機械に愛がわかるものか ! 機械は愛をシミュレートし、やさしでなくてよかったと思った。それでも充分に悟られる危険性はある さを演出する。ほんとうはなんの感情もない。 が。いや、もう心の動きのすべてを知られてしまっているかもしれ 、よ、 0 、 狼少年はいきなり電話がしたくなり、そのまえに小用を足してか オししや、きっと、そうだ。 ら、ソフアの上にもどってダイヤルを告げた。 〈繊細さ〉 少女の声が告げて、フッと笑う。 テレビというテレビが例のドラマでうずまっているので、相手の 顔は映らなかった。 狼少年は心臓までほてる。少女と話をするといつも心臓が熱くた だれる・ 「こんばんわ」 〈素敵な声ね〉 〈会いたいわ〉 「・ : : ・うん」 ふうっと狼の表情筋をゆるめながら、 「声だけのほうがいい 〈どうしたの ? 〉 「テレビ、見てる ? 」 少女はたぶん、いつものように小首をかしげて、 〈見てるといえばね。あたし、目が悪いから。幸いにもね〉 〈なにかがそがれると、新しいなにかが見えてくるのよ〉 狼少年の心は、スポンジのようにやさしい液体を吸ってふくらん「じゃあ、眼鏡かけてよ」 〈なぜ ? 〉 でゆく。 ロ答えするように質問してしまってから、少女はすぐ反省して言 「 : : : なにが見える ? 」 っこ 0 少女のふくみ笑い。どんな顔をしているのか目の前に浮かぶ。 〈 : : : かけたわ〉 〈誠実さ。勇気 : : : 〉 「見てる ? 」 「ウソつけ」 〈見てるわ : : : まあ : : ↓ 〈 : : : 男らしさ。夢みるカ : : : 〉 「似てるだろ ? 」 「また出まかせ言って」 少女は一拍おいてから言ったこ 〈強靱さ〉 「ウソだよ」 〈似てる、なんてもんじゃないわ。あなたじゃないの〉 「 : : : だろ ? 」 〈それから〉 「もういいよ」 どういうわけか、狼少年は勝ち誇って言った。 〈選民意識むき出しだこと ! 〉 狼少年は黒い毛皮の下の肌を赤らめた。そして今晩はテレビ電話少女はカンの強いところがあって、その気の強いところが狼少年 269
・こっこ 0 攻を飛べるようにしたのは、先輩自身なんですよ」 「一式陸攻って言うのか、この飛行機は」 サトルは、言葉を続けた。 「先輩は、たった一人で帆船をあやつって、あの嵐の大洋を乗り切「そうですよ。それも覚えてないんですか ? 」 「ついでに、もうひとっ聞かせてくれ」 ったんです。まあ、途中で白い鯨を見かけた時は、気が狂ったみた いに追いかけて、ずいぶん道草くっちゃいましたけど、なんとか無山下は、言った。 「この飛行機は : : : 」 事に陸地に着きまして。その後も、また凄かったですよねー、みの 「一式陸攻」 りさん ? 」 ーいったいどこへ向かって飛んでるんだ ? 」 「この一式陸攻よ、 「そうそう。あそこが、猛獣の国だとは思いもよらなかったもの」 「決まってるじゃないですか。グランド・コンコースですよ」 と、みのりも思わず話に熱が入る。 「グランド・コンコース : 「だけど、山下さん、前世でサーカスの動物使いやってたなんて、 「先輩は知らないかもしれませんけどねー、ぼくたちが、大冒険惑 あたし少しも知らなかったわー」 「いやー、ほんとに、目のさめるような鮮やかなムチさばきでした星に遊びに来て、もう三日た「てるんですよ」 「なんだって ? 」 からねー。先輩、あんな特技があるのに、それまで隠してるんだも んなー。もう少しで、・ほくたちライオンのおべんとうになるところ「三日です。三日目。つまり、連休は今日で終りなんですよ。だか ら、どうしたって、今日中に、猫ヶ丘に帰らなくちゃならないんで だったんですよ」 す。