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検索対象: 世界の大思想15 スミス 国富論<下>
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1. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

規制するのであって、その貨幣価格は、改良のそれぞれの時まえよりいい耕作をすることはできないであろうし、地主 は、まえよりいい生活をすることはできないであろう。 期において、穀物のそれにたいして一定の比率をもつにちが しない。ただ、この比率は、さまざまな時期におうじてさま 鉱山の豊度のけつかであり、商業的世界の大部分にわたっ ざまである。たとえば、それは、牧草と乾草の、食肉の、馬てひとしく、あるいはきわめてそれにちかく、作用する、銀 および馬の生活資料の、したがって陸上輸送の、すなわちその価値の低下は、どの個別国にとっても、ほとんどなんの重 の国の内陸商業の大部分の、貨幣価格を規制するのである。 要性ももたないことがらである。そのけつかとしての、すべ 土地の粗生産物のうちの、他のすべての部分の貨幣価格をての貨幣価格の上昇は、それをうけとる人々を、〔まえより〕 ( 八 ) 規制することによって、それは、すべての製造業の原料の貨幣ほんとうに富裕にするのではないが、かれらをほんとうに貧 乏にするのではない。ひとそろいの銀食器は、ほんとうにや 価格を規制する。労働の貨幣価格を規制することによって、 すくなり、他のすべてのものは、正確にまえと同一の実質価 それは製造業の技術と勤労の貨幣価格を規制する。そして、 双方を規制することによって、完成した製造品の貨幣価格を値のままなのである。 規制する。労働の貨幣価格および土地と労働のどちらかの生 しかし、ある特定の国の特有の状況あるいは政治制度のけ 産物であるすべてのものの貨幣価格は、必然的に、穀物の貨つかであるために、その国にしかおこらない、銀の価値の低 幣価格と比例して、上昇または下落するにちがいない。 下は、たいへんおおきな重要性をもっことがらであって、そ したがって、奨励金のけつかとして、農業者はかれの穀物れは、だれかをほんとうにまえより富裕にするどころか、す を、一ブッシェル三シリング六ペンスでうるかわりに、四シ べての人をほんとうにまえより貧乏にする傾向をもつ。この リングでうることができるようになり、かれの地主にたいし ばあいにその国に特有なものである、あらゆる商品の貨幣価 て、かれの生産物の貨幣価格のこの上昇に比例した貨幣地代格の上昇は、そのなかでいとなまれるあらゆる種類の勤労 を、支はらうことができるようになるにしても、それでも、 を、おおかれすくなかれさまたげ、そして諸外国民が、その もし穀物価格のこの上昇のけつかとして、四シリングが、他国自身の職人たちがひきかえに財貨を提供しうる銀の量より ( 九 ) のどんな種類の財貨でも、まえに三シリング六。〈ンスが購買も、少量の銀とひきかえに、ほとんどすべての種類の財貨を したであろうよりもおおくを、購買しないであろうとすれ供給することによって、外国市場においてだけでなく、国内 ば、この変化によって、農業者の境遇も地主のそれも、最少市場においてさえも、かれらよりもやすくうることを可能に の程度においてさえ、改善されはしないだろう。農業者は、 する。 ( 一 0 )

2. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

ひきおこした。それは、、 しすれにおいても穀物商人の事業を業者がかれらの財貨を、そうでないばあいにえられるであろ うよりもいくらかいい価格で、うることを可能にするばあ 増大させたのであって、凶作の年には、かれが一層おおきな 量を輸入できるようにしたばかりではなく、それを一層いし 、あなたは、それらの財貨の名目価格だけでなく実質価格 価格で、したがって、もしある年の豊富が他の年の欠乏をすをも、ひきあげるのである。あなたは、それらの財貨を、 〔そうでないばあいよりも〕おおきな量の労働と生活資料にひ くうのを、おおかれすくなかれさまたげられていなかったな らば、かれがもうけることができたであろうよりも、おおき としいものとするのであり、それらの製造業者の名目的な利 な利潤をもって、うることができるようにした。わたくし 潤だけでなく、実質的な利潤、実質的な富および収入を増大 は、それだから、この群の人々のなかに、奨励金の継続また させるのであり、かれらが自分たちの生活をよくすることで は更新にたいする最大の執心を、みてきたのである。 も、それらの特定の製造業において使用する労働の量をおお われわれの地方郷士たちが外国の穀物の輸入に、まずますきくすることでも、可能にするのである。あなたはじっさい に、それらの製造業を奨励するのであり、それらにむかって の豊富さのときには禁止にひとしくなる高関税をかけたと き、およびかれらが奨励金を設置したとき、かれらはわれわその国の勤労を、おそらくそれが自発的にいくであろうより もおおく、ふりむけるのである。しかし、同様な制度によっ れの製造業者の行動を、まねたようにおもわれる。一方の制 度によってかれらは、国内市場の独占を自分たちに確保し、 てあなたが、穀物の名目価格つまり貨幣価格をひきあげるば 他方の制度によってかれらは、市場がかれらの商品によってあいには、あなたはその実質価値をひきあげるのではない。 かりにも供給過剰になるのを、防止しようと努力した。両者あなたは、われわれの農業者と地方郷士の、どちらの実質的 な富、実質的な収入をも、増大させるのではない。あなた によってかれらは、われわれの製造業者が同様な制度によっ は、穀物の育成を奨励するのではない。なぜならばあなた て、おおくのちがった種類の製造品の実質価値をひきあげた は、かれらがそれを栽培するのにもっとおおくの労働者を維 のと、おなじゃりかたでそれ〔かれらの商品〕の実質価値を、 ひきあげようと努力した。おそらくかれらは、自然が穀物と持し使用することを、可能にするのではないからである。も 他のほとんどあらゆる種類の財貨とのあいだに樹立しておい のごとの本質は、穀物に、人間の制度がかえることのできな た、おおきくしかも本質的なちがいに、注意しなかったので い実質価値を、刻印しておいた。どんな輸出奨励金も、どん あろう。あなたが国内市場の独占によってであれ、輸出奨励な国内市場独占も、それをひきあげることはできない。もっ 金によってであれ、われわれの毛織物または亜麻織物の製造とも自由な竸争も、それをひきさげることはできない。世界

3. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

うどおかれるであろう状態において、奨励金がひきあげうる しめそうとっとめた。だがこのできごとは、それがわたくし の信じるとおりに事実であると想定して、奨励金にもかかわよりも、やすくすることができるだろう、というのである。 わたくしはこたえる。このことは、もし奨励金の効果が らずおこったにちがいなく、奨励金のけつかとしておこった 穀物の実質価格をひきあげゑすなわち、農業者がそれのひ ものではとうていありえない。 としい量をもっておおくの数の労働者を、かれの近隣地方に すでにのべられたのであるが、豊年には、奨励金は、異常 な輸出をひきおこすことによ 0 て必然的に、国内市場におけおいて他の労働者が維持されているのとおなじように、気前 よく、あるいは穏当に、あるいはまずしく、いずれにせよ維 る穀物価格を、それが自然に下落するであろうよりも、たか くしておく。そうすることが、この制度の公言された目的で持することを、可能にするのであれば、事実であるかもしれ あ「た。凶年には奨励金はしばしば停止されるとはいえ、そない。だが、奨励金も他のどんな人間的制度も、そういう効 れでも奨励金が豊作にひきおこすおおきな輸出が、ある年の果をなにももちえないことは、明白である。穀物の実質価格 ではなくて名目価格だけが、奨励金によって、とにかく影響 豊富をもって他の年の欠乏をすくうことを、おおかれすくな をうけることがありうるのである。 かれさまたげることが、しばしばあるにちがいない。したが 奨励金のほんとうの効果は、穀物の実質価値をひきあげる って、豊年にも凶年にもともに、奨励金は必然的に、穀物の よりも、銀の実質価値を低下させること、すなわち、それの 一」貨幣価格を、国内市場において、それがないばあいにそうな ひとしい量が、穀物だけでなく他のすべての商品の、まえより るであろうよりも、いくらかたかくひきあげる傾向がある。 一耕作のじっさいの状態において、奨励金が必然的にこの傾すくない量と交換されるようにすることである。穀物の貨幣 ( 七 ) 諸向をもつにちがいないということは、道理のわかる人物なら価格は、他のすべての商品のそれを、規制するからである。 それは労働の貨幣価格を規倒するのであって、後者はつね 学ばだれでも、反論しないであろうとわたくしはおもう。しか し、おおくの人がつぎのように考えてきた。すなわち、奨励に、労働者がかれおよびかれの家族を維持するのに十分な穀 政金は、農業者にたいして、それがないばあいにかれが耕作の物の量を、購買することができるようにするほどのものでな この維持のしかたは、その社会の前進的、静 篇じっさいの状態から期待しうるであろうよりも、いい価格をければならない。 第保証することによって、耕作を奨励する傾向があり、そし止的または衰退的な状況が、かれの使用者たちを強制するに したがって、気前よく、穏当に、あるいはと。ほしいのである。 て、そのけつかとしての穀物の増大は、何年ものながい期間 それは、土地の粗生産物の他のあらゆる部分の貨幣価格を にはその価格をひきさげて、その期間のおわりに耕作がちょ ( ニ ) ( 五 )

4. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

あろう。したが「て、かれらの実質的な富、かれらの実質的につき十六シリングの関税を課せられ、その価格が四ポンド な収入は、それが現在よりすくない量の銀によ「て表現されをこえないときはいつでも、八シリングの関税を課せられた。 これらふたつの価格のうちの前者は、過去一世紀以上にわた ることがありうるにしても、現在と同一であろう。そしてか って、ひじようにおおきな欠乏のときにしか、生じなかった れらは、現在やっているのとおなじだけの穀物を耕作するこ し、後者は、わたくしのしるかぎり、まったく生じなかった。 とが、できなくなるのではなく、そうしないようにしむけら れるのでもないであろう。反対に、穀物の貨幣価格の低下のそれでもなお、小麦がこのあとの価格をこえて上昇するまで は、それはこの条例によって、ひじようにたかい関税を課せ けつかとしての、銀の実質価値の上昇が、他のすべての商品 られたのだし、前者をこえて上昇するまでは、禁止にひとし ( 三五 ) の貨幣価格をいくらかひくめるから、それは、それが生じた い関税を課せられた。他の種の穀類の輸入は、これに比例し 国の産業に、あらゆる外国市場において、ある有利さをあた え、そのことによって、この産業を奨励し増大させる傾向をてたかい税によって抑制された。 欠乏の年において、この条例のきびしい実施が人民にたい もつ。だが、穀物にたいする国内市場のひろさは、それが栽 してもたらしたかもしれない困窮は、おそらくひじようにお 培される国の一般産業に、すなわち、穀物と交拠にあたえる べき、なにかほかのものを生産する人々、したが 0 てなにかおきなものであ「ただろう。しかしそういうばあいには、一 て ほかのものをもつ人々、あるいは、おなじことになるが、な般に、外国穀物の輸入をかぎられた期間だけ許可した臨時条 っ 例によって、それの実施は停止された。これらの臨時条例が にかほかのものの価格をもつ人々の、数に比例するにちがい 体ない。ところがどこの国でも、国内市場は、穀物にたいする必要であ「たことが、この一般条例の不適当さを、十分に証 も「ともちかくも「とも便利な市場であるように、同様にし明するのである。 学 輸入にたいするこれらの抑制は、奨励金の設置に先行する て最大で最重要な市場なのである。だから、穀物の平均貨幣 とはいえ、のちにその規制を制定させたのと、同一の精神に 治価格の低下のけつかである、銀の実質価値の上昇は、穀物に より、同一の原理によって、さしすされたものであった。こ たいする最大で最重要な市場を拡大し、それによって穀物の れらまたはその他の輸入抑制は、それら自体でいかに有害で 門栽培を、阻止するどころか奨励するのである。 第 チャールズ二世第二二年の法律一三号によ 0 て、小麦の輸あるにしても、その規制のけ「かとして必要にな「たのであ る。もし、小麦が一クオーター四十八シリングよりやすし 入は、国内市場における価格が一クオーターあたり五十一二シ か、あまりそれよりたかくないばあいに、無税かあるいは少 リング四ペンスをこえないときにはいつでも、一クオーター

5. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

するように、奨励するためにあたえられるのであって、そのわち、穀物輸出奨励金がはじめてもうけられて以来、十分ひ かえ目に評価された輸出穀物の価格は、きわめてたかく評価 商業では、売りあげよりも費用がおおきいと想定され、あら された輸入穀物の価格を、その期間中に支はらわれた全奨励 ゆる経営活動がそれに使用された資本の一部をくいつぶし、 もし他のすべての商業がそれに類似するならば、まもなくこ金の額よりもはるかにおおきな金額だけ、超過したというこ の国には資本がのこらなくなるであろうような、性質のものとである。これは、重商的体系の真実の諸原理にもとづいて、 この強制された穀物貿易がその国民にとって有利であること である。 の明白な証拠だと、かれは想像する。輸出の価値が、輸人の 奨励金のおかげでいとなまれる貿易は、とにかくかなりの 期間にわたって両国民のあいだで、それらの一方がつねにき価値を、それを輸出させるために公共がついやした特別な費 まって損をするであろうようなやりかた、すなわちその財貨用の全体よりも、ず「とおおきな金額だけ、超過したからで を市場におくるのにじっさいにかかったよりも、やすくうるある。かれは、この特別な費用すなわち奨励金が、社会が穀 物輸出にじっさいにかけた費用の、最少の部分であることを であろうようなやりかたで、いとなまれうる貿易だけだとい うことに、注意すべきである。しかし、もし奨励金が商人に考察しない。農業者がそれを栽培するために使用した資本 たいして、それがないばあいにかれが自分の財貨の価格につも、おなじように計算にいれられなければならない。その穀 いて損したであろうものを、つぐなわないならば、かれ自身物が外国市場でうられたときの価格が、奨励金だけでなく、 この資本を、資財の通常の利潤をともなって回収するのでな の利害関心がまもなくかれにせまって、べつのやりかたでか れの資財を使用させるか、あるいは、財貨の価格がかれにたければ、その社会はその差だけ損をするのであり、すなわち いして、それらを市場におくるのに使用される資本を、通常国民の資財はそれだけ減少させられるのである。しかしなが の利潤をともなって回収するであろうような、ある貿易をみら、奨励金の交付が必要だと考えられてきた理由はまさに、 つけさせるであろう。奨励金の効果は、重商的体系の他のあその価格がいまいったことをするにたりないという想定なの である。 らゆる方策の効果と同様に、一国の貿易を、それが自発的に 穀物の平均価格は、その奨励金がもうけられていらい、か 自然にながれるであろうよりもすっと有利でない水路に、お なり下落したといわれてきた。穀物の平均価格が、前世紀の しこむことができるだけである。 穀物貿易についての諸論文の、独創的で事情によくつうじおわりちかくにいくらか下落しはじめ、現世紀のはじめの六 た著者は、つぎのことをきわめてあきらかにしめした。すな十四年の経過中にそうしつづけたことを、すでにわたくしは ・レーーい ナショナル・ストック

6. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

四 (ll) 〔「追加と訂正」では、この文章の「だけが」を削除、 「とにかくーのかわりに「いくらかでもとるにたりるていど」を いれている。〕 五 (ll) 〔「追加と訂正」で、このあとに次の文章がつづく。〕そ して、その制度が人民の全体に課する税は、それを支はらう人々 にとっては、たい へん重荷であるだろうが、それをうけとる人々 にとっては、ほとんどなんの利益にもならないのである。 六七 ( 一 l) 国産商品。 ^ ( 一 (l) ほとんどすべての。 九 (lll) 国産の財貨。 = ( 一 (l) おおいに。 一 = (lll) 〔「追加と訂正ーでは、このあとに次の文章がくわえら れる。〕外国商品の購買にさいして、穀物価格のこの上昇は、か れらにあるちいさな利点をあたえるかもしれない。国産商品の購 買にさいしては、それはかれらにまったくなにもあたえることが できない。そして、農業者の費用のほとんど全部と、地主のそれ でさえ圧倒的大部分とは、国産商品にたいするものである。 一三 ( 一五 ) 実質価格よりもむしろ名目価格を。 一四 ( 一五 ) なにもとるにたりるほどの。 ( 一五 ) まったく重要な ( とるにたりる ) 。 一六 ( 一五 ) 国産商品。 ( 一五 ) ほとんど名目上、想像上のものをこえないであろう。 天 ( 一五 ) 木質的な。 一九 ( 一六 ) その貨幣価格をかえるたけでは、かえることのできな 一一 0 ( 一六 ) その価値。 三 ( 一七 ) かれらは人民の全体にきわめておおきな税を課した。 い実質価値。 トンあたり奨励金。 ニ四 ( 一 0 〔「じっさいの生産の状態において」が削除され、「と想 定されうるであろう」がつけくわえられる。〕 = 五 ( 一 0 ということが承認されるにちがいない。 一 = ( ( 一 0 〔ここで改行。〕 トンあたり奨励金。 一穴 ( 一 0 おそらく : : : 考えられうるだろう。 ( 一 0 ときどき : ・ : なされうると、主張されるかもしれない。 三 0 ( 一 0 〔「平時において」を削除。〕 三一 ( 一 0 〔「追加と訂正」で、このあとに、漁業奨励金について の次の十パラグラフがつけくわえられた。〕 しかしながら、これらの都合のいい主張にもかかわらす、以下 にのべるような考察から、わたくしは、すくなくともこれらの奨 励金のうちのひとつを交付するにあたって、立法府はたいへんひ どくごまかされてきたと、信じたくなる 第一に、二本マスト鰊漁船奨励金は、おおきすぎるようにおも しかしかれらは、かれら自身の商品の実質価値を、いくらかでも 目だっていどには増大させなかったし : : : 。 一三 ( 一七 ) 〔「追加と訂正」では、このあとが次のように追加訂正 される。〕そのうえ、それは人民にたいして、かれらがその奨励 金を支はらうために納付しなければならない、ひとつの税をかけ るだけであろう。それは、その商品の国内市場における価格を、 ひきあげるかわりに、ひきさげる傾向があるであろう。そして、 そのことによって、人民に第二の税をかけるかわりに、それはす くなくとも部分的には、かれらが第一の税にたいして納付してし まったものを、はらいもどしえたであろう。ところが、生産奨励 金は、きわめてまれにしか :

7. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

には、登記簿をあっかう官吏たちへの謝礼をのそいては、証舶が甲板をもっていようといまいとかかわりなかったのであ またこの官吏る。これらは、一種の水上にある家屋とみなされたらしい。 文すなわち契約書の登記には税はかからない。 への謝礼は、かれらの労働にたいする正当な報酬をこえるも動産の売却でも、裁判所で命じられるばあいには、おなじ のではほとんどない。国王は、この謝礼からはなんの収人も二・五パーセントの税がかけられる。 * ld. tom. 一 . pi 223 , 22 225. ひきださないのである。 フランスでは、印紙税と登記税の両方が存在している。印 ホラントでは、印紙税も登記税もともに存在する。これら ェイド 紙税は御用金すなわち消費税の一部門とみなされ、この税が の税は、移転される財産の価値に比例することもあり、比例 しないこともある。財産相続の遺言書はすべて印紙をつけてある州では、消費税官吏によって徴税されるのである。登記 かかれなければならす、その印紙の価格は、処分される財産税は国王の所かっ分野とみなされ、まえとはちがう種類の官 に比例し、その結果、遺言書一枚につき三ペンスすなわち一一一吏が徴税する。 こうした印紙税と登記税による課税方法は、ごく近代にな スタイフェルとするものから、三百フローリンすなわち、わ って発明されたものである。しかし、わずか一世紀たったか が国の貨幣で約二十七ポンド十シリングにひとしい金額まで たたないうちに、ヨーロッパで、印紙税はほぼ一般的にな の印紙がある。もし印紙が、遺言作成者が利用しなければな 登記税もごくふつうになった。国民のふところから金を らないときめられている価格よりもっと低い価格のものであり、 るならば、財産相続権は取りあげられる。この印紙税は、財奪いとる術ほどに、一つの政府が他の政府からすみやかに学 びとる術はないのである。 産相続にかんする他のあらゆる税のほかに、そのうえにかか るものである。交換手形やある他の商業上の証書をのそい 死者から生存者への財産の移転にたいする税は、即時的に て、あらゆる他の証文、借用証書や契約書は、印紙税がかけも終局的にも、財産をゆずりうける人の負担になる。土地の れられねばならない。しかしこの税は、物件の価値に比例し売却にたいする税は全部売手の負担になる。売手はほとんど て上昇しない。土地や家屋が販売されたり、この両者が抵当っねに、うる必要に迫られているから、かれにあたえられる 、カ にいれられたりするばあい、すべて登記されなければならす、価格を、そのままうけとるほかはない。買手はめったに、 登記のさいに、その売却価格あるいは抵当額の二・五パーセ う必要に迫られていないから、かれが気にいった価格をあた ントの税を国家に支はらわなければならない。 えようとするだけである。かれは、税と価格を加算して、こ この税は、二 トン積み以上の船舶の売却にまで適用され、それは、その船の土地への出費がどれるほどになるかを考える。租税として

8. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

143 う。絹は、おなじ重量の金とひきかえにうられた。それはた 価なものでなかったならば、そのようにたいへん高価な染料 しかに、その時代には、ヨーロッパの製造品ではなかった。 がそれらにつかわれることは、おそらくなかったであろう。 そして、それはすべて東インドからもってこられたので、輸従物の価値と主物の価値とのあいだの不均衡が、おおきすぎ 送の距離が、あるていどその価格のおおきさを説明するであることになったであろう。おなじ著者によってのべられてい ろう。しかしながら、貴婦人がときどき、一枚のひじように る、若干のトリクリナリアの価格は、信じられるかぎりをこ 上質の亜麻布にたいして支はらうのがふつうだったといわれえている。トリクリナリアというのは、一種の毛織の枕ある る価格は、おなじく途方もないものであったようにおもわれ いはクッションで、かれらが食卓の寝椅子のうえで、よりか る。そして、亜麻布はつね、ヨーロッパの製造品であるか、 かるのに利用されたのだが、それらのうちのあるものは、三 いちばんとおくてエジ。フトの製造品であったから、この高価万ポンド以上もしたといわれているし、他のものは三十万ポ 格は、それに使用されたにちがいない労働のおおきな価格に ンド以上であったといわれている。この高価格もまた染色か よってのみ、説明されうるし、この労働の費用はまた、それら生じたとは、いわれない。性別をとわず流行をおう〔上流 が利用した機械装置の非能率からでなければ、生じえなかっ社交界の〕人々の衣服には、古代においては、近代において た。上質の毛織物の価格もまた、それほど途方もないもので よりも、多様性がずっとすくなかったようにおもわれると、 ア はなかったにしても、しかしながら現代におけるそれよりも、 ー・ハスノット博士はのべている。そして、われわれがみる , 刀 ずっとたかかったようである。プリニウスがわれわれにかた古代の彫像の衣服の、多様性がきわめてすくないことは、 るところでは、ある特殊なやりかたでそめられた〔毛〕織物のれの叙述を確証する。このことからかれは、かれらの衣服が 値だんは、重量一ポンドについて百デナリイ、すなわち三ポ全体として、われわれの衣服よりもやすかったにちがいない ンド六シリング八ペンスである。べつのやりかたでそめられと、推論するのだが、しかし、この結論は必然的にでてくる のではないようにおもわれる。流行の衣服の費用がひじよう たものの値だんは、重量一ポンドについて千デナリイ、すな わち三十三ポンド六シリング八ペンスである。ローマのポン におおきいばあい、多様性はひじようにちいさいにちがいな ドは、われわれの常衡で十二オンスをふくむにすぎなかった しかし、製造業の技術と勤労の生産力における諸改良に ことを、想起すべきである。この高価格は、たしかに、主と よって、どれでもひとつの衣服の費用が、ひじように穏当な して染料によるものであったらしい。しかし、もしその織物ものとなるばあい、多様性はとうぜんに、ひじようにおおき 自体が現代においてつくられるどんな織物よりも、すっと高 いであろう。富裕な人々は、。 とれかひとつの衣服の費用によ

9. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

穀類はとうぜん、すべての新植民地の耕作における、第一 貨をかうにも、ともに妥当な価格ですることができるように かっ主要な目的である。それらの植民地にたいして、穀類に なる。どが、 ナわれわれの諸植民地がまだ幼少期にあったとき ついてのひじように広範な市場をゆるすことによって、その に、プリマス会社が解体していらい、これがつねにイングラ ンドの政策であ「た。それはまた一般に、フランスの政策で法律は、それらがこの耕作を、稀薄な住民をもつ国の消費を はるかにこえて拡大し、こうして、たえず増大する人口のた もあったのであり、イングランドでふつうにかれらのミシシ 。ヒ会社とよばれているものの解体いらい、一貫してそうであめにた「ぶりした生活資料を、まえも 0 て準備するように、 った。したがって、フランスとイングランドがそれらの植民奨励するのである。 まったく森林でおおわれていて、そのために材木がほとん 地といとなむ貿易の利潤は、うたがいもなく、もし竸争が他 どまたはまったく価値をもたない国では、土地をきりひらく のすべての国民に開放されているとしたばあいよりも、いく らかたかい冫 こしても、それでもけ「して途方もないものでは費用が、改良にと 0 ての主要な障碍である。諸値民地に、そ ない。そして、ヨーロッパの財貨の価格は、それだから、その原木材についてのひじように広範な市場をゆるすことによ れらの国民のどちらの、諸植民地の大部分においても、法外「て、その法律は、それがなければほとんど価値がなか 0 た であろう一商品の、価格をひきあげることによって、かっ、 にたかくはないのである。 そうすることによって、かれらが、それがなければまったく かれら自身の剰余生産物の輸出においてもまた、グレ っ ト・ブリテンの諸植民地は、一定の商品についてのみ、母国の失費だ 0 たであろうものから、いくらかの利潤をあげるこ これらの商品は、航海とを可能にすることによ 0 て、改良に便宜をあたえようと、 の市場に局限されているにすぎない。 っとめるのである。 条例および他の若干の後続条例に列挙されてきたので、その 半分も人民がいないか、半分も耕作されていない国では、 瀝理由にもとづいて列挙商品とよばれてきた。のこりは、非列 家畜は、住民の消費をこえて自然に増加し、そしてしばしば 治挙商品とよばれ、それらは、所有者と四分の三の船員がブリ 政 テン臣民であるブリテンまたは植民地の船によるならば、直その理由で、ほとんどまたはま「たく、価値をもたない。し かし、すでにしめされたのだが、家畜の価格が穀物の価格に 蹶接に他の諸国に輸出することができる。 非列挙商品のなかに、アメリカと西インドのも 0 とも重要たいして一定の比率をもっことは、どの国においても土地の 7 な生産物のうちのいくつかがある。あらゆる種類の穀類、原大部分が改良されうる前提として、必要である。生死のあら ゆる形態におけるアメリカの家畜に、ひじように広範な市場 木材、塩づけ食料品、魚、砂糖、ラム酒がそうである。

