て、いろいろ知らなければならぬ理由でもあるのだろうか ? 」 というのが、 01 の返答だった。 これはもちろん、エイゲルが第四五星区の・フロック化に関与する「なるほど」 か情勢に通じているかに違いなく、ために連邦の出方に注意してい 彼は応じた。「でも、そうすると、エイゲル・ co << ・ジャクト るのであろうーーーとの彼の推測にかかわる問いであった。 : カ : : : そは、自己の勢力の伸長を図る一方、連邦の方針ややりかたに関心を と うしたことには関心らしい関心もなく、まして、彼が連邦から与え抱き、その癖、自己のことは司政官にあまり知られたくない られた使命をまだ知らないは、何ということもなく返事し いう図式が出来あがるじゃないか」 こ 0 「それは、可能性の上に可能性を積み重ねた図式で、確率はすっと 「私には判断しかねます。しかし、エイゲル・ TJ<< ・ジャクトは、低くなります」 ただの好奇心と、司政官に対する社交儀礼として、その話を持ち出 は意見を述べた。 したのかもわかりません」 「だろうな」 「ただの好奇心や社交儀礼にしては、妙にしつこかった感じだが彼はあっさりと肯定し、ひとりごととしてつけ加えた。ひとりご とで、 1 の返事を求めたのではないけれども、聞かせるためで 彼はいった。 あったのには相違なかった。「しかし : : : どうも不透明で : : : どこ 「司政官がそういう印象を受けられたということについては、私のとなく気に入らないな」 関知するところではありません」 01 は黙っていた。司政官はひとりごとを、それもおのれの気 をし力にもらしい答え方をした。 持ちを口にしているだけなので、応答の必要はないと判断したのだ 「もうひとつあるよ」 ろう。 彼は、その問題は切り上げて、三つめに移った。「エイゲル・彼には、それで良いのだった。こうしたやりとりが、即時にでは ・ジャクトは、ジャクト家の敷地の森を減らしてビルを建てたこ なくとも、いずれの中に澱みとなって溜り、ひいては疑惑に とについて、私の質問をはぐらかした。ひとつが来客用宿舎だとい つながってゆけば、それでいいのである。ェイゲル・・ジャク っただけで、あとは何も話そうとせず、ビルの数さえ告げようとは トという名家の当主や、他の名家の当主や、名家の人々すべてへ しなかった。ビルを建てた目的や現況について、司政官に知られたの、植民者のありかたに対する漠然とした疑念になってゆけば、 くないことでもあるのだろうか ? 」 いのであった。 「植民者の個人的な事柄について、私は必要以上のことは調べてい それに、彼がいおうとしているのは、エイゲルのことだけではな ません。ジャクト家には、他に知られたくない事情があるので、司 政官にも明言を避けたのかもわかりません」 「エイゲル・・ジャクトについてはそのへんにとどめて : : : 次 9 ・ っム
O•--( はいっこ。 「お伺いします」 「ぜひ、そうして欲しい」 がそう答えたのは、やはり、キタのいった個人と司政官の 彼は応じながら、がそのような受けとめかたをしたのも不立場分離不能説に、完全に得心したわけではないのを、物語ってい 思議ではない、という気がしていた。これまでの T20b-* は、おそらた。 、古典的で伝統的な、命令や通達や声明を出すとか、諸現象をデ 「きみのいいかたを借用するよ」 キタは、、 1 タとしてくみあげるとかの、いわば型通りで単純な方式を踏襲し しささか意地悪く喋りだした。「個人的友誼にしてはふ てきたのであって、司政官がきわどい均衡の上に立って微妙な駈けさわしくないことの第一。ェイゲル・・ジャクトともっと話し 引きをすることなど、まるで経験しなかったのではあるまいか ? 合わなかったのは、舞踏会の主催者であるエイゲル・・ジャク かりに歴代司政官の、ことに最近の担当者たちがそうしなければな トを、必要以上に独占してはならなかったからだ。