声 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年12月号
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1. SFマガジン 1985年12月号

「行けー くは、ヴァラキアは正しい法治国家だと思っています。姉をかえし 少しの間、室の中は、しいんとなった。 て、父にわびて下さい」 イシ = トヴァーンはカーテンのかげで、いくぶんやきもきしなが「これは、これは、とうてい、十二とは思えない」 ら、どうしたものかと考えていた。どうせ、サムの名をきいたとき カンドス伯の声には、かなりおどろいたひびきがあったが、そこ から、ヨナがっかまったのだろうとは思っていたが、いくぶん、こ にはまだ、面白がっているような調子の方がつよかった。 っ のなりゆきは、思いがけなかった。カメロンのことが、ひっかか 「こんなかわいい女の子のような顔をして、ずいぶんと難しいこと てきたのが、意外である。 をいう。 よかったら、わしのところで、家庭教師をつけてあげ ( へえつ、あいつ、けっこう偉えんだな。ウミネコ亭でのんだくれようではないか。おまえはずいぶん、頭がよさそうだ。きっと、ち てるときにや、そうも見えねえけどな ) ゃんと勉強すればひとかどのものになるだろう」 イシ、トヴァーンはいつものくせで、ひとりごとを云いかけて、 「お断りします」 あわてて声をのみこんだ。 一瞬の遅滞もない、きつばりとした声だった。 そのとき、ききおぼえのある、幼いが澄んで凛とした少年の声が 「父や姉をあんな目にあわせた人から、援助をうける気はありませ きこえたのだ。 ん。それに、あなたは、公弟オリ ー・トレヴァン殿下にとりいり、 「姉さんを、返して下さい」 下ヴァラキアの利権をむさぼる佞臣だと、もつばらの評判です。私 ( ョナ公だ ) は、心の正しくない人から恩をうけたくありません」 とイシュトヴァーン。 笑い声がした。 「何のことだ ? 」 「何故、わらうのです」 「おかくしにならないで下さい。ぼくにはわかっています。伯爵むっとした、ヨナの声。 は、ぼくたちの母に恋しておられて、それで、姉を、いかさまばく が、それはすぐに小さな驚愕の悲鳴にかわった。 「何をするんですかーー」 ちのかたにとったのでしよう。姉も、ぼくも、あなたに何もわるい ことはしていないと思います。姉を、かえして下さい」 「まったく、姉弟そろって頭のおかしな血筋らしい」 「ほほう。これは、はっきりしている。いくつだね ? 」 「やめて下さい。・ほくはそういう , ーー」 「十二歳です。父は、あなたとあの海坊主のおじさんのおかげで、 「いいから大人しくしろ。子供のくせに、つまらぬことを考えなく これからさき、ずっとねたきりだろうとお医者がいっています。どてもいい」 うして、何もわるいことをしていないぼくたちに、こんなひどいこ 「いやです。はなして とをするんですか。どうして、こんなことが許されるのですか。ぼ あとは、泣き声、どたん、ばたんという音になった。 232

