なん千キロもの旅をして、 生まれた川に かえ 小たたび帰ってくるサケ なんのために、 遠い海へ行くのでしよう。 なせ、生まれた川に もどってくるのでしよう とおうみ わ たび
ひょうしきはうりゆう ・標識放流の方法 く稚魚〉あぶらびれを切りとる はっかいどうところ力、わかいき 0 北海道常呂川に回帰した数 1954 年 , 50 万びきの稚魚をはなし たところ , 1957 年までに , 2 , 559 ひ きのサケがもどってきました わん * ふるさどの川へ帰ってくるなぞ えらぶたを切りとる 回遊中のサケをとらえて , 記号や く成魚〉番号などをかいた標識をつける。 せいぎよ ー 0 うへつ力、わ 湧別川 あはしりかわ 常呂川網走川斜里川クア きたたいへいよ、つすうせん 北太平洋を数千キロにわたって回遊するサケは、ほん かえ とうに、生まれた川まで、まちかいなく帰ってくるので ー ) よ、つカ かえ かわ 生まれた川まで帰ってくるかど、つかは、サケに目印を いつけて旋す識旋流で調べることができます。一九五四 ひょうし医」ほ、つリゅう よっかいどう ところがわ 年、北海道の常呂川でおこなわれたサケの標識放流の結 かえ ところがわ 果、ぶじに帰ってきたもののうち、常呂川でみつかった ものが九十八パーセント、ほかの川でみつかったものは、 一バーセントにすぎませんでした。 かえ このように高い確率で、サケは生まれた川に帰ってき うみ ひろ ます。広い海の中で、サケはいったい何をたよりに、方 およ 向をさだめ、泳いでいるのでしよ、つか。 、、 A 、つ まえ 前のページで、海流とサケの回遊との関係について述 せつめい べましたが、海流だけで、回遊のなぞを説明することは できません。では、どんな方法で、サケは回遊している のでしようか きしゅん さかな 〈太陽コンパス説〉魚には、太陽の俺置を基準にして方 7 たいよう ゝ 0 せつ よ、つよ、つ めしるし よ、つ
おきあい うみ 河口の沖合でジャンプするサケ。体長は、海に 出たころの六 5 ニ十倍になっています。 かえ 帰ってきたサケ かわしゆっぱっ ちか えんがん ←波にのって沿岸に近づくサケの群れ ふるさとの川を出発して、三 5 五年目 きたたいへいようおお 。、一を ) 第ニの秋、北太平洋で大きく成長したサケた かわ やちが、自分の生まれた川をめざして、日 かえ えんかん 」ッ本の沿岸に帰ってきます。 小さな魚やイカ、オキアミを食べて、 萼 , をご体長六十 5 七十センチメートル、体重 = 一 一 5 五キログラムに成長しています。 ちぎよ かわ 、つみ でも、 川から海に出た稚魚の八十ハ アザラシな 」ニ = 、セント以上が、サメやトド、 えんようぎよきよう どに食べられたり、遠洋漁業でとられた りしてしまいます。そのため、生まれた ちぎよ 稚魚のうち、百びきに二ひき以下しか、 かえ 帰ってこられません。 なみ 力、 ) 、つ た、らよう ぽん あき じふん さかな ひやっ せいちょう せいちょう し、カ ねんめ
さん、りんはしょ しふん サケは、自分の生まれた場所 おな までおばえていて、同し場所に もどるといわれています。 力、牙 日をのばりはじめたサケは、 いっさいなにも食べません。海 えいようふん でたくわえた栄養分だけをつか さんらん 産卵にてきした場所まで、 ひたすらのばっていきます。 さんらんばしょ そして、産卵場所につくころ からだにたくわえたタン ハク質の三十パーセント、脂肪 一をの八十 5 九十八パーセントをつ かいはたしてしまうのです し、つき しつ ー」は、つ 、つみ
宿 nq Areas 生一九四六年、東京に生まれる。 史一九七〇年、東京水産大学隱修七某 6 〔一 , をお。その後、フリ ーの写真家として、海 ちしよう さっえい 桜や川、池沼の生物を中心に撮影をすすめ、月 かくしゅうさっし 、こ一一、 ' ~ 一刊誌、学習雑誌、子ども向けの本などで、そ しよう力し れらの生活を紹介している。 ちょー」よ 著書に「カニのくらし」 ( あかね書房 ) 、「サ ワガニ」「アマガエルズ偕成社 ) 、「巣をつくる サカナ」 ( 新日本出版社 ) 、「イワナ・ヤマメ・ おど 清流に躍る」「サケ , 。。。ー・母なる川に帰 たんすいへん る」 ( 平凡社 ) 、「魚、淡水編」 ( 山と溪谷社 ) な どかある。 現住所北海道川上郡弟子屈町弟子屈原野