たしかに私は主 らなかったとしても、はすべてを昔通りのかたちに組み直し要な客に相違なかったけれども、ああいう場で、主催者が自分の意 て解釈し、昔通りのやりかたで処理してきたのではあるまいか ? 志で相手に与えようとする時間以上の時間を奪うのは、当人に対し そして司政官のほうでは、それがここの coOr-4 の行き方だとなかばてはもちろん、出席者全員に対しても非礼である。また、ジャクト 観念して、さまざまな手段を駆使し、をなだめすかすように家の人たちともそんなに話さなかったときみはいうが、ジャクト家 して、思う方向に引っ張って行ったのだとも想像できる。でなくての人たちは主催者側であり、私と話そうとすればいくらでも機会は : ・わざわざ情報官がタトラデンのの強い固定観念に言及すあった。私は、先方が求めたぶんだけお相手をしたので、これが礼 ることなど、あるはずがないではないか。 儀だと判断する。いかがかね ? 」 さき 「私は、タトラデンの出身だ。従って、これからも同じような状況「それは司政官の判断でご自由になさるべきことです。 に置かれる場合が何度もあるかも知れない。このことは、含んでおの、立場分離が不可能だとのお説に従えば、私には何も申し上げる いて欲しいね」 ことはありません」 彼は、もう一押しした。 は答えた。 「了解しました。考慮させて頂きます」 「その二」 と、 ~ 1 。 彼は言葉を継いだ。「舞踏会に限らず一般のパ 1 ティにおいて、 「さて」 出席者は礼を失しない範囲で、自分の話したい相手を求め、あまり 彼は、話を進める。「今いったような観点に立てば、きみが先程話をつづけたくない相手とは、適当なところで会話を打ち切ること 列挙した事項への解答は、おのずからあきらかたろう。それでも説ができる。個人としての欲求を無理に抑圧することはないのだ。ど 3 明したほうがいいかね ? 」 うせ、全出席者とひとしく接することはできない以上、許された礼
「この場合、名家どうしの結びつきというバランスも考えられる は答えた。 ね」 「記載順に行こう」 彼は、自分が眠っている間にが作成した、舞踏会に出席し彼はいった。 た人々についての、が調べた表に視線を落とすと、そういっ 「可能性はあると思惟します」 と、 た。とのこの問答を開始するに先立ち、彼はその表に一応目 を通して、主要な事柄は頭に叩き込んでいたのである。 「ジャクト家とポドニエル家が結びつけば、カはさらに強くなるだ 彼が、自分と出会い話し合った人たちについて、と意見をろうな」 交換しようといったのは、虚言ではない。 彼は、指摘した。「エイゲル・ co << ・ジャクトは、自己の勢力を しかし、彼は、単にひとりひとりについての認識を固めるのが目さらに強くしたいとの欲求を持っている、という可能性もあるな」 的ではなかった。かたちとしてはそうであっても、前述のように彼「否定し得ません」 はこの舞踏会についてのやりとりによって、の感覚や固定観は応じた。 念を少しでもゆるがせようともくろんでいたのだ。 「人間には、自己の勢力を大きくしたいとの欲望があるからね」 それも、あからさまにに挑戦するようないいかたをしては彼は、何でもないようにつづけた。「エイゲル・・ジャクト ならない。 もそうなのかも知れない。だが : : : ジャクト家のみならず、他の名 ごく自然に、意見交換をしの判断を引き出しつつ、その判家がみな同様に力を大きくしようとし、お互いに結びついて行け 断がこれまでのの意識とずれてくるーー・ということを狙わなば、強力なーー植民者社会を思いのままにあやつる一群が出てくる ければならないのだった。 ことになる。それでいいのかな」 「まず、エイゲル・・ジャクトだ」 「その可能性は否定し得ません」 キタは開始した。