入学式 - みる会図書館


検索対象: Cherry
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1. Cherry

「入学式ー・ : って、もう終わってるじゃーんーこ やっと校舎に戻って来た頃には、もうとっくに入学式は終 わってしまっていた。正門に大きく掲げられていた入学式の 看板も、大勢居た新入生たちの姿もなくなり、朝に見た時の 喧騒は嘘のようだ。 「お前が遊んでるからだろ」 「ひつでー ! 俺がここまで連れてきてやったんだろーこ 「ぜってー兄ちゃんに怒られる 5 ーこ 正確には、本当に海に大を散歩しに来た地元の住民に道を 聞けたからだ。きっと、彼は宗介が道を尋ねなければ、また 海に飛び込むつもりだったに違いない 宗介がじと目で訴えた視線は、頭の軽い彼には通用しない らしい。がつくりと肩を落とすと、入学式の看板が撤去され た正門をくぐって行った。 宗介もその後を追いかけるように進むと、またあのピンク 色の花びらと穏やかな風の世界が広がる。 大きな煉瓦造りの正門と、多くの桜の木。そこは、数時間 前に見た景色と、まったく違う空間に見えた。 その真ん中を歩いていく小さな、そしてキラキラ光る後姿 は、何故か初めて会ったときよりも輝いて見える。絵本から 抜け出してきたように見えた少年は、もう手を伸ばせば触れ る距離にいる。そう思えば思うほど、輝きは増す一方だ。 あと数時間もすれば日も落ち、辺りはタ焼けに包まれるだ ろう。けれど、きっと太陽が隠れてしまっても、この少年の 瞳は太陽の輝きを纏ったままだ。 「ねえ、あんたもこのまま寮行くの ? 」 「いや・ : 俺は、今日は実家に帰る」 人を笑顔にしてしまう、不思議な力を持っ少年。 それは、宗介だけに有効な力だったのかもしれないが、そ のことにこれから他の人間が気付いてしまうかもしれない事 が、悔しかった。彼に最初に会ったのは、自分なのだ。 今にでも寮へ向かい走って行ってしまいそうな軽やかな 足。手を伸ばせば引き止める事は簡単なのに、その先に続く = = ロ葉がまったく思い浮かばない。 新入生ではない自分は、もう彼と会う機会もなければ、そ んな暇もなくなる。きっと、暫く会わないでいたら彼が自分 を忘れてしまうのなんてすぐだ。

2. Cherry

S i d e : 入学式 Don't think I'II forgetthis day. / ネコヤマ S i d e : 卒業式 恋とはサメのようなもの / 蓮むかい

3. Cherry

今日は、鮫柄学園の入学式だ。 三年の自分がわざわざ入学式にまで顔を出さねばいけなか ったのは、今日から宗介もこの学園に通うから。 入学式に出席するわけでもないのに、わざわざ来る必要も ないのでは ? と思っていたが、職員室に顔を出せと教師に言 われてしまえば、特にそれを断る理由も見つからなかった。 こんな変な時期に転校してきた自分を、きっと親友は笑う かもしれない何故、どうしてと、勘のいい彼はきっとすぐ に疑ってくるだろう。けれど、その質問に上手く答えるだけ の嘘は既に考えてきてある。嘘をついてでも、宗介はこの夢 に縋るしか、自分の存在を確かめる方法がなかったのだ。 大切な夢を無理やり剥ぎ取られ、抜け殻となってしまった 自分がやっと見つけた希望のかけら。 ほんの一瞬でも、叶わなくても、縋ってみたいと思ってし まった。縋るしか、もう何も手元に残っていなかった。 自然と俯いてしまっていた顔。ふと目を凝らすと、足元に 散らばる無数の白い花びらに気が付いた。 穏やかな風に釣られて視線を上げた先には、目の前を覆い つくすほどのピンク色の景色。 至るところに植えられた桜の木が、ピンク色の花を満開に 咲かせて風に揺れている。一つ一つの花びらは白に見えるの 、たくさん集まるとこんなにも鮮やかなピンク色になのか と、そんな当たり前のことに、純粋に目を見開かせた。 思えば、東京でのニ年間、こんなにきちんと桜の木を見る ことはなかった。通っていた学校の校内には桜の木は植えら れていなかったし、毎日部活と自主練で忙しく、寮に住んで いた宗介は滅多なことでは校舎の外へ出なかった。 だからだろうかとても長い間、桜を見てこなかったかの ように久しぶりに感じる 眩しいくらいのピンク色の景色に囲まれると、一一年前、一 人でこの地を離れ、夢を真っ直ぐ見つめていた時の自分が目 の奥に蘇った。後ろなんか振り向けない不器用で真っ直ぐな 自分は、なんて眩しいのだろうか 今度は、わざと桜から目を逸らすように顔を俯かせる。桜 の中に囲まれて、重くなっていた足はどんどん鉛のように固 く、動かなくなっていく。 早くこんなところから離れて、家に戻ってしまいたい。や つばり、一人でこんなところまで来るんじゃなかったと、宗 介は重いため息をまだ冷たい風の中に吐き出した。

