阪神 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1985年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

たのである。 すく解決されたのである。すなわちーーー阪神はなるべく優勝するよ 殺人等犯罪は、これは現実ではない、 ということを立脚点としうにという条例を作ったって、まあ、あと二十年はその条例は守ら 9 て、これが現実ではないのなら、日頃恨んでいるあいつを殺してやれないでしよう、だとしたら、何を心配する必要があるんです ? ろう、現実でないならいあの男の家に火をつけてもとがめられるま びと ☆ 、現実でないなら、前々からしたっていたあの女と : : : という風 に発展したらしい 阪神シンドロームの影響をまぬがれて、数日たって。陽子さん達 そして、阪神シンドローム、第二段階。 は、やっと、阪神の優勝を祝う会を夫婦二人でひらいていた。日本 これは、阪神が優勝した日を無事にのりこえた人々が、かかっ酒を、ちょっとぬるめのお燗して、夫婦二人でさしっさされつ、水 た。すなわち、阪神の優勝という、あまりのことにおそれをなし いらず。 て、一斉に野球に関してだけ、記憶喪失になってしまったのであ では、ちょうど阪神中日戦をやっている。 る。これは、開幕戦で阪神が負けるまで続いた。 「いやあ、去年は阪神が優勝して、ほんとにめでたい」 で、開幕戦で阪神が負けて。記憶喪失になっていた人々は、一斉「よかったわねー、はい、乾杯」 に記憶を取り戻した。事態がようやく現実として認識できるレベル 「こうやっていると、ようやく現実感がわいてくるなー。ほんとに になったからである。と同時に、今度は記憶喪失中の記憶をなくし阪神は優勝したんだね。あー、しみじみ、嬉しい」 てしまって」 「二十一年ぶりですものね」 陽子さん夫婦は、どうやら阪神シンドロームの第二段階たったら ゆっくりゆっくり杯をほして 。、い加減に二人そろって酔いがま しいのである。 わる頃、ちょうど野球の試合もおわった。阪神の、ペタ負け。 瞬時、夫は怒りだそうとして , ーーそれから、眉をしかめつつも、 苦笑した。 阪神シンドロームは、国会等でも問題になった。たかが一球団の 「あと二十一年勝てなくたって、俺は、許す」 優勝で、国民がこんなに影響をうけるというのは、あきらかに問題「この方がらしくっていいわよー。妙なことになる危険性もない であったからだ。 し」 が。とはいって。法律で阪神の優勝を規制する訳冫 こもゆかず、阪そして、二人はにこやかに笑いあい、去年、阪神が勝った試合ご 神はなるべく優勝しないようにという意見書を作る訳にもゆかず、とにやっていた、喜びの握手をゆっくりかわした。 関係者を苦慮させた。 もっとも、この問題は、一人の賢い関係者によって、いともたや ☆

2. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

にト を習が , らいこでマわ 長神 0 0 の た。や雑誌では、困惑した顔つきの心理学者達が、汗だくにな って、この日本全国を襲った怪現象の説明をしていた。 つまり、おおざっぱに言えば、こういうことらしいのである。 人間は、あまりにも信じられないこと、論理的に考えてそういう ことはありえないと思われる怪現象にでくわすと、その現象をうけ いれるかわりに、正気の方を逃がしてしまうのである。たとえば、 幽霊を見て気を失うとか、あまりにも恐ろしい体験をしたが故に発 狂すゑとか。今回の場合、日本全国がそういう現象にでくわして しまった。すなわち、阪神の優勝である。 錯乱した普通の阪神ファンは ( 他の球団のファンは、以外と平気 だった。阪神ファン以外の連中は、論理的に考えれば阪神が優勝す ることもあり得ると思っていたらしい。また、あまりにも熱狂的な 阪神ファンも、この症状にはかからなかった。熱狂的であるが故 に、素直に阪神の優勝を信じられたようだ ) 、現実から心を逃避さ せ、『これは現実ではない、何故ならば阪神が優勝したからだ』と 思い込んでしまったのである。一 その結果が、まず、自殺、事故、殺人工トセトラの大勃発。 自殺した人々は、例外なく、『正気にもどらなくては』といって 手首を切 0 たり、『これは夢だから僕は飛べる筈だ』とさけんでビ ルからとびおりたりした。 ( 故に、この現象は、正確には自殺と呼 べるかどうか、疑問ではある ) 。一 事故は、主に、車を運転中で、カーラジオを聞いていたドライ・ハ 1 がおこした。あまりのことにハンドルを切りそこなった、などと いうのは、まだ『阪神シンドローム』にかかっていない人々で、 『阪神シンドローム』にかかった人々は、これは夢だ、現実ではな 2 いと信じた為、事故をおこす可能性をまったく考慮しない運転をし

3. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

る訳にはいかなくなってしまったのだ。 る。その陽子さんだって、阪神の優勝を巡る、苦節二十一年の歴史 新聞をみれば、阪神のマジックがでている。 は知っている。いつだって、開幕直後は期待ざせておいて、中途で 酒屋に行くと、阪神タイガースのマークいりのビ】ルがおいてあこけるのが阪神のパターンだった筈だ。その阪神が、中途でこけも る。 せず、いっ裏切るか、いっファンの期待を裏切るかっていう、負け 別に野球中継、・フロ野球ニ、ースでもないくせに、をつけるに対する期待を裏切って、何と優勝にリーチをかけてしまうだなん と阪神の話題が耳にはいってくる。 て : : : 阪神の選手にそれだけのことをされてしまった場合、ファン モー = ング・ショーでは、明るい話題なそと言って、どこぞの動としてはどうすれば、その選手の努力にたいして報いることができ 物園にやってきた白い虎の話題なんぞを流している ( これは直接阪るというのだろう : 神に関係はないが、でも、 ースって名がついた ) 。 それは、まあ、喜べばいいのだろう、とは、思う。素直に考える そのうち六甲おろしの幻聴が聞こえてくるような気さえ、してくと、喜ぶ以外に何もすることはないっていうのは、判る。 る。 でも。喜ぶっていったって。二十一年ぶりの悲願がかなった場合 どうすれま、 ーししんた ? の喜び方って : : : どうすればいいんだろう ? 生はんかなことで は、とてもこの、『阪神の優勝』っていう寄蹟、あまりにも意外な ☆ 展開についてゆけそうにない気がする。が、かといって、じゃあ、 阪神のマジックが 1 になった日。 奇蹟的な喜び方、あまりにも意外な展開をとげる喜び方なんて訳の おくればせながら、陽子さんはやっと、阪神の優勝がこうまで確判らないものは、それこそどうしていいのか判らない。 や、それどころ 定的になったというのに現実感がまったくない、い ファンになって二年の陽子さんがこうなのだから、子供時代から か自分自身の存在感までがなくなってしまったのは何故かという理十何年阪神ファンであった夫が最近、あまりにも落ち着かなくなっ 由に、思いあたった。 たり、夜、あんな妙な状態になるのも無理はないのかも知れない。 つまるところ、それは、たった一つの疑問文で集約できる。 マジック 1 。今度勝てば、悲願の優勝。 いや、今たっ ( しいんた ? どうすれま、 阪神の優勝っていう、本来ならとってもうれしい て一応嬉しい、しかしどうしていいのか判らない事態を目前にし 優勝なんてしちゃったら : : : 万が一、阪神が優勝しちゃったら、 て、陽子さんは、何か、あまりにも不吉な予感がして、しようがな 一体全体、どうすればいいんだ ? 陽子さんは、結婚前はプロ野球にまったく興味がなかった人間でかった。 ある。それが結婚して二年、夫の好みにひきずられて、いつの間に か、何となくなってしまった、いわばできたての阪神ファンであ ☆ 293

