編集部 - みる会図書館


検索対象: こんな暮らし方もある
134件見つかりました。

1. こんな暮らし方もある

なぜ叱れない また別の編集長はある時、事務の女の子に作家の名簿を書かせた。書き上がったのを見 しっせき ると、幾つか名前を間違えて書いている。それで女の子を呼んで叱責した。 おぼ 「君、我々の商売にとって作家は大切な人なんだ。その名前くらいぎちんと憶えていなけ ればダメだよ」 すると彼女はムスッとつっ立っていった。 「私は商売じゃありません ! 編集長はその言葉の意味を考えた。考えた末にこういう解釈をした。 「つまり彼女は事務の女の子なんで、編集部じゃないから、だから商売じゃありませんと いったんですな」 編集部員なら作家の名前を憶えるのは大切な仕事のひとつである。しかし事務員にとっ てはそれは仕事ではない たず 私は編集長に訊ねた。 「それであなたはなんておっしやったの ? 」 「何をかいわんやですよ。顔面紅潮したまま沈黙に閉じ籠りました」 こも

2. こんな暮らし方もある

は男の強敵になりつつある、というような趣旨である。 その号が発売されて間もなく、その「机の上で靴を磨く女子社員のいる出版社」では、 この戯文が話題になった。何社のなにがしと明記したわけではないが、皆、ピンときた。 ひんしゆく それくらい〃靴を磨く女子社員〃のことは社内で顰蹙されていたのだ。 そこで、私にその愚痴をこぼした編集長から、早速電話がかかってきた。 「書きましたね。例の : 「ああ、あれ ? ごめんなさい。でもどこの社のことかわからないだろうと思ったのよ 「わかりますよ、みんな知ってることですから。・ほくはあちこちでいわれました」 「ご迷惑でしたわね。ごめん、ごめん」 しいんです」 編集長は半分迷惑そうな、半分弾んだ声を出した。 「今日も部長と廊下で会いましたら、君、佐藤さんが彼女のこと書いてたね、といわれま のしてね」 楸「社の恥だといって叱られた ? 」 「いや、ちがうんです」 編集長はいっこ。 「部長がいうんですよ。君、何とかしてあれを彼女に読ませることは出来ないかね ? 」 しか

3. こんな暮らし方もある

角川源義 角川文庫発刊に際して 第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文 化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した。 西洋近代文化の摂取にとって、明治以後八十年の歳月は決して短かすぎたとは言えない。にもかかわらず、近 代文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに私たちは失敗して 来た。そしてこれは、各層への文化の普及滲透を任務とする出版人の責任でもあった。 一九四五年以来、私たちは再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを余儀なくされた。これは大きな不 幸ではあるが、反面、これまでの混沌・未熟・歪曲の中にあった我が国の文化に秩序と確たる基礎を齎らすた めには絶好の機会でもある。角川書店は、このような祖国の文化的危機にあたり、微力をも顧みず再建の礎石 たるべぎ抱負と決意とをもって出発したが、ここに創立以来の念願を果すべく角川文庫を発刊する。これまで 刊行されたあらゆる全集叢書文庫類の長所と短所とを検討し、古今東西の不朽の典籍を、良心的編集のもとに、 廉価に、そして書架にふさわしい美本として、多くのひとびとに提供しようとする。しかし私たちは徒らに百 科全書的な知識のジレッタントを作ることを目的とせず、あくまで祖国の文化に秩序と再建への道を示し、こ の文庫を角川書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、学芸と教養との殿堂として大成せんこと を期したい。多くの読書子の愛情ある忠言と支持とによって、この希望と抱負とを完遂せしめられんことを願 一九四九年五月三日

4. こんな暮らし方もある

「どうして叱らないんですか。上司として叱ったり教えたりすべきじゃないの ? それを しないで、こんなところへ来て愚痴をこぼしていても仕方がないわ」 こた 「いや、しかしねえ : : : そういいますがねえ : : : 叱っても応えんのですよ。己れの無力を 知らされるだけでしてね : : : 」 後日、同じ編集部のべテラン女性が来た時にその話が出た。べテラン女史はこともなげ 「ああ、彼女は有名なんです。用を頼むと必ずいうの。それは私の仕事じゃありません、 そして女史は薄く笑っていった。 「ちょっとした美人なんですよ ! 彼女」 だから男性は何もいわないのだという意味が彼女の薄笑いには含まれている。無力、意 気地なしになったのではなく、美人だからいえないのか。だとしたら、その方がよっぽど のよろしい。少なくとも合点がいく。 の 男 しか

5. こんな暮らし方もある

「どういうことなの ? 感しないってこと ? 」 「そうなのかしら : : : そのへんがよくわかんないらしいのよ」 新人類の母親に問題あり そうして彼女は更に夫なる人のこういう愚痴話を話してくれた。ある校了間際の、モー レツに忙しい時、新人類の取材原稿に間違いがあることがわかった。新人類は前夜、遅く その原稿を書いて自宅へ帰り、その日は午後出勤することになっている。しかし午後の出 勤では間に合わない事態になっているので副編集長は新人類の自宅へ電話をかけた。電話 口に出て来た新人類の母親に新人類を起こしてくれというと、彼女はいった。 来「息子は昨夜、遅くまで仕事をしたのでまだ寝ています。どんなことがあっても起こすな 9 といわれているんですけど : : : 」 人副編集長は怒髪天を突いたが、髪が逆立っただけで何もいわず、しかし憤怒のほどを示 てすために、力いつばいガチャン ! と電話を切った。そうして、原稿の間違いは自分で直 し と怒鳴るのは旧人類相手のことで そしたという。怒髪天を突いて、「すぐに出てこいツー あって、新人類が相手では、沈黙に閉じこもるのだそうだ。 「ふーん、自分で直したの」

