関節肢 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

っとに幸薄い女な / るが、ひどく猥雑で、加虐限界を越えてい / ん これらはぼくの仲間ではない。 だわー : : : あー、もう耐えられない。失神しよう。失神す / るので辛かったが、テオはきつばりと、そう結論したゞ はないかと光考される / るわ。ゥーン。 / 。 それなら、ここは、どこだ ? 突然、光考が明確になってテオは、ほっとした。 このからたは ? ぼくは、ほんとうにぼくなんたろうか ? どうやら、このぎしぎしと固まった不格好で不便なものが自分の 結晶体、いや、それとは違うがからだと一一一口えるもの、であるらし 氾濫する疑問に、テオは、関節肢に似たようなものを折り曲げ 関節肢に似た、しかしそれとはどこかが本質的に違う一種の体て、もっと深く光考しようとした。 その時。 節は、テオが意識するともなく自在に動く。しかし、その運動性は 著しく限定されているようだ。 光らない物体の一部が、急激に襲って来たのだ。 テオはしばらく、もどかしく身動きして、新しいからだの感覚をものすごく力が強かった。いや、テオの新しいからだがあまりに 確かめた。 も非力だったのだ。物体は、貧弱な関節肢のわずかな自由をも奪っ しかし、どうにも、もとのからだと違いすぎる。 て、傲然と支配下に置いた。 まず結晶体の状態が、著しく不自然である。不均衡で、重心が定わけもわからぬまま、テオはもがいた。 まらず、どういう姿勢をとっても安定しない。 もがいてもがいているうちに、物体が急に運動性を変えた。関節 騒然とした外界の中に懐かしい光を見つけた時には、とっさにそ肢を蹂躪していたカが弱り、離れた。テオには、見験に近い感覚で ばに寄ってよく確かめようとしたが、うまくいかない。関節肢のよ捕らえられる外部全体の中から、攻撃してきた物体を区別すること うなものは、なにやら面妖な運動を示し、せいいつばい働いてくれができなくなった。 たのだが、やけに重たく、光のあるところまで進む揚力を発生させ ・ : 今のは何だ ? る方法もわからなかった。 しばらくしてから、テオはようやく自問した。 別の小さな光が、そっちからこのからたに近寄って来てくれた時ぼくはいったいどうなったんた ? どうしてこんな酷い目にあう には、嬉しさのあまり思わず薄紫色化してしまうのではないかと光んだ。 考したが、なんと、見験に似た感覚でとらえる限り、このからだは何もわからなかった。 表現力を有していないらしい。何を光考しても光色が変化しない。 ど、つやら・ほ ~ 、は、ほんとうこ、 小さな光たちもそうだ。表現したりしなかったりはするが、まった状況にいるらしい く色が変わらないか、狂ったようにめまぐるしく変化するかのどち テオはむしように心細くなった。・ らかばかりた。 すると。なじみのないからだの光受体にもっとも近いらしい器官 ~ かってどんな光考も及ばなかった 9

2. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

四芳月の交尾期だった。錆花の野のあちらこちらが、仲間たちのク光を見るたびに、幼稚なやつだとからかう幼ともだちは、今は遠 放っ妖しい薄紫の光にぼうっと明るんでいたが、テオは脇目もふら ずに、アレの逆滝をめざした。 不意に、テオの傘心の炎が揺らめいた。 この時期、日の出と日の入りの二回、滝の勢いが少し弱まるの 思いがけない寂しさが、びんと張った関節の緊張を緩めていた。 を、テオは知っていた。 もう二度と逢えないかもしれないんだ。、 アルカにも。かわいいジャノにも。 弱まると言っても、細心の注意をして関節肢をコントロールして 何も光言せずに残してきた恋人たちの、美しい琥珀の傘を思う いなければ、呑まれてしまうほどの強い流れだが、普段の荒れ狂い かたとは違う。風に、一定のリズムがあった。 と、華やかな炎も青ざめた。 かれこれ二十二旬の間、観察を続けて、そのリズムは知りつくし もう二旬もすれば生まれてくるはずの次の幼体たちも、ぼくは、 ているはずだった。 見ることがないかもしれないんだ。 テオはもう幼体ではない。 