わかりますか ? 」 「あん時は、もうダメだと思ったわ」 「もう、三日もたってるのか ? 」 「危機一髪でしたからね」 「そうですよ」 と、サトルが、うなずき返した。 「だけど、食料は、どうしたんだ」 「危機一髪なことは、今だって、ちっとも変ってないんだがね」 「やだなー、みんな先輩が、どっかから持ってきたじゃないです 山下は、思いきり苦々しい口調で、言った。 か」 「なにしろ、おれは、飛行機なんて一度も操縦したことはないんだ 「おれが ? 」 から」 「そうですよ。サ。ハイ・ハルならまかしとけって、やたら張り切っ 「またまた、そんなこと言っちゃって」 サトルが、あくまでも明るく、言った。山下を完全に信頼してるて」 「おれが ? 」 口調だった。 「だって、猛獣の国を抜けて、歴史の国へ入って、博物館の一式陸「そう ! 」 325
師ともなると、ぎつかり基本料金分の三時間だけ本気に人を愛する のただよう空間をすかして壁ぎわのほうを見ると、・フラチ ことさえできるのだ。相手が真人間だろうが異人間だろうが機械だナ水着が目を潤ませながら、プードルの白い耳に何か耳うちしてい 8 。プるところだった。 ろうが動物だろうが、あるいはもの言わぬ人形であろうが : となりのストーリー ラチナ水着が相手をしているのは、どうやら。フードル大のようだっ ・メーカーのテー・フルからは、牧歌的な緑の た。たぶん、超駑級の金持ちが旅行にでも出かける間、ここへあず香りと髭男の香水に混じって、会話と風景の断片がちぎれとんでき けることにしたのだろう。 シーラの前には、白髪の老人がすわっていた。老人はいきなりた次の展開は : : : わから : : : トリが走・ : ・ : 追われてる : : : キツ。フル ずねた。 ちゃんの愛した : ・ 「お若いの。あの二人の仲はどう進展するかね ? 」 遠くにいるらしい綿ボコリ色の羊が、タンポポの種のようにフワ いまどき誰も見ない ( 見たくない ) テレビに、痴呆のように見入フワとシーラのテー・フルまで飛んでくる。 っている。 メーカーは、ただもうニコニコしている。首から下 シーラは老人の心の動きを細やかに分析しながら読む。メンタルげたメイプルリーフ金貨がゆれている。シーラは光りながら動くも ・フィメールの最たる特技は、人の外形や言葉のひびきに表われるのに思わず見惚れ、ストーリー ・メーカーの黒い目と出会ってしま っこ 0 特徴を抽出して、その心理を解析できる点である。 老人はその外見や言葉から受けるイメージより、ずっと深いレベ 「お電話です」 ルの質問をしていた。政治的な話題を望んでいるのだ。 歩行電話機が自分の腹に手をつつこみながら言った。まるで内臓 シーラは答えた。 をひき出すように、まっ赤な受話器とコードを取り出してわたす。 シーラよ」 「おそらく、離婚でしようけれど、そのまえに数々の条件を提示す「はい。 るでしようね」 ( ぼくだ ) 「ほうほう : : : 」老人は満足そうに言った、「元ソ連は条件をのむ おし殺したような狼少年の声。 かの ? 「仕事中なのよ ! 」 シーラは極上の徴笑みを浮かべた。 シーラも声をおし殺すが、語調は激しい 「もちろんですわ。東京になにも落ち度はないし : : : それに、こう ( : ・ : ごめん。助けてくれつ ! ) しう問題に関しては絶対、女性に分があるものです」 「どうしたの ? 」 「ホッホッホッ . ( 鳥の奴が火を吹いて : : : ) 老人は顏じゅうシワでうずめて大笑いした。 髭男の野太い悲鳴がドラゴン・カフェ内をふるわせた。 こ 0 みと
