グレース - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年12月号
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1. SFマガジン 1985年12月号

愛の名のとに、グレースは彼を憎みきっている。 るあまり、今やグレースは異常なまでの。ハワーを発揮している。自 そう、彼は、はるか昔、クローゼットでグレースを強姦した男と分とゲイ = の秘密を直視するくらいなら、みんなを殺してしまおう そっくりなのだ。その男の顔は、彼女の記憶から消えている。きれとしているのだ。ジョーンはそれをはっきり悟った。 怒りに燃え、グレースはファイファ ] に襲いかかった。殺意のか いさつばり拭い取られていた。だが、最初にゲイ工と会ったとき、 彼女は衝撃を受けた。強く魅かれたが、同時に反撥もした。その男たまりになっている。ジョーンをつれてきたことがいけないという を愛したのだ。 のだ。ジョーンは押しつぶされるような苦痛を感じた。グレースの 心の泥に生き埋めにされているようだった。早くその思考から離れ ジョーンを通じて、ファイファーはゲイエの手札を見た。二の力なければ。さもないと、自分の思考がそれに絡みあい、同化してし まう。 ートが一枚と、クラ・フの六。コールしてもよかったが、二のほうが まだ少しはっきりしなかった。ハ ートのように見えるが、ダイヤか ジョーンは、血に飢えたグレースの欲望 : : : ファイファーへの殺 もしれない。もし間違えたら、このゲームを取られ、心臓まで取ら意を、ひしひしと感じた。 れてしまう。 グレースは思念でファイファーを捕え、黒く細い糸でがんじがら 「よく見えないんだ」援助を期待して、ファイファ 1 はジョーンにめにした。白想を使おうがどうしようが、もう逃れられなかった。 っこ 0 . しュ / 蜘蛛のように暗黒の糸で獲物をつつんだグレースは、相手の心理 だが、ジョーンは窮地に立たされていた。グレースに発見された的な弱点をさがした。何でもいい、とにかく傷を見つけるのだ。そ のだ。しかも、グレースの力は、予想以上に強力だった。ジョーン う、脳の中に、破裂しそうな血管でもあれば : は、グレースの中に閉じ込められ、自分が見つけた事実を相手に突 きつけようとした。が、グレースはそれを正視できず、否定した。 ジョーンは、激痛から、自分を押しつぶそうとしているコンクリ そして、噛みついてきた。 ートの重みから逃れようとした。思考にも質量があるのだろうか。 その瞬間、ジョーンは、自分がグレースと同化したのを感じた。皮肉なことに、彼女はそう思った。まもなく死のうとしている人間 二つの魂と二つの自我が白熱を発して一つになり、グレースの痛みが、そんな馬鹿なことを考えるなんて。そのとき、昔、父親から聞 と、胸苦しい記憶の重圧が彼女にのしかかった。だが、グレースとかされた話が、ふと記憶によみがえった。ユダヤ教の律法博士が死 ミニャン 完全に融合する前に、ジョーンは身を引き離した。これは生きるか にかけている。まわりでは、礼拝者が集まって祈りをささげてい 死ぬかの闘いなのだ。彼女は悲鳴を上げ、ゲームマスターに中止を た。律法博士は、その連中を腹立たしく思った。というのも、博士 求めた。が、グレースはただちにゲームマスターの心に入り、彼まは、外で人のをしている洗濯女たちの話を聞きたかったからだ。 でも手中におさめた。ジョーンの絶叫はとどかなかった。必死になずっとあとになって、父は、あれはユダヤ教の話ではなく、仏教の

