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検索対象: SFマガジン 1985年9月号
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1. SFマガジン 1985年9月号

間の知恵に似たものを獲得する。 & 4 だ Ma だ ( 1937 ) はしばしばステー プルドンの最高傑作とされる。宇宙的視 野、発想の豊かさ、表現の正確さ華麗さ、 構造的論理、そして何よりも、現代人が生 きるにふさわしい普遍的哲学体系を創ろう とする試み こうしたものによってダン テの『神曲』の 4 Co 襯〃尾市 4 と正面か ら比較しうるものになっている。語り手は 郊外の丘の上で恍惚となり、、、肉体を離れ オッド。ジョン ーフ。ルドン 43 歳の時、次の本 A M 。み T ん。窺ん ( 1929 ) を書く。 では、創作に繰り返して表われる主要アイ ディアのすべてに対する、哲学的基盤が明 らかになる。主要アイディアとは、目的論 における必要条件としての道徳義務、宇宙 の卓越性を認識的に直観することの法悦、 本質的善としての個人能力の発揮、個人充 足の不可欠の前提としての共同体、真実を 発見するために人間ではどうしようもなく 能力が不適格であること。この最後の信念 をパネとして創作を始めることになった。 どの作品も、何かしらの思弁的装置によっ て、通常の人間の先天的不全を克服しよう としている。 ステープルドンの最初の創作の 0 れ d 耘立」れ ( 1930 ) は、ちょっとしたセン セーションをまき起こした。同時代の作家 や批評家は絶賛したが、のちに一時期、 れられかけた。この作品は 20 億年の時間規 模によって、 18 種の人類の興亡を描く。物 語は、、最後 ( 第 18 ) の人間″が、、、最初の 人間 ( 我々 ) / / の、、御しやすいが能力不充 分な頭脳〃を通じて語る。最初の人間の文 明は、ソクラテス ( 真実の追求 ) とイエス ( 忘我の崇拝 ) とで頂点に達した。第 2 、 第 3 、第 5 、第 15 、第 16 、第 18 の人間は、 より高次の知恵を代表する。第 5 人間の金 テラフォーミング 星への移住は、惑星改造のはしりであり、 海王星への適応を目的とする第 9 人間の製 造は、ジェイムズ・ブリッシュが『宇宙播 種計画』 The Seedling & 4 ( 統 1957 ) で扱ったパントロビーのはしりである。 『オッド・ジョン』 0 イ d ん〃 ( 1935 ) で は個人としての超人が登場するが、超能力 は精神および知性面にあり、コミックスや パルプ雑誌の超人群とは一線を画する。ジ ョンは自己進化の過程で、第 2 ・第 3 ・第 5 人間の特徴の一部を再現する。ジョンと 仲間の、、超常人〃たちは最終的に、第 18 人 265 ・ 00 第 0 設 『オッド・ジョン』 てさまよう視点〃と化す。それが観察する 他の人間″は嗅覚と味覚が異常なまでに 発達しており、我々に認識できる価値がい かに相対的なものか思い知らせてくれる。 、、奇妙な人類〃の中には、、棘皮人間〃がい て、その共同体的な生殖法は、真の共同体 の理想への卓抜な隠喩になっている。その 他にも、人類とは程遠い幅広い種が登場す る。そうした異星人の中でも、最も興味深 いのは、、魚人″と、、蜘蛛人″であろう。長 年月の間に、これら二種は共生するように XV

