ことに気がついた。 よ」 かれは云い、また唇をなめた。 ( こ、こんなに長いこと、あの洞窟がつづいていたかしら ) ー・リノ 「わるいけど、やつばしいらねえよ、それ。おいらがもってても、 何ものかに、どんと押されるようにして、まっくらなイ しようがねえや : : : ロー・ダンに、あんたんとこで売ってるから、 ・イーの洞窟にとびこんでしまったが、そこですぐに腰をぬかした 買いにきなと、、 っとくよ」 ので、たとえ洞窟そのものはかなり奥が深かったとしても、ヴァレ リウスのいたのはその入りはなのところであったはずである。 「わしがロー・ダンにも売るかどうかはわからんがな」 ・ダンのことだ。お 「え ? まあ、いいや、そいつはあんたとロー それに、洞窟の外側すぐに、小神殿の参道がひらけていたのだか ら、もっと、外のざわめきやにぎわいも、きこえてもよいはずだ。 れーーーおれ帰るよ」 「そうか。それは残念じゃの。何ももてなしをせんで、わるかったそれなのに、かなり長いこと走ったはずなのに、いつまでたって も、外の光ひとつ、さしこんでは来ず、両側はむしろ、しだいにせ まくなってくるようだった。 「いいよ。ありがとよ。じゃーな、首のおっさん」 ヴァレリウスは、ふるえ声ではあったが、さいごまで何とか虚勢石の洞窟の内壁には、光りゴケがこびりついてうっすらと光を放 っている。その他には、向うにもうしろにも、まったく外の光の気 をはって笑ってみせた。それからふいにこみあげる怯えにこらえか ねたようにうしろをむいて、まっしぐらにかけ出した。 配はしないのである。 いつのまにか、イーゴが来ていて、ぐーツというような声を立て「え : しだいにヴァレリウスは、足ががくがくとしはじめた。それに外 た。その上にぼっかりとうかんだまま、イ ー・リン・イーは何がお の物音が何ひとっきこえて来ず、しいんと重苦しくしずまりかえっ かしいのか、いつまでもくつくっと笑っていた。 ているのも、ひどくぶきみである。 しかし足をとめるのも恐しい。だんだん泣きそうになり、ためら いながら、ヴァレリウスはのろのろと歩きつづけた。だんだん、か ヴァレリウスはまっしぐらに、あとをも見ずにかけた。 えって出口からとおざかっているような気がしきりとするのだが、 ー・リン・イーに出口をたずねた わけもわからず、ただ恐しく、いまにもうしろから何ものかの手こうなっては、ひきかえしてイ がのびて首すじをひつつかむのではないかと思われた。何もかもが り、もういちどあの怪物ィーゴーと顔をあわせるくらいなら死んだ ー・リン・イーの笑い声がきこえてく方がましだった。 ふいにひどく恐しくなり、イ るたびに小さな体をふるわせた。 ( どうしよう、どうしよう。畜生、畜生 ) どのくらい、走ったのだろう。ふっと、ヴァレリウスは、異妖な ヴァレリウスはロの中で、イ ー・リン・イーとえたいの知れぬ手 に 3
「おお、そら良かった。ほれ、眠くなーる、眠くなーる。この際、 かとなく寒気もしていたのである。 一気にいてまいまひょね ! あそれ、眠くなる、こらせっと、眠く この配慮はありがたかった。 なるつい」 旦那のほうはともかく、この奥さんは信用できるな。と、隆子は 思った。だいたいあんな美味しそうな匂いをたてることができる女手拍子も、林医師の声も、遠く近く、耳に蓋でもされたかのよう にぼやけだし、まばたきの回数がどんどん多くなった。 性に、悪いひとがいるわけがない。 「おお、そうじゃそうじゃ。お茶を飲んで、リラックスしてもら「 : : : あ・ : ・ : 」 視界に靄がかかる。肩のあたりが、ぐったりと重くなってくる。 う ! そーかこの手があったなあ。おまえはほんとうに気が効く 「眠くなるつ、と。 ・ : おい、おまえ、やったぜ ! 」 「あい」 「また、いやですよ、おまいさん」 夫婦が朗らかにじゃれあうのが目に入ったが、その意味にまで気「やつば、銀のペンダントぶらぶらなんかより、一服もるに限るな のつく隆子ではなかった。