こくと絵美は少女のように頷く。よしよし、その調子だ。 おれは学習机の下に蹲っている健一を指差した。 「あそこにいるのは誰かな ? 」 「健一よ」 「なんのこっちゃ卩」 よかった狂っていない。おれはホッとした。 おれは言った。 「でも、あそこにいるのは脱け殻だわ」 「たから、これが健一なのよ」 おれはペッドからずり落ちた。 胸に抱いた超合金口ポットを絵美は哀しげな眼で見た。 「にやにい ? おれはひょいと手を伸ばして絵美の額にあてた。自分の額と比べ「健一は今、このロポットの中にいるのつ」 てみたが、熱はないようだった。 ジーと答えるようにロポットは一回動いた。 「あなたは健一の父親でしよう」 おれはペッドに肘を乗せ、頭を抱えた。そして、すっくと立ちあ 絵美は潤んだ眼でおれを見て言った。 がり、大声をだした。 「あたりまえさ。健一はおれの大事なひとり息子だ」 「いいかげんにしろっ , なあにを馬鹿なことを言ってるんだっー 「だったら、どうしてこれが健一だってわからないの ? 」 そんなオモチャが健一であるわけはないだろうつー ん、まて 絵美は超合金口ポットをおれに差しだすようにして見せてから、 よ。そ、そうか。あ、そうかつ。もしかしたら絵美と健一はおれを すぐに引き寄せギ、〉と胸に押しつけた。ロポットは苦しがるよう驚かそうとしているんだろう。はは、そうか。そうだろ。なあん にジーと一回手足を動かした。 だ。しようがないなあ。そっかあ。はは、はは」 おれは言葉がでなかった。 五日間、家を空けただけなのに、 おれはわざと声をだして笑った。スキツ。フで机に歩み寄り、下を 家はいったいどうなっちまったんた ? 絵美は気が狂ってしまった覗く のかフ 「健一君。もういたずらはやめようね。。 ( レちゃったそ」 おれは絵美を健一のべ : トに座らせ、おれも並んで座った。そし ビクリとも健一は動かない。 て彼女の両肩に手を置いて、優しく言った。 「健一つ。眠っちゃってるのか ? 「なあ絵美」 「あなた、冗談なんかじゃないのよ」 絵美はおれを見てパチ・ ( チと眼をしばたたく。 おれの背中に向かって、絵美は淡淡と言った。 「君が抱いているのはオモチャのロポットじゃないかい ? 」 おれは身を屈めて机の下を覗いたかっこうのままでいた。 「そうよ」 「その机の下にいるのは健一の脱け殻なの。今、健一はこの超合金 と机の下で蹲っている健一を、順番に何度も何度も見たのだった。 398
健一がもとに戻ったのだ ! おれと絵美は、歓声をあげて健一に走り寄り、抱きしめた。 絵美が健一を抱きあげ、絵美と健一を包むようにおれが抱きしめ おれたちは三十分ほどもその場で、おいおい泣き続けた。涙と涎 でべとべとの顔で、ずりずりと頬ずりしあった。 1 。、。、つ、見てつ」 健一は円盤を指差した。 路面に三分の一ほど突き刺さっていた円盤が動きだしたのだ。腰 を振るようにして、路面から刺さっていたボディをじわじわとぬ き、ひょいと宙に浮かんだ。 円盤は、まるでおれたち三人を、じっと見つめるように、地上三 メートルほどの宙に、しばし、ゆらゆらと停止していた。なにか、 おれたちに文句を言いたそうな感じだった。 が、あきらめたのか、ふいに弾丸のような速さで、あっというま に垂直に上昇し、やがて夜空に吸い込まれるようにして消えてしま っこ 0 健一は夜空に向かって、ごめんねー、と明るく手を振っていた。 路面には巨大な穴とひび割れが残った。 そして、翌日から絵美は、精神的疲労とショックで健一の学習机 の下に潜り込み、膝を抱えて蹲りはじめたのだった。 