魅力的な生き方 「人間は負けるとわかっていても戦わねばならぬ場合がある 私はまずこの文章のはじめに、このバイロンの言葉を置きたいと思う。それは現代の日本で ほとん は殆ど絶滅しかかっている思想であり、ここ数年のうちに完全に姿を消してしまう一言葉ではな いかと考えるからである。 「負けるとわかっている戦いは戦わぬ」 既にそういう利ロ者が次から次へと出はしめている。彼らはすべて平和主義者で、ベトナム 戦争反対は無論のこと、自己の人生の戦いさえも、戦わずにすませたいと考えている若者たち である。日本の国が侵略されたとしたらどうするか。そうだな、オレ、どうするかな、逃げる かな ? それともやるかな。どっちにしてもその時になってみないとわからないよ、などとノ ンキに答える。人間はいかに生きるべきかということを考えたことがない者の答である。 そのときになってみないとわからない それが一人前の男の答として通用すると思っている。 「だってさ、えらそうなこといっててもしそのときになって考えが変わったら困るだろ」そ れを正直な答たといって褒める者がいる。
愛がわかったころに、人は死んでいく 愛の形というものは、年を加えるに従って変化していくものだと私は思っている。 十代の頃、私は愛することより愛されたいという欲望でいつばいだっこ。 、つとはなしに少し それから二十代、三十代と年代を経て、四十代の後半にはいるまでに、し ずつ、愛されることより愛することのほうに幸福を感じるようになってきたように思う。 私は三年前に十五年あまり連れ添った夫と離婚した。 その直接の原因は、夫の事業の失敗である。その失敗の混乱を収拾するためには、私たちは 戸籍上の離婚をする必要があった。しかし、そのとき私たちは戸籍上の離婚などたいして問題 ではないという考えを持っていたので、たとえ離婚はしても私たちの夫婦としての愛情は変わ らぬという自信を持っていたのだ。 つぐな 私は夫の事業の失敗を償うために、私の身としては過大な借金を背負った。そしてその借金 きんこう を返すために働きまくっているうちに、私と夫との間にあった均衡がいっとはなしに崩れて行 って気がついた時は、形式ばかりでなく、夫婦としての愛情が変質していたのである。 それで私たちは今度は実質的にも別れた。実質的にも別れたが、私たちの間には夫婦、恋人 としての愛情ではなく、別種の愛情が生まれていることに気がついた。
あるじ 取っているのではないだろうか。昔の夫は一家の主という権威の上にアグラをかき、地震、雷、 火事の次に位して女子どもを睥睨していた。その代わりに何かことがおきたときは、妻は、 「おとうさん、たのみますよ」 と一言いえばそれでよかった。しかし今の夫婦は違う。昔のご亭主のようにいばらないかわ りに、今のご亭主は、 「おい、何とかならないか ? お前もすましてないで何とかしろよ」 という具合である。 「うちの女房は偉いんた。オレの収入の倍も取ってるんだ」 などと、女房の自尊心をあおっておき、さて自分の収入はチャッカリと小遣いに使ってしま うという寸法である。 ′」うき : とか、・女ごとキ」が : 謹厳実直とか、豪毅な精神とか、男たるものは : : とかいう考えや威 音厳が男性からなくなっていったのは、男性が男女平等の見地からそれをなくそうと努力したか のらではなくて、それがないことが彼らにとって最もらくな生き方であることに気づいたためで はないだろうか ? いばっているおかげで、何もかもを一人で背負って家族を養っていく苦し 音 本 い人生よりま、 。いばらないで女に助けてもらった方がトクなのである。低姿勢、恐妻、悲しき 男 。、。ハなどと自らいっている男に限って、そういう隠れミノのかげに隠れて、おおいにしたいこ 7 とをしているようである。 元来、男性は女性よりも強いエゴイズムを持っているものである。なぜなら社会の中で生き
さが凝縮されているように私は思う。 一見ノンビリした喧嘩のようだが、二人は緊張し真剣に率直に喧嘩に勝つべく考えを巡らせ、 その問答をかわしている。そこに大阪人のユーモアが生まれるのだ。 東京のある女子高校に若い女の先生がいた。彼女はある年の夏休みを利用して、整形美容医 院で鼻と眼を整形した結果、見違えるような美人になった。見違えるような美人になったとた んに彼女はそれまで履いていたズックの靴をやめ、背ノビをしているようなハイヒールにびつ たり腰にはりついたタイトスカートを穿いて踊るように歩くようになった。踊るように歩く、 というのは履き馴れぬハイヒールを履いて気取って歩くと踊るような歩き方になるのである。 そうしてある時、彼女はあまり気どりすぎて学校の階段の上から下まで転げ落ちた。そのヘ んにいた生徒が驚いて駈け寄った。上から下まで転落したのであるから、普通ならばうーんと ノビてしまうところである。しかし彼女はすっくと立ち上がった。そうして向こうへ飛んだハ イヒールを履き、心配そうに見守っている女生徒に向かって一一一一口、 「たれにもいわないでね , と優しくいって何ともなかったようにその場を去って行った。 しかし翌日から数日の間、女先生は休校したのである。彼女は腰の打ちどころが悪くて入院 したのだ。この話の東京風であるゆえんはすっくと立って「いわないでねーの一言にある。も ろうか しこの女先生が大阪人であったなら、どてんと伸びてうーんと唸り、廊下を這いながらふり返
