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検索対象: 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集
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1. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

り、この作用は、明らかに、わが国においても、将来の発展 いうまでもなく、個々の場合に経済的・社会的勢力がいかに 分配されているかということ、および、とりわけ、成立しっとしておそらく予期しうるであろう。 ファラオ治下のエジ。フト、次いでヘレニズム時代、次いで つある官僚制的機構がいかなる分野を占めるかということ、 ローマ時代の政治組織は、原理的には少なくとも非常に似て したがって、官僚制的機構を利用する勢力がそれに指示する いたのであるが、しかも非常に異なった作用を営んでいる。 方向いかん、によって決せられる問題である。 〔官僚制化の〕結果として、擬装された金権政治的な勢力分このことは、他の諸要素のもっ方向いかんによって、官僚制 化なるものの経済的意義が、きわめて異なったものでありう 配が成立したことがきわめて多い。イギリス、特にアメリカ においては、官僚制的政党組織の背後に、通常、政党後援者るということを示している。したがって、単に官僚制的組織 官僚制的組織は常に何 があり、彼らは政党の財政を賄い、これによって政党に対し が存在するという事実だけでは、 て広汎な影響力を揮いえた。イギリスにおける醸造業や、 らかの経済的作用をもつものではあるけれどもーーこの経済 ィッにおける選挙資金をもったいわゆる重工業や同じく選挙的作用が具体的にいかなる方向に向うかということについて ( 四六 ) は、まだ何も明確なことはいえないわけである。官僚制的組 資金をもったハンザプントのごとき後援者団体は、よく知ら れている。政治団体、特に国家の内部における官僚制化と社織の社会的作用については、少なくとも相対的に水準化作用 があるといいうるわけであるが、その経済的作用について 会的水準化とは、これを阻む地方的・封建的諸特権の打破と しすれにせよこれほど明確なことはいいえない。 相まって、近世においては、しばしば資本主義の利益に帰は、 : し、またしばしば資本主義と同盟して遂行された。このこと この点についても、官僚制は純粋にそれ自体としては一つ は、例えば、絶対君主権力と資本主義的利害との大規模な歴の精密機械なのであり、きわめてさまざまの支配の利益 史的同盟においてもみられる。けだし、一般的にいって、法純政治的または純経済的なまたはその他いかなる支配の利益 的水準化と名望家によって支配された・強固な編成をもっ地でもーーの用に供されうるものである、ということを留意す 学 方的組織の打破とは、資本主義の活動領域を拡張するのが例 る必要がある。したがって、官僚制と民主化とが併行して進 会 社であるからである。 むということも、確かにこれが典型的な事態ではあるが、そ の程度を誇張して考えてはならない。封建的ヘルの階層も、 配しかし、他方において、官僚制化は、歴史的に重要な種々 の場合ーー特に古代ーーにおいて、安定した伝統的な「生場合によってはこの機械〔官僚制〕を利用したのである。ま た、行政の官僚制化が意図的に身分の形成と結びつけられた 業」を確保せんとする小市民的関心にこたえ、また私的な利 得チャンスを制限する国家社会主義的作用をも営んだのであり、あるいは現存の社会的勢力集団の力に押されて身分形成

2. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

は、・ ( スカルが、世俗的な諸活動を尊ぶことは虚栄心か狡智ら、フランクリンにみられるような見解との一致をみとめる ことを、激しく拒絶するだろう。もちろんこの場合に、われ のみから説明されるとして、あの瞑想的な観点からの強固な ( 原注三 0 ) 確信にもとづいてこれを拒否した激しい憎悪感とは、およそわれはフッガーその他の大商人にたいするルターの批難をあ ( 原注ニ九 ) またジェスイット派の蓋然主義がっげて、その理由としてはならない。な。せならば、十六、十七 無縁のものである。 くりあげた、寛容にして功利的な世俗への順応などとは、ま世紀に少数の大商事会社のもっ法律上、あるいは慣行上の特 ったく無関係のことである。しかし、こうしたプロテスタン権にたいしておこなわれた闘争は、まさしく近代の反トラス ト闘争に比較さるべきものであり、それ自体としてはいすれ ティズムの観念形成が、個々の場合にあたって、いかなる実 も伝統主義的な考えかたの表現ではなかったからである。ビ 践的意義をもっかという点は、一般に漠然と感じられてはい ューリタンやユグノーは、このような商事会社・高利貸業 るが、なお不明瞭のままに、のこされている。 原注二九「虚栄心は人の心にふかく根をおろしているので、槍者・「両替屋ー・イギリス国教会や英仏の国王・議会から庇護 持や賄の下働き、荷物かつぎ人にいたるまで、自分を誇り、他人される独占商人・大投機業者・銀行業者にたいして激烈な闘 ( 原注三一 ) からほめられたいと思うのである」 ( フォージ , ール版、第一巻、 の戦闘 争をおこなったのである。クロムウエルはダン・ ( 二〇八頁。ケスター、前掲書、一七頁、一三六頁以下をみよ ) 。 ( 一六五〇年九月 ) ののち長期議会宛に書翰をおくって、「す 「職業にかんするポール・ロワイヤルおよびャンセニズムの原 べての職業の濫用を改革するよう勧告する。もし少数の者を 理的な立場については、のちにもう一度ふれるつもりであるが、 富ましめんがために、多数の者を貧困におとしいれるものが さしあたっては、ホーニッヒスハイム「十七世紀フランスのヤン あるならば、それはコモンウエルスにとってふさわしからぬ セニストの国家観と社会観」 ( 「フランス啓蒙思想前史」に収録 ) それにもかかわらずクロムウェ ことである」と記した。 のとくに一三八頁以下を参照。 倫 ( 原注三二 ) の ルがきわめて特殊な「資本主義的な」考えかたをいだいてい ム ズ あらためていわなくてもよいことだが、ここでいう意味でたことは明らかである。ところが、これに反して、高利貸や k のーーまたは要するに他のいかなる意味でのーー「資本主義利子取得のあらゆる形態を批難したルターのおびただしいこ スの精神 . なるものと、ルターが内面的に密接な関係をも 0 てとばには、資本主義の営利の本質に関するかれの見解が、後 テ こんにち、宗教改革という期スコラ学派に比較して ( 資本主義の立場からみて ) いちじ いたと主張することはできない。 るしく「立ちおくれている」ことを示している。とりわけ、 あの「行動ーをもっとも熱心に賞賛する教会のある人びとに し力なる意味においても資本主義の たとえばフィレンツェのアントニーノがすでに克服