たいよう ・川のにおいをかぎわけるサケ いわてけんおおっちわん しつけん 岩手県大槌湾での実験で , 湾内に帰って おおっちカッ ) きたサケは , 大槌川から流れこんでくる 水にそって移動しながら , 生まれた川を さがしあてることがわかりました 海水の流れ 川の水の流れ サケの動き さかな ・太陽コンパスを利用する魚 しつけん かえ 巣に帰る習性をもつ魚で実験したところ , 晴れた日は巣の方向に向かうことが多い さかな のですが , くもった日や魚に目かくしを したときは , 方向がまちまちになります。 ( ハスラーの実験 ) 水面 ナイロン糸 さかな い ) うせ、、 しつけん おおっちがわ 大槌川 すいめん つり針 おおっちわん 大槌湾 ほ、つ一一う のうリよく 角をきめ、一定の方向に移動できる能力のあることが、 し当っ苳」よ よ、つ、よ べニザケの幼魚、マスノスケの幼魚、ホワイトバス、プ ルーギルなどで確かめられています。しかし、サケの回 てんき わる おお ゅ、つ きたたいへいよう 遊する北太平洋は、天気の悪い日が多く、しかもサケは、 ところおよ おお 六十メートルもの深さの所を泳ぐことも多いため、はた たいよう ぎもん して、太陽の位置を確かめることができるかどうか疑問 です。 すいめんちか でも、サケは日の出のころ、水面近くまで浮かんでく かんさっ たいよう ることが観察されていて、このとき、太陽の俺置をさだ めているのかもしれません。 じきせつ ちきゅう かん 〈磁気説〉地球の磁気を感しているのではないか、とい よ、つ」よ つか しんこうてき う考えもあります。べニザケの幼魚を使い、人工的に磁 4 気の流れる方向を変えると、その分だけ、幼魚の動きに へんか 変化が出る、という結果が得られています。 かいすし おんどさ えんぶんのうどさ そのほかにも、海水の温度差や塩分の濃度差を感じて、 回遊しているのではないかとも考えられています。 せつめい しかし、どの考えも、サケの回遊をしゅうぶんに説明 することはできません。おそらく、サケは、いろいろな かんが かんカ どう かんが
まいわん ※ 1974 年から、毎年アイセン州の アイセン州コジャイ ケ・マスふ化場 ほうりルう ケで稚魚が放流され ています。しかし、 なんきよくかい 南極海からもどって きたサケは、ま 認されていませ - ーユーう冫ーランド みなみはんきゅう の、つりよく 0 南半球にいった日本のサケ 能力をいかして回遊していると考えるのが正しいようで きたはんさゆう ま けつろん けんきゅう サケは、もともと北半球にしかすんで す。結論は、今後の研究を待たなければなりません。 さいきんみなみはんきゅっ こんど えんがんちか いませんでしたが、最近、南半球に植 さて、沿岸近くまで回遊してきたサケが、今度は、自 する試みがなされています。日本とチリ かわ かわ 分の生まれた川のにおいをたよりに、川をのばりはしめ の政府が協力して、日本のサケをオキア かわみす よ、つりゅう ほうふ るとい、つことは、まちかいなさそ、つです。川の水には、 ミの豊富な南極海に放流する実験です。 かわ きたはんきゅう かわ いろいろな物質がとけこんでいて、川によって、それぞ サケが川をのばってくるのは、北半球 ふゅ あき では秋から冬にかけてです。南半球でもれにおいかちかいます。 きたはんきゅう ふゅ おな みなみはんきゅうあき 同しです。南半球の秋から冬は、北半球 サケが、そのにおいの中で、どの物質をかぎ匇けてい とくてい の春から夏にあたります。そこで、南半 るのかは、まだわかっていませんが、なにか特定のにお ゅにゆっ かわ 球からサケを輸入すれば、日本では、一 にとけこんでいるいろいろなにおいをお 年中、とりたてのサケが食べられます。 ばえているのではないかといわれています。 サケの卵を、いままでサケのすんでいなかった川や、 かわ サケがもういなくなってしまった日 にもっていき、サケ かえ かわ の帰ってくる川にしよ、つとい、つ試みか、むかしからおこ なわれています。これは、サケが、卵のときではなく、 きおく かわみす ふイしたときにいた川の水のにおいを記億していて、そ かわかえ せいしつ れをたよりに、 へ帰ってくるという生質を利用したも のです。 ねんしゅう はる こころ さようりよく なっ 、ルト海流 なんきよくかい 0 た みなみはんきゅう にっぽん なんきよくたいりく 南極大陸 オーストラリア みなみはん い南 ぶん ぶっしつ こころ かんカ ぶっしつ ただ よ、つ かわ