景気よく湯気をたてている湯飲みに、まああああああ : : : 」 そのことばが脳みその端にひっかかる間もなく、隆子はとうと っすぐ手を伸ばす。」 、深い深い眠りに落ちていったのであった。 「いただきます」 麦茶の濃いような奇妙な味の茶を、隆子が半分ほど飲んだと見る と、林医師はまた、ローエングリンを揺らしだした。 ー 3 「ほな、ちょっとこっち見とってくださいよ。さあて、眠くな 1 ・る ・眠くなーる : : : 眠くならはりまへんか ? どうだす ? 眠くな 青ざめた白色をチラチラとまたたかせながら、テオは陶然と沈黙 していた。 ーる」 しったいいっからここにいるのか、光考も及ばないほど長い長い こと、ずっと、上に上に吹きあげられ続けている。 隆子は驚いた。 微かではあるが、確かに、ロ いつ、逆滝に巻き込まれたのかも覚えていなかった。気がついた ーエングリンが遠くなったり、近く なったりするように見えるのだ。いや、からだのほうが揺れている時には、もう、ここにいた。ここが滝の中だとわかったのは、た のかもしれない。 だ、下に錆花の懐かしい絨毯が見当たらなかったからだ。上昇感覚 「なんだか、ちょっと、効いてきた、ような気が、します、よ : : : 」 よュは、かっ ~ 0 あわてて湯飲みを置こうとしたが、かたかた手がすべって危うく あんなに激しく恐ろしく見えた逆滝の中は、拍子抜けするほどに 失敗するところだった。 静かだった。 《 0 8
機械に愛がわかるものか ! 機械は愛をシミュレートし、やさしでなくてよかったと思った。それでも充分に悟られる危険性はある さを演出する。ほんとうはなんの感情もない。 が。いや、もう心の動きのすべてを知られてしまっているかもしれ 、よ、 0 、 狼少年はいきなり電話がしたくなり、そのまえに小用を足してか オししや、きっと、そうだ。 ら、ソフアの上にもどってダイヤルを告げた。 〈繊細さ〉 少女の声が告げて、フッと笑う。 テレビというテレビが例のドラマでうずまっているので、相手の 顔は映らなかった。 狼少年は心臓までほてる。少女と話をするといつも心臓が熱くた だれる・ 「こんばんわ」 〈素敵な声ね〉 〈会いたいわ〉 「・ : : ・うん」 ふうっと狼の表情筋をゆるめながら、 「声だけのほうがいい 〈どうしたの ? 〉 「テレビ、見てる ? 」 少女はたぶん、いつものように小首をかしげて、 〈見てるといえばね。あたし、目が悪いから。幸いにもね〉 〈なにかがそがれると、新しいなにかが見えてくるのよ〉 狼少年の心は、スポンジのようにやさしい液体を吸ってふくらん「じゃあ、眼鏡かけてよ」 〈なぜ ? 〉 でゆく。 ロ答えするように質問してしまってから、少女はすぐ反省して言 「 : : : なにが見える ? 」 っこ 0 少女のふくみ笑い。どんな顔をしているのか目の前に浮かぶ。 〈 : : : かけたわ〉 〈誠実さ。勇気 : : : 〉 「見てる ? 」 「ウソつけ」 〈見てるわ : : : まあ : : ↓ 〈 : : : 男らしさ。夢みるカ : : : 〉 「似てるだろ ? 」 「また出まかせ言って」 少女は一拍おいてから言ったこ 〈強靱さ〉 「ウソだよ」 〈似てる、なんてもんじゃないわ。あなたじゃないの〉 「 : : : だろ ? 」 〈それから〉 「もういいよ」 どういうわけか、狼少年は勝ち誇って言った。 〈選民意識むき出しだこと ! 〉 狼少年は黒い毛皮の下の肌を赤らめた。そして今晩はテレビ電話少女はカンの強いところがあって、その気の強いところが狼少年 269
