サトルは、両方の掌を前にして、あとずさりしながら、言った。 「ちょ、ちょっと、待って下さい 「ひとーっ。びとの世の生き血をすすり : : : 」 山下とみのりは、思わず顔を見合わせた。 もちろん、みのりが詩っ筈なかった。 みのりの持っマーブルチョコの空箱ーーーインスタント過去世現出 サトルは、妙なポーズをつけながら、言葉を続けた。 装置の先端から、淡いグリーンの光が、サトルめがけてほとばしつ 「ふたーっ。ふらちな悪行ざんまい こ 0 みのりは、山下の袖をちょいちょいと引っぱりながら、小声で懾 「うわく、 , ・ ) つ」 サトルは、悲鳴をあげた。 ( ねーねー、山下さん ) 「ぼ、ぼく、前世はカナダライだったんですよー」 ( なんです ? ) むちゃくちゃなことを言って、サトルはグリーンの光から逃れよ ( この人、一体なんなの ? ) うとした。 ( さあ・ : : ・ ) 山下は、軽く肩をすくめた。 しかし、無駄だった。 グリーンの光は、サトルの体をすつぼりと包みこんだ。 ( でも、あんまりまともそうじゃないですね ) 「ぐえつ」 ( それに、役に立ちそうでもないし : : : ) 「みいつつ ! 」 蛙がおしつぶされる時みたいな、妙な音をたてて、白目をむい サトルが、わめいた。 ぶったおれる。 「みにくい浮世の鬼を : : : 」 山下が、みのりに囁いた。 ( 消しちゃおか ? ) 「どんなぐあいです ? 」 ( 消した方が、世の中のためでしよう ) ( じゃ、消しちゃおっと ) みのりは、ひとさし指を、唇の前にあててみせた。 みのりは、インスタント過去世現出装置のスイッチを、切った。 「もうすぐ、サトルさんの前世が現われるわ。 ほら出た」 グリーンの光が消えた。 サトルが、むつくりと起きあがった。 同時に、サトルの体は、糸を切られた操り人形みたいに、くたく いつもの、どこかポー、としたような表情が、黒板消しでぬぐったっと床に崩れ落ちた。 たみたいに、消え去っていた。 「さー、次は、どうかな ? 」 目を半眼に見開いたまま、サトルは、ひどくモノトーンな声で言 みのりは、再びスイッチを入れた。 こ 0 っこ 0 320
ことに気がついた。 よ」 かれは云い、また唇をなめた。 ( こ、こんなに長いこと、あの洞窟がつづいていたかしら ) ー・リノ 「わるいけど、やつばしいらねえよ、それ。おいらがもってても、 何ものかに、どんと押されるようにして、まっくらなイ しようがねえや : : : ロー・ダンに、あんたんとこで売ってるから、 ・イーの洞窟にとびこんでしまったが、そこですぐに腰をぬかした 買いにきなと、、 っとくよ」 ので、たとえ洞窟そのものはかなり奥が深かったとしても、ヴァレ リウスのいたのはその入りはなのところであったはずである。 「わしがロー・ダンにも売るかどうかはわからんがな」 ・ダンのことだ。お 「え ? まあ、いいや、そいつはあんたとロー それに、洞窟の外側すぐに、小神殿の参道がひらけていたのだか ら、もっと、外のざわめきやにぎわいも、きこえてもよいはずだ。 れーーーおれ帰るよ」 「そうか。それは残念じゃの。何ももてなしをせんで、わるかったそれなのに、かなり長いこと走ったはずなのに、いつまでたって も、外の光ひとつ、さしこんでは来ず、両側はむしろ、しだいにせ まくなってくるようだった。 「いいよ。ありがとよ。じゃーな、首のおっさん」 ヴァレリウスは、ふるえ声ではあったが、さいごまで何とか虚勢石の洞窟の内壁には、光りゴケがこびりついてうっすらと光を放 っている。その他には、向うにもうしろにも、まったく外の光の気 をはって笑ってみせた。それからふいにこみあげる怯えにこらえか ねたようにうしろをむいて、まっしぐらにかけ出した。 配はしないのである。 いつのまにか、イーゴが来ていて、ぐーツというような声を立て「え : しだいにヴァレリウスは、足ががくがくとしはじめた。それに外 た。その上にぼっかりとうかんだまま、イ ー・リン・イーは何がお の物音が何ひとっきこえて来ず、しいんと重苦しくしずまりかえっ かしいのか、いつまでもくつくっと笑っていた。 ているのも、ひどくぶきみである。 しかし足をとめるのも恐しい。だんだん泣きそうになり、ためら いながら、ヴァレリウスはのろのろと歩きつづけた。だんだん、か ヴァレリウスはまっしぐらに、あとをも見ずにかけた。 