2. SFマガジン 1985年12月号

ここは ある種の精神的拷問を加えるための場所ではないのか だとしたら その時である。 微かな吐息に似た音が、二人の背後から聞こえてきた。 二人は、びくっとして振り向いた。 そこに、男が立っていた。 二人、いる。 どこから現われたのか いつの間に 二人の男が、壁を背に立っていた。 純白の軍服に、彼等は身を包んでいた。 階級章はついていない。 いやーーーそのスタイルで軍服だとは見当がつくものの、その服に は、一切、何もついてはいなかった。 たた、ひたすらーーー・白い服だった。 そして それをまとっている男たち二人もーーまた、白かった。 四管が透けて見えそうな白い肌 それだけではないーー頭髪までが、二人は純白たった。 顔形から、それほどの年齢とは思えない。 リョン・オイゲルなどよりは、遙かに若いだろう。 しかし、その頭髪には、一切の色素が感じられなかった。 そして そして それだけではなかった。 その二人の男は 「リョン・オイゲル教授ーー・」 「リョン・オイゲル教授ーーー」 同時に 二人が声を発した。 「いや、元教授と呼ぶべきでしたな , ーー」 ほとんど聞き分けることのできぬ同質の声である。 二人のロが動き、そして、全く同じ言葉が聞こえてくる いや、あなた方を、ここへ 「太陽系一の鏡面学者であるあなた お迎えできて、光栄に存じますー・ー」 「誰だーーー リョン・オイゲルもまた、同時に、悲鳴に近い声を張り上げてい こ 0 「おまえは、誰だ 「おまえは、誰なんだ 「自己紹介させてもらいましようーー」 リョン・オイゲルよりも、さらに見分け難い、完璧な相似存在で ・、、、こ答えた。 ある二人力し冫 ホワイト・キング 「わたしは、白王軍統合司令部参謀長タルカン・コビラと申す 言って二人は顔を見合わせた。 そして、今度は、片方ずつが声を発した。 「しかし、名前がひとつでは不便なのでーーー」 「わたしのことは、ダム 「わたしのことは、ディ 8 4

3. SFマガジン 1985年12月号

「ごく自然な成り行きだった」 「我々は、幼く、好奇心に満ちーー」 「そして、まだ、そのことの不思議に気付ける年齢ではなかった」 「我々は、まだーーー」 「何ひとつどして、この世に不可能があることを知らなかった」 「我々は、疑いや怖れを、ひとっとしてーー」 「ーー知らなかった」 冫し力なる抵抗も示さなかった」 「そんな我々に対し、鏡壁よ、、、 「鏡面は、我々の心同様の自然さで、我々の通行を容認した」 「だからーー」 「我々にとってはーーー」 「どちらの世界もが、同じ意味を持っ世界だった : : : 」 「どちらの世界もがーーー」 「鏡面にその姿を映す世界でありーー」 「また、鏡面に映じた世界でもあったのだ」 「つまりーーー」 「我々は、実像と虚像の区別を知らぬ世界で育ってきたー 「即ちーー」 「我々は、生まれながらにして、現実というものから拒絶されー 「実存によって疎外されて育ってきたのだーー」 「いったい 二号が、たまらず、声を発した。 「おまえたちは、何者なんだ 一号が、悲鳴のように叫んだ。 「わたしはーーー」 「わたしは。ーー」 二人は、また声を合わせた。 「白の王国の第一王子タルカン・コビラ 「白の王国の第一王子タルカン・コビラ 「なんだと 「なんだと その時ーー いきなり、部屋全体の照明が落ちた。 一瞬でーー完全な闇が、二人であるべき四人を包み込んだ。 リョン・オイゲルの網膜上で、残像の化物が踊り狂った。 上下の感覚が、瞬間に消減した。 そして、すさまじい墜落感が脳髄を麻痺させた。 オイゲルの身体が、とめどなく、前後左右に揺らいだ。 テーブルに激突した。 そして・ーーっいに 闇の中に火花が散った。 声が聞こえた。 ふたつの声が、同時に叫んでいた。 「来たそ。ーー 「来たそーーー ダムとディーだった 「反在士だーーー 「彼がー、ーここへーーーやってきたんだ 、刀 その時 激突の衝撃で、そのまま床に転倒したリョン・オイゲルは、そこ で頭を床に強く打ちつけ、あっさりと、その意識を喪失していた。