知らず知らずのうちに制動をかけていたのに、テオのからだは止 結品体の色は深みのある琥珀に変わったし、傘の骨にあたる関節まらなかった。ぐんぐん前に引かれて行く。見れば眼下の錆花の野 肢もたくましく張りだした。旬嵐の時には、仲間たちと共に円陣をも、薙ぎ倒されるように前方、アレの逆滝の方角にいっせいになび 組んで、自らのからだで、強い風や雨から幼体たちを守る役目を果いている。 たすほどだ。昔、テオたちが小さかったころにそうしてくれた大人微かに茜がかった結実期の近い錆花たちは、崇高なまでの単純さ たち : : : 。フロス・ママや、ジェド・アンクルは、今はもうこの世にで、ひとつの点、ひとつの方向に向けて、ひれふしていた。 ない。現在は、テオたちの世代が群れを リードしていた。 なんの光声もなく、祈念もなかった。 だが、それも長くはない。交代の時期は近づいている。 光受体いつばいに満ちる圧倒的な沈黙を意識した途端、時空が狂 この機会をのがしたら、二度と、滝に挑戦できなくなるに違いな った。ほんとうはもう、いつの間にか、日常ではない、なじみのな いことを、テオは知っていた。 い世界に踏み込んでいたのだ、とテオは思った。 アレの奔流が、どこから来てどこに行くのか、この、どこまでも ぼくは、流されている。逆らい難い力に、押し流されている。 どこまでも続くように光考される錆花の野のはずれよ、 恐ろしくはなかった。 どうなっているのか。 ただ、自分がここにいて、そこに行くのが、勇ましかったからで それを、確かめるんだ。今こそ。 はないことが、テオには少し寂しかった。 光考すると、テオの傘の中心が若々しい・ヒンク色に輝いた。思わ沈黙ーー・アレの呼ぶ声は、いっそう強まり、結晶体に満ち満ちた。 ず、びくつ、と関節が震えたが、心配はいらなかった。テオのビン戻れない。 0 8

3. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

それでも、テオははじめ、関節肢のひとっぴとつにまで神経を使四対の光受体を、こんどはせいいつばい、上と思われる方角に集 って、必死にパランスを取っていたのだが、やがて、やめた。カん中して見験しようとしたが、遠い遠いところまで霞むばかりで、ど 8 でも、もがいても、何も変わらない。 こかたどりつくところがあるのかどうかさえ、見験することはでき よ、つこ 0 テオはただ、そこにいた。 / ・カュ / いっか関節肢は軽く丸まり、深く光考する時のいつもの姿勢に近テオにはもう、自分の光受体が向いているのが、外なのか、内な くなっていたのだが、落ちはしなかった。動いているようには思えのかもわからなかった。光受体を開いているのか閉じているのか、 よ、つこ 0 光考しているのか見験しているのかも、わからなかった。 安堵の次に訪れたのは、退屈と、不安だった。 結晶体全体を鮮やかな薄紫色に輝かせながら、甘く安らかな夢の いつまでも、いつまでたっても、何も起こらない。 このまま、光淀みに、テオは、漂っている。 減する時まで、ただ、こうしてぼんやり漂っているだけなんじゃな いだろうか。ここはほんとうに逆滝なのか。ぼくは、もう、とっく ー 3 に、光減してしまっているんじゃないだろうか。 ぼうつ、と光識が霞んで来た。たよりないが、それほど悪い気分「あなたの親不知は痛い。のすごく痛い」 ではなかった。慣れてしまえば、失望も哀しみも、もっと大きな何林医師がそう言うと、こたつの向こうで隆子の頬がみるみるぶつ かの中に沈んで見えなくなっていく。 くり腫れあがった。 テオは光受体を自らの内部いつばいに開いて、その大きなものの「痛い。えーい、痛いそ。痛いか、痛いか」 正体を見験しようとした。諦念でもなく、虚無でもなく、安らぎで隆子はうんうんうなずき、つぶったままの目から涙を零しなが もなく、もちろん絶望でなどない : ・ : そしてその全てがあって、もら、両手で右の頬を押さえた。、 っと、もっと、何か違うもの 「ひつひつひ、ものすごーく痛い。気絶しそうなくらい痛いのだ」 捕らえることはできなかったが、それは、テオが認識しようとす隆子が色つぼくのたうち回り、しまいに、ランセルのワンビース ればするほど、、 しっそうすばらしいもののように感じられた。・ハ の裾を乱してひっくり返るまで、林医師はにやにや笑いながら見て トナーもいないのに、傘の中心部が薄紫色に光りだして、テオは少いたが、 しはにかんだ。あわててわざと・ハランスを崩した。痺れかけていた「おまいさん、たいがいにしやしゃんせ」 先端関節が、滝の外周の強い流れに触れて、ビシッ、と鳴った。 若妻におタマでコン、とぶたれた。 これで少し、目が覚めた。しかし、それが却って、もっと深いも「せつかく来てくださったおひとに、なんてこと。酷いじゃないで のに取り込まれかけていることの証拠だった。 すか」