「あたしは、もう子供の世話も家事も、なにもかもいやになったわ やがて絵美はそのまま眠ったようになってしまった。 「絵実つ。たのむからでてきてくれよう。とほほ : : : 」 おれは机の前に這いつくばっていた。健一は学校へ行っている。 そのとき、家全体がぐらぐらと揺れ、窓が開き、ドアが開閉し、 電灯が点減し、水道から水が流れでた。 おれは天井を見あげた後、ハッと気づいた。壁にへばりついて、 優しくなでまわした。家全体が、ああと震えた。 「絵美いいつ。家なんかにならないで、もとに戻ってくれよう : なんて間題の多い家庭なんだ。 おれもだんだん会社に行くのがいやになってきた。 おれは机の下にふらふらと歩み寄り、中に人って絵美といっしょ に蹲った。 409
青白く光る金属製の丸い平たい物体が、突き刺さっていた。 「な、なんだこれは : まさか : : : 」 おれは絵美を抱きしめて、その物体を見た。 ゆっくり鼓動するように、銀色の奇妙な形の円盤は、光ってい る。 絵美がおれの腕の中から、するりと脱けて、ふらふらと円盤に歩 み寄って行った。 「絵美っ ! 近寄るんじゃないっ ! 」 だが絵美は斜めにアスファルトの路面に突き刺さ「た円盤の、す ぐ傍まで行ってしまった。 ジ = ' ト機にな「た健一がどこか〈行「てしま「てから三日がた絵美はそろそろと右手を伸ばし、円盤の表面に、そ「と触れた。 っていた。 「健一つ ! 戻ってきてくれたのねつ。ああ : ・ : ・」 自衛隊のジ = 〉ト機が墜落したという = ーがないところをみ絵美は円盤に抱き 0 き、表面に頬ずりをした。近所の人《たち ると、また別の物にな「たのかもしれなか「た。だが、健一は戻「が、ざわめく。 てこない。、 しったい、あいつはどこをうろついているんだっー おれも円盤に走り寄り、表面に触れてみた。表面はつるつるで、 おれと絵美は、机の下から引「ばりだした健一の脱け殻である蹲光るたびに徴かな震動が伝わ「てくる。 0 たままの体を抱きしめ、おいおい泣きあかした。ま「たく親がこ おれも、この地球の物とは思えない金属の物体が、健一だと悟っ んなに心配しているというのに。 た。カバとへばりついた。 「あたしが甘やかしたからいけなかったんだわっ ! 」 おれと絵美は円盤にへばりついて、おいおい泣いた。 「絵美のせいじゃない。そのうち、き「と健一は戻「てくる 「よく戻ってきた健一 : : : 」 大音響と地響きが、家の前の路上でした。突ガラが何枚も割れそして、円盤からなにかが、すう「と脱けでて、健一ではなくな るのがわかった。 一瞬呆然としていたおれと絵美は、すぐに我にかえり、階段を駆 おれと絵美は不安気な顔を見あわせた。 け降りて、玄関のドアを開けて夜道にとびでた。 「。、。、つ、ママつ」 近所の窓からも、 ・ ( ラバラと。 ( ジャマ姿の人々が走りでてくる。 おれと絵美は。ヒョンととびあがって振りかえった。 おれの家の前の路上に、自動車二台分ほどの大きさの、ぼうっと 鉄門を開けて、半ズボン姿の健一がひょこひょこでてきたのだ。 こ 0 おれは耳を押さえて蹲った。 ジ = ット機は、鼓膜を破るような爆音と衝撃波を残して、おれの 頭上を擦過し、急上昇して行った。 おれは耳を押さえて蹲ったまま、ぐんぐん上昇して行くジ = ット 機を見あげた。 、つ ! 戻ってきなさあああいっ ! 」 おれは遠去かる健一の笑い声を聞いたような気がした。 5 408