2. SFマガジン 1985年9月号

みたいに眠りこんでいる。とっても目なんか覚ます気配はない。 こっちの勘違いかしら : : : ? だといいんだけど : ね = 、人間って小惑星の上みたいな微小重力下だと寝付きがよく班長はつらいな : : : とあたいは思った。これも仕事のうちなんで なるものなの ? すもの : ・ 薄目を開けてこっそり隣を見ると、ネンネも狸寝入りをしている 金米糖小惑星群はべつに規則的に自転してるわけじゃないから昼 も夜もなくて、ほとんど太陽が照りッばなしでしよ。だから、星涯どれ位経ったのかしら、ウトウトっとした途あたいはハツー 市のローカル時間に合わせて昼と夜を決めていて、よく惑星市民のとなった。 人達から″太陽が照ってるのによく眠れるわね″なんて言われるけおネジっ子達が二、三人ゴソゴソ起き出した気配・ : ど、空がいつも真っ暗なせいかしら、消灯時間になっても眠れない やつばり : なんてこと一遍もないのよ。 「いいか、ヒナ公 ? 」 仕事が忙しいせいかしら、とにかく夜はぐっすり眠れるのね。微ヒナ公 ? 小重力だと寝返りなんかしないし、おかしな格好で寝ついてウナさ 男みたいな口調でささやいたのは、なにか事をしでかすときすぐ リーダー株を買って出るクウ子の声だった。 れたりすることもないわけ。快適よ。 第一、ペッドへ横になって寝るんじゃないのよ。〈蓑虫〉ってみ「おうともよ ! 」 んなが呼んでるスリー。ヒング ' ハッグが壁にくつついていて、それに これまた男みたいな太い口調で答えた声はヒナ子らしい 入って、つまり、縦になって眠るの。 「クウ姐御、明りを点けてくんねェ」 クウ姐御 それで、その夜も : ・ どういう・事オ ? たかが十二や十三のおネジっ子のくせして : あたいは、花組の居住区画で蓑虫に入ったとたんすぐに眠くなっ たんだけど、必死になって寝たふりをしていたの。 「大丈夫か、ハナの字 ? 」 これは苦しいわよ。 「心配するこたあねえ」狸寝入りしているあたい達の蓑虫をのぞき 眠くってたまらないとき、真っ暗ななかで寝たふりをして起きてこんでから、クウ子のほうに行ったのは ( ナ子らしい。「班長も副 いなくちゃならないなんて 班長もぐうすか眠りこけてやがらあ」 あたいの部下のおネジっ子一〇人は、蓑虫のなかでみんな死んだ やつばりあの連中だわ : 9 7

3. SFマガジン 1985年9月号

儀の範囲内で、こちらの気持ちと情勢判断に従って動くしかない。 「お伺いします」 具体的にいおうか。あのとき私は、歴史研究所長のハキと連邦の歴はいった。 Ob--4 はどこか意地になっているのではないか、と、キタは思っ 史について論じ合っていたら、他の人々との会話の時間がなくなる た。すでにには、これから彼が試みるであろう説明の内容は と考えて、避けたのだ。また、軍関係者とはあまり深入りしたくな ほ・ほわかっているに違いないのに、やめようとしないのだ。まる かったし、制服の話題にもそんなに興味はなかった。第一、むこう ; よで、論破されて口惜しまぎれに突っ張っているようなのである。 もまた儀礼的に私と会話を交そうとしたのだから、あの程度カち と田 5 う。トー しかし、が意地になったりするものであろうか ? エル・・ジャクトについては、なるほど 私のほうから話題を提供したり会話をリードしたりはしなかったもはそこまで人間的ではないはずである。 ひょっとしたらーー・、・と、キタの脳裏を、ひとつの想念がかすめて のの、充分にお相手したと信じている。何しろ、エイゲル・・ ジャクトが、私を呼びに来させるまで、話していたのだからね」 過ぎた。ひょっとすると 1 は、司政官の説明を聞くことによっ 彼はそこで一息ついて、つづけた。「自分から進んでハクシエヌて、司政官についてのデータを貯え、司政官の思考型をつかもうと ンの合議会委員やザラエンの開発営社理事に近づいたのは、他の植しているのかもわからない。それは、大いにありそうなことであっ 民世界について、ことに第四五星区内の植民世界について、私なり に興味があったからで : : : タトラデン以外の第四五星区の植民世界だが、いいではないか。 そうだとしても、仕方がないのだ。今でなくてもは、いず に個人的に興味を抱くのを、咎められるいわれはないと思うね。そ れからロイゼ・マイヤ 1 ヌだが、ロイゼ・・マイヤーヌからジれ自分の思考型をつかみ、それに従って対処しようとするだろう。 ヤクト家についていろいろ聞いたのは、彼女のほうが喋りたがって時間の問題なのである。 いたので、私は聞き役に廻っただけの話だ。それに彼女には、人を その結果として、が彼におとなしく従うようになるか、こ 惹きつける独得の雰囲気がある、と、私がいうことも自由だろう。 とごとく文句をつけるようになるか、いわれたことしかしないよう になるか、あるいは、彼を排除しにかかるか : : : 彼には何ともいえ し力がかね ? 」 「わかりました。 さきの、立場分離が不可能たとのお説に従えない。 ば、私には何も申し上げることはありません」 これまで彼は、まだそのときではないとおのれにいい聞かせ、そ は、また答えた。 うした反応が出るほどの刺激をに与えないように、先送りに してきた。けれども、これはいやでも一度は越えなければならない 彼は問うた。「司政官としての立場をとったにしてはふさわしく山なのだ。それが近づいて来つつあるということなのかもわからな ないことについても、説明したほうがいいかね ? 」 かった。ならば : : : 今がそのときなのかも知れない。連邦から与え 4 っ ~