えって出口からとおざかっているような気がしきりとするのだが、 ー・リン・イーに出口をたずねた わけもわからず、ただ恐しく、いまにもうしろから何ものかの手こうなっては、ひきかえしてイ がのびて首すじをひつつかむのではないかと思われた。何もかもが り、もういちどあの怪物ィーゴーと顔をあわせるくらいなら死んだ ー・リン・イーの笑い声がきこえてく方がましだった。 ふいにひどく恐しくなり、イ るたびに小さな体をふるわせた。 ( どうしよう、どうしよう。畜生、畜生 ) どのくらい、走ったのだろう。ふっと、ヴァレリウスは、異妖な ヴァレリウスはロの中で、イ ー・リン・イーとえたいの知れぬ手 に 3
の中に、はじめて、とまどいに近い色があった。 「心配しないで。・ほくは、父がここをとおりかかったらするように 「かわいい若君じゃないかね」 しているだけです」 「情ぶかいし。父上も評判のいい方だからね」 リーナスと名のった少年は、安心させるようににこにこしながら「まだ、十になるならずだろ」 云った。 「なかなか、利発そうな : : : 」 「たぶんいずれ、ぼくは父のあとをついで・ハロの可政官の一人とな たちまち、ようすをみていた町人たちの間で、うわさ話がはじま ります。だから、・ハロの民の困窮はぼくにとってひとごとじゃないる。 しーーーそれに父はいつも云っています。いやしくも・ハロの市民であ しかし、一杯のカラム水とわずかの食物で、少しは元気をとりも るものは、どんなに罪ぶかいさだめであろうと、飢えて死ぬことはどしたかにみえる、少年はまったくきいていなかった。 ない、とね」 かれは、何とも云いようのない、奇妙な目つきで、びろうどのマ ントを右手につかみ、左手に指輪をにぎりしめ、じっと馬車の消え 「本当に、来て下さいね。必ず力になれると思うから。ーー覚えてていった方を見つめていた。疑うとも、あやしむとも、嘲るとも、 くれました ? ぼくはリーナス小子爵、パロの宰相リヤ卿の一人息泣きたいともっかぬ、ふしぎな顔で。 子です」 「おい、坊ず、せつかくああいって頂いたんだからーー」 小子爵はにつこり笑った。この少年よりもっと凍りついた魂をさ カラム水売りのおやじが声をかけた。とたんに、力をとりもどし えとろかしてしまいそうな、あどけない、人を疑うことを知らぬ笑たすばやさで、少年はとびあがった。 顔だった。 すごい目でおやじをにらみつけると、そのままマントをひきず り、指輪をにぎりしめて歩き出す。 「さあ、若君」 「お、おい 「わかった、行くよ、行くよ。待たせてわるかった」 「父上がお怒りになりますよ。王子さまがたをお待たせして、この大人たちが呆気にとられているうちに、もう、少年のすがたは路 ような小汚い小僧にかかずらっていたことを知られたら」 地へとびこんでしまった。 「わかったってばーーーきみ ! 必ず、困ったことがあったら、来て大人たちはうしろめたいような、奇妙に心をゆさぶられた目を見 かわした。しかしかれらはそれそれ、自分の家業に忙しかった。 下さいね ! 誰も一人で苦しむことはないのだから」 少年子爵は両方からおっきの騎士に馬車へつれこまれ、とたんに少し気がとがめたり、気になったりはしたけれども、タベの鐘が 扉がしまって、馬車は走り去った。クリスタル・・ ( レスの方角へ。鳴るころには、そんなささいなひと幕のことは、みんなすっかり忘 見送って、 れてしまった。これ以上やせられぬくらいやせたあの少年がぶじに 2
ここで勝てば、優勝決定の日。 まったく訳が判らなかった。昭和六十年の十月から、ふと気がっ 夫と二人での前にすわりながら、いつの間にか陽子さん、夫いたら六十一年の四月にな「ていたのだ。その間の記憶は、ま「た四 の手をしつかりとにぎりしめていた。そして、思わずロばしる。 く、ない。その日も陽子さんたち夫婦は、そろっての前にすわ 「あなた : : : 今日阪神が勝っても、放火なんかしないでね」 っていて、開幕戦で阪神が負けた瞬間、二人そろって正気にかえつ」 「どうしてそんなことしなきゃいけないんだ。巨人が負けていらい たのだ。 らして放火してまわった男とは、立場が逆だろ」 が、どうやら、五カ月あまりもずっとそうやっての前にすわ そう返事をしながらも、夫は何だか妙にぎくっとしたような っていた訳では、ないらしかった。部屋には別に五カ月分のほこり 心中をみすかされて驚いたような表情になる。 