4. Cherry

「俺はあんたなんかフラられればいいと思ってるーこ 「はあ ! ? 」 「そしたら、俺にもチャンスがあったのにーこ フラれる ? チャンス ? 何の話だ ? すっかり反撃する機を逃して絶句した宗介を、百太郎が睨 む。その目に涙が浮かんでいて、ぎよっとした。泣いてる ? 「お、おい、御子柴 : : : 」 「俺はずっと、山崎先輩のことが好きだった」 「でもあんたは凛先輩のことばっかりだからー・だからさっ さとフラれちゃってほしかったんですよーこ 予想外に継ぐ、予想外。これはどういう展開だ ? 「お前、なに言って : : : 」 「だけどもう、 しいっすー・山崎先輩のアホー・バカー・早く卒 業しろーこ 「ちょっと待て : : : つ、おいー・」 咄嗟の制止も聞かず、談話室から百太郎が飛び出してい がらんとした室内に一人残され、宗介。 卒業式当日、晴天なり。 人気のない裏庭で、花壇の縁に腰掛けて、宗介はぼんやり 景色を眺める。 ここ数日の好天と暖かな陽気で、桜の花がほころびかけて いる。入学式までもつだろうか。去年、自分の人生を変えた 出会いの季節。今年も桜が咲いていたらいいけど。 うーんと伸びをして、空を見あげる。淡々と流れていく、 静かな午後。 百太郎とのあの一件からニ日。一度も顔をあわせてない それまでは毎日どこからともなく現れて、告白しろって迫っ てきてたから、このニ日間はいやに静かに感じられた。 先ほど堅苦しい式は終わった。感動の担任挨拶もつつがな く終了。同級生たちはみんな思い思いの場所でしきりに記念 撮影したがって、だけど、あいにく自分には、この学校にそ : うそだろ」 一」んな展開、うそだよな ?

