て、じっとキイを見ていた。 抽れていた。 「ここにいていいっておっしやるんですか : ・ジェン : 声が震えた。 声が掠れた。 男は肩をすくめた。 男はちら、とこちらを見て、ロ許を緩めた。 「いたいなら」 「それは芸名だ。本名は捨てた」 「 : : : だめですリ」 「でも、あなたなんでしよう」 「なぜ ? 」 肯定が欲しかった。 シェンのようには見えなかった。 男はジェンの顔をしていたが、。 キイは右手で銀の腕鐶をつかむと、手首にひつばり降ろした。顔 このひとはあたりまえすぎる。 あたしが、逢いたかったひとは、もっともっと輝いていた。廊下が歪むのをどうしようもなかった。 「あたしは『やっかいもの』です。あなたのデータに影響したくあ いつの間にそんなに で逢ったひとは、確かにジ = ンだったのに : りませんリ」 か弱くなってしまったの ? キイは自分の台詞を少し皮肉だと思った。 ・カップを運んでくる男 キイは唇を噛んで、不器用そうにティー もしこの男がほんとうに『ジ = ン』なのだったら、『やっかいも を見つめた。 の』を恐れるはずはないのだから。でも、それなら尚のこと、あた 「 : : : なんだ ? 欲しくないか ? 」 腰を降ろすと、男はそう言「た。キイは男の斜め前のシートに浅しはこのひとのデータを悪くしたりしちゃいけない。腕鐶を交えた りしちゃいけない。 くかけていた。膝の上に手を揃えてうつむいたまま、男がヨキ茶を だが、男は素っ気なく言った。 啜るのをじっと見つめていた。 「影響なんかしない」 こころが萎んでいくようだった。 「なぜ卩」 をいないんだわ。舞台にしか。劇場にしか。劇の時に あのひとよ、 男は、黙ってキイを見つめていたが、突然コネクタ 1 を外して上 の中にしか。 着の腕を取った。 、と膝をつかんだ手の上に、涙が落ちた。 キイは息を呑んだ。 - 」 「 : : : 痩せすぎだ」 腕鐶がなかった。 男の声は太く、よく響いた。それでも、あの声ではなかった。 「 : : : なく : ・し : : : たんです・ : か ? 」 「食べたほうがいい。俺はもう寝む」 「いや。きらいなんだ」 きつばりした言いかたに、キイはようやく顏をあげた。男は立っ 9 9
きれない気分になった。 ようやく階段が途切れた。男と『やっかいもの』の影が分かれ て、倉庫の石の壁にぼんやり漂った。 「よし。あっちだ」 男は足下を見つめていた。 よどんだ空気の中を反響して戻ってくる声は陰気だった。 そこには男自身の影と、後からついてくる『やっかいもの』の影 こんなとこは早く出よう。 : 重なって落ちていた。 こんなやつはさっさと追い出そう。 階段だった。ただでさえ狭苦しいのに、むりやり積み重ねたガラ クタが、両わきから段という段を侵食している。一歩ごとによく確ぐっ、と詰まる喉をはげまして、男は短く言った。 「それでもう用はない」 かめないと踏み外してしまう。 荷を滑り落していた『やっかいもの』の華奢な肩が、一瞬止まっ 影の一部は、ひょろひょろ左右によろけてばかりいた。 たように見えた。 男は待っていた。 だが、目を凝らすと、『やっかいもの』は納めた荷物を揺さぶつ 『やっかいもの』が転ぶのを。肩の荷を放りだして、あたりのガラ て、安定を確かめているところだった。 クタを蹴ちらして、暗い倉庫に転落していくのを。 そのために、ない用事をこさえてわざわざこんなとこまで連れて「 : : : すまん」 来たんじゃないか。 言わないつもりだったことばが出てしまった。『やっかいもの』 ふん、と息をつくと、男の胸にしめった埃の匂いが充満した。胸がゆっくりふりむくのを見て、男はあわててつけ加えた。 