世間 - みる会図書館


検索対象: グラフィック版 好色五人女
55件見つかりました。

1. グラフィック版 好色五人女

右うどん粉を臼でひく粉屋中魚屋と八百 屋一般の町家では食事に飯は炊増はする が質の悪い加賀米を用いおかすにも粗末な 汁と鰯の一汁ー菜というのが普通だった月 やきもの の内三日だけを式日として膾や焼物をつけた ノ . / イ すので、三つ四つ年を隠しても、三十前後の女と見定め、 しつげん なんとしても器量のよいのに惹かれて祝言しましたが、 予想よりも、年寄り染みたところがみえるので、ほかで 事情を知っている人にたすねますと、 いま三十六になる 娘がある、十七のときの子なのだから、今年五十二か三 か、という人がございました。なんとも大へんなさばの 読み方としだいに鼻について、横目で様子をうかがって いると、毎日の仕事のように白髪をこっそり抜いている 手つきが我慢できす、それまでの出費をあきらめ、家か ら出しました。 それから後、公家の邸に勤めていた女ということで、 姿かたちは申し分なく、心もやさしく、 誰に 9 もな風に入、ら うれ れそうな女かいました。これは嬉しいことで、末長くと おもって添ってみたところ、なんとも世間のことに疎く、 すりばち かねてんびん 銀天秤の目が読めないのは仕方がないとして、摺鉢を伏 せてあるのを富士山をかたどった焼物かと眺め、落ちた 、カり 釣瓶を引き上げる金具を小舟の碇かと不思議そうに見る ごごうます 始末、まして五合枡などは知りません。これでは、 い世帯の台所は委せられないので、別れることは悲しく ひま 惜しかったのですが、この女にも暇をやりました。 からすま その後また、鳥丸に、自分の住居のはかに家賃七十匁 すっとれる家屋敷をもっている後家のところに、世話す いんきょ 、りむ・一 はかに隠居の祖父祖母ば る人があって人婿しましたが、 かりか妹の姪など寄宿人が八、九人もいました。これだ やっかい けでも厄介なのに、家についた借金が銀二十三貫目もあ 一生かかっても片付くことはあるまいとおもい の家もすこし損をして、出て帰ってきました。 つるべ 102

2. グラフィック版 好色五人女

足袋 たび しよせん くろかみ んだ方がましだった。所詮生きながらえても、天は見逃 う黒髪を切って出家となり、二人わかれわかれに住んで、 ぶつどう してくれはしまい」 邪まな心を捨てて仏道に入れば、世間の人も命をたすけ と、脇差を取って立上るのを、おさんは押とどめて、 てくれるであろう」 「それは短慮です。いろいろ考えもありますから、夜が と、ありがたい夢のおげを聞いたが、 たちの 明けたらここを立退きましよう。万事わたしに委せてく 「一打く末はど、つなろ、つと、かまってくださるな。こっち もんじゅ はこれが好きなんで命がけの浮気心なんだ。文珠さまは たさい」 ーゅうげん しりばさっ と、気持を落着け、その夜はこころよく祝言の盃を取 師利菩薩というからには、男色の道だけにご理解があっ かわし、 て、女色のほうは一向にご存知ないのでしようよ」 はしだて と答えたとたんに、厭な夢が醒めて、天の橋立の松に 「わたしは世の人の嫌がるひのえうまですよ」 ゼたろう と、おさんが言えば、是太郎はそれを聞いて、 風が鳴っていた。 ちり 「たとえひのえ猫でも、ひのえ狼でも、そんなことはか 「風が吹けば塵のように飛んでしまう、はかない世の中 まやしない。おれは青トカゲを好物にしてよく食うが なのだから」 死なない体だよ。今二十八になるまで、かるい腹いたさ と、やはり不義の恋はやまらなかった。 カんけん え一度も起ったことがない。茂右衛門さんもこの頑健な ところは、ちっとは見習、つと 〔〔な。この女房は育身の上の立聞き ちで、へなへなしているのが気に入らないが、親類だか カまん それが具合の悪い事だということは自分でもよく分っ ら仕方がない、我慢して貰ってやる」 ばくち ひざま , ら ているので、博奕を打って負けても黙っており、女郎買 と、おさんの膝枕で、悠々と寝そべった。かなしいう いをして金を蜷き上げられても間抜けではないような顔 ちにもおかしくなって、是太郎が寝入るのを待ち兼ねて、 けんか たんば をしているものである。喧嘩好きの男は、負けた分だけ ここを逃げ出し、丹波のもっと奥に身を隠した。 - も・フ は隠し、品物を買置いて儲けをたくらむ商人は、損をつ しだいに日が経「て、後路に入り、九世戸寺ので さんろう つみ隠し、これらは皆闇がりの大の糞、人の知らぬ失敗 堂に参籠してうたた寝をしていると、夜半あらたかな霊 む は知らぬ顔をするものである。中でも、浮気性の素人女 夢があった。 を妻にしている男の身が不義をされるほど、隠すに隠さ 「おまえたちは、世にまたとない不義をして、どこまで れす、情ないものはない。 逃げてもその苦難からは逃れることができないのである 「おさんも死んでしまったのだから仕方がない」と、死 ぞ。しかし、それはもう改めようのない過去の行状であ んだという知らせのとおりに世間にも言い、長い年月の る。今後、俗人の姿でいることはやめて、惜しいとおも わきざし たんりよ ぜたろう やはん あま

