのひと幕には、何かしらこの放縦な南の港町の人びとの血を、 「何のつもりでこんなまねをしゃあがったツ ! 」 イシ、トヴァーンはゆ「くりと手をあげ、サッシ : 〈ルトに手をむしように浮き立たせるものがあった。イシ、トヴァーンのうら若 さと、その印象的な容姿、その一種芳しい悪名にも、人びとを喝采 かけた。 は「と、ばくち打ちどもが身がまえる。イシ、トヴァーンは、しさせるにじゅうぶんな何ものかがあ 0 た。イシ、トヴァーンはちら りと目をやった。カンドス伯は、目を丸くして「 , この若い、傍若無 かし、するりと結びめをほどいていサッシ = を足もとにおとした。