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簡単じゃないか ? 十三の次は十四 : なぜわからない : テオは、今はない光受体をいつばいに開いて、未知の仲間を探っ いないのカ 、 ? ・ほくを脅かした おおい おおおおおおおい : きみは : : : きみは・ : : ・もう、 きみは誰なんだ。どこにいるんだ。答えてくれ。そこにいるんだ隙に、どこかに行ってしまったのか ? ろう ? どうして知らないふりをするんだ ? ・ほくが恐ろしかったのかっ・ 頼む。ぼくを、ぼくを置いていかないでくれ。答えてくれ : : : 答 ・ほくは、きみじゃないから。ぼくは、きみたちとは違うから。だ えて : ・ から、恐ろしかったのか ? 突然だった。 恐れないで、怖がらないで。ぼくはただ、ただ、きみと話したい だけなんだから。 怒りと警告の真紅の光が、テオの目を射たのは。 テオは飛ぼうとして、落ちた。知らないからだは、これにしては誰か。誰かいないか。「 ・ほくはここにいる。ここで待っている。きみが、ぼくが怖くなん すごいスビードで反応を示し、何か動かない大きな物体の陰にへば りつき、静止した。どこかが痛かったが、耐えられないほどではな かないことがわかるように。そら、十四の次は、十五だ。きみがわ かった。逃れようとしてあわてて、このからだが自ら何かにぶつか かってくれるように、ゆっくりやる。 : いないの : った痛みであることが、テオにははっきりわかっていた。加虐のた ねえ。そこにいるの : めの光声、またはそれに当たるものはなかった。 相変わらず、色はあふれかえっているのに、答えるものは何ひと 敵は攻撃してこなかった。 つなかった。 そして、不気味な真紅の光も、出現した時と同じように、唐突に 消えてしまった。 テオは関節肢を折り曲げたくなってしまった。 ぼくは何をしているのだろう : ふたたび、色は氾濫しているのに光考のない鮮やかな闇と沈黙が こんなわけのわからないところで。わけのわからないものを相手 テオを包んだ。 に。何を期待しているんだ ? 何を必死になっているんだ ? ・ : 間違ったんだね : ・ 長い長い待機のあと、テオはそろそろと関節肢を伸ばして、外部どうせ、何にもならないのに。 にあるけれども自由になる小さな灯りを握りしめた。 もしも、この世界の精神生活物体と少しくらい話ができたとして も、それがなんだと言うのだ。どうにもならない。ぼくはひとり わざとじゃないよね ? きみは、知らなかっただけなんだ。いい よ。・ほくは怒っていない。もう一度、話そう。ほら、十三だ。 だ。きみたちとは違うものだ。そして、・ほくはきっと、もう光減す 9 9- ・ : 待つよ。きみが理解してくれるまで 1 待っている。 るまでずのとこのまま、このわけのわからない世界の中で流され続 こ 0

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けるだけだろう。いや。ほんとうは、・ほくはあの懐かしい錆花の野った。 からだの半分が激しく圧迫された。 - のある世界のことも、けしてすっかり知っていたわけではない。た 強いけれど、恐ろしくはない力だった。襲いかかってきた色の塊 だ、慣れていただけなんだ。 ここにだって、そのうちには、慣れることもできるのかもしれなの硬度と温度が、ひどく好ましいものに感じられて、テオは悟った。 力を加えているこの物体が、きみなんだ。この世界の精神物体な 逆滝の内部に漂っていた時と同じ諦念が、結品体全体を蒼く透き . んだ・ : 注意深く見験すると、色の動きかたで、被圧迫体の関節肢らしい 通らせた。 