3. グラフィック版 好色五人女

いち・のじよう まつやま ちくぜんせんじゅ・つしゅう 卯の葉・筑前・千寿・長州・市之丞・こよし・松山・ ゅ・フじよ むろっ ざえもん 左衛門・出羽・みよし、ぜんぶ室津の遊女の名であっ じよろ・フ た。どの文面をみても、みな女郎のほうから深く恋いし たって、気持をそそぎ、命をかけ、商売上のお世辞のよ うなところはなくて、心をこめた筆つかいてある。こう なってくれれば、相手が遊女でもいとしくおもうものだ ろう。放蕩をした甲斐もあるというもの。見ただけでは 分らぬ良いところがあるのだろうか。こんなに沢山の女 せいじゃっろう なっ が打ち込んでくるとは大したもの、と、お夏は清十郎に 心を惹かれた。それからは日夜心を傾け、清十郎に魂を 奪われて抜け殼のようになり、昼見る花も夜のよう、夜 見る月が昼のようで、雪の明方の光も白くは見えす、タ 方のほととぎすの声も耳に入らす、盆も正月も分らす、 れんじよう 朦朧とした気分になってしまい、恋情は目つきや言葉の はしはしにもあらわれた。世間にない事柄でもないので、 とお夏の側 そのおもいをなんとか遂げさせてやりたい、 仕えの女たちも哀れにいたましくおもいなからも、それ れんほ ぬいもの ぞれ清十郎に恋慕してしまい、縫物をする奉公人などは 針で爪を突いた血で自分の気持を書き送ったりした。女 ひっせき 中は人に頼んで、男の筆蹟で手紙をつくって清十郎の袂 かみじよ・ 3 う に投げ込み、上女中は運ばなくてもよい茶を店のほうに 持って行き、乳母は坊ちゃまのことにかこつけて近寄り 子供を清十郎に抱かせて、その膝に小便を垂れさせ、 しいとおもいます。わ 「あなたもそのうち子供を持っと、 きれい たしも綺麗な子供を産んでから、ここに乳母にきました くまーと のよ。相手の男は働きがないので、いまは肥後の熊本に りえん 行って奉公しているとかいう話です。別れるときに離縁 づか てわ