4. SFマガジン 1985年9月号

「それ、ちょっと、 しいすぎしゃない、・ハ センジ。計画、悪くなさに、母は父のことを尋ねるようになった。まだぼくが父と二人で搭 そうだし、所長も、悪いとこ、ないと思う」 に住んでいると思っているんだ。そうじゃなければ、・ほくが知らな 5 「そのとおりだよ。でも、そんなことじゃない。 これは、告発じゃ い日本語で話しかけてきたりする。英語では、一九四五年八月六日 なくて、告白なんだ。つづけても、 しし、刀し」 の原子爆弾からどうやって生き残ったか、思い出話をするんだ。爆 「ええ。でも、そのまえに、シーツ、かけましよ」ェア・コンのせ弾が落ちたときには、自分の両親さえまだ生まれていなかったの いだった。切ることのできないェア・コンカ ~ : 、まとんどわからない に。でも、その話題が、病状が悪化して以来、ほとんどの会話の鍵 ほどの音をたてつづけている。しわの寄ったリンネルの下で、二人になっていたんだ。爆発のとき、広島の建物の石段に人間の影が焼 きつけられて写真みたいに残ったという話を、一度、聞かされたこ は体の位置を直した。 とがある。三つか四つの子供のときに見たのかもしれないが、ばく 「そのときからだよ、母が駄目になったのは。面会に行くと、ばく にはわからない。多分、当時も、そういう影はまだ残っていたんだ たちは向かいあわせにすわり、たいがいはじっと見つめあうだけだ とこ った。長いあいだ横になっているから、母の脚や腕には床ずれがでろう。 きていた。それをひっかくもので、皮膚が破れていてね。石護人施設に入って一年たっ頃には、その話もしなくなった。車椅子に は、空気にさらして直そうと思ったらしく、包帯も何も巻いていなすわったまま、ただうなずいたり、十分置きぐらいに時間を尋ねた カった。いつのまにか、・ ほくは、憑かれたようにその生傷を見つめりするだけだった。時間は、母には教えちゃいけないといわれてい ていたよ。面会に行って、裂けた肉のあいだから、すねの骨や肘のたんだ。その頃、ある女性とよく会っていたんだけど、最後にはや 関節が覗くのを期待するみたいに。目だってそうだ。目のまわりのめたよ。母に面会しているうちに、ぼくもその影響で変ってきたん だ。悪魔祓いできない憂鬱にとりつかれたのさ。 ークエが気・ほ ~ 、 肘の肉は、赤らんで袋みたいにたるんでいた。クイ は、そのうち、日曜の午後にでも、母の目が転げ落ちて、目の下の ばくは、三週間、母と会わずにいた。一年間で初めてのことだ。 たるみに・ほろりとはまるのを待って そのあと、水曜日の夜、街路レベルのリフト・チュー・フに乗って、 いや、恐れていたんだ」 「やめてよ ! 」彼女は、相手から体を離した。お仕置ぎのつもりで。施設の母の病棟に出かけた。ホールに入ったとき、同じことを何度 も繰り返す老女の声が聞こえたよ。『お願い、助けてちょうだい、一 「そばに来てくれ」彼がいうと、ジョージアはまた近づいてきた。 「こわがっているなんて、認めたくはなかった。今だって、すっかお願い』見ると、それが母だった。母は、通路の奥で車椅子に乗っ り認めてるわけじゃない。あとになると、面会のたびに、自己紹介ていたんだけど、別にどうもしていないようだった。元気そうに見 までしたよ。カズコ・ホダカ・ファウラー、自分の母親に、ぼくがえたんだ。でも、必死で救いを求めつづけていた。 何者かを話さなくちゃいけないようになったんだ。医者は、頭がぼ通路ぞいの部屋を掃除しているらしくて、ほかの " 客″と一緒 けたわけじゃない、視力が落ちただけだ、という。でも、そのうちに、母も外に出されていたんだ。でも、ほかの人たちは、母の声に