逆らっても、抵抗しても、結局は大きな大きな流れを堰き止めるものが区別できた。自分のからだの被幕されてない感覚センターら しい部分に押しつけられているのが、もうひとつのからだの同じ部 ことはできない。 位であることがわかった。、 テオがそっと徴笑んだ時。 ああ、きみだね ! 不意に、光ったのだ。 テオは呼び掛けた。 外部の一点に小さな光の点が灯った。 ばくはテオだ。テオだよ。きみにあえて嬉し / 何よお、もう、う 九、十、十一 : : : 意識するともなしに数えながら、テオはハッ、 るさいったら。 / , い とした。ああ、十一だ ! 十より上の数を、きみは理解したい 何か、光声のようなものが感じられた気がして、テオはあわて 見る見る光は数を増やした。十二、十三、十四、十五 : : : 十六、 て、意識を研ぎ澄ました。 そして沈黙・ : あーあ。よく寝た。 じゅうろくい 厚い雲の上から聞いた錆花の実のはじける音ほどの情報が、どこ 十六だⅡ かにひっかかった ぎこちなかったけど、確かに、確かに十六だった : ・ 、、ねえち ・ : あら : : : あらやだ、まだ混線してる。もしもしーし テオは急いで十七を示した。 じれったいからだも、光考できない運命も、雑多な色の狂奔に溶よっと聞こえる ? 困んのよね、おたく、割り込んでるわよ。 けてぐるぐる回った。二対の関節肢の間の瘤のような塊の下あたりペん切ってくれない ? きみなのかい」 にある体内器官が、ドクドクせわしく跳ね回って、体表一面にサア テオは叫んだ。 と何かが走っていく感じがした。 ・ : きやひっ : : : ちょっと、ちょっと堪忍して、声が大き / どこ 何故こんなに嬉しいのかテオにもわからなかった。だが、大量の 色の塊がまっすぐこっちに押し寄せて来た時も、もう、抵抗しなか にいるんだ ? 光ってみせてくれないとわからな / いってばー 8

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わけでもありません。精神というのは米踏の大陸ですからなあ [ と、ウチとしてはちょっと」 「ねえねえ、どんな偉いかたにお任せになるんでも、学会にどーん「そうか、その手があったかい」 と発表する時は、わしも、発見者、ってことで名前出してくれるよ馨がいきなり立ち上がったので、家具調こたつがひっくり返りそ うになり、医師と上北沢氏のふたりであわてて押さえた。 うに、よーく一一一口っといてくださいよね ? 」 「それなら・ほくでも、なんとかなりますい」 と林医師。 「発表なんかさせるもんかリ」 聲はわめいた。 「隆子は見世物じゃないんだそ ! 週刊誌のヒマ種になんかされて : 誰かがいる , たまるもんかい」 「学会だつつーに」 テオは夢中で、小さな灯りを操作した。 ・ほくがここにいることをわかってくれたんだ。間違いない。光考 「結果としては同じことだろっⅡ」 「けどあんさん、本気でこのひと治そうってんなら、この際藁にもではないかもしれないけれど、何らかの精神活動をする物体が近く 、三、四、数を知っている ! ぼく すがらなきや。はっきりいってテレビにでも出たほうがいいんちゃ にいる。確かだ、ほら、一、 が、知っているかどうか確かめようとしている。 います ? そうすりや、黙っててもいろんな手え打ってくれるし、 って善意の寄付金だって集まるかも くじけずがんばってください、 ひとつの数を表現するのにずいぶん時間がかかるやつだけれど しれない。うんうん。フジテレビなら、いやテレビ東京でも、も、このからだの運動性の悪さからすればしかたがないかもしれな r-n< の科学者でも霊媒でも、団体さんで呼んでくれますぜ」 未知の精神物体と、気の遠くなるほど時間をかけて数を確認しあ 馨は長いまっげをパチ。 ( チさせて、腕の中の異星人と、林医師の っている間に、テオは既にわかったことがらを反芻してみた。 顔を交互に見た。 このからだには、ぼくたちの光受体に匹敵する感覚器官はないら 「ああ。なにしろ、別の魂がそのひとを法ってるんだから、前世っしい。見験するものと氾濫している光声が一致しないのは、受容す ても、こら一種の憑きもんだ。イタコさんなら話が通じるかも、つる感覚器官が分離しているということだろうか。触覚も不鮮明だ が、もっとも駆動性の良い関節肢の先端は比較的敏感だ。 てね」 たよりない疑似見験と、表面積の小さな関節肢をたよりに、テオ 「テレバシーですね」 と、上北沢氏もうなづいた。 はこのからだのかたちを探ってみた。 「ファンタジックな分野ではありますが、必ずしも非科学的という 全く理解できなかった。、 7 9

