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検索対象: SFマガジン 1985年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

グッチャリよ、とカスさんは真白な歯を見せて、それは優しく微笑もん」 2 ひさしは右左右左とジャプを杉山の顔面に入れた。杉山もボクシ 3 したのです。ぼくは痛さにおいおい泣きながら土下座をし、ま、一 肌脱いでやるか、と彼女のたのみをしかたなく聞き入れてやったのングのかっこうをして応戦しはじめる。 です」 「今までに何人につけたんだっ ! 」・ この蠅男つ」 「さっきのでちょうど三十個だよう。ぐえつ」 「脅迫されたんだろがっー 「やがて透明から降ろされたぼくは百個の超合金貞操帯と催びさしのストレートが杉山の鼻を潰した。 眠ス。フレーを抱え、頭上の入口を見あげました。するとカスさんは 「もう二度とづけるなっ ! それになんだっておまえは独身男の住 入口から笑顔をだし、・ほくの頭の輪をさらに強くギリギリと締めつんでるアパートなどを知ってるんだっ」 けて、おっしやったのです。それを若くて美しい独身男性の下半身「この町内と隣町の美しい独身男性の住所と名前と電話番号はすべ にひとっ残らず全部つけておくのよ、と。わたしは十三日の金曜のてノートにメモしてあるもん。毎年・ ( レインタインにチョコレート 真夜中に、この公園へ再びやってきます。そこでとても大切な儀式送ってるんだもーん。うげつー を行うわ、とにこやかにおっしやり、 > サインをして去って行った ひさしの左アッ 。ハーが杉山の顎に入った。 のです。入口はし・ほむように小さくなり、点になって消えてしまい 「十三日の金曜になったらなにが起きるんだ卩」 ました」 「ひいい。知らないよう」 「それできさまは夜な夜な独身男のアパートに忍び込んで、その超杉山の顔は血まみれだった。いや、血と鼻と涎まみれだった。ひ このオケラっ ! 」 合金貞操帯をつけてまわったのかっー さしと杉山は軽快なフットワークで右左とパンチをくりだす。 ひさしは杉山の頭を殴った。 「十三日の金曜になったら、超合金貞操帯がはずれるのかっあ 「ひええん。だって夜中の三時になるとギリギリと輪が締めつけてと一週間もあるじゃねえかっ ! 」 「そうだと思うよう。一度つけたら誰にも二度とはずすことができ くるんだもん。お仕事をはじめるとゆるむんだもん。だから、てつ とりばやく、・ほくの町内と隣町の若い独身男性のア。 ( ートに毎夜忍ないんだよう。締めたりゆるめたりすることはコントロール・ポッ クスでできるけど、あわわしまった」 び込んだんだよう」 「おれは確かに美しい独身男性だが、この町から全然離れた所に住「なにつやつばりそうか ! あの黄金色の小箱だなっー んでいるじゃねえかっ ! 」 ひさしは膝蹴りを杉山の顔面に入れる。杉山はぐえっとのけぞっ右、左と杉山のボディに。ハンチを入れた。 「ぐふつぐふつ。だすようう。でも三メートル以内にある超合金真 た。が、ダルマのようにすぐに一昃る。 「だって、関君につければ麻美となにもできなくなると思ったんだ操帯にしかきかないよう。下半身の大きな人にはかせるときに広げ

2. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

・こっこ 0 攻を飛べるようにしたのは、先輩自身なんですよ」 「一式陸攻って言うのか、この飛行機は」 サトルは、言葉を続けた。 「先輩は、たった一人で帆船をあやつって、あの嵐の大洋を乗り切「そうですよ。それも覚えてないんですか ? 」 「ついでに、もうひとっ聞かせてくれ」 ったんです。まあ、途中で白い鯨を見かけた時は、気が狂ったみた いに追いかけて、ずいぶん道草くっちゃいましたけど、なんとか無山下は、言った。 「この飛行機は : : : 」 事に陸地に着きまして。その後も、また凄かったですよねー、みの 「一式陸攻」 りさん ? 」 ーいったいどこへ向かって飛んでるんだ ? 」 「この一式陸攻よ、 「そうそう。あそこが、猛獣の国だとは思いもよらなかったもの」 「決まってるじゃないですか。グランド・コンコースですよ」 と、みのりも思わず話に熱が入る。 「グランド・コンコース : 「だけど、山下さん、前世でサーカスの動物使いやってたなんて、 「先輩は知らないかもしれませんけどねー、ぼくたちが、大冒険惑 あたし少しも知らなかったわー」 「いやー、ほんとに、目のさめるような鮮やかなムチさばきでした星に遊びに来て、もう三日た「てるんですよ」 「なんだって ? 」 からねー。先輩、あんな特技があるのに、それまで隠してるんだも んなー。もう少しで、・ほくたちライオンのおべんとうになるところ「三日です。三日目。つまり、連休は今日で終りなんですよ。だか ら、どうしたって、今日中に、猫ヶ丘に帰らなくちゃならないんで だったんですよ」 す。わかりますか ? 」 「あん時は、もうダメだと思ったわ」 「もう、三日もたってるのか ? 」 「危機一髪でしたからね」 「そうですよ」 と、サトルが、うなずき返した。 「だけど、食料は、どうしたんだ」 「危機一髪なことは、今だって、ちっとも変ってないんだがね」 「やだなー、みんな先輩が、どっかから持ってきたじゃないです 山下は、思いきり苦々しい口調で、言った。 か」 「なにしろ、おれは、飛行機なんて一度も操縦したことはないんだ 「おれが ? 」 から」 「そうですよ。サ。ハイ・ハルならまかしとけって、やたら張り切っ 「またまた、そんなこと言っちゃって」 サトルが、あくまでも明るく、言った。山下を完全に信頼してるて」 「おれが ? 」 口調だった。 「だって、猛獣の国を抜けて、歴史の国へ入って、博物館の一式陸「そう ! 」 325

3. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

魂をぬき出し、わしの魔道により何か生まれもっかぬすがたにかえ かれのからだは激しく中空へもみあげられた。 るか、ないしは食ってしまうべきであったのだ。それ、そこのガ キ、きさまもだ。よくも身のほど知らずにもただのうす汚れたガキ「死んでも手をはなしてはならんそ、子ども ! 」 はてしないとおくの方から、かすかにメイ・ファンの声がした。 の分際でわしに逆らったな。きさまも早いところ魂をすすり、みる もおそましい大とサルと羊の一部分を体にうえつけ、一個のキマイ「手をはなしたら、永遠の魂にまで及ぶ破減だそ ! 」 この礼はきっとし 永遠の魂に及ぶ破減、というのがどういうものなのか、それもむ ラとかえてやろうと思っておったものを。えい てやる、いや、せずにはおかぬそ。さあ来い、かかって来い。きさろん、ヴァレリウスにはわからぬ。 ドールとどちらがまこと力をもつものか、 ただやみくもに非常な恐怖につきあげられて、ヴァレリウスがマ まのおろかしい神とわが ざ目のまえでントの端をにぎりしめるまま、そのマントごと、世界じゅうが、黄 黒魔の術と白魔の術、どちらがまことに偉いのか、い 色くなったり真紅になったり、まっ白になったりした。 決着つけてくれようではないか」 何ものかのけたたましい、魂切る叫びがとおくきこえ、何か巨大 ー・リン・イー」 「なんと、イ メイ・ファンはこた、んた。 な、猿のようでも、カメのようでもある毛むくじゃらのひらたいも 「きさまのそれをこそさかうらみとは呼ぶのだ。そのよこしまな術のが、大きく四肢をひろげて、真紅の河の向う側へおちていった。 をもってわれをだまし、封じこめ、百年の長きにわたってもてあそ真紅にふれると同時にそれが木ッ端みじんに砕け散った。 ヴァレリウスにはもう、自分がどこにいるのか、どうしているの んでくれたが、いまとなってはもはや正邪の差こそあれ、きさまの 魔道はわが術に抗すべきすべとてないこと、思い知らせてくれよかも何ひとつわからなかった。ごおおおと妻まじい音がきこえ、イ ー・リン・イーの洞窟がくずれおちてゆく。次々と、イドやグー う。そもそもいつわりたばかってとじこめたこと自体、正面からャ ル、大灰色猿などが真紅の流れにおちてとけてゆく。次にまっ黄色 ヌスの使徒に立ちむかうを得ぬおぬしのカよわさを示すものでしか ない。さあ、その怪物をけしかけてみよ。白い炎を一閃し、この洞がふき出してきたと思うと、まっ青がまじりあい、青ひと色にぬり つぶされる。 窟ごと焼き払うてくれようぞ」 「ヤ】ニュ、ジェナス、ナルドール、ゼノア ! 」 「おお、けしかけずにおくものか。ィーゴー 何ものかの叫び。そして絶叫、断末魔の無念の悲鳴。 ィー・リン・イーの叫びがぶきみにひびきわたり、こだました。 「メイイイイイイ ! 」 その、次の刹那 「フアアアアアアア : : : ン ! 」 正しくは、一体何がどのようにおこったのか、このような異妖の 空間も、魔道師どうしの争いをも、、何ひとっ知らぬヴァレリウス 「リイイインンンンンン : に、わかろうすべもない。

4. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

いなかったからである。 コレクションだよ。どれ、下っていろ」 「私の足は、長年吸血ヅタに血を吸われて、肉がくさりおちてしま メイ・ファンのくちびるが何やら呟くと、ふいに宙からポッとひ った。もうこのマントの中で、足も手も、用をなさぬのだ。目もとかたまりの炎が生まれ、それがイドにまっすぐぶつかっていっ こ 0 な」 魔道師は少年のおどろきに気づいて云った。一 「わあ」 「だがわしは魔道にたけているので、そんなことはいっこうにさし ヴァレリウスが叫ぶ間もなく、イドはちりちりとちちみあがって つかえはない。目がみえずともすべて見えるし、手も足もっかえず燃えっきた。 グレイ・又イグ とも歩くことも、魔法の手をつかうこともできる。何の不自由もな「イ ー・リン・イーはイドや、グール、またカラヴィアの大灰色猿 いのだ」 など、たくさんのぶきみな生物をきやつのこの異次元の洞窟に放っ 「凄いや」 て、見はりとしているのだ。さ、行こう。私がついておれば何もわ ヴァレリウスは昻奮して云った。 れわれに手出しはして来ぬ」 「魔道って妻い。おいらも魔道が使えたらいいのに」 メイ・ファンはヴァレリウスにしつかりとっかまっているよう、 「ばかなことをいうものではない。 これは、通常の人であることとくりかえしていうと、急に宙にまいあがって、とぶような早さで前 縁を切り、ふつう人としての喜怒哀楽すべてを思い切ることによっ進しはじめた。 てのみ得られる、あやしの力なのだ」 ヴァレリウスはおどろいた。しかし、そのことへのおどろきは、 「でもーーー」 やがて、目のまえにつぎつぎとくりひろげられる、あまりにもおそ 云いかけたが、ふいに少年はワッと叫んだ。 ましい光景へのおどろきにうちけされてしまった。 「あ、ありや何だ」 つぎつぎとあらわれてくるのは、イ ー・リン・イーのおぞましい 目のまえに、ぞっとする半透明の壁のようなものが迫っていた。 所業の生きる証たちであった。あちこち、ヴァレリウスなどには、 ゅ 0 くりと立ちあがり、こ 0 ちの行手をふさごうとする、それの中どこにあるのかさえ想像もっかぬ秘境の、怪異な生物が檻にとじこ には、体内の器官らしいものが気味わるく透けており、何ともぞっめられていた。ノスフ = ラスのセム、ラゴン、イド、砂虫をはじめ とする眺めだった。 キタイの白トラ、砂漠オオカミ、岩モドキやフェラーラの下水にす 「さわってはいかん、くわれるぞ。それはノスフ = ラスのイドだ」まうどろどろした怪獣パンヨーラ、カリンクトウムの炎の池にのみ おちつき払ってメイ・ファンが云った。 住む火炎獣、海の『海馬人』や巨大なクラゲウオ、この世でいちば 「さきほどおまえのみたのは、ノスフ = ラスの = ンゼル・ヘアーとん大きい獣エル ( ンーーーそれはむろん、ヴァレリウスがそうと知っ カリンクトウムの蛇の木だ。 ( どれも、イー・リン・イーの呪うべきていようはずもなく、いちいちメイ・ファンがそうと教えてくれた

5. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

「効いてるはずだ。痛えはずだ。おめえ、こらえてるんだろう。我 不意に肩が強く引かれた。 逆らわずふり向いた顎に鈍い衝撃が走った。移動感のすぐ後でい慢してんだろ ? え、そうなんだろ ? 」 私は志保に眠をやった。彼女がどうでるか、それが知りたいこと 腰がカウンターの端に当たって嫌な音をたてた。 ・こっこ 0 私は頭をふって、周囲の人影を見つめる。 あの二人と四人ほどの仲間がいた。志保のシン・ハなのか、時彦の予想は当っていたようだ。 弟分なのかはわからない。私を取り巻く怒りだけは、形をとりそう志保は脅えたような眼つきで数歩下がり、背を向けて走り出し なほど確実なものであった。 追おうとした私の前に、男たちが立ち塞がった。 今回は・ハーテンの援助も得られそうにない。 私は戦闘の意志をこめて手足をふり廻した。数人が倒れ、列は左 「この娘に何の用があるんだよ、兄さん ? 」 右に開いた。 でかいのが訊いた。 「どうしてだ ? 」 別に、と私は答えた。 「それで済むかい、この野郎 ! 」 走り去る私の背に、声が追いすがってきた。 ひとりが横から突っかけた。 「どうして、おまえに殴られると痛くて、おれたちのパンチは効か ねえんだ ? おまえは何者だ ? ーーー おれたちは何なんだ ? 」 拳は私のこめかみに当たった。 私は戸口をくぐった。 衝撃はあったが、痛みはなかった。 手と足が四方からとんできた。 私は立ったまま、】受けた。何度かパランスを崩したが、そのたび に立ち上がった。 彼らの攻撃は、やはり何かが違うのだ。 街路には影たちがひしめいていた。 「動かねえのかよ 青い光にふさわしい青い影。昆虫のような形と声をした奴ら。 と ~ 亦シャツが ~ 樊いた。 私を見て、彼らは音もなく後じさった。 「んなはずはねえーー野郎 ! 」 皮肉な笑みが浮かんだ。今になってやっと、こうなってやっと、 跳ね上がった足は私の鳩尾をえぐったが、私は立っていることが私たちは奴らを脅やかすことができたのだ。 できた。 奇怪なメカの向うに、街路を駆けてゆく小さな影が映った。一 「そんな : : : そんなはずはねえ」 私も走り出した。 蹴ったモヒカン刈りが呻いた。 影たちは手を出さなかった。やってきたものの、どうしたらいい 2 6

6. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

の目は人々を、道の石ころや何かと同じようにしか認めていなかっ とは何色だったのか決めかねるくらいだ。 第二に、それほどみじめな外見であるから、もっと人々の同情をた。さすがに、汚いからと追い払おうとするものもいなかったが、 ひいてもよかったのだが、この少年の目つき、うずくまって、道ゅあのまま放っといてもいいだろうか、病気もちだったら、といった く人びとを、あわれみを乞うでもなく見つめている目つき、顔つきささやきは、広場を囲む屋台のあいだでひそひそとかわされてい には、何とも形容しがたいある暗いもの、怖しいとさえ云いたいもた。 のがあって、それが、ちょっとあわれをかけて足をとめた人をも、 にぎやかなアム・フラの町の一日はいつもとかわりなく過ぎてゆ く。その、アム・フラのにぎわいの中にばつりとおとした黒い水の一 すぐにそのまま目をそらせて立ち去らせてしまうのだった。何とい ったらよいか、世を呪い、ひとを呪い、おのれに手をふれる人間す滴のように、少年は異質に、相入れず、みじめに、怒りにも、ズて、 べてにガッと食いつくのではないかと思わせる、すさまじいばかりそこにうずくまったまま、いつまでもうごかなかった。 に暗い火をひそめた目つきなのである。 そのまま、どのくらいの時が流れすぎたものか。 やせこけた顔はどくろの上に皮一枚はりつけたようで、どこにも 少年は知らなかった。少年には、時は止まっていた。世界もな 子供らしい生気や可愛げというものがない。あまりに目がおちくぼ く、神もなかった。とっくにそんなものは見失ってしまっていたの み、頬がこけているので、まるで老人の面貌になってしまってい だ。というより、世界と神々とが少年を見失ったのだった。少年は る。人々が、何か伝染病でもかかえてはおらぬかと、思わずとおま 自らの名さえ忘れていた。 きにして避けるのもふしぎではなかった。 そのまま朝を迎えたら、おそらくかれはアムプラの石畳につめた そのみじめな、生ける屍のような少年が、どこからきたのか、ど いやせこけたむくろをさらすことになっていたかもしれぬ。もう何 ういう境遇なのか、知っているものは誰一人いなかった。このアム ・フラでは、はるかなキタイからきた留学生でも、ものの十日も滞在日もかれは食べていなかった。いかに気候の温暖な盆地のパロとは いえ、夜ともなれば、身をおおうに足りぬぼろ一枚ではとうてい寒 していれば、誰かれに話しかけられて、誰かは知っている、という ことになるのだが、この少年のことは誰も知らぬようだ。というこ気を防ぐことはできぬ。何より、よわりはてたからだであった。も とは、このへんの生まれではない。また、ここにきたのも、そう前う、立ちあがることもできぬまま、かれは目をとじた。その特長あ る、切れ長の、ふしぎな色あいの目がまぶたにふさがれると、かれ のことではないのだろう。 少年は孤独に、誰にも気にもとめられず、誰にもかまわれず、誰はもう、ただのみじめな浮浪児としか見えなかった。 にも救いの手をさしのべられぬまま、じっとうずくまって、おそらゆっくりとかれの大きな頭を支えかねて、細い首ががつくりとの まったくかわいらしさとか、子供らしさ、均斉、美しさ くは死にかけているのだった。その暗いおちくぼんだ目もまた、道める。 ゆく他人たちに何ひとっ期待しておらず、呪ってもいなかった。そというものを欠いた少年であった。手ひどく汚れ、やせこけ、弱っ

7. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

の中に、はじめて、とまどいに近い色があった。 「心配しないで。・ほくは、父がここをとおりかかったらするように 「かわいい若君じゃないかね」 しているだけです」 「情ぶかいし。父上も評判のいい方だからね」 リーナスと名のった少年は、安心させるようににこにこしながら「まだ、十になるならずだろ」 云った。 「なかなか、利発そうな : : : 」 「たぶんいずれ、ぼくは父のあとをついで・ハロの可政官の一人とな たちまち、ようすをみていた町人たちの間で、うわさ話がはじま ります。だから、・ハロの民の困窮はぼくにとってひとごとじゃないる。 しーーーそれに父はいつも云っています。いやしくも・ハロの市民であ しかし、一杯のカラム水とわずかの食物で、少しは元気をとりも るものは、どんなに罪ぶかいさだめであろうと、飢えて死ぬことはどしたかにみえる、少年はまったくきいていなかった。 ない、とね」 かれは、何とも云いようのない、奇妙な目つきで、びろうどのマ ントを右手につかみ、左手に指輪をにぎりしめ、じっと馬車の消え 「本当に、来て下さいね。必ず力になれると思うから。ーー覚えてていった方を見つめていた。疑うとも、あやしむとも、嘲るとも、 くれました ? ぼくはリーナス小子爵、パロの宰相リヤ卿の一人息泣きたいともっかぬ、ふしぎな顔で。 子です」 「おい、坊ず、せつかくああいって頂いたんだからーー」 小子爵はにつこり笑った。この少年よりもっと凍りついた魂をさ カラム水売りのおやじが声をかけた。とたんに、力をとりもどし えとろかしてしまいそうな、あどけない、人を疑うことを知らぬ笑たすばやさで、少年はとびあがった。 顔だった。 すごい目でおやじをにらみつけると、そのままマントをひきず り、指輪をにぎりしめて歩き出す。 「さあ、若君」 「お、おい 「わかった、行くよ、行くよ。待たせてわるかった」 「父上がお怒りになりますよ。王子さまがたをお待たせして、この大人たちが呆気にとられているうちに、もう、少年のすがたは路 ような小汚い小僧にかかずらっていたことを知られたら」 地へとびこんでしまった。 「わかったってばーーーきみ ! 必ず、困ったことがあったら、来て大人たちはうしろめたいような、奇妙に心をゆさぶられた目を見 かわした。しかしかれらはそれそれ、自分の家業に忙しかった。 下さいね ! 誰も一人で苦しむことはないのだから」 少年子爵は両方からおっきの騎士に馬車へつれこまれ、とたんに少し気がとがめたり、気になったりはしたけれども、タベの鐘が 扉がしまって、馬車は走り去った。クリスタル・・ ( レスの方角へ。鳴るころには、そんなささいなひと幕のことは、みんなすっかり忘 見送って、 れてしまった。これ以上やせられぬくらいやせたあの少年がぶじに 2

8. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

れた手をのばして、ひったくるようにカラム水をとり、一気にのもとばはナイフのようだった。 「う・る・せ・え」 うとしてむせ込んだ。 「この餓鬼」 「さ、これもたべて。少し、気分がよくなった ? 」 とたんに、騎士たちの一人が靴をあげて少年をけりつけた。少年 貴族の少年はねっしんにすすめて、手づから袋の中から焼きパン は身を二つに折る。 をとり出した。少年はあいかわらずものも云わぬ。すごい目であい 「このお方をどなたと思う。本当なら、きさまのような行き倒れの てを見つめながら、がつがっと、パンを口におしこんだ。 「若君、さ、もうよろしうございまし = う。このような汚い小僧に餓鬼など、ことばをかわすはおろかお顔さえ拝めぬ尊い身分の若君 かかわりあうご身分では、ございませんそ。お父上にお耳に入りまだそ」 「若君のお情ぶかいなさりように仇する気か」 したら、私どもがお叱りをうけます」 「ああ、待って。・ほくがうるさくしたからいけないんだよ」 「もう少し、もう少し待って」 若君はおっとりと云った。よほど、大切に育てられた、おだやか 若君はじっと見守っていた。 で人のいい子供なのだろう。 「ねえ、きみ。どうして、こんなところに倒れているの 「誰だって、はじめて会った人にあれこれきかれたらいやだもの。 「体の具合がわるいの ? 病気で、ゆくさきもないのなら、ぼくのねえ、きみ。・ほくはこのパの、クリスタル・パレスの宰相、内大 ロ臣リヤ候爵のむすこでリーナス子爵というものです。何か、・ほくに 父上がやっておられる救護院へいらっしゃい。どんな人でも、パ にいるかぎり、ゆく資格があるんだよ。それともどこかゆくあてがしてあげられることがあ「たら、・せひ北クリスタルの、リヤ候爵の 邸へたずねてきて下さい。きみが信用しないといけないから、これ そうだ」 あるなら、ぼくがつれていってあげる。 若君は騎士たちがとめるいとまもなく、びろうどの「ントをふわをわたしておくよ。これをみせればすぐ門番はぼくに通じてくれる ようにしておきます」 りとぬいだ。 少年はほそい指から、ルーン文字の意匠の指輪をぬきとり、あい 「寒いでしよう。とにかく、これを羽織っていらっしゃい」 この時代、貴族の子弟が悪魔に魅込まれ、悪 裸のやせた肩にきせかけてやる。少年はびくりとしたが、よわりてにおしつけた。 霊に近づかれるのをふせぐため、さまざまな飾り輪、守り刀、ペン はてたからだで、払いのける力もなかった。 「ねえ、名は何というの ? どうして、こんな、ぼくと大してかわダント、指輪など、魔よけの装身具をたくさん身につけているの は、ごく常識的なことである。 らぬような年で、たった一人こんなところにいるの ? お父上は、 あいては手におしつけられた銀の指輪を、どう思っていいかわか 母上は ? お家は ? 」 少年は、顔をあげた。のろのろと唇をひらく。しかし、もれたこらない、とでもいうように、少年と見比べた。その暗いうつろな目