このまま寝室へ直行か、と思いきや健一の部屋の前へつれて行かて覗いた。 れた。 「こら健一つ。そんな所ですねてないで、でてきなさいつ。おみや 閉まったドアの前で、絵美はおれを泣きそうな表情で見あげた。げ買ってきてやったぞ」 ポプ・カットの切りそろえた髪の下の丸い眼を、ひたとおれに向け健一は半ズボンからでた膝に額を押しつけて両手で抱え、机の下 で蹲っていた。 る。ジーンズに、薄ビンクのセーター姿だった。 パ怒るそっ ! 」 小学一一年の子供がいるとは、とても思えない。大学時代とちっと「こらつ。でてきなさいつ。健一つー もかわっていない絵美だった。 だが健一は膝を抱えたままピクリとも動かなかった。もちろん息 はちゃんとしている。 おれが絵美の肩を抱き、顔を近づけようとすると、 「け・ん・ 「健一がおかしくなっちゃったの」 そう言った。 おれは手を伸ばして、健一の膝を揺すった。 「へ ? おかしくなった ? 」 「いいかげんにしなさいっ ! 」 こくっと絵美は頷く。 髪をくしやくしややる。 「どういうことだ ? 」 「顔をあげろ健一つ ! 」 訊いても絵美が答えないので、おれは健一の部屋のドアを開けまるで反応を示さない。 て、中に入った。後から絵美も入ってくる。 いったいどうなってるんだ ? おれは机の下に這いつくばったまま、傍に立っている絵美を見あ 健一はいなかった。 六畳の部屋にはべッドや机や本棚などがある。床にはマンガやオげた。 モチャなどが散らばっていた。 絵美を見て、ぎよっとした。 ぐるりと部屋を見まわしてから、おれの後ろに立っている絵美を絵美は大袈裟なテレビ俳優のように涙をポロポロこ・ほしていたの 見た。 である。 「いないじゃないか」 おれは首をひねり再び机の下の健一を呼んだ。 「あそこ」 「健一つー ママが悲しんでるしゃないかつ。でてきなさい。でて こないと。、 , ハが引きずりだすぞっ ! 」 絵美は学習机を指差した。よく見ると机の下から健一の足がチラ おれは両手を伸ばして健一の足をつかみ、引きずりだそうとし と見えた。 「なんだなんだ、しようがないやつだ」 おれは苦笑し、ネクタイをゆるめながら机に歩み寄り、身を屈め と、絵美が声をだした。 こ 0 396
: ママなんかきらいだよーだ : : : 」 あげた。 画面の横のス。ヒーカーから雑音とともに声が聞こえてくる。 そのときすぐ脇の居間から急にステレオの音がしはじめた。 おれもテレビに走り寄った。 ー・メタルたっ 放送が、すさまじい大音量で流れだした。〈ヴィ 「なんてこと言うんだ ! ママをこんなに困らせて悲しませてつー テレビからでてきなさいっ ! 」 おれは居間へとび込んだ。 「 : : : アッカンべーだー 「健一つ ! やめなさいっ ! 」 画面に映「た健一は舌をたした。同時にテレビのスイッチが切れ 耳を押さえ、ステレオのアン。フに向かって大声でどな「た。・ するとビタリとス。ヒーカーからの音がやみ、ザーザーと雑音が流た。 おれは部屋を見まわした。 れだした。 、 0 0 、 0 、 どこへ行った卩」 どこだっー ノの声は聞「健一つー ステレオなんかになるのはやめなさし 天井に向かってどなる。 こえるね」 と、長椅子がガタガタ揺れた。 おれは声を震わせてやさしく言う。 絵美が長椅子に抱きつく。そのとたん、本棚が大きく揺れ、。 ( ラ と、どうだろう。なんとスビーカーから雑音にまじってエコーの ハラと本が落ちた。 かかった健一の声が聞こえてきたではないか。 本棚が絵美に倒れかかりそうになっ 絵美が本棚に駆け寄る。 パあ : : : お帰んなさあい たので、あわてておれが押さえて戻した。 