5. Cherry

その子供のような無邪気な背中を見ていると、宗介も入学 式だとか、学校だとか、水泳だとか、考えるのが面倒くさく なってしまう 今だけでも、忘れてもいいのかもしれない。目の前の少年 のせいにして、宗介はゆっくりと砂浜に腰を下ろした。 もう四月とはいえ、まだまだ冬の寒さを残す気温で海に入 れば風邪をひいてしまうのではないだろうか ? そう注意してやろうかと思ったのだが、本当の大のように 打ち寄せる波と戯れる姿に、それは大丈夫なのだろうなと確 信した。 何とかは風邪をひかないと、昔からよく言うから 宗介の視線に気付くと、満面の笑みを浮かべ、呼んでもい ないのに両手をぶんぶんと振ってきた。まるで、飼い犬を海 へ連れてきてやった飼い主のような気分だ。 自然と頬が緩み、小さく手を振り替えしてやると、彼はよ り嬉しそうに手を大きく振って宗介に応えた。 日の光を反射して海が光り、彼の太陽のような瞳をより輝 かせる。その太陽の瞳は彼にとても似合っていて、眩しくて 美しくて、純粋に羨ましいと思ってしまった。 これからの未来を予感させる、輝く瞳を。 きっと、一一年前の自分もこんな瞳をしていたのだろう。夢 だけを真っ直ぐ見て、その夢に手が届きかけていたあの頃の 自分。 彼を羡ましいと思ったのは、その夢の道が閉ざされて初め て、自分は水泳を取ったら何にも残らないつまらない人間な んだと気付いたから。 新しい夢も、その先も、もうあんなに瞳をキラキラさせて 見据えることなんて出来ない。夢中になることなんて、出来 ないだろう。そう思うたびに、輝く瞳が羨ましくて、そして 目が離せなくなっていた。 「なに悩んでんの ? 」 遠くで輝いていたはずの黄色い瞳が、いつの間にか宗介の 顔を覗きこむようにパチバチと瞬きを繰り返していた。目の 前いつばいに広がる強い輝きに慄くと、驚いた宗介の様子を 彼は腹を抱えてカラカラと笑った。 「びびってんの ! 」 「うるせえな・ : いちいち、顔が近いんだよ」 放っておいたらいつまでも一人で笑っていそうな彼に、真 横の砂浜をポンポンと叩いてここへ座れという仕草をした。

6. Cherry

けれど、ただでさえ大きな鍛えられた体つきと、高校生に すら最近見てもらえない大人びた顔つきの自分とを同級生だ と思うなんて、彼の頭の中はどうなっているのだろうか ? 桜の中で見つけた彼の明るい印象よりも、もっと空っぽそ うな頭の中身に、思わすまじまじと瞳の中を伺ってしまう。 そんな宗介の視線をどう捕らえたのか分からないが、彼は 下げていた眉を持ち上げ大きく頷くと、宗介の腕をおもむろ に掴み、ズンズンと歩き出した。 「よしつ ! じゃあ、俺に任せろーこ 「こいじよー、カカし : 、三、じよーぶー俺、鼻はいいカら ! 」 「 : ・鼻ってー : 大かよ、と心の中で呟く。 こんな当てずっぽうで、辿り着けるわけがない。 そう分かっていても、キラキラと瞳を輝かせて宗介の腕を 握る彼の腕を振り払うことが出来なかった。彼に引きずられ ながら勝手に前に出る足は、嘘のように軽くなっている。 満開の桜よりも、今は眩しいくらいのこの少年の背中か ら、目が離せなくなっていた。 「ひやつほーいー・海だーーこ 「 : ・うみ ? 」 何故、海 ? どうやって ? 自分達は、本校舎を探していたはずなのではなかっただろ うか ? そう問おうとするが、先ほど「任せろ」と意気込んで 宗介を引っ張って行った張本人は、元気よく海に向かって走 りだしてしまった。 宗介を置いて走り出した彼の脇から吹きぬけた風が宗介の 鼻先を擽り、冷たい春風に乗った潮の香りを吸い込むと、な ぜか首の後ろの肌がざわざわと揺れた。 この懐かしい匂いは、心が落ち着かなくなる。それは、昔 の自分を思い出してくすぐったくなるからかもしれない 「ヤバイ ! ちょーっ冷てえーこ いつの間に靴まで脱ぎ捨てていたのか、波打ち際を裸足で 走り回る姿に、小さくため息が漏れた。能天気に満面の笑み を浮かべる彼は、きっとこれから入学式だということも、自 分達が迷っていた事も、全て忘れて目の前の海で遊ぶことに 夢中になってしまったのだろう。 もう一度心の中で、犬かよと呟いた。