がムカムカして、男はもう少しで、そばのものに当たり散らしそう・「ああ、なんなら見ていってもいい」 こよっこ。 「見るって : 『やっかいもの』の声はいがらつぼかった。 ちょっとひとあばれさ。 「舞台さリ」 男は思った。 男は急いで扉に駆け寄って鍵を外した。 そうすりや、俺もこいつも荷物の下敷きだ。誰かが来るまでにや りつばにくたばっちまってるだろう。へつ、俺は英雄だね。『やっ 「ここを出て、右のつきあたりを登ってくと桟敷の裏にでる。じ かいもの』をふたりもあの世に送ってやるんだから。 き、はじまるはずだ。どこでも空いてるとこに座んな」 男はいじけた目をして、丸めた背中ごしに後ろをうかがった。小 手の中でチャラチャラ鳴る鍵に目を落として、男は『やっかいも さなシル = ットが危なっかしくバランスを取りながら、苦しげに息の』の目を避けた。首筋に汗をかいていた。心臓が非難がましく何 を弾ませていた。一生懸命遅れまいとしている。男はますますやり度も打った。
「太っている」彼は太い声で言った。それを確かめようというのか ながら戸口を通りぬけた。彼はケニイよりも太っていた。モロニイ よりも太っていた。文字通り、脂肪がしたたってきそうだった。べのように、ケ = イの腹に手をのばし、いやっというほど捻しった。 つの意味でもむかっくところがあった。肌はマッシルームのよう「太っている、太っている。これはいけませんねえ。モンキイ・ト ートメントで痩せられますよ」 な色で、ごく小さな眼は肉の塊に埋もれてほとんど見えない。肥満 は髪の毛さえ押し潰してしまったかのようだった。髪はほとんどな「そうでしようとも。でも : : : 」 かった。胸ははだけていたので、たるんでブョブョした肌が見え 「モンキイ・トリートメント」 た。巨大な胸を揺らして男はすばやく前に出ると、ケニイの腕をつ 男は繰り返し、いつのまにかケニイのうしろに回り、ケニイの背 かんだ。 中に体重をかけて、押した。ケニイはよろめいてカーテンのさがっ 「モンキイ・トリートメント た戸口をくぐり、奥の部屋に入った。小便の臭いがさらに強くなっ 彼は熱心に繰り返し、ケニイを引っぱった。ケニイはびつくりし た。吐きたくなるほど強烈だ。まっ暗だった。周囲の闇のなかから て男を見た。そのにやにや笑いにロもきけなくなった。男が笑うカサコソという音が聞こえてくる。鼠だ、とケニイはあわてた。鼠 と、顔の半分がロになるのだ。真白に輝く歯が半円形に気味悪く並は死ぬほど嫌いだった。彼は手探りをしながら、いまくぐったカー んでいた。 テンを示すぼんやりと明るい四角形に突進した。 え」ケニイはようやく声をたした。「いいんです。気がかわ そこに着く前に、背後で甲高いカチカチという音が聞こえた。機 りました」 関銃を撃っているみたいな鋭い連続音だった。やがて、別の声がし 骸骨モロニイが痩せようが何しようが、こんな男から投与される た。そして三人目の声。突然、恐ろしいプーンという音がして、闇 トメントを試してみる気になんかなりは 薬なら、モンキイ・トリー に生気がみなぎった。ケニイは両手で耳をおさえ、よろめきつつカ しない。第一、それは効くはずがない。効くのなら、この男がこん ーテンをくぐったが、くぐったとたん、首筋になにかモジャモジャ なに太っているはずがない。それに、きっと危険な薬なのだ。猿のしたもの、暖かく、毛のはえたものを感じた。 ホルモンかなにかをつかったインチキ薬に相違ない。 「ウワアア ケニイは悲鳴をあげ、胸をはだけた巨大な男が辛抱強く待ってい ケニイはもっと大きな声で繰り返し、グロテスクな男につかまれる表の部屋を跳びまわった。片足ずつ跳びはねながら、悲鳴をあげ ている手を振りほどこうとした。 しかし、無駄だった。男はケニイよりずっと大きく、はるかに力「ウワー 鼠。こ。武百にくつついた。取ってくれ。取ってくれ が強かった。男はケニイの抵抗など知らぬげに、狂人みたいな笑みよお ! 」 をうかべて、ケニイをやすやすと引ったてた。 彼は両手でそいつをもうとした。しかし、それはとても素早 4 ワ
