カード - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年12月号
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1. SFマガジン 1985年12月号

のよ」と、ジョ】ンはいった。ドッペルゲンガーたちは、時間に侵立っている恐怖、いっ転落するかもしれない恐侑に。 蝕されたように、粗雑で醜い姿に変化した。ジョ 1 ンの分身は、取ディ ーラーは二組のカードを合わせ、一枚ずつ札を取り出せるよ し、たり るに足りないちつぼけな形にまで縮んでいる。」 うになっているカード入れにおさめた。こういうときの習慣で、ま 「カ・ハーできなきや勝目はないぞ」 ず三枚のカードを捨てる。 「隠し切るのは無理だけど、それは先方だって同じよ。両刃の剣そのあと、ファイファーと相手に一枚ずつカードを配「た。どち ね」ジョーンは、眼下の完璧な球体に亀裂が入ったのを知り、療気らも表向きだった。ファイファーは ( ートのクイーン。相手は ( のような黒い霧になってそれを保護した。ファイファーはおびえるトの九 あまり、弱点をさらけ出している。しかし、それはありがたいこと何を賭けるか、コールする権利は、相手方に取られたわけだ。 でもあった。少なくとも、ジョーンに対して虚勢を張ろうとはして 合計が二十一かそれに近い数字になるようにカードを引くのがプ いないのだから。いい徴候だと思う : ・ フラインド・シェ、 ラックジャックだが、・ ーの場合は合計が九にな 「何か感じ取れるか、イメージでも何でもいいが」 るようにカードを引く。普通は十と勘定される絵札は、この場合ゼ 「自分のことで精一杯よ。相手がぼろをだすまで待ちましよう」 ロで、十一と勘定されるエースは一になり、ほかのカードは札に書 「そう、きっとぼろをだすさ」ファイファーは、急にまた自信を取かれている数字どおりの価値を持つ。ただし、十の札だけは、 = ー り戻したようだった。 スと同じく一に勘定される。 精神の奥深くにあるシンポルの世界から、ジョーンとファイファ 「九とゼロで、ムッシ・デ , ーの勝ちです」ファイアアーの相手 1 は外界を覗き見ることができた。ディ ーラーがいて、フェルト張を見ながら、ディ ーラーはいった。ファイファーを一番と呼び、相 りのテー・フルや、カード、木の壁があり、仮面をかぶった人々がす手を二番と呼んでいるのは、すわ「た位置でそう決ま「たにすぎな わっている。この部屋は、思考とイメージの勝負が行われるただの 舞台にすぎなかった。 「ちくしよう、これじや先が思いやられるな」ファイファーはいっ . うちそと 内外二つのレベルを持っ二重の世界を知覚する感覚は、ファイフ , ーにはすでにおなじみだ「た。居間や書斎で悪夢から目覚め、自「心をさらけだしちゃ駄目よ」ジ ' ーンは霧になり、黒い雨に変 分が目を覚ましていることはよくわかっているのに、まだそこに夢 り、まぶしい太陽や虹に変化して、万華鏡のようなイメージでファ の世界があ「て、悪夢に登場した怪物どもが部屋をうろっきまわ「イファーの姿を敵から隠した。「さあ、今よ。相手がしゃべるわ。 ているのをじっと見守るーーそんな経験がしばしばあったからだ。 少しでも無防備になるはずよ。あなたのほうはあたしがカ・ ( ーする 目覚めの世界の、心地よい見慣れた領域に解き放たれた心の奥に棲から心配しないで」 む妖怪ども。そんなときには、いつも恐怖に襲われた。崖つぶちに 「どうなさいますか」と、ゲームマスターがいった。ファイファー 8

2. SFマガジン 1985年12月号