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よ。 になっていた。陽子さんとしても、そろそろ限界に近かったのであ また、夜、突然隣で寝ている夫ががばっと身を起こす。何かと思る。昼間は、どうにも現実感のない阪神の勝利に悩みつつ ( そう、 って陽子さんが慌てて起きると、夫は半分寝たままで、ロの中でぶ阪神の勝利に対する現実感のなさは、ついに日常生活における、現 つぶっと、『ほんとなんだろうか、ほんとに阪神にマジックがつい実感、自分の存在感のなさにまで、発展してしまっていた ) 、夜は たんだろうか、ほんとなんだろうか、信じていいんだろうか』って夜で、夜毎の夫の『ほんとなんだろうか、信じていいんだろうか』 繰り返している。陽子さんが、『何言ってるのよあなた、ほんとにの呟きで睡眠を破られて。 決まってるでしよ』とか、『こんな時間にどうしたのあなた』なん「ほんとなんだろうか、阪神のマジックが 7 たなんて、そんなこと て言ってみても、それは全然夫の耳にははいっていないようで。 があり得るんだろうか」 しかも。どうやら夫は、夢遊病に近い状態になってしまっている夫の呟きが始まった。陽子さん、夫の耳元に唇をよせると、小さ らしく、ゆすってもたたいても、一向にはっきりとは目をさまさな、でも明瞭な発音で夫にこう告げる。 ず、薄目をあけたような不気味な状態で、朝方まで寝もせずに、ず「嘘よ。プロ野球 = = 1 スがしくんだ嘘よ。ほんとは阪神は最下位 っとぶつぶつ繰り返している。 なの」 そんな日が、何日か続いた。そしてーー・・朝、昨夜はどうしたのと「そうかあ。やつばり」 陽子さんが問い詰めてみても、何と夫は、昨夜の奇態をまったく覚 と。思っていたとおり、夫は世にも安心しきった、やっと落ち着 えていないらしいのだ。そして夫は、睡眠不足になってゆく。睡眠 いたという感じの声でこう呟き、納得して寝いってしまった。そし 不足になってくると ( だって毎晩、『ほんとなんだろうか』ってい て陽子さんもまた、何だか肩の荷をおろして身軽になったような気 うのを夢うつつのままやっているんだもん、寝ている暇がない ) まがして、ひさしぶりに安心して眠れたのである。 すます元気がなくなってきて、阪神が勝ってもその喜びの表現が段 ☆ 段すくなくなってくる。 そして、ついに。 夜、寝ている時は。阪神の優勝という、今の処実現はしていない 阪神のマジックが 7 になった夜、夫は阪神の勝利に対して、陽子が、そのうちおそらくは実現してしまうであろう恐ろしい事実を誤 さんに握手すら、求めないようになってしまったのだ 魔化すことが、まだ、できた。 、刀 ☆ 日がたつにつれ、阪神は順調に勝ち続け、マジックはどんどんへ その夜、陽子さんは、またもや夢遊病状態になってしまった夫に っていった。こうなると、正気を保っている、正気の領分である処 対していこの間から考えていた、とあるおまじないを試してみる気の昼間は、・ とうにも阪神の優勝という事実から目をそらして生活す ・、 0 292

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の て v ま 勝つ 新井第 大 ン g ユみ ロ イラストレーションいしいひさいち一 0 9 今日も阪神が勝ってしまった。 を見ながら、陽子さん、何とも不思議な感情におそわれるい ここの処、ずっとこうだ。 今日も阪神が勝「てしま 0 た。そりや、一応阪被の応援をしてい るんだし、応援をしている以上、阪神に勝ってもらいたいのはやま やまの筈なんだけれど : : : 何なのだろう、この感じは。嬉しいの何 のという前に、愕然としているというか、茫然としているという か、虚脱感にとらえられているというか : : : そう、どうしていいの か判らないのだ。 ふと、思いついて、陽子さんは傍らの夫の顔を眺める。陽子さん を阪神ファンにした、その元凶である処の夫はーーー・陽子さんより、 はるかにはるかに熱狂的な阪神ファンである筈の夫は、陽子さんよ りはるかにはるかに愕然としていた。ぼけーっとしたまま、半ばロ を開けている。」 「あなた」 体の中から、何かがぬけだしてしまったような気分で、陽子さ ん、夫に声をかける。 「阪神 : : : 」 「また勝ったね。それも、巨人に勝った : : : 」 三日前なら、思わず夫婦しての前で握手をしている状況の筈 なのだ。阪神が勝った、それも宿敵巨人に勝った、しかも逆転勝ち なのだから。なのに、今日の二人はそれだけの気力もなく、ただ、 ぬけがらのように黙ってじっとを見ている。 これは、おかしい。何かがとてつもなく狂ってしまっている。一 ほけっと E-«> の画面にただ目を走らせている夫の姿を眺めなが ら、陽子さんはここの処しばしば感じる不吉な気分につつまれてい 290

6. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

そう。 一言でいうと、信じられないのだ。。フロ野球ニュースが、全国民 をあざむいているか、あるいは一部阪神ファンだけをあざむいてい て、いざ阪神の優勝のその瞬間、『実は今までのニュースは全部こ ちらの手違いでして、阪神は優勝しておりません』って声が聞こえ てくるんじゃないか、そんな気がする、妙な現実感のなさ。 いや、夫の方がむしろ、切 夫もそれは感じているようだった 実にそれを感じているようだった。 そして。阪神の勝利の現実感のなさが進むにつれて、あきらかに 夫の様子がおかしくなっていってしまったのだ。 たとえば。それはこんな行動となって現れた。 ある日突然、夫は数万円分の罐詰を買って帰ってきた。それと、 多量のカンパン、そしておおきな水をいれる為の容器。それから、 その晩のうちに、夫は、懐中電灯だの、救急医療品だのを、買って きた食料と一緒の袋につめこんで、夜、それを枕許におくことを取 命した。あきらかに夫の小遣いはそれで尽きてしまったことは明白 なのに、い つになく夫は小遣いの再請求をすることもなく、かわり に陽子さんにこう頼んだのだ。どうか防災頭巾を二つ作っておいて 何かが、目に見えないどこかで、次第次第に狂いだしている。 この間から陽子さん、疑惑と呼ぶにも価しない、ささいなささい それから、また、ある日。突然夫は陽子さんを連れ夕食後に外 な日常の違和感にさいなまれていたのだ。 出、区指定の緊急避難場を確かめにいった。それも、各種幹線道路 それは、まず、阪神の勝利があんまり嬉しくなくなってきたとい う事実になって現れた。あんまりうれしくない あ、でも、そうが使えなくなった時の場合まで想定して、いろいろな方法で、三往 いう訳でも、ない。嬉しいことは嬉しいのだ。そりや、確かに嬉し復も。 いのだ。でも : あきらかに夫は、きわめて間近に迫った、大災害を想定しており : でも、そんなに確信を持って断定のできる災害があるとは、陽引 勝利の実感、というものに、それは、どこか欠ける、嬉しさなの ね。 子さんにはちょっと思えなかった。ただーー阪神の優勝をのそいて

7. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

ここで勝てば、優勝決定の日。 まったく訳が判らなかった。昭和六十年の十月から、ふと気がっ 夫と二人での前にすわりながら、いつの間にか陽子さん、夫いたら六十一年の四月にな「ていたのだ。その間の記憶は、ま「た四 の手をしつかりとにぎりしめていた。そして、思わずロばしる。 く、ない。その日も陽子さんたち夫婦は、そろっての前にすわ 「あなた : : : 今日阪神が勝っても、放火なんかしないでね」 っていて、開幕戦で阪神が負けた瞬間、二人そろって正気にかえつ」 「どうしてそんなことしなきゃいけないんだ。巨人が負けていらい たのだ。 らして放火してまわった男とは、立場が逆だろ」 が、どうやら、五カ月あまりもずっとそうやっての前にすわ そう返事をしながらも、夫は何だか妙にぎくっとしたような っていた訳では、ないらしかった。部屋には別に五カ月分のほこり 心中をみすかされて驚いたような表情になる。 もたまってはいなかったし、生ゴミも毎日だしていたようだった 「うん、そうなんだけど : : : 嬉しさのあまり放火するっていうのし、十月分、十一月分、十二月分、一月分、二月分、三月分の給料 は、理屈として今ひとっ成り立ってないなって気はするんだけど : ・ 明細が家計簿にははってあったし、夫の財形貯蓄も順調にふえてい ・ : でも : : : あなた、あたし、怖い」 茫然とした陽子さん、茫然と実家に電話をかけた。ことがことだ 夫もしつかりと陽子さんの手を握りかえしてくれる。そして。 けに、うかつに他人には聞けないし : が、。フロ野球にまったく 「何でだかは判らないんだけれど : : : 俺も、怖いよ」 興味のない実家からは、まるつきりきよとんとした反応しかかえっ その瞬間。からすさまじい歓声がひびきわたった。 てこなかった。陽子さん夫婦は、記憶における空白の五カ月間、ま 阪神が、優勝した。 ったく普通に生活を営んでいたらしいのである。 それから茫然と陽子さん、夫の家へ電話した。義理の両親が両方 ☆ 共阪神ファンの夫の家からは、もの凄く激烈な反応がかえってき その瞬間。日本全国の殺人、自殺、事故、その他もろもろの犯罪た。 は、史上初の一大記録を樹立した。それはこの先、日本人が正気を「うちでもちょうどあなた達の処へ電話しようと思っていたの。い 保っておれば、まあ大抵のことではやぶりようがない程の、一大記つの間に、来年になっちゃったの ? 」 録であった。 どうやらむこうも、ここ五カ月の記憶がとんでしまっているらし っこ 0 次に陽子さんが気がついたのは。 昭和六十一年の四月だった。・フ野球開幕の日。一 のち、心理学者は、この現象を『阪神シンドローム』と命名し

8. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

つ 0 ラウ・ペア枝篇 ⑨カス人間第一号ーー岬兄悟 。大冒険はおべんと持って火浦功 霧と共に現われる男の正体は・・ の霧探偵 菊地秀行 幻年ぶりに阪神力勝。そのために ! ? 朝阪神勝ってしまった。新井素子 女流ハチャメチャワールドの決定版 ! のきんぼうげ 久美沙織 狂ったママの生んだ赤ん坊とは ! ? フィメ メンタル 朝夊精神構造尉赭大原まり子 うら淋しい惑星に隠された秘密とは ! ⑩八デスの牧場一一・・一一草上仁 錠前破りのプロ、、プレイカー ' ' の活躍。 。プレイキング・ゲーム 大場惑 みのりちゃんシリーズ アドベンチャーゲー乙 朝名なき者の谷 門倉直人ノ、・ / に 朝プラモテル座談会

9. SFマガジン 1985年12月臨時増刊号

会社中の笑い者であった。杉山が近くにやってくると皆笑いだしての真赤な充血した眼で、よれよれになって会社へやってくるのであ しまい仕事にならなかった。 った。そして会社にくれば、また地獄が待っているのだった。 杉山は下半身がおたふく風邪になっちゃったの、と真面目に弁解そんな状態なのに毎日遅刻もせずに律義に会社へ通ってくる杉山 ーマンの習性が遺伝子にまで染み は、まさに驚異であった。サラリ するのだった。 ついてしまっているのだろう。 コントロール・ポックスはひさしが取りあげた。 杉山が百個のうちの残りの七十個をつけてしまったため、それ以 杉山をいじめてやろうとダイヤルを右にまわすと、ひさしの物も 杉山に超合金貞操帯をつ きつく締めあげてくるので困った。コントロール・ポックスは三メ後、独身男性の犠牲者はでなかった。 けられ、唇まで奪われた二十九人がどうしているのかは、まったく 1 トル以内のどの超合金貞操帯にも平等に作用するらしかった。 しかし、同じ締めつけるにしても、杉山の場合七十個も重ねてはわからなかった。 そんなこんなで一週間が過ぎ、異星人が再び戻ってくると言った いていたので、締めつけかたはひさしの比ではなかった。 ひさしが、ちょっと痛いのをがまんして右に少しダイヤルを回す十三日の金曜日がやってこようとしているのであった。 と、杉山が怪鳥のような声をあげて両手を羽ばたかせて椅子からと「五、四、三、 びあがり、・フク・フク泡を吐いて失神するのだった。 ひさしと杉山が時計を見ながら秒読みを開始した。 ひさしは一日に二十回以上、時と場所を考えず毎日杉山を失神さ「いちっ ! 」 ひさしの腕時計がチーチー鳴り、杉山のディズニー目覚し時計が せてやった。 トイレで、杉山がひっしになって超合金貞操帯の脇から引っぱりジリジリ鳴り響いた。 だしてしているときに、いきなり締めつけてやったりもした。杉山午前〇時、十三日の金曜になったのだ : そのとき、月明りがふいにさえぎられ、広場が暗くなった。同時 は課長に発見されるまで顔面を朝顔の中に突っ込んで失神してい こ 0 に頭上に重い圧迫感と気配が感じられた。 杉山はひさしの顔を見ると、小動物のように脅えてこそこそ逃け「ひさしさん、上を見てつ ! 」 だすのだったが、同じ会社の同じ経理課なのだから、そうそう逃げ麻美が頭上を指差した。 まわっているわけにもいかなかった。よって、会社の中で毎日、杉「ぎやっ ! 」 山の絶叫が何回も何回も響き渡ることになったのである。 「ぎよえっ ! 」 はじめ驚いていた上司や社員たちも、やがて杉山を石ころのよう びさしと杉山は頭上を見、のけぞった。 ひさしたちの頭上五メートルほどに、黄金色のとてつもなく巨大 に無視するようになった。 夜になると、頭の輪が一晩中締めつけるらしく、杉山は睡眠不足な物体が浮いていたのである。広場とほぼ同じほどの直径五十メー 4