6. こんな暮らし方もある

192 相手が知らなければ浮気をしてもいし 避妊 迷惑をかけなければ何をしてもいし み′」も しそこなって、つい恋人の子を身籠ってしまったが、黙っていさえすれば夫は我が子と思 って可愛がって育て、一家は平和だからそれでいいー かしやく それがあんたたち世代のいい分なのだ。夫を裏切っているという呵責はどうなるの。 「呵責なんて : : : 豊かで平和だったら、消えて行くわよ : : : 」 こういう世代が、今や新人類が現われたといって驚いている。 あき 「わからないわねえ、もう呆れてモノがいえないわ」 と怒っている。私たち化石類は笑うべきか、憤るべきか分からない。 何をいってもへこたれない新人類 ところで、彼女の夫なる人は、彼女より七歳年上、読物雑誌の副編集長で、旧人類の代 表的人物である。会社から帰ってくると毎日のように新人類の愚痴をこ・ほす。ある日もこ ういうことがあった。原稿の入りが遅れている作家を社の応接室にカンヅメにして、徹夜 で原稿を上げてもらうことになった。その時、担当の編集者である新人類は、カンヅメ作 家の夕食としてクリーム。ハンとポテトチップスと缶コーヒーを届けたのだという。

7. こんな暮らし方もある

148 柄にもなくファーストクラスで 赤恥をかいた話を、という編集部の依頼だが、よく考えてみると、沢山ありそうでいて や、ないのではなく、他人にはまさしく赤恥 「これそ赤恥」と言えるようなのはない。い と思えるであろうことも、私には赤恥をかいたという認識がないので、従って思い当たる ことがないのである。つまり私はそれほど楽天家 ( あるいは鈍感 ) であるということなの 。ころう しかしながら、「あツ、しまった ! 」と思うようなことはいつばいある。その程度のこ となら、週に二度や三度は必ずある。つい昨日も、既に何回か会っている青山さんという 女性を「田中さん」と呼んで数時間、会話を交わしていた。別れ際にその人、少しモジモ ジして、 「先生、私、あの、田中じゃありません。青山ですー これそ赤恥 ひと

8. こんな暮らし方もある

優しすぎて別れられない どうしたらいいか、それについて書けと 恋人と別れたいのにどうしても別れられない、 いうご注文である。どうしても別れられないということは、別れたいという気持ちがそれ 、、、舌は簡単だ、 ほど決定的でないということになるだろうから、それなら別れなければし と私のような直情径行の人間は思う。 せつかち しかし世の中には、そういう性急な人間ばかりいるわけではなく、どちらかといえば、 ししたいこともいえず、ただ思い惑っている人たちが少なくないとい 女ああ思いこう思い 楸うことで、編集部はそういう人たちのために役に立ちたいのだそうだ。 、。、ツバッと別れて来た人間には、こういう 男しかし私のように「これはダメ」と思うと テーマはふさわしくないのである。どだい、「別れたいのにどうしても別れられない」と いうそのキモチがようわからんのた。それがわからぬ者に、どうして適切なアドバイスが れ る 資 格

9. こんな暮らし方もある

某大出版社のさる編集部の長が憤然として、うちの女の子で、自分の履いている靴を机 の上で拭くのがいるんです、という。上司である彼はその光景を見て、ギョッとして言葉 ようや を失った。漸く気をとり直して、 「君、何をしてるんだ」 とい一つと、 「靴を拭いてるんです。朝、磨いて来なかったから」 という答えが返って来て、彼は絶句した。靴を机の上で拭くのはやめなさいとはいえな っこ 0 , 刀ュ / 「なぜいえないんです ? 」 私が訊くと、 「いやもう : : とにかく意表を突かれまして : : : 気が滅入ったんですー ということである。見る目が辛い、何でもいいから早くやめてほしい。仕事の合間にチ のラチラ見ると、悠然とまだやっている。一日中、憂鬱でした、と彼はいった。己れの無力 がつくづく情けなかったそうである。 の 男 ゅううつ

10. こんな暮らし方もある

179 他人の空似 おむつがどうして出来たのか、それについて考察せよという編集部からの命令だが、ど うして出来たのかといわれても、排泄器官がご承知のような場所についているから、自殀 に思いっかれたものであろう、としか答えられない。なにもとりたてていうほどの大問題 ではないのである。 たとえば、なぜメガネは耳にかけるかといわれても、たまたま目の横の方に耳があった からでしよう、というしかないのと同じである。 びりよう メガネは初めの頃は、鼻梁の両側で止める鼻メガネ、あるいはコメカミのあたりを締め がんか つけるようにして固定するもの、眼窩に嵌め込む片メガネなどがあったらしいが、それそ 方 し れ、それなりの不自由があったにちがいなく、ある日、誰かが耳の存在に気がついて、そ 暮れに引っかけることを考えついたのであろう。 の 私「そうだ、耳があった ! 」 うれ と気がついた人は、その時、どんなに嬉しかったであろうか。 おむつはメガネのように固定する必要がない。赤ん坊はおおむね、上を向いたままじっ はいせつ