10. 世界の大思想15 スミス 国富論<下>

はむけられえないだろうからである。したがって、租税の全 土地の地代も利潤も減少させることはできないだろう。しか し、制度を変史してビールやエールに醸造される麦芽一クオ負担が地代と利潤に、正確にいえばそのぶどう園の地代にか ーターにたいする税を、二十四ないし二十五シリングから十かってくるだろう。砂糖にたいしてなにか新しい税をかける ことが提案されたとき、われわれの砂糖農園主たちは、そう 八シリングに軽減させれば、その需要は減少するよりもむし ろずっと増加するであろう。そのうえ、大麦をつくる土地のした税の全負担が消費者にではなく生産者にかかってくると 地代や利潤は、同等に肥沃で、同等によく耕作された他の土よく不満をいった。かれらは課税後には、それいぜんよりも かれらの砂糖の価格をたかくあげることがけっしてできない 地の地代や利潤に、いつもほとんど等しいにちがいない。も からである。価格は課税まえには独占価格であったらしい しそれが低ければ、大麦をつくる土地のある部分はすぐに、 あるべつの目的にむけられるであろうし、またもしそれがたそして砂糖は課税対象として不適当であるということを示す かければ、もっとおおくの土地がすぐに、大麦の栽培にむけために引用された議論は、おそらくそれが適当な課税対象で られるだろう。土地のなにか特殊な生産物の通常価格が、独あることの証拠ともなったのである。独占業者の利得は、そ 占価格といわれるかもしれないものであるばあい、それにたれを手にいれることができるときはいつでも、あらゆる課税 いする税というものは必然的に、それを産出する土地の地代対象のうちでたしかにもっとも適当なものであるからであ る。しかし大麦の通常価格はけっして独占価格ではなかっ と利潤を減少させる。ぶどう酒が有効需要をみたすのにひじ た。また大麦をつくる土地の地代と利潤は、同等に肥沃で、 ように不足していて、その価格がいつも、他の同等に肥沃で、 同等によく耕作された土地の生産物の価格との自然的な比率同等によく耕作された、他の土地の地代と利潤にたいする自 をうわまわるほどの貴重なぶどう園において、その生産物に然的な比率をけっしてこえなかったのである。麦芽、ビール、 エールにかけられていたさまざまな税は、大麦の価格をけっ たいする税は、このぶどう園の地代や利潤をかならず減少さ してさげなかったし、大麦をつくる土地の地代や利潤をけっ せるだろう。ぶどう酒の価格は、すでに市場にふつうにおく してひきさけなかった。醸造業者にとって麦芽の価格は、そ られる量にたいして、えられる最高の価格になっているのだ から、その量を減少させないでは、その価格はもっとたかくれに課せられた税に比例して、たえず上昇した。しかもこの なりえないだろうし、また、その量は、もっとおおきな損失税は、ビールやエールにたいするさまざまな税とともに、価 をともなわないでは、ヘらしえないだろう。なぜなら、その格をひきあけるか、あるいは、同じことになるのだが、消費 . 土地は、なにかべつのおなじような価値のある生産物の方に者にとってこれらの商品の品質を低下させたのである。これ