RDADDD ・ S S 第当 リーターズ・ストーリイ ・読者のつくるべージ・選評日生敬 リーダーズ・ストーリイ、今月も先月同テンボと歯切れが今一つなんですね。ちょ 茨城県の小林伸一さんの「ママ」と「残 様注意すべきことから始まります。 っとぎこちない感じがしてしまうのです。されたもの」の二つの作品は、オーソドッ どうもこのところの応募作品を読んでい 作品を一度声に出して読み上げてみることクスながらも、これからが期待できそうな ると、ンヨート・ンヨート の命であるはずを試してみて下さい ものでした。小林さんは高校一年生、もっ のアイテアを軽視しているような気がして静岡県の浜田伴子さんの「不幸」、このと面白いアイデアが生まれるはずですよ。 なりません。これは応募してくださる皆さ作品は、なんともむくわれない男の物語で 「ママ」は母親を亡くした子供と父親の物 ん全体に言えることです。アイデアに面白す。 語、ロポットオチの作品です。「残された い発想が生まれたならば、当然オチもきい ある日妖精の命を救ったことで、望みがもの」は、全てのものが持ち去られてしま てくるはずなんですよね。それがここしば かなうと信じ込まされた男は、何もする気った地球に残った男のお話。荒くれ男にも らくのところ、なぜか小説としての完成度がなくなってしまう。男の成功は、妖精の人間らしさが残っていた、自由と希望も残 を基準にしなければ入選作が選べないとい 力ではなく、男自身の実力だったことにもされていたというもの。 う状況が多々ありまして、選者としては少かかわらず。 愛媛県の丸山恒史さんの「林檎と悪魔」、 少オチコミ気味なのであります。小説とし この作品も、文章のぎこちなさに負けて悪魔テーマの作品です。一人のマイコン少 ての完成度はもちろんなんですが、少々荒 います。一人称で描かれているのですが、年が悪魔と出会った時、少年が思いついた 削りでも良い、ワッと思えるようなトリッ 男の気持ちの動きに合っていないようでことは : マイコンのフロッビ ー・テ キーな作品で勝負してみてはくださいませす。 スクの中に閉じ込められてしまった悪魔と んか。選者としても同じ読むなら楽しく読埼玉県の綿貫厚子さんの「愛の証」は不 いうアイデアはたいへんに面白い。これで みたいですからね。 気味なお話です。異星人と恋におちた結オチが一工夫してあれば文句なしなんです さて、短評に入りましよう。まずは、東果、その結果の愛の証とはいったいどのよけどね。 京都の高杉正明さんの「起因ーという作品 うなものなのでしよう。病院でかわされる最後は今月の入選作、神奈川県の津島修 から。 女と医者の会話が印象的です。異星人の子一さんの「他人の顔」です。この世から化 この作品、サイフを落したことから始ま供、いな卵を体内に宿してしまった女が選粧品がなくなったとしたら : : 。化粧品取 った一人の男の悲劇が描かれていくのですんだ道、不気味な雰囲気ながらも、ラスト締法という法律が施行されたその日から、 が、幸せカードというアイデアは面白い のオーソドックスさでホッとさせてくれる人間社会に巻き起った騒動を描いたユーモ けれど文章に難があるというもの。文章の作品でした。 アいつばいの作品です。