7. Cherry

「ここどこだよーーこ まるで、宗介の心の声を代弁するかのような声は、真後ろ か、づ 振り向いた先には、白い花吹雪の中にくつきりと浮かんだ オレンジ色。よく目をこらすと、それが同じ白い学ランを着 た少年で、明るいオレンジは髪の色なのだと気付いた。 満開の桜の中で、その少年だけがまるで綺麗な絵本から抜 け出して来たかのように浮きだって見える。前髪の隙間から 覗いた黄色い瞳は、キラキラと太陽の光を浴びて、昼間に見 る眩しい太陽の輝きそのものだった。 その眩しすぎる瞳が自分を捉えた瞬間、大きく心臓が跳ね た。自分を後ろめたく思っていたのを見透かされたような、 咎められるのではないかと思ってしまう妙な居心地の悪さ けれど、少年は大きな瞳の上に乗った眉をハの字に曲げる と、後ろ頭をポリポリと掻きながら宗介に近づいてきた。 宗介の目の前で立ち止まった少年は、近くに来ると幼い顔 に似合わず意外と身長が高いのだと気が付いた。きっと、男 子の平均的な身長よりも高いのだろうが、幼い表情とクリク リとした目が、彼の印象を幼くさせる。 「あの 5 、ちょっといいっスか ? 」 「・ : なんだよ」 申し訳なさそうに伺い見てくる瞳。何を聞きたいのか、先 ほどの独り言と態度でなんとなく予想はついてしまう。 「ここ、どこですかね ? 」 「今日初めて来たから、分からん」 予想通りの一言葉に、用意していた一言葉を口にする。 正直、初めてでなくても、こんな入り組んだ校内の構造を 覚えられる自信なんて宗介にはないのだけれど。 「なーんだ ! じゃあ、俺と同じだーこ 彼が「同じ」だと言ったのは、きっと宗介が彼と同じ入学 式に出る新入生なのだと間違われられたのだろう。急に砕け た言葉遣いと態度に、まるで彼の頭の中が透けて見えるよう に考えていることが分かった。 おろしたての大きめの固い学ラン。着慣れないのであろ う、制服に着られている着こなしと余った肩幅。 彼がこの鮫柄学園の新入生なのだということは、明らか

8. Cherry

その仕草ににつとロ角を上げると、彼は宗介の隣に大きく 音を出しながら腰を下ろす。褒めてと言わんばかりに見上げ てくる瞳は今にでも「ワン」と返事をしそうで、噴き出しそ うになるのを、唇をきつく噛んで耐えた。 笑いを堪える宗介の横で、彼は濡れた足をプラブラと振っ て乾かしはじめた。その行動一つ一つが遊びかのように、濡 れた足で凪ぐ風と遊ぶ。まるで、毛についた水滴をはらう犬 のようで、宗介はついに堪えきれず、ぶっと吹き出して笑っ てしまった。 「あ ! 何笑ってんだよー ! 」 「いや : ・悩みなさそうだなって思ってな」 「あ、ひつでー ! 俺にだって悩みくらいあるつつーのーこ 「言ってみろよ」 「うーん : ・悩みが見つからないことーこ 「なんじゃそりや」 宗介がそう = = 日っと、釣り上げていた眉毛をへにやっと曲げ てまた大きく口角を上げて笑った。 怒ったり、怒鳴ったり、驚いたり、かと思えばすぐに笑顔 になったり、彼はいちいち行動だけでなく、表情まで忙しい 又ゞ一。 「あとあと、彼女を作る暇がなくってさー ! 中学は全然モテ なかったから、高校ではゼッテーきやわいい彼女作る ! そん でもって、初キッスを夏休みまでにするーこ 握りこぶしを作って、海に高らかに声を張り上げると、 な ? と、宗介に同意を求めるように首を傾げた。 水泳のことしか考えてこなかったのだ。彼女だとか、恋愛 だとか、宗介は考えたことすらない。モテる、モテないは置 いておいてだが。 そんな宗介の心の声が伝わったのか、彼は宗介の顔をまじ まじと見ると、緩めていた頬を膨らませ始めた。 「すつりーー・彼女いるんだろーこ 「は ? いねええよ、んなもん」 「でも、モテんだろ ! 」 「ほらー ! 俺に足りないもんって、なんなんだ : ・ ? 」 「 : ・悩みじゃねえか ? 」 ガキくせえ、と小さく呟くと、一人でブップッと大人の魅 力とは ? と頭を抱えだしてしまった。 女にモテるモテないで、ここまで真剣に悩める脳みそがい っそ清々しかった。