ひええっ健一つ、と叫んで絵美がス。ヒーカーに抱きついた。 おれは息を整えてからもう一度、腫れものに触れるように、でき部屋がしんと一瞬静まりかえ「た。本棚はもう健一ではなか 0 るだけ優しくステレオのアン。フに向かって言った。 おれと絵美は顔を見あわせる。 。いい子だから自分の体に戻りなさい。ね、ね」 「健一 。 ( タンと玄関でドアが閉まる音がした。 そのとたん、ステレオのスイッチがぶつりと切れた。同時に壁に 「玄関だっ ! 」 寄せてある幻型のテレビにスイッチが入った。 おれと絵美は玄関へ走った。 画面を見て、おれと絵美はのけそった。 絵美がドアに抱きついたが、そのときはすでに健一はドアでもな 激しくぶれてはいるが、白い粒子をパックに、健一の笑顔がアッ くなっていた。 3 。フで映っていたのである。 オ冫かになって外へでて行ったんだっ」 9 「絵美つ。外だっ。健一は、よこ 「健一いしし おれと絵美は靴をはいて外にとびでた。な・せかおれの皮靴がなく 絵美がテレビにへばりつく。 こ 0
「こ、これは : ・ : ・」 コン・カーは沈黙して動かない。 おれは眼をしばたたいて、ラジ「ン・カーを見た。唾をぐびぐび「健一「 ! 何度でも言うそ 0 ! 自分の体に戻りなさい 0 ! 」 呑み込む。 と、ふいにラジコン・カーはタイヤを猛烈に回転させ、ライトを 「お、おまえは、もしかして健一か ? 」 激しく点減させ、おれの手からビョンととびでた。 ラジコン・カーは返事をするようにライトを点減させた。」 あっ ! と思ったときは遅かった。 「ね、あなたもわかったでしょ ? 」 ラジコン・カーは床をすばしつこく走り、絵美の両足の間をぬけ 絵美がおれに身を寄せてくる。 て、開けつばなしのドアから廊下へでて行ってしまった。 おれは眼を丸くしたままガクガク頷いた。確かに、これは健一だ「健一待ちなさい「 ! 」 おれと絵美も廊下へでる。 父親の直観で、このラジコン・カーが健一だということが、 はっ絵美が悲鳴をあげた。 きりわかったのだ。 「危ないっ ! 」 おれはラジコン・カーとともに、絵美をガ・ ( と抱きしめた。 呼び止めたが遅かった。 「絵美っ ! 」 廊下を端まで走ったラジコン・カーは、階段をポールのように下 「あなたっ ! 」 へ落ちて行ったのだ。 おれたちは、おいおい泣きはじめた。 ガシャンガシャンと音がし、一階で止まった。 おれたちも階段を駆け降りた。 絵美が階段の下に、へなへな腰を落して、べったり座った。 「健一つー ( の言うことをよーく聞くんだぞっ」 。フラスチックのボディが真二つにばっくり割れて電池がとびだし おれは両手に持 0 たラジ「ン・カーに向か「て、眼を寄り目にしたラジ「ン・カーが、裏がえしにな「て階段の下にころが「てい て、どなりちらしていた。 ラジ「・カーはウ→ーと返事をするようにタイヤを少し回転絵美がおそるおそる両手を伸ばして取りあげ、胸に抱いた。そし させる。おれは息を吸い込み、言った。 て傍に立っているおれをハッと見た。 「ラジコン・カーをでて、自分の体に戻りなさいっ ! 」 「健一じゃないわっ ! 」 机の下に蹲っている健一の体をサッと指差した。 「なにつ ? 絵美はおれたちのやりとりを、おろおろして見ている。 ラジ健一は自分の体に戻 0 たのか ? と思い、おれは思わず階段を見 こ 0 2 9