2. SFマガジン 1985年12月号

イエはただちに生命維持ュニットにつながれ、心肺機能回復法の蘇 話だったと告白した。 ジョーンは、その記憶にしがみついた。告白のあと、父は笑いこ生術を受けた。 だが、ゲイエは死んだ : ろげた。そんなことを考えていると、痛みは徐々に柔らいでいっ むづかしい法的な問題はあったが、結局、ゲームに勝ったのは生 ・こっこ。グレースにも勝ち、彼は臓器を手に き残ったラアイファーナナ : ・思考にも質量があるのだろうか。 ジョーンは、思考のカで自分を解放しようとした。思考と感情と入れた。ゲイエのすべての臓器を。 苦痛が純粋な数学の問題であるかのように、正しいアングルさえ見 つかれば、グレースの手から逃れられると思った。 リの街から二人を引き離す 物欲にまみれた快楽と危険は去り、 それは一瞬のうちにうまくいった。 移送ポッドの中で、透明な壁の向こうをながめながら、ファイファ だが、自分の命だけでなく、ファイファーの命まで救うために ーはジョーンに対して、新しい微妙な感情が生まれたのを感じた。 は、今すぐ何か手を打たなければならない。ジョ 1 ンは、グレース 改めて結ばれた親しさと感謝の絆 : : : そして、愛。 に過去を見せ、彼女がゲイ工と結婚した本当の理由を絵解きした。 しかし、ジョーンの中には、いまだにグレースの思考がこだまし それは、ゲイエが、子供の頃、彼女を犯した男と同じ顔をしていたていた。あたかも、心の一部がグレースと融合して、もう取り返し からだ。 がっかないかのように。ジョーンのほうも、ファイファーに対して これを見て、ゲイエは悲鳴を上げた。彼は、心の底からグレース新たな感情を抱いていた。おそらくそれは、彼女の愛の、新しく進 を憎んでいた。だが、それは、グレ 1 スが自分自身を憎む気持と比化したかたちなのだ。 べたら、ものの数にも入らない。彼はグレースを止めようとした。 : だが、ジョーンは、あんなことがあっ 二人は愛しあっていた : が、その力はあまりにも弱かった。彼もまた捕われていたのだ。 たばかりだというのに、早くも賭博への衝動に駆られていたのだっ 追いつめられたのか、まるで強姦犯に襲われたクローゼットにま た戻ったように、グレースはゲイエにつかみかかった。だが、今の 彼女には武器がある。グレースは死を念じながら、絶叫の中に彼を 閉じ込めた。ゲイエの血圧は、はらわたを締め上げられたように上 昇した。脳内血管の弱いところをグレースに見つけられたのだ。や がて、それは、ぶつりと切れた。 その攻撃でグレースの力が弱くなったすきに、ゲームマスターは ほんの二、三秒で正常な意識を取り戻し、全員の接続を切った。ゲ こ 0 こ 0 7

3. SFマガジン 1985年12月号

ゲイ工とその妻が、思考も含めて、丸ごと彼を呑み込もうとして 次の勝負にも勝ち、ファイファーは二番目のゲームをものにし た。これで一対一だ。今度のゲームで決着がつく。ファイファーに 救いに来たのはジョーンだった。ジョーンに引き戻され、彼はふ たたび、一面、真っ白な雪に覆われた球体に変った。ジョーンの冷は、必ずゲイエの心臓を取れるはずだという、冷静沈着な確信があ たい子宮に包まれたようなもので、もう安全だ。 った。だが、内臓のやりとり以上に、相手を丸裸にして、破減させ 「ら、あれを見て」その直後、ジョーンがいった。天の啓示のよたい執念のほうが今は大きかった。その執念は、すがすがしい河の うに、ツアイファーはゲイニのカードを見て取った。おい・ほれた妻ように、光を放ちながらほとばしっていた。 のイメージと一緒に、ゲイエの目の中に埋れた二枚のカード。 いっそう完璧で充足した現実感あふれ その彼のまわりの世界も変り、 るものになった。ギャン・フラーなら誰でもこんな勝負を夢に見るだ 瞬間、ファイファーはゲイエの中を覗き込み、思わず我を忘れた。 妻の名前はグレースだ。その肉体は、無数の外科手術と無数の身体ろう。勝てば極楽、負ければ地獄だが、それだからこそゲームに没 毀損ゲームで朽ち果てようとしている。彼女は『嘆きの天使』 ( そ入できるのだ。ジョーンでさえ夢中になっていた。毟り取ろう テー・フルの向こうの夫婦を一寸刻みにして、・フライ・ハシーを奪い 、大昔の映画だが、おれは見ている ) であり、ゲイエは道化だっ その屈辱を思うさまもてあそんでやろう。そんな気持が彼女にもあ った。あの二人はファイファーの敵だ : : : 彼の敵は、あたしの敵。 ートのエースとダイヤの五を持っている。 その直化よ、、 今や誰もが本性をさらけ出していた。戦いに倦み、心も体も疲れ ファイファーは、運がまわってきたのを感じた。ギャイフラーに はおなじみのこの高揚感。カードと慈悲深く一体化しているような果てていたが、このゲームに、凝縮されたこの完璧な時間に、四人 は没頭した。ファイファーは、ゲイエの顔を見ることができた。ゲイ 気分。怒りも、恐価も、憎しみもなく、勝利の感情だけがあった。 ゲイエが次のカードを引いて、運よく三でも出れば、九をつくられ工自身の思い描く顔と、グレースの見た顔の二つを。大きな鼻、浅 てしまうところだったが、ファイファーは相手の持札をコールして黒い肌、狭い額、大きな耳、だが、カのみなぎる顔で、野獣のよう に狂暴な美しさを持っているともいえるーーー少なくとも、グレース それを封じた。 その勝負に勝ち、ファイファーはジ「ーンに感謝した。イメージはそう思「ていた。ゲイ = 自身は、自分の姿に弱さを見て、頬の肉 の蓄えは貧困だったが、愛情を思念であらわした。ジョーンは、今のたるみを自覚している。 や彼のリズムと ( ーモ = ーの一部、いつもそばにいる伴侶にな「て株で大儲けしたにもかかわらず、ゲイ = は敗残者だ「た。数学者 、た。ジョーンは、みずみずしい緑の生い繁る彼の世界を優雅に歩をめざしていたのに、怠惰が高じて、二十五のときにやる気を失っ てしまったのだ。 く勝ち誇った猫の一群を夢見た。 素晴しい数学者になれたはずなのに。自分でもそれがわかってい その猫は発情し、やがて共喰いを始めた。 る 3