「なんに、いたしましよう」 男は、その体格にふさわしい低い声で、ぼそっと言った。 「チョコレート・ ダブルだ」 ウェイトレスは、吹き出す寸前みたいな顔を、あわててメニュー で隠した。 「か、かしこまり、ました。 くすくす笑いを洩らしながら、足ばやに戻っていくウェイトレス の後ろ姿を、男は無意識に見送った。 廚房の方で、どっと笑い声が起こった。 男は、軽く肩をすくめた。 こんなことには、もう、すっかりなれつこになっているらしい 別に、気にもとめていない様子だ。 男は、左腕の時計に、ちらりと視線を走らせた。 それから、窓の外の風景に、目を移した。 濃いスモークのグラスの下で、男の目が、かすかに細まった。 男は、誰にも聞こえないような、小さな声で、呟いた。 「五年か : : : 」 男の名前は、ジム・ケースといった。 〈メサ日 2 〉恒星系の星系首府、アンヴィル。 人口は一千万を越える。 ーラーの窓から見えるのは、お定まりの『大都会』ってやっ また、三時を回ったばかりだと言うのに、林立する超高層ビルの システム こⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ日ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅡⅢⅢⅢ日ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ " 愛機〈メリー・ウイドウ〉を駆って大宇宙を縦横に駆けめぐり、 大金を強奪する痛快な男たち。主人公〈高飛び〉レイクことレイ ク・フォレストには、その異名どおりに特殊な超能力が備わってい る。〈 E=MC2 〉のキイワードを唱えるや、一瞬にして空間を跳躍 するテレポーテーションの能力である。一方、相棒のジム・ケース はゴリラのような大男ながら電子工学の学位を六つ持っ天才。いか なエレクトロニクスの罠もたちどころに回避してしまう。 シリーズ第一巻では、二人にとっての厄病神、美貌の女盗賊ジェ ーンの悪計にまんまとのせられ、他の分野から選りすぐられた犯罪 の。フロと共に、成功率〇・七パーセント、 一万人の傭兵に守られた 難攻不落の宇宙カジノの略奪作戦にいやもおうもなく参加させられ てしまう。 ( 『宇宙カジノ略奪作戦』 ) 最新刊の番外篇①『四 % のトラブル』ではくだんの美女、ジェー ン・。フラックモアとの運命の出会いが語られる。絶世の美女なが ら、古代兵器のコレクションが趣味で、やたら銃をブッ放したがる アラミティ 恐るべき性格。〈ガンスモーク・ジェニー〉または〈厄病神・ジェ ーン〉の異名に恥じぬカワイくも小憎らしい振るまいにレイクとジ ムは翻弄されつばなしであった。 そして、レイクとジム、それにジェーンが力を合わせたニ、ー シカゴの「アストロ・ボウル」現金強奪事件では、フクダ警部が登 場。トレードマークのトレンチコートに身を包み、部下から鬼のご とく恐れられる一本気なフクダ警部と、お調子者のレイクとの、見 事にかみ合わぬ熾烈な対決が見もの。 宇宙を股にかけ、今日もまじめに犯罪に精を出すレイクとジム。 ( なにしろ〈メリー・ウイドウ〉のローンを律儀に返済する二人な のだ ) 果して、本篇では、どんな痛快な活躍を見せてくれるのか : ・ 〈高飛びレイク〉シリーズ既刊本 ( ハヤカワ文庫所収 ) 宇宙カジノ略奪作戦 〈番外篇〉四 % のトラ・フル ー 04