「おお、そら良かった。ほれ、眠くなーる、眠くなーる。この際、 かとなく寒気もしていたのである。 一気にいてまいまひょね ! あそれ、眠くなる、こらせっと、眠く この配慮はありがたかった。 なるつい」 旦那のほうはともかく、この奥さんは信用できるな。と、隆子は 思った。だいたいあんな美味しそうな匂いをたてることができる女手拍子も、林医師の声も、遠く近く、耳に蓋でもされたかのよう にぼやけだし、まばたきの回数がどんどん多くなった。 性に、悪いひとがいるわけがない。 「おお、そうじゃそうじゃ。お茶を飲んで、リラックスしてもら「 : : : あ・ : ・ : 」 視界に靄がかかる。肩のあたりが、ぐったりと重くなってくる。 う ! そーかこの手があったなあ。おまえはほんとうに気が効く 「眠くなるつ、と。 ・ : おい、おまえ、やったぜ ! 」 「あい」 「また、いやですよ、おまいさん」 夫婦が朗らかにじゃれあうのが目に入ったが、その意味にまで気「やつば、銀のペンダントぶらぶらなんかより、一服もるに限るな のつく隆子ではなかった。景気よく湯気をたてている湯飲みに、まああああああ : : : 」 そのことばが脳みその端にひっかかる間もなく、隆子はとうと っすぐ手を伸ばす。」 、深い深い眠りに落ちていったのであった。 「いただきます」 麦茶の濃いような奇妙な味の茶を、隆子が半分ほど飲んだと見る と、林医師はまた、ローエングリンを揺らしだした。 ー 3 「ほな、ちょっとこっち見とってくださいよ。さあて、眠くな 1 ・る ・眠くなーる : : : 眠くならはりまへんか ? どうだす ? 眠くな 青ざめた白色をチラチラとまたたかせながら、テオは陶然と沈黙 していた。 ーる」 しったいいっからここにいるのか、光考も及ばないほど長い長い こと、ずっと、上に上に吹きあげられ続けている。 隆子は驚いた。 微かではあるが、確かに、ロ いつ、逆滝に巻き込まれたのかも覚えていなかった。気がついた ーエングリンが遠くなったり、近く なったりするように見えるのだ。いや、からだのほうが揺れている時には、もう、ここにいた。ここが滝の中だとわかったのは、た のかもしれない。 だ、下に錆花の懐かしい絨毯が見当たらなかったからだ。上昇感覚 「なんだか、ちょっと、効いてきた、ような気が、します、よ : : : 」 よュは、かっ ~ 0 あわてて湯飲みを置こうとしたが、かたかた手がすべって危うく あんなに激しく恐ろしく見えた逆滝の中は、拍子抜けするほどに 失敗するところだった。 静かだった。 《 0 8
そこでぼくは夜た、プレイボーイやペントハウスのグラビアにでてくるような金髪 の入口もあきてしまって去って行くだろうと : の公園の噴水の近くに砲丸投げをする人のかっこうで立ち止まったの超グラマーカツ。フの絶世の美女異星人だったのです ! 」 のです。指一本、まばたき一回もせずに丸々一時間・フロンズ像のよ「・ : うに立ち竦んでいました。が、ぬわんと、頭上の入口も丸々一時間 杉山は一度下を向き、フッとロもとに恥しそうな笑みを浮かべ こ 0 ぼくの頭上に、びたり位置していたではないですかっ ! 」 このゲンゴロウつ」 「アホかおまえはっー 「女ぎらいのぼくでも、彼女は思わずハートがドッキドッキするよ 「ぼくは頭上の奇怪な入口を指差し、クリント・イーストウッドのうな美女だったのです。こんなことは生まれて初めてでした。 ようにニヒルに言ってやりました。おまえがその気なら、こっちに彼女は。フラネタリウムにもない遙かかなたのアターミ星雲のジュラ ク星という所からやってきたキャサリン、愛称はカスよと名のりま だが入口は答えませんでした」 も考えがあるぜ、と。 