「エイゲル・ << ・ジャクトは、ジャクト家に と、「しかし、そうなることがタトラデンにとって有害 つながる前夫人を失ったあと、ニサイア・・ポドニエルと婚約なら、司政機構は制限しにかからなければならないでしよう」 した。ポドニエル家はロクトン州の名家だ。なぜェイゲル・・ 「当然、そうだ」 ジャクトは、ジャクト家にもつながらず、ウイスボア州の人間でもそんなことが現在の司政機構に簡単に出来るものか、と、内心で ないロクトン州の名家の女と婚約したのだろう」 おかしくなりながら、しかし彼は、次の事柄を持ち出した。「それ 「私には、人間が配偶者を決める条件ということについて、明確なからエイゲル・・ジャクトは、タトラデン出身の私が出身世界 知識がありません」 の担当司政官になったのはなぜか、私から聞き出そうとした。ェイ は答える。 ゲル・・ジャクトには、連邦経営機構の方針ややりかたについ 8 2
「そこがきみの画一的なところなんたよ。あの場合、分離は不可能デンの司政官になったためさ。いいかえれば、私が司政官だから旧 交を復活させようとしたのだろう。ジャクト家とすれば、それはお だったんだ」 キタはもう一度いった。同じ言葉をこうも何度も口にするのは面互いの利益になると踏んだのに違いない。司政官はジャクト家とい う植民者の名家と情報源あるいは工作のためとしてのつながりを持 倒だが、辛抱強くなければ、とてもを説得することなんて、 できないのである。 ち、ジャクト家はジャクト家で、司政官とのつながりを緊密にする 「どういうことでしようか」 ことで威信が増すと計算したのだろう。ま、司政官側が何を得るこ とになるかは今後の双方の出方しだいだから未知数だとしても、ジ t-n ar--q も頑強に同じ台詞を繰り返す。 「私は、エイゲル・・ジャクトやジャクト家に、純粋に友人どヤクト家にそのもくろみがあったのはたしかだと私は信じる。きみ はどうだ ? 」 して招待されたのではない」 おしまいの個所は、司政官や司政庁の威光をいまだに疑っていな 彼は切り札を出した。「タトラデンの植民者だった頃の末期、キ タ・ eo ・カノ日ビアとしての私は、ジャクト家への訪問は許されいが当然賛成するだろうとわかっていて、いったのだ。 ない身になっていた。ェイゲル・ r-0 ・ジャクトやエステーヤ・「仰せの通りと思惟します」 ・ジャクトと疎遠になっていたというだけではなく、本来、キタ案の定、は肯定した。 ・ eo ・カ / 日ビアとジャクト家の間にあった、植民者階層間の厚「と、なれば、私は、旧友でありかっ司政官でもあるとの両面を備 ーーーきみは、植民者の階層意識についてえて出席したわけだ」 い壁が、そうさせたのだ。 キタはつづける。「そうした状況では、個人的な部分と司政官と はくわしいのかね ? くわしければ、理解出来るはずだが」 「植民者社会に階層が存在するのは認めますが、階層意識というのしての部分は、併存する。端的にいえば不即不離で、ときには個人 は人間の心の問題ですから、私には認知できません。現象として顕として司政官の立場を侵すのもやむを得ないし、司政官であるため れたものをデータに繰り入れるだけです」 に個人的立場にマイナスを及・ほしても仕方がない。先方もまた、そ は返事した。 れを期待しているだろう。私は期待に応じての言動をとったまで 「だろうね。だが、階層意識は人間のありかたにきわめて大きな影だ。個々には片寄り、またはどっちつかずになっても、総合して最 響を及・ほすものだ」 大の成果をおさめれば良い。これが、立場の分離は不可能であるば キタは、 T20b-«がこのことを重要事項として記憶にとどめてくれかりか、その必要もないという、私の論旨だ」 るのを願いながらつづけた。「そのジャクト家が、今度私を舞踏会「仰せになろうとする内容は、大略わかりました。私はこれまで、 に招待したのは、あたらしい要因が生じたからだ。すなわち、キタそんな考え方をしたことがありません。お説について、私なりに検 ・ O ・カノ " ビアが、キタ・ 4 ・カノ " ・ヒアとなりタトラ討させて頂きます」