せること、ぬきん出ること、勝っことにあるもののようである。今日、一つの会社、一つのグ ループを見ても、その中では勢力争いがいかに多いことだろう。自分を偉いものに見せるため けんぼ、フじゅっさくうず に人を憎んたり、陥れたり、争ったり、かけひきをしたり、あの手この手と権謀術策が渦まい ている。この世界に足を踏み入れたが最後、正しさが勝利を占めるなどという考えはまるつき り通用しなくなっていく。そして正しさに目をつぶることが、一人前のおとなであるかのよう な不思議な錯覚の中に生きるようになるのである。 昔からおしゃべりで、人の悪口をいったり、ねたんたりするのは女であるとされていた。し かし、こうした男性の生態をよく注意して見ていると、必すしもそうでないことがわかるだろ しっと う。出世したい、偉くなりたいの欲望にかられているが、現実がそれに伴なわない場合の嫉妬 や恨みは、とても女のやきもちなどの比ではない。女の嫉妬は感情から出るが、男の嫉妬は本 能から出るからである。自分は有能なのだが、その有能は今のような事なかれ主義の上役には かえって理解されないのだ、とか、現代では真の有能な人間は出世できない機構になっている 本 のなどと、いろいろと熱弁をふるったり、わざと女房をアゴで使ったり、恋人にいばってみたり する傾向が出てくる。 本 男の自尊心の強さは、とても女には理解できぬほど強いものであるらしい。自分を実際以上 の 男によく見せようと宣伝したり、上役の欠点をあばき立てたりするのも、自尊心の傷を回復させ ようという無意識のあらわれなのであろう。 わが国の男性には、なんでもかんでも「仕事のため」「出世のため」といえば、どんなこと おとしい
とではない。そうしていつのまにか、多くの夫婦は、新婚当時に掲げた理想の根っこまで流し 去られてしまうのたが、根こそぎなくなってしまったということにさえ、気がっかないで惰性 で暮らして行く場合が少なくないのだ。しかし、こういったからといって、理想など持っても 無駄だ、と私はいっているのではない。理想は大いに持つべきものであるし、高ければ高いほ どよい。そうしてその理想が結婚の現実の中でもろもろの抵抗にぶつかり、砕けかかっては、 またその場所から新しく、ますます強く高い形となって伸びて行くのがよい。何度も何度も、 失望や後悔や怒りや迷いなどの洗礼を受け、それによって更によりよき形となって行くのがよ 理想の本当の形とはそういうものではないだろうか ? 夫婦は一心同体ではない。リ 男モノ二個の人格が寄って、一つの個性ある家庭を作って行くも のだと私は思う。若い女生はまずそのこと ( 夫婦は一心同体にならなくてはならないものでは ないということ ) を認識した方がよいのではないだろうか ? その認識を身につけることによ って、自分だけで掲けている理想を絶対的なもの、動かすべからざるものたと思いきめる考え かなた を捨てることだ。結婚生活で大切なことは、太陽のように彼方に掲けた輝く理想に向かって、 間高らかにラツ。ハを鳴らし、邪魔モノと戦いつつ、ひたすら猛進することではなく、夫婦が互い のに均衡をとりながら、ある時は妥協し、ある時は方向を変え、丁度、慢性の病気を克服して行 幸くように、少しずつ理想への足もとを踏み固めて行くことたと思う。 、 0
と思っていたからなのでしよう。 女は男にとってあるとき強者になることを、その肉体のなかに伝えられた女の血によって漠 にじ ぜん 然と知っています。それは男がまるで神から受けた罰のように、血が滲むような欲望をもって 女を欲するときです。そのとき男は弱者になり女は男の勝利者となるのです。しかしその後、 冫。し力ないのです。 男が欲するものを手に入れたときはもう女は安閑と勝利に酔っているわけこよ、 女はそれを本能的に知っています。飽食したライオンは、もう弱者ではなく、さらに新しい肉 を求めてうろうろしはじめるのです。女という受身の存在は、その受身の悲しさゆえに残酷と いう武器を神から授かったのかもしれません。 男女の愛を歴史に見て、女は愛される存在でした。女が愛する者は、本質的にいうといつも 自分自身ひとりではないかという気がします。