5. SFマガジン 1985年9月号

そのときは、彼も返事をした。いくらか噛みつくような口調で。 市核住宅局の住みかえ希望者リストのしよっぱなに、コン・ヒ、ータ ィークエグ。こっちの通路にいたかと思う 「冗談じゃないよ、ク ーで・フリントされたジョージア・コーソーンとサイモン・ファウラ ーの名前があり、二人の上にやむをえぬ決定が、不意の雨 ( 偶然性と、今度はあっちの通路。どうやって見つければいいんだ」 を狂おしいまでに追求する街のドーム内気象調整官がよく降らせる「本部に来ればいいじゃないの。グリセード隊の配送本部に」 雨 ) のように降りそそいだ。ジ ' ージアは、ためらうことなく、すまるで外国語を聞かされているようだ 0 た。彼はい 0 た。「ごめ ぐに承諾した。サイモン・ファウラーは雨傘を、洪水から逃れる手んだね。ローラースケートをはいたきみの仲間と一緒だと、息がっ 段をほしがった。しかし、逃げようとしても、このあとえんえんとまりそうだ」 待たされるのは耐えられなかったし、レベル 7 の今の住居で心理的「それ、誰のこと ? タイ ? 」 軟禁状態がつづくことは目に見えていたので、彼もやはり承諾し「みんなさ。きみたちはスケート・リンクの逃亡者だ。終りのない 休暇から逃げてきたんだ」そのあと、彼はロをつぐむ。これ以上の た。引っ越しの日が、二人の初対面だった。 それから四カ月。ほとんどの場合、おたがいにあまり好意を抱いことは、もう彼の口からは聞き出せない。 ているわけではなかったが、クイ 1 クエグは彼を好きになろうと努動務交替時間が違うおかげで、二人が離ればなれになっているの 力した。相手よりずっと積極的に。・ ( センジの仕事にも興味を示しは、多分、運がよかったのだろう。二人のあいだに、特に竸争心は た。彼が地表の壊れかかった温室で栽培し、針金を巻き、形を整なかった。二人は、全く違う種類の人間だった。同房者になったの 、よ、おたがいを・ハセンジ、クイ / 、刀ーし、刀し、 え、丹精している小さな樹々のことも尋ねてみた。とってもきれい ンサイ グと呼びあう種類のささやかな侮辱でその狂気を乗り越えていた。 だった。あの盆栽は。・ハセンジの針金の巻き方は、見事なものだ。 クイークエグがそれを初めて見たのは、二カ月ほど前、同房者がそれが二人のコミ、ニケーションだった。 「お得意の場所」で何をしているか調べるつもりで彼の店に出かけ事実、その名前は、最初、ジョージア・コーソーンを傷つけ、動 ていったときのことである。・ハセンジは、これほど積極的なことは揺させたが ( 一緒に仕事の見習いをしている白人の少年、タイ・コ クイークエグがグリセード隊、底に音のしなスターコに聞いて、初めて意味がわかったのだ ) 、今では彼女もよ 一度もしてくれない。 いポール・ペアリングがついているグリア・フーツをはいて、地下中く承知していた。サイモン・ファウラーのちつぼけな体を押し倒し 心街の回廊を走りまわっている身のこなしの柔らかい連中の一員にて、床にその頭を一、二度、たたきつけてやりたいという衝動をお なっていることにも、とんと無関心だった。そう。ちっとも関心をさえていられるのは、その呼び名があるおかげなのだ。クイ グという名前、その人を馬鹿にした神話生成的なニックネームがな 示してくれないのだ。 ( センジ、あたしの働いてるとこ、どうして見に来てくれければ、彼女はとっくの昔にあの陰気な小男の花屋にぐさりと銛を盟 「ねえ、 叩き込んでいただろう。 ないの」

