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検索対象: 世界の大思想22 レーニン
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1. 世界の大思想22 レーニン

物論へ方向転換しようと努力したことが知れわたった度合と る、自然発生的、無意識的な唯物論的観点と「和解させた」 は同じである。さきに引用したフランスの著述家クヴラエル ことをみとめている。 は、アヴェナリウスの『純粋経験批判序説』を「一元論的観「経験批判論の創始者としてのアヴェナリウス』という本の 念論」とみなし、『純粋経験の批判』 ( 一八八八ー一八九〇年 ) を著者オスカー・エヴァルトは、この哲学は相矛盾した観念論的 「絶対的実在論」とみなし、『人間的な世界概念』 ( 一八九一年 ) 要素と「実在論的」 ( 唯物論的というべきであろう ) 要素 ( マ は、この変遷を「説明しようとする」試みであるとみてい ッハ主義的な語義でなしに、常人的な語義でいう要素 ) を兼 る。実在論という用語がここでは観念論の対立物の意味にもねそなえている、と言っている。たとえば〔ウィリーは言う〕 ちいられている点に、注意をうながしたい。私は、エンゲル 「絶対的な ( 考察方法 ) は、素朴実在論を永遠のものにして スにならって、唯物論という言葉だけを、この意味につかっ しまうだろうし、相対的な考察方法は、排他的な観念論を永 ている。そして、この用語法がただ一つ正しいものと考えて遠なものと宣言するであろうーと。アヴェナリウスが絶対的 いる。唯物論と観念論のあいだをふらっく実証主義者その他考察方法と呼んでいるのは、マッ ( のばあいには、われわれ の混乱屋が「実在論」という言葉をつかいだしているから、 の肉体のそとの「諸要素」の関連に該当し、相対的な考察方 とくにそうである。ここでは、つぎのように指摘しておけば、法は、マッハのばあいにはわれわれの肉体に依存した「諸要 十分であろう。『純粋経験批判序説』 ( 一八七六年 ) では、ア素」の関連に該当する。 ヴェナリウスにとっては感覚が唯一の存在者であり、「実体ー * オスカー・エヴァルト「経験批判論の創始者としてのリヒア ま 「思考経済」の原理にしたがって ! ルト・アヴェナリウス』、ベルリン、一九〇五年、六六ページ。 消しさられて いるのに、『純粋経験の批判』では、物理的なものは独立系 しかし、この点でわれわれにとってとくに興味があるの 列とみなされ、心理的なものが、したがって感覚も依存系列 は、ヴントの意見である。ヴント自身は、さきにあげた著述 とみなされている、といううたがう余地のない事実を、クヴ家たちの大多数と同じように、混乱した観念論的観点に立っ ラエルは念頭においているのである。 ているが、しかし、おそらくだれよりも注意ぶかく経験批判 アヴェナリウスの弟子ルドルフ・ウィリーも同じように、 論を検討した。Ⅱ・ユシュケーヴィチは、これについて、つ 一八七六年には「完全に」観念論者であったアヴェナリウス ぎのように言っている。「おもしろいことには、ヴントは、経 が、その後、この学説を素朴実在論と「和解させた」 (Aus ・ 験批判論を、唯物論の最新の型のーすなわち精神的なものを gleich) ( 前掲書、同ページ ) こと、すなわち人類がわれわれの肉体的諸過程の機能とみなす唯物論者 ( われわれのほうから ( 一七 ) 意識から独立した外界の存在をうけいれるときに立脚してい つけくわえていえば、ヴントは彼らをスビノザ主義と絶対的