の立場になられたということですか ? 」 と、「でも私には、個人と司政官の立場の分離が画然と なされているとは思えませんでした」 「答える前に、もう少し、きみの話を聞きたいね」 彼はいい返す。 「司政官の言動は、個人的友誼のためにしては、ふさわしくないこ と力いくつかありました」 01 は列挙しはじめた。「その一。司政官を招待したのは、エ イゲル・・ジャクトです。司政官はエイゲル・・ジャクト ともっと話し合える機会がありながら、積極的に活用しようとはな さいませんでした。また、ジャクト家の人たちとの話し合いもさほ どなさらず、むしろ他の人たちとの会話を求めたように思われま ハキ・ す。その二。司政官は、司政官に接近してきた人たち ・カトート、カルサ・・ホスレート日、セール・ ーエル・・ジャクトといった人々には終 ・ライエ日、ト リードしたりしよう 始受け身で、みずから話題を提供したり会話を とはなさいませんでした。相手の人々がもしそれで司政官の態度に 熱意が欠けていると感じたら、舞踏会に出席したその人たちとの友 好関係を損ねるのではないかと思惟します。半面、司政官は、みず から求めてハクシエヌンの合議会委員とザラエンのレスポ開発営社 理事などに近づこうとなさったり、ロイゼ・・マイヤースとダ ンスをしながらジャクト家について聞き出そうとしたりなさいまし た。これは、他の出席者たちとの関係上、均衡を失するのではない かと存じます」 「面白いね。つづけてくれ」 キタは、なるほどにはそんな風に映るのか、と、本当に面 異例にも出身惑星であるタトラデンを任地として与えられたキタ への任務は、さらに異例なものだった。タトラデンが中心となって いる第四五星区プロック化を阻止せよというのだ。着任後、彼は名 家の圧力に抗し学校開設をはかるエクドート、タトラデンの原住種 族プ・ハオヌの保護を訴える科学センターの男らと会い、また、旧知 の名家の男ェイゲルから舞踏会の招待状を受けとる。そして手はじ ハビヤという・フ・ハオスの仮設都市を訪れ、ついでウイスボア 市へ向かった。海路ウイスボア港についたキタは、出迎えの群衆に 迎えられる。そして上陸した彼は、第一の目的地、彼の育ったウィ スボア州立西北養育院を訪れた。彼はそこで、いまは職員として勤 務しているかっての後輩、ダノンに出会った。養育院を出たキタは ただちにジャクト家へ向かう。彼はそこで開かれている舞踏会の会 場でエイゲルと再会し、また、パ・フォ海洋クラ・フ代表のトーエルと いう男の紹介で、タトラデン外からの舞踏会参加者、ハクシェンヌ のホシジカ・エスカケとザラエンのデントニッシュという人物に会 うトーエルをまじえた二人との会話から、タトラデンと異世界と の関係をお・ほろにつかんでいくキタだったが、再び彼はエイゲルに 呼ばれ私的な談話会へさそわれる。その後で彼はダンスの妙技を 披露し、会場の人気をさらうのだった。そして司政庁へ戻ったキタ は、とウイスボア行について議論を闘わすが、それはキタと の意見の相違を明らかにしていく。 登場人物 キタ・ 4 ・カノ日ビア : : : タトラデン出身の司政官。 ェイゲル・・ジャクト : : : 初級・中級学校時代のキタの同級生 の兄。ジャクト家の男。 エステーヤ・ロイジャ : : ェイゲルの妹。かってのキタの同級生。 ト・ハネット・ロイジャ・ : エステーヤの夫。 エル・ T)<< ・ジャクト : ・ : パ・フォ海洋スポーックラ・フ代表。 0 っ 4