ときである、テー・フルの向こうに、、あの毛むくじゃらの少年がすわ をじっと見つめている対戦相手に、その思念はじかに向けられてい っているのが見えたのは。 「何だ、これはーー」 「さあ、今よ」ジョーンはファイファーにいナ 「どちらもハ ートのカードを引いたわけだから、まず心臓から始め「早くコールして」ファイファーの分泌腺が開き、生暖かい恐怖が ましようか」ファイファ 1 の対戦相手は、ディーラ , 、にもわかるよ滝のように降りそそぐのを感じながら、ジョーンはいっこ。だ・、、 ファイファーがしゃべるより先に、対戦相手が口を開いた。「テー うに声に出してしゃべった。その言葉は、ガラスの破片のようにフ ・フルの向こうの友人には、ナチュラルの九ができている。クイーン アイファーに突きささった。「心臓は感情の座だといわれている。 と九、どちらもダイヤですね。私のほうが向こうの持ち手を先にコ そんな厄介なものは、さっさと捨ててしまいましよう」ファイファ ールした。間違ってはいないはずですから、当然、私が : : : 」 1 は、男が微笑するのを感じた。「どうですか」 ディーラーはファイファーのカ】ドを表にして、「ムッシュ・デ 「お好きなように」ディーラーのために、ファイファーは無表情な ューのおっしやるとおり、そちらの勝ちです」もしもファイファー 声を出した。 の相手が読み間違えていたときは、仮に、もっといいカードを持っ 「ほら、もっとしつかり」と、ジョーンがいた ファイファーは、対戦相手からも、その同伴の女からも、何びとていても、自動的にファイファーの勝ちになったはずだ。 ディーラーはカード入れからさらに二枚、札を配った。 っ読み取ることができなかった。どちらも彼とジョーンの抜け殻の 「どうしておれの思考を遮断してくれなかったんだ」そう、 ようなドッペルゲンガーでしかなかったのだ。 「何があっても知らん顔をしてるのよ」と、ジョーン。「相手のカらも、ファイファーは気を取り直し、ふたたび白想に入った。 「やるだけのことはやったのよ。あなた、まだあたしを信じてない ドを読んで、心の中を覗こうと思ったら、そんなに感情的になっ でしい。相手だけじゃなくて、あたしまで閉め出そうとしてるわ。 ちゃ駄目」 っていうの ? 」 その通りだ、とファイファーは思った。緊張をほぐし、心を落着そんな状態でどうすればいい かせるつもりで、腹の底に重くのしかかってくる不安をうっちゃ・「すまなかった」 、無念無想の白想を始める。 「あたしに本当の気持を覗かれるのが、そんなに怖い ? 」 「カードをどうぞ」そういってテ 、・イーラーは、ファイファーを相「喧嘩してる場合じゃないぞ」白想のリズムが狂った。ジョーンは 手に一枚ずつ表を伏せた札を配った。そして、さらにもう一枚。重吹雪になって彼を助け、なだめるようにして真っ白な無の中に戻し 苦しい沈黙が落ちた。不自然な間・ : た。「こんなに落着かないのは、ゲームマスターのせいだ。連結さ ファイファーの手は、ナチュラルの九だった。ダイヤのクイーンれて、おれたちの考えることを盗み聴きしている : : : 」 「ほっときなさい、ゲームマスターなんて : : : それから、あたしに と九。勝ち手だ。彼は顔を上げ、カードを表にしようとした。その 9

3. SFマガジン 1985年12月号

覗かれても、気にしちゃ駄目よ。あたしは味方なんだから」 「おれは読めないままで勝負している」不安げな声たった。 「ムッシュ・アン、カードをお取りください」ディ 「それは向こうだって同じよ」 た。ゲームマスターは、ファイファーにうなずきかけ、白紙のよう だが、なぐさめにはならない。二度つづけて負けた彼は、最初の な無色の思考を送ってきた。 ゲームを落したのだ。 ファイファーは、カードのはじをめくった。ダイヤのジャックー もし次のゲームも取られたら、心臓まで取られることになってし ーっまり、ゼロ とス。ヘードの二だ。もう一枚カードを引かなけまう。その心臓は、白想か何だか知らないが、喉もとまでせり上が れば。 ってきて脈打っているようだった。 「自分の札のことは考えないで」ジョーンが叫んだ。「テー・フルの 「もっと冷静になるのよ」ジョーンがいた 向こうから、何か届いてこない ? 」 「このままだと、みんな筒抜けだわ。あたしを信じて、よろいを脱 ファイファーは、自分の思いを聴き取ろうとするかのように、耳いでちょうだい。そうじゃないと、手伝えないわ。あたしを中に入 をすませた。顔を上げて相手を見ようとはしなかった。テープルのれて。今のままじゃ、相手をますます有利にするだけよ。