女は男からの愛を通して自分を愛します。また 男への愛を通して自分を愛します。それゆえ彼女はたえずその愛をためさずにはいられません。 わざと機嫌の悪い表情をしたり、うるさそうな顔をしたり、黙って答えないでいたり、あるい は他の男にむをかれているふり、笑いながらの抱擁の拒絶 : = : そうして男を虐め苦しめてた めした後、ようやく彼女は安心し、けろりと無邪気さや優しさをとりもどします。男はその起 まわ 伏の激しい女のやり口に引き廻され、絶望したり歓喜したりでくたくたになり、ああ、女とい うものはわからぬ ! と嘆いたりすることになるのです。女にとっての愛の喜びには、愛の輝 かしさに酔うことばかりではなく、もっとひそかな陰微な喜びがあります。それは自分を愛し ている者が、その愛ゆえに苦しんでいることに対する喜びなのです。それは彼女がその相手を
こんないき方もある で非常ベルを押していたのである。 私は彼女のためにいろんな迷惑をこうむった。あるとぎ彼女は失恋し、その痛手を忘れるた めに電気ショックをかけ、私から一万円を借りていたことを忘れてしまった。借金のほうは忘 れて失恋の痛みたけが残ったのである。 しかし、私たちの友盾は、そういうことのためにいっそう長く強く持続してきたといえると 思う。私は彼女のいつも垣根を取っ払ったような正直さが好きなのである。 友清というものは、相手のために身を削ることによって、深まるものだと私は思っている。 こぎれいな一一一一口葉やスマートなっき合いの中では、本当の友清というものは育たないのではない だろうか。理解というものは腹を立てたり立てさせたりしながら深まるものだ。″身を削る〃 ことの大切さは、友清においてばかりでなく、恋愛でも結婚生活でも、人生を生きるうえで一 番大切なことだと私は考えている。
ちょう、ら′、 「さしもの美人も凋落の影ありねー と観察細かく、かって全盛を誇りし美人の凋落に安心の様子と見たはヒガ目か。あれほどの 美人でさえ、ああなるのだから、自分たちがこうなるのは当たり前たという心かもしれない。 中に人のいい女性がいて、皆に若い若いといわれているうちに、すっかりその気になって、 ミニスカートをはいてはりきっている。 「ねえ、あたしミニスカート似合う ? 似合わない ? 正直にいってよ というが、そういう場合、率直に感想をいう婦人はわが国には百人に一人か二百人に一人く らいしかいないから、彼女の耳には、 「とってもよく似合うわ、うらやましいわねえ、若くて」 のお世辞しかはいらぬことになり、ミニスカートは超ミニとなって、道行く人の目を蔽わし むる。幸か不幸か人間は自分の後ろ姿を見られないというさだめにあるので、四十女のミニス れ 哀カート、 ハイヒールの歩き姿がどんなに忍びよる老いをあらわしているか、知ることが出来な 女いのである。 銘自分が今、女としての、どのへんの位置に存在しているか、それを正しく認識するのが女の たしなみというものであろう。若すぎてもいけないし、老けすぎてもいけない。 妻 ある中年婦人がこんなことをいった。 「あたしももう五十ですもの、もうダメ ところが彼女は本当は四十八歳で、二歳もよけいにサ。ハを読んでいたのである。 おお
私はハッチャンが飴玉をくれると、彼の見ている前でそれを他の子にやってしまったりしま した。みんなの先頭に立って、 「イロハのハッチャン、 ハッたろかア」 とはやし立てたりもしました。ハッたろか、というのは関西弁で殴ってやろうか、というこ とで、初太郎という名前にかけているのです。また私は ( ッチャンが私のために悪戯っ子とわ たり合い、簡単につき転がされるのを見ては、わざと笑いこけたりしました。その他、私はハ ッチャンに対していろんな残酷なことをしたのです。 けれども私はハッチャンが嫌いだったわけではありません。いや正直にいうと、私には、ツ チャンをいとおしむような気持があったといえるでしよう。私が彼に残酷だったのは、彼が汚 けんか なかったせいでも喧嘩に弱かったせいでもありません。彼が私を好きたったからなのです。 彼は私に献身し、私がいくら意地悪をしてもへこたれずに私のために尽くそうとしたからで す。もしハッチャンが私に無関心であったなら、彼は私からそんな意地悪をされすにすんだに ちがいありません。 男にとって女が神秘的に見えるのは、あるいは女のなかにこうした悪魔的な残酷性が潜んで いるからではないでしようか。 男にとっておそらく、この女の意地悪ほど不可解で始末に負えないものはなく、それゆえ、 女を魅力的で神秘だと誤解してしまうのかもしれません。ニイチェは女の残酷さについて、 「女と男の間の喧嘩のあとでは、男は相手に苦痛を与えたという思いに苦しむが、女が苦し いじめ