と林医師が馨に耳打ちした。一 「わかりました。光で会話をする生物らしいとおっしやってました 「はっきりいって、こんなにうまくいくとは思いませんでしたわ。 ね ? では」 なら、ひょっとして、あのひとにたまに前世に戻ってもらって、わ ぎよろ目の男は、すすす、と膝を使って、隆子ににじり寄ると、 懐からさつ、何かを取り出した。馨はのそきこんで、思わず、懐かしの研究に協力してもらうつつーのは、どうですかね ? なんたご て、こりや、ノーベル賞ものの研究になりますし」 と声をあげそうになった。 「本人に聞いてください」 それは、古・ほけたカドニカでんちだった。馨が保育園に通ってい たころ一世を風靡した充電式携帯懐中電灯。なぜか、当時、電灯の馨は医師ほど楽観的にはなれなかった。一 こんなんでほんとうにうまくいったなんて一「ロえるのかな : ことは『でんち』と言うものだったのである。 これは軽薄短小家電品のはしりだったなー。そういえば、ウチのが『四』ひとつが通じただけで : ちなみに馨は六年間ドイツ語を学んだのだが、一から十までの数 カドニカ、どこ行ったんだろ ? などと馨が思っている間に、上北 は最初の一時間で完璧に覚えたものの、あとの、五万二千六百飛ん 沢氏は、ちかっ、とでんちを点けた。 で七時間 ( うるう年が二回あった ) で身についたのは『のばら』の 隆子が振り向いた。に ビカツ。 。ヒカッ 原詞のみであった。 敵は光語なんだそ。ドイツ語どころじゃないだろうに。一 上北沢氏は、掌で蓋をして、光の信号を二度送った。 その間に、上北沢氏は、カドニカを五度光らせ、隆子がゼッ 隆子の瞳の焦点が、すうつ、と定まってきた。 ビカッ、。ヒカ。 ビカッ イトを六度光らせた。続いてカドニカが七度、ゼットライトが八 ットライトが十度、それからカドニ 度、さらにカドニカが九度、ゼ カドニカが三度光った。 力が : 「あ、しまった。いくつやったかわからなくなってしまった。ははは」 隆子の手で、ゼットライトが四度ついて、消えた。 上北沢氏がつぶやいたが、馨も医師も若妻も、何も言わなかった。 おおおつ、と、狭い台所に感動の渦が沸き起こった。 ゼットライトが、正確に十一回灯った。 「見ましたか ? 見ました今の」 「じゃ、こんどはこっちが十二か、えーと、一、 「ええ、四でした、三の次は、四い」 「やめいリ」 「やりましたね、やりましたねい」 林医師が怒鳴った。 「さーすが専門家。すごい。おみごと ! 」 「そんなこといつまでもやって、何になる ! 早く次のをやってく 3 上北沢氏は、ほんのり顔を赤らめて、いやいや、と手を振った。 9 ・ ださいよ ! 」 「いやー、良かったっすねー」
二十七型。フロフィールは、わしよりも重いんだ ! 」 こにこ笑いながらなにやら複雑な柔軟運動を始めたテレ・ヒ画面をじ「ええい っと見つ・めたまま、ひょろ長いゼ ットライトを、一心にびかびかさ隆子と馨と林医師が、くんずほぐれつ、もつれあっていると、若 せている。 妻がおタマでふすまをノックする音がした。 「隆子・ : ・ : 」 「お取り込み中ですけどおまいさん、お客さんですよ」 馨は頬の内側を噛み締めた。一 「ふあ ? 来たか ! いかん。泣いている場合じゃない。 隆子の指でアシンメトリカルに変形したまま林医師の瞳が輝い 「行こう、隆子。こんなとこにいてもしかたない。とにかく、うちた。 に帰ろう」 「こら、離せ。離せったら、このひとを、もとに戻すための専門家 腕を取ると、隆子は、凄まじい形相で振り返った。 が来てくれたんだってばっリ」 ぶん、と振り回したゼットライトが、・フラウン管を砕く爽快な音「専門家 ? 」 ライト がしたが、馨は構わず隆子を抱き竦めようとした。アッ 林医師の股ぐらの間から、どうにか首を引き剥がして馨が聞いた。 「ああ。わしはとっさに、 ・カットが飛んで来たが、怯まなかった。 こーゅー時はどうすればいいですか、 「うわわわ、な、なにしょんならっ ! 