4. SFマガジン 1985年12月号

た。四にしかならない。もう一枚引かなければ。彼は、自分の思考 たのに。 4 6 グレースのほうは、自分でも他人でも、どんどん利用してはばかをジョーンから引き離した。ジョーンは、今、彼を包み隠そうとし らない売春婦だった。大いなる宗教的な情熱に燃え、ある団体に入ている。彼女なら、ゲイ = とその淫売に襲いかかり、丸裸にして、 ろうとしたものの、サイコンダクターを使ったギャンブルに憑かれ手札をあばくことができるだろう。ゲイエの心臓は、単なる臓器で はない。少なくとも、今のファイファーには、別の意味を持ってい て排斥された女。だが、ファイファーが覗けたのはそれくらいだっ ゑそれは人生のすべて、人生そのものなのだ。相手からそれを奪 た。この冷たい女には、ほかの誰よりも強いカのたくわえがある。 最後のゲームは、まるで心理的な外科手術だった。メスで切り裂うのは、つかのまにせよ人生を征服することだった。ひいては、人 き、棍棒で叩きつぶす。一回目はファイファーが勝った。喜びがこ生を肯定することにも通じる。生きることに通じる。不意に彼は、 父親のことを考えた。 み上げる。臓器はたくさんあるのだから、もっともっと楽しみたい 「よろいをおろして」ジョーンがいった。「血が流れているわ」彼 気分だった。 次はファイファーが負けた。ゲイ = に丸裸にされたジ ' , ・ンが、女は、ファイファーの心に深入りしようとはしなかった。そんなこ 知らないうちにファイファーの手札を明かしてしまったのだ。ゲイとをすれば、彼の無防備な姿が危険にさらされるたけだ。 工は彼女を押し開き、秩序と能率の支配する層を突き破って、怒り「手を貸してくれ」ファイファーはいった。ゲームに勝っかどうか : 心臓を取られるかどうかが、この一番で決まる。 と、情欲と、抑えきれない大海のような憐れみを白日のもとにさらが : ふたたびジョーンは外套になり、大気になって、白想の冷たい糸 した。その様々な感情の群は、ぬるぬるした極彩色の蛇のように、 を彼の思考に織り込んだ。 彼女の体に巻きっき、のたうちまわった。 これが愛というものなんだわ、と彼女は思った。 ファイファーは、ほかのことに気を取られ、彼女を守れなかっ ゲイエのカードが読めなかったので、ファイファーは苛立ちなが 抑圧を解かれたジョーンの最初の感情は、ファイファーへの復讐ら、ジョ】ンにカ添えを頼んだ。ゲイエは沈着そのものだった。グ といっても、単にゲイエを覆い隠し 冫 ~ ノ力ない。 ナ彼よむをレースのカ・ハ 心、彼の心をすべて覗き見たいという欲望だった。・こが、 / ー ~ 開き、氷のように冷たく、神経を麻痺させる白想の中に彼女を埋ているだけで、極端な力を使っている様子はなかった。 ジョーンは心を空白にして、無我の境地に入った。が、思考は集 め、言葉には出さずに詫びた。柔かく丸味を帯び、愛にも等しい気 持をこめて送ったそのなぐさめの思念を、彼女は信じなかった。だ中され、冷たい氷の針になっている。それを使って相手方の思考を 刺し、さぐりを入れた。鉄のように固く、水のように流動的な、点 が、彼を攻撃することもできなかった。今はただ受け入れるだけな のだ。 と線の無常の世界を泳ぐようなものだった。ゲイ工とグレースの思 ディーラーはファイファーにダイヤの三とクラ・フのエースを配っ考は、螢光スクリーンの光点に似ていた。 こ 0