6. SFマガジン 1985年9月号

しいぞ、おっさん」 まわりの客からも、かけ声がとぶ。 ジムは、サインなそ返して、余裕たつぶりだ。 ますます、動きが大担になる。 ウエンディを両手で抱きあげ、頭の上でふり回したりもする。 そのたびに、客の間から歓声があがった。 『・ーー甦える青春 " 】』 ジムの背中で、字幕が燃えていた。 「どーゅーんだ、あれ」 レイクが、ほとんど茫然とした口調で、言った。 「気でも狂ったのかな ? 」 「さあね」 あきれ果てたという表情で、ジェーンは肩をすくめてみせた。 「あの子たちに、さんざんおじさん呼ばわりされて、傷ついてたん じゃない ? ジムってほら、わりと老けた顔してるから、どうして も実際より年上に見られちゃうのよね」 「だけど、ディスコで踊り狂うほどの年でもないぜ ? 」 「ストレスがたまってたんでしよ」 「なるほどね」 レイクは、フロアに視線を戻した。 曲が終り、ジムはポーズを決めた。 拍手が起こった。」 「うまいもんだな」 レイクは、感心して言った。 「ジムに、あんな才能があったなんて、少しも知らなかったよ」 「人間、誰でも意外な一面があるってことね」 「意外すぎて、目が回りそうだ」 レイクま、く ーポンのグラスに手を伸ばした。ひと息に飲みほし て、言った。 「昔、サーカスで、アイススケートをする白クマを見たことがある けど、 ーーそれ以上だな」 「そんなこと言っちゃ、かわいそうよ」 ジェーンが、たしなめた。 目が笑っていた。 こ 0 いつのまにか、眠りこんでいたらしい 「起きてよ、レイク ! 」 ジェーンに肩を揺すられて、目が覚めた。 レイクは、片目を開けて、・ほんやりした顔で、あたりを見回し となりでは、踊り疲れたジムが、これまた座ったまま船をこいで 店内の客も、三分の一ほどに減っていた。 「何時だい ? 」 「八時半」 「朝の ? 」 「そう」 「この店、いったい何時までやってるんだ ? 」 「二十四時間営業なのよ」 「へえ。朝つばらから、御苦労さんなことだねえ」