4. SFマガジン 1985年12月号

イシ、トヴァーンは、手足をばたっかせている傭兵の上に、ちょ 傭兵は、いやな、さげすんだ目つきでふたりの少年をじろじろと うどそこにあった、木のペンチをひっくりかえした。わっというわ 見ながら、また少し、近づいてきた。 「どこか、妙だな。ふつう、そうしたものを呼ばれるときは、しかめき声をうしろにきいて、イシ = トヴァーンも、矢のように、三段 るべき方々ならちゃんとかごなり、輿なりをおさしむけになる。おとびに石段をかけおりた。 もはや、矢は弓づるから切ってはなたれたのだ。 まえのようなものが、お邸に出入するところを、大びらに見られて うしろで、傭兵のわめき声をききながら、ふりかえるいとまもな は、不名誉になるからな。ふむ、どうも、あやしいやつらだ。よ し、そこの詰所へ来い。そこで、かかえ主、やとい主、身元、をきく、す「とんでかけおりた。イシ = トヴァーンの方が足が早い。す ぐ、ヨナに追いついた。 こう。さほど時間はとらせん。ついて来い」 「走れ、走れ、ちび、死ぬ気で走れ。サリア通りをこえるまでかけ 「でもーー」 とおすんだ。そのあとは、何とかなる ! 」 いっとるのがきこえんか ? 」 「どうした。ついて来いと、 「は、はいっ ! 」 ( ど、どうしましよう、イシュト ) もう、うしろでは、仲間の傭兵がとび出してきたらしい。何人か ぎゅっと、ヨナの手がかれの手をにぎりしめてくる。 イシ = トヴァーンは、腹をくくった。もう、ヘタにどうあがいてのわめき声、」 「待て」 も、よけい、まずいことになりそうなのは、見えていた。すでに、 「怪しいやっ」 あやしまれているのだ。 「止まれ、止まらんと、ーー「」 ( ョナ公、死んでもおれからはなれるなよ ) 「くせものだ」 イシ = トヴァーンはささやいた。そして、いきなり、体ごと傭兵 口々に叫ぶ声がきこえている。 にぶつかっていった。 それにまるで追い立てられるように、二人は走った。 傭兵はふいをつかれた。二人とも、どうせ、まだ子どもだ、とい うしろから、激しいがちゃがちゃいうよろいの音、くっ音が追っ う油断もあった。重いよろいかぶとごと、かれは石畳にひっくりか えり、がしゃーんとものすごい音を、しずまりかえったひるさがりてくる。 もう、体がいたいの、疲れたのとさえ云っていられなかった。こ の中にひびかせた。 こがまことの正念場であった。 「何を、す、ーー」 「走れ ! 走れ ! 走れ ! 走れ ! 走れ ! 」 「ヨナ公、走れ ! 」 9 とぶように四本の足が宙をかける。ョナが足をもつらせて、たた 二言とはいわせなかった。一 たツと何十段か、石段をころがりおちる。敏捷にはねおきて、かけ ョナはたちまち脱兎のごとくかけ出した。

5. SFマガジン 1985年12月号

ジョイ・スターリングの野郎め ! 交管局のジョイが、この男の すべてが。何倍にも増幅されて ″グレタが、オート。 ( イロットで急上昇を開始したのを意識する家で、″事情聴取″してみることをすすめたのだ。 間もなく、爆発的な音と光と匂いと味のイメージに圧倒されて、お「わかりました。しかし、わたしのポスが納得するかどうかーー」 「納得しなかったら、どうするね」 れたちは、ひきずりこまれるように気を失った おれは、にやりと笑ってみせた。 おれは、卓の上の灰皿を、ばんやりながめていた。耳には、まだ「ポスも、ここに連れて来ますよ。再上映はできるんでしよう ? 」 ガンガンするシンセルビートのリズムが残っている。目からは、や「できるさ。いつでもね。それで駄目なら、こいつが親機とリンク できる距離まで行って、もっと迫力のあるやつをーー」 っとオレンジ色の光の洪水が薄れて行くところだ。 そして、鼻と口には おれは身ぶるいした。 おれは、頭を振った。 「遠慮しておきましよう。あれだけ離れた宙域でも、騒音と悪臭の 「わかってもらえたかな ? 」 ″放送″に悩まされてるんですからね。″サポテン″の星に、調査 男の声が耳に入って、おれはびくりと身をふるわせた。 隊を送りこむことになるでしようが」 目を上げると、棚の上に置いた標本箱と、にやにや笑っている男「おれはまっぴらだね、行かないよ」 「わたしもごめんです」 の顔が見えた。 「間違っても、短気を起こして、惑星ごと破壊しようなどとしない 「あれが、″サポテン″ですかーーー」 自分の声が他人の声のようだった。 ことだな。核爆発を反復されたら、苦情じゃ済まないぞ」 「あの時、ああするしかなかったこと、おれたちに罪はないこと。 「″親機の上に、″祖父機″がないとも限りませんからね」 男は、″サポテン″の容器をポンとたたくと、立ち上がった。 あったとしても、その罪はもう、充分すぎるほどっぐなわれている こと。わかってもらうには、身をもって体験してもらうのが一番だ「さて、もう六時前だぜ。そろそろ勤務時間も終わったろう。どう と思ってね」 だい、一杯やって行かないか ? 」 おれは、もみ手をしながら、元気よくうなずいた。 おれは、無言でうなずき、握りしめていた両手をほどいた。男 「いいですね。あのうーー・フライド・ポテトはありますか ? 」 は、銀色に戻っている″サポテン〃を、箱ごと、何か特殊な容器の 中にしまいこんだ。 「実際は、この百倍もひどかったんだがね。こいつはほんの、モニ ターにすぎないんだから それでも、みんなわかってくれた よ。放送著作権審議会の連中も、交通管制局の奴らもね」 8