2. 世界の大思想22 レーニン

でも、論理的アプリオリはありうるのである。因果性は、われわ ぐれた経験批判論者の第二の例である。しかも、これは偶 れの環境の経験的な (erfahrungsmäßig—経験においてあたえら 然ではない。なぜなら、マッハとアヴェナリウスの囚果学説 れた ) 恒常性にとってのこのようなアプリオリである」。 の基礎そのものに観念論的な偽りがあり、それを「実証主 義」の仰々しい空文句でどんなにカムフラージしたって同じ この不可知論者は、必然性を唯物論的にみるわれわれの見 だからである。ヒ = ームとカントの因果論のちがいは、大筋解を「超越的」見解と名づけている。なぜなら、ウィリーが では、つまり自然の客観的合則性を否定する点では一致して否認せすに、かえって純化している、当のカント主義とヒュ ーム主義の「学校知識」の観点からみれば、経験のなかでわ おり、そのため、かならすあれこれの観念論的結論に到達せざ れわれにあたえられている客観的実在をみとめることはみ るをえない不可知論者のあいだの第一一義的なちがいである。 な、不法な「超越」だからである。 ・ペッォルトよりすこし「良心的」な経験批判論者ルドル われわれの検討している哲学的方向に属するフランスの著 プ・ウィリーは、自分と内在論とに類縁関係があることを恥 じていて、たとえば、ペッォルトの「一義性ーの理論全体は述家のなかでは、大物理学者で小哲学者のアンリ・ボアンカ レが、しよっちゅう不可知論の同じ道にまよいこんでいる。 「論理的形式主義ー以外のなにものをもあたえないものとし tä・ユシュケーヴィチは、もちろん、ボアンカレの誤りを、 て、それを否認している。しかし、・ウィリーはペッォル 最新の、しかも経験記号論というさらに新しい「イズムーを トを拒否したことで、自分の立場をよくしているだろうか ? すこしもよくしていない。なぜなら、彼はただヒュームの不必要とさえしたほどに「最新ーの実証主義の精華と宣言し 可知論のためにだけ、カントの不可知論を拒否しているから ボアンカレ ( 彼の見解全体については、新しい物理学の章 である。彼は、こう書いている。「われわれはすでに昔から ( ヒューム以来 ) 、『必然性』とは純粋に論理的な ( なんら『超でのべる ) にとっては、自然法則は人間が「便宜」のために つくりだす記号、約東である。「唯一の真の客観的実在は、 越的』でない ) 標識 (Merkmal) にすぎないこと、あるいは この調和 ( 世界の内的調和 ) であって」、そのさい、ボアン 験むしろ私が言いたいとおもっている ( またすでに言って、 カレは普遍妥当的なもの、大多数の人々あるいは全部の人々 AJ るように ) 、純粋に言語的 (sprachlich) な標識にすぎないこ によってみとめられるものを客観的なものと呼ぶ。すなわち とを知っている」・ウィリー「学校知識に反対して』、 ヘン、一九〇五年、九一、一七三、一七五ペ 1 ジ参照 ) 。 すべてのマッハ主義者と同じように、客観的真理を純粋に主 * , ー、・ペッオレ・ 観主義的に抹殺するのである。そして、「調和」はわれわれ 「実証主義の立場からみた世界間題」、ライ ブツイヒ、一九〇六年、一三〇ペ 1 ジ。「こうして経験論の立場のそとにあるかという問いにたいして、「うたがう余地なく、