4. グラフィック版 好色五人女

もうじゃ おにばば りで亡者の着物を剥ぐという鬼婆も、これを見たならば うんざりするだろうし、高麗橋筋の古着屋もあまりの数 が多さに値段が付けられないだろう。それらの品物は蔵 うきょぐら に詰め込んで、「浮世蔵」と扉に書き記しておいた。 「この馬鹿者めが、こんなに品物を蓄めこんで、値上り かんどう するのを待ってでもいるのか。そのうち勘当される羽目 になるたろ、つに」 と、蔵を見る人はそう言って歎いているか、やめられ みながわ じよろう ないのは色の道である。今度は、皆川という女郎と馴染 みになり、すっかり打ち込んでしま ) し非難の声や世間 うわさ の噂などなんともおもわない。月夜にちょうちんをあか だだら あかとともすような駄々羅あそびをつづけ、昼間から座 たいこもち 定敷を閉め切って、昼のない国にして、小ざかしい幇間を ひょうしイ」 沢山集め、夜の気分を出すために、夜番の拍子木をたた 、」うもり ばばあ くよう かせ、蝙蝠の鳴きまねをさせる。やりて婆に供養の茶の わんぶつ ・角接待をさせ、節をつけて念仏を上げ、まだ死んでもいな い男衆の久五郎のためにということで、仏前の棚をつく くもっ よ、つじ おがら しようリよう って供物をそなえ、苧殼のかわりに楊枝を燃やして聖霊 送りの火にしたりした。このように、夜にすることはや り尽くして、今度は世界地図にある裸島の真似をしよう と、店中のこらす裸に剥き、無理矢理着物を脱がせられ た女郎たちは、肌の見えるのを第しらった。その中で、 よしさき こしばわ 吉崎という囲女郎か長いあいだ隠してきた腰骨のあたり なまず べんざいてん の白なますを見付けると、鯰は弁才天のお使いだ、これ は生きながらの弁天様だ、と拝みはしめたものまで出る きようざ と、ふっと興醒めた気分になった。そうなると、いろい ろ厭なことが眼につきはしめ、しだいに座が白けて、遊 さつまはん じようやど - に カこい べんてん はだかじま しら

5. グラフィック版 好色五人女

がれす、身の置所もなく、今月今日うき世の別れ」 よだみ と、腮身離さすお守りとして持っていた一寸八分の如 くろカみはし 飛像に、黒髪の端を切り添え、茂右衛門は差し馴れた和 ↓・、、りよ・つ ずみのかみ てつ おおわきざしあかね 泉守兼定作の一尺七寸の大脇差、赤銅の車に巻龍の鉄 鍔のものを、二人の持物であることが分るように跡に残 そ・フり せった し、上着・女草履・男雪駄の窺にいたるまで気を配って、 みずぎわ 水際の柳の下に置き捨てた。そしてこの浜の漁師で、習 練を積んで高い岩から飛込み水にくぐるのを見世物にし ている男を二人、ひそかに傭い、一部始紅を才日 気軽に引受けてくれ、夜ふけがくるのを待った。 しおり みじたく おさんも茂右衛門も身仕度して、借りている家の枝折 戸を明けておき、召使いの皆々をゆすり起して、「考え , す、まさいご ることがあって、只今最期を遂げるぞ」と馳け出で、嶮 わんぶつ しい岩の上から念仏の声がかすかに聞えてきたとおもう と、二人一緒に身を投げて水音がひびいた。 皆々泣き騒ぐうちに、茂右衛門はおさんを肩に掛けて、 山のを押し分け鬱蒼とした杉林の中に潜りこみ、一方 なみ 泳ぎ達者の二人の男は浪の下をくぐり、遠く離れた浜へ 召使いの者たちは、手を打ち合わせて二人の身投げを 歎き、浜の人たちに頼んでさまざま探したが見付からす、 かたみ そのうち夜も明けてしまったので、涙ながらに形見の品 品を取り集めた。京都に帰り、この事を語れば、家の人 よよ 人は世間を崋かって、外へ洩らさぬよう内々で相談をま とめたが、耳さといのは世間の連中である。この噂がた ちまち拡がって、世間話の種にいつまでも噂が消えない のも、それも仕方がない心得違いをした身の上である。 たっしゃ やと

6. グラフィック版 好色五人女

00 っ 0 00 ・ 00 好色五人女万の文反古 世間胸算用西鶴置上産 吉行浮之介 好色五人女 川、 かむろ 迎えにきた禿を従えて廓に向かう伊達男若侍と禿作者不詳 だておとこ