した」 「あたり前だっ。このフンコロガシっ 「そして・ほくはついに最後の手段にでたのですっ ! 噴水の傍にガ「よく言葉が通じたな。おまえみたいな毛ジラミに」 ・ ( と跪きました。ばくはあやまったのです。どーかひとっ許してや「もっちろんによくあるテレ。ハシーっていうやつですよダーン ってくだせえ。なにもかもみんなぼくが悪いんですごめんなさいごナ。へつへつへ」 めんなさい、と額を地面にこすりつけてあやまったのです」 ああら、ちょいと、と右手を振ってから杉山は揉み手をした。 「なさけないやつだっー このシャクトリ虫っ ! 」 「で、どうしたんだ ? 」 「するとするとどうでしよう ! 入口から強烈なスポット・ライト ポン引きを見る眼でひさしは杉山を見た。杉山は姿勢を正した。 のような光がズ・ホッと一直線に出てきて、ばくの全身を包んだので 「キャサリン、いやカスさんは言ったのです。あなたにおりいって すスポット・ライトを浴びたぼくは、すっくと立ちあがり、つ たのみたいことがある、と。そして、奥へ引っ込んだと思ったら、 『マイ・ウェイ』を歌いはじめたのですが、一番も歌い終らぬうガシャガシャいわせて、例の超合金貞操帯を両手いつばいなんと百 いつのまにかぼくは、ぬわんとの内部に吸い込まれて個も運んできたのです。そして言いました。これを若くて美しい独 ェイリアン いたではないですか ! そしてそこで異星人とファースト・コンタ身男性の不半身に取りつけてほしいのよん、と。ぜひやってほし クトをしてしまったのですっ ! 」 やらないとこうだわよ、と言いつつ、・ほ 。やってちょうだいー くの頭に素早く取りだした黄金の輪をすつぼり被せたのです。そし 正座していた杉山は立ちあがり、両手を広げて言った。 てカスさんは腕時計のような物を、ちょこちょこといじりました。 さすがにひさしと麻美はごくりと唾を呑み込んだ。 ェイリアン するとどうでしよう。ばくの頭をギリギリと黄金の輪が締めつけて 「ど、どんな異星人だったのだ ? 」 「それは黄金色の超ビキニの上にスケスケビンクのネグリジェを着きたではないですか ! 言うことをきかないと、あなたの頭の骨は 3
ですけど ? 」 「そいつあ、苦労ですなあ」 「はあ」 林医師はのんびりとそう言った」 馨はしゃぶられつつある目玉を気味悪そうに見上げながら、もそ 「んなんじゃ、ちょっと悪さしようったってままなりませんでしもそと言った。 う ? 」 「どうも、・ほくが隆子に相応しい男かどうか、真面目に節制してい 「その通りです」 るかどうか、観察してるらしいです。からだとこころを鍛えさせら 「なんなら、ひとりくらいウチにまわしてくれませんか ? ウチのれます。空も飛べなきや変身もできない甲斐性なし甲斐性なし、つ こつつ。・よ 研究にご協力いただけるような、ウ・フで美人で気立てのいい霊ちゃて : : : それはもう、厳しい訓練が時を選ばず否応なく : ・ ん、おられません ? 」 くは平凡な人間なのに。ス。フーン一本だって曲げられるもんかリ」 「ちょっと待ってください」 「ス。フーンって、あんなものが曲げられないひとがいるんですか ? 」 馨は目を瞑ると、・フツ・フッ何やらつぶやきながら、揃えた膝の上 言ったかと思うと、林医師の髪がいっせいに逆立ち始め、やまあ らしのようになった。 でソロ・ハンを弾くようにした。 「えーとね。五代前の父方のお祖母さん、神田小町で有名だったひ「わし、両手で六本、両足で六本、ロに加えて三本、耳の上に乗せ とですが、びらがななら書けます。魚の目玉に目がないんで月々五て二本、合計十七本まではいっぺんに曲げられまっせ。