3. 世界の大思想22 レーニン

ハ主義者による問題の数々の歪曲の一つを、まず第一に指摘 すいことになる。「人間の脳の所産も、結局にはむろんやはり せねばならない。『マルクス主義哲学に「ついて」の概説』 自然の産物であるから、他の自然の関連 (Naturzusammenhang) の筆者の一人、ヘルフォンド氏は、われわれにむかってこう と矛盾せず、むしろそれに照応する」 ( 二二ページ ) というこ 言っている。「ディーツゲンの世界観の基本点は、つぎの諸 とは、明白である。世界の諸現象の自然的、客観的な関連が 命題に要約することができよう。「 : : : ( 九 ) われわれが物に 存在するということには、うたがう余地がない。エンゲルス は、唯物論の周知の命題を説明する必要はないと考えて、「自帰属させている因果的依存性は、実際には物そのものにはふ . 然法則」や「自然の必然性ー (Natu 「 notwendigkeit) についてくまれていない」 ( 二四八ページ ) と。これはまったくのたわ 言である。ヘルフォンド氏自身の見解は唯物論と不可知論の つねにかたっている。 同様に『フォイエル。ハッハ論』を読むと、「外界と人間の生粋の雑炊であるが、その彼は・ディーツゲンをとほうも この二つの系列の法則ーーーは実質なく歪曲した。もちろん、・ディーツゲンにはすくなから 思考との一般運動法則 上は同一であるが、しかしあらわれたところでは、つぎの点ぬ混乱、不正確さ、誤りを見つけだすことができるし、それ でちがっている。一方、人間の頭脳はこの法則を意識的に応を見たら、マッハ主義者はよろこび、唯物論者はだれも、・ 用することができるのに、他方、自然においてだけでなく、 ディーツゲンを十分には一貫していない哲学者だとみとめざ いままでのところおおよそ人類の歴史でも、非意識的な仕方るをえないだろう。しかし、唯物論的な因果観の直接の否定 で、外的必然性の形をとって、見かけのうえでは偶然的なもを、唯物論者・ディーツゲンになすりつけることができる のごとの際限のない連鎖のまっただ中をつらぬいておこなわものは、ヘルフォンド輩だけであり、ロシアのマッ ( 主義者 だけである。 れている」 ( 三八ページ ) 。そしてエンゲルスは、古い自然哲学 が「まだ知られていなかった現実的な関連」 ( 自然現象の ) ・ディーツゲンはその著者『人間の頭脳活動の本質』 を「観念的Ⅱ空想的」 ( 四二ページ ) な関連でとりかえたこと ( ドイツ語版、一九〇三年 ) のなかで、こう言っている。「客観 既を非難している。 , ンゲルスが自然の客観的な合則性、因果的な科学的認識は、その原囚を信仰あるいは思弁によらす 経 性、必然性をみとめると同時に、われわれは、すなわち人間 に、経験と帰納法によって、先天的にではなく、後天的に はこの合則性をあれこれの概念のなかで近似的に反映するも探求する」 ( 九四ー九五ページ ) 。「原因は思考能力の産物であ 物 唯 のであるという相対的な性格を強調していることは、まった る。もちろん、原因は思考能力の純粋の産物ではなく、思考・ くはっきりしている。 能力が感覚的材料と結合して生みだしたものである。この感 ・ディーツゲンに移ってみると、われわれは、わがマッ 覚的材料は、このようにして生みだされた原因にその客観的

4. 世界の大思想22 レーニン

論の区別をこんがらかしはじめている。「直接的所与」、「事て、読者に気づかれないように、 このナンセンスをそっと唯 実的所与 [ というものは、マッハ主義者、内在論者、その他、物論者エンゲルスにつかませようと努力しているー 哲学上の反動派のごた混ぜであり、不可知論者が ( マッハのば 「 : : : 前掲のエンゲルスからの抜粋は、もっとも通俗的でだ あいは、ときには観念論者も ) 唯物論者の衣裳を着飾ってあれにでもわかる形で、この観念論的誤解を打ち消すために、 らわれる仮装舞踏会である。唯物論者にとっては、外界は「事わざと書かれたもののようである : : : 」。 実的にあたえられており」、外界の像は、われわれの感覚で ・ハザロフがアヴェナリウスの学派に属していたのは、いわ ある。観念論者にとっては、感覚は「事実的にあたえられてれのないことではない ! 彼はアヴェナリウスのまやかし おり」、そのさい外界は「感覚の複合」「と称えられる。不可をつづけている。つまり、観念論 ( エンゲルスは、ここで 知論者にとっては、感覚はやはり「事実的にあたえられてい 観念論については全然のべていない ) とたたかうというロ実 る」が、しかし不可知論者は、外界の実在性を唯物論的に承で、観念論的同格を密輸入する仕事をつづけている「悪くな 認することへも、世界をわれわれの感覚として観念論的に承 いね、同志・ハザロフ君ー 認することへも、一歩も前進しょ オい。だから、「実在的存在「 : : : われわれの主観的感官がわれわれに物についての正し を」 9 レ、 / ーノフによれば ) 「すべての直接的所与の限界の い表象をあたえることを、どうして知るか、と不可知論者は ほかにだけ見いだすことができるーという君の表現は、君の質問する : ・ : ・」。 マッハ主義的立場から不可避的に出てくるたわ言である。マ 同志。ハザロフ君、君はごっちゃにしている ! エンゲルス ッハ主義の立場をもふくめて、どんなすきな立場をしめよう は「主観的感官」というようなたわ言を自分で言っていな と君の権利であるが、エンゲルスについてかたるからには、 自分の敵、不可知論者にそれをなすりつけてもいな 君には彼をあやまり伝える権利はない。ところで、エンゲル 、。人間の、すなわち「主観的」な、感官以外の感官は存在 物スの一一一一口葉からもっともはっきりとわかることは、唯物論者に しないのである。なぜなら、われわれは人間の観点から判断 と「ては実在的存在は、人間の「感官知覚」、印象、表象のするものであ 0 て、森の精の観点からではないからである。 経限界のそとにあるが、不可知論者にとっては、これらの知覚君は、またもやエンゲルスにマッハ主義をそっとっかませは 論の限界のそとに出ることは不可能だということである。・ハザ じめている。不可知論者は、感官を、もっと正確にいえば感 唯ロフは、「直接的」 ( あるいは事実的 ) 所与は知覚する自我と覚を、単に主観的なものとみなす ( 不可知論者はそうはみな 知覚される環境とを悪名たかい「不可分ーの同格に統合する さない ! ) が、われわれはアヴェナリウスとともに主観と かのようにいうマッハ、アヴェナリウス、シュッ。へを信用しの不可分の関連へ、客観を「同格化ーしたと、 いう・悪くな

