坂口 - みる会図書館


検索対象: バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)
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1. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

260 坂口は仕方なくいった。そんなことより大事なことは、二人はなぜそんなに急いで ( 円に も連絡せずに ) 出かけて行ったかということだ。 「でも : : : ねえ : : : 優しい人って、相手の気持を思いやって、つい引きずられてしまうって こと、あるじゃない ? 」 「つまり、君は加納を信頼してないってことだね ? 」 坂口は苛ら立った。 「加納はただ、君に据え膳を据えられて、そいつを食っただけなのか ? 君はそう思って る ? 」 しぎやく 思わず口調が嗜虐的になった。しかし円はそんな坂口に反発もせず、 「信じてるのに、信じられなくなる : : : くだらないと思いながら妄想にとりつかれる : : : あ あ、どうしたらいいの : : : 教えて : : : 」 「それが恋というものなんだよ ! 」 坂口は吐き出すようにいうと、思わずもたれかかって来た円を押し退けて立ち上った。身 体の底から屈辱と憤怒が湧き上って来て、じっとしていられなかった。わかった、もうやめ ろ ! 俺を何だと思っているんだ ! そう喚きたかった。坂口はそんな自分を抑えるために、 ポケットからタバコを出して銜えた。 「電話をすればいいじゃないか。もう一度」 坂口はいっこ。 くわ

2. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

「おとなしくなっちゃったね 坂口の目には揶揄するような、い とおしむような色がある。そうして中年男の自負がその 口調に滲んでいる。円はそれを知っていて、 「いや、もっとこうしていて : 坂口の離れた胸にすり寄って、顔を埋めた。 「ダメだよ。旭ちゃんが来るよ」 「来やしないわ、旭だってオトナだもの、それくらいわかるわ : : : 」 「誰だい、さっきは旭ちゃんがコーヒーを持って来たらどうする、なんていったのは : : : 」 「そういっているのにかまわずしかけた人はだあれ ? 」 無理に男を引き寄せて横にならせ、その腕の中に自分から抱き込まれていった。 「どうしたんだ、今朝は : : : 」 坂口はまんざらでもなさそうに呟きながら、腕時計にちらと目を走らせる。円の気持を鎮 めたら、ゴルフのコンべに顔を出したいと彼は考えている。円はそれに気づかないわけでは ないが、かまわず脚をからめて、 の「行かせない」 しュ / びたい ふ それは媚態ではない。今、坂口が必要だった。河合花子と修次との間に防風林として、坂 口にいてほしかった。坂口が帰ってしまった後の日曜日を、旭を相手にどうして過すか、考

3. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

「そんなこといってるとそのうちにクビになるそ。タレントは君ひとりじゃないんだから」 「わかってるわ、そんなこと。そうなれば潔く退くだけ」 「困るよ、それじゃあ、このオレはどうなる」 「また新しい人を育てればいい」 「そんな簡単なものじゃないよ。オレの気持は」 私がこの男を愛したことがあっただろうか ? 坂口と話をしていて、ふとそう思うことがある。確かなことは坂口が円を愛していること だけだ。第一、坂口の背中はアメリカ人みたいに大きすぎる。小柄な円は、骨太で筋肉の厚 い男が嫌いだ。私は一度も彼に愛を感じたことはないわ、と円は思い決める。 ただ私にとってこの人が必要だっただけ・ : 円は坂口のテニスで焼けた大きな鼻を眺め、急に笑いたくなる。 なのにこの人は、私も自分を愛していると思いこんでいるわ。 もし、円が彼に向って、「私はあなたが必要だっただけよ」といったとしても、彼は平気 でこういうだろう。 「必要は愛さ」と。 そう思うと円はまた、笑いがこみ上げてくる。そんな坂口を、円は嫌いではなかった。 円は・テレビと契約した時に、少し高かったが無理をして買った代官山のマンション

4. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

146 坂口はいっこ。 「それを取って来たのは樺山なんたけどね。しかしさっき、樺山のところへ杉田から電話が かかって来て、あの話は自分の思い違いかもしれないから、忘れてくれといって来たんだ 坂口は大きな目で円を見た。 「加納に話してみてくれないかな。どう ? 円は坂口を見返したまま、何もいわない。 かま 「知らない仲じゃなし、彼ももとは同じ釜の飯を食った人間だ」 「でも、話さないというんですよ。ね ? 円さん」 藤木がいった。 「あの男は頑固ですからね。前も頑固たったけど、やめてからもっと頑固になりましたね。 何たかしらん、えらそうなこといってましたよ。あんたたちとぼくとは考え方が違うんだな んてね : : : ひとが隠してることをほじくって、何のイミがあるとかね 「そんなこといったのか」 坂口は円を見ていったが、円は何もいわすに両手の中の番茶を見つめていた。 坂口と食事をして、円が家へ向ったのは夜の九時を過ぎていた。いつもなら、その足で坂 ロも一緒に来るところなのだが、雪の積り具合が心配で彼は自宅へ帰るといった。円もそれ

5. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

116 「簡単にいうなよ 坂口は煙草の吸殻をサイドテーブルの灰皿に押し込んで身体を起した。 「それが簡単にいくなら誰も苦労はしやせんよ」 坂口はいって、靴下やズボンを脱ぎ始めた。 「早く来いよ」 「ええ」 布団を上げて円を迎え入れながら、坂口はふと思い出したようにいった。 「そうだ、河合花子は金を持ってるらしいねえ。加納が今作りたがってるドキュメンタリー に出資してもいいっていってるらしいんだ」 銃で撃たれたように全身に衝撃が走った。 「どういうこと、それは」 「惚れてるんだろ ? デキてるのかな、って佐久間はいってたけど」 「それは加納さんが、そういったの ? 佐久間さんに」 「そうらしいよ。あんなふうに平然といわれると、却ってどういう関係なのか見当がっかな くなるっていったな」 円は黙って坂口の胸の中に入って行った。その話はもう、これ以上聞きたくない。聞かな いために、こうする。円は情熱的に坂口の唇を求めて行った。身体が熱くなって慄えている あえ しようそう のは、愛撫を待ちかねているからではなかった。円が喘ぐのは焦躁のためだった。じっとし ふる

6. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

178 「加納を攻めるんだな」 坂口は円の言葉を無視していった。坂口の鼻孔は脹らんで、広い額が光っている。いつも の「やる気」の、あの顔だ。 「直接当ったんではあの男のことだ、意地でもいわないからね、大矢に裏から調べてもらお 円は黙って立ち上った。 「どこへ行く ? 」 坂口がす早く反応した。 「ちょっと・ : : ・お手洗い : : : 」 軽くいって部屋を出た。このままこの席にいたら、坂口に向って何かいってはならぬこと を口走りそうだった。 警鐘を鳴らす ? 何を屁理屈こねているのよ。指弾じゃないの ? 教育と生活は結び つくものだって ? 親が子供に尊敬されないで、どうして教育が出来るか、たってワ : 理屈なんてものはどうにでもいえるのだ。正論を吐くこともたやすい。言葉の上なら何た っていえるのた。円は坂口に向っていってやりたいと思う。 それで、あなたはどうなの ? 中学生と小学生のあなたの子供。その子たちの教育を 考えて、生活を清らかに正しく保ってるというの ? あなたのしていることはせいぜい、子 供を有名私立学校へ入れて、自分の勝手な時に高級レストランへ連れて行ったり、正月をハ

7. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

返事を待たずにドアーが細目に開いた。 「どうかね ? ご機嫌は ? 」 坂口の声を聞くなり、慌てて引っかぶった毛布から目だけ覗かせて、 「ご機嫌 ? 悪いわー 「まだ悪いのか。困ったねえ」 坂口は不遠慮に部屋に入ってくると、勢いよく窓のカーテンを引いた。 びより 「いい天気だよ、ほら : : : 絶好のゴルフ日和だ」 「じゃあ、行けば、ゴルフに」 つつけんどんにいっこ。 「ところが行けない : 「どうして ? 」 「しなくちゃならんことが出来たからさ」 「なあに ? 」 坂口はべッドに近づいて来て、円の顔に唇を寄せた。 の「ご機嫌をとり結ばなくちゃならないからね」 坂口は拒もうとする円を押えつけて無理やりキスした。 ふ 「何を怒ってるの ? 」 べッドに乗りかかってあやすようにいっこ。

8. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

「よう」 といって入って来ると、坂口はダイニングのテーブルの上に無造作にオレンジの袋を置き、 ぶさた 「ご無沙汰しました」 とわざと真面目な顔を作って一礼した。 「何いってるの、今日も昨日も一昨小も、もう飽き飽きするほど、顔を見てるわ、お互い 円はにこりともせずにいい、部屋着のポケットに両手を入れて、つっ立ったまま坂口を眺 めた。 「君が飽き飽きしてるのは、プロデーサーの坂口チャンの顔だろ。今見てるのはご無沙汰 乱してる方の、坂口庸介だ」 坂口は声を聞いてキッチンから出て来た旭に上着を渡し、ネクタイをゆるめながら、 混 「こわいね、今夜のお姉ちゃんは」 と話しかけた。 混乱 おとと

9. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

「ダメってことはないだろう : : : 」 坂口の大きなゴルフ焼けした赤い顔が迫って来て、有無をいわさず円の唇を捉えた。かっ し弓しまかがっしりと円の顔を挟んでいた。坂口は円 ては頼もしく思った労働者のように太、虫、旨、、 に乗りかかり、まるで渇えた動物が水を飲もうとするように円の唇をむさ・ほった。その大き な重い身体は身動きも出来ないくらいに円を押えつけている。それが円を怒りでいつばいに ピクともしない。嫌悪感がこみ上げて来た。これ した。力をこめて撥ね退けようとしたが、、 が坂口だと思うとたまらなかった。こんな形で女を征服して満足するのか ! 野蛮人。そう 罵ってやりたかった。 「最低だわ、最低だわ ! 恥知らず ! ケダモノ ! 」 漸く唇が自由になったのでたてつづけに叫んだ。坂口は左手で円の片腕をさし上げた形に 押えつけ、右手で円の着ていた部屋着とその下のネグリジェを押しはだけた。彼は無言のま ま、全身で円の抵抗を押えつけ、ネグリジェの裾から手をさし入れて来たが、突然手を止め ると円のむき出しの胸の上に頭を落して来た。そのままじっと動かない。やがて円の乳房の 上に熱く濡れるものが流れて来た。それは坂口の自嘲の涙だったのか、怒りの涙だったのか、 乱円にはわからない。その涙の中に籠っている坂口との歳月が、やさしく円の嫌悪感を消して 行った。 ののし じちょう

10. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

248 円は遮った。 「坂口さんに恩義はあるわ。でも、愛していない ! 」 「愛していないなんて ! そんなこと、どうしていえるのよ ! 」 旭は叫ぶようにいっこ。 「愛していない人と : : : お姉ちゃんはどうして愛人関係になったの ? 「彼が私を求めたからよ ! 」 「それだけ ? 」 旭は追及の眼を円に据えた。 「じゃあ名前を売るために坂口さんを利用したってこと ? そのために愛人になったってこ と ? ・ つも受身の旭が急に変ったことにとまどいを覚えながらい 円はすぐには答えられない。い っこ 0 「坂口さんを嫌いじゃなかったわ。彼なりに魅力的だった : : : 」 というように円を凝視している。 旭は少しのごま化しも許さない、 「あの頃の私は、愛するということがどういうことか知らなかったのよ。愛について考えた ことなんかなかったのよ。魅力的だと感じることと愛するってこととはぜんぜん違う。その ことがこの頃、わかったの : : : 」 「坂口さんを愛してなかったの ?