「どうして、そんなことがわかるんだっ卩」 とすると、いつになく暴れて、あたしの手におえなかったわ。 おれはまたイライラし、あわてて口調を静めた。 それで、しようがないので学校には病気ということにして体ませる 絵美はおれをひたと見た。 ことにしちゃったの : : : 」 「だってわかるんですもの。あたしはこの子の母親よ」 「そんな、すぐに休ませたりしたらだめじゃないか」 おれは眉根を揉んだ。そして先を促した。 「ごめんなさい。でも、暴れたり泣いたり物を投げたりで、どうし それで、健一は学校を休んだとき「よし、健一の意識がどこかへ行ってしまった。それで ? 」 ようもなかったんですもの。 いつもするように、自分の部屋に籠ったきりで、独りで一日中遊ん「あたしはおろおろして、健一健一つて大声で呼んだの。そした そしら、あなたが壊してしまったオモチャのロポット超合金・フチメカ でいたの。食事のとき以外はずっと独りで遊んでいたわ。 が、あたしの方へ歩いてきたの。 あたしは、すぐに健一だって て三日めの夕食のとき、あたしがイライラして怒ったの。そうした ら、茶碗をあたしに投げつけて自分の部屋へ行ってしまい、籠ったわかったわっ」 「なんで、そんなことがわかるんだっ卩」 きりでてこなくなってしまったの」 「母親の直観よっ。自分の子ですもの」 絵美はラジコン・カーをなでながらしゃべっている。 おれはイラつく口調をひっしで押さえ、こめかみをぐりぐり揉ん 「めんどうなので、しばらく放っておいた後、寝かせようと思って あの子の部屋を覗いたの。そうしたら、机の下に入ってしまって、 でてこなくなってしまったの。あたしがいくら言っても引っぱって「それで、今はそのラジコン・カーが健一だっていうのか ? 健一 も、いやだ、と言ってでてこなかったの」 の意識がラジコン・カーに入っているというのか ? 」 「そうよ」 おれは机の方を見てから、また絵美を見た。 ィーンと数秒間、タイヤが回った。 「どうしてもでてこないので、しようがないから、蹲った体を毛布ウ で被ってやり、放っておくことにしたの。 そのうち自分ででて絵美はラジコン・カーをおれに差しだした。 きて、べッドで寝るだろうと思ったの。 それで、あたしも寝室「あなた抱いてみて。そうすれば、これが健一だっていうことがわ へ行き眠ってしまい、翌日起こしに行ったら、健一はまだ机の下に かるわ。だって、あなたは健一の父親なんですもの」 蹲っていて、そこで眠っていたわけなの : : : 」 おれはしかたなくラジコン・カーを受け取った。するとラジコン 「それいらい、あそこにいて眠っているというのか ? 」 ・カーは、まるで喜んだようにウインウイン、タイヤを回し、ライ トをしつこく点減させた。 おれは机を指差した。 でも、眠っているんじゃないらしいのがわかったの。 おれはラジコン・カーを胸に抱いた。 健一の意識がどこかへ行ってしまったらしいのがわかったの」 そして、ぎくりとした。 8 4
五日間の九州出張から帰ると、家は妙なことになっていた。 羽田空港から電話を入れると、妻の絵美がおろおろした声で訴え たのだ。 「あなたつ。健一が健一が : : : 」 「どうした ? まだ登校拒否してるのか ? 」 おれが出張した翌日から、ひとり息子の健一が、また登校拒否を しはじめたらしいのだ。健一は小学校二年生で、なにかというと、 すぐに登校拒否をする問題児たっこ。 「そうなの : : : 」 おれは受話器に向かって舌打ちをした。 「しようがないやつだな」 毎朝途中の道まで、おれが駅へ行くついでに、健一を見送ってい たのだが、その見送りがいなくなったとたん、これだ。 