うちの家内 匹分管理費コミ、敷金二、礼金二の二年契約ってとこで、どうでしなそ : : : オーイ」 「そりやちょうどいし うちはよく魚食いますよ。おい、手付け流しのそばで、コトコトと青菜を刻んでいた若妻がにこやかにふ だ」 りかえった。 「ちょっと、あれをやってみせんか、ほれ、あれを」 流しのところにいた若妻が、煮魚の目をひとつ小皿に乗せて来る「またですか ? もう。そんなにめずらしいもんじゃないでしよう」 つぶらな瞳を細めながら、若妻はびゅん、とおタマを振った。 と、それはたちまち宙に浮き、チュ。 ( チュバとしゃぶる音が響い おタマの先から、なにやらキラキラと大量の粉が舞い飛んだかと 思うと、ダイニングの中央に直径一メートルばかりの金色の虹がか 「しかしまた」 っこ 0 と林医師。 、刀守 ~ 「普通守護霊っていうのは、守護する本人に憑くもんでしよう。お「みごとなもんですねえ」 話を伺ってると、なんかおたくのほうにとっ憑いちまってるみたい サラサラこぼれる金の砂時計を両手に受けながら、馨はつくづく ー 02
白いゼリのようなるのにまみれているのが、なんとも気分がわるは、 . いらたん狙ったえものは、どのようなことがあろうとはなさぬ かった。ヴァレリウスは全身をふるわせて、それを払いおとした。 のだよ」 「い、いったい、あいつは、おいらをどうーー・」 「もうひとったのむ。いいか、私の手のひらに手をあわせてくれ」 メイ・ファンが云った。長いことッタに血を吸われてきたためだ「どうするつもりだったか、というのか。さよう、むろんかのよこ ろう。自由になった魔道師の両手首はすっかり肉がとけ、骨があらしまな心の内でおこっていることは、私に知るすべとてもありはせ われて、気味がわるかった。しかしヴァレリウスは、いわれたとおぬがーー・しかし云えるのは、おそらくきやつはおまえの魂をむさぼ りにした。 りくらい、そしておまえのからだを、きやつの収集の呪わしい怪物 メイ・ファンは手のひらをあわせたまま、わけのわからぬルーンのどれかの餌とするか、あるいは手を加えて、怪物そのものの新し ー・リン・イーの呪うべ 文字をいくたびかとなえた。ふいに、地面がゆれはじめ、ひびが入い収集の一に加えようというのだろう。イ った。ぐらぐらと洞窟がゆれた。 き事蹟はかそえきれないが、その中のひとっとして、きやつは、異 「わあっ」 次元や異世界、この世界の辺境、秘境のさまざまな怪物を収集し、 「心配ない。さ、次は私のするとおりに五芒形をかくのだ。いい かつ自らの黒魔術を用いて世にもおそましい合成怪物をつくりあげ ているのだ。さだめしおまえはあのイーゴーを見たことだろう。あ か、カムル、ダー、ヤク、ドム、ウム、カッ ! 」 「わあ」 れはカリンクトウムのカメザルという怪物だが、それへキタイの若 ふいに目のまえがまっくらになった。ヴァレリウスはよろめき、者の顔を生きながらうえつけたのはきやつの呪うべき所業なのだ ひざをついた。 よ」 きくうちに、ヴァレリウスのからだはガタガタととめようのない はつ、となったとぎ、そこに、背のたかい、ちゃんと下半身もある 恐ろしさにふるえはじめていた。 黒い魔道師の々ントをつけたメイ・ファンが立っていた。 ー・リン・イーのよこし 「行こう。ついてくるのだ。私がいま、イ 「おかげで助かった」 メイ・ファンが云った。 まな術をうちゃぶり、多くの呪われた魂を解放するところを、見て 「おまえが迷いこんでくれなければ、これからさらに永劫の三乗倍いるがいい。私のマントの端に必ずつかまって、はなしてはいかん の時間、イ ー・リン・イーの洞窟に封じられていたところだった。 ぞ。そうでないと、イ ー・リン・イーの手におち「きやつに。