目 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年11月号
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1. SFマガジン 1985年11月号

目をこらすと、森と見えたのは宇宙船の残骸に繁茂した植物群だ はふわふわで白い。古式ゆかしい視力矯正レンズを一対、鼻の上に った。移民用の大型個人宇宙船らしかったが、風化がひどい のせていて、そのむこうにぎよろ目があった。 「あれは ? 」 「あんたはむこうから来なすったんじやろ ? 」 プリザウーン 「わしの船さ。遭難したんじゃ」 「呪界」 「救助は ? ここの航宙保安機構はどうしたんだ」 「それさ」 老人は目を細めてわらった。上の前歯が一本欠けている。それを「保安機構 ? ひやひや。アグアス・フレスカスの住民はあんたと 見て、万丈はわけもなく嫌な予感がした。フアフナーの引きあわせわしの二人だけさ。ほかには誰もおらんよ。田舎じやからな」 万丈は座席に沈みこんだ。住民呼ばわりされたことに反論する元 には気をつけておくにこしたことはないのだ。先だってもマッド・ サイエンティストにひっかかりひどい目にあっていた。そいつは万気もなかった。回廊は使えない。宇宙港もない。脱力感のあまり、 丈に″モラル・マルチ。フレックス。なる思考システムを催眠法で身体がとけてシートカ・ ( ーにしみこんでしまいそうだった。 「心配はいらんよ。わしに任せておきたまえ」 学習させた。旅行者が異邦で出くわす最大の障害は文化規範の違い 、「はは、ありがとうミスタ・ : ・ : ええと」 た。たが″モラル・コン・フレックス″のひとセットは主要な五十 / ハワーズ」 「わしはパワーズ。アダム・ 万通りの文化フォーマットを網羅しており、対面した相手の近似モ の上老人は笑みで頬をふくらませた。 ラルを察知すると、使用者の全知識・体験はそのフォーマット 「哲学者じゃ」 ンヨックよさようならーーーという に並べかえられる。カルチャー 万丈は己れの不運を呪った。 ふれこみだ。うかうかと乗せられた万丈も・ハ力だった。少し考えれ ばわかることなのだが、モラル・マルチ。フレックスは使用者よりも 相手の方に都合のいい状態を生みだすだけで、万丈はいわば文化人 類学的お人好しに仕立てられたわけだった。 パワーズの庵は、宇宙船の居住区だった部分をきりはなし、そこ 大枚はらって別の医者に消し込みをやってはもらったのたが、そを中心に築かれていた。オアシスから引いた水路をまわりにめぐら れは消去というより塗りつぶすと言った方が正しかった。後遺症がし、野菜や香草、果樹が植えられている。三十メートル以上に成長 残るだろうとも言われた。さんざんだった。以来、万丈はその手のしたタビビトノキがひときわ目についた。見あげると首が痛くなる ムードには過敏なのだ。 ほどだった。びかびかの銅貨みたいなタ日が落ちると、庭にしつら コクビットがさっと明るくなった。老人がキヤノビを透明にしたえられた炉のうえで大きな肉のかたまりがあぶられた。とっておき のだった。オアシスが見えた。水と緑があざやかに目にしみる。 の炭は威勢よくおこって、青い夜に映えた。透明な脂がしたたり香 「あれがわしの庵じゃ」 ハワーズはそれを器用にとりわ ばしい匂いがひろがりはじめると、 266