「おれがいなくても、おまえが強引に学校につれて行かなきや、だ めじゃないか」 「ごめんなさい。でも、それだけじゃないの : : : 」 受話器を通して絵美の声が徴かに震えているのがわかった。 「なんだ ? また部屋に籠ってハンストでもはじめたのか ? 」 「そうなの。でも、それだけじゃないの : : : 」 もどかしそうに絵美が言う。 「なんだか、よくわからんな」 おれは。ヒンク電話を見つめ眉根を寄せた。 「お願い。とにかく早く帰ってきてつ」 「わかった。会社に一度寄ってから、すぐ帰る。じゃ」 おれはビンク電話を切った。 というわけで、ポストン ・ッグと、みやげの入った紙袋を持っ たおれは、急いで我が家に帰ってきたのだった。 鉄門を開けて入り、おれはドアの前に立った。 たった五日間家を空けただけだが、やはり我が家へ戻るとホッと する。長期ローンで買った n:--Äの小つぼけな建て売り住宅とは いえ、おれの城である。 出張帰りなので、まだ午後二時半だった。明日は休みの土曜日 ひさしぶりに、どこかへ健一をつれて行ってやれば、きっ と機嫌を直して月曜からまた学校へ通いだすだろう。 指を伸ばして呼び鈴を押そうとした瞬間、いきなりドアが、こち ら側にガバと開けられた。おれはのけそった。 「あなたっ ! 」 「あててて : : : 」 おれは鼻を押さえた。ドアが鼻の頭をかすったのだ。 絵美がはだしのままドアを開けて、おれを見ていた。 卩の開く音がしたのでつ」 「お帰りなさい、あなたつ。」 玄関で待っていたらしい。絵美が玄関でおれの帰りを待っていて くれるなんて、新婚のときいらいだ。 「なんだいったい。そんなにあわてて。あててて : : : 」 折れていないのを指で確かめてから、鼻から手を離した。 「きてつ。きてちょうだいつ」 絵美はおれの手を強く引いた 5 おれはポストン ・・ハッグと紙袋を玄関に置き、着換えをするも 9 なく、絵美に引っぱられて狭い階段をあがった。
カーが走りでてきて、床をぐるぐると走り回った。 ・フチメカになってしまっているのよ」 絵美は ( ッと顔をあげてラジコン・カーを見る。 おれの体がワナワナと震えてきた。 こ 0 しいいかげんにしろと言ったはずだ : : : 」 おれは、うおお「と叫んでべッドに跳び、絵美からロポットを引「健一「 ! 」 ウインウイン音をたてて、うれしがる小大のようにおれのまわり ったくった。絵美が両手を伸ばして悲鳴をあげる。おれはロポット をラジコン・カーは走る。 を床に叩きつけてやった。 「健一つママの所へいらっしゃい ! 」 ロポットは床の上でパラ・ハラになった。 するとどうだろう。ラジコン・カーは、くるりと向きをかえ絵美 「ぎゃあああっ ! 健一いしし 絵美は床に這いつくば「て、・ ( ラスラにな「た手足を集め、ひ「の所まで走「て行き、ピタリと停止したではないか。 床に横座りになった絵美はラジコン・カーをそっと抱きあげ、涙 しにくつつけようとした。健一が健一が、とわめき続けている。 を浮かべて頬ずりをした。 おれは足もとに這いつくばる絵美を見おろし、肩で息をしてい こ 0 。今度は自動車になっちゃったのね」 「健一健一 : そう一一一口うと、ラジコン・カーのライトが、まるで返事をするよう くつつかない・ 「だ、だめだわ : ふいに、キ ' と絵美はおれを見あげた。そして動物のように爪をに点減したのだ 0 た。 なんだかしらないが、これはちょっとやそっとのことではない たてておれに跳びついてきた。 ぞ、とおれは悟った。 「この人殺しいいっ ! 」 おれは絵美の傍へ行き、床に座った。 