白いゼリのようなるのにまみれているのが、なんとも気分がわるは、 . いらたん狙ったえものは、どのようなことがあろうとはなさぬ かった。ヴァレリウスは全身をふるわせて、それを払いおとした。 のだよ」 「い、いったい、あいつは、おいらをどうーー・」 「もうひとったのむ。いいか、私の手のひらに手をあわせてくれ」 メイ・ファンが云った。長いことッタに血を吸われてきたためだ「どうするつもりだったか、というのか。さよう、むろんかのよこ ろう。自由になった魔道師の両手首はすっかり肉がとけ、骨があらしまな心の内でおこっていることは、私に知るすべとてもありはせ われて、気味がわるかった。しかしヴァレリウスは、いわれたとおぬがーー・しかし云えるのは、おそらくきやつはおまえの魂をむさぼ りにした。 りくらい、そしておまえのからだを、きやつの収集の呪わしい怪物 メイ・ファンは手のひらをあわせたまま、わけのわからぬルーンのどれかの餌とするか、あるいは手を加えて、怪物そのものの新し ー・リン・イーの呪うべ 文字をいくたびかとなえた。ふいに、地面がゆれはじめ、ひびが入い収集の一に加えようというのだろう。イ った。ぐらぐらと洞窟がゆれた。 き事蹟はかそえきれないが、その中のひとっとして、きやつは、異 「わあっ」 次元や異世界、この世界の辺境、秘境のさまざまな怪物を収集し、 「心配ない。さ、次は私のするとおりに五芒形をかくのだ。いい かつ自らの黒魔術を用いて世にもおそましい合成怪物をつくりあげ ているのだ。さだめしおまえはあのイーゴーを見たことだろう。あ か、カムル、ダー、ヤク、ドム、ウム、カッ ! 」 「わあ」 れはカリンクトウムのカメザルという怪物だが、それへキタイの若 ふいに目のまえがまっくらになった。ヴァレリウスはよろめき、者の顔を生きながらうえつけたのはきやつの呪うべき所業なのだ ひざをついた。 よ」 きくうちに、ヴァレリウスのからだはガタガタととめようのない はつ、となったとぎ、そこに、背のたかい、ちゃんと下半身もある 恐ろしさにふるえはじめていた。 黒い魔道師の々ントをつけたメイ・ファンが立っていた。 ー・リン・イーのよこし 「行こう。ついてくるのだ。私がいま、イ 「おかげで助かった」 メイ・ファンが云った。 まな術をうちゃぶり、多くの呪われた魂を解放するところを、見て 「おまえが迷いこんでくれなければ、これからさらに永劫の三乗倍いるがいい。私のマントの端に必ずつかまって、はなしてはいかん の時間、イ ー・リン・イーの洞窟に封じられていたところだった。 ぞ。そうでないと、イ ー・リン・イーの手におち「きやつに。ハワ】 この礼に、すぐにもここから出してやろうが、そのまえに少しだを与えることになってしまうからな」 け、私の復讐につ・きあうがいい というのは、そうせぬことには、 そう注意を与えると、メイ・ファンはヴァレリウスにマントにつ おそらくイ ー・リン・イーは、私とおまえが別れをつげると同時にかまらせて、歩き出した。というか、前へ進みはじめたのである。 おまえを掠いに戻ってくるであろうからだ。黒魔道師というものたしかに彼は前へ進んでいたのだが、その足は、少しもうごいては 7
のか、おいらは知らないけどーー・それを手に入れたものは、すごい 「じやきくよ。いくらなの ? 」 力をもっことができるんだといって : : : 誰もかれもが、それさえも「安いものだ」 てば、すぐにすごい力をもてるとか、そういうんじゃないだろうけ巨大な顔はにったりと笑った。 どーーでも、もし、それをもって、そうして勉強して、魔道を習え「幾らーー・ ? 」 ば、すごい力をもてるのならーーーおいら、それが欲しい。ロー・ダ「わけはない。 この、ここにあるこの紙に、おまえの名をこう書い ンでなく、おいらが欲しい。もうーー誰からも、森番みたいなやってくれさえすれば、それでよいのだ」 に追っかけまわされて、逃げまわらなくてもよくなって、それでー ヴァレリウスの目が光った。少年は、やせたのらネコのようにぬ 「何とまあ ! 大したちつぼけな小すずめの、ぶさいくなからだにけめない顔つきになった。 ふさわしいちつぼけなねがいであることだ ! 」 「その紙・ー・ー何なの ? 」 ィー・リン・イーは爆笑した。巨大な口がばかりとあいて、さし「大したことではない。何なりと、わしのいうことを、おまえがき わたし半タールもある分厚い、どすぐろい舌がふるえた。 