とってはそういうことになるであろう , ーーと、百も承知していたの 5 ( 承前 ) 「一致しません」 と、「私は、司政官が個人的友誼を深めるために、ジャ 話がジャクト家の舞踏会に及んだら、彼は個々の事例を挙げて、 がどう解釈しているか、意見を求めるつもりであった。そしクト家の舞踏会に出向かれるのだと考えておりました。司政官が、 て、の見方と現状とのずれを指摘し、別の見方も成立するの他と平衡を失しないかたちで植民者たちと交流するのは、司政効果 の上からも望ましいことです。今度の場合、司政官はジャクト家を ではないか、と、示唆する所存だったのだ。 が : : : その前に、がこの件に関し全体としていかに把握しお訪ねになるに足る相応の根拠をお持ちでした。私はそう判断し、 ているのか、聞いておきたいところである。それに、がどん司政官はその目的でジャクト家の舞踏会に出席なさるのだと受けと な質問を発し、どういう攻めかたをしてくるのかにも、興味があつめました。しかし、会場到着以後の司政官の言動は、必ずしもそれ だけではないように考えます」 だから、待ち構える感覚になってしまったのである。 彼が応諾を与えるや否や、はたすねてきた。それも、真正彼は、黙って聴いていた。は順序立てて説明しているので ある。ひと区切りつくまで、拝聴していればいいのであった。 面から押してくるものであった。 「司政官はジャクト家の舞踏会に、何の目的で出席されたのですか「会場での司政官の言動には、統一性が欠けていました」 はつづける。「当初おっしやっておられた個人的友誼のた めのものもありましたが、一方、司政官の公務として行われたとし と、 01 は問いかけてきたのである。 か解釈できないものも、すくなくありません。また、そのどちらに 「出席の目的は、いわなかったかね ? 」 も入らないと思われるものも、まじっていました。私にはよく理解 キタは反問した。 できません。ジャクト家の舞踏会に、何の目的で出席されたのです 「それは、お伺いしました」 は肯定する。「しかし、当初お伺いしたのと、会場へ到着か ? 」 「もちろん、はじめにいった通り、旧交をあたためるためさ」 なさってからの言動が一致しないように思惟します」 「だが、私は司政官だ。司政官として有 キタは、言下に答えた。 「一致しない ? つ、いかなる場でも収集したいと思 用な情報が得られそうなら、い 彼は、と・ほけてみせた。出発前に彼はに、自分とジャクト 家のかっての関係を簡単に説明し、招待されたので行きたいと告げう。それだけの話だよ」 「では、司政官として有用な情報が得られそうなときには、司政官 たのである。それ以上の事柄は何もいわなかった。従ってに こ 0 9
られた使命に直接関係するような事柄でではなく、ジャクト家の舞を、周囲の人たちがどんな態度で聞くのか、個人的にも司政官とし 踏会がらみという、比較的無難な、小さな問題のときに、渡河を試ても興味があった。個人的友誼のみを尊重したわけではなく、司政 2 みるのが賢いのかも知れない。 官としての立場を守り抜こうとしたのでもない。その三だが : : : 私 むろん、がそのつもりになっているのかどうか、はっきり が何人もの女性とダンスをし、私なりの技術を披露したとしても、 しているわけではないが : : : そうだとしても : : : ゃなを得ないので私が公務をなおざりにしてダンスの練習に憂き身をやっしていたと あった。 は、誰も考えないだろうと思うよ。私はここへ赴任して、そんなに いいではないか。 日が経っていないのだからね。私自身の口からいうのも何だが、そ の程度の時日ではいかに練習してもあれだけ踊ることはできない。 「その一」 目のある人にはすぐにわかるんだ。赴任前に習得したのだと : : : 事 と、彼は、さっきと同じ口調でいいはじめた。「私がアルコール 飲料を摂取したのは、あの場合、私ひとりがアルコールを飲まない実そうなのだがね : : : みんなは解釈しただろう。それに、これは舞 となると、警戒していると周囲から見做されて、せつかく作りあげ踏会だ。