フレイ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年12月臨時増刊号
13件見つかりました。

1. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

トランクのグリップの下の、ロープの結び目を指し示した。 ロー。フ一本の為に、。フロの・フレイカーが手出し一つできないの 納得してくれたようだ。私の手を振りほどいて、椅子に座り込んだ。翼をもがれた鳥も同然だ。 フレイカーの弱点をみごとに突い でしまった。 冴木という男、只者ではない。、、 ている。 「。フロテクトを掛けられたな」 「以前に、冴木がロー。フを使ったことは ? 」 さすがに、おやじと長年組んで来ただけのことはある。 「いや、私の知る範囲では、やっていないと思うが : : : 」 ロープは、見たこともないような複雜な結び目を形成していた。 たよりなげな返事だ。神崎氏も私同様困惑しているに違いない。 これをほどくだけなら、二分とかからないだろう。しかし、一旦 ほどいてしまって、この複雑な結び目が再現可能だろうか。それ「どうします」 に、ごていねいにロー。フにはマーカ 1 でマーキングまで施されてい 「どうするも何も、このままでは、錠が開いたところで、トランク る。まず再現は不可能に思えた。 のふたを開くわけにいかんじゃないか」 「冴木に気付かれないのが条件でしたね」 私にあたってどうする。敵が一枚上手をいってるだけじゃない 「そうだ」 トランクのサイズの事も気になった。が、あえてそれを口にする のはやめにした。混乱をいや増すばかりだ。神崎氏も気付いてはい るのだろうが、サイズの違いについては何も言わない。 沈黙の時間が流れる。 「こうしていても始まらん : : : 」 神崎氏が重い口を開いた。 「第二ラウンドに賭けようじゃないか。搭乗ラウンジへ急ごう」 賢明だ。 私は領きながら、手速くツールを片付けにかかった を奪われてしまった。 第一ラウンドは、完全に冴木にリード 1 考をッ薯 . 」ん冖 / ノをい カードの引きが悪い。 8

2. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

神崎氏は一枚の写真を取り出した。 「爆弾処理でもやっているんですか」 ホテルのロビーだろうか、ビジネスマン風の男が写っている。た おやじも同じことを訊いたかもしれない。 ノが貼られて 「いやいや。特殊物というのは : : : 。金庫の事です。本来この名刺だ、手にしているトランクにはごてごてと大小のシーレ いて、あまりそれらしい印象を与えない。身につけているものは、 もほとんど使ったことはない。庁内でも、うちの課の存在を知って いるのは、ごく僅かの人間だけです。金庫屋の、いや失礼、。フレイよく見ると高級品のようだ。三十代後半といったところか。着こな カーですか、最近はそう呼ぶんでしたか。プレイカーのあなたにはしはきまっている。 身分を確かにしておいた方がいいでしよう」 「トランクですね」 「こっちが引き伸ばしたやつです」 「金庫処理課ですか : : : 」 「アキラ : : : さんでしたか」 もう一枚渡された写真には、トランクの部分だけが大写しになっ ていた。 「ええ。金守章です」 シールが多少目障りだが : あわてて作りたての名刺を渡した。 「英国はウイザース社の『タフネス』シリーズ。 2 0 0 ですか」 「あんたのおやじさん、金守修造氏には、永いことお世話になっ 「正解です」 た。無理言って、いろんな錠前を破ってもらった。もうかれこれ二 オしが、少々難物たとして カタログだけの知識だ。試した事はよ、 十年近い付合いになりますか : : : 」 も、これを破るだけならわざわざ腕試しの為に役職者自ら出向いた 過日を懐しむような口調だ。 「章さん、あんたに依頼したい今回の仕事も、実はおやじさんの方りするだろうか。何か訳ありと見た。 「さっきのトランクと大差ないですよ へ持っていくつもりだった。しかし、あんたの独立の話を聞いて : ただし条件がある。この男に気付かれ 「確かにそうなんたが : ないようにやって欲しい」 「おやじが仕事を廻してくれたってわけですか : : : 」 「そう。私の持「てくる仕事には、無理難題が多すぎる「てね。表「横収品を。フレイキングするんしゃないんですか」 「そう、裏の仕事だ」 沙汰にできない仕事がほとんどですから、家族にも口外無用という 事で、ストレスもかなり溜っていたでしよう。そろそろ息子に肩代「まるでスパイ行為だ」 「ああ。そのとおり。なんせ相手は本物のスパイだからな : : : 」 りさせて、楽隠居したいって : : : 、嬉しそうでしたが」 「そんな事言ってましたか : 。それで、今回の特殊物件というの神崎氏が語るには、こうだった。 写真の男、冴木竜二は、ルナ・シティで、国内鉱業。フラントの顧 「これを見てもらえますか」 問弁護士として働いている。が、それは表向きの顏で、裏では機密

3. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

カンツ。 心臓の高鳴りが、体内から鼓膜を揺るがす。 ルトの跳ね上る音がした。 目前に外部ハッチがある。 続けてもう一方の鍵穴へ差し込んだ。 減圧を待っていては、時間のロスだ。 「あきます」 担当官からは止められていたが、かまうもんか。 警部に宣告した。 壁面のグリツ。フをがっしりとみ、・フーツを床に圧着。″シーク レットみは腹で壁面へ押しつけた。 素速くキーを回した。 クワシャ。 横目にハッチを見据える。左手を伸ばしてエマージェンシー・グ 前より大きな音がして、いきなりふたが跳ね上がる。 リツ。フにかける。 すかさず警部がふたを押えた。 田 5 い多 tJ りよ ' 氏戸ノしナ 七分二秒。″タフネス〃を破った。 、チカ一気に開いた。 警部は、中味が散乱しないように、ゆっくりとふたを起こす。私猛烈な風圧で、体が壁から引っ剥がされそうになる。一瞬を耐え は″タフネス″に手を差し入れて、″シークレット″を引きずり出きった。・フース内の空気はすべて吐き出された。 した。 全身が痺れている。右手の皮は内出血したかもしれない。が、休 警部はふたを閉ざし、ガムテープで固定した。一 む暇はない。 ″シークレット 〃を両手で振ってみた。中からシャリシャ右胸のポケットのジッパ ーを引いて、・フレイキング・マシンを取 リと紙の擦れ合う音がする。 り出した。″シークレット ″を壁に押えつけておいて、テンキー部 確かに、中には書類らしきものが入っている。 分へマシンを持ってきた。位置決めをしてマシンを押しつける。マ 次の行動に移った。 シンの裏には、圧着テー。フを貼っておいた。左のポケットから、ガ ベルトから、糸を引きちぎった。一 ムテー。フを取り出し、マシンの表からもしつかりと固定した。 うまくいった。 ステーション事務局から貸り受けた、フライトスーツの装着にか 三十秒は経過しただろうか。一 かった。警部の手を借りた。それでも、予定の二分では足りなかっ 左腕を伸ばして、壁のスイッチを押した。外部 ( ッチがゆっくり と閉ざされていく。 完全に閉まると同時に、与圧が始まった。 しつかりと″シークレットみを脇にかかえ込んだ。 ・フレイキング・マシンを、 気閘へ歩み寄る。スーツはフィットしていて動きに無理はない。 、ノチの全開ももどかしく、・フースへ入り込むと、振り向きざま にハッチを閉ざした。 こ 0 円 8

4. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

に、内部に仕掛けられた小さなノズルから大量の強力な酸が噴出し 十時をまわっている。 て、内部の書類等を一瞬にして溶解してしまうのだ。四回キー入力 二人無言のままの状態がどのぐらい続いているだろうか。 に失敗しても、しばらく待てば初期状態を回復して、次の四組の鍵ツインルームに戻って、二人だけの作戦会議を開いているのだ 違いを試せる。しかし、そのインター・ハルは、十分もあるのだ。そが、い っこうにいい案など出て来はしない。ルームサービスで運ん れを根気よく繰り返せば、いずれはプレイキングできる。ただし、 でもらったコーヒーも手つかずのままだ。 四百時間以上の余裕があればの話だが : 「冷めてしまう。口をつけて下さい」 「どうします。試せるだけ試してみますか」 「ええ」 冴木が戻るまでに十や二十は試せるに違いない。宝くじを当てる私は勧めに応じてカップを両手に包み込んだ。かすかな温もりが よりも、まだましな確率だ。 てのひらに伝わってくる。 「いや、待て。ここは一旦引き上げよう。何か策を講じないと、破ひどく疲れてしまった。 れんだろうからな」 宇宙への初めての長旅。もちろんそれによる精神的肉体的疲労感 確かに、この場はヘたな悪あがきは止めた方が良さそうだ。正しもある。が、冴木に二度もしてやられてしまった事から来る、敗北 い判断に思えた。 感挫折感が何といっても疲れの大きな原因だった。 警部はトランクのふたを閉め、私もツールケースを胸ポケットへ いつまでも、無力感にひたりきっているわけにもいくまい しまい込んだ。 ・フラックコーヒーを胃袋にぐいと流し込んで、気持ちを引き締め ドアを出る時に、破ってしまった紙テー・フの。フロテクトの事が気た。 こよっこ。 「今回は諦めるか」 「テービングの方は ? 」 同じ疲労感を漂わせた口調で神崎警部がぼそりと言った。 「亠めあ。メイドに、 この部屋のペッドメイキングを頼んでおくよ。 「宇宙までのこのこやって来て、ドアロック一つ破ってすごすご帰 後で、ルームナン・ハーを間違えたとでも言っておけば済むことだ」 って来ましたじゃ、おやじに合わす顏がない」 事もなげに警部は返事を返した。 「いいじゃないか。章くん、あんたはまだ若いんだ。そう焦る事も 第二ラウンド、冴木からくらったダメージは、かなり決定的なもなかろう。これから、いくらだっていい仕事を私が回してあげる のに思えた。 よ」 「私にも。フライドがあります。・フレイカーにとって、・フレイキング に失敗する事以上につらくみじめな事はない」 「そりや、私とて手ぶらで地球へ帰るのはつらい。気持ちはあんた 円 4

5. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

情報の運び屋をやっているらしい。確証がめていないが、ここ同じく二十分がラスト・チャンスだ。 二、三年内に起きた国家的機密漏洩事件の一つにも冴木が関連して シャトルポートでの二十分間というのは、余裕たつぶりの時間と田 いた疑いがある。 は言い難かったが、やってできない時間ではない。 冴木は月に一度の割で国内の親会社へ出張している。四日間程の「第一ラウンド xo といきたいですね」 国内滞在中に、エージ = ントに連絡をはかり、情報の買いつけを行開店早々に何日も店を放っておくわけにはいくまい なっているのだ。その際常に用いているのが派手なシールに飾られ「それでは、引き受けてくれるかね」 たトランクと言うわけだ。 神崎氏はほっとした顔つきで言った。 税関で取り押えようにも、入国時には何の情報も持ち込まれてい 「還暦過ぎた父親を、宇宙でまで働かすわけにはいかんでしよう」 よ、。逆にルナ・ポートの税関にはまったく介入の余地がない。 宇宙での・フレイキング。それも悪くはないな、というのが本音だ 、 0 ヒドっこ 0 冴木がどういう類の情報をどういうルートへ流しているのカョ 合法ながら、トランクを破って現物を確かめるのが、一番確実なや「急な話で悪いんだが、冴木が = ーナリタを立つのが、あさって り方なのだ。 の午後た。それまでに準備をしておいてくれ」 ・フレイキングのチャンスは、三度ある。 確かに急な話たが、特に準備と言う程の準備も必要と思えなかっ . 第一は、ニュ 1 ナリタ・シャトルポート。カウンターでトランク を預かって、ペイロードの最終積み込みまでの最低二十分間 謝礼金の交渉が済んで神崎氏が店を出た後、私はおやじにビジフ ポート事務局及び公安局には話を通してある。 オンを入れた。開店前のごたごたで、ゆっくりと飲な暇もなかっ 第二は、ルナ・ポートへの中継ステーション″ビーナスⅡ″に着た。 いてから。冴木はステーションに必ず一泊する。ステーション内の今夜あたり久々の親子の会話といくか。 カジノでのカード賭博が目的だからだ。従って、冴木がギャン・フル に興じている間、 トランクはコン・ハートメントに置き去りにされ る。 この間、優に一時間はある。ただし、ステーションホテルの協力冴木はまだ現れない。 は得られない。 待機すること一時間。担当官にあてがわれた小部屋で、神崎氏と それでも失敗した場合 : ただ黙々と待ち続けた。 最後は、″ビーナスⅡ″からのシャトル便出発の直前だ。ステー 狭い部屋だ。おそらく日頃何の目的にも使用されていないのだろ ションの事務局には話が通してある。トランクを預かってからの、 う。床にはうっすらと埃が積っていた。誰からもその存在すら忘れ こ。

6. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

マシンのスイッチを 0 Z した。 マシンはかすかな唸りを上げて、猛烈な勢いで仕事を開始した。 0 0 0 0 から 9 9 9 9 までの一万組のキーの組み合せの中に、正し イハーは潜んでいる。カづくでマシンはそのナン・ハーを探 と入力する。四桁の数すべてを試せというわけだ。もし、四個のり出すのだ。 数字のうち、どれか一つでもわかっていれば、例えば、千の位が 7 一秒間に五十組のキーを押すようにセットしてある。一万組なら だとわかっていれば、 二百秒。約三分あれば、すべての組合せを押してしまう。平均して、 一分半もあれば正解に辿りつく。 私は背中にマシンをおおい隠すようにしてドアの前に立った。一 見つかれば、犯罪者である。こんなプレイキング・マシンまで使 っているとなると、言い逃れの余地はまったくない。 と打ち込んでやる。すると、七千番台の数だけを自動的に押して警部のフォローがあったとしても、もめごとから解放されるまで くれる。その他、何桁目かはわからないが、 8 と 1 が含まれていた にかなりな時間を浪費してしまう。第二ラウンド、再度プレイキン、 場合 グのチャンスがあるとは思えない。 時間の経過がやけに遅く感じられる。 マシンの作動音が次第に大きくなっていくような気がする。 手首の時計を見ると、やっと三十秒が経過したばかりだ。 突然、通路つきあたりのエレベータードアが開いた。 一組の夫婦連れが中から出て来る。 気付かれたらまずい 平静を装おうとした。手前の部屋へ消えてくれ。 夫婦は静かにしゃべりながら、一歩一歩私の立っている場所へ近 づいてくる。 かなり酒が入っているのか、二人とも顔を赤くしている。私の存 とやる。他にも機能があるのだが、まあいいだろう。こういった 各種機能は、六桁以上の・フレイキングを強力にサポートしてくれ在は気にもとめていない。 る。 それでも私は、夫婦が私の前を通り過ぎるまで、徴妙に体の向き とメモリー入力しておいて、

7. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

かった。これが終れば、今までの手順を逆に辿って、″シークレッ 「冴木が以前使っていたトランクの写真ありますか」 ″を″タフネス″にしまい込んで、″タフネス〃に元通りのロ→ 「ああ。ある」 クをかければいい。 上着のポケットから取り出した写真をひったくった。そして、 残りタイムが六分弱。充分に余裕がある。 ″タフネス〃と見較べた。 ″シークレット を″タフネス″に戻す段になった。 同一のシールが一枚だけ見つかった。 ガムテー。フを剥がして、″タフネス〃のふたを開けようとした。 うそのように、きれいにそのシールは剥がれた。 気をぬいてやったので、すんでのところで、シールの一枚をガムテ「捜しものは、これですか」 ー。フごと剥がしてしまうところたった。 シールの下から出て来た、マイクロフィルムを警部に示した。 タイム・アツ。フ。 ゲームは終了した。 何かひっかかる。冴木はなぜ、ポルノを入れていた。金庫にポル ノを入れておくというのは、金庫の底の二重帳簿を隠す為の古典的 とも言えるトリックだ。弁護士をやっている冴木が、そのへんの事 情を知っていたとしてもおかしくはない。だとすれば、逆に冴木は やはり何かから、我々の目を逸らそうとして、安易に、トランクの うちの店へ寄るたびに神崎警部はぼやいている。せつかくスパイ 中にポルノを入れたのではないだろうか。 行為の確証が得られたのに、あれ以降、冴木はまったく動く様子を しかし、何から : 見せないというのだ。我々が最終的にシールの下のフィルムを発見 私は、ガムテー。フを剥がす作業を続けなけら考えた。また一分残したとは気付いていない筈だがと言う。 っている。 そんな事はな、。 フィルムをシールの下へ戻す時、警部の目を盗 警部も長年の経験で、ポルノと見て、逆に。ヘージをめくって中をんで、私の名刺を一枚すべり込ませたのだ。 改めたのだろう。 冴木を今、神崎警部に捕えさせるのはもったいない気がした。 しかし、トランク内は空だった。 いずれまた、より強力なプロテクトを考え出して、冴木は平然と テープをきれいに剥がし終えた。警部の手を借りて、″タフネス・″我 . 々の前へ現れるだろう。 の中に " シークレット。を元通りに収めて、疑似キーでロ〉クをし黼えるんならもう一ゲーム楽しんでからでも遅くはない。・フレイ カーの私はそう勝手に思っているのた。 トランクの外はどうだー まだ三十秒残っている。警部に言った。 こ 0 8 っ ~

8. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

得意気に私に言った。 たいしたもんだ。一回の勝負で、負け分を取り戻してしまった。 作業は一瞬でも早く片付けるにこしたことはない。 いや、それどころか、充分におつりがくる。 三分足らずとは一一一一口え、ドアが開くまでに人目につく危険は充分に 「こちらよろしいかな」 ある。 今が引き際とみて退散した客の空いたばかりの席に、男が一人す私はプレイキングにかかる前に、通路の人通りを確かめた。さす かさず入ってきた。 ートメントは、 がに—ルームだけあって、通路に面したコン。ハ 警部の右隣りである。 八室にとどまる。一般客の出入りはない。たまにホテルのポーイ 見覚えのある顔 : : : 。なんと、冴木ではないか。 : 、ルームサービスに行き来するくらいだ。 警部は勝ち分のチッ・フを数えるのに余念がない。 用事を済ませたポーイが客室のひとつを出ていくのを確認して、 私はまたしても肘で小突いた。 私は冴木の部屋の前に立った。 「隣ですよ、と・な・り」 ドアロックは、電子キーになっている。一 冴木に気付いた警部は、慌てて席を立とうとする。が、 ノ・フの上に付いている、。フッシュホンキーによく似たテンキー 「勝ち逃げは良くない。私ともう一勝負どうです」 に、四桁の数を打ち込めば、解錠できる仕組みになっている。 冴木に引き止められてしまった。 私はポケットから、特製の・フレイキング・マシンを取り出した。 「課長、私はこれで : : : 」 厚目の文庫サイズのポックス型と一一・ロえば、およその大きさと形は想 私は目くばせを送って席を立った。 像できるだろう。 人前では″課長″″金守くん〃と呼び合うように申し合わせてい 表は旧式の電卓よろしく、タッチキーと八桁の液品表示カウンタ・ た。二人とも会社員という様子ではなかったが。 1 が付いている。 冴木が同じテー・フルに付いたのは偶然か ? 裏は、ドアの十個のキーに対応する、十個のポッチが付いてい 気にはなったが、後は警部に冴木の足止めを任せる事にした。 る。マシン内部のソレノイドが引かれて、ポッチが数ミリとび出し 「連れの方はもうリタイヤですか」 てキーを押す仕組だ。 「いい女でも口説きに行くんだろう」 四桁から八桁までの電子キーロックの解錠が一応可能である。 「やば用ねえ : ・・ : 」 ポッチとキーがうまく接触するように位置決めをして、マシンを 冴木は私の方を振り返ってふくみ笑いをみせた。 ガムテー。フでドアに固定した。 私はかまわずカジノを後にして、冴木の。フライベ キーを使って、 っこ 0 カュ / ートルームへ向

9. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

それをどうだ。この客は、鍵も失くした、番号も覚えていない、 中味は言えない、とにかく開けてくれ。ときた。おまけに料金も聞 かずに、いきなりトランクとキャッシ = を私に押しつけた。これで 不足なら、いくらでも出そうと言いたげだった。 客の視線が気になった。 通常だったら、「予約がたて込んでいて、一週間は手が空きそう 指先の感覚が徴妙に鈍っている。 にない」とでも言って即座にお引きとり願うところだ。 額に脂汗がじっとりと浮き出してきた。 犯罪めいた仕事は一切御免だ。 十五分が経過している。 しかし、開店初日、しかも最初の客とあっては、無下に断ってし 何の変哲もないトランクである。いつもなら十分、いや五分とか けずに開けてしまうところだ。それをどうだ。十五分だ。十五分かまうのも験が悪い。 四桁の番号合わせがまだ残それに、ここム】ンライトに出店するにあたっては、おやじか かってやっと解錠が終ったばかり : っている。 ら多額の借金を受けている。借りは一日でも早く返したい。当面は 金銭的に仕事を選べる立場になかった。多少怪しげな仕事も、目を 額の汗を拭ってダイヤル合わせに取りかかった。 客はあいかわらず息を凝らしたまま、私の作業を神妙に見入ってつむって引き受けるってもんだろう。 受けてしまった仕事だ。くだくだと考えを巡らせても気が散るた けだ。私は邪念をはらって、神経をダイヤルに集中させた。 トランクの中味がそんなに気掛りなのか ? 上位二桁を探り当てた。 「じきに終ります。ソファーに掛けていて下さい」 しいぞ、あと二つだ。もう十秒もあれば充分だ。 客は不承不承に私の言葉に従った。 ・フレイキングは、集中力が勝負だ。いくら腕が良くても、いくら十の位のダイヤルを、慎重に回す。指先の一点に全神経を結集す る。徴妙な手応えが返ってきた。 簡単な錠であっても、開かない時にはこちらがどうあせっても、 あとは一の位のダイヤルを回すだけだ。 つかな開こうとはしない。機嫌を損ねた気位いの高い女を相手にし ーー十六分二十秒。 ているようなものだ。 あまり誉められたタイムとは言い難いが、開店初日の初仕事とし 集中の妨げになるような要因は、一つでも排除するにこした事は てはこんなところか。多少気負いすぎていたのも事実だ。 「開きました」 もともと受けるべき仕事ではなかった。 普通の客なら、鍵を失くしたにしても、番号くらいはうろ覚えし私は振り返って、ソファーに中腰で掛けそわそわと私の作業を見 守っていた客に言った。トランクが開く瞬間をお見せしようという ていてくれるものだ。

10. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

( この共喰い野郎 ! ) 走り出した。 ののしっていないと血で気が狂いそうなのだ。はやく手を洗いた ウサノ師はゴンドラの上から硬い表情のままそれを見おろした。 しだいに顔色が蒼ざめてゆくのが自分でわかった。 急に酔っ払ったように景色が遠くに見えてくる : : : 空調システム なにが起こったのか、起こるのか、見当もっかなかった。もちろ のフィルターを通して@Q[* と呼ばれる新しい麻薬様物質が流されん、彼女の思いつくことなどいつも見当がっかないのだった。 ているのだ。 ウサノ師は″鳥″の巨大なヒッ。フが左右にゆっさゆっさ揺れなが 天井一面のディス。フレイに、人間の心臓の血管標本の映像が映しら去ってゆくのをじっと見守っていた。 出される。ヒクツ、ヒクッと脈打っている。 4 協会の象徴である赤い ートだ。低周波をふくむ重い心音がゆっ くり空間を満たす。 〈私たちの胃は満たされました〉 ″鳥〃はのびやかなストライド走法で走りに走り、メゾン・セタガ 心も満たされています ヤにたどりつくと、一気に八十八階まで階段を駆けのぼって、七五 〈眠りましよう〉 号室の扉をノックした。 眠りましよう : きっかり六十秒待っても返事がなかったので″鳥〃は胸にある観 ドミノのじゅうたんが倒れるように、ザアーツと人海が崩れた。 音開きの扉をひらいた。 かぎ 師もうす目を使いながらまぶたをおろす。 戦前の建物なので、個々の部屋の錠は彼女の神経とつながってい そのとき、″鳥″が異様な声でギャーツと鳴いた。その響きが尋ない。 常でなかったので、師はあわてて見おろした。 ″鳥″は胸の格納庫から二本のレーザー・ガンの銃口を突き出し ″鳥″がいきなりニシキヘビの二本足で歩き出したーーーオーロ一フのた。そして間髪を入れず・フッ放した。 炎からろくろ首をつき出し、ハゲ頭であたりを見わたす。 鉄製のドアはまたたく間に溶ろけて、二本のレ = ザービームが部 しゆす 目と目のあいだが異常に離れていて、およそ知能の宿る顔ではな屋の突きあたりのカーテンを燃やした。繻子の青いカーテンの前に 。しかし、彼女の端末機械だから都市の情報をすべて利用できる立っていた狼少年は、あっという間に火だるまになった。悲鳴を上 なにしろ、 し、移動能力に関してはおそらく都市で一番だろう げながらバスルームに駆けこんだーーっもりがトイレに駆けこみ、 都市をつかさどるコンピューター、彼女がついている。 便器の中の水を両手でかき出し、頭からかぶった。 ″鳥″はいきなり駆け出した。 いま見たシロモノはいったいなんだったんだろうと思った。穴の ふつうの人間の倍の背丈の″鳥″は人波を蹴ちらし、なぎ倒し、 あいたドアの向こうに見えたモノは : : : まるまる太ったカカシのよ 274