合体しま 向こうの自分の顔ーーあるいはあの毛むくじゃらの少年の顔ーーにしよう : : : 夫婦みたいに」だが、ファイファーは皮肉をいえるよう 見つめ返されると、狼狽し、魂を奪われるような気がするからだ。 な気分ではなかった。恐怖が、徐々に、じわじわ、高まっている。 内臓をすべて失い、体が空洞になった、抜け殻のような女のイメー 「何だったら、ゲー人を降りるという手もあるのよ」 ジが、ふと彼の心に浮かんだ。人間の形をした袋のようだと思っ 「ろくすつ。ほ勝負もしないうちに「内臓を手放せどいうのか ? 」フ こ 0 アイファーの球体のなめらかな表面に亀裂が走り、ジョーンはすす 「忘れないで、そのイメージ」と、ジョーンがいった。「あとで使んでそれに呑み込まれていった。球体の表面が変化し、山脈が盛り えるかもしれないわ」 上がり、みずみずしい樹々や草花が生え、砂漠が広がった。ジョ】 「相変らず札は読めない」 ンとファイファーの相反する気分の混りあったものだ。 「待つのよ。あせらずに」 ファイファーはもう独りではなく、保護されていたが、同時に危 「もう一枚引きますか」ディ ーラーがファイファーに尋ねた。ファ険なほど無防備たった。 ) 彼の内部の、人間臭い湿った闇の中で、ジ イファーも相手も、三枚目のカードを取った。 ヨーンは決してこれにつけこむことはしないと約東した。ファイフ 相手がどんな札を持っているのか、さつばりわからない。どうやアーの死んだ母、ぶよぶよの体をした、のつべりした顔の、骨太の ら、おたがいにわからないままの勝負になりそうだ。カードを表に女の姿が、つかのま、彼女の前をよぎった。フュイファーがその母 して、ディ ーししった。「六と五で、ムッシュ・テュ 1 の勝を憎んでいること、生前も今も憎んでいることまで感じ取れた。 ち」ファイファーはまた負けたのだ。 次の札ーー二番目のゲームの最初の手ーーは、クラブの五とスペ

4. SFマガジン 1985年12月号

ゲイ工とその妻が、思考も含めて、丸ごと彼を呑み込もうとして 次の勝負にも勝ち、ファイファーは二番目のゲームをものにし た。これで一対一だ。今度のゲームで決着がつく。ファイファーに 救いに来たのはジョーンだった。ジョーンに引き戻され、彼はふ たたび、一面、真っ白な雪に覆われた球体に変った。ジョーンの冷は、必ずゲイエの心臓を取れるはずだという、冷静沈着な確信があ たい子宮に包まれたようなもので、もう安全だ。 った。だが、内臓のやりとり以上に、相手を丸裸にして、破減させ 「ら、あれを見て」その直後、ジョーンがいった。天の啓示のよたい執念のほうが今は大きかった。その執念は、すがすがしい河の うに、ツアイファーはゲイニのカードを見て取った。おい・ほれた妻ように、光を放ちながらほとばしっていた。 のイメージと一緒に、ゲイエの目の中に埋れた二枚のカード。 いっそう完璧で充足した現実感あふれ その彼のまわりの世界も変り、 るものになった。ギャン・フラーなら誰でもこんな勝負を夢に見るだ 瞬間、ファイファーはゲイエの中を覗き込み、思わず我を忘れた。 妻の名前はグレースだ。その肉体は、無数の外科手術と無数の身体ろう。勝てば極楽、負ければ地獄だが、それだからこそゲームに没 毀損ゲームで朽ち果てようとしている。彼女は『嘆きの天使』 ( そ入できるのだ。ジョーンでさえ夢中になっていた。毟り取ろう テー・フルの向こうの夫婦を一寸刻みにして、・フライ・ハシーを奪い 、大昔の映画だが、おれは見ている ) であり、ゲイエは道化だっ その屈辱を思うさまもてあそんでやろう。そんな気持が彼女にもあ った。あの二人はファイファーの敵だ : : : 彼の敵は、あたしの敵。 ートのエースとダイヤの五を持っている。 その直化よ、、 今や誰もが本性をさらけ出していた。戦いに倦み、心も体も疲れ ファイファーは、運がまわってきたのを感じた。ギャイフラーに はおなじみのこの高揚感。カードと慈悲深く一体化しているような果てていたが、このゲームに、凝縮されたこの完璧な時間に、四人 は没頭した。ファイファーは、ゲイエの顔を見ることができた。ゲイ 気分。