「あなたなのね、ダンカン」 「あの者たちは ? 」 よみがえったナマールは、ダンカンの目鼻を見分けるように指先「わたしの父と母」 をはわせた。 ナマーレま、 波音が大きくなった。 ダンカンはからだをふるわせた。 城址の氷は失せ、床を泡立っ波が洗っていた。 彼はせいいつばいナマールにしがみついた。 城址はまもなく海の底へ戻っていくのだろう。 今こそ、彼女の血を吸えるはずだった。そうすれば死ぬこともな 地響きがきこえてくる。 くなる。 ダンカンはナマールの顔を見上げた。 だが、それよりも、彼女をこうして抱き、肌のぬくもりを感じる 壁面が内側に崩れかかり、波が室内に暴れこんできた。 ことの方が、今の彼には大切に思えた。 ダンカンとナマールは、あっというまに、巨大な波にのみこまれ ダンカンはナマールの肩ごしに、もうひとりの年上の女が近づい てくるのを見た。両手を、手のひらを上にしてさしのべてくる。 振り返ると、男が長剣を抜き払ったところだった。 彼らも、凍結をとかれ、よみがえったのだ。 男は長剣を手に向ってくる。 「世話のやける子だこと」 ダンカンはナマールの腕から逃れようとした。だが、できない。 母親の声にダンカンはわれにかえった。 ナマールの腕は万力のように少年の首と背をしめつける。力が失せ明るい。それに、なんという熱さだろう。 ていたためか、そう感じとれた。 眼前にナマールが横たわっていた。 「ダンカン、強く、抱いて」 顔を岩場につけ、背をあえがせている。 ナマールが耳もとでささやいた。 光の雨が女にもダンカンにも降り注いでいる。見上げると、棘だ 男の長剣が振り上けられた。 らけのツタがびっしりと、二人の頭上を被っている。 ダンカンは死を覚悟して、男を見すえた。 ッタは、固くひからびた岩肌から生え、よじれあいながら、ドー 長剣がきらめく。 ム型の檻を形成していた。すきまを、ツタから突き出た棘がうずめ すると、男の姿がかき消えた。 ている。 女の姿もない。 岩山の頂上近い窪地である。 ナマ 1 ルだけが残った。 白い雲が青空を技けてゆく。 - 」 0 335
く、賢く位置をかえるので、捕まえることができなかった。しか く脈うった。彼はこの場所、この男、この猿に苦しめられていた し、ケニイはそいつがいることを感じとった。生きて、動いている が、自制し、なんとか落ち着こうとした。この小さな猿は自分を傷 ことを感じとった。 つけることはできない。肩にとまっていることからもわかるとお 「助けてくれ。助けてくれ ! 」彼は叫んだ。「鼠だ ! 」 り、訓練された猿にちがいない。猿の持ち主は、いつもこんなふう この店の主人はにやりと笑い、かぶりを振った。幾重にもなったに背中に乗せているのだろう。ケニイがしぶしぶとあのカーテンを 顎の肉が嬉しそうに揺れた。 くぐったとき、猿は彼を主人と間違えたのだろう。闇のなかでは、 「いやいや、鼠じゃありませんよ、太ったお方。猿です。あなたは太った男はみんな同じに見える。 モンキイ・トリ ートメントを受けられたのです」 ケニイは手を背中にもっていって、猿を捕まえようとしたが、な そして、前に進みでると、またケニイの肘をつかんで、壁にかかぜか捕まえることができないようだった。鏡はすべてを逆に映すの った等身大の鏡の前につれていった。部屋がかなり暗かったので、 で、なおさら難しかった。彼はドシンドシンと跳びはね、跳びおり 鏡のなかはよく見えなかった。鏡はそれほど幅があるわけではなか るたびに部屋は振動し、家具は揺れ動いた。しかし、猿はしつかり ったので、両腕の部分は映っていなかった。男は一歩さがって、天と彼の耳にしがみついており、払い落とすことはできなかった。 井からさがったコードをぐいと引いた。頭上の裸電球にばっと灯が とうとう、この状況では平静にはなれないと判断したケニイは、 ともった。電球は左右に揺れ、光は狂ったように動きまわった。ケ太った男のほうをむいて言った。 ーチェスターは身震いして、鏡のなかをのそきこんだ。 「あんたの猿だろう。どうかおろしてくれよ」 「うわっ ! 」 「だめだめ」男が言った。「あなたを痩せさせる。モンキイ・トリ 背中に猿がいた。 