2. SFマガジン 1985年11月号

室内は一瞬にして、水を打ったように静まり返り、全員の目が課 それにつけても : : : 気に入らないのは、あの女ね ) 礼子は、飯島の前にお茶を置きながら、横目でちら、と小畑課長長に注がれた。 礼子もびつくりして立ち止まり、首だけをまわして課長を見た。 の方に目をやった。 ( あたしばっかり目の敵にしてさ。三日も休んだのは本当に熱があそして、怒りに満ちたその目が自分を見返しているのに気付いて、」 ・ : ) ちちみ上がった。 ったからなのよ、別に遊んでたわけじゃないわ。それなのに : ・ 小畑課長は、礼子の視線に気付いたかのように顔をあげると、声課長の顔はみるみる赤く染まり、こめかみの血管が今にも破裂し そうに膨れ上がった。 をかけた。 っていいことと、わ、悪 「み、み、み、三鷹さん、あ、あなた、い 「あ、三鷹さん、手、・あいてるわね ? 」 いことがあるわよ ! 」 ( あの決めつけ方 ! なによ、あいてません、ていってやろうかし 周囲の人々は、面白そうなことが始まりそうだと知って仕事の手 を休め、二人を注視しはじめた。 「この書類、コビーおねがい。三十部ね」 「あ、はい」 ( つくり笑いなどしてやるもんか。ぶすっ ) 課長はそんな状況に気付きもせずにまくしたてた。キョトンとし てつっ立っているだけの礼子を見て、見境いがっかなくなったの ″少しは愛想のいい顔ができないのかしら、この子。ま、 0 - 」 0 どうせ腰かけ、辞めるまで思いきりコキ使ってやるから。まった 「黙って聞いてりや、売れ残りだの、オールド・ミスだのと ! 本 く、あんたみたいなのがいるから女性の地位が向上しないのよみ 眼鏡の奥の課長の目が、そんなことをいっているように礼子には人を目の前にして、あなたって人は : : : じよ、常識ってもんを持っ てるの ! 」 見えた。 「ええ卩」礼子はびつくりして後退りしながら声をあげた。「わ、 ( ふん ) 礼子は思った。 ( なんとでも思えばいいわ。腰かけのどこ が悪いのよ。少なくとも、売れ残りよりはましじゃない。キャリアわたし、そんなこといってません ! 」 ( そ、そうよね、いってない でも、もしかして・ : ・ : ううん、そんなことないわ、ま わよね : ・ ・ウーマンを気取ってるらしいけど、そんな肩書きもったいない ちがっても口に出してなんて。それくらいの処世術は持ち合わせて わ。あんたにはもっと前時代的なのがお似合いよ、このオールド・ いるもの ) 「うそおっしゃい ! 」課長はこぶしで机を叩くと、身体を前に乗り 礼子が書類を受け取って、うしろを振り返ったその時だった。 出した。礼子はまた一歩、後退する。 「なんですってえ ! 」 部屋全体がビリビリと震えるような大声を上げて、小畑課長が立「うそじゃありません ! 第一そんなことをーー」 「いったじゃないの ! わたしはこの耳でちゃんと聞いたのよ ! 」 ち上がった。 7

3. SFマガジン 1985年11月号

ちょうど、ここに着いたところらしい。クーベタイブのエアカー濃密で、人工的な煙だ。かなりのスビードで横に広がっていく。 あれは。 の脇に、ラボの所員とおぼしき青年と二人で立っている。 「煙幕だ ! 」 「クラーケン ! 」 あたしは言った。 あたしは声をかけた。 「まさか、襲撃したんじゃ : クラーケンは振り返り、あたしたちを見た。目が丸くなった。一 ュリが首をめぐらし、あたしを見る。 マイクロビキニに、きわどいワン。ヒース。いくら海岸にいるとい 「勝てつこないよ」 っても、状況が状況だから、そりや驚くわよね。 あたしは岬に向かって走りだそうとした。 「どうしたんだ、いったい。みんなは、どこに : クラーケンは、あたしたちが乗ってきた・ハスを指し示した。駐車「わたしが行く」 それをクラーケンが止めた。 場にも・ハスにも、人影はない。 「きみたちは、ここで待っててくれ」 「岬にクラッシャーの 0 が降りたの」あたしは言った。 あたしの目とクラーケンの目が合った。 「みんな、そこへ行ったわ」 クラーケンの考えが、あたしにはわかる。 「クラッシャーの 0 が岬に ? 」 クラーケンは眉をひそめる。無理もないけど、信じてない。あた かれはクラッシャーとの争いを望んでいない。敵はジ、 = アなの しだって、この目で見てなきや、嘘だと思う。 だ。クラッシャーは、ジニアに雇われた、いわば一介の職人であ 「降りたのよ。ほんとに」 る。戦いの当事者ではない。しかし、あたしたちが行けば、。フロと ・フロ。穏やかには収まりそうもない。話し合いの前に必ずドン。 ( チ ュリも言った。 をやってしまう。 そのときだった。 鋭い破裂音が轟いた。 短い沈黙のあとで、あたしは答えた。 岬の方だ。 「待ってるから、話をつけてきて」 あわてて視線を移した。だが、林に遮られて何も見えない。 「ありがとう」 「ケイ、あれ ! 」 クラーケンは小さくうなずき、きびすを返した。同行の青年が、 ュリが叫んだ。林の向こうを指差している。 そのあとにつづいた。 ダークスーツに革の短靴という場違いな姿だが、急坂を慣れた足 見えた : どりで登っていく。 枝葉の間だ。下から盛りあがるように、白煙が立ち昇っている。 6