怒りも、恐価も、憎しみもなく、勝利の感情だけがあった。 ゲイエが次のカードを引いて、運よく三でも出れば、九をつくられ工自身の思い描く顔と、グレースの見た顔の二つを。大きな鼻、浅 てしまうところだったが、ファイファーは相手の持札をコールして黒い肌、狭い額、大きな耳、だが、カのみなぎる顔で、野獣のよう に狂暴な美しさを持っているともいえるーーー少なくとも、グレース それを封じた。 その勝負に勝ち、ファイファーはジ「ーンに感謝した。イメージはそう思「ていた。ゲイ = 自身は、自分の姿に弱さを見て、頬の肉 の蓄えは貧困だったが、愛情を思念であらわした。ジョーンは、今のたるみを自覚している。 や彼のリズムと ( ーモ = ーの一部、いつもそばにいる伴侶にな「て株で大儲けしたにもかかわらず、ゲイ = は敗残者だ「た。数学者 、た。ジョーンは、みずみずしい緑の生い繁る彼の世界を優雅に歩をめざしていたのに、怠惰が高じて、二十五のときにやる気を失っ てしまったのだ。 く勝ち誇った猫の一群を夢見た。 素晴しい数学者になれたはずなのに。自分でもそれがわかってい その猫は発情し、やがて共喰いを始めた。 る 3

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の部屋で、まず接続の感じをつかんでみてはいかがでしよう」男は 「しかし、事故が起こるとしたら、それは大脳接続のせいじゃない 無関心そうに目を伏せた。 : 、 カ実際は、骨董物の机にはめこまれた のか」 「やはり、このゲームは、お客さまには向いていらっしやらないよ端末の O スクリーンを見ていたのだ。 うですね」 ジョーンは、ファイファーがかすかに鼻翼をふくらませているの に気がついた。すっかりその気になっているんだわ、と彼女は思っ 「この店には、ここで遊んだ客全員の、公開をはばかられるような た。「ねえ、カール、もうやめて帰りましようよ」 情報が残っているんだろうね」 「接続をしても、そのようなことは決して起こりません。しかも、 「ミス・オッールのいうとおりかもしれませんよ」しかし、その言 私どもにはお客さま方の秘密を守る責任があります」 葉とは裏腹に、男はファイファーがもはや自分の思いどおりになる 「自分たちの安全のためにも、だね」 ことを知っているようたった。 「おっしやるとおりです」責任者は苛立っているようだった。 「私は・フラインド・シェミーをやりたいんだ」そういうと、ファイ 「プレーヤーどうしがお互いの思考を読み取れるのなら、カードをファーは振り返り、ジョーンをにらみつけた。彼女は、思わず息を 呑み、もしゲームに負けたら、この人はあたしにも犠牲を強いるつ 伏せておいても仕方がないだろう」 もりなんだわ、と思った。 「そう、そこなのです」責任者とファイファーのあいだの緊張は、 それをきっかけにしてほぐれたようだった。「うちのゲームは、シ「今、九人制のゲームをやっている最中でして」と、責任者はいっ ュマンドフェールに少し手を加えたもので、・フラインド・シェ、 た。「参加者が九人、思考妨害役のお連れの方が九人。あきができ と呼んでおります。カードはすべて伏せてください。もちろん、偶るまでお待ちになってください。 - - ですが、みなさまお疲れですし、 然の力にも左右されますが、ゲームを決めるのは自制心です。まカジノの普通の参加費に何がしかの額を上乗せしたゲーム料を要求 ず、ご自分の思考を・フロックしてください。その上で、相手方を罠なさるでしようから、かなり高くつくと思いますよ」 にかけてカードをさらけ出すように仕向ける。お連れの方とつなが「何時間待てばいいんだ」 ったほうが有利だというのは、そこなのです」 男は肩をすくめた。「もう一人、先にいらっしやったお客さんが ファイファーはジョーンを一瞥した。「そこのところを説明してお待ちでして。その方は、ダ・フルスでもいいとおっしやっています が、どうでしよ、つ。 待つのはやめて、お二方でゲームをなさって くれ」 「簡単なことですが、あなたがゲームをしているときに、お連れのは。そちらの方も、やはり初心者なのです。もっとも、連結なさる かなりの経験をお持ちですが。もちろん、お待ち 方の思念があれば、相手方に思考を・フロックするときの役に立つの奥さまのほうは、 になって、ほかの : : : 」 です」責任者は答えた。「しかし、多少、練習しなければ、うまく ファイファ 1 が承諾して、ジョ 1 ンと二人でさまざまな書類に指 ゆくものじゃありませんから、賭けるものがあまり高くつかない別