ハワ】 この礼に、すぐにもここから出してやろうが、そのまえに少しだを与えることになってしまうからな」 け、私の復讐につ・きあうがいい というのは、そうせぬことには、 そう注意を与えると、メイ・ファンはヴァレリウスにマントにつ おそらくイ ー・リン・イーは、私とおまえが別れをつげると同時にかまらせて、歩き出した。というか、前へ進みはじめたのである。 おまえを掠いに戻ってくるであろうからだ。黒魔道師というものたしかに彼は前へ進んでいたのだが、その足は、少しもうごいては 7
関びさしと麻美は、中央の。ハネが緩んで窪んだ狭いシングルべッ た出現してくれたんだねっ ! 」 トの中で、毛布にくるまってひしと抱きあった。 パッとひさしは破顔した。 「うひょひょ。なんかすごく新鮮な感じがするな」 「うん。昨晩、ひさしさんが眼っているうちにべッ トの中に忽然と 現われちゃったの」 クスッと麻美がひさしの顔を見て笑った。 「ああ、よかった。もう二度と現われてくれないのかと思って、心 「ん ? どした ? 」 「だって、あの電話の作者の声って、ひさしさんにとってもよく似配で心配で。おれは夜もろくに眠れなかったんだよ。昼間は会社で 杉山のアホにいじめられるし」 てたんですもの」 「ごめんね。さみしかった ? 」 「そ、そうか ? まだ会ったことないけど。 、どんなやっ 「もちろん、さみしかったよ」 なんだろな : : : 」 、・ツドに倒れた。どこから ひさしと麻美はひっしと抱きあってへ ひさしは首をひねった。 「変なこと言って、ごめんなさい。作者なんて気にしないで寝ましか、どうもこいつら芝居が臭くなってきたな、というエコーのかか った作者の呟きがかすかに聞こえて消えた。 「ひ、ひさしさん、なにか下半身にゴッゴッあたる」 「うん。そうしよそうしよ」 ひさしに被いかぶさるように抱きついていた麻美は言った。 二人は徴笑してからタコのように唇を尖らし、チュッとキスをし 「そ、そうだ忘れてた。いてえいてえいてえっ ! 」 て、抱きあって眼を閉じた。 「どしたのどしたの ? 」 「どーしたも、こーしたも、いてええっ ! 」 激痛に関ひさしは両眼をカッと見開いた。 ひさしは上に乗った麻美をはじきとばし、べッドからガ・ハと起き 「いてえええっー いてえいてえいてえ ! 」 て、床に立った。 下半身一部の猛烈な痛さに、あわてて毛布をはいだ。 「う」やっー 「な、なにそれつ」 なんじゃこりゃああっ ! 」 自分の下半身を見、ひさしは思わず両手をあげて上半身だけで踊べッド の上にべたんと足をの字にして座った麻美は両拳を口も とにあて、眼を丸くして言った。 「な、なんだろうこりや ? : : : 」 「どしたの、ひさしさん」 隣に寝ていた全裸の麻美が目を覚まし、白い胸をすり寄せるよう ガニ股で立ったひさしも自分の下半身を見おろし、眼を丸くした。 にしてひさしに抱きついてきた。 ひさしはいつも、上はシャッ下はビキニ・・フリーフというかっ 「どーしたも、こーしたも。あれ ? 麻美じゃないか っ ! またまこうで寝ている。その紺のビキニ・・フリーフの上が、金色に光る物 っこ 0 ℃ / し