6. SFマガジン 1985年12月号

うものが冷たくなってきた感じなのだ。や タクシーは一晩中付け待ちをしている。 はりセ・フンイレ・フンの袋を持たずに歩くと 思えばしかし、あのころが深夜東京のい 夜の東京住宅街事情 いうのは、相当に勇気のいることなのであ ちばん自由な時期であったのかもしれな る。 。当時はインペーダーを主としたテレビ 僕は夜中の散歩が好きである。 ゲームの出はじめのころであり、雨後の筍逆に、その袋さえ持っていれば、まっと 以前はもつばら徒歩、それがミラハイク にかわり、車を手にいれてからは車でふらのようにゲームセンターが建ち始めたころうで健全な市民とみなされるのだろうか ? そう言えば、最近、僕の住む町では三揃い であった。それにあのコンビニエンススト りとでかけるようになった。 東京に出てきたばかりのころは、他にすアというやつもそろそろ目立ち始めたころを着た外人がセ・フンイレ・フンの袋を持って ることがなかったせいもあるが、この町のなのだった。あのころは、夜中に散歩をし夜の町を歩き回っているが、あれはおそら くソ連のスパイであろう。連中は情報をと 不眠不休ぶりがおもしろくてしかたがなかていても、別に人からみて「ちょっとへ りこむのは早いが、どうもアレンジの能力 ったのである。 ん」なことじゃあなかったのではないか と、こう思うのである。 に難があるようである。 駅前では飲み屋が朝方まで開いている。 それが、あのあとディスコで少女が殺さ地方でをお読みの方は、想像がで それをとりまくように深夜喫茶や立ちぐい れたり、新風営法が施行されたりして、だきぬかもしれぬが、確かに東京の夜という そば屋が明りを消さない。ゲームセンター のはかなり異常なところなのである。盛り んだん深夜出歩く人に対する世間の目とい では少年達が。ヒコ。ヒコと音をさせている。 場や駅前ももちろん異常だが、住宅街も十 お分に異常である。 で 僕のア。ハ 1 トは道に面しているのだが、 ひ ある晩僕が午前一一時ごろまで原稿を書いて 妻 いると、その道で声がするのだ。道だから 人が通るのはあたりまえで、そこで声がす 字るのもあたりまえなのだが、なかなかその オ題声の主が立ち去らない。そこでこ「そりカ ーテンをずらして覗いてみると、向いの家 ッ 力の門のところにふたつの人影がしやがみこ んでいる。 よくよく目を凝らすと、モヒカン頭の長 身の男二人が、なにやらよくわからぬ言葉 く仮題〉 SuperU 星 0