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) 数を知っているほどの精神活動を有する物体が、なぜこんな奇怪息を殺して待つ、気の遠くなるほど長い長い時間を経て、外部の なかたちをしているのか。このでたらめなかたちでは、究極的な安精神物体は、四を発し、それつきり沈黙した。 定姿勢が存在し得ない。これでは、ばくたちが関節肢をすっかりた テオは戦慄した。見験するのに似た感覚で捕らえられる外界が、 たんで行う深い光考のような、高い精神活動はありえないのではな一瞬・フラック・アウトしたように思えた。 どうしよう : いだろうか。 : ここには、ばかしかいないんだⅡ 例えば、四本の関節肢と最も駆動性の悪い中心付近の表面を覆っ ひどく心細かった。見験するのに近いなんらかの感覚器官の伝え ている、この、わけのわからない被幕はなんだ ? る情報が、またぐずぐずと崩壊した。 触覚もないし、それ自体動かすこともできない。ぼくに理解でき テオはあわてて、何か別のことを光考しようとした。 ない何らかの器官が存在しているのかもしれないが、これがなけれ そ、そうだ、このからだがこういうかたちをしているのだから、 ば、この鈍いからだの運動性も、もう少し向上するはずなのに。 今外部から光を発してきたものも、こんなかたちをしている可能性 この世界は、自由な運動を損なっても、自らを無感覚な被幕で覆が高い。それを探そうい っておかなくてはならないほどに危険なのか ? それならばなぜ、 テオはあわてて無意識に目をこすり、たちまちクリアになった視 からだ全体を被っておかないのだ ? この見験に似た感覚の邪魔に界に驚いた。氾濫する色と色が輪郭づき、混乱の中にも一定の整合 なるからか ? しかしそれなら、ここだけを被幕せずにいればすむ性を生じさせた。 ことだし : そうだ。気をつけるんだ。なんといってもこの世界の精神生活す わからん。不可解だ : る単体は、発狂しているかのように、同時にさまざまな光色を有 ぼくは何か、悪い夢旅でもしているんだろうか : し、しかも不合理で不定型なフォルムを持っているはずなんだから。 その時。 テオは何者も見落とすまいとして、見験に似た感覚を有する器官 外部で、何ものかが七を発し、続けて二を発し、沈黙した。 にチカチカと刺激痛を覚えるようになるほど、必死に、あたりを捜 : な : : : 何だ : 査した。 混乱した光考のカラフルな乱反射に、テオはクラクラした。 だが、雑多な情報の中からうろ覚えのかたちを捜し出すのには、 九 ? 十一を出すべきところなのに ? この感覚はあまりにも稚拙であり、テオは疲れすぎていた。 七 ? 二 ? 何が言いたいんだ ? まさか : : : まさか、十より大どこだ。きみはどこにいるんだ : きい数はわからないというのでは : 叫びたかったが、辛抱強く、順序通りの十二を表現した。 光ってくれ。もう一度、ぼくに答えてくれ。でたらめな数でもい テオはあわてて、大宇宙の普遍真理で十の次の整数、即ち十二 を表現した。 そこに、きみがいることを、ぼくに教えてくれ : 8 9 一

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しかし。 テオは、広げた傘のような結品節を二・三関節ぶん折りこんだ。 ー 1 丸くいじけたかっこうになると、揚力が小さくなり、たちまちくる くる下降した。 そっちに行っちゃだめよ ! 。フロス・ママの光声が、チカチカと光受体を刺激した。強引なカたとえこのまま落ちても、見かけと違って柔らかい錆花の上なら 安全である。考えごとをするには、この態勢が一番楽なのだった。 で、テオのか細い結晶節を引き戻す。 : アレが危ないのは知ってる。ぼくだって光減なんかしたくな て・よこ 。冫いたマタやアルカまで、びくつ、ととびあがったほどの光 声だった。