ダンスに誘われて応じるからには、ある程度以上の技量を られている周囲との融和感をぶち壊すと判断したためだ。むろん、持っていなければならない。タトラデン植民者社会の名家では、そ アルコールを飲めば思考力は鈍るし感情的にもなるだろう。が : れが当然だと私はかって聞いたし、あの場の様子からもそうだと信 だからこそ同じようになった相手が、安心して情報を洩らしもするじる。そこで司政官がぎごちない拙い踊りかたをしたら、それこそ のだ。私は個人としても周囲の人たちと打ちとけた雰囲気を保ちた成信にかかわるし、ジャクト家における個人的立場も悪くなってし かったし、司政官としての必要な情報をそのことで得られるかも知まう。うまく踊れないのだったら、私は最初からジャクト家の舞踏 れないと期待したのだ。なるほど私の思考力は鈍っただろうが、聴会に出席していなかっただろう。 し力がかね ? 」 いていたきみは酔っていない。きみが聴き取ってくれれば充分なの 「了解しました。さきのお説をもとにすれば、司政官のおとりにな だ。私は個人としてはあの場に相応の行動を選んだし、司政官としった言動を肯定せざるを得ません」 てはいわば囮の役も務めたと信じている。その二。 は応じた。 しうまでもなく司政原則にそぐわないもの ・ジャクトの考え方は、、 はじめの二回と、やや表現が違ってきたなーーとキタは思ったも だった。けれどもあそこで私が反論したら、これまた雰囲気をぶちのの、それは nar-4 がこれまでよりも得心したせいだとの確信を抱 壊していて、出席者としてはふさわしくない言動になっていたに相くには至らなかった。 違ない。のみならずトーエル・・ジャクトは激昻するか口を閉「これで、きみの質問に答えたことになると思う」 いった。「私はジ ざすか、いずれにしろ、それ以上は本心を喋らなかっただろう。私彼は、またもや繰り返しだと内心で呟きつつ、 エル・・ジャクトが司政原則にもとる事柄を喋るのヤクト家の舞踏会に、旧交をあたためるために出掛けた。しかし同
よ、ハキ・ << ・カトートだ」 ・マイヤーヌは調整家という肩書きになっている。きみが作って 彼は、ややあって口を開いた。「 ( キ・・カトートとは、私くれたこの表では、調整家というのは、個人や団体の間を与えられ g はあまり話さなかった。さきにいったように、歴史論争に巻き込また目的に応じてとりもち、そうしなければならぬとあれば、緊密で れて時間を空費したくなかったからだ。議論が長くなりそうな理由円滑な関係にまとめあげる専門家ーーーとなっているな。たしかに彼 もあった。ハキ・・カトートは、連邦が一般的に採用している女は、それだけの力量を持っていると私も思う。あの舞踏会でも、 歴史観とはことなる見方を持ち出してきたのだ。通常の整理された例えばトーエル・・ジャクトがやって来て、人々の和を乱しし 連邦史では切り捨てられがちな諸事件が、実は貴重な示唆を与えてらけさせたとき、あざやかにダンスに誘って連れ去ったりしたんだ からな。しかも彼女は、タトラデンの事情に通暁しているのみなら くれるのだ、とね」 「そのことは認めます。ハキ・・カトート・、 力いいかけたのは、ず、他の世界についてもいろんな知識を持っているようだった。そ んな人物が、なぜ、ジャクト家の舞踏会に招待されたり、エイゲル 私に植えつけられた連邦史とは、異質でした」 と、 ・ (J)<< ・ジャクトがいった談話会に出席を求められたりするのだろ う ? 」 「つまり、通常の連邦史から見れば異端ともいえる説だ」 かなり強引かなとも思ったが、むしろにとってはその位が ( 以下次号 ) 適当かもわからないと考えつつ、彼はいい切り ( 彼自身はそこまで 通常の、あるいは連邦で一般的とされている歴史観を信じ切ってい たわけではない ) 予定していた言葉を出した。「そうした説を主張 する学者が、植民者社会の、ウイスボア州立の歴史の研究所の所長 なんだ。学問の自由という点からすれば、少しもおかしくはないけ れども、研究所の所長というのだから、植民者たちの中には、ハキ ・・カトートの考え方を支持する者が、大勢いるのかも知れな いな」 「その可能性は充分にあると思惟します」 TJ 01 はいう。 彼は、このことについては、それ以上押さなかった。 「今度は、ロイゼ・・マイヤーヌか」 彼は名簿に目をやってから、ゆっくりとつづけた。「ロイゼ・ e