4. SFマガジン 1985年11月号

カンでまきあげた翌日、右手を叩きつぶされ、目をえぐられて、ヴにスカーフをまきつけ、目だけ出して、耳の上でとめたうすものの アラキア港に、縛られて浮かんだのだった。失った片目も、同じよスカーフでロをかくしている。ひたいには、赤い星がしるされてい うなことで若いころになくしたのだという。 る。手首、足首につけた銅の輪がじゃらじゃらと鳴る。 その、ドライドン賭博は、ことにヴァラキアでは人気のあるゲー このぼろのかたまりの間からのぞく、きつくつりあがった黒い目 ムである。 この異様なふうていは、 と、浅黒い肌のいろとを見るまでもない。 船乗り、水夫、傭兵、娼婦のあつまる港町の、あらくれた気性、ひと目でそれと知られる《ョウイスの民》の女であゑ髪を垂らし 射幸心のつよさに、 この危険なゲームがびったりとあっているのているのは、夫持ちでない証拠だ。 だ。何回か、ヴァラキア公からも、また沿海州会議の名において人々は興味しんしんで、じろじろと、この珍客を見つめた。ョウ も、ドライドン賭博の禁令が出されていたが、ヴァラキアの公弟でイ スの民は、山から山、高原をわたり歩き、めったに人里へすがた さえこのゲームの熱狂的な愛好者であるというのに、その流行をとをあらわさぬ。あらわすときは、祭りの日や、商売で、広場に馬車 どめられようはずもなかった。 ごとやってきて舞台をしつらえ、独特の歌とおどりをみせ、うらな その、賭場をぎっしりと埋めた人々の三分の二は、自分の張り札 いやまじないをして、金をとる。 を汗ばんだ手ににぎりしめ、コロ師の声、胴師のよみあげる声のほ かれらは、南方の古代民族の生きのこりであるといい、風俗もこ か何も耳に入らず、黒びろうどの台の上にあらわれる、白い象牙のとばも独特で、ほとんどふつうの人まじわりをしない。ましてや、 四つのサイの目しか目に入らない。 仲間をはなれて、一人で里へ出てくることなどまずないといってよ が、他のものは、 いまやざわざわと風に吹きなびく草原のよう ョウイスの民は仲間からはなれては、生きられないのだ。 に、ささやきかわし、互いを肘でつつきながら、ある一ヶ所を見や こうした謎の民によくあるように、かれらもまたさまざまな伝説 っていた。 に包まれ、その実体は、ほとんど知られておらぬのが、正直なとこ そこに、一人の若い女がいた。 ろだったが、このたくさんの伝説の中でいちばん根づよいのは、ヨ の相手として最高に素晴しく、匹敵す すらっとした骨細の、黒髪の女である。まだごく若そうだ。色とウイスの民の男女は、べッド りどりの布をはぎあわせた長いスカート、太い黒いサッシュベルトるのはクムの最高級の娼婦だけであろう、といううわさであった。 を、長くその上にたらし、手首まであるふくらんだ・フラウス、やはその実、じっさいにヨウイスの民と、ペッドを共にしたというも ・、いたためしがないのだったが、元来が亨楽的なヴァラキア りはぎあわせの大きなストールに、すつぼりからだをつつみ、頭かのなと に限らぬ沿海州の人びとにとっては、ヨウイスの民、というだ らかぶり、前でかきあわせている。 ストールから、ななめ前に垂らした黒い髪は、ぼろを編みこんでけで、じゅうぶんな好奇心とあこがれをかきたてる対象であったの 三つあみにし、さきを布の中にかくし、ひたいにもター。ハンのようである。