7. SFマガジン 1985年9月号

え 9 ・ なんだい 9 ・ だの女の子 服が白いん ふわふわ おかしいせ おかしいよー こんな時間に 一人で

8. SFマガジン 1985年9月号

『アシモフ自伝』の (*) が出たとき、私は 、カ あの厚さに思わず絶句してしまいました。読 8 この本は単にアシモフの個人史というだ んだ人間が「あれはおもしろい ! 」というの 2 けでなく、そのまま現代アメリカ史に を聞くまで、ちょっと手が出せませんでし マガジンを読みはじめて、二十年以もなっているのではないでしようか。 た。しかし、読んでみればあっという間。厚 それにしても、この自伝の詳細さ精密さ 0 上になります。毎月楽しく読ませていたた さにびびった私が情ない。ということで ( Ⅱ ) には驚かされます。いかに日記をつけてい いています。以前はこの「てれぼーと」欄 はすかさずいっき読みでした。 へ何か書いてみようと思ったことは、残念たとはいえ、著者の十代のころから現在に 本国でもまだ出版されていないけれど、 ながらありませんでしたが、今回はじめていたるまでを、常に昨日のように生き生き ( Ⅲ ) も出るというし、楽しみなことであり 誕 と描けるのは、やはり二百冊以上もの本を ます。まだお読みでないあなた、憶すること お便りをさしあげたしだいです。それは、 はありません。今年の夏の課題として一読を 『アシモフ自伝』 ( *) ( Ⅱ ) を読んだか書いたアシモフならではの筆力というべき ( 田 ) おすすめします。 でしよう。 らです。 この大部の自伝を書いたアシモフ自身、 まず一言でいうなら、実に面白い。思わ ず集中して読んでしまいました。最近これそれを出版したあちらの出版社、日本語に 三年程前から、ユングの心理学に傾倒し ほど集中して読め、しかも面白い本はなか訳した山高さん、出版した早川書房のみな ったといってもいいぐらい。最近 ( Ⅱ ) がさん等々、それそれの人たちに敬意を表しております。 たいものです。以前、浜松で行われた ( マ特に、深層心理学や無意識のあたりが、 出た時、 ( 工 ) はすでに読んでいましたか ・ら、迷わず大金五千四百円を払って即座にナコンの折、山高さん自身から、この「自おもしろいですね。深層意識はいくつにも 伝」の翻訳原稿があまりにも膨大なため、分かれ重なっており、たとえばその土地特 買い求めました。 面白い理由はいくつかあるでしようが、編集部でも原稿の整理に手間どっているの有の民族意識の層や文化意識の層などの、 ・ます世界で一、二位を争う現役作家アでは、との話をお伺いしたことがありまし個人意識の下にある下層意識は人間共有の シモフ自身の書いた伝記だということ、次たが、たとえ多少時間がかかろうとも、こものです。その中には、宇宙意識と呼ばれ のように面白く興味深い本はこれからも・せる″超″の世界もあるのです。 ・に自分のことを正直に誠実に書いていて、 共有の意識なわけだから、親しければ親 その人間性がよく伝わってくること、腎臓ひ出版してほしいものだと思います。 これだけ面白い本をわずか二週間ほどでしいだけその部分も大きいわけです。 ( 身 結石に悩まされたり、減量を実施したりな ・どといった私たちと全く同じ日常的な生活読んでしまったのでは、もったいないよう内の虫の知らせなんかは、この部分の働き でしようね ) 。この考え方ですと、人と人 ・まで書かれていて親しみがもてること、さな気もしました。 が心の奥で結ばれているわけだから、テレ らに、いろいろな作家や編集者やその ( 〒静岡県浜松市蜆塚四ー二〇ー一 パシーは説明出来ますし、高次元の宇宙意 ・他の有名人のエ。ヒソードがところどころに 識 ( 内宇宙 ) のパワーと人間の五感もつな 語られていることといったところでしよう 川瀬広保 )