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に、枠に入った目玉を上下に動かしている。大当りが出れば、勝者 らかに国旗の色だが、男にはどうもなじめないようだった。 「ムッシュ・ファイファー、 マドモアゼル・オッール、ようこそい、の口座に磁気の早わざでただちに賞金が振り込まれるのだ。壁のビ らっしゃいました。あなたのような、いや、あなた方のような立派ンポール・コン。ヒューターが、増幅されたかん高い声でポーカーと な方にいらっしやっていただけるとは、光栄です」支配人は、小型・フラック・ジャックの勝ち手を発表している。やらせの刃傷沙汰が のコンソ】ルに二枚のカードを人れた。「この身分証明書は、お帰起こったが、振り返る者はほんの二、三人だけだった。墓石型の小 りの際に返却させていただきますー一瞬、間があった。「こちらの部屋に詰めかけた者は、キリストになって〈十字架の道ゆき〉ゲー ご婦人の支払いも、ムッシュ・ファイファーのカードにつけてよろムを楽しんでいる。装置に連結された勝者には、電気的に誘発され しいのでしようか」支配人は目を伏せ、申し分けなさそうなふりをた快楽の波が押し寄せるが、敗者は激痛に身をよじり、一週間にわ した。何のことはない、ジョーンのクレジット の残高は、洗練されたって頭が割れそうな偏頭痛の後遺症に悩まされることになる。 たゲームに参加するには足りないのた。 無論、ドラッグ、酒、食べ物という伝統の三品を持ったぼんこっ 「ああ、もちろんだ」ファイファーは上の空で答えた。あのグロテのロポットも、あちこちを歩きまわっていた。ただ一つ、その場に スクな少年に欲望を感じたことで、罪の意識と不安を覚えていた。 ふさわしくなかったのは着飾ったゲイシャだが、それは、奥の壁の ・ドアにあわてて消えていった。 「承知いたしました」支配人は机の上で手を組み、「こちらにいらアイリス っしやるあいだは何なりと私どもにお申しつけください」テリアの「片腕の盗賊マシーン、やりたいの ? 」狭さにだんだん息苦しくな ような少年を身振りで示すと、「ジョニーに館内を案内させましょ ってくるのをこらえながら、ジョーンは尋ねた。早く静かなところ うか」ファイファーは丁重に断わった。ジョニーは、静まりかえつに逃げ出したかったが、ファイファーが上の階に行くのを止めなけ た中央の間に二人を連れてゆくと、ファイファーに向かって片目をればという思いもあった。だが、皮肉なことに、ジョーンの感情に つぶってから、びそやかに姿を消した。 はすべて陰と陽の二面性があるらしく、彼がギャンプルに負けて臓 その部屋は街なかと同じように混雑していた。ぎっしり詰まった器を失ことも望んでいた。自分でもわかっていたが、ファイファ 連中の顔ぶれは、乞食、浮浪者、与太者、地回りなど。貧民街の賭ーが心臓を失くしでもしたら、罪悪感に満ちたスリルが味わえるに 博場をそっくりそのまま再現してあるのだ。危険はまったくなかっ違いない 9 ジョーンは、片腕の盗賊のレ・ハーを倒した。機械は彼女 た。それでも、ファイファーにとって、ここはまぎれもなく貧民街の指紋と体臭組成を読み取り、ファイファーの口座に適当な金額を の賭博場だった。騒音と人混みに呑まれたファイファーは、最上階出したり入れたりする。目がくるくる動き、かちりと止まった。そ で待っている危険な愉悦に改めて食指が動くのを感じた。 の瞬間、百インターナショナル・クレジット・ドルが消えた。「悪 盜賊の人形を模した古ぼけたスロット・ マシーンが、ちかちか音銭、身につかず、ね。これだったら、負けても怪我はしないけど。 をたてながら、さあ、ジャック・ポットが出るよ、といわんばかりでも、怪我するのがいやなら、こんなところには来ないわね」ジョ