5. 世界の大思想22 レーニン

ー論の諸概念のなかでも、つねに数学者の理論がとりあっかをえなかった。要素は実在的、客観的な所与としては、すな われている : : : 。数学者は、客観性をぬきにしては物理学はわち物理的要素としては、ついに消えてなくなった。微分方 間題にもなりえないことをよく理解していたので、物理学の程式であらわされる形式関係だけがのこった。 : : : 数学者が しかしそれに : ・理論物理 客観性を救うためにあらゆることをした : 自分の精神の構成作業にあざむかれないなら、 学と経験とのつながりをふたたび見つけだすことができよう もかかわらず、彼らの理論が復雑で回りくどいことが、一つ の不安な感じをのこしている。それは、あまりにもこしらえ が、一見したところでは、そして予備知識のない人にとって ごとであり、あまりにもこじつけであり、作為 ( éd 一ま ) されは、気ままかってな展開に直面しているように見えよう。 ・ : 概念、観念がいたるところで実在的要素にとってかわっ たものである。実験家は、物理的実在との不断の接触からう 。ますなに : こうして、物理学の不安 ()e malaise) と危機、それ ける自然発生的な信頼を、ここには感じない : より物理学者であるところの物理学者、あるいは物理学一筋に客観的事実からの物理学の外見上の遠のきは、理論物理学 の物理学者は、 その数は無数だが・ーー・実際にこのように の採用した数学的形式によって、歴史的に説明がつくのであ 言っているし、機械論学派がこぞってこのように言っている る」 ( 二二八ー二三二ページ ) 。 。物理学の危機は数学の精神が物理学の領域を征服して 以上が物理学的観念論の第一の原囚である。科学の進歩そ いることである。一方の物理学の進歩と他方の数学の進歩 のものが、反動的な企図を生みだすのである。自然科学上の は、一九世紀にこの二つの科学の緊密な融合をもたらした。 大きな成功がかちとられ、数学的に処理できる運動法則をも ・ : 理論物理学は数理物理学になった。そのとき形式的時代っほど同質的で単純な物質要素に接近したことが、数学者に がはじまった。すなわち純粋に数学的な数理物理学の時代、 物質をわすれさせている。「物質は消減し」、方程式だけがあ いわば物理学の一部門としてでなく、数学者の開拓した数学とにのこる。理性は自然に法則を命令するという古いカント の一部門としての数理物理学の時代がはじまったのである。 主義の考えが、新しい発展段階では、一見新しい仕方であら 自分の仕事の唯一の材料を提供する概念的 ( 純論理的 ) 要素われる。すでに見たように、新しい物理学の観念論的精神に になれつこになっていて、粗大な、物質的要素を窮屈なもの有頂天になったヘルマン・コヘンは、わが唯物論時代によっ に感じ、それを十分に御しやすくないものとおもっている数て駆逐されている観念論の精神を高等学校の生徒に注人する 学者は、この新しい段階では、必然的につねに物質的要素を ために、学校への高等数学の導入を説くことまでやっている できるだけ捨象し、それをまったく非物質的、概念的な仕方で ()< ・ランゲ「唯物論史』、第五版、一八九六年、第二巻、前付四九ペ 表象し、あるいはそれを全然無視しさえしようとっとめざる ージ ) 。もちろん、これは反動主義者のばかげた夢である。