」 と、こども電話相談室に相談したんだ。そしたら、エイリアン祓い 林医師が背中をどっいた。 の専門家、かの、 ;-t«マガジンの編集さんを、紹介してくれたのたリ」 「ちょっとあんさん、テ、テ、テレビがっⅡああっ、こら、 て、いててて」 <t ー 1 必死にもがいていた隆子の顔が、ようやく馨の顔にニア、ミスし かけた時、七色のクリスマス・ライトが千切れ、ふとんに落ちてき テオは混 / 隆子は当惑してい / 乱して / た。 / いた。 な臭い煙を立て始めた。 光受体がない。見験する : いや、見験とは違う何らかの / うつ ・ツ【い・カ . ノ そー、何これ ? こんなのって / 機能によって捕らえられる外界ら 「ああっ、焦げてるⅡ焦げてるじゃないかレノマのヘ どないしてくれるんや、丸井の十回払い、まだ半分もすしいものは、頭がおか / はじめて。頭の中で電話が混線し / しくな んでないんだぞリ」 るほどの色彩にあふれかえっている。見験したこと / てるみたいじ ゃないまるで。やだあたし発狂しちゃったのかしら ? きっと親不 「うるさい、ナしナしが、そっちのせいでしようが ! 馨はわめきかえした。 知が / もない光考したこともない何かのエネルギー、どう / 痛すぎ 「べッド・カ・ハーぐらいなんです、ひとの生命には変えられないだて。だいたいあのお医者ははじめから / も光声に似たような波動ら しい、が感じられ / うさん臭いと思ったのよ。あああたしってほん
光があった。 にそりましよう。もう一度前屈するとお、今度は、は、。さっきょ りもよく曲がりますねえ : 「どうもねー、これ、光で会話する生物らしいんですわー 一瞬ひるんだ馨だったが、愛の力は偉大であった。 手を翳し、緑色の残像の残るまぶたを、パチパチごまかしながら馨の脇の下から、林医師が首を突き出した。 何とかのぞき見ると、部屋はチカチカいかがわしく七色に点減して「何を言っても聞きやせんのですが、電気を見ると異常に興奮しま してな。天井に飛び上がろうってまー、どたんどたん大騒ぎで。下 の家から文句言われると困るんで、とりあえず、動かせるかぎりの 目が慣れるまでには、しばらくかかった 部屋のほとんどを埋めている巨大なダ・フルペッド の上に、隆子光るもんをありったけ持たせたんだけど、テレビがいっちゃん気に いってるね」 は、手足を縮めてうずくまっていた。 いっしょにペッドに乗っている巨大なテレビを、まるで庇うよう「 : : : わかりました」 ッく に背後に隠し、長さ二メートル近くもあるア ーライトを槍のよ馨はぶるぶる震える拳を、なんとか下ろした。 うに構えて、こっちに向けている。頬を紅潮させ髪をふりみだし、 「おかげさまで、非常に貴重な体験をさせてもらいました。もうけ っこうですから、はやく、その催眠術とやらを解いて、もとに戻し 、 1 ・ : ットライトに照りはえて、なんと 見えそうで見えない胸の谷カセ てやってください」 もあだつぼかったが、瞳は、はっきり、飛んでいた。 「だって、せつかくの実験材料 : : : 」 「・ : : ・なんだってんだ : : : 」 馨は呻いた。 馨が睨むと、医師はふつ、と膨れた。 ーですよ。そーやって、ひとを悪者にすれば。わしが その間テレビは、 「はい、大きくひねってえ、いっちにつ、さんっし、こ 冫いにつ、さんし」せつかく、なんとかこの事態を建設的に明るく捕らえようって、そ う思って言ってるのに ! 」 明るい声で体操番組を流していた。 馨がそのまま立ち尽くしていると、隆子はふつ、と視線をそら「 : : : は : 「だからね。もどんないの。きかないもん。催眠術。言ったろ、こ し、・フラウン管に向き直り、 とばが通じないの。あのひとンとこの光ことばで『手を打っとあな 「おーおきく息を吸ってえ、は、、気持ちよく前屈しましよう。い たは目が覚める』ってどー言えばいいのか、あんた、わかる ? 」 っちつ、さんしつ」 ーライトと「 : : : んな・ : : ・んな無責任な・ : ・ : 」 体操番組に向かって、真剣な顔で両手に抱えたアッパ 「はい、それでは元気良く、しあわせ体操第一「ようーい」 ゼットライトを交互に。ヒカビカさせている。 「両手が床につきますか ? 届かなしカナ。 、、こよあ、はい、大きく後ろ隆子は、揃いのレオタードを着た女性たちがマネキンのようにに 9- 8