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紋を押しているあいだに、この契約は、署名者全員に無期限に適応 いか、と尋ねた。 4 され、たとえこの種のギャン・フルを禁じている国でも有効であるこ 「なぜ付き添ってもらわなきゃいけないんだ」ファイファーよ、 とを、責任者は説明した。 かえしたが、二人のあいだに性的な緊張が高まっているのは明らか そのあと、練習をしてゲ〕ムのやり方に慣れてもらおうと、二人だった。 を早目に別室に案内すべく、例の毛むくじゃらの少年が亡霊のよう「偶然の要素が大きいゲームは得意なんです。思考を上手に導いて に現われた。 さしあげますよーーサイコンダクターなしでね」少年はジョーンを 少年の男根は少し勃起しかけていた。ファイファーは怖れのよう見て、にんまり笑った。 なものを感した。母親が死んで、葬儀で義務的に死骸と大脳連結を「早くフードをかぶせるんだ。もうわれわれにはかまわないでく させられたときの記憶が不意によみがえった。末期の母の、けがられ」 わしい思考を思い出して、ファイファーは肌が総毛立つのを覚えた「ゲームが終ったら、戻ってきましようか」 「勝手にしろ」ファイファーはぶつきら棒に答えた。その不機嫌な 様子を見ながら、ジョーンは思った。あたしは、とりあえず、この 毛むくじゃらの少年は、ジョーンとファイファーをゲーム室に案子に勝ったんだわ。一言もしゃべらないうちに。 内した。油を塗った木材の匂いや、香料、天然タ。ハコ、香水の匂い 少年はファイファーにフードをかぶせ、必要もないのに機械の具 がたれこめている。ゲーム台のフェルト布や、カード、 ふかふかの合を直してから、渋々去っていった。 天然絨緞、コンビューター ・コンソール、フードを除けば、あらゆ「こんなつもりじゃなかったんだが」不安な声でファイファーはっ るところに貴重な木材が使われていた。オーク、エルム、杉、チー ぶやいた。 ク、ウォールナット、マホガニー、赤杉、黒檀。スライド式の仕切「だったら、いつでもやめられるのよ。最初の接続は練習がわりだ り壁で半分に区切られた細長い楕円型のゲーム台や、二つ並んだ背しーー」 もたれの高い椅子ーー凝った造りだが、すわり心地は悪そうだ 「ゲームをやめたいんじゃない。おれがいっているのは、サイ連結 のことだ」 は、サテンウッドで出来ている。それぞれの椅子の前の、テープル の上には、サイコンダクターのフードがあった。そのフードには、 ジョーンはロをつぐんだ。もうたくさんだわ。あのファイファー 軽そうな銀色の仮面がついている。 の毛むくじゃらのペットが色目をつかったとき、あてつけがましく 「この仮面は、ポーカー ・フェイスと呼ばれています」ジョーンに顔をそむけてやればよかった : フードをかぶせながら、少年はファイファーに話しかけた。そのあ「つい話に乗ってしまったのは、どうかしてたんだ」 と、サイコンダクターの仕組を説明してから、付き添いの必要はな「あたし、帰るわよ。あなたにいわれたから、仕方なくついてきた

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た。四にしかならない。もう一枚引かなければ。彼は、自分の思考 たのに。 4 6 グレースのほうは、自分でも他人でも、どんどん利用してはばかをジョーンから引き離した。ジョーンは、今、彼を包み隠そうとし らない売春婦だった。大いなる宗教的な情熱に燃え、ある団体に入ている。彼女なら、ゲイ = とその淫売に襲いかかり、丸裸にして、 ろうとしたものの、サイコンダクターを使ったギャンブルに憑かれ手札をあばくことができるだろう。ゲイエの心臓は、単なる臓器で はない。少なくとも、今のファイファーには、別の意味を持ってい て排斥された女。だが、ファイファーが覗けたのはそれくらいだっ ゑそれは人生のすべて、人生そのものなのだ。相手からそれを奪 た。この冷たい女には、ほかの誰よりも強いカのたくわえがある。 最後のゲームは、まるで心理的な外科手術だった。