7. グラフィック版 好色五人女

はいっているかもしれない に対する恨みがある。 をかけない、そんな遊びかたをする。 暉峻心意気があるというのはたったひとつで 暉峻部分的に、数を合わせるために。『文反 吉行なるはどしゃれているとは思うけれども、 ばうふりむしどうぜん 古』のなかにも二つか三つは、これはとても西鶴ね。「人には棒振虫同前に思われ」あれだけですそれは仲間うちの遊びでしよ。世間一般の金持に しゃないと思うのがありますよ。だから全部が全よ。 対しては、西鶴はこのやろうというところがある。 吉行あれにしても、西鶴の意地悪さみたいな 部傑作であるはすがない。それはそうです。現代 やつばり金持のことを書くと十分ではないですよ。 の作家だって、短編を十五か二十書いても、自分ものが、どこかにちょっと、ばくは感しられます西鶴は。 ね。そこら辺がまた複雑になっていておもしろい。 暉峻『永代蔵』のあと、だんだん「胸算用』 で全部これは傑作だとは田 5 ってないでしよう。 暉峻西鶴自身がそういう金持の遊びはできな や『置土産』のような庶民的なものを書くと、こ 吉行もちろんそうですし、短い間に書くのは かったということでしようね。人のはつぶさに見れがいきいきしてくるんだね。 とてもムリですね。 『置土産』の序文に、「世界の嘘かたまって、 やつばり西鶴がちょっと助けてもらいたい気持ているけども。 びゅう はわかるね。 、金持の遊び方を見ていますと、紀 ひとつの美遊となれり」とある。世界の嘘がひと 吉行ただ 国屋文左衛門にしても、吉原を借り切って、初が つにかたまって、粋という美しい遊びとなった、 暉峻わかるわかる、まあひとつやふたつはい しい言葉ですね。音楽だって絵だって、みんなそ つおを全部買い占めて、猫に食わしたあげく、自 いだろう位で。 うですよ。音楽なんて嘘でかためて、あんな音が 分がちょっと食って。ああいう遊びはどうも感心 金持を描くのは西鶴 しない われわれは 世の中にあるわけないんだ。つくらなけりや。 もう少し粋なものがほしい。 の縄張りではない 吉行女郎も嘘でかためて。 粋なことのアイディアはあるんだけれども、金が 暉峻ええ、ええ。 ない。お互いさま ( 笑い ) 。 吉行『日本永代蔵』という作品がありますが、 吉行太夫位になると。 暉峻上方の町人のはうが遊び方はしゃれてい いかに金をもうけて出世するかということ、これ 女郎 音楽をつくったり。 暉峻絵を描いたり、 る。たとえば遊び仲間が島原に集まって、ひとりが はあまり西鶴の縄張りしゃないみたいですね。だ まで含めて「世界の嘘かたまって、ひとつの美遊 から『置土産』も、たとえば昔金を持っていた人あしたおれの家で珍しいものをごちそうするとい ししなあ 、つ。ごちそ、つになるは、つはちくしよ、つってわけ。 となれり」、ああ、 間が零落しても、なお昔の心意気があるというふ うに書いていますけれども、どこかに西鶴の金持おれたちにとって珍しい食いものなんてあるわけ 何だろう、あ、わかった。あしたは北国 たな から初鮭の荷物が京都の錦小路の店に来る。そい ーみ引い つは大津を通ってくるはすだ。それつ / というん で、小判を持たせた使いをやって大津で初鮭を押 年 双恥 , い " 咽の↓ー えちゃう。ごちそ、つするといったほ、つは、錦の初 天 鮭を買い占めて一匹だけを膳にのせるはすだった。 いレ小いト小 さあそこで仲間がその家に遊びに行く。 の 飯になる。ちょうどその時間に買い占めた鮭を魚 男 屋に「鮭はいらんか」と、ふれ売りさせる ( 笑い ) 代 主人は尻尾を巻いて、梅干しとお茶漬を出した。 色 好 そういうのはしゃれていますよ。そのものにお金 物イ ~ ョ 0 ーを 吉野太夫の墓 ( 京都・贋が峰常照寺 ) よしのだゆう みわし一 1 〔よ 1 し 159