ートメント。痩せたくないの ? 」 正確にいうと、肩のところにとまっていて、脚は太い首にまきっ 「もちろん、痩せたいさ」ケニイはみじめな声で言った。「しか き、三重顎の下で足をからめていた。猿の毛がうなじにあたる。耳し、これは・ ( カげている」 を軽くつかんだ猿の手の暖かみを感じることもできた。ごく小さな彼は困りきっていた。この背中の猿は、モンキイ・トリートメン 猿だった。ケニイが鏡をのそきこむと、猿は頭のうしろから顔をの トの一部であるらしい。しかし、これに意味があるとはまったく思 ぞかせ、にやりと笑った。眼はキョロキョロと素早く動き、茶色の えなかった。 毛はごわごわしている。白く輝く歯がたくさんあった。ものを掴む「行きたまえ」 ことのできる長い尾はひ「きりなしに揺れている。ケ = イの頭蓋骨男が言「た。彼は手をのばして、「ードを引ぎ、明かりを消し の後ろから毛むくじゃらの蛇が生えているみたいだった。 た。電球はまた激しく揺れ動いた。それから男はケ = イに近づい 胸に大きなエア・ドリルが取りつけられたみたいに、心臓が激した。ケ = イはびくびくと後退した。 4
コ・スミック・・ ( イオ - 一アーズテーブマ / の男が、宇宙開発部隊の記録員ルー・風の名を叫んでいるのであ る。 が、それだけではない。 それだけのことカノ ・ : レー・風をかくも動揺させたのではなかっ 男の後からーーさらに二人が、〈門〉を抜け、駆け出してきた。 二人はーー女だった。 しかし、ただ女であるというだけではなかった。 ルー・風は息を呑んだ。 いにしえ そして、まず我が目を疑った。 その二人もまた、古の武具に身を固めていた。 いやーーーしかし、ただそれだけのことではなかった。 その光景が信じられすに、思わすアイ・カメラを目からはずし て、額の方へ押し上げた。 その二人を見て、ルー・風は、まぶしい光をいきなり浴びせかけ られたかのように目を細めた。 同じだった。肉眠で見てもなお、そのものの意味は変わらなかっ鼓動が変調した。 こ 0 息苦しささえ感じた。 それほどにーー美しかった。美し過ぎると言ってもよかった。 " 男が駆けてくる。〈門〉の向こうから走り出てきてー・ー叫んで そうーーー確かにーー・彼女たちの輝かしさは、どこか空想的に見え やはり、おまえかーー」 アマゾネス またも、その男の口から、彼の名が発せられた。 二人の女戦士は、まさしく この世のものと思えぬほどに妖麗 ルー・風はうろたえた。 で、かっ凜々しく、なお典雅だった。 本 ( りにもーーー・余りにも なによりも、まずーー″男の姿形が、ルー・風を混乱させてい 「なんだ、あいつらは ビルス ほとんど、半裸と言ってい いきなり、ミーラー・が、上すった声を出した。 フォーティ・フォー 腰にびったりと皮を巻き、太い片掛けの帯で長剣を吊っている。 そして、四十四口径の銃口を、ぐいともたげかけた。 筋肉はなかなかに見事だ。 「待って 神話世界の戦士ーー超古代の剣闘士 慌てて、ルー・風はそれを押しとどめた。 そんな、あり得ざる物語の中から抜け出てきたとしか思えぬ格好その時になって、やっと気付いた。 こ 0 第六章神々の戦い ( 承前 ) N 0 Z ー 4 た。 こ 0 る 3