とその意味は、まったく別のものなんですよ。一定の音が一定の意四つ点いたとこなんて、なかなか良かったですもんね。そのへん、 6 味を表すのは、一定の文化の範囲内だけです。音が光に置き変えらうまく記事ー こしますから。もちろん、みなさんの悲しみの声も、の れてもそうでしようが。・こ、、 ナししち、なにしろあれは、人間ですからちほどインタビ、ーさせていただきたいんですが」 ね。一秒間につき四万四千百分割され、そのひとつひとつの大きさ「うちの宣伝してもいいよな ? 」 が約六万五千段階に表現された電気信号を、聞き分けたりできませ と林医師。 んよ。たとえ、デジタル・レコーディングした情報を光信号に変換「ちょっと待って、ザナックスでプロウしてくる」 して、大幅にスピードを落としたとしても : : : 残像現象ってものが ざわざわと耳に入って来ていた雑音が、ゆっくりと馨の脳にたど ありますからね。人間の網膜に耐えられるかどうか : : : 考えられるりつき、意味となった。 のは、脳に直接信号を送ることですが、それにしても基礎語彙から「冗談じゃありませんよⅡ」 順々に翻訳していかないと」 馨は、上北沢の手からカドニカ懐中電灯を奪うと、ばばばばば、 ってことは : と十六回灯した。隆子は、待ってました、とばかりに十七回答え 馨は、くらくらしてきた頭で考えた。 た。徴笑んでいるような、泣きべそをかいているような顔で。 恐ろしく時間がかかるな。まず、間違いなく金もかかる。 「隆子 : : : ! 」 : ・ああ、隆子・ : 馨は思わず駆け寄った。隆子も、なぜか、今度は抵抗もせずに抱 真っ暗になってきた脳裏に、上北沢の声が割り込んだ。 き締められた。 「あ、そうだ。お取り込み中なんですが、ちょっと、写真、いいで そうしていれば、一見普段とかわりのない隆子だった。半渇きの すか ? 」 ファラ・ヘアーは、、 ーブ・シャン。フーと雨の匂いがした。 「写真 ? 」 喉に詰まる熱い塊を吐き出すようにして、馨は怒鳴った。 「ええ。うちの雑誌もねえ、なにしろウケ線を狙わないと、売れ行「何が写真ですか、それどころじゃないでしょ ? 早く、早くなん きがアレなんで、そのお、今度『きみにも見えるウルトラ・フォー とかしてやってください。 アナログだかデジタルだか知らないけ カス』ってコーナー作ることにしてまして、身近な、市井の ど、翻訳の装置を作ってやるとか、誰か、そのややこしい理論をち を、写真っきでじゃんじゃん紹介していこうと」 ゃんと実践してくれる科学者を紹介してくれるとかい」 そんなこんなのうちに、ゼットライトがためらいがちに十五回っ 「いやあ、科学者でしかもハ ード系の作家、なら何人か知って いて、しみじみと沈黙した。 ますがね」 「でも、なにしろこちら、見かけはただの人間だからなあ。ちょっ と上北沢氏。 と被写体としては弱いんですけど、ほら、さっきの、あの、灯りが「みなさんお忙しいですしねえ。こんなことでシメキリ落とされる
「 : : : 隆子がどうかしたのか ? 」 だけ助かったとか。一 6 馨が唇をひきつらせると、冷蔵庫の上のデジタル時計が嬉しそう「 : : : オッケイ、心の準備をしました。いったい、どうしたんです 8 にカタカタ回って『 7 7 7 』を表示した。 「わかった。わかったから、これ以上妙なコトをおこさないでくれ「それが、隆子さんは先祖返りつつーか、前世返りをしてしまって」 よ。とにかく、腹が減ってる。だから、シャノアールに行く。それ「前世返り ? 」 から、隆子のとこに行く。いいな」 「はあ。しかもそれが、あーた。