あんまり強く引っ張られたので、節がひとつ、はずれそ でも、行ってみたいんだ。 うになった。テオは、思わず真紅の光色を帯びかけた。 テオは、 いつものとおり、もう何ガルス回も考えたことを考え た。小さな傘の中央付近にちらちらとビンクの炎が光った。 知ってるでしょ危険なのよー 逆滝は登るばかりで降りてこない。何故なのか。滝の内部はどう きつばりとくりかえされて、テオは沈黙した。結品体の透明度が 高くなる。けして大きなほうではないテオのからだは、下界の錆花なっているのか。てつべんはどこにあるのか。誰も知らない。でも 誰か最初に知らなければ、みんなが知らないままだ。 の黄色い絨毯を透かして、景色の中に溶けてしまう。 なら、ぼくが最初に知る。見験してきて、みんなに話してあげる。 一面の錆花の野の上を、テオたちは、いつものようにふわふわと そのまま、遠くの、うんと遠くの、誰も見験したことのない、光 漂っていたのだった。 考もしたことがない、わけがわからないくらい、遠い遠いところ 叱られたのは、アレの逆滝にちょっぴり近づきすぎたからだ。 アレの逆滝ーーケンナの山脈に至る回遊路をわずかに外れた地点に、行ってしまってもいいんだ。 このことを光考すると、テオの小さな結晶体の中を、じりじりも いつも渦巻く強い上昇気流 , ーーに巻き込まれると、テオたち小 さな光傘は、うんと上まで吹きあげられなければ脱出できないと言どかしい熱さが走り抜けた。 われている。 、と開くと、ちょうど錆花の上ぎりぎりだ 思わず、関節肢をパ 衝撃で光減しなかったとしても、まちがいなく、けがはするだろった。一瞬ぐらり、と揺れたが、すぐに・ハランスを取り戻す。 いっか、いっかきっと : うし、知らない野まで飛ばされてしまう。そのようにして行方不明 テオ ! テオ、戻ってらっしゃい になった幼体が、プロス・ママの生きてきた五十五旬の間にもう三 体もあったと言う。 ・フロス・ママの光声が、焦燥と懸念の二色にキラキラ輝きながら 7 加虐限度ぎりぎりの光声で叱られたのも、無理のないことだった。空いつばいに散逸していく。

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ぼくは、きっと、生まれてから今まで、ずっとずっと、この声をに、当初の目的を思い出させた。 「あの、こちら、歯の治療もしてらっしゃいます ? 」 聞いていたのだから。アレに呼ばれ続けていたのだから。 「はあ。ちょっとおまいさーん」 静かな諦念が、テオの関節肢をしつかりと張らせた。 錆花の野は、ただ黙ってひれふしたまま、どこまでも、どこまで若妻は部屋の中のほうをふり返「た。 「歯医者の御用らしいですよお。どーしましよう ? 」 も、続いている。 「 ( カバカ。せつかくの患者じゃねーか。とにかく入れちまえー なーに、歯なんて寝かしといて、やっとこで抜きゃいいんだ」 ー 2 男の声が奥で答えた。 帰ろうかな、と、隆子は思った。 ようやく見つけだした于崙万能治療院はマンションの五階の、ご だが、なにしろ、幸薄い女が雨の中、。 ( ン。フスの中まで冷たく濡 く普通の家だった。もっとも、廊下からここまで、例のチラシがず らして、やっと捜し出した頼みの綱である。この際やっとこだろう っと続いているから、迷いようはない。 とヨイトマケだろうと、意識がないうちに勝負をつけてくれれば、 チャイムを押すと。 それでいいんじゃないか、とも思った。 このまま、灼熱の親不知を抱えて生きていかねばならないかと思 間髪を入れず、明るい声が返ってきた。 うと、普段使ったことのない勇気がわいてくるのだった。 「どなたさんで ? 」 「保険、ききます ? 」 「于崙万能治療院さんですか ? チラシを見て来たんですけど」 小声で尋ねると、 「あ、はいはい」 勢いよく開いたドアの向こうに、結城紬に割烹着、艷やかな黒髪「生命保険 ? あい。診断書なら、ちゃんと出しますよ」 をしとやかにひつつめ、片手におタマを持ったままの幼妻風の女性邪気のない顔で若妻が答えた。 やつばり帰ろうかな、と思ったとたん。 が、愛想良く笑っていた。 どたどたどた、と足音がして、ロール・スクリーンが跳ね上げら 「どうぞ、どうぞ。ようこそいらっしゃいました」 シャツに白っ。ほ 半分巻き上げられた、マン ( ッタンの夜景を描いたロール・スクれると、そこに、男が立っていた。派手なアロ、 ジャケット、目にはグラサン、首に金鎖。 リーンの向こうに、 いかにも付きのスウィート・ホームが垣間見 あ。あの筋のかただ : ・ え、隆子は、一瞬、しまった、と思った。結婚祝いを持ってこなか 思わず心の中でも敬語で脅えると。 ったことを悔やんだのである。 男は冷酷そうな薄い唇をにやり、と曲げてしやかしやかと揉み手 しかし、頬にあてたままの右頬の、淫らなまでのうずきが、す 8