「この病院で一番力を持っている者といえば、病院長です。外科医 気がした。この女は眠の奥に小宇宙を持っているようだと男は思っ : いま彼がメスを た。彼は女のその眼から目をそらすことができなかった。 としての腕は優秀とはいえなかったようですが : 「わたしはね」 持っことはありませんよ。彼には政治力があるんです。金もある 男はべッドの前に背を真っ直にして頭たけを女の方におとして一言し、ロもうまいからな。あれでも家に帰れば、あたりまえの夫であ り父親なんだろうな。いや、ああいう男は、あたりまえの夫とはち 「この病院の救急医療科の担当医です。一応なんでもやるんですがうのかもしれない よ。肉からとび出した骨を元に収めたり、心臓マッサージをした「おい」 り、包帯を巻いたりもします。最近の看護婦は不器用でして。でも その声に押されたように医師は足を半歩出して身を支え、振り , ロ ね、わたしの専門は精神科なんですよ。記憶喪失者なんかを診るん です。近ごろ多いんです、そんな人間がね。自分が誰だかわからな 「なにをぶつぶつ言っていた」 い人が」 「え ? ああ」 女はあいかわらず黙っていた。男は、なにか喋らなくてはいけな医師は白衣のポケットに両手を突っ込んで声の主に向き直った。 私服の刑事が入ってきていた。医師はしかしそれにまったく気がっ 、黙っていると女の眼に吸い込まれ、その中を落ちていってもう かなかった。気がっかなかったことに気づいたとたん、彼は自分が 二度と出てこれない、そんな不安におそわれて、言葉をついだ。 「わたしには妻と二人の子供があります。上が男で、下が女の子でなにをしていたのか、女と眼を合わせていたときの記憶が、脳から す。妻に対してわたしは夫であり、子供に対しては、父親です。わ吸い取られてゆくのを感じた。なにか喋っていたというのはわかっ たしには兄が一人います。わたしと、わたしの兄を生んだのは、わたが、内容がどうしても思い出せない。自分の血が流れ出てゆくの をどうにもできずに見ているような不安に彼はおそわれたが、それ たしの母親ですが : : : 」 なにを馬鹿気たことを言っているのだろうと意識しつつ、医師はを刑事に悟られないよう咳ばらいし、この室は自分の管理下にある 言葉を切ることができなかった。 ことを示そうと重い口調で言った。 「わたしの母にとって、わたしは彼女の息子です。わたしは息子で 「なにか用かね」 あり、父親であり、夫であり、医師なのです。わたしという人間は 「なにかわかったか」 一人しかいないわけですが : いや、医者である自分は父親でもな 刑事は医師の心などおかまいなしの態度で、べッ く夫でもなく別の人間だと言っても、 しいかもしれませんが」 り、医師に訊いた。 女が一瞬、まばたきした。男の頭が、がくりと下がり、彼はその 「いや : : : なにも」 不安定な姿勢で言葉をつづけた。 医師はそう言うしかなかった。女は一言も喋らなかった。名も住 トの女に目をや 205
加うるに、農いレイ・ ( ンのサングラス。 、ツトでもかぶせ ロひげこそ生やしてなかったが、カウポーイ・ , れば、よく似合いそうなタイ。フである。 おまけに、二メートル近い巨体だ。 その男は、アフリカ象ほど大きくはなかった : ーラーの店内が、一瞬、しんと静まり返ったのも、まあ、無理 事実、マウンテン・ゴリラよりも、いくぶんかスマートであると からぬ話だろう。 一「ロってもいいくらいだ。 男は、ためらうこともなく、店の奥へと、大股に足を運んだ。 しかし、である。 、である。 壁を背にして、出口を見通せる席を選んで、腰をかける。 ガラス面積が大きく、内装も。 ( ステル調できやびきやびに統一さ図的にやっているわけではなく、無意識の内に、体がそういう風に その男動いてしまうのだ。 れた、この馬鹿明るいフルーツ・ 常に背中に気を配っていなければならない者の習性である。 は、やはり、アフリカ象と同じか、あるいは、それ以上に、浮きあ 「いらっしゃいませ」 がって見える存在であることに、かわりなかった。 ミニスカートのウェイトレスが、テー・フルに水を置いた ジャケットに、・フル 黒革のボマー ーラーの中では ー 03