隆子さんの前世つつーのが、どう パジャマを脱ぎながら脅すように言ったとたん、電話が鳴った。 も、宇宙人らしいんですわ」 「あーくそ」 下ろしかけのズボンに足ばらいを掛けられながら、馨はなんとか O ー 1 ・サイドのキティちゃん受話器を取った。 「丹羽だ」 「輪廻転生、っちゅーもんがありますな」 「あては難波のあきんどたす」 聲は目を細めながらうなずいた。 林医師が黒いサングラスの上につけている検眼鏡がビカビカまぶ 「あ、いかん。わし、于崙万能治療院院長林于崙あざなは湖水ですしかったのである。 林家の、居間兼食堂兼台所であった。 がね。大乃国隆子さんは、お知り合いですか ? 」 いつの間にか聞き耳を立てるように寄ってきていた、はさみと岩 割烹着の若妻が、かいがいしく蓋を開けたり火を弱めたりしてい 波国語辞典を、うさん臭げに横目で睨むと、馨は言った。 るコンロのあたりから、なんともいい匂いがして、馨は腹が鳴るの 「美人で愛嬌があって、その上賢い大乃国隆子なら、・ほくの自慢のを押さえることができなかった。シャノアールに行きそこなったの 婚約者ですが」 であった。 はさみと岩波国語辞典が、満足そうに下がった。 いかにも物欲し気に高らかに鳴り響いたその音を平然と無視する 「彼女がどうかしたんですか」 と、医師は続けた。 「はははは、それがですね、ははははは」 「つまり、こんど生まれてくる時はいっしょになろうね、つつーあ ひきつったような笑い声に、聲は思い切りため息をついた。 れです。あるいは、親の因果が子に報い、とかね、そういう類を、 考えられる限り最悪の状態を考えておこう。食い過ぎか。交通事わし長年研究してまして、催眠治療つつーのは、むしろその余禄な 故か。いや、そんなはずはない。ひと殺しでもしたかな。試験でもわけです。ご存しでしよう。催眠術をかけると、かけられている本 落ちて飛び下りたビルの下を歩いてたひとをクッションにして自分人が忘れている過去まで、思いだせるようになること。これを応用
ですけど ? 」 「そいつあ、苦労ですなあ」 「はあ」 林医師はのんびりとそう言った」 馨はしゃぶられつつある目玉を気味悪そうに見上げながら、もそ 「んなんじゃ、ちょっと悪さしようったってままなりませんでしもそと言った。 う ? 」 「どうも、・ほくが隆子に相応しい男かどうか、真面目に節制してい 「その通りです」 るかどうか、観察してるらしいです。からだとこころを鍛えさせら 「なんなら、ひとりくらいウチにまわしてくれませんか ? ウチのれます。空も飛べなきや変身もできない甲斐性なし甲斐性なし、つ こつつ。・よ 研究にご協力いただけるような、ウ・フで美人で気立てのいい霊ちゃて : : : それはもう、厳しい訓練が時を選ばず否応なく : ・ ん、おられません ? 」 くは平凡な人間なのに。ス。フーン一本だって曲げられるもんかリ」 「ちょっと待ってください」 「ス。フーンって、あんなものが曲げられないひとがいるんですか ? 」 馨は目を瞑ると、・フツ・フッ何やらつぶやきながら、揃えた膝の上 言ったかと思うと、林医師の髪がいっせいに逆立ち始め、やまあ らしのようになった。 でソロ・ハンを弾くようにした。 「えーとね。五代前の父方のお祖母さん、神田小町で有名だったひ「わし、両手で六本、両足で六本、ロに加えて三本、耳の上に乗せ とですが、びらがななら書けます。魚の目玉に目がないんで月々五て二本、合計十七本まではいっぺんに曲げられまっせ。うちの家内 匹分管理費コミ、敷金二、礼金二の二年契約ってとこで、どうでしなそ : : : オーイ」 「そりやちょうどいし うちはよく魚食いますよ。おい、手付け流しのそばで、コトコトと青菜を刻んでいた若妻がにこやかにふ だ」 りかえった。 「ちょっと、あれをやってみせんか、ほれ、あれを」 流しのところにいた若妻が、煮魚の目をひとつ小皿に乗せて来る「またですか ? もう。そんなにめずらしいもんじゃないでしよう」 つぶらな瞳を細めながら、若妻はびゅん、とおタマを振った。 と、それはたちまち宙に浮き、チュ。 ( チュバとしゃぶる音が響い おタマの先から、なにやらキラキラと大量の粉が舞い飛んだかと 思うと、ダイニングの中央に直径一メートルばかりの金色の虹がか 「しかしまた」 っこ 0 と林医師。 、刀守 ~ 「普通守護霊っていうのは、守護する本人に憑くもんでしよう。お「みごとなもんですねえ」 話を伺ってると、なんかおたくのほうにとっ憑いちまってるみたい サラサラこぼれる金の砂時計を両手に受けながら、馨はつくづく ー 02