6. 世界の大思想22 レーニン

的唯物論をまったく知らないことである。この無知が、しばしばそれを攻撃した。しかし、彼が、ルロア型の同盟者から自分 とんな認識論的立場をしめねばならなかっ 彼を混乱と不合理へみちびいているが、ここでそれを詳しく論ずを解放するには、、、 ることはできない。 たかを見るがよい。ボアンカレは、こう書いている。「ルロ ア氏が知性をすくいがたく、無力なものとみなしているの 六現代物理学における二つの方向 は、認識の他の源泉、たとえば、心情、感覚、本能、信仰に とフランスの信仰主義 最大の分けまえをあたえるためにほかならない」 ( 二一四ー一一 一五ページ ) 。「私は極端までゆくものではない」、すなわち科 フランスでは、観念論哲学は、ドイツの観念論におとらず学の法則は約東であり、記号である。しかし「科学の『処方 必死に、マッ ( 主義的物理学の動揺にしがみついた。新批判箋』が行動の準則としての価値をもっとすれば、それが、す くなくとも一般的にいって成功するということを、われわれ 主義者がマッハ哲学の基礎の観念論的性格をただちに見てと って、どのようにマッ ( の「力学」を迎えたかは、われわれが知っているからである。だが、それを知ることは、なにも が以上にすでに見たところである。フランスのマッ ( 主義者のかを知ることを意味している。それなら、なぜ君は、われ ボアンカレ ( アンリ ) は、この点ではい 0 そう大きな成功をわれはなにものも知ることができないと言おうとするの おさめた。明確な信仰主義的結論をともなうもっとも反動的か ? 」三一九ページ ) 。 ・ボアンカレは実践の基準を引合いにだしている。しか な観念論哲学は、ただちにボアンカレの理論にすがりつ し彼はそうすることで問題を解決せず、問題を繰りこしてい た。この哲学の代表者ルロア ()e Roy) はこう論じた るにすぎない。なぜなら、この基準は主観的な意味にも客観 科学の真理は符号であり、記号である。君は客観的実在の認 識をもとめるといったような不合理で、「形而上学的ーな要的な意味にも解釈することができるからである。ルロアも、 論 この基準を科学と産業にとってみとめている。彼が否定して 求を放棄した。君は論理的になるべきだ、そして科学は人間 批 いるのは、この基準が客観的真理を証明するということだけ の行動の一つの分野にとって実践的な意義をもつにすぎず、 他の活動分野にとっては、宗教が科学におとらず現実的な意である。それというのも、彼としては宗教の主観的真理と科 論義をもっているという、われわれの意見に同意すべきであ学の主観的な ( 人類をほかにしては存在しない ) 真理とを同 列にみとめるためには、このような否定で事たりるからであ 唯る。「記号論的 - なマッハ主義科学は、神学を否定する権利 をもっていない、と。・ボアンカレは、これらの結論を恥る。・ボアンカレは、ルロアを反駁するには実践を引合い にだすだけではいけないことを知っている。そこで彼は、科 ずかしくおもい、その著書『科学の価値』のなかで、とくに