7. SFマガジン 1985年12月号

「名前に意味がなくてはいけませんの ? 」とアリスは怪 くりとしごきながら、面白そうに口元を歪めた。・ しんで聞きました。 「二人捕まえたつもりが、どうやら一人だけという勘定か。まあ、 「むろん、そうだ」とハン・フティ芟 タンプティはちょっその方が話は簡単だ。どの道、こいつはもう、改めて尋問するまで と笑って、「おれの名前はおれの形状を意味する , ーーなもない。犯人そのものが、すでに、立派な、逃れようのない証拠つ」 んとまた、申し分のない、品のいい形だろうが。おまえてわけだ」 のような名前だと、どんな形をしてたっていいことにな「犯人だと」 る」 「犯人だと」 ( 『鏡の国のアリス』より ) また、同時に声が上がった。 「わたしが、いったい、何をしたというのだ ! 」 「わたしが、しったし 、何をしたというのだ ! 」 「いいか、おまえたちーーー」 「名前は ? 」 大尉がうんざりしたように首を振り、それから指を突き出して、 「リョン・オイゲル」 リョン・オイゲルと名乗った二人の男を、一人一人、順に差し示し 「リョン・オイゲル」 ながら、言った。 「おまえを一号、おまえを二号とする。その番号で指示するから、 ひとつの問いに対し、ふたつの声が、揃って答えた。 取り調べ室の照明は暗かった。そして、天井が低かった。 二人同時の発言は控えるように。さもないと、どうにも、やかまし 粗末な机を前に、相似形の二人が、並んで腰を下ろしていた。 くてかなわん」 一方は、まだしも澄刺としている。が、もう一人は、かなり憔悴「やかましいとは、なんだ した様子だ。 「やかましいとは、なんだ しかし、それは、二人を目の前に置いて、じっくりと観察した場またもや、声が和した。 合にのみ見分けられる程度の差異でしかなかった。 「別に頼んでここへ連れてきてもらったわけではないそ。おまえら すでに、囚人服に着替えさせられている二人は、完璧な一卵性双が、わたしの研究所へ勝手に乱入して、わけの分からん理由で、わ 生児ーー・いや、鏡面を隔てた実像と虚像のようにして、そこに座っ やかまし たしたちをこんな場所へ拉致してきたんだろうが ていた。 いなら、すぐに、ここから出してくれ ! 」 「なるほど、なるほど・ーー・こ 一号が、さらに続けて、そう喚き散らした。 一号とは、まだ元気そうに見える方のリョン・オイゲルである。 大尉の肩章をつけた治安軍将校は、いかめしい顎髭を片手でゆっ 3 3

8. SFマガジン 1985年12月号

さきほどまで、満足しきった顔で舷窓を見下ろしていたが、 「ハエタタキにも、使えそうだな」 急に切迫した叫び声を上げて、おれとテンを振り向かせた。 「すごいぞ。こいつは、えらいものを見つけた」 「見ろよ」 おれは、床の・フランデーポトルを指差した。 おれたちは見た。一 「消えろ ! 」 接地点の北側、アフロ・コルディアンの社旗を立てた氷の小山が 何も起こらない。 動いている。巨大な獣が身ぶるいするように振動しているのだ。か 「 Q 、やってみてくれ」 すかな地鳴りの音が、舷窓から伝わってくる。 「消えろ」 「コンハータが、また、いかれたな」 ポトルは、床にころがったままだ。 「たぶん、それほどのパワーはないんだ、ほら」 テンが言うように、最初はおれも、旧式コンく ノータが地表にたた テン・チョウが、手を振ってサポテンを示した。サポテンは、ルきつける重力波偏差のせいかと思った。しかし、そうではなかっ ・ヒー色に輝いている。 こ。″グレタ″の、ヤマー型に、それほどのパワーはよ、。 ″グレタ〃の高度は、まだ十メートルにも達していない。 「ハ三をやつつけるのが、目いつばいなんだろう」 「どっちにしても、たいしたもんだ。、プランデーが消えなく「どうもこいつはーーー」 てよかったな。祝杯と行こうじゃないか」 が、何かためになる意見を吐きかけた時、小山の表面に、な 誰にも異論はなかった。こいつが金になるのは間違いない。どの だれがおこった。 大学の研究室でも、いや、どこの惑星政府でも、こいつのためな氷面に、こまかい地われがいくつも生じたと見るまに、小山は、 ら、いくらでも金を積むだろう。 全身をゆすって、雪と氷をふるい落とし始めた。頂上付近から、ド おれたちは、再び、鉱山をあてたのだ : ラム罐ほどの大きさの氷塊が、いくつもころげ落ちる。 ちょうど舷窓の高さにある赤い社旗は、しばらく抵抗していた 「行くぞ」 が、やがて、根本からひき倒されて、なだれの中にまきこまれた。 テン・チョウが、しわがれた声で注意をうながすと、主機の動力雲のような雪煙が吐き上がり、白いものが舷窓をおおい隠した。 をつないだ。八年前の型のコン・ハータが、ちょっとためらってか ″グレタ″は、のろのろと、地上二十メートルの高度に達した。 ら、質量の再配分を開始する。 「あ、ありゃあ」 、 / ータから、何と ″グレタ・ガルポ″は、彼女に可能なかぎりのなめらかさでーー・つ が、素頓狂な声を上げた。ガタの来たコイ、 か余分のパワーをしぼり出そうと奮闘していたテンも、正面の舷窓 まり、相当ぎくしやくと , ーー地表を離れ、上昇し始めた 1 を見おろしてうなり声を発する。 田 4