ハリとおれは顔中を引っ掻かれた。 ビクンとして絵美はラジコン・カーを取られないよう胸に抱きし 「落ちつけっ ! 」 める。 おれは絵美の頬を平手で二往復はたいた。 、・ , ドに突「伏して、わんわん声をあげて泣「わか 0 た絵美。怒らないから、どういうことなのか、ちゃんと話 絵美は頬を押さえへ してごらん」 きはじめた。 おれは絵美の眼をひたと見つめて言った : おれは絵美を見、彼女を叩いた自分の右掌を呆然と見た。絵美を おれを怯えた眼で見かえしていた絵美は、しばらくして、こくり 叩いたのは結婚していらい、はじめてだった。 と頷き、ぼそぼそと話しだした。 「あなたは、なにもわかっていないのよっ ! 」 「あなたが出張にでかけた翌日から健一は、またおなかが痛いだの 9 絵美はそう叫びながら、泣いた。 熱があるだの言って、登校拒否をしはじめたの。無理に行かせよう トの下からふいにラジコンの白いスポ , ーツ・ と、そのとき、ペッ ッと破顔し
息をしながら立った。 なっていたので、おれはス三ーカーをはいた。 「あ、あんたたち見たかっ ! その皮靴がおれに向かって走ってき 鉄門の外へでて、道の左右を見る。 たんだっ ! 」 「あれだっ ! 」 店員は路上の皮靴を指差した。そのとたん、おれと絵美は、とび おれは十メートルほど先の道を指差した。 おれの黒の皮靴が、まるで透明人間がはいて走っているように道つくようにして皮靴を取り押さえた。 をパタバタと駆けて逃げて行くのだ。健一は皮靴になってしまった「健一つ ! 」 のだ。 おれが右足を絵美が左足をつかまえた 1 おれと絵美は走って皮靴を追った。 「健一つ ! おまえはなんで逃げるんだっ ! 」 「待てえええっ ! 健一い℃し おれは右の皮靴にどなった。 「健一待ってちょうだあああい ! 」 絵美は左足の皮靴をきつく抱き、泣きはじめる。 おれと絵美は全速力で走るのだが、皮靴は。 ( コ。 ( コ音をたてて逃ラーメン屋の店員は路上に尻もちをついたまま、顎を胸までだら げて行く。 りとさげておれたちを見ていた。そのうちふはふはと笑いだす。 「あ、あんたら、なに言ってるんだ ? 」 すれちがう人々が、走って行く皮靴を見て仰天していた。 「絵美っ ! 左に曲がったそっ ! 」 おれと絵美はラーメン屋の店員を無視し、立ちあがった。皮靴は おれたちも順に左に曲がる。 おれの五メートルほど後を絵美逃げられないよう、しつかり抱きしめている。 が走ってくる。 「さ、絵美。健一をつれて帰ろーーー」 道を左に曲がったとたん、ガシャンとなにかが倒れる音がした。 そこまで言ったところで、おれは絵美を見た。絵美もおれを見 自転車だった。ラーメン屋の店員が乗った自転車が、走ってくるた。 岡持がひらくりかえり、 皮靴に驚き、道の真中で倒れていた。 皮靴は健一ではなくなっていた。 ラーメンが道にぶちまけられている。 「おれの自転車がっ ! 」 ラーメン屋の店員が倒れたまま腰を押さえて呻いていた。 ラーメン屋の店員の声に、ぎくりと振り向くと、倒れていた自転 自転車のすぐそばに皮靴は、そろえたように止まっていた。 車が、見えない糸で引っ張られたように、すいっと立ちあがり、 「健一いしし きなり、キコキコと走りだしたのだ。 おれは倒れた自転車の傍に走り寄った。すぐ後から絵美が追いっ 「しまった ! 」 いてくる。 「あなた、あれよっ ! 」 おれと絵美は皮靴を投げだし、道を走って行くラーメン屋の自転 おれと絵美は自転車ごと倒れている店員の前に、ハアハアと肩で