少年 - みる会図書館


検索対象: バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)
78件見つかりました。

1. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

139 少年 修次が答えないので重ねて円はいった。 「なぜですの ? な。せ加納さんはお会いになれたの ? 」 「ほ ~ 、は : 修次はロごもって視線を円から外し、 「ほくは、ちょっと知ってるからです」 「お知り合いでしたの ? 」 「ええ、まあ・・ : : 少し」 「では、今、奥さんにお会いになったのね ? 」 「会いました」 観念したように修次は答えた。 「どんなふうでしたか ? 奥さんは 「そりゃあ当然、心配してますよ」 「郁也くんからの連絡は ? 」 「ありません : : : 」 修次は最小限の一一一一口葉数で答えようとしている。彼がそんな答え方をしているのは、円 との間に頑な一線を置こうとしているためか、それとも郁也の問題に触れまいとしているた めか、円は思い惑った。 「加納さんは何か知っていらっしやるのね ? 」

2. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

104 めればいし そう思えば気がらくになるだろ ? 」 すると少年は地面に目を向けたまま答えた。 「高校へは行かなきゃならないんだ」 「けど、勉強は嫌いなんだろ ? 」 「嫌いだけど : : : 行かなきゃなんないんだよ 「お母さんがそういうからかい ? みんなが行くからかい ? それに対して少年はこういっこ。 「だって大学を出なくちゃ、社会の落ちこ・ほれになるんだろ ? そうでしょ ? 」 少年は目を上げ、答を待つように修次を見つめた。その切長の目は学歴のない者は社会の 落ちこ・ほれになるというのは本当なのかと熱心に問うていた。 「大学を出てないからって、社会の落ちこ・ほれになるとは限らないよ、本人の努力次第だよ しナカ思い出すといやアな あまりにおざなりに過ぎると思いながら、とりあえすそう、つこ。 : 後味が蘇ってくる。だって学歴社会なんでしよ、といった少年の縋るような声が耳の底に残 わだかま っている。少年の不安に何も答えてやれなかったことが、胸に蟠っている。少年のために 告発したいが、何を告発すればいいのかわからない。 誰が少年を絶望させたのか ? 少年にそんな思い込みをさせたのは何者なんた ? 親 か、教師か、友達か。そのみんなた。

3. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

ことは、やはり悪い気持ではなかった。少くとも坂口は努力をしている。その努力は愛情の あか 証しであるといえなくはない。しかも何の責任もないことに八ッ当りを喰って : 窓から射し込む朝日が、乗りかかって来た坂口の広い額とテニスで焼けた太い鼻柱を照ら まなざ している。円を見下ろす坂口の目差しに真剣味が加わったのは、彼の中に欲望が漲って来た ためだ。 「本気なの ? ダメよ。朝つからなんて」 円はいっこ。 「旭がコーヒーをいれてるわ」 坂口は答えず、円の胸に顔を寄せて来た。テクニックで女を懐柔するつもりでいて、彼は いっか欲望に押されているーー円はいっこ。 「旭がコーヒーを持ってきたらどうするの : : : 」 坂口は円の胸から顔を上げ、無考えな少年のようにいった。 「じゃあ、ドアーをロックしよう 「そんなこと、出来るわけないじゃないの。急にロックされたドアーを見て、旭は何て思 のう ? それともいっそ、使用中とでも札を出す ? 」 円はクスクス笑った。 ふ 私は決して男の肉体に引きずられはしないわ : : : 引きずるのよ、私は ! でもあなた は、私を引きずれると思ってるのね。女を服従させるのは、ペニスの力だと思ってる。そう みなぎ

4. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

102 ったか、確か冬のはじめ、バス停裏のコドモ公園の昼前の日溜りの中で、遊動円木に尻を乗 せていたあの少年ではなかったか、と思いはじめていたのだ。修次が散歩がてら煙草を買い にバス通りまで出た帰りだった。コドモ公園をはすに突っ切ると近道になる。その時、遊動 円木の柱に引っかけた通学鞄が修次の目に入ったのだった。 「中学生かい、君 ? 」 ふと修次は話しかける気になった。少年は小柄で色が白く、スカートを穿けばすぐに女の もろ きやしやこぎれい 子に見えてしまうほどに華奢で小綺麗で、見るからに脆そうな危うい印象を与えたからたっ 「うん」 少年はちらっと修次を見た目を地面に向け、不服そうに肯いた。 「学校、サポったのかい ? 」 返事を待たず、軽い調子を心がけていった。 「学校、嫌いかい ? こ 「うん」 少年は修次の方を見ようとしないで返事をした。 「勉強も嫌いか ? 」 「うん」 修次は煙草を一本抜き取ってゆっくり火をつけ、 かばん

5. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

105 ライバル だがそのみんなも、何かによってそう思い込まされたのだ。その思いこみの突破口を見つ けなければならないと修次は考える。 「ーーー分析ならいくらでも出来るんだ : みかんむ 思索の中にもぐっている時の癖で、修次は声に出していった。民枝は黙って蜜柑を剥きな がらテレビを見ている。彼女は夫の独り言に馴れていて、その独り言が始まった時は返事を してはならないことを承知している。 公園の少年と歩道橋の少年が同一人物であったかどうかはよくわからない。同じ少年だっ たような気がすることもあるし、そう思わない時もある。しかし修次の中では、それはひと つになっていて、なにかじっとしてはいられない思いをゆさぶるのである。 その時、民枝がふと呟いた。 「矢部円って、きれいだわねん こんなにきれいな人だったかしら : : : 」 誘われてテレビに目をやると、丁度、円のアップが押し出されて来たところだった。それ は正月向けの他愛のない。ハ ラエティ番組で、円は白く光る和服を着て、髪に白い花をつけて いる 「前と変ったわねえ、この人、そう思わない ? 修次がテレビに目を向けたのを見て、民枝は同意を求めた。 「どこがどう変ったかっていうとうまくいえないんだけど : : : どこか変ったわ」 民枝はいった。 つぶや

6. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

103 ライ / くル 「そうか」 といってから、煙を吐いた。 「困ったな」 といった。すると思いがけなく少年は、それに対して、 「うん と大きく肯いた。その肯き方には修次との会話を交すことをいやがっている様子はなかっ たので、修次は、 「中学何年だ ? 」 とつづけた。 「二年か : : : 」 修次はいった。 「じゃあ、もう半分きたわけじゃないか。あと一年とちょっとだろ。がんばっちまえよ。一 年なんてすぐだそー 「けど、高校がある : : : 」 少年はそういい、何もわかっちゃいないんだなというように修次をチラと見た。 「高校か : : : しかし高校は義務教育じゃないんだから、無理に行くこともないんじゃないか。 先のことは考えずに、ともかく、中学校だけは行った方がいいよ。勉強がいやなら高校はや

7. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

101 ライバル 「そんなことしゃありませんよ。あなたはスターなんだ」 「それがどうかして ? 」 「スターはスターとしての存在に責任を持たなくちゃならないんです。あなたは、誇高い女 でいなくちゃいけないんです 「男を愛して、泣いたりしてはいけない ? 自嘲するように円はいっこ。 ・ : 自分 「その通りです。その男がスターにふさわしい男ならいいですよ。何の取柄もない : では頑固さだけが唯一の取柄だと思っているような、落ちこぼれの、そんな男に目をくれて はいけないんですー 「わかったわ」 暫く沈黙していた後で円は声を落した。 「あなたは頭がいいわ。人を傷つけるのがいやな、とても優しい方たわ : : : けれども、その 優しさで相手を抉ることもあるのよ」 そして唐突に電話は切れた。 元日の夜、修次は炬燵で少年のことを考えていた。 環状七号線の歩道橋の上から、下を走る車に向って玉子を投げていたあの少年は、いつだ じちょう こたっ

8. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

妥協するように、修次はいった。 「しかし単純すぎますよ。思春期の少年の心理を、そんなに簡単に決めては間違うんじゃな いかなあ : : : 呼びかけたって無駄ですよ」 「無駄か無駄でないか、してみなければわからないでしようーー」 「もしもですよ、もしも、郁也が母親に反発していたとしたら、どうなりますか ? もし母 親の顔なんかみたくもないという気持でいるとしたら : : : その母親がテレビで、自分に向っ て呼びかける : : : それを見て心が動かされるか、ますます母親がイヤになるか : : : 少年の心 をただ図式的に、アタマからこうと決めてかかるのは危険です。こういうことは真重にやら ないと : : : 」 円は気がついた。 「郁也はお母さんを憎んでいるんですね ! 期末試験から逃げるために家を出たんじゃなく て、お母さんがイヤで家を出たというのは、やつばり本当なんですね ? 」 「誰がそんなことをいってるんです ? 」 修次はギョッとしたように目を光らせた。 年「郁也のお母さんには愛人がいる。それが担任の先生だという噂を聞いています : : : 」 修次は眉をひそめた顔を円に向けたまま、考えを纏めようとするように目を凝らしている。 少 「どこでそんなことを」 暫くして気落ちしたようにいオ っこ 0 うわさ

9. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

「ある非行少年の記録ーー・何が彼をそうさせたか ? : : : 何が悪い、親か、学校か、学歴社会 か : : : 君、もう古いよ そういうと立ち上った。 「すまん、これから出かけんならんのや」 そして佐久間はまだ十分に聞いていない修次の企画を結論づけた。 「その話はあかんな。まず乗ってくるスポンサーはおらんで」 佐久間が出かけてしまったので、修次は河合花子との待合せの場所へ行った。そして河合 花子と食事をしながら、佐久間に聞かせるつもりだった少年の話のつづきをした。 「その時、・ほくは思ったんです。彼は流れる車に玉子を投げていた。な。せか ? それで・ほく はある中学教師に訊いてみました。すると教師はこういいましたよ。学校か家庭か何らかの 抑圧から出たんでしようね : : : 実に簡単にね。別の女の先生は、オー ト。ハイか車が欲しかっ たんじゃありませんか、それを買ってもらえないからじゃないかって。疾走して行く車の、 その自由が羨ましかったんだろうといった学者もいる。おとなはわかったふうにあれやこれ やと欲求不満の形を並べ立てるんだけれど、本当のところは何もわからない。何もわからな いんですよ : : : しかし今のような情報化時代では、みんなが中途半端な知識と分析力を持っ ているものだから、ああだこうだと批評ばかりが飛び交って、本当は何もわからないんたと いうことを忘れてしまってる。わかっていないのにわかったような気持になっている : 花子はナイフとフォークを持った手を止めて、喰い入るように修次の顔を見つめ、尊敬す うらや

10. バラの木にバラの花咲く (集英社文庫)

224 「ええ、そうしましよう : : : 」 そういい合ってから十数日経っている。毎日、局で顔を合せるが、事務的なこと以外はお 互いに何もいわない。坂口は円を抱きたいという欲望と、拒絶に遭うのを怖れる気持との狭 あんたん 間で暗澹としていた。 児玉数子の死んだ日から遅い桜が咲く頃まで、どこのテレビ局も児玉家の問題で明け暮れ た。坂口が指摘した通り、児玉家には現代社会が抱えている多くの問題が集約されているの である。 教育問題、夫婦問題、既婚者の恋愛問題、女の性と母性ーー。それこそ重箱の隅をほじく るといった格好で、児玉家は徹底的に解剖され、批評された。 妻や子供に対して冷淡だった父児玉博道が非難され、上級生に放火の罪を被せられたまま 沈黙して耐えていた少年郁也は、今は犯罪者から一躍健気な少年になった。彼がなぜ沈黙し ていたかについて、心理学者や教育評論家が論評をくり返した。 「現代の子供は戦前の子供とは違った形で、おとなの犠牲者であると思います」 と評論家がいえば、評論家は、 「人間として未成熟なままに親になった親が多い。未成熟なままに教育熱心になるから子供 は迷惑する」 などという。そういう論評のすべてが、郁也に同情していながら郁也を傷つけていること に誰も気づかないのだった。 はざ