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中原 黒竜戦役は、新興のモンゴールが、他のニ公国の圧力および国内経済の息詰まり を打開するためにおこなった戦いである。ゴーラ三国のバランスが崩れることを嫌 ったケイロニアは、ミアイル公子とシルヴィア皇女の婚約を軸にこの戦いを側面か ら援助した。その結果モンゴールはバロを手に入れ、モンゴール = バロのラインは 他のニ公国、特にクムに強い危機感を抱かせた。しかし、結局このモンゴールによ るバロ侵攻は、アルド・ナリスの暗躍により失敗に終わり、バロは奪還され、つい にはモンゴールも減びた。このときクムがいち早く参戦したことは当然といえよう。 モンゴールが減びたため、この後ゴーラ三国のバランスは崩れ、クムとユラニア は旧モンゴールの領土をめぐって対立するようになった。バロはいまだにこの戦争 の痛手から復興しておらず、ゴーラ情勢に介入する力はない。従って、クム・ユラ ニアの両公国は、残るケイロニアをなんとしても自分の陣営に引き込むか、それが かなわぬなら、他方と組まれる前にケイロニアをおとしいれ、どうにかして弱体化 しようともくろんでいる。特に、クムがアムネリス公女を得、不利になったユラニ アがこの方面の戦略に熱心になったであろうことは考えられることである。 これらの中原情勢がケイロニアの陰謀の背景となったことは問違いがない。 タヴィア〔学〕黒曜宮に入るため , イリス がダリウス大公の女官に化けたときの名。 ゼノン〔命〕ケイロニアの千犬将軍。ま ダナン〔命〕ケイロニアの貴族。 ダニエル〔命〕 だ二十歳の若さではあるが , すばらしい体 バルドウールのってで千 格とみごとな剣の腕をもった青い目の戦 竜騎士団に入った傭兵。おどおどした態度 士。その赤い髪は , タルーアンの血をひい の小男でありケイロニアの陰謀に加担する ている。グインをひどく尊敬し , グインと 何ものかの手先だと考えられる。 共にケイロニアの陰謀をあばく手助けをす ダリウス〔命〕アキレウス帝の皇弟。サ る。『七人の魔道師』では , 千竜将軍。 イロン市内の小月宮に居城をもつ。堂々た るかつぶくの四十五 , 六の男で , 美しく手 入れのゆきとどいたロ髭が特徴。ダリウス ダイン〔命〕ケイロニアの貴族。 大公には , アキレウスにとってかわってケ イロニアの政権を握ろうとする野望があ り , 最初はバルドウールを使ってシルヴィ 中原各国の元首 アに近づき , 次には皇帝のもうひとグの娘 であるイリスをケイロニア皇太子としよう レムスー世 バロ と考える。それらはどちらも新しい皇太子 ケイロニア アキレウス サウル を自らの傀儡として , 政権をあやつろうと クム タリオ する試みである。 ュラニア オル・カン ダルヴァン〔命〕ケイロニアの千蛇将 アムネリス ) ( モンゴール 軍。 草原地方 ダルシウス〔◆〕ケイロニアの千竜将 アルゴス スタック 軍。鉄天色の髪と堂々たる体嫗をもつ老武 カウロス ジラール 人。アキレウス帝に古くから仕え , 十二神 カル・ハン 将中でも人望が厚い。グイツを傭兵として 沿海州 やとい , その力を最初に認めた ダゴン・ヴォルフ 沿海州会議議長 ポルゴ・ヴァレン アグラーヤ ヴァラキア ロータス・トレヴァン レンティア ヨオ・イロナ コルヴィヌス イフリキア トラキア オルロック ライゴール アンダヌス 4 チャン・ファン・ラン〔学〕アキレウス 即位三十年の記念式典に派遣されたキタイ の女使節。女性の使節団を率いてやってぎ リーナス伯爵がこの娘をひどく気にい 0 る。