7. 世界の大思想22 レーニン

318 イギリスの物理学者、一八八四年からトリニティー・カレッ の著作の著者。認識論ではマッハ主義者。 ジの教授、ケン・フリッジ大学力ヴェンディシュ研究所所長、ロン デューリング Dühring オイゲン ( 一八三三ー一九二一 ) ドン王立協会員、一九一五年から一九二〇年までその総裁。渦動 ドイツの哲学者、経済学者、小プルジョア的イデオローグ。デュ リングの哲学的見解は、実証主義、形而上学的唯物論、観念論理論についての労作、物理的現象と物理化学的現象への力学の一 の混合物である。彼の反動的ー空想的な「共益社会的」経済制度般原理の応用にかんする労作、とくに電気と磁気の分野での研究 によって、有名である。電子を発見し ( 一八九七 ) 、最初の原子 は、プロイセンの半農奴制的な経済形態を理想化したものであっ ング模型の一つを提唱した ( 一九〇三 ) 。その哲学的見解からみれば、 た。ドイツ社会民主党の一部のあいだで支持されたデューリ 自然発生的な唯物論者。 の見解は、「反デ = ーリング論」のなかで、エンゲルスに批判さ れた。レーニンはデューリングの折衷主義的な見解を何度も批判 主著『電気と物質」 ( 一九〇三 ) 、「物質の粒子理論」 ( 一九〇 した。 七 ) 、「化学における電子」 ( 一九二三 ) 、その他。 フラ 主著「国民経済学と社会主義との批判史」 ( 一八七一 ) 、「国民ドラクロア Delacroix アンリ ( 一八七三ー一九三七 ) 経済学と社会経済学教程」 ( 一八七 = l) 、「哲学教程」 ( 一八七五 ) 。 ンスの観念論的心理学者、神秘主義者、Ⅱ・ベルグソンの直主 義の後継者。一九〇九年からソルポンヌの教授。 主著「神秘主義の歴史と心理についての概論 ( 偉大なキリスト トムソン Thomson ウィリアム、別名ケルヴィン卿 ( 一八二四教神秘主義者 ) 」 ( 一九〇八 ) 、「言語と思考」 ( 一九二四 ) 、その他。 リ・ティリ ( 一七二三ー ー一九〇七 ) イギリスの物理学者。一八四六年から一八九九ドルバック D' Holbbach ポール・アン フランスの唯物論哲学者、無神論者、一八世紀の 年までグラスゴー大学教授。ロンドン王立協会会員。一八九〇年一七八九 ) 革命的なフランス・プルジョアジーのイデオローグの一人。「百 から一八九五年までその総裁。ペテルプルグ学士院名誉会員。 科全書」の積極的な参加者であって、宗教と観念論を痛烈に批判 ムソンの学問活動は多方面にわたった。彼は数理物理学の問題、 数理物理学の教授と技術的応用に大きな注意をはらった。熱力した。ドルバックの著作には、フランスの形而上学的唯物論がも っとも完結した形で表現されていた。神学的な世界創造説を否 学、電気、磁気その他の分野における彼の労作は、重要な意義を もっている。物理学用計器 ( コンパス、検流計その他 ) のいくっ認し、物質と運動を永遠のものとみなしたが、しかし運動そのも のを局限的に機械論的に理解し、それを空間における単なる位置 かの発明と改良もおこなった。 変換に還元した。認識論では、唯物論的感覚論を発展させ、不可 その哲学的見解からみれば、機械論的唯物論者。 主著は著作集として出版されている。『再版電気・磁気関係著知論と観念論的な生得観念説とに反対した。社会現象の分野で は、人間の本性の抽象的な理解から出発して、観念論的な社会契 書」 ( 一八七一 l) 、『数学書と物理学書」 ( 一八八二ー一九一一 ) 、 約説に同意した。 「通俗講演・演説集」 ( 一八八九ー一八九四 ) 。 主著「ポケット神学、あるいはキリスト教小辞典」 ( 一七六八 ) 、 トムソン Thomson ジョゼフ・ジョン ( 一八五六ー一九四〇 )