8. グラフィック版 好色五人女

「金銀も持ち過ぎると迷惑①」おまんの恋 に源五兵衛は「男色女色のへだてはなきも げんぞく の」と簡単に男色を捨て還俗しておまんと暮 すようになる人目を忍びつつ暮すうち次第 だいどう に窮して大道で物まね狂言をするまでに至る げん の初め頃、鹿児島に戻ってきた。昔の知人の世話で、町 はすれにみすばらしい葺きの小屋を借りて、人目を忍 んで暮している。これといって世を渡るてだてもなく、 源五兵衛が親の住居へ行って見ると、人手に渡って住む りようがえや てんびん 人もかわり、両替屋をしていた頃の天秤の針口をたたく のきば にぎやかな音も聞えてこない。今では軒端に味噌の看板 など掛かっている様子を、残念におもいながら眺めて通 り過ぎた。自分のことを知らぬ男に呼びすがり、 えもん 「このあたりに住んでおられた潦五右衛門という人は」 と訊ねると、その人は町の人々の言い伝えを話してく 、イみ ゅうふく 「はしめは裕福に暮していた人だったが、 その子供に源 五兵衛というものがありまして、この土地で並ぶものの ない美男。それにまたとない色好みでして、八年のあい めちゃ だにおよそ銀千貫目も使い果し、せつかくの暮しが滅茶 めちゃ 滅茶になり、親はあさましく落ぶれ、その子供は食うに ばうず 困って坊主になったという話です。世の中には、こんな 馬鹿者もあるのですねえ。末々までの語り草に、その男 のやつの面を一目みたいとおもっています」 と言うので、その面はここにあるとおもえば恥すかし あみいさ く、編笠をふかぶかと傾けて、ようやく家に戻ってきた。 夜になっても燈火の油がなく、朝の薪も切れ、なさけな い気持である。色恋の沙汰も、ゆたかに暮しているとき のものといえる。 むつごと 同し枕におまんと頭を並べたが、睦言をかわす気持に もなれなかった。翌日になると、三月三日の雛祭りであ くさ - もち る。子供たちが草餅をくばって歩いたり、闘をやった 世間ではいろいろ遊び楽しんでいるのに、わが家の しんぜんそな さびしいこと。神前に供える盆だけはあっても、それに 載せる鰯さえない有様。桃の花を手折ってきて、酒の入 し」っ ~ 、り っていない徳利に差しておくばかりである。その日も暮 れて、四日になると、一層なさけない。 二人でその日の かて 糧を手に入れる種にしようと、都で見覚えていた芝居の ひげ ことを思い出し、急に顔を隈取り作り髭をして、恋の苦 労ゆえに身をおとした奴の物真似をはしめた。人気役者 のらしさんえもん の嵐三右衛門をそっくり真似して、「やっこの、やっこ の」と歌うけれども、腰がふらついて、「源五兵衛はど さつま こへ行く、薩摩の山 ~ 、が三文、下緒が二文、中身は やっこ いろごの さげお ひな

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おおみそか 大晦日に年に一回の風呂をたきながら 家のお祖母はらはらと落涙し去年貰った年 だまがわ 玉銀を盗られはや一周年ああ惜しやと大声 をあげられる家中の大掃除の結果鼠の仕 業とわかり無事とり返してお祖母ひと安心 財布 白くありません」 力いふん と、世間の外聞もかまわす、大声をあげてお泣きにな 耋◆っざ るので、家中の者は興醒めして、 「わたしたちが疑われるのは迷惑だ」 けつば′、 と、それぞれ身の潔白を諸神に誓った。 すす 煤はらいもおおよそ終って、屋根裏まできれいにして むなぎ すぎはら いるとき、棟木の間から杉原産の奉書紙の一包が見付か 、んきょ った。よくよく見ると、隠居のお探しになっていた年玉 銀に間違いない 「人が盗んでいないものは、出てきますよ。それにして も、贈いめ」 というと、お祖母はなかなか納得なさらす、 とおある 「こんなに遠歩きする鼠など、見たことかなし 、。誰か亠め しわざ たまの黒いねすみの仕業とはっきりした、これからは油 断できませんよ」 と、畳を叩いてわめかれるので、医者は風呂から出て きて、 がね にんのう 「こういうことは、古代にも例かある。人皇三十七代孝 おんとき みそか やまと 徳天皇の御時、大化元年十二月晦日に、大和の国岡本の なにわなカら とよさき 都を難波長柄の豊崎にお移しになったので、大和の鼠も 一緒に引越しをしましたが、それぞれの世帯道具を運ん しょざい でいったのがおかしかった。穴の所在を分らなくしてお かみぶとん いた綿、鳶の目から隠れる紙蒲団、猫に見つからないた めの守り袋、鼬の通り路を遮る尖 0 た樶、取りの桝か 落ちてこないようにする支え、誘いの油の火を消す板ぎ てこまくら かつおぶし れ、鰹節を引いてくるための梃子枕、その他鼠の嫁入り しゅうぎ のし - び のときの熨斗鮑、ご祝儀のごまめの頭、『鼠の宮参り』と くまの いうか熊野参りに行くときの小米を入れた藁包みまで、 二日かかりの道のりをくわえて運んだことがある。まし いんきょ おもや て、隠居所と母屋とはわすかの距離、鼠が引けないこと ではありません」 と、年代記を引用して言ったけれど、とても納得なさ れない たっしゃ 「達者な言い方はなされますが、この目で見ないことに は本当にできません」 と言うので、どうにも仕方なく、ようやく一計を案じ、 なかさきみずえもん 長崎水右衛門の弟子の鼠づかいの藤兵衛を雇いにやって、 「それいまあのが、人間の言うことが分「てさまざま の芸をします。ます、若い衆にたのまれて恋の文つかい」 といえば、封をした手紙をくわえて、前うしろ見まわ 要、てに、ち ぜにいちもん し、人の袖口から手紙を入れた。また銭一文投げて、 「これで餅を買ってこい」 もち といえば、鉱を置いて餅をくわえて戻ってくる。 「どうですか、これでもう我を張るのはおやめなさい」 ふう ナ、カ とうべえ やと わら ふみ おか - ・わし、 114