して、ゼロ歳を越えてもっと過去へ過去へ、隠された記憶を暴いてが、催眠術で過去が呼び戻せるなら、未来はどーか、っちゅーこっ 8 いくと、前世の人間の意識が戻ってくるわけです」 た。然るに、『夏への扉』は本人の魂の中にこそ存在するのではな 8 いかと」 「そう言われている例もある、ってことでしよう ? 」 「そんなことはどーでもいし こみあげてくる生つばを飲み込みながら、どうにか意識をコンロ から引き離して、馨は言った。 鼻の穴を。ヒク。ヒクさせながら聲は言った。どうにも空腹が堪らな 「私はインドのなんとかという村に住んでいるなんとかです、とか くなっていた。 って。行ったこともない土地の様子が大当たりだったとか、知りえ「隆子はどこにいるんですかつい早く隆子に逢わせてくださいよ ない外国語をしゃべったとか。でも、どこの誰でも催眠術さえかけリ」 「なにが、どうでもいいんたい」 れば、必ず前世を思いだす、ってわけでもないでしよう ? 」 医師も負けずに声を張り上げた。 「それは、術者が悪い、ヘタクソなんだⅡ」 林医師は、がん ! とテー・フルを叩いた。 「彼女はどこか別の星の、別の生物の生まれ代わりなのかもしれん 「世の中にはいろんな人間がいますからね、素直なひとも、少々心のだよⅡとしたら、わしの第三の疑問の回答となるんだ。第三の がねじけたおひともある。表面的な性格でさえそうなんたから、生疑問はすごいんだそ。生命は、魂は、果たして生まれた天体を脱出 命、魂に於いては、いわんや、おや、だ。ちゃんと前世があってしうるか、つつーんだ。もしも別の星に生まれ代わることができる も、その記憶をかたくなに閉じ込めて、なかなか封印を解かない魂なら、ロケットなんかいらんだろーが。おまけに、宇宙は一家、エ もありますよ。だが、その魂の性格、つまりタマ格をですな、きィリアンは兄弟、になるんだそ。なにしろ魂だからな、光速だって ちんと研究把握しておどしてすかして泣き落とし、さまざまなア。フ越えるかもしれん。それなら、その、魂の速度、タマ速にも、一定 ローチを試みれば、きっと誰でも前世を取り戻すことができるんだ。の限度法則があらざるやいなや ? 課題は山積みされている」 「いいから隆子を出してくださいい」 ・ : さて。それはともかく、わしには積年の疑問があった。おた くの言ったとおり、カナダの少年がインドのおばんだったり、日本馨は立ち上がった。 の婆あがドイツの将校だったりした例はある。しかしだ。なんで人「どーせその、ふすまの向こうにいるんでしよう ? なんで隠すん 間しかいないのか ? 人間は人間にしか生まれかわれないのか ? ですか。まさかその『宇宙は一家』を立証するために、彼女の身柄 これが疑問その一だ。仏教で言うように、動物さん植物さんも同じを拘東する、とか言うんじゃないでしようね ? 」 輪廻の輪の中にいるのだとすれば、キツネッキだのタヌキ爺たの 「れつ ? なんでわかったの ? 」 は、実は、なんらかのきっかけで前世の生命形態が出現してしまっ 馨は、コンマ七秒で、 .. 一歩半で、カフェ・ たものなんじゃないか、つつ 1 推論もできる。次に疑問その二だ ーふすまを蹴破っ