8. 世界の大思想22 レーニン

界と価値が討議されているとき、実際には実証科学の正当性したがって、「伝統的機械論」 ( レイは、物理学を力学に還元 する諸見解の体系という特別の意味でこの言葉を使ってい や客観の認識の可能性が批判されているのであるー ( 前付一ー 二ページ ) 。人々は「現代自然科学の危機ーからいそいで懐疑る ) 「は、経験の成果以上に、またそれを越えて、物質世界 の実在的な認識をしめしていた。これは経験の仮説的な表現 的な結論をひきだそうとしている ( 一四ページ ) 。この危機の ではなかった。これはドグマであった」 ( 一六ページ ) ・ 本質はなにか ? 物理学者は、一九世紀のはじめの三分の二 ここで、この尊敬すべき「実証主義者ーの言葉を中断せね の期間は、すべての本質的な点ではたがいに一致していた。 ばならない。あきらかに、彼は伝統的物理学の唯物論哲学を 「人々は自然の純粋に力学的な説明を信じていた。物理学は 力学の複雑化したものにすぎない、すなわち分子力学にすぎわれわれに描いてみせているが、悪魔 ( すなわち唯物論 ) と ない、と仮定されていた。物理学を力学に還元するときもちまともに対決したくはないのである。ヒューム主義者にとっ いられる方法について、メカニズムの細部についてだけ、意ては、唯物論は形而上学、ドグマ、経験の限界外への超出、 ヒューム主義者レイは、唯物論 見がわかれた」。「こんにちでは、物理Ⅱ化学がわれわれにし等々に見えるにちがいない。 めしている光景は、がらり変ったもののように見える。極端を知らないので、弁証法について、エンゲルスのいう意味で な不一致が一般的な統一にとってかわった。しかも細部におの弁証法的唯物論と形而上学唯物論とのちがいについて、ま いてばかりでなく、指導的で基本的な思想のうえでもそうで ったくなんの概念をももっていない。だから、たとえば、絶 ある。学者ひとりひとりがその特殊な傾向をもっていると言対的真理と相対的真理との関係は、レイには絶対にはっきり していないのである。 ったら、誇張になるだろうが、なお科学、とくに物理学は、 芸術と同じように、多数の学派をもち、それらの学派の結論「 : : : 伝統的な機械論にたいして一九世紀の全後半期になさ は、しばしば異なり、ときには相互に対立的、敵対的であるれた批判は、機械論の存在論的実在性についての前提を無効 ということを確認しなければならない。 にした。この批判にもとづいて、物理学についての一つの哲〕 現代物理学の危機と呼ばれているものの原理と範囲の全体学的概念が確立され、この概念は一九世紀末の哲学ではほと んど伝統的なものになった。科学は記号定式以上のものでな は、こうして理解される。 く、記号」 ( 標示、符号〈を ge 〉、サイン、マーク、シンポ 一九世紀なかばまで伝統的な物理学は、物質の形而上学に 到達するには、物理学を継続してゆきさえすれば足りると仮ル ) 「法以上のものでなかった。そしてこの記号法は、学派 定していた。この物理学は、自己の理論に存在論的価値をあにおうじてちがっているので、記号をつけるためにあらかじ たえていた。そしてこの理論はまったく機械論的であった。」 め作りあげられている ( fag 。 nné ) ものだけに記号がつけられる 0

9. 世界の大思想22 レーニン

学の理解と同様に、われわれの唯物論も科学的、歴史的な成なら、ディーツゲン自身が主張している、物質対精神、唯物 果である。われわれは、過去の社会主義者とは、はっきりち論対観念論の認識論的対立は、このように思考をふくめるば がっているのと同じように、これまでの唯物論者ともちがつあいには、意味をうしなうからである。この対立が「過度な ている。これまでの唯物論者とわれわれとのただ一つの共通もの」、誇張されたもの、形而上学的なものであってはなら 点は、物質を観念の前提あるいは根源とみとめることであないことは、あらそう余地がない ( 弁証法的唯物論者ディー る」 ( 一四〇ページ ) 。この「ただ」が特徴的なのである ! そッゲンの大きな功績は、まさにこれを強調しているところに マッ ( 主義、観念論と異なる唯物論のすべある ) 。この相対的な対立の絶対的必然性と絶対的真理性と れは、不可知論、 の限界は、認識論的研究の方向をきめる限界にほかならな ての認敲論的基礎をふくんでいる。しかし、ディーツゲン この限界をこえて、物質と精神、物理的なものと心理的 は、俗流唯物論から一線を画することに注意をむけている。 なものとの対立性を、絶対的な対立性として操作するなら それにひきかえ、そのさきにはまったく正しくない個所が ば、それは大きな誤りであろう。 つづいている。「物質の概念は拡張されなければならない。 ディーツゲンは、エンゲルスとちがって、自分の思想をあ 現実の世界のすべての現象、したがってわれわれの理解能力 いまいに、不明瞭に、なにもかもごたまぜ風に、表現してい あるいは説明能力も、物質の概念に属する」 ( 一四一ページ ) 。 る。しかし、叙述の欠陥や部分的な誤りを別にすれば、彼が これは唯物論を「拡張」するというロ実で、かえって唯物論 「唯物論的認識論」 ( 二一三ペ 1 ジ、また二七一ページ ) と「弁証 と観念論を混同しかねない混乱である。このような「拡張」 にすがりつくのは、ディーツゲンの哲学の基礎を忘れるこ法的唯物論」 ( 一三四ペ 1 ジ ) を固執しているのには理由があ る。・ディーツゲンは言う。「要するに唯物論的認識論は、 と、すなわち物質を一次的なもの、「精神の限界」とみるこ とを忘れることを意味している。それから数行さきでは、デ人間の認識器官がなんらの形而上学的な光をも発するもので 論 ィーツゲンは、実際上、自分で訂正している。「全体は部分なく、自然の他の一片を模写する自然の一片であるというこ ー一三三ページ ) 。「われわれ ・「このとを確認することである」 ( 二一三 を支配し、物質は精神を支配する」 ( 一四二ページ ) : ・ の認識能力は、真理のなんらの超自然的な源泉ではなく、世 意味では、物質世界を・ : : ・天と地の第一原困、創造者として 愛し、尊敬することができよう」 ( 一四二ページ ) 。ディーツゲ界の物を、あるいは自然を反映する鏡のような器具である」 ( 二四三ページ ) 。わが思想深遠なるマッ ( 主義者は、・ディ 唯ンが『認識論の領域への一社会主義者の遍歴』 ( 前掲書、二一 ーツゲンの唯物論的認識論の個々の命題のそれそれを検討す 四ページ ) のなかでくりかえしているように、物質の概念に 思考をもふくめるべきであるというのは、混乱である。なぜることを回避し、この認識論からの彼の逸脱、彼の不明瞭な