9. SFマガジン 1985年9月号

目し冫しかかって公園のほとんどは踏 すぐ仲良くなれちゃう。 1 トルにもなんなんとする、巨大な鳥居だ午蔔、つ・よ、 った。まったくでかい。あれならば、— O 破した。えらい 合宿所は六甲山系の摩耶山の上にあり、 : などと馬午後からはふたたび会議、そして。フラネ 眺めの良さでは天下一。もちろんゲストのを隠しておくには絶好だ : タリウムのデモ上映だ。サバイ・ハルゲーム 鹿なことを考えてしまう。 方々も宿泊します。 さて、ことしの大会開催地である弥・スタッフとしてはほとんど用意するもの 次の話題は 0<<E--q> 。今回は情報機能を 重視したプログラムで、ホ】ル企画の中継彦は、東京からだと上越新幹線で二時間のがなく、いささか手もちぶさたであった。 ここまでで、弥彦でのわたしの仕事は終 やら会場内のトビックを拾う「 DZ—OO 距離である。ここで、六月の八日、九日 了。あとは八月の大会を待つのみである。 Z ・ニュース」、あなたのファンジンを生と、大会準備のスタッフ会議が催された。 ( 六月八、九日於弥彦文化会館 宣伝する「ファンジン」、激動の一般当日はあいにくの天気で、雨が降「たり 特派員・森田繁 ) 幸社会情況を報道し、世間知らずの二日間にゃんだりという、いささかうっとおしいも させない。 「ローカルニュースでっせ」なのだった。わたしは夏の本番では合宿所の 岬兄悟 ど生放送がいつばい。録画番組では、美女ひとっとなる旅館に荷を置いて、さっそく 合同サイン会東京発 とり・みき が初めて神戸を訪れる方々に送る「神戸観仕事にとりかかった。大会企画サ・ハイ・ハル 光案内」、無法の街″大阪″に歩く人々をゲームが、わたしの分担なのだ。 怠惰な日常生活ですっかり衰えてしまっ去る六月二十二日『女神にグッ・ハイ』の 貝過激に実況する「街角デ「 ' チ」ほか ろいろ用意されていますそ。 た足腰を励ましながら、戦場となる森林公発売を記念して、岬兄悟さん、とり・みき サイン会が東京・神田 イベント真っ盛りの夏を締めくくって登園を踏査する。まいった。アツ。フダウンばさんのジョイント・ 場する Z — 0 0 Z % ・・協賛かりの、森林とは名ばかり、これではまる三省堂と池袋旭屋で行なわれた。 のよいこのイベント Z — 0 0 Z み で山岳公園ではないか。うーむ。体力勝負三省堂書店では、開始三十分前にはすで に五十人ほどの列。ほとんどがジー 派神戸が君を呼んでいる。では、本番で会の、悲惨な戦いになりそうな予感がする。 、冫おうではないか。待ってるよリ 夜は、大会会場となる弥彦文化会館で会ショルダしハッグという″ファンスタ ( 特派員・第十一回日本フェスティ・ハ 議となる。スタッフとしては新顔、しかもイル〃の男の子だった。 ル実行委員きたてつじ ) サイン会が始まっても列は一向に減ら 人見知りが激しく内気なわたしは、隅のほ ず、お店に来た他のお客さん達が、不思議 うで小さくなっていた。奥ゆかしい。 一九八五年日本大会 あけて九日は、カラリと晴れあがった。そうな顔でこの異様な集団を眺めていた。 新潟発 結局一時間ほどで約二百人にサインをし 朝食をすませ、さっそくまた山にはい スタッフ会議 る。だいたいの地形を頭にいれ、ゲームのたとのこと。本当におっかれさまでした。 弥彦で、東京から出向いた・ほくらを迎え陣地と〈死体置き場〉をどこに設置する ( 六月二十二日於神田三省堂・池袋旭屋 5 特派員・柿久恵子 ) てくれたのは、御当地名物、全高三十余メか、きめなければならない。けつきよく、