もたまってはいなかったし、生ゴミも毎日だしていたようだった 「うん、そうなんだけど : : : 嬉しさのあまり放火するっていうのし、十月分、十一月分、十二月分、一月分、二月分、三月分の給料 は、理屈として今ひとっ成り立ってないなって気はするんだけど : ・ 明細が家計簿にははってあったし、夫の財形貯蓄も順調にふえてい ・ : でも : : : あなた、あたし、怖い」 茫然とした陽子さん、茫然と実家に電話をかけた。ことがことだ 夫もしつかりと陽子さんの手を握りかえしてくれる。そして。 けに、うかつに他人には聞けないし : が、。フロ野球にまったく 「何でだかは判らないんだけれど : : : 俺も、怖いよ」 興味のない実家からは、まるつきりきよとんとした反応しかかえっ その瞬間。からすさまじい歓声がひびきわたった。 てこなかった。陽子さん夫婦は、記憶における空白の五カ月間、ま 阪神が、優勝した。 ったく普通に生活を営んでいたらしいのである。 それから茫然と陽子さん、夫の家へ電話した。義理の両親が両方 ☆ 共阪神ファンの夫の家からは、もの凄く激烈な反応がかえってき その瞬間。日本全国の殺人、自殺、事故、その他もろもろの犯罪た。 は、史上初の一大記録を樹立した。それはこの先、日本人が正気を「うちでもちょうどあなた達の処へ電話しようと思っていたの。い 保っておれば、まあ大抵のことではやぶりようがない程の、一大記つの間に、来年になっちゃったの ? 」 録であった。 どうやらむこうも、ここ五カ月の記憶がとんでしまっているらし っこ 0 次に陽子さんが気がついたのは。 昭和六十一年の四月だった。・フ野球開幕の日。一 のち、心理学者は、この現象を『阪神シンドローム』と命名し
篇で〆切はもう眼の前なんだそっ ! 〉 の下をびろんと伸ばした。 「枝篇 ? 」 「まてよ、麻美の世界へ行く前だとすると : : : 。そうかっー 〈そうつ。おまえはまだサラリー マンをやめてなくて、ときおり麻らしてもおれたちはまだ合体融合しないんだ。この枝篇では、あれ 美がペッドに全裸で出現するという、第一巻目『魔女でもステデをしても両性具有者にならないんだっ。わお。やり放題だぜいっ イ』好評発売中の途中から枝分れした枝篇の世界なんだっ ! 〉 「あ、なーる。それでこのポロマンションにおれはまたいるわけ ひさしがうかれている間に、麻美はワイシャツをするりと脱いで か」 けっして大きくはないが作ったように形良い真白 床に落した。 〈そうつ。だから、そこんとこよーく理解して動いてくれよな。そな・ハストがぶりんと現われた。 れと、枝篇は三人称で行くから〉 さらに麻美は白のショーツに指をかけて脱ごうとし、ひさしに気 「あ、ほんとだ。三人称になってる」 づいた。 ひさしはあたりを見まわして納得した。 ひさしは両眼を D 型にし、じ、 ししいっと麻美が指をかけたショー 〈ということだからつ。もう一度目を覚ます所から始めるからな ツを見つめていた。 ティク・ツー行くぞっ ! 急がないと〆切までにあがんなく「やだん。そんなに見つめないで」 なっちまうつ。ひいいん〉 麻美は。ハスト近くまである髪を揺らせ、くるりと背を向けた。そ してヒップをひさしの方に突きだすようにして、するっとショーツ 作者は、半泣きの声をだして唐突に電話を切った。 「あ、ちょっと。 いったいどんなストーリー くそっ切れてを降ろした。きゅんと上にあがった真白なヒッ。フが現われた。 ヒップをひさしに向けたまま、右足、左足とショーツから引き抜 吐き捨てるように言ってからひさしは受話器を戻した。顔をあげき、クシャクシャのティッシュのようになったそれを床のシャツの ると、麻美がペッド の横に立ちあがっていた。シャツのボタンに手上にポトリと落した。 をかけている。 ひさしはスライムのように顔面をデレデレにし、毛布をまくっ て、パン。ハンと自分の横のシーツを叩いた。 「どしたんだ ? 」 「さ、おいで麻美。隣に入っておいで」 ひさしは眼をしばたたく。 「やだん。なんだか恥しいわ」 「たって、朝目が覚めたら全裸のあたしがペッドにいるんでしよ。 麻美はひさしに背を向けたまま・ハストを両腕で隠し、肩越しに振 服着てたらおかしいもん」 りかえって言った。そして背を向けたまま尻から、ひさしの隣に、 「あ、そかそかそか。そーだねそーだね」 ひさしはガクガク頷いた。そして、なにごとかをふと思いっき鼻しずしずと入ってきた。 ら」