10. 世界の大思想22 レーニン

理解せず、一般的な認識論を仕上げずに、いきなり唯物論をな妄想についての思想的蘊蓄を、完全にくりかえすものであ 自分の「特殊な認識論」におしこんだ「形而上学者ーである。マルクスとエンゲルスには、このような観念論的たわ言 る、と。 をみとめるすこしの示唆さえ見つけだすことはできないし、 このようなたわ言の観点からは、かならすマルクス主義をそ - この論拠には、ブライ個人に、かっブライだけに属するも のは、なにもない。すでに何十、何百回も見たように、経験つくり、そもそものはじめから、そのもっとも基本的な哲学、 批判論のすべての創始者とロシアのすべてのマッハ主義者は的前提から否認しなければならない、とかたるブライは、ま ったく正しい 唯物論の「形而上学」なるものを非難している、すなわちも っと正確にいえば、唯物論的「形而上学」に反対のカント主 第四の論拠。マルクスの理論は「非生物学的ーである。そ 義者、ヒ「一ーム主義者、観念論者のつかいふるしの論拠をくれは、「生活差」とか、それに類した生物学的用語をいじりま・ わすこと りかえしているのである。 これが、反動教授アヴェナリウスの「科学」を なしているーーをまったく知らない、 と。ブライのこの亠拠 第二の論拠。マルクス主義は、自然科学 ( 生理学 ) と同じ はマッハ主義の観点からみれば正しい。なぜなら、マルクス ように、形而上学的である、と。この論拠にも「責任」があ るのは、、フライではなく、マッハとアヴェナリウスである。な の理論とアヴェナリウスの「生物学」遊戯との深いへだたり・ ぜなら、一一人は「自然科学的形而上学」にたいして宣戦を布は、実際にすぐ眼につくからである。ロシアのマッハ主義者〔 告しており ( 彼ら自身のみとめるところと、いくらかでも問 が、マルクス主義者を気どりながら、実際にはどのようにプ 題を知っているすべての人々の判断するところによれば ) 自 ライの跡をたどっていったかは、すぐわかるだろう。 然科学者の大多数が支持している自然発生的な唯物論的認識 第五の論拠。マルクスの理論は党派的であり、不公平であ一 論を、「自然科学的形而上学」と呼んでいるからである。 り、マルクスの解決の仕方は先入見にとらわれている、と。 第三の論拠。マルクス主義は「個人」を意義のない量、 けっしてブライひとりだけでなく、経験批判論全体が、哲学 quantité négligeable 〔無視することのできる量〕と言い、人間 のうえでも、社会科学のうえでも、無党派性をもって自負し を「偶然的なもの」とみとめ、人間を或る「内在的な経済法ている。社会主義でもなく、自由主義でもない。唯物論と観 則」に従属させ、 das Gefunden ・ーーわれわれが見いだすも念論という哲学上の根本的な、和解の余地のない二つの方向 の、われわれにあたえられているものーーを分析することをのけじめをつけないで、両方に超越しようと努力している。 しない、等々。この論拠は、経験批判論の「原理的同格ーにわれわれは、マッ ( 主義のこの傾向を、認識論のながい一連 ついての、すなわちアヴェナリウスの理論における観念論的の諸間題で跡づけてきたので、社会学のなかでこの傾向にお、