9. SFマガジン 1985年12月号

構えながら、 は激しくまばたいた。 「かあいそうだけど、おまえはもう十二だ。それにこんなにかしこ イシ = トヴァーンは身がまえた。しかし、ヨナは超人的な意志の 4 っ ~ いんだから、ごまかさずに、ほんとのことを、知った方がいいだろ力をふりしぼって、何とか、くいとめた。」 うと思うんだ。 ルキアは、カンドスにけがされて、首をくくっ ちまった。なにも、死ななくったってーーー生きてさえいりや、すぐ かすれ声をョナはやっとしぼり出したが、それから、何とかし に助けてやれたのにと、おれは思うけど ルキアは、よっぽど、 て、ふつうの声を出し直した。 悲しかったんだろう。ま、死んじまったものはもうかえっちや米ね「もう、 しいですーーーわかってましたから : : : 」 え。そのかたきの何分の一かにはなるよう、おらあ、カンドスのや「わかってたあ つをおどしあげて、しこたましぼりとってやって来たよ。こいつを「ええ。何となく、そんな気がしていたんです。 おめえに半分やるからよ。それで、お父つあんにも、ラクさしてやぶん、もう生きちゃいまい、って」 れるし、おめえもやりたいことができる。カンドスの、かたきの金「何だって : : : 」 だ、なんぞと思わずに、ルキアがくれた金たと思ってよ・ーーな、ほ 「少しーーー十タルザンだけ、そっとーーーそっとしていて下さい ら、だから、ヨナ公、いい子だからよ : : : 」 云うひまにも、ヨナの頭は、少しづっ下へさがってきていた。 イシュトヴァーンは、ふところから、皮袋をとり出した。 ョナは、身じろぎもしない。ろうそくの灯にうっし出される、ま「おー、ー、おらあちっと、あっちへいってるから : : : 」 だ幼さののこっている横顔は、まっげが長くて、少女のようにみえ 「いいんです。ここでーーただ、ほんの、十タルザンだけ : : : 」 る。 ョナは、ひざの上に両手をくみあわせ、その上に、ひくく頭をた ふいに、イシュ十ヴァーンよ、 れてつつ伏した。イシュトヴァーンは、どうにも、身のおきどころ ーいたたまれない気分になった。 「な、ヨナ公・ーーちび公よう。じゃ、な、な、これ、もうこの金、のない気分で、それを見守っていた。かれにわかるのは、まった く、この少年と自分とがあまりにも異っていること、それゆえ、自 半分じゃねえ、ぜーんぶやるよ。だからさ : : : おらあ、 おれは、また、いくらだってかせぐロはあるしーーーなあ、ほら、四分にはほんとうは、この少年もその一家も自死した姉も、まったく 千ランだぜ。すげえだろう。だから、なあ、ヨナ公、なんとかし 、つ理解できないのだという、甚だ当惑させられる、どう考えていいか てくれよ なあ、悲しいのはわかるけどよ : : : こんな理不尽な目わからぬ事実ばかりであった。 にあうのは、なにもおめえたち一家だけってもんでもなし、な ? ョナの口からごくひくいすすり泣きが、一回だけもれた。しか いい子だ。だからーー」 し、それきり、ヨナは細い肩をふるわせながらもう声をたてなかっ ョナの唇と、まっげがゆっくりと、それから激しくふるえ、ヨナた。 いいんだよ、 ルキアは、た