メスで切り裂うのは、つかのまにせよ人生を征服することだった。ひいては、人 き、棍棒で叩きつぶす。一回目はファイファーが勝った。喜びがこ生を肯定することにも通じる。生きることに通じる。不意に彼は、 父親のことを考えた。 み上げる。臓器はたくさんあるのだから、もっともっと楽しみたい 「よろいをおろして」ジョーンがいった。「血が流れているわ」彼 気分だった。 次はファイファーが負けた。ゲイ = に丸裸にされたジ ' , ・ンが、女は、ファイファーの心に深入りしようとはしなかった。そんなこ 知らないうちにファイファーの手札を明かしてしまったのだ。ゲイとをすれば、彼の無防備な姿が危険にさらされるたけだ。 工は彼女を押し開き、秩序と能率の支配する層を突き破って、怒り「手を貸してくれ」ファイファーはいった。ゲームに勝っかどうか : 心臓を取られるかどうかが、この一番で決まる。 と、情欲と、抑えきれない大海のような憐れみを白日のもとにさらが : ふたたびジョーンは外套になり、大気になって、白想の冷たい糸 した。その様々な感情の群は、ぬるぬるした極彩色の蛇のように、 を彼の思考に織り込んだ。 彼女の体に巻きっき、のたうちまわった。 これが愛というものなんだわ、と彼女は思った。 ファイファーは、ほかのことに気を取られ、彼女を守れなかっ ゲイエのカードが読めなかったので、ファイファーは苛立ちなが 抑圧を解かれたジョーンの最初の感情は、ファイファーへの復讐ら、ジョ】ンにカ添えを頼んだ。ゲイエは沈着そのものだった。グ といっても、単にゲイエを覆い隠し 冫 ~ ノ力ない。 ナ彼よむをレースのカ・ハ 心、彼の心をすべて覗き見たいという欲望だった。・こが、 / ー ~ 開き、氷のように冷たく、神経を麻痺させる白想の中に彼女を埋ているだけで、極端な力を使っている様子はなかった。 ジョーンは心を空白にして、無我の境地に入った。が、思考は集 め、言葉には出さずに詫びた。柔かく丸味を帯び、愛にも等しい気 持をこめて送ったそのなぐさめの思念を、彼女は信じなかった。だ中され、冷たい氷の針になっている。それを使って相手方の思考を 刺し、さぐりを入れた。鉄のように固く、水のように流動的な、点 が、彼を攻撃することもできなかった。今はただ受け入れるだけな のだ。 と線の無常の世界を泳ぐようなものだった。ゲイ工とグレースの思 ディーラーはファイファーにダイヤの三とクラ・フのエースを配っ考は、螢光スクリーンの光点に似ていた。 こ 0

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れていました。 〈クアンタム・サイエンス・フィクショ ウッドの編集で刊行します。。フレイボー この著名作家を顧問編集者に招いて良質 ン〉の編集にも携わります。〈ポール・セ イ・。フレス社でもセックスとアクションを 中心とするの刊行をスタートしましレクション〉の中にはジョアンナ・ラスののを。フロモートするという考え方を継 ーメール・マン』やゴードン・ディ承して生まれたのが、去年と今年の界 た。もっとも、この極端な大衆化路線は失『フィ の話題の中心となっている二つの出版社の クスンの『タイム・ストーム』があり、 敗におわっています。 〈エリスン・ディスカヴァリーズ〉の中に路線です。ひとつは、エース・・フック また、六〇年代後半に当時エース・・フッ エース・スペシャ はブルース・スターリングのデビュー長篇ス社による〈ニュ クス社の編集者だったテリイ・カー ー。八四年春よ ル〉で、編集はテリイ・カ は、新しい作家を中心に質の高いをが、〈アナログ・ブックス〉にはオースン ロビンスン『ワイ ・スコッ・カードのデビュー長篇がおさり、キム・スタンリー・ 〈エース・スペシャル〉と名づけて刊行 ルド・ショア』 ( ハヤカワ文庫近刊。 し、大きな成功をおさめました。こ ローカス賞受賞 ) 、ウィリアム・ギ・フスン れにならってンタム・ブックス社 , 『ニューロマンサー』 ( ハヤカワ文庫 では、ギャラクシイ誌やイフ誌の編冪気 ゴ ネビュラ、デ . ィック「 ) 町「刊。