9. Cherry

今日一日で、彼の頭の中がどんなに空っぽで、目の前のこ とに夢中になる人間なのか分かったから。 宗介がこれから水泳部に入れば、練習漬けの毎日になって しまうことは目に見えているし、彼は彼女作りを頑張ると宣 言していたのだ。 らしくもない自分をあんなに引き出しておいて、このまま 別れて、彼は彼女を作り、宗介のことも忘れてしまうのだろ う。そんなの、あまりにもずるい 子供のような嫉妬。 そして、思いっき。 今日は自分らしくいられなかった一日なのだから、最後ま で自分らしくないことをしてしまおう。 これからの行動を全て目の前の彼のせいにすると、宗介は 大股でオレンジ色の背中に近づいた。 「・ : あのさー 一一 = ロ葉と同時に振り向いた彼は、宗介の気配に振り向いたの ではない。けれど、おかげでわざわざ振り向かせる手間が省 けたなと、目を細めて彼の顔を見下ろす。 振り向いた先に宗介が立っていて、彼も驚いたように宗介 を見上げた。 大きく見開かれた瞳と目が合うと、今日何度目か分からな い頬の筋肉が緩む感触。宗介は両手を伸ばすと、手のひらで 簡単に覆ってしまえる小さな頬を包み込む ぽかんと小さく開いたロ。まぬけ面、と心の中で呟くと、 その小さな唇を自分の唇で塞いでやった。 彼の初めてのキス。 よく考えたら、宗介だって誰かとキスをするのは初めてだ った。彼の初めてを貰って、自分の初めてもあげたのだか ら、きっとこれでおあいこだ。 大きいと思っていた瞳が、より見開かれていく。頬が桜の 色からリンゴの色になるまでその様子を楽しむと、やっと固 くなった身体を開放してやった。 「 : ・つ、な、な、ななななツーこ 「良かったな、夏休みまでにキス出来て」 「は、はあああああ ! ? 」 「じゃあな」 顔を真っ赤にして固まる彼に背を向けると、宗介はゆっく りと桜の中を歩いて行った。 真っ赤になった頬と限界まで見開かれた瞳は、今日見た彼 の表情の中でも一番面白かった。

10. Cherry

鮫柄学園で過ごした時間が、この仲間たちと過ごした一瞬 一瞬がかけがえないものだった。もうニ度と戻らない、過ぎ 去った時間。 「 : : : 寂しいもんだな、卒業ってのは」 呟いた声が掠れていた。それに気づいたらしい百太郎がば っと顔を上げて。 「大丈夫っす ! 」 いつもみたいに、 にかっと笑った。 「これからは、俺と一緒にたくさん思い出つくるんでーこ 涙でぐしょぐしょの顔でそんな風に = つから、思わずふき 出した。 「何言ってんだ」 へへ、と笑う百太郎の頭を撫でる。ここから前進して行く 未来は、楽しいことばかりじゃない。辛いことが待っている のはわかってる。 だけどきっと、それも抱えていけるだろう。今はそんな気 がしてる。 「御子柴、もう泣くなって」 百太郎の頬を伝ってる涙を拭ったら、彼はちょっといたず らっぽくこっちを見上げて、「何言ってるんすか」と言っ 「泣いてるの、山崎先輩じゃないっすか」 人が一言われたくないと思っていることを、こいつは。 決まりが悪くて、顔をそらした。 「しようがねえだろ」 視線の先で、桜のっぽみが揺れている。もうすぐ春が来 宗介は泣きながら笑う。 る。 「卒業式なんだから」