10. SFマガジン 1985年12月号

アニーとヴァーノンがむつみあっているのを見て、ダグラスはた本当は、アニーのために持ってきたものだ。九歳のハンサムな類人 じろいだ。 猿は、それをごくごくと飲みほした。〈ありがとう〉と身ぶりする オランウータン同士のセックスなら何度も見てきたが、きようは拍子に、手がポーチの端にふれ、あわてて長い指をひっこめた。 事情がちがう。アニーがそんなことをするのを見たのははじめて〈卵、焼けそう〉と、身ぶりで意味を伝えると、そこへ坐りもせず だ。ペカンの木蔭で汗をかいたアイスティーのグラスを握りしめた に、校舎の屋根と木立のあいだに張りわたされたローゾにとびつ まま、しばらく彼は呆然としていた。それから煉瓦造りの建物の角き、懸垂渡りでむこうへ行ってしまった。オランウータンの故郷の をあともどりした。心がさわいでいた。殫の声がいつもよりうるさ多雨林の、貧弱で乾き切った代用物のほうへ。 く、陽ざしがいつもより暑く、そして類人猿の歓びの声が聞きなれあいつは若すぎる。アニーの相手としてはまだ青臭い。ダグラス ぬものに感じられた。 はそう思った。 彼は正面玄関にもどって坐りこんだ。赤茶けた毛に覆われた巨大「アニー」声をかけた。「きみのお茶だ」 な二つの山、それがまるで一つの生き物のように動いているありさ アニーは寝がえりをうっと、片肘をついて彼を見つめた。かわい まが、まだまぶたの裏に焼きついていた。 かった。十五歳になるが、彼女のにこ毛はつやつやした銅色だし 二ひきのオラシウータンがもどってきたとき、ダグラスは、おっ肉厚な顔の中の黄色いつぶらな目は、豊かな感情と知性の光をたた にすました表情がヴァーノンの顔にうかがえるように思った。当然えている。彼女はダグラスの前で起きなおろうとしかけて、ふと道 ないか。おれだって、あいっとおなじ立場なら、あんな顔にな 路のほうをふりかえった。 るさ。 郵便配達車が、ハイウェイをこちらに向かってくる。 アニーは草深い前庭にパタリと寝ころんだ。足を組み、腹をつき 目にもとまらぬ動きで、アニーは郵便受けまでの一キロほどの道 だして、高く澄んだ空を見上げた。 を四つ足駆けになって走りだした。ヴァ、ーノンも木から跳びおり「」 ヴァーノンがダグラスのほうへ跳びはねてきた。赤みがかったチ 小さくうなりながらそのあとを追う。 ョコレート色の若いオランウータンである。その顔はまだほっそり 日なたに出るのは気がすすまなかったが、ダグラスはしかたなく していて、成熟したオランウータンに見られる下あごの肉の大きなグラスを置いて、猿たちのあとにつづいた。彼が追いついたとき、一 たるみがない。 アニーはすでに坐りこんで、仕分けした郵便物を足指のあいだには 「お行儀よく」とダグラスは注意した。 さみ、手には開封した手紙を持っていた。彼女の顔にはダグラスが 〈お茶ください〉ヴァーノンは肘のふさ毛を波うたせて、すばやく これまでに見たことのない表情があった。不安の表情かとも思った 身ぶりでサインを送った。〈のど、からから〉 が、そうでないことがわかった。 ダグラスは、紅茶のグラスの片方をヴァーノンに渡してやった。 アニーは、しつこくせがむヴァーノンに、その手紙を渡した。そ 9 7