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いじめっ子っ ! 」 「せ、関君の・ハカっー つけてるのかっ」 杉山は涙ぐんでいた。 ひさしは立ちあがり、杉山の股間を片足で踏みつけてみた。 グニョ、といやな感触がした。 杉山はスラックスのポケットから黄金色の小箱をだし、ダイヤル をぐいと右に回した。 ( 「ああんつ、だめつ ! 」 あまりにも不気味な感触に、靴の裏から寒気立ちあがろうとしていたひさしは、眼球と舌をとびださせ股間を 杉山が悶えた。 押さえた。超合金貞操帯が締めつけてきたのだ。 がそそっと這いあがってきた。 「げげつ ! 」 「そっそうか。杉山さんはつけてないようだな : : : 」 「ハカ・ハカバカっ ! 関君の・ハカっ ! 」 とひさしは思った。 靴が腐ってしまったかもしれない、 杉山はダイヤルをぐいぐい右に回す。 「ひえええん。 いいかげんに・ほくの体の上からどいてよおおん」 顔を真赤にしたひさしは、あまりの股間の痛さについに耐えられ 「話すまではどぎません。話さないと、体の上でとびはねますよ。 と叫びをあげて悶絶した。両 なくなり、一声、ぎえええええっ , 内臓が口からとびだしますからね」 「・ほ、・ほく本当に知らないもん。お家へ帰してよ。お家へ早く帰っ眼が白眼になった。 て仮眠取らないと、真夜中午前三時からのお仕事にさしつかえる「ああっ、いけないつ。また、やりすぎちゃったん ! でも、関君 つべーだ」 がいじめるからいけないんだよー う。あわわ」 杉山は気絶したひさしにアッカンべーをやり、ダイヤルを左に戻 杉山はあわてて口を押さえた。 し金属製の小さな箱をポケットにしまった。 「真夜中午前三時からのお仕事 ? なんですかそれは ? 」 そして杉山は袋小路に誰もいないのをササッと確めてから、気絶 しいかげん、ぐるしいようつ 「し、知らないつ。知らないよっー してヒクヒクひきつけをおこしているひさしにそおっと歩み寄って 杉山は猛烈に両手両足をスタ。 ( タ動かして暴れた。そして、自分行った。 の胸の上に乗 0 ているひさしの両足首をむんずとっかみ、すさまじ髪を電気シ = , クにあ 0 たように逆立て、白眼をむき舌をとびだ させているひさしの顔を覗き込み、眠っている白雪姫を見つけた王 いカで上に持ちあげ、ガスと左右に開いた。 子様のようにそおおおっと顔を近づけて行った。 「うわっ ! 」 ひさしは・ ( ランスを崩し、後ろにどうと倒れた。その間に、い秒杉山は自分の顔のまわりをソフト・フォーカスにし両眼を D 型に し、唇をタコのように突きだしてひさしのロに近づけて行った。 の速さで杉山は立ちあがった。 あと二センチで、ひさしのとびだした舌の先端に杉山の唇が触れ 5 杉山のショッキング・ビンクのワイシャツの胸には、くつきりひ る、というとき、ふいにすぐ上のビルの窓がガラリと開き、白いコ さしの靴跡が二つついていた。

10. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

森の細道をぬけ、ジ = = 、アの町へ入ってゆく。やっといくつか「咳ばかりして、だんだん肌色が黒くカサカサしてきたが、ありや の店がみえてくるあたりで、つと、彼の前に、立ちはだかったものあ黒死の病じゃねえか、と木こりのメルが云ってたぞ。え、じじい は、どうなんだ ? 」 があった。大柄な、兵士ふうのなりをした男である。 「黒死の病はおっそろしい、はやり病いだ。あれが出ると小っさな 「おい、こら」 町は全減だ。もしじじいがそうなら、そのままにやできねえ。小屋 あいては云った。 ・ダンじじいのところのちびだろう。ちょっとごとじじいとてめえを焼き殺さにやいけねえ。おい、ちっとついて 「お前、森の、ロー 来い。カシス神殿で、黒死病かどうか見てもらうんだ」 待て、どこへゆく」 「イヤだ。そんなところ、行くもんか」 ヴァレリウスは陰気な目であいてをにらみつけ、返事もしなかっ た。その三白眼とさいづち頭と猫背の体、全体が、おまえの知った「何だと、このかさつかきの小僧め。さっさとついて来ねえと、ひ きずっていくそ」 ことじゃない、と叫び立てているかのようだった。 カールが太い手をのばしたとたんだった。 するりと脇をすりぬけてゆこうとした少年を、男はぐいと腕をつ ヴァレリウスは、力いつばいカールの向うずねをかたい木ぐっで かんでひきとめた。 「ちょっと待てってのが、わからねえか。おれは森番のカールだ。けりつけた。さしもの森番もひっくりかえるのを、たくみにかいく こないだ、木こりが教えてくれたが、ロー・ダンじじいは何だかおぐって、思いもよらぬスビードでかけ出した。 、このちび ! どうあっても焼き殺してやるぞ。待て、 かしな病気で、ようすがヘンだ、っていうじゃねえか」 待ちゃがれ ! 」 奇想天外 ! ひまつぶしの本 ! 。謄ル日ドルしょ = っ = ロジャー・プライス浅倉久志編・訳 定価五八〇円 0 りトい、セい イ可の ? サーント 早川書房 脚 5