ヒュ 集者たった作家のフレデリック・ポ 1 ー Green カ念賞受賞 ) 、ルーシャス・シェ。ハ ールを編集者として招き、〈フレデ EY 「 es ( キャン・ヘル賞受賞 ) 、カーター 。リック・ポール・セレクション〉と イ コート = き、 ses ) ヨルツ & グレン・ ックを刊 いう良質のペー / ワード・ウォルドロツ。フ Them 30 es 行しました。ビラミッド・ブックス マイクル・スウオニック ln 、 e し r 、と 社でも、異色のアンソロジー『危険 いうラインナツ。フで隔月刊行され、カ 1 に なヴィジョン』の編者ハーラン・エ ひさびさのヒューゴー賞 ( 編集者部門 ) を リスンの編集による新人書きおろし ーラン・エリスン・ディスカめられています。〈クアンタム〉の中もたらしたことは、すでに本誌の他の欄で にはジョン . ヴァ ーリイの『へびつかい座も報しられているとおりです。すべて新人 アリーズ〉を刊行しました。エース・・フ によるデビュー長篇 ( 例外は、過去に共著 ックスでもカーが去ったあと、アナログ誌ホットライン』やグレゴリイ・べンフォ 1 トの『夜の大海の中で』などがおさめられのあるウォルドロツ。フ ) で、八〇年代 の編集者べン・ポーヴァの編集する〈アナ ログ・・フックス〉を刊行します。その後、ています。また、デル社のにはヴォンの方向づけをしたといえるようなセレクシ ョンでした。かねてから年刊傑作選とオリ ダ・マッキンタイアの『夢の蛇』や、スパ ポーヴァはアイザック・アジモフととも ー・シリーズ〈ユニヴ ・ロビンスンの『スターダンス』なジナル・アンソロジ ー・ハック出版社デル・ブックスイダー ア 1 ス〉の編集をしてきたカーの個性が発 ードカヴァー出版社ダイアル・ ど、〈デル・サイエンス・フィクション・ が傘下のハ 0 。フレスと組んで刊行した良質の叢書スペシャル〉と銘うたれたものもおさめら揮され、現在のアメリカ界におけるオ 2 ド 幻 9

10. SFマガジン 1985年12月号

REPORT 作 om THE WORLD ・ハットを見るために居残っていた ) 。 ハ 1 ト、アン・マキャフリイ、ボブ・シザ その日の大会プログラムが終わったから ョウ、・ジャック・チョーカー、一アイヴィッ といって、暖かいべッドにもぐりこめるこ ーディ / グ、 ド・・フリン、そしてリ 1 ・ ーティが ジョージ・ターナ】、ラッセル・ブラックフとにはならない。夜はルーム・ オード、ダミアン・プロデリックという比あるのだ。ここでは、だれもが心からくっ 較的名の通「たオーストラリアの作家軍団ろいで、何の恐れもなくすんなりと友達に つの名も名簿に見えた ~ パネルは (-nv-k のあら でゆる局面に及んだ。読書、創作、売りこ 一み、そしての出版、アート ロ史、映画、音楽。あと、ファンタジイとホ ラーのパネルもあった。ファンダム界やフ アンジン出版の。ハネルでは、サプカルチャ ・ウ ー・トレックやスタ 1 としてのスタ オーズやファンタジイ・ゲームのファ ンダムが活躍していた。 フィルム・。フログラムは、『デューン』 『 2010 年』『 2001 年宇宙の旅』『禁 断の惑星』『マッドマックス 2 』『トワイ ー・トレック 3 』 ライト・ゾ 1 ン』『スタ ・ウォーズ、Ⅱ、Ⅲ』などの傑 『スター 作が目白押しになっているほか、公開され 、、・ンヨージ・ルーカス学生 レることの少なし ス時代の作品「 THX1138 」「。ハンビと マ なれる。毎夜、五つか六つ、なかば公けの ゴジラの出会い」なんかもラインナップに 1 ティが行なわれる あ「ていた。映画は一日中上映されてい参加すべきルーム・パ て、普通午前三時頃には終わるのだが、スが、これは主に、近い将来自分たちの街で ーレドコンを開催しようとするグルー。フ ター・ウォーズ三部作は午前八時ぐらいまワノ 7 でかかっても終わらなかった。 ( わたしが、キャンペーンのために催すものなので円 ある。酒をどんどんふるまって、投票を集 は、ルークたちにやつつけられるジャパ サインをするアン・マキャフリイ