く、という、そういうちょっとした約東にすぎん」 「まあ、 しし」すずめ、おまえはまったくわしを楽しませてくれ「 : ・ るので、わしはおまえにこの暗黒の書を売ってやってもよい。して「わるくない話だろう。おまえはただここに名を書き、そしてこの むろん、ものを買おうというからには、おまえはそのあたいを暗黒の書を手に入れる。安い・ーーまったく安い買い物だ。そうは思 払うのだろうな ? 」 わんか」 「ーーおれ、自分の金なんて、一銭だってもってねえ」 ヴァレリウスは、唇を舌でなめ、黙っていた。 ヴァレリウスはつぶやいた。急に、少年らしく輝いた顔がまた暗 く沈みこんだ。 ゆっくりと、その白い目に、本能的な怯えに似たものがうかんで 「そりやそうだよな。ただでものをくれるやつなんて、いるわけが くる。知らず知らず、少年はあとずさった。 ねえよな。 わかったよ。おいらみたいのが、そんな高そうなも「どうだ。わるくない話じやろう。イ ー・リン・イーは親切だとは の、ほしいなんて、ばっかみたいだったよ。 どうせ、お思わんかの」 いらなんか何一つ手に入れられやしないんだ」 「気の短いわっぱだ。せめて、買えるか買えぬか、あたいをきいて ヴァレリウスは、のろのろとかぶりをふった。 みてはどうだ 少しなら、待ってやってもよい、また心を決ひどくためらいつつも、もういちど、こんどは早くかぶりをふつ め、方策をたてて出直してもよいことだぞ」 に 2
関びさしと麻美は、中央の。ハネが緩んで窪んだ狭いシングルべッ た出現してくれたんだねっ ! 」 トの中で、毛布にくるまってひしと抱きあった。 パッとひさしは破顔した。 「うひょひょ。なんかすごく新鮮な感じがするな」 「うん。昨晩、ひさしさんが眼っているうちにべッ トの中に忽然と 現われちゃったの」 クスッと麻美がひさしの顔を見て笑った。 「ああ、よかった。もう二度と現われてくれないのかと思って、心 「ん ? どした ? 」 「だって、あの電話の作者の声って、ひさしさんにとってもよく似配で心配で。おれは夜もろくに眠れなかったんだよ。昼間は会社で 杉山のアホにいじめられるし」 てたんですもの」 「ごめんね。さみしかった ? 」 「そ、そうか ? まだ会ったことないけど。 、どんなやっ 「もちろん、さみしかったよ」 なんだろな : : : 」 、・ツドに倒れた。どこから ひさしと麻美はひっしと抱きあってへ ひさしは首をひねった。 「変なこと言って、ごめんなさい。作者なんて気にしないで寝ましか、どうもこいつら芝居が臭くなってきたな、というエコーのかか った作者の呟きがかすかに聞こえて消えた。 「ひ、ひさしさん、なにか下半身にゴッゴッあたる」 「うん。そうしよそうしよ」 ひさしに被いかぶさるように抱きついていた麻美は言った。 二人は徴笑してからタコのように唇を尖らし、チュッとキスをし 「そ、そうだ忘れてた。いてえいてえいてえっ ! 」 て、抱きあって眼を閉じた。 「どしたのどしたの ? 」 「どーしたも、こーしたも、いてええっ ! 」 激痛に関ひさしは両眼をカッと見開いた。 ひさしは上に乗った麻美をはじきとばし、べッドからガ・ハと起き 「いてえええっー いてえいてえいてえ ! 」 て、床に立った。 下半身一部の猛烈な痛さに、あわてて毛布をはいだ。 「う」やっー 「な、なにそれつ」 なんじゃこりゃああっ ! 」 自分の下半身を見、ひさしは思わず両手をあげて上半身だけで踊べッド の上にべたんと足をの字にして座った麻美は両拳を口も とにあて、眼を丸くして言った。 「な、なんだろうこりや ? : : : 」 「どしたの、ひさしさん」 隣に寝ていた全裸の麻美が目を覚まし、白い胸をすり寄せるよう ガニ股で立ったひさしも自分の下半身を見おろし、眼を丸くした。 にしてひさしに抱きついてきた。 ひさしはいつも、上はシャッ下はビキニ・・フリーフというかっ 「どーしたも、こーしたも。あれ ? 麻美じゃないか っ ! またまこうで寝ている。その紺のビキニ・・フリーフの上が、金色に光る物 っこ 0 ℃ / し