それからちょっと形而上学的にこの手の話をひプなのかも知れませんが、 I-L 丁かどうかは、それ こ』から一。あそこ」へ行って、また帰ってくるの てす。これは一種の枠物語です。 ( 枠物語というのねると、『あそこ』が死後の世界になります。死のに〈古代〉マークが押してあるかないか、だとい う気がします。このタイプの I-LF—は、トールキン は、お話のなかにお話があるものを、普通さして彼方へも、わたしたちは物語のなかでは旅するこ 言います。『千一夜物語』みたいなのがそうです ) とがてきる。それが LL 丁です。マクドナルドの『黄を筆頭にして、ル・クインの『ゲド戦記』、アリグ て、この行ったり来たり、が、 LL 丁の神髄じゃな金の鍵』では、少年モシーがふしきな水槽て水浴サンダーのラリティン物語』、そして現在英米で したあと、老人に「あなたはいま死を味わったの〈ファンタジー〉として書かれているもののほと いかしらとわたしは思うわけてす。枠構造を持っ たこうしたタイプの物語にはあと、マクドナルドてす」と言われ、「それはよいものてした、生よっんどをふくみます。この手の物語が、古代歴史物 の『北風のうしろの国』や O ・ (J) ・ルイスの『ナルも」と ( 合えています。寓話てはないのてすが、イ語とどこがちがうか、という点ですが、わたしの 感じては、やはり物語中に、別の意昧の枠構造が 二ア国物語』などがあります。こんなの単なる願メージによって、死や生といった物事を語ってい くという側面が、 LL 丁にはあつます。そうして、 あるかどうか、が決め手になるように思います。 望充足さ、とよく知らないひとたちは言います。 トールキンにしても、ル・グインにしても、物 あの美しくかなしい物語、リンドグレーンの『は けれどほんとうにそうなのてしようか。 語は一層なのてはなく、二層をなしています。物 忰物語をだんだんっきつめていくと、お話の最るかな国の兄弟」ては、ヨナタンとクッキーのふ 後に忰と中身が逆転してしまうというすこいもの、たりは、死後の生にはいってはじめて生きること、語のなかの『いま』を生きるフロドやサムや、そ してケドは、自分たちにさきだっこの世界の過去 それに最初は枠があるんてすけれど、あとてはなすなわち物語をはしめます。この物語の場合は、 くなってしまうもの、つまり『あそこ』に行きっ死のあとにさらに死があり生があるという、転生を踏まえ、そのうえに立って生きています。過去 きりになってしまうものがあることに気づきます。思想がモチーフになっていますが、これも、そしというより神話てす。ルシアンとべレンの古詩が 枠物語の一番つまんないのは、みんな夢てした、とてマクドナルドのほかの作品たとえは『ファンタなかったら、エルフの伝承がなかったら、シルマ リリオンの神話世界がなかったら、『指輪』の物語 いう夢オチてすが、その逆て、実は夢のはすのスティーズ』なとも、生を枠として死の世界を描 『あそこ』こそが本当の世界て、現実の『ここ』のく変形枠物と一言えましよう。枠ーーそれは『ここ』はああまて奥行き深いものにはならなかったはす ほうがまほろしにすきなかった、というふうにもと『あそこ』をへだてるものてあると同時に、枠てす。ロリエンの地ていにしえに思いを馳せるフ っていっ ( しまうものてす。わたしが小さいときの中の絵である『あそこ』をいっそう美しく、はロドの悲しみが、かれの悲劇に時間的な深さを与 に読んて、熱を出したホフマンの『くるみ割り人るかなものにきわだたせる額縁の役目をも兼ねてえるのてすし、ケドは古きものである竜に打ち勝 いると、わたしには思えるのてす。 ち、はしめて現在を手に入れるのです。かれらは、 形』が、このひっくりかえしの曲 ( 型タイプてすし、 かれらにとっての〈いにしえ〉をしのび、そこか 「ナル一一ア」たって最後にはそうなってしまいま ら出てくる追憶のなかに、来たるべきことの予感 す。どんなにすばらしい物語の夢の世界に行って 『あそこ』だけの物語 を読みとっていきます。それは〈魔法〉のわざて も、最後にはつまらない現実に帰ってこなくちゃ LL 丁のもうひとつのタイプは、始めから終わりす。