ジャクト家の舞踏会への詔面は、キタと SQ 1 の相違を次第に明らかにしていく。 連載第 32 回 引き潮のとき 眉村卓 / " 、 イラスル→ョン佐治嘉隆
たと判断するゆえんです。何の目的で出席されたのか、ご教示頂け 白がりながら、促した。 「また、司政官としての立場をおとりになったにしては、ふさわしますか ? ー 「よろしい」 、くつかありました」 くないことが、し キタは額いた。「出席の目的は、繰り返しになるが、旧交をあた はつづけた。「その一。司政官としての立場をおとりにな ためるためだった。しかし司政官として有用な情報が得られそうな るのなら、あのとき、アルコール飲料を摂取するのは適当ではあり ません。アルコ 1 ルは人間の思考力を鈍らせ感情的にさせ、その効ら、いつ、いかなる場でも収集したいと思い、実行した、と、ここ までは同じだ」 果は持続するのです。司政官としての立場をおとりになるのなら、 「そうです。けれどもその後の私の問題提起と説明に対するお答え アルコールはいっさい摂取なさるべきではありませんでした。しか るに司政官は何度もお飲みになったのです。その二。司政官としては、まだ頂いておりません」 振る舞うおつもりなら、司政官はトーエル・・ジャクトの植民は迫る。 者社会に対する誤った考え方を修正なさるべきでした。司政官はそ「それを、これからいうのさ」 うなさらず、聞いておられただけです。このときは、個人的友誼の彼は、ゆっくりした姿勢になった。楽な、だが少し開き直った感 覚のうちに、喋りだしたのだ。「まずきみに承知しておいて貰わな ほうを尊重なさったのですか ? 私には理解しかねます。その三。 ければならないのは、私の、個人的立場と司政官としての立場の画 出席した女性たちの求めに応じてダンスをお踊りになるとしても、 司政官の立場として、あれだけ長く次々とお踊りになるのが妥当た然とした分離など、あの場合は不可能だったということだ」 「どういうことでしようか。司政官は公務に就いておられるとき とは、私には思えません。それも、私は司政官の動きを見ることが できませんでしたが、きわめて激しく動き、高度の技術を披露なさは、つねに司政官です。私室に入られたときは、個人としての自由 ったようです。ダンスは社交の方法のひとつではありますが、司政をお持ちになります。今度のウイスボア大陸行きは、たしかに、司 官がダンスの達人でなければならないわけではありません。司政官政官としてではありながらも、時と場合によ「て個人的立場をおと が公務をなおざりにしてダンスの練習に時間をさいているような印りになることが必要な状況下にありました。ジャクト家の舞踏会 は、司政官がおっしやるように、旧交をあたためるためのーー個人 象を他の人々に与えるのは、避けるべきだと考えます」 的なものです。その個人的な場で司政官としての振る舞いが必要に 「なるほどね。まだあるのか ? 」 なることも、私は否定しません。しかしそのさいには、個人ではな キタは問うた。 く司政官そのものになって頂かなければならないのです。混同と不 「この件についての大要は、以上です」 と、「これが私が、ジャクト家の舞踏会において、司政統一は、混乱のもとです」 ooOb-H は反論する。 官が個人の立場と司政官の立場とを画然と分離してはおられなかっ っ ~