に叫んだ。 みのりは、山下をふり返った。 なんか、様子がおかしいわね ? 「おべんとう』 みのりの目は、そう言 ? ていた。 『おべんとう』 山下の目も、それに賛成していた。 『おべんとう』、 『おべんとう ! 』 マンガチックにデフォルメされた動物の顔ーーそれも、みんなに 猫が、またわめいた。 こやかな〔徴笑を浮かべているやつが、まるでゾンビの集団のよう 顔は、につこり笑ったままだが、声の調子が、妙にカン高い 1 に、両手を差しの・ヘて、みのりたちに迫ってくるのだ。 『おべんとう : ・ はっきり言って、これは不気味だった。 悪魔の世界だった。 大が近寄ってきて言った。 これも、顔は笑っている。 「な、な、なんなのオ、これ」 みのりは、あとずさりしながら、悲鳴をあげた。 笑った犬の顔は、山下の背より高い位置にあった。 『おべんとう』 「よ、余興にしては、ちょっと、たちが悪いですねー」 クマがやってきた。 そう言うサトルの語尾も、震えていた。 笑っていた。 「どんどん集まって来るそ」 『おべんとう ! 』 山下が、言った。 ウサギが来た。 人工の森の中から、他のぬいぐるみロポットたちが、そろぞろや 笑っていた。 って来る。 『おべんとうい』 七人の小人もいた。 ネズミが来た。 まのぬけた顔をしたワニもいた。 もちろん、笑っていた 1 まがぬけている分だけ、よけいに不気味だった。 『お・ヘんとう』 三人は、お互いに、びったりとくつついて、じりじりとあとずさ っこ 0 『おべんとう』 『おべんとう』 ぬいぐるみたちも、じりじりと近づいてきた。 ヤマアラシも、リスも、アルマジロも、来た。、 『おべんとう ! 』 みんな笑っていた。 ぬいぐるみたちの声は、おとぎの国全体を、ゆり動かして、響き 等身大のぬいぐるみは、みのりたちをぐるりと取り囲んで、口々渡った。 3 ー 0
それでも、テオははじめ、関節肢のひとっぴとつにまで神経を使四対の光受体を、こんどはせいいつばい、上と思われる方角に集 って、必死にパランスを取っていたのだが、やがて、やめた。カん中して見験しようとしたが、遠い遠いところまで霞むばかりで、ど 8 でも、もがいても、何も変わらない。 こかたどりつくところがあるのかどうかさえ、見験することはでき よ、つこ 0 テオはただ、そこにいた。 / ・カュ / いっか関節肢は軽く丸まり、深く光考する時のいつもの姿勢に近テオにはもう、自分の光受体が向いているのが、外なのか、内な くなっていたのだが、落ちはしなかった。動いているようには思えのかもわからなかった。光受体を開いているのか閉じているのか、 よ、つこ 0 光考しているのか見験しているのかも、わからなかった。 安堵の次に訪れたのは、退屈と、不安だった。 結晶体全体を鮮やかな薄紫色に輝かせながら、甘く安らかな夢の いつまでも、いつまでたっても、何も起こらない。 このまま、光淀みに、テオは、漂っている。 減する時まで、ただ、こうしてぼんやり漂っているだけなんじゃな いだろうか。ここはほんとうに逆滝なのか。ぼくは、もう、とっく ー 3 に、光減してしまっているんじゃないだろうか。 ぼうつ、と光識が霞んで来た。たよりないが、それほど悪い気分「あなたの親不知は痛い。のすごく痛い」 ではなかった。慣れてしまえば、失望も哀しみも、もっと大きな何林医師がそう言うと、こたつの向こうで隆子の頬がみるみるぶつ かの中に沈んで見えなくなっていく。 くり腫れあがった。 テオは光受体を自らの内部いつばいに開いて、その大きなものの「痛い。えーい、痛いそ。痛いか、痛いか」 正体を見験しようとした。諦念でもなく、虚無でもなく、安らぎで隆子はうんうんうなずき、つぶったままの目から涙を零しなが もなく、もちろん絶望でなどない : ・ : そしてその全てがあって、もら、両手で右の頬を押さえた。、 っと、もっと、何か違うもの 「ひつひつひ、ものすごーく痛い。