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検索対象: 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義
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1. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

大河流を順逆論に蔽ひて未だ一の歴史無し、有するものは南洋の共れの如く口碑体誌を集めたる古事記日本紀のみ。 故に吾人は自由平等論を斯る意味に於て主張す。印ち社會進化の理 ( 『所謂國體論の復古的革命主義』を見よ ) 。 想を實現せんが爲めに嘗て家長專權となり君主無限權となり奴隷制度となりしが如く、社會の進化して同類一意識が 甚しく鏡敏となりて在來の正義とされたる不平等を排し、平等を正義とし平等の團結自由の活動によりて今後の社 會を進化せしめんとするに在りと。戰爭による掠奪の權利、占有による土地私有制度が社會の或る進化までに適合 して正義なりしが如く、家長權も貴族も奴隷も亦社會の或る進化までは充分の正義として社會の目的に適合したる 獨斷的平等論の逆進的批判と者なり。故に自由平等論を歴史の波濤に逆進して不平等の非義を唱ふることの誤れ 獨斷的不手等論の着的辯護る個人主義時代の獨斷論なるは論なく、今日社會主義者の或者が荷依然として斯る 議論を繼承しつゝあるも共は或者なるが故にして社會主義の眞理は此の爲めに ~ 敝はるべからず。而も社會の或る進 化に至るまでに不平等の一たび正義たりしを以て今日今後の社會進化に抵抗するを事とし、甚しく鏡敏となれる同 類意識の階級的懸隔に堪ふべからざるに及びても平等論を壓伏せんとするは更に遙かに取るに足らざるべく、國 家社會主義なるものは一の眞理もあらず。正義は逆進して可否さるべからず辯護を事として粘着すべからず、元 來よりの平等と云ひ元來よりの不平等と云ふことは共に根據なき非科學的論斷なり。何となれば元來よりの不平等 と云はゞ人類一元論によりて元來は不平等に非ざりしと云はるべく、又元來よりの平等と云はゞ凡ての生物は元來 は單細胞生物の進化せるものなるを以て一切の動植物は平等なりと論じ、終局平等印差別の哲學に論陣を移轉する の外無きに至るべければなり。吾人は社會主義を主張する者なり、社會進化の理想に適合する手段を執れば可なり、 故に吾人は元來平等なり不平等なりと云はずして、社會進化の理想のために此の不平等なる社會を打破して平等と 自由とによりて新社會を組織せんと主張するものなり。印ち吾人は人類共者が元來より自由平等なりしか父懸隔差 異ありしかを論爭せずして、社會進化の理想のために物質的保護を均一に與ふべしと要求するものなり。 社會主義の自由主義の自由平等論とは此の眞理なることを明確に解せよ。田島轉士及び凡ての國家社會主義者に 平等論の眞意義して社會主義の平等論を人類共者の同一不異と誤解せず物質的保護の平等の事なるを知れるなら 0

2. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

することに於て明かに自由平等論を繼承す。而しながら社會主義の自由平等論は個人主義時代の革命思想の如く、 獨斷的平等論と自由の爲めに自由を、平等の爲めに平等を唱ふるものに非らず、又人は元來自由平等なるが故に 獨斷的不手等論不自由不平等なる社會を打破すべしと云ふものにあらず。何となれば元來より自由にして平等な るものならば不自由不平等なる社會を ( 個人主義の思想なるを以て契約によりて ) 組織するの理なく、自由のため の自由、平等のための平等とはフ = リーの政治的手好なりと云へる如く数果なきことなればなり。而しながら社會 主義の自由平等論は田島博士の如き人は元來不平等なりとの根據なき臆詭を許容するものにあらず、何となれば原 人社會に對する科學的推理は本能的社倉性に於て平和に存在せる原始的平等なりと云ふことに在ればなり。 ち社會主義の平等論とは斯る恣なる臆説の如く元來よりの平等と云ひ元來よりの不平等と云ふに非らずして、社會 の生存進化の爲めに階級的不平等を去りて平等の平面の上に自由なる活動を爲さしむべしとの要求なり。故に共の 平等を説くに當りても『身長肥痩強弱性情趣向等は不平等なれども推理し談話し理性を有する動物として他の動物 と異なる點に於て等し』と云ふが如き生物學の許容せざる非科學論斷を爲さゞると共に、又個性の不平等を認識す るに於ても『最も下等なる人類と最も高等なる人類との間に在る優劣は、最も高等なる動物と最も下等なる人類と の間に在る差よりも大なり』との言を科學的權威の如く遵奉して議論の基礎を築くものに非らず。何となれば推理 し談話し理性を有することは單に人類に限らず他の動物の高等なる者に於ては或る程度まで之を有するを以て人類 をのみ特別に他動物と隔絶せる天室に置く能はざるは生物進化論の原理なると共に、接近を同一分類に置くと云ふ 生物分類の原則によりて恰も大の黑きを猫に分類し赤きを狐に人れ洋夫の大なるを馬に和大の小なるを羊に組み込 まざる如く、高等なる動物を人類に組み込むか下等なる人類を高等動物に分類するかに非ざれば野蠻人と高等動物 の接近を人類間の隔絶より甚だしと形容する能はざればなり。印ち社會主義の自由平等論は人に元來より平等なる が故にとして正義なるかの如く主張せざると共に、人は元來より不平等なりとして自由平等を非義なるかの如く考 ふるものにあらず。正義とは社會の生存進化に適合することを示す外包的言辭にして共の内容は地理的に又時代的 に異なる、社會の生存進化の爲めに古代の奴隷制度は充分に正義にして中世の君權萬能、族専制も決して非義に 4

3. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

の類なり』と云ふ反野の極翡に走れるなり。振子は永久に振動する者に非らず、吾人は此の振子を止まるべき翡に 止まらしめざるべからず。若し今日の學者によりて想像さるゝ如く、吾人のと稱して人類より遙かに進化せる生 物が他の遊星に生息するならば、而して吾人々類の生息しつゝある此の遊星が他の共れの如く進化しつゝあるなら 減亡すべを經過的ば、而して進化に極黷なく、人類が進化の極黷に非らざるならば、吾人々類は將來に進化し 生物「類神人』 行くべき訷と過去に進化し來れる獸類との中間に位する經過的生物なり。今日、吾人々類は人 類の猿猴類と分れたる時代の砠先の化石を發掘して類人猿と名くる者を見出すならは、吾人々類が類人猿として消 滅せる如く更に人類として消滅せる後に於ては、吾人々類より分れて進化せる人類の子孫なる祚の化石學者によ りて「類祚人』として發掘せらるべき半訷半獸の或者なり。 ( 此の詭明は詳しく社會進化の理想に於て論ずべし ) 。 彼等生物進化論者にして、人類が類人猿より來り、類人猿が四足獸より來り、四足獸が鳥類と共に驚くべき形態を 有せし爬蟲類より分れ來り、爬蟲類が今日と全く形態を異にせる魚類より來りたりと云ひ、而して人類は一胎兒の 生物進化論者は進化の跡を見九ヶ月間に於て魚類よりの十億萬年の生物進化の歴史を繰り返へすと云ひ、以て過 五 て更に進化し行く後を見す去の囘顧に於て大膽に推理力を發揮しつゝあるならば、共の推理力が人類今後の進 今日までの生物進化 化と云ふ將來の進行に至て全く挫折して働かざるは誠に以て抱腹すべき現象に非らずや。 哲論は恰も人類を進化の終局なるかの如き獨斷の上に組織せらる。ダー年ンの時代よりして生物進化論は人類を祚に 社よりて作られたる祚の子なりと云ふ基督敎の信仰を破らんが爲めに全く人類の動物なることを更に他の諸科學の上 論より立證し、骨骼を比較し、筋肉を比較し、内臟を比較し、腦髓を比較し、發生の妝態を比較し、以て基督敎の科 進學的批評に堪へざる獨斷に過ぎざることを論ずるに於て實に間然する所なし。吾人固より人類を以て全く祚の子な 物 りとなして他の生物と隔絶せる天室に置くとの非科學的なるとを否む者に非らず。而しながら、骨骼も、筋肉も、 内臓も、腦髓も、發生の妝態も、發生して後も、決して他の獸類と全く同一に非らざるものを、 編獸類教の迷信 獸類と全く同一にして異ならずと獨斷する彼等は、彼等の罵りて以て科學的批評に堪へずと爲す 基督敎以上に科學的研究に於て注意深き者に非らず。全くの子なりと云ふことの非科學的なるならば、全く類 IOI

4. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

食物の進化に併行する消化器の退化は工業的食物時代にて斷言す、人類の今日迄の消化器の退化が食物の進化によ 入りて愈々退化し化學調合に至て全く排泄作用を去るると云ふ凡ての生物進化論者が科學者の推理なる如く、吾 人は科學者としての推理に從ひて更に人類今後の食物の進化は同じき生物進化論によりて人類の消化器を全く退化 せしむべしと。而して食物の進化は一百年前のマルサスの枯骨を合掌しつゝある經濟學者に非らざれば充分に期待 すべく。今日の野蠻人と大差なき原始的食物が近き將來に於て食物の工業的生産時代となり、今日の如く腹中の鍋 釜、臍のある小工場によりて消化せられつゝあるを、蒸氣と電氣とを有する大消化器によりて消化するに至らばラ マルク詭によりて漸時に退化し始むべし。而して更に遠き將來に於て今日の化學者が實驗室の窓より豫言しつゝあ る如く化學的調合の食物時代に入らば、是れ古來よりの理想たりし所謂仙藥なり。人口はに消化器の凡てを退化 せしめ ( 若しくは痕跡に止まらしめ ) て三つロの如く尾胝角の如く全身の毛の如くならしむべし。是れ臺所の用を 務めたる胃が大工場に移されて腸の水道が下水を流さゞるの時なり。下水の糟粕に眞王手を汚しつゝありしお三ど んの肛門が化學者を家僕として菊花の一つ紋を着けたる令夫人となるの時なり。排泄作用の要なくなれる時なり。 「美』の理想は斯くて完たし。 理想とは來るべき高き現實なり。進化とは理想實現の連績なり。人類歴史ありてより以來最も高き理想として、 印ち永き進化によりて來るべき現實として畫きっゝある耐に脱糞放屁を想像したることありしか。今日、吾人は戀 の理想に憧がれて我が天女の如き戀人よと呼ぶ。而しながら天女とは理想にして戀人の現實は人知れず縮緬の褌を 戀人の腕糞獨乙掲げて約一貫目のポテトーを祕し置くものなり。獨乙皇帝は自ら萬民の理想なりとして朕は萬能 皇帚の放屁の訷なりと稱しつゝあり、而しながら沈香に匹敵する洋服のすかし屁は共の朕なる訷の奪嚴を表 白する所以にあらざるべく、如何なる侍醫と雖も共の衝の上に蟠まれる黄色なる蛇妝の物質を見て龍顏美はしとし て讃へざるべし。 ({ 日は御便器を掃除せる匹婦曰く、將軍などゝ威張りてこの垂れたるとを見よと。共同便所はこ の點に於て連帶責任なるを感謝す ) 。此の書が獨乙語を以て書かれたりとせば獨乙皇帝は共の奪嚴を犯せるものと なして日本政府に抗議を中し込むべし。然しながら問題は何が故に放屁がカイゼル髯の奪嚴と調和せざるかに在り。 19S

5. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

とすべき生物種屬との生存競爭に於ては完き優勝者たるを得べきは社會主義の實現後直ちに來るべき可能なりと雖 も、人類を食物とせんとする生物種屬印ち黴菌屬に封して尚完き優勝者たる能はざるべく、從て疾病の劣敗者を犧 牲として出すも人類種屬の生存進化に支障なきだけの多くの人口を要するは明かなり。又、地震、火山、洪水、風 浪等の物質的危難もあり。而しながら、今日の野蠻人が猛獸に對する生存競爭に忙はしく、又原人が共れに對する 生存競爭の爲めに湖上に家を建て或は樹上に眠りしと云ふ如き状態より進化して今日の吾人に達し終に猛獸に對し 猛獸に對する生存競爭をなせし原人と黴菌ては全き勝利に歸したる如く、醫學の進歩によりて猛獸よりも困難なる 屬に對して生存競爭をなしつゝある現代 競爭者たる黴菌屬に對しても猛獸との共れの如く完き勝利の來るべきは 疑ひなかるべく、從て疾病によりて缺損する部分を補缺する必要の爲めの人口も必要の去ると共に減少すべしと考 へらるべし。自ら稱して經驗的なりと云ふ學者階級に取りては眠前に野蠻人の状態を見るが如く發掘せられたる原 人の遺跡を見るが如くならざれば斯る推論に對して恐らくは『室想」の慣用語を放って嘲けるべしと雖も、若し彼 等にして共の遺跡と从態とを見て今日の文明にまで進化し來れる原理を推論するの腦力あらば、更に今日にまで進 章 八化し來れる原理を辿りて今日より進化し行くべき或る从態が等しき推理力によりて畫かれざるべからざるの理なり。 實に、病死者 ( 今日は社會的原因の者多し ) なきに至るべしとの推論は、今日の文明人が猛獸に喰はるゝことなし 哲と云ふ今日までの進化が更に將來に向って進化せるものと解せば可なりとす。今日發掘せらるゝ湖上の家、若しく 社は樹上の居が獸類種屬との生存競爭に努力しつゝありし原始時代に奇怪に非らざりしが如く。今日少しも奇怪と 論も考へ及ばざる病院の如き建築物が『類人』の遺骨と共に發掘せられて遺跡たる時代に於ては黴菌屬との生存競 進爭に努力しつゝありし時代として大に「訷類』の興味を喚起すべしとせん。而して今日徐々に除去しつゝある物質 物的危難の如き亦進化と共に去るべく、從て出産數と死亡數と平均を保っとの推理は正當なり。 他の一の推論は吾人の主張せんとする所にして人口は更に加すべしとの見解なり。印ち、人 編人口は更に增加 參すべしとの推論類は原人の時代より他種屬との生存競爭に於て無數の劣敗者を出しつゝ來りしに係らず、倚他種 屬との共れに於て優勝の地位に進むに件ひて人口を増加せるを以て、社會主義の實現によりてさらに地位を優勝に 173

6. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

令したる者なるは論なし。 德川氏に至っては不斷の幽閉と缺かしなき強迫讓位を以て共の唯一の對皇室策となしたり。吾人は有賀長雄氏の 逆進的歴史家なゑとは前きに言〈る如く、又後に詳しく詭く。共の德川氏につきて亦秀吉と家康と參内し、家康の 家臣が頻りに秀吉の暗殺を勸めしも應ぜざりし事例を擧げて、是れ兩雄相提携して皇室を奉戴せる所以なりと論ず るに至りては抱腹の外なし。察するに、斯る曲解は、氏の主權の體と用とを分ちて皇室は二千五百年來主權の體を 持して失はず幕府は單に共用を委任されしのみと云ふ見解より生せし者なりと雖も、秀吉の思想を事實に於て表現 しつゝありし家康を以て忠臣義士と解しては東照宮の墓石も感動の餘りに振ふべきなり。見よ。「諄和獎學院別當 徳川氏の對職關東將軍に任ぜられ候上は三親王攝政を始じめ公家井びに諸侯と雖も支配致し候、國政一切知らす 皇室策べく政道奏聞に及ばず』と規定せしに至っては萬國無比の國體に相應する萬國無比の責任内閣なるか な。『學問手習御勤行御懈怠あるべからず : : : 三種の祚器御守りは第一の事』とあるは實に皇室をして歌人たらしめ、 察名に過ぎざる三種の訷器を擁すれば天皇の任盡くと云ふ者、吾人は未だ如何なる憲法史にても主權の用を委任さ 有賀博士は委任の文字れたりと云ふ者にして主權の體に斯る法規を強制したる事實を知らず。由來、今日の委任 を逆進せしめて論すと云ふ文字と意義とを逆進せしめて當時の天皇と將軍との間を詭明せんとすることが誤謬 の根源なり。 有賀愽士は何事も逆進的なり。更に見よ。『國々諸侯は勅命と雖も宮中參内仕るまじく候、西國 諸大名往來の砌り洛陽往來停止仕り候、密々往來のこと露見に於ては何ほど大祿の家なりとも絶家致すべし。若し 洛陽見物致し度くば共旨御屆可申共の砌り沙汰及ぶべく候、若し許すとも三條橋の中を限り申し候』。斯る上奏も 裁可も無用なる權限を有する外に、主權の體なるものに近づくことを絶家の最大重罪を以て嚴禁せるは何と名け らるべき東照宮内閣ぞ。而して内閣大臣は閣下と呼ばれずして祚君と崇められ、共の椅子は世襲にして他の各省大 臣も無く、責任を負ふべき何人も無く、而して亦、皇室費としては禁裏御料僅かに二万石、新院御料五千石、本院 御料五千石と云ふ内閣大臣よりの嘗がひなるに、德川内閣大臣閣下は實に三百倍せる八百万石の年俸なりしとは噴 286

7. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

法によりて相戰ふは止むを得ない。而して人間の競爭に於ては進歩の遲き人種は到底勝つ見込は無い故何れの人種 も專ら自己の改良進歩を圖らねばならぬが、共の爲め共の人種内の個人間の競爭が必要である。 『社會の有様に滿足せず大革命を起した例は歴史上幾らもあるが、何れも罪を社會の制度のみに歸し人間とは如 何なる者なるかを忘れて、唯制度さへ改めれば黄金界になる者の如く考へてかゝる故、革命の濟んだ後は只從來權 威を振うて居た人の落ちぶれたのを見て暫時愉快を感ずるの外には何の面白いことも無い。世は相變らず澆季で競 爭の烈しいことは矢張り昔の通りである。今日社會主義を唱へる人々の中には往々突飛の改革談を詭く者あるが、 若し共の通り改めて見たならば矢張り以上の如き結果を生ずるに違ひない。人間は生きて繁殖して行く間は競爭は 免かれず、競爭があれば生活の苦しさは何日も同じである。 『敎育の目的は自己の屬する人種の維持繁榮であることは己に詭いた通りであるが進化論から見れば社會改良も 矢張り自己の屬する人種の維持繁榮を目的とすべきである。世の間には戰爭と云ふ者を全廢したいとか、文明が進 めば世界中が一國になってしまふと云ふやうな考へを以て居る人もあるが、是等は生物學上到底出來ないことで利 章 五害の相反する團體の並び存する以上は其の間に或る種類の戰爭の起るは決して避けることは出來ぬ。而して世界中 の人間が悉く利益の相反せぬ地位に立っことの出來ぬは固より明瞭である。敵國外惠なければ國は忽ち滅ぶると云 哲ふ言葉の通り、敵國外患があるので國と云ふ者が纏って居る譯故、假に一人種が他の人種に打勝って世界を占領し 社たとするも場所々々によりて利害の關係が違へば忽ち爭が起って數ケ國に分れてしまふ。僅かに一縣内の各地から 論撰ばれた議員等が集ってさへ、地方的利害の衝突の爲めに激しい爭の起るを見れば、今世界が一團となって戰爭の 進絶えると云ふやうなことの望むべからざるは無論である。 物 「若干の人種が相對して生存する以上は各人種は勉めて自己の維持繁榮を圖らねばならぬが、他の人種に負けぬ 生 だけの速力で進歩せなければ自己の維持繁榮は望むことは出來ず、速かに進歩するには個人間の競爭による外は無 參 。されば現在生存する人間は敵である人種に滅ばされぬ爲めには味方同志の競爭によりて常に進歩する覺悟が必 要で、味方同志の競爭を厭ふやうのことでは人種全體の進歩が捗らぬ爲めに敵である人種に負けてしまふ。

8. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

を一個の見果てぬ夢として記載せられたれども「社會主義全集」に同理の講話せらるゝ所に徴すれば夢に託して著 者の社會主義を述べられたる者なるは明かなり。果して然らば氏も亦極樂式の社會主義を持する者に非ざるか』と。 9 以て如何に相背馳する社會主義と個人主義とが却て社會主義者にも非社會主義者にも混同せられつゝあるの甚しき 奇觀を見るべし。 遮莫。純正社會主義は極樂と云ひ天國と云ふ者を在來の哲學宗敎の如く死後の他世界に求むる者に非らずして、 社會進化の將來に期待する者なり。而して人類社會は一の生物社會なり。故に社會哲學は生物進化論の一節たる社 會進化論として論ぜざるべからず。

9. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

衣を得るとにありぎ。而も共れが今日牧畜時代の如き原始的存在のまゝの衣服を去りて、羊毛をのみ年々に刈り取 る紡織の工業的生産をなすに至りしを以て現今の經濟學者は亦「衣服のマルサス』となりて、爾等生殖を防制せよ、 世界の牧場には限りありて爾等は凍死すべしと詭かざるに非らずや。・・ - ・ー住居の生産方法の進化によりて住居の溺 死なく、衣服の生産方法の進化によりて衣服の凍死なく、然るを如何ぞ獨り食物の生産方法をのみ現今の原始的生 産に止まりて進化なきものと考へ、『食物のマルサス』のみ跋扈して食物の餓死を叫びつゝありや。吾人が今日生 穀を嚼み生肉を喰ひし原人時代より今日の火食にまで進みしは火と庖丁との僅少なる工業的生産行爲が食物の上に 加へられたるものなり。若しこの工業的生産行爲の僅少にして而も盲動的に過ぎざるものと雖も、共れが爲めに同 量の食物を取りながら生食の野蠻人よりも共れだけ多く消化しつゝあるならば、ロ中より送られて單に醜怪なる物 蒸氣と電氣とを有する質として共の大部分が排泄さるゝ ( 呵々、今の獨乙皇帝もこの進化的生物たるを免かれず ) 胃腸の工業的消化時代今日の原始的食物が、科學者の分析によって見る滋養分を全部消化し吸收し得べき工業的 生産行爲の加はると推想せよ。今日直に食物とされつゝある所の者は單に原料となるに至りに數十百倍する人口 をも優に維持し得べきことを推想すべし。繰り返へして云ふ、吾人は下等なる頭腦の學者階級に向って語りつゝあ るものにあらず。吾人は只、今日にまで進化せる方則が更に將來の進化に至るべき方則なりと云ふことゝ、凡ての 生産は原始的生産よりエ業的生産に進むと云ふ經濟學の原則とによりて、今日の原始的生産のまゝの食物が又等し くエ業的生産時代に入るべさとを確信するものなり。而して、斯の工業的食物時代の到來すべきを確信するが故に、 今日科學者が折々共の實驗室の窓を開きて告ぐる、人類は將來化學的調合によりて食物を得るの時來るべしとの豫 言を俯伏して傾聽しつゝある者なり。 印ち、人類の生存進化を維持するに要する營養物が原始的生物種屬を胃 腸の工場にて生産することより進化して、蒸氣と電とを有する大なる胃腸によりて生産する工業的消化時代とな り、更に營養物其れ自身を原始的生物種屬に求めずして人爲的生物種屬に得るの時至るべしと云ふことなり。詩人 科學の一元論と化學は天國を指し、科學者は天國に至るべき梯を造る。科學が一元論となり無機物有機物の別が 的調合の食物時代なくなりて萬有凡て生物種屬なりとの實驗による斷案は、人類の手によりて在來の生なき者 152

10. 北一輝著作集 1 国体論及び純正社会主義

一種の經典の如くなり、カ階級に執られては殘忍暴戻なる壓虐となりて下脣級に臨み來れりとは人類の靈智も 怪むべき者なるかな。而も今尚マルサスより幾何級數の勢を以て增加し來れる靈智ある經濟學者、特に靈智ある金 井博士の如きは日く『地球全體を開墾すとも人類は三階五階の家を建てゝ室中にまで坿加するが故に人口増加は避 くべからず』と。人類の靈智も極まるかな。 然しながら、如何なる下等なる學者と雖も輕蔑を以て經過すべからず。彼等下等なる者に於ては眞理を語るより も單に當時の大勢の後へに附隨して大勢たるものを反響する者なり。大勢ならば如何に價値なき者と雖も充分に惑 を解かざるべからず。而してマルサスの人口論は下等ならざる貴き金井博士の今荷以て社會主義に對抗しつゝある 最後の城砦となしつゝあるに見れば全く大勢なることは看過すべからざるなり。曰く、飢俄を餘儀なくされつゝあ る下脣階級の無くならば全社會を擧げて人口の增加を來して全社會の死を來すべき論理にあらずやと。是れマル サスの人口論をミルの共れの如く現社會の下に敷かれたる網なりとの意味に解せずして、社會進化の前面に立てる マルサス論を以て社會進化論鐵壁と考ふる者なり。社會主義の根據は誠に社會進化論に存するを以て、社會主義 に對抗する金井博士の醜態 は社會進化の將來につきて厳肅なる智識を要す。故に若し社會哲學の上に經濟學を 築きて社會主義に對抗するならば社會主義の非難者として堂々たる者なるべしと雖も、兄童すらも言ふを敢てせざ る三階四階の家などの建つべきを北極より南極まで想像して共の上に幾何級數のマルサスを祀る如きに至って只以 て醜くしと云ふの外なし。斯る學者の多くは自ら社會主義者と區別せんが爲めに愛國者を以て居り學者は千年後の 後世を洞見するを要すと任じっゝあるが故に、地球冷却後の大日本帝國を如何すべきかと云ふ大々的間題と共に、 此の一千年後の人口論は路傍の孚を外にしても必ず論議せざるべからざる緊急問題なるべく、社會主義者は常に 斯る學者の前に講釋を要求せられつゝあり。吾人は公言す、斯る學者に對する最もよき答辯は輕蔑を表示する沈默 なりと。經濟學は社會の物質的基礎を論ずるものなるを以て社會學の智識を要し、而して社會學は人類と云ふ一生 物社會の生存進化の理法を研究する者なるが故に凡ての生物種屬の生存進化を研究する生物學の一章たり。從て經 こ要めざるべ 濟學者が今日誠に狹少なる甲殻中に窒居して盲動的に研究しつゝある人口論の如き全く生物學の智識。 148