「どうせ、目がさめたら覚えとりやせんて」 歯研き粉ののようにバカッ、と笑ってみせたが、上目使いに 見上げられて、医師はコホン、と咳をした。 「わかったわかった。えー、わしが柏手を打っと、その痛みはびた つ、とおさまるそ。早く芽を出せ親不知。悪い悪い親不知がすっか「 : : : なんだってんだ : : : え ? 」 り出てきて、落ち着くまで、あんたは二度と痛い思いをすることは挾んでしまった右手をふうふう吹きながら、丹羽馨は呻いた。 ・ヘッドを出ようとして以来 : : : ちなみに、それは午後の五時を回 、。、。、ンがパン」 ないのだ。いいか。ほれ ったところだったが、災難続きである。 びく、と隆子が痙攣した。 若妻に助け起こされた時には、もう、頬は腫れてなどいない。青まず、当然ペッドの左下窓から七十五センチのところに揃えてあ よかっこ。べッドの右 るはずの、ざしきぶた模様のスリッ ざめていた顔色にも、すうつ、と朱がさしてきた。 ふすまから七十五センチの位置にきれいに裏がえした状態で鎮座し 「どーだ。みごとなもんだろ」 ているところを発見したとたん、部屋の温度が急激に下降した。 「さすが、おまいさん」 : また、でたか。 若妻は医師に飛びついた。 トイレのドアは、正常ならば、外から見て左がわにノブがある通 「なーに。歯なんて軽いもんだ。ほんじゃ、一発ご褒美ってことで」 り右がわに開く式なのに、今日はなぜか、下から上に、撥ね上げ式 「あれ、あれ、おまいさん、そんな殺生な」 やがて、着衣の乱れを直しながらそそくさと起き上がった林医師に変わっていた。しやがみこんでどうにか用を足すと、馨は細い腕 で古くて重い洗濯機を、えっこらよっこら動かさなくてはならなか は、まだこたつの向こうに端然と座っている隆子を見つけてギョ った。せつばつまった時にも、迅速にトイレに駆け込むために。 ツ、とした。 「いかん。忘れと「た。催眠状態から戻さにゃならんのた「た。だ数々の苦難を経て、馨は慎重にして思慮深い性格にな「ていたの である。 が : ・ : ・ふふんー と振り返った。 しかし、失われた歯ブラシを求めて、トースターをのそき、炊飯 割烹着の皺を叩いていた若妻が、ハ ハタと思いついて冷蔵庫野菜室をのそいていたとこ 「おまいさん ! それはいけないよ。このひとの了解も取ってない器をのそき、 ろ、。フラスチックの野菜ケースがいきなり噛みついたのには驚いた。 しい「て。どうせ、何もわからないんだからさ。人類ふりかえると歯・フラシは、いつものとおり、・ ( レンタインデーに 隆子がくれた哺乳瓶の中に、普通歯用・奥歯用・研磨用揃って並ん の進歩と調和のためだ。やらしてもらうぜリ」 白っぽい背広の腕をまくりあげると、林医師はこたつを挾んでまですましているのである。 のに」 っすぐに、隆子に対峙した。 O ー 1 5 8
がむずむずと震えて、微量の流動物質が体内から排出され、見験に出した。 似た受容情報に不規則的な歪みが生じた。 「どうも。マガジン、、 あっけにとられたのは一瞬だった。 にたてばよろしいのですが」 逃避だ、とテオは思った。 「たってくださいよー」 正確であるべき情報認識が、ストレスが生じるやいなや、まる と林医師。 で、わざとのように狂った。これは、このからだが、自分にとって「これ以上、平和な新婚家庭の大事な家財道具をぶつこわされたん 好ましくない状況から不可避である故に生じた内部葛藤を軽減するじゃ、たまりませんって」 ために起こす逃避的拒否反応であるのではないか。 隆子は、相変わらずゼットライトをばちばち光らせ、落ち着きの そうならば : : : そんな機能を有しているとしたら、このからだ、 ないまなざしを鋭く部屋中に配っていたが、その表情には、明らか ぼくの意識が関与しているこの物体は、本来、精神生活を持ってい に焦燥と疲労が見えていた。 なければならない。 「あれと、コンタクトをとりたいのですね ? 」 じゃあ、その、本来の精神はどこだ ? どこか、近くにいるのか 上北沢氏は、少しも動揺していない声でそう言った。 おおおおおおおい 「はあ」 叫びたかったのだが、光声を発する方法がわからなかった。テオ「知的生物のようですか ? 