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っとに幸薄い女な / るが、ひどく猥雑で、加虐限界を越えてい / ん これらはぼくの仲間ではない。 だわー : : : あー、もう耐えられない。失神しよう。失神す / るので辛かったが、テオはきつばりと、そう結論したゞ はないかと光考される / るわ。ゥーン。 / 。 それなら、ここは、どこだ ? 突然、光考が明確になってテオは、ほっとした。 このからたは ? ぼくは、ほんとうにぼくなんたろうか ? どうやら、このぎしぎしと固まった不格好で不便なものが自分の 結晶体、いや、それとは違うがからだと一一一口えるもの、であるらし 氾濫する疑問に、テオは、関節肢に似たようなものを折り曲げ 関節肢に似た、しかしそれとはどこかが本質的に違う一種の体て、もっと深く光考しようとした。 その時。 節は、テオが意識するともなく自在に動く。しかし、その運動性は 著しく限定されているようだ。 光らない物体の一部が、急激に襲って来たのだ。 テオはしばらく、もどかしく身動きして、新しいからだの感覚をものすごく力が強かった。いや、テオの新しいからだがあまりに 確かめた。 も非力だったのだ。物体は、貧弱な関節肢のわずかな自由をも奪っ しかし、どうにも、もとのからだと違いすぎる。 て、傲然と支配下に置いた。 まず結晶体の状態が、著しく不自然である。不均衡で、重心が定わけもわからぬまま、テオはもがいた。 まらず、どういう姿勢をとっても安定しない。 もがいてもがいているうちに、物体が急に運動性を変えた。関節 騒然とした外界の中に懐かしい光を見つけた時には、とっさにそ肢を蹂躪していたカが弱り、離れた。テオには、見験に近い感覚で ばに寄ってよく確かめようとしたが、うまくいかない。関節肢のよ捕らえられる外部全体の中から、攻撃してきた物体を区別すること うなものは、なにやら面妖な運動を示し、せいいつばい働いてくれができなくなった。 たのだが、やけに重たく、光のあるところまで進む揚力を発生させ ・ : 今のは何だ ? る方法もわからなかった。 しばらくしてから、テオはようやく自問した。 別の小さな光が、そっちからこのからたに近寄って来てくれた時ぼくはいったいどうなったんた ? どうしてこんな酷い目にあう には、嬉しさのあまり思わず薄紫色化してしまうのではないかと光んだ。 考したが、なんと、見験に似た感覚でとらえる限り、このからだは何もわからなかった。 表現力を有していないらしい。何を光考しても光色が変化しない。 ど、つやら・ほ ~ 、は、ほんとうこ、 小さな光たちもそうだ。表現したりしなかったりはするが、まった状況にいるらしい く色が変わらないか、狂ったようにめまぐるしく変化するかのどち テオはむしように心細くなった。・ らかばかりた。 すると。なじみのないからだの光受体にもっとも近いらしい器官 ~ かってどんな光考も及ばなかった 9