10. グラフィック版 好色五人女

世間胸算用 ぜにりようがえ そろばん 0 銭両替勘定でもあわないのだろうか階下 おやじ では算盤片手に親仁が何やら首をひねってい ししルう ニ階の職人は布の刺繍におおわらわであ る る小さな両替店ではこのように兼業すると とど ころもあり扱う金額も少額に止まっていた 毎年煤払いは十二月十三日に定めていて、菩提寺の笹 作を縁起物として、月の数の十二本貰い、その葉で煤を 払ったあと、板ぶき屋根の押え竹に使い、枝のはうは束 ねて箒につくり、どこも無駄にはしない、すいぶんと物 おおみそか もちのいい人かいた。去年は十三日が忙しくて、大晦日 すす に煤払いをし、年に一度の風呂をわかしたが、五月の粽 はす ばん の殼、お盆のときの蓮の葉までもつぎつぎと蓄めて置き、 湯のわくことには違いはないと、こまかい事に気をくば って、無用の出費について人並みはすれて頭をめぐらし、 利ロぶった顔をする男があった。 いんきょ 同じ屋敷の裏に、隠居所を建てて母親が住んでおられ たか、こういう男をお産みになった母親であるから、吝 うるしぬ 嗇なことはたいへんなものだった。漆塗りの下駄の片方 を風呂の下で燃やすとき、しみしみと昔を思い出し、 「はんとにね・ この下駄はわたしか十八のときこの 家に嫁入りしたとき、長持に入れてきて、それからは雨 世間胸算用 ねずみふみ 鼠の文づかい すす なかもち おさ せけんむねさんよう すす ささ りん の日も雪の日も履いたのに歯がちびただけで五十三年に なります。わたしの生きているあいだは、この一足だけ で済まそうとおもっていたのに、惜しいことに片方を野 はんば 良大めにくわえて持って行かれ、半端になったので仕方 かない。今日けむりにしてしまうことなのです」 な、ち と、愚痴を四、五回繰返したあとで、釜の中に投げ込 み、今ひとつ、なにやら物思いの風情で、涙をはらはら とこばし、 しやっき 「まったく月日の経つのは夢のようしゃ。明日は一周忌 になるか、あれは階しいことをしました」 と、しばらく嘆きやまない。丁度、隣りの医者か風呂 に入っていたが、 がんたん 「とにかく明日は元旦という目出度い年の暮ですから、 がんじっ ところで、元日にどなたが死な 嘆くのはおやめなさい。 れたのですか」 と、尋ねると、 いくら愚かなわたしだといっても、人が死んだくらい でこんなに嘆きはしませんよ。わたしが階しがっている のは、去年の元日に妹が年始にきて、お年玉の銀一包を くれまして、すいぶんと嬉しく、神棚に上げて置いたと ころ、その夜に盗まれました。そもそも、勝手の分らな ねんし ちょうど かみだな ふ也い かね 、っそく 112