10. SFマガジン 1985年9月号

なっている。 ステーフ。ルドンは、古来からのヨーロッ パ思弁小説の伝統にのっとって書き、自 作を、、やや哲学的な空想小説〃と称してい た。ジャンルとしての S F については一切 知らず、 1940 年代に S F ファンから喝果を うけて、やや面喰らったが、当時のお決ま りの S F 作品を載せた雑誌を見せられた時 は、なおさら面喰らった。 SF 作家として 喝果をうけてしまったために、現代文学史 家から全く無視された面もあるかもしれな い。同時に『地獄の新地図』を Maps 研 Hell ( 1960 ) のキングズリー・エイミ スのような S F 評論家からも無視されるこ ともあるが、これは恐らく、 S F 雑誌に書 かなかったためや、作品がアンソロジーに 採り入れにくかったためと思われる。 あまり認識されていないが、ステープル ドンは遠未来や銀河帝国についての彼以後 の作品の、、スター ・メイカー / / でもある。 I F の世界、宇宙論、サイボーグ、宇宙植 民、 S P 、集合精神、不死、怪物、ミュ ータント、時間旅行といったテーマに、独 創的で実り多い思索を加えている。ステー フ。ルドンからの恩恵を表明した数少ない S F 作家の中には、アーサー・ C ・クラーク やジェイムズ・プリッシュがいるが、現在 のジャンル SF に浸透している多数の概念 の発展に対する、直接間接の影響度では、 H ・ G ・ウェルズに勝るとも劣らない。 〔 MA 〕 テイラーナとハーサ・ヴォン・デチェンド の、塒間の神話と枠組みについてのェッセ イ″丑 4 襯んだ 5 石〃 ( 1969 ) では、めぐる 星々を観察していたことが、世界の神話的 時間像の全ての基礎にある、と論じてい る。 1718 年になって初めてハレーが、星々 が、、恒″なるものでないことを示し、 1830 年代後半には比較的近くの星までの距離が 確かめられた。人間世界から遠いために、 象徴的意義は保たれたものの、その他の意 義は否定された。科学的想像力よりは宗教 的想像力こそが、最初の空想旅行者を地球 からかくも遠くへとさし向けた。居住可能 な世界としての星々という考え方は、ジョ ルダーノ・フ・ルーノと結びつき ( フ・ルーノ は異端者として 168 年に処刑 ) 、後にフ オントネルによって E e れ 5 54 が記イぉ。れ $ 〔世界多数問答〕 ( 1686 ) で広まった。 18 世紀にエマヌエル ・スウェーデンポリは幻視によって宇宙を めぐり、他の宗教的神秘主義者もこの例に ならった。 C ・ I ・ドフォントネーは、フ オントネルの影響を受けたものと思われる フ・サイ が、『カシオペアの』 & 4 ら 04 ~ C の 5 あが e ( 1854 ) で別の星系をある程度 詳しく描写することを企てたが、科学的想 像力を大宇宙にはせた最初の作品は、カミ ーユ・フラマリオンのな襯 e れ〔リュマン〕 ( 1887 ) である。最初に恒星間冒険を扱っ ト . W ・コール た科学的ロマンスはロノく一 の T ん Struggle / 0 E 襯第 / 虍 ( 1900 ) だ ったが、 SF 雑誌というものが創刊されて 初めて、恒星間冒険遊園地が、 E ・ E ・ ドック″スミスやエドモンド ・ノ、ミノレト ンやジョン・Ⅵ「・キャンベル・ジュニアと いった作家によって大々的に利用された。 ハミルトンはとりわけ、爆発する星という 究極のメロドラマ的華麗さに魅かれ、 1950 年代になってまで、その潜在性を利用して 0 星 ( 恒星 ) STARS 星々は人心に常に、何か想像力をかきた てる魅惑を与えてきた。天の覆いの上の光 の点にすぎないと信じられていた頃は、そ こに未来の秘密が印されているものとされ た。ギリシャ人は、さまざまな星座の形に 神話を織りこんだ。ジョルジョ・デ・サン 263 XVII