5. SFマガジン 1985年11月号

0 ベルべッんタ三クネス と彼は視線をもどしな から納得する 失速寸前にまで速度 を落とし、アジャンは 發 " ・を、獲物をさがす。 鳥。彼は鳥を求めて いた。かって航空機よ り速く高く飛んだこの 生きものは、今では長 ・ ( すぎる脚でよろめき歩 くだけの貴族の従者と なりはてていたそれ でも、 , 鳥は高く売れた。 一」木々のあいだに、色 とりどりの地衣類にお / , ・、二」「尹おわれた大岩が配置さ 木と岩とは 巧少に組みあわされ、 時に与えていた。 ったのカーテンのか げのテラスから、アジ 第 ~ ャンを、つかか、つ人かげ が目にはいる。その目 に浮んでいるのは好奇 クリスタルバレス 第第もの色だった。水晶宮の ~ 一 . 住人は、自ら空の主と

6. SFマガジン 1985年11月号

に涼しさをそえるのである。その中庭より手前が、公務や客のため「はあー 服のすれあう音、サンダルの。 ( タバタいう音がひとしきりつづい 6 の室、奥はふつう、私室と女たちのための一画になっている。 一行は、噴水のかたわらをよこぎり、サンダルをパタバタいわせて、しずかになった。 イシュトヴァーンは お察しのとおり、かれは実のところ、と ながら、奥へと入っていった。荷物のようにかつがれて、運ばれて ゆく少年は、やはり、ぐったりと目をとじたまま身じろぎもせず、つくに気がついていて、ただ気を失ったふりをして、ことさらぐっ たりしてみせていただけであった うす目をあいて、ようすをう どうやら完全に意識を失っているようすである。 そうして、かれらはいちばん奥の室のひとっへ入っていった。そかがいたくてたまらなかったが、じっと我慢して待った。 こで、イシュトヴァーンのからだは、どさりと下へ投げおろされと、ふいに、彼のかたわらに人のひざまづく気配があり、肩を抱 こ。 きおこされて、ロに、杯がさしつけられた。 イシュトヴァーンはわざとらしくむせて、目を開いた。 「あっ、御前様ー まず目に入ったのは、大理石の、丸天井であった。ドライドンと 「ご命令どおり、連れて参りやした」 つばいに描か 海の怪物ルヴィアサンのたたかいを描いた壁画が、い 「手荒にしたのではないか ? 」 れている。 横柄な、命令することになれたひびきのある声がいった 「気がついたか」 「たいぶ、弱っておるようではないか」 いくぶん、媚びるひびきのある声。 「少し、さからいましたもんで、見せしめに少々ーー、しかし、ご命 イシュトヴァーンは、ひどくおどろいたふりをして、あとじさっ 令のとおり、面にはかすり傷ひとつ、ございやせん」 た。とたんに、いたそうに顔をゆがめて腹をおさえ、二つに身を折 ったのは、芝居ではなかった。 いくぶん不平がましい沈黙があって、床に、チャリンと小さな音 良っこ 0 「ちくしようめ」 イシュトヴァーンは思わず、ロの中でつぶやいた。 「それ」 「恐れ入りやす。 こいつあ、どうも」 「よくもやりたい放題いためつけやがったな。あとで、誓って、き 「もってゆけ。・フルカスにいうがいい、例のものを、早うーー・手にさまら全員から、このつけはとりたてさせてもらうからな」 入りしだい、 一日も早うもってくるようにな。こんどは決してへま それから、声に出して、大仰に呻、こ。 をするなと伝えろ」 「どうした ? 」 「かしこまってござりやす」 ねばっこい声をかけられて、はじめて気のついた体で顔をあげ、 「よし、行け」 抱きおこしている男をみた。