過去がつねに未来を照らすものになり、予感 ならないのはひどい、そんなふうに思っていたひ とはいませんか。このタイプの LL 丁は、幸福なまて、「あそこ」たけて物語が展開するものてす。が追憶と結びあうのは。ここには『ここ』と『あ 『あそこ』のままてお話が終わるのてす。というトールキンの『指輪物語』がその典型すが、作そこ』てはなく、『いま」と『むかし』 ( それは 未来てもあるのですが ) の、二重構造があるのて か、『あそこが『ここ』を飲みこんてしまうのて者がかってにつくりだした想像の「第一一世界」て、 すね。リンドクレーンの「ミオよわたしのミオ』、歴史のように物語が進んていくタイプて、大がかす。物語に〈古代〉マークがあるかないか、とさ つき言いましたが、物語の舞台が古代風てあるだ そしてホフマンの多くの幻想小説がそうてす。わりなものは八イ・ファン・タジーとよはれています。 たしはこの行きっきりタイプのお話好きなんてす。平たく言ってしまえは、あらゆる小説がこのタイけてなく、そのなかのひとたちが、かれらにとっ
それをどうだ。この客は、鍵も失くした、番号も覚えていない、 中味は言えない、とにかく開けてくれ。ときた。おまけに料金も聞 かずに、いきなりトランクとキャッシ = を私に押しつけた。これで 不足なら、いくらでも出そうと言いたげだった。 客の視線が気になった。 通常だったら、「予約がたて込んでいて、一週間は手が空きそう 指先の感覚が徴妙に鈍っている。 にない」とでも言って即座にお引きとり願うところだ。 額に脂汗がじっとりと浮き出してきた。 犯罪めいた仕事は一切御免だ。 十五分が経過している。 しかし、開店初日、しかも最初の客とあっては、無下に断ってし 何の変哲もないトランクである。いつもなら十分、いや五分とか けずに開けてしまうところだ。それをどうだ。十五分だ。十五分かまうのも験が悪い。 四桁の番号合わせがまだ残それに、ここム】ンライトに出店するにあたっては、おやじか かってやっと解錠が終ったばかり : っている。 ら多額の借金を受けている。借りは一日でも早く返したい。当面は 金銭的に仕事を選べる立場になかった。多少怪しげな仕事も、目を 額の汗を拭ってダイヤル合わせに取りかかった。 客はあいかわらず息を凝らしたまま、私の作業を神妙に見入ってつむって引き受けるってもんだろう。 受けてしまった仕事だ。くだくだと考えを巡らせても気が散るた けだ。私は邪念をはらって、神経をダイヤルに集中させた。 トランクの中味がそんなに気掛りなのか ? 上位二桁を探り当てた。 「じきに終ります。ソファーに掛けていて下さい」 しいぞ、あと二つだ。もう十秒もあれば充分だ。 客は不承不承に私の言葉に従った。 ・フレイキングは、集中力が勝負だ。いくら腕が良くても、いくら十の位のダイヤルを、慎重に回す。指先の一点に全神経を結集す る。徴妙な手応えが返ってきた。 簡単な錠であっても、開かない時にはこちらがどうあせっても、 あとは一の位のダイヤルを回すだけだ。 つかな開こうとはしない。機嫌を損ねた気位いの高い女を相手にし ーー十六分二十秒。 ているようなものだ。 あまり誉められたタイムとは言い難いが、開店初日の初仕事とし 集中の妨げになるような要因は、一つでも排除するにこした事は てはこんなところか。多少気負いすぎていたのも事実だ。 「開きました」 もともと受けるべき仕事ではなかった。 普通の客なら、鍵を失くしたにしても、番号くらいはうろ覚えし私は振り返って、ソファーに中腰で掛けそわそわと私の作業を見 守っていた客に言った。トランクが開く瞬間をお見せしようという ていてくれるものだ。