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検索対象: SFマガジン 1985年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

の目は人々を、道の石ころや何かと同じようにしか認めていなかっ とは何色だったのか決めかねるくらいだ。 第二に、それほどみじめな外見であるから、もっと人々の同情をた。さすがに、汚いからと追い払おうとするものもいなかったが、 ひいてもよかったのだが、この少年の目つき、うずくまって、道ゅあのまま放っといてもいいだろうか、病気もちだったら、といった く人びとを、あわれみを乞うでもなく見つめている目つき、顔つきささやきは、広場を囲む屋台のあいだでひそひそとかわされてい には、何とも形容しがたいある暗いもの、怖しいとさえ云いたいもた。 のがあって、それが、ちょっとあわれをかけて足をとめた人をも、 にぎやかなアム・フラの町の一日はいつもとかわりなく過ぎてゆ く。その、アム・フラのにぎわいの中にばつりとおとした黒い水の一 すぐにそのまま目をそらせて立ち去らせてしまうのだった。何とい ったらよいか、世を呪い、ひとを呪い、おのれに手をふれる人間す滴のように、少年は異質に、相入れず、みじめに、怒りにも、ズて、 べてにガッと食いつくのではないかと思わせる、すさまじいばかりそこにうずくまったまま、いつまでもうごかなかった。 に暗い火をひそめた目つきなのである。 そのまま、どのくらいの時が流れすぎたものか。 やせこけた顔はどくろの上に皮一枚はりつけたようで、どこにも 少年は知らなかった。少年には、時は止まっていた。世界もな 子供らしい生気や可愛げというものがない。あまりに目がおちくぼ く、神もなかった。とっくにそんなものは見失ってしまっていたの み、頬がこけているので、まるで老人の面貌になってしまってい だ。というより、世界と神々とが少年を見失ったのだった。少年は る。人々が、何か伝染病でもかかえてはおらぬかと、思わずとおま 自らの名さえ忘れていた。 きにして避けるのもふしぎではなかった。 そのまま朝を迎えたら、おそらくかれはアムプラの石畳につめた そのみじめな、生ける屍のような少年が、どこからきたのか、ど いやせこけたむくろをさらすことになっていたかもしれぬ。もう何 ういう境遇なのか、知っているものは誰一人いなかった。このアム ・フラでは、はるかなキタイからきた留学生でも、ものの十日も滞在日もかれは食べていなかった。いかに気候の温暖な盆地のパロとは いえ、夜ともなれば、身をおおうに足りぬぼろ一枚ではとうてい寒 していれば、誰かれに話しかけられて、誰かは知っている、という ことになるのだが、この少年のことは誰も知らぬようだ。というこ気を防ぐことはできぬ。何より、よわりはてたからだであった。も とは、このへんの生まれではない。また、ここにきたのも、そう前う、立ちあがることもできぬまま、かれは目をとじた。その特長あ る、切れ長の、ふしぎな色あいの目がまぶたにふさがれると、かれ のことではないのだろう。 少年は孤独に、誰にも気にもとめられず、誰にもかまわれず、誰はもう、ただのみじめな浮浪児としか見えなかった。 にも救いの手をさしのべられぬまま、じっとうずくまって、おそらゆっくりとかれの大きな頭を支えかねて、細い首ががつくりとの まったくかわいらしさとか、子供らしさ、均斉、美しさ くは死にかけているのだった。その暗いおちくぼんだ目もまた、道める。 ゆく他人たちに何ひとっ期待しておらず、呪ってもいなかった。そというものを欠いた少年であった。手ひどく汚れ、やせこけ、弱っ

2. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

ていることを割引いても、鉢の開いた大きな頭とひどく細い首、せ少年はねっしんにくりかえした。その目にも、顔にも、真剣な同 まい肩と矮小なからだっきは、お世辞にも均斉がとれているとは云情があふれていた。 いがたい。おそらく、生まれおちてこのかたずっと、ろくなものを「若君、そろそろ、行かれませぬと」 与えられなかったのだろう。 うしろから騎士のひとりが声をかける。 「ーーねえ」 「お父上が心配なさいましよう」 かれは目をとじていた。もう、さいごの力も消え失せようとして「ああ。ちょっと待っていて。 そうだ、ルース、あそこの店 で、何かたべるものと、飲むものを、カラム水でも買ってきてちょ うだい」 「ねえ。 ーーねえ」 妙に幼い、かわいらしい甲高い声。 「そこまで、なされずとも、少しほどこしをなさっただけでーーー」 「いいから、ばくのいうようにしておくれ」 っと、その肩に手をかけられ、ゆりおこされて、いやいやかれは 目をひらいたのだった。 少年は云った。子供ではあったが、なかなか冒しがたい威厳がこ められていた。たぶん、ただの貴族の子でさえなく、よほど生まれ そこに、天使が立っていた。 家柄がよいのにちがいないと思わせた。巨大な馬車には、。、 ノロの獅 いやーーーそのとき、かれの目には、そう見えたのである。 かれのまえに立っていたのは、九つか十になったぐらいの、かわ子とからみあうキヅタの由緒ありげな紋章がうたれている。 いらしい少年であった。 「候爵家の紋章だ」 明らかに、貴族の子供である。ほっそりと未熟なからだをぜいた誰かがおもしろそうにこのようすを見ながら云っていた。 くな、びろうどと絹の子供服がつつみ、腰には黄金の小さな守り刀「あれは、じゃ候爵家の若君だそ」 そのささやきは、しかし二人の少年にはきこえない。 をさげている。色白で、ふつくらしたほほと・ハラ色のくちびる、か わいいととのった、どことなくぼうっとあどけない顔立ちと、さら若君にうながされて食物を買いにいった、騎士が食物と、あつい さらした金褐色の、ひたいできちんと切りそろえた髪とをもったこ カラム水を一杯、手にもって帰ってきた。それをうけとると、若君 はかがみこみ、立派な服が汚れるのもいとわずに、カラム水をさし の少年以上にかれと正反対の存在を、さがそうと思っても無理だっ たろう。 出した。 かしこそうな目がばっちりと見はられて、心配そうにかれをのそ「のみたまえよ、きみ。飲んでみたまえよ。きっと、元気がつく きこんでいた。うしろに、二人の騎士が立っている。そのうしろによ」 たいそう立派な馬車がとまっていた。 安心させるようににこにこしながら、ロもとへもってゆく。少年 「ねえ、どこか、わるいのですか ? 気分でも ? 」 は、ぎらぎらと暗く光る目であいてを見つめたが、やにわにやせ汚 脚 0

3. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

ほんの一タールのところに、参詣人でにぎわう小神殿通りがひろ ソにひろわれてからは、よっぽど食物にありつけるようになったの がっているはずなのだ。 いつもなら、カールは何かあって追いまわすときでも、参詣の人それなのに、急に、おそろしいばかりの静寂と、一種異様な匂い でこみあうこの通りにまぎれこめばあきらめて帰ってゆく。しかしとが、ヴァレリウスをすつばりととらえていた。本当に、それは小 屋がけの一つだったのか、ヴァレリウスは疑った。それもムリはな 今日、云っていた黒死病の話はまんざらうそではなかったらしく、 かった。目が暗がりになれてくるにつれて、ヴァレリウスは、自分 カールはいつになくしつこく追ってきた。 ヴァレリウスはすばしこく店から店へかけまわった。しかし、カがずいぶん天井の高い、広い洞窟のようなところにいるのを知っ」 ールは、一つ一つ、屋台のわきや垂布の下をのそいてさがしまわっ 向いに、誰かーーーそれとも何かーーーカ、た ている。 ヴァレリウスのロは大きく開き、目ははりさけそうに見開かれ 「畜生つ」 た。これは一体何だろうと少年は思った。もっと明るくなれば、よ ヴァレリウスは呟いた。このままだと、いっか、疲れはててとっ く見えるだろう。しかし明るくなくて本当によかった、とも思え 揄まってしまいそうな気がする。 た。そこにいるーーーそれともあるのは、何かひどく、異様なものだ ( あんなでくのぼうに捕まってたまるか ) 早くも疲れて、前ほどはすばしこく動けなくなってきていた。ヴった。異様なーー・平たくて、グニャグニヤとして、そして動くたび に、さわさわいういやな音をたてる、黒い奇妙な、みたこともない アレリウスは焦って、どこか安全なかくれ場所を物色し そのとき、誰かが、どんとうしろからヴァレリウスの背中をおしようなものだったーー・そうであるらしく見えた。少くとも人間では なかった。ありえなかった。 ヴァレリウスはくるっとまわれ右をして逃げ出すか、それともせ そのとき本当は何がおこったのか、ヴァレリウスはずっとのちに なるまでわからなかったのである。ふいに目が黒い布にふさがれためて目をつぶって、何も見ないでいたかった。しかし、どちらもで が、それはただ、小きなかった。かれの小さいからだは金縛りになってしまっていた。 ような気がした。急に肌がひんやりとした 屋と小屋のあいだに開いていた、小さなドアの中にころげこんでしかれはふるえることもできずに、歯ばかりガチガチと鳴らしなが ら、そこに腰をぬかしていた。 まったのだった。 青い二つの陰火がこっちを見つめていた。それは目にちがいなか 「ああっ」 ヴァレリウスは叫んだ。ひざが砕け、彼はそこにすわりこんでしったが、それにしてもあまりに低い位置にあったので、そのえたい まった。 の知れないものは亀か、くものようなすがたをしているのではなか墟 ったら、びったりと床にはらばいになっているのだとしか、思えな 「こ、ここは・・ : : 」 こ 0

4. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

でも、今じゃない。今はだめだ。 平気よ。平気よ。怖くなんかないわ。一 8 っ ! 7 トパーズ色の小さな光傘は、注意深くビンクの炎を鎮めると、仲隆子はギュッ、と目をつぶっていた。だが自分の、せ、 間たちの漂う上空めがけて、ぐんぐん登っていった。 い大きく開いた赤く濡れたところに、男の持っ禍々しくも硬いもの が次第次第に忍び寄ってくる気配から、目をそむけることはできな っこ 0 ー 1 、刀 / とうとう、隆子は叫んだ。「 いやついやつばり、怖いっリ」 「そんなに怖がらないで。大丈夫、痛くないようにするからね。き「 : ・ 「あ、危ないじゃないかっⅡ」 みだって、大人なんだろう ? 」 それでも大乃国隆子が泣きそうな顔をしているのを見ると、男 男はあわてて、跳び退いた。 は、ため息をつきながら、上体を起こした。顔にかかっていた影が 男は白衣を着ていた。ちなみに、右手には銀色に輝く硬い注射器 すっ、と消えて、隆子は瞳を細めた。 を持っていた。 「 : : : もー、やめやめついあんたが痛い痛いって言うから、なん 「大丈夫だってば。ぼくは慣れてるんだから。目をつぶって、ちょ とか治してやろうっていうのに、なんで私がそんな怨みがましい目 っと我慢してたら終わるんだから。ね」 だいたい、たかが親不知だろ で見られなきゃいけないんだっ凵 う ? ロん中いじられんのがそんなにいやなんだったら、我慢しろ 「まだ、決心がっかない ? 」 つつーのー へんだ。なんだい。ぶりつこが。帰れ。帰ってくれ。 「・ : : ・ちょっと : : : 」 「じゃあ : ・ こんなことで三時間もつぶしてちゃ、こっちは、商売あがったりな : いいんだよ。ぼくは。今日はやめとく ? 」 んだよ 9 リ」 「それは困ります ! 」 即座に答えると、男はあきれたように、眉を寄せたままどうにか 笑った。 これで、五軒めだわ : : : さーすがはいしゃ ( 配車 ) 、乗車拒否が あるんだわねー 「じゃあ、たのむから、そう堅くならないで。ね。リラックス、リ ラックス」 「あはははは」 隆子は、しかたなしにうなずいた。 自分の冗談に 一」声をたてて笑ったものの、隆子の心は晴れなかった。 そうよ。いつまでも、このまま先に先にと延ばしていたってしかむしろ、笑う前よりも、どっと肩が重くなったような感じがする。 たない。たいていのひとがみんな、経験していくことなんだもの。 なにしろ、春にしては激しい雨の中を、傘もささずに歩いている あたしにだけ、我慢できないなんてこと、ないはずだわ。 のである。肩などは、もう、ぐしょぐしょの、びたびたなのである。

5. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

はかなげな、夢の国の精のような少年と、このカサカサとかわいた「なら、私は、何の申しあげることもございませんです。ーごの 声と暗い思いつめたまなざしの、ねじくれたからだの少年とが、同ご恩を何としても、お返し申しあげますまではひたすら勉学一筋に はげむ心でございます」 じ年ごろだ、と信ずるものはいなかっただろう。 ヴァレリウスは云い、さらにそうつけ加えた。その目はまだ、王 「それがかなうなら、どこでもーー」 贅沢は云わぬ。拾われ、情けをかけられ、やしなわれている身で子を探し求めていたのだが。 うららかな春の日ざしがやさしくこの学問と魔道の庭をつつんで あった。いっぞや道で情けをかけられた、そのってを強引にたどっ いる。時に聖王暦、第十八年目の春まだきのことであった。 てやってきたかれを、邸じゅうの人びとは、図々しい、あさまし 、泥棒ネコ、といってうとんじているだろう。 ( 彼も人、おれも同じ人だと、誰が信じる。あのあまりに美しい 「虎の年王立学問所入所試験問題」解答 この強大な王国の聖なる血をもっとも濃くうけつぐ、白い花か、蝶 のような十六歳の王子とーーーこの汚らしい、みじめな虫けらと ) ( それでもーー・・それでももし、いっか : ・・ : ) そのさきは、さしもの彼にすら、ことばにすることはできなかっ っと、ふりかえってみる。彼の目の先に、すでに学問所を出よう としている王子とその護衛のすがたがある。白く、光りかがやくよ うなすがたは、ここからみてさえ完璧に美しい。まるで、一幅の絵 のようだ。 ( あの美しい少年の目をーーなぜかこのおれが夢にみた。なぜ・ 王子アルド・ナリスと、リヤ大臣にお情けでひろわれた一人の浮 浪児にすぎぬこのヴァレリウスとの間に、何らかのえにしの糸があ る、などとぎいたら、宮殿の屋根にくるカラム鳥でさえ、わらうに ちがいない。 「オー・タン・フェイの塾はアム・フラ」だ。むろん、魔道学もある 問一 ( イ ) 、問二 ( ロ ) (<) 幾度も聞くよりは、一度実際に見る方が勝ること。 / (ß) 曲がりくねっていることから、まわりくどいことのたとえ。 / ( o) 住み慣れれば、どんな僻地や環境でも、それなりに住みよ くなる。 算数 016 8 0 スコーン、③ 1 日 0 ザン 一① 3 6 0 5 / タルス、 ) 幻タルザン 6 6 タル 二①巧 / モータッド、 3 2 ・ 1 モータッド / ザン 国語 理科 (<) 胃、 (=) 臓器袋、 -. (o) 脳、 (æ) 心臓、 (0) えら、 ( { ) うきぶくろ 社会

6. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

力なく、ヴァレリウスは云った。 まだ先刻の次元断層にまきこまれているのかという錯覚があっ」 ねえ、メイ・ファン、 た。目のまえは、まっかだった 「他に行くとこなんかねえからなあ。 赤い、もえあがる炎。ゆらめく空気。パチ・ ( チとはぜる生木、黒 《暗黒の書》はどうしたの 「あれが私の白魔術に反応して、このおそるべき次元なだれが生じ煙、そして金色にふりまかれる火の粉。 「ルールドの森が燃えている」 たのだ」 メイ・ファンは云った。 まだ茫然としながら、ヴァレリウスはつぶやいた。 ロー・ダンの小屋が : : : そ、そうか。森番のカール 「あれは自らの生み出した、そのどこにもない暗黒の中にのまれて「ああっ め、やりやがったんだ ! 」 いった。もう二度とあらわれることはない」 ロ ・ダンの病を、はやり病いの黒死病ではないかと、人々はひ 「あの《暗黒の書》が ? それともす・ヘての《暗黒の書》がそうな どくおそれていた。そのうたがいが昻じて、ついに、カールにひき られた人びとは、老隠者を小屋にとじこめたまま、ルールドの森 「すべての《暗黒の書》といったものは存在せぬ。一つ一つが各々い すべてであり、かっ唯一なのだ。おまえにはとうていこの意味はわに火を放ったのだ。 二人は森の火事を見おろす小高い丘の上にうつっていた。そこか かるまい。どれ、ルールドの森だな」 らは、景気のよい大きなたき火のようにもえさかる、森のまんなか メイ・ファンは云った。 のロ 1 ・ダンの小屋がよくみえた。あのなかでは、がみがみとロう 「また私のマントにつかまって、少し目をとじていなさい」 、ロー・ダンが、生きながら焼かれ、黒い焼けぼっ」 ヴァレリウスはそうした。どのみち、くらくらとして、わけがわるさいが気はいし くいと化して燃えているのだった。 からず、ひどく体の弱った感じがして、目をあいているのもつらか ったのだ。 体がいながらにして落下してゆくかのような、何ともいえぬ奇妙ヴァレリウスの足がガクガクとふるえた。立っていることができ ず、さいごのすべての力がぬけて、ヴァレリウスはカなくすわりこ な感覚があった。 んでしまった。 「ついたぞ」 「ロー・ダン ルールドの森・ : ・ : 暗黒の書ーー」 メイ・ファンが云った。 脈絡のないことばがそのロをうわごとのようにもれる。 「ルールドの森だがーーー本当に、ここでよいのか」 「暗黒の書などというものは、それをもっていようと望んだだけで 「え」 さえ、このようなわざわいをもたらすのだ。魔道に長けておらぬも 3 ヴァレリウスは目をひらき のは、夢すら手にしようなどと思わぬことだ」 そして呆然とした。

7. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

事ができない。彼の男は、君の方を見て言う。 「なぜ私を入れぬ。私は汝の敵ではない。おまえを減・ほすかも しれぬが、助けるかも知れぬ。だが、私を入れねば、この家の 中の者は、確実におまえを減ぼすだろう。お前に呪文を教えよ 。魔法使よ。これはそもそもお前のものだったのだから」 彼は指で空に文字を書く。その文字は「ビノネ」と読める。 すると君は目が覚める。暗く小さな部屋の心地の良い・ヘッド の上にいる。隣りの部屋から、何かひそひそと話す声がもれて くる。君は音を立てぬ様に気をつかいながら、ドアの鍵穴から 中をのそきつつ耳をそば立てる。 自分が食事をした部屋に、一つ目巨人がいて、誰かと話をし ている。ろうそくの光と、物陰にかくれて良く見えないが、声 は昼間の女性のもののようだ。 「良い獲物が手に入った。あれはファライゾンの魔法使に違い 『名なき者の谷』におまえが突き落とした者の中で、最 大級の者だよ。例によって記憶を失い、呪文も忘れている。も う私の食事を食べ、歌を聞いた。あとは明日の夜を待って、あ いつを鏡に映し、呪文を唱えれば奴は私達のものだ」 しかし、巨人はしかめつ面をして言った。 「だが、やつは魔剣をもっている。油断はできない」 「大丈夫さ。この家の中では普通の剣に光りがついただけのお もちゃだよ。逃げる為には秘密の部屋の謎を解かねばならない し、第一、その部屋すら見つけられないよ。この『入口のなく なる家』から逃げられるわけがない」 女の言う通り、向こうの部屋にあるべきはずの、外から入っ て来た入口は消えて、壁になっている。君は : 君は呪文を持って行くと宣言した。君の中で様々な呪文がさ さやかれるが、それらが求めているのはその呪文をつなぎとめ る言葉、すなわち君の名前であった。 だが、君は自分の名を答える事が出来ない。自分の名前は置 いてきてしまったのだ。 君の周囲で、君の呪文がぶつかり合う。 故郷へ戻った時、君の姿は夏の嵐となっている。ただ吹きす さみ、形を変え去って行くだけの嵐。それが君の取れる最後の 姿であった。 ・ 1 」 0 君は巨人のかかとに剣を突き立てた。だが、何と固いのだろ う ! 数センチ刺さった剣先は、巨人を傷つけたとはとても思 えなかった。 呆然としていた巨人は正気に戻り、君の目を指でえぐってし まった。君は痛みに悲鳴をあげる。巨人の急所は目たったの 闇に火花が散った様に思えて、君の意識は遠のいてゆく。そ して最後の瞬間、君は一人の女性の姿を、とても親しかった人 の姿を想い浮かべる。もう二度と会う事のない人の姿を : 剣を使って奇襲をかけるーーー 6 へ 自分の居る部屋を調べてみる 呪文を唱える 5

8. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

いなかったからである。 コレクションだよ。どれ、下っていろ」 「私の足は、長年吸血ヅタに血を吸われて、肉がくさりおちてしま メイ・ファンのくちびるが何やら呟くと、ふいに宙からポッとひ った。もうこのマントの中で、足も手も、用をなさぬのだ。目もとかたまりの炎が生まれ、それがイドにまっすぐぶつかっていっ こ 0 な」 魔道師は少年のおどろきに気づいて云った。一 「わあ」 「だがわしは魔道にたけているので、そんなことはいっこうにさし ヴァレリウスが叫ぶ間もなく、イドはちりちりとちちみあがって つかえはない。目がみえずともすべて見えるし、手も足もっかえず燃えっきた。 グレイ・又イグ とも歩くことも、魔法の手をつかうこともできる。何の不自由もな「イ ー・リン・イーはイドや、グール、またカラヴィアの大灰色猿 いのだ」 など、たくさんのぶきみな生物をきやつのこの異次元の洞窟に放っ 「凄いや」 て、見はりとしているのだ。さ、行こう。私がついておれば何もわ ヴァレリウスは昻奮して云った。 れわれに手出しはして来ぬ」 「魔道って妻い。おいらも魔道が使えたらいいのに」 メイ・ファンはヴァレリウスにしつかりとっかまっているよう、 「ばかなことをいうものではない。 これは、通常の人であることとくりかえしていうと、急に宙にまいあがって、とぶような早さで前 縁を切り、ふつう人としての喜怒哀楽すべてを思い切ることによっ進しはじめた。 てのみ得られる、あやしの力なのだ」 ヴァレリウスはおどろいた。しかし、そのことへのおどろきは、 「でもーーー」 やがて、目のまえにつぎつぎとくりひろげられる、あまりにもおそ 云いかけたが、ふいに少年はワッと叫んだ。 ましい光景へのおどろきにうちけされてしまった。 「あ、ありや何だ」 つぎつぎとあらわれてくるのは、イ ー・リン・イーのおぞましい 目のまえに、ぞっとする半透明の壁のようなものが迫っていた。 所業の生きる証たちであった。あちこち、ヴァレリウスなどには、 ゅ 0 くりと立ちあがり、こ 0 ちの行手をふさごうとする、それの中どこにあるのかさえ想像もっかぬ秘境の、怪異な生物が檻にとじこ には、体内の器官らしいものが気味わるく透けており、何ともぞっめられていた。ノスフ = ラスのセム、ラゴン、イド、砂虫をはじめ とする眺めだった。 キタイの白トラ、砂漠オオカミ、岩モドキやフェラーラの下水にす 「さわってはいかん、くわれるぞ。それはノスフ = ラスのイドだ」まうどろどろした怪獣パンヨーラ、カリンクトウムの炎の池にのみ おちつき払ってメイ・ファンが云った。 住む火炎獣、海の『海馬人』や巨大なクラゲウオ、この世でいちば 「さきほどおまえのみたのは、ノスフ = ラスの = ンゼル・ヘアーとん大きい獣エル ( ンーーーそれはむろん、ヴァレリウスがそうと知っ カリンクトウムの蛇の木だ。 ( どれも、イー・リン・イーの呪うべきていようはずもなく、いちいちメイ・ファンがそうと教えてくれた

9. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

ョフ一 ということも、知らないんじゃないかな」 おれは、、・ / テス老の、不思議に若々しい ・フルーの瞳を見つめ た。知っていた。だから、興味をひかれて、ここまで来たのだ。 「わしは最初、大学から派遣されてここに来た。遺跡調査のために な。調査はあまり実りあるものじゃなかったから、大学は半年で手 を引いた。しかし、わしは帰らなかった。ここが気に入っていた し、大学は気に入っていなかったからな。それに ハデス老は、べっと唾を吐いた。それは、大学教授らしからぬ仕 種たった。 「女房と娘が、向こうの谷間に眠っている。グライダーの事故たっ 老人は、粘土のかけらを投げ捨て、ズボンの尻で両手をはたい 「陳腐だったか ? 」 「確かにね」 おれは、ポケットから煙草を出し、発火シールをひきむしった。 老人が手を出したので、 ッケージごと渡してやる。ハデス老は、 目を細めて煙を吸い込んだ。 「カメラ持ってるかい ? 事件屋さん」 「ハギーに置いてありますよ」 おれは、ちょっと戸惑って答えた。 「記念撮影でもするんですか ? 」 ( デス老は、煙草を投げ捨て、あいまいに首を振った。 「そんなとこだが、・ ( ギーまで戻っては、間に合わんだろう。あれ を見ろ」 老人は、澄み切った青空を指差した。おれは目を細めた。スゾラ

10. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

こら ほ - フず . ー わい万目お い引のれ 度き前の か胸たで 弁当代は お前の父ちゃんに キてもら、フ からなさあ べ、ルと あの娘も ぐるたろ、フか な何の事 ですかっ 手に持ってる のは何だっ