7. SFマガジン 1985年11月号

つべたい。 水しぶきをあげて、あたしたちは走る。 けっこう沖に行っても、水は膝までしかない。浜辺だけじゃな く、海の底も真っ白な白砂。 倒れこんだ。 飛び散ったしずくが、きらきらと光る。 仰向けになった。ュリが海水を両手ですくい、あたしにかけた。 「いったーい」 海水が目にしみる。 「やだ、ケイったら ! 」 ュリが楽しそうに笑う。 あたしは大袈裟に痛がってみせた。 ュリが心配そうに近づいてくる。ばっちし引きつけておいて、こ こぞとばかりに、あたしは水をかけ返した。 ュリが悲鳴をあげて逃げた。 気持ちがいい うーむ。でも、こんなんでホントによいのだろうか。 ラボのみんなは真剣に監視をつづけているというのに。 ちらと、うしろめたさが脳裏をよぎる。 しかし、それも一瞬のこと。 目先の快楽が、あたしから思考能力を奪う。 仕事があにさ。 任務があによ。 刹那的に生きるあたし。 あたしは立ちあがった。 ュリと激しく水をかけあう。ュリってば、まじ。目の色変えて、 水はねあげる。ふん、ペ。負けないわよ。 金属音が聞こえてきた。 頭の上だ。そんなに大きくない。かすかな音。近づいてくる感じ。 振り仰ぎたかったが、やめた。そんなことしてたら、ユリに負け ちゃう。 音は次第に大きくなる。聞こえてくるというより、降ってくると いった方が正しい。鼓膜がびりびりと震えだした。 あたしの動きが鈍くなった。 それに応じて、ユリもはしゃぐのをやめる。 音はもう耳を聾せんばかり。 それが。 ふっと熄んだ。 あたしとユリは首をめぐらした。 太陽を視野に入れて、思わずてのひらを額にかざす。 陽はそろそろ中天に高い。ずいぶん早起きをしたつもりでいた が、そうではない。そもそも寝たのが遅すぎたのだ。 輝く太陽を避けて、空を捜す。 太陽だけでなく、群青色の空までが目をいたく刺激する。 なかなか見つからない。 ュリが叫んだ。 あたしも指差した。 8 5

8. SFマガジン 1985年11月号

その、ヨウイスの民の女が一人でこんなところに入ってきたの ったのた。 ョウイスの女は、ゆるぎない、独特の、水の上を水鳥がすべるよ 9 だぶだぶの服の上からでも、しなやかで、しかも強靱そうな肢体うなしぐさで、広間の中を一周した。気に入った台をさがしている がうかがえたし、ヴェールとストールでかくされていても、きっ いと見えた。 目もとと、ほのかにすけるロもとで察するに、かなり美しいことは 一同がいまや、目を皿のようにして見守る中で、女は、、ちばん まちがいない。 奥の台のまえで、足をとめた。 さてこそ、チチアに夜な夜なあつまるような、遊び人たちが、色それは、決して大きい台ではなかったが、少しひっこんだところ めき立つのも、当然であった。 にあって、調度品はことごとく、きわめて上等で、他の台とは、ま 満座の注視の中で、ヨウイスの女は、ゆるゆると、サンダルをは ったく異っていた。椅子もゆったりとおかれて、黒びろうどをしき いた足で賭場をよこぎり、まん中の胴元台まで歩いていった。 つめた、大理石のばくち台のまわりには、七、八人の客がいるだけ 片手でスト 1 ルをおさえながら、かくし袋から、いくつかのつぶだ。 金をとり出し、黙って台の上におく。 そこへいって、ヨウイスの女は、片手で張り札をはじくしぐさを みるからに因業そうにやせこけた、はげ頭の老人、胴元のサイスした。この台でかけたい、というしぐさである。 は、じろじろと、女をみた。 その台の向うに立っていたコロ師は、大柄な、にくにくしい、色 「おねえさん、遊ぶのかよ ? 」 のまっくろなかなりの年配の男であった。こちらにひかえる胴師 やはり一言も発さぬまま、ヨウイスの女はうなづく。 は、やせて小さい、目つきのするどい男だ。 「これを、張り札に ? 」 「お客人、あすぶのかい」 また、うなづく。 その胴師が、声をかけた。一 サイスは疑わしげに、つぶ金をためつ、すがめっしてから、しぶ「ダメだ、ダメだ。この台は貸し切りの、とめ台だ。すまねえが、 しぶ、数枚の張り札を台の上にす・ヘらせた。 よその台へいってあすんでくれ」 「赤えのが、百ラン札、緑のが、五十ラン札だよ。好きな台に入っ ョウイスの女の、きついつりあがった目が、無表情にあいてを見 てくれ」 た。女は、くるっと背をむけると、そのままゆこうとする。 それへ 女は、無造作に札をひったくると、すべるようにまた賭場をよこ ぎった。 台のいちばん奥に、他の台に完全に背を向けて座っていた、一人 いまや、賭場を埋める、半分以上の客が、じっとヨウイスの女のの客が、ゆっくりと声をかけたのだった。 ョウイスの ゆくえを見守っていた。こんなことは、めったにみられぬ椿事であ「良いではないか、ジャン。ーーー遊ばしてやるがいい