気絶しそうなくらい痛いのだ」 捕らえることはできなかったが、それは、テオが認識しようとす隆子が色つぼくのたうち回り、しまいに、ランセルのワンビース ればするほど、、 しっそうすばらしいもののように感じられた。・ハ の裾を乱してひっくり返るまで、林医師はにやにや笑いながら見て トナーもいないのに、傘の中心部が薄紫色に光りだして、テオは少いたが、 しはにかんだ。あわててわざと・ハランスを崩した。痺れかけていた「おまいさん、たいがいにしやしゃんせ」 先端関節が、滝の外周の強い流れに触れて、ビシッ、と鳴った。 若妻におタマでコン、とぶたれた。 これで少し、目が覚めた。しかし、それが却って、もっと深いも「せつかく来てくださったおひとに、なんてこと。酷いじゃないで のに取り込まれかけていることの証拠だった。 すか」
。ひ弱な美青杉山を見おろした。 「杉山に人選をたのんだのが悪かったんだよなあ・ : 。わたしはおまえだけには絶対負けられん : ・ 「ま、負けられん : ・ 年ばかり選びやがったからなあ : : : 」 儀式を終え、ようやく超合金貞操帯がはずれたひさしは麻美に手・ : 」 伝ってもらいながらいそいで服を着ていった。スンモウの試合をす力スの背後でオレンジ色の炎がタ刊フジのようにメラメラと燃え るとはずれるらしい。マンションに戻ったらね D とひさしと麻美は た。瞳の中も燃えていた。 眼くばせをした。ーー麻美はポッと顔を赤らめた。 「ふふん。ばくだって負けないもん」 そのときだった。 杉山は対抗して少女マンガの瞳になり、背後に負けじとビンクの いつのまにか白眼から黒眼に戻って正気を取り戻した杉山が、ず・ハラの花東の背景を出現させた。 いとカスの前に立った。 カスとひさしと麻美はずつこけた。宇宙船もぐらりと傾いた。 「カスさん泣かないでください。忘れてはいけません。美青年はこ こにもう一人残っているじゃないですか。・ほくがお相手しましょ 杉山は自分を指差した。目覚めても正気ではなかった。そして、 宇宙船内の土俵のまわりをカスに負けた独身美青年たちが胡座を ぼくだってほおら、と真黄色のスポーツウェアのズボンをずりさ かいて取の囲んでいた。 げ、七十枚重ねの超合金貞操帯を示したのであった。 ひさしと麻美は土俵際の席に身を寄せあって座っていた。ポテト カスは一瞬点眼になって後ずさり、今度はだだっ子のように仰向 ・チッ。フをポリポリ食べている。 けになって両手両足をばたっかせて泣きじゃくった。 「はい、ひさしさん。アーンして」 「それをつけた者とは、必ず儀式をしなければならない掟なのじゃ 麻美がポテト・チッ。フをひとっ袋からつまんでひさしのロもとに ああっ , なんでおまえがつけてるんじゃああっー いやよおおおもって行く。 っ ! 負けたらどうすんのおおっ ! 」 っ ! 気味が悪いい 「ぬあっはつは。ぼくは子供の頃、町内のすもう大会ではいつも一 「きゃん。指まで食べちゃだめつ」 番だったのだあっ ! 地球の美青年の意地をかけて・ほくは戦うぞ麻美はあわてて指を引っ込める。ひさしは = ッと笑いながらロを っ ! ぬあっはつはつは」 もぐもぐ動かす。 杉山は大口を開けて笑った。 「おいしい ? 」 ひさしと麻美は頭を抱えた。 麻美は小首を傾げる。 カスはふいに泣き止み、すっくと立ちあがった。鬼のような眼で 「・ほくちゃん、おいちい」 3 4
していたのである。後ろできゅっと結んでいた。 ほど前から、ずっと毎日鉢巻きをしていたのである。 杉山は一瞬ぎくりとした。鏡の中のひさしから視線をはずし、お「そうですか。ま、せいぜいがんばってください」 どおど言った。 ひさしはどうでもいい 、といった感じに言い、手洗い場を離れよ 「あ、これ。これはなんでもないの。お仕事をぐわんばろうと思っ うとした。そのときふいに杉山がよろけてひさしに抱きついてきた。 て、それでこないだから巻いてるんだ」 「うわっー なにするんですかっー いきなり抱きっかないでくだ おほほほ、と杉山はおどおどしながら笑った。 杉山は一週間さいっ ! 」 び〇 0