」 はやむなく、手近の小さな光を取って、その光体に可能な限りの光「たぶん」 声をやみくもに発生させた。 「けっこう。では、まず、簡単な数学でコミュニケーションをはか 誰か。誰かいないか ? 受容できたら答えてくれ ! ここはどりましよう。、 / ードの常識です」 こなんだ ? ぼくは、いったい、いったい、どうなってしまったんた ぎよろっ、と大きな目が、やけにたのもしく見えて、馨は、神妙 にうなずいた。 <ä O ー 2 「数学、ですか」 「まず、数の概念ですね。一、 、三、四、一足す一は二、二の自 「エイリアンが出ましたそうで」 乗は四、そういった項目を確認しながら、互いの了解事項を増やし 渋い低音に、馨も医師も若妻も、思わず姿勢を正してしまった。 ていくのです」 薄ねず色の背広をびしつ、と皺ひとつなく着た背の高い男は、マ 「なるほど」 ン ( ッタン模様のロール・カーテンを潛って現れるや、案内も請わ「とにかく、やって見てくださいよ」 ずにまっすぐこたつに向かうと、脚もいれずに正座し、名刺を取り と医師。 2 / ード ()n 担当の上北沢です。私でお役 9
0 、、 / 0 、 ーになつである。 って努力してるんですよ。前に隆子さんがウー ちゃった時には、俺、ちゃんと、じゃがいもの芽供養してやったじ ー 3 ゃないですか。今回は相手が悪いもん。どこの何者だか全然わから ないんだから。 ね。この次はがんばりますから。ちゃんと精進しますから《ち「どうもありがとうございました」 え。 「またどっか悪くなったら、遊びにいらっしゃいねー」 いいんだ、いいんだ。別にね。隆子だけが女だってわけじゃ な》あたついあのね、だから、俺はほら、けして、隆子さんの婿医師と若妻に手をふられ、帰りのエスカレーターを待ちながら、 にしていただこうなんて大それたことは : : : てつ ! 痛いなあ、だ隆子は、スッキリ治った右の頬をいとおしげに撫でた。 コに亠 / ↓ / 0 / しュ / / ってねえ ! 俺じや役不足なんでしょ ? だったら俺が身をひけば ・ : ぎゃあ ! と、隆子は思った。 わかった、わかりました、真面目です。本気です。騙すなんてそ催眠治療ってすごいものね。なんか、途中で変な夢見てた気がす んない ただ隆子さんは俺にはもったいないって言いたかっただけるけど : : : テオとかいう、傘のお化けみたいなのが出てくる夢。あ ですってばリ いやだなあ。なんですか、急にそんんまり濡れたから傘が欲しかったのか : : : 彼がいなくなってくれて へんな な猫撫で声なんか出しちゃって。そんなこと。はずかしくって。 治っちゃったとこみると、親不知の化身だったのかなあ ? 子だった。 しいですよ。言います。じゃ、言いますよ。 そう一一一口えば、玄関にあったナイキのスニーカー、馨のに似てたわ 愛してます。 ね。 ま、あんなのどこにでもあるだろうけど : : : 来た時、なかったよ 隆子のためなら、何だってやる《俺の小さな力の及ぶ限りのこと ならいいんだけどね、まったく》幸せにしてあげたい。そう思ってうな気もするけど、うん。気のせい、気のせい : な : : : な、何だ ? ますけどね、でも、おのずから限界というも : ・ やっと来たエスカレーターに乗ると、上の階で呼んでいたものと ちょっと。何だつつー / ぼく、テオです。どうも。突然おじゃまし見えて、ボタンも押さないうちに上昇してしまった。 ふわっ、とたよりなく宙に浮く感覚の中で、隆子はなぜか、きん ちゃって / のつー うわ、うわ / あ、落ち着いて。落ち着いてくだ さい / わわわ、ぎゃあっリ何だこり / 隆子さん、こっちのひとのぼうげに似た黄色い花の大群が、まるで絨毯のように、見渡す限り の丘を埋めている情景を、見たような気がした。 ほうが理性的だ、って光考してたけど : : : どうも不安だな / ゃあリ が、それも。 気のせい、気のせい かくして、テオと馨が遭遇したが、それはまた、別のものがたり 94