9. SFマガジン 1985年11月号

民と、ばくちをうったなど、そうめったにはきけぬ話だぞ。面白「張り方、ないか。張り方、ないか。単張りないか。単張りない し、 1 】一口 、話の種ではないか。 , ーー娘さん、人るがいい」 誰も、何も云わぬ。単囲り、つまり、偶奇数にかけるものがまっ 「いや、しかし、旦那様」 たくないということは、この台では、かなり高いかけしかしない 「良いではないか , と、 いうことである。 一見して上ヴァ 客は、繰りかえした。四十がらみの、品のいし 「数張り、ないか。数張りないか」 ラキアのものらしい客だが、全体に、何となく、無気力そうな、い ゃな感じがした。彼も、他のものも、商人の服をつけているが、そ「ヤヌスの十二」 「ヤヌスの十二」 れがまったくそぐわない。 「ドールの九」 「ドールの十三」 コロ師が、胴師に、あごをしやくった。胴師は肩をすくめると、 「ヤヌスの十六」 うなづいた。 たちまち、声と、張り札がとびかった。 「お人んなせえ。そのかわり云っとくがね、お姐さん、この台は、 「まだないか。まだないか。数張りないか。役張りないか。役張 高いよ」 り、ないか」 ョウイスの女は、黙ってゆっくりうなづいただけである。一 二人の客がつめあわせてあけてやったところに、黙ってすわる「イグレックに百」 と、場代の十ラン札をかちりとおいた。手つきは、なかなかに、馴「ヤヌスの二」 「ヤヌスの一」 れている。 「ドールの並び手に五十」 奥の客は、非常に興味をひかれたようすで、この女を見ていた。 声がとぶ。 女は目をあげる。 ゆらり、とヨウイスの女が手をのべて、みな、ぎくっとした。 黒い、きらきら輝く、無表情な目と、客のとろんとした目があっ 「ダゴンの三、ヤヌスのご た。女はまったくの無表情である。 びしっと、五十ランの札がおかれた。 「では、つづけろー 「張り方ないか。まだないか」 奥の客の、となりにいた客が云った。 何となく、人々は、彼女を気にして、あまり気勢が上らない。 コロ師はうなづき、ゆっくりと、コロ入れをとりあげた。 「よーし、締めるそ、締めるそ。締めた」 「第三ゲーム」 一瞬の静寂。 単調な声で、胴師が呼んだ。 か」

10. SFマガジン 1985年11月号

2 0 0 0 4 だけのことが、すぐに形をとってあらわれる。こんな・せいたく な気分は、はじめてだった。 もちろん、俺にはすこし高い買い物だった。しかし、それな りの価値はあるというものだ。 それに、まあ、ときには誤解というものがある。あるとき、 俺は食事中に箸が欲しいと思った。取りに行ったアンドロイド は、なかなか戻ってこなかった。あんまり遅いので心配してい ると、何を勘違いしたか、巨大な鉄橋を二本、可愛い顔してか ついできた。全く、あれには参った。 ある晩、あまり濃いコーヒーを飲んだせいか、俺は眠れなか った。布団をかぶって、まあそのうちになんとかなるだろう、 なんて思っていたら、とんでもない。一時間たとうが二時間た とうが、目は冴えてくるばかりである。 「まずいな : : : 」 いっこうにききめがな ラジオをかけても、本をひろげても、 。業を煮やした俺は、仕方なく、あの古典的かっオーソドッ クスな方法を試みることにした。 つまり、目をつぶって、お経の如く、 「羊が一匹、羊が二匹 : : : 」 とぶつぶつやりだしたのである。唱えているうち、羊はライ オンになり、ライオンは象になり、俺はいつのまにか、とろと ろとまどろみはじめた。 「羊が千匹、羊が万匹 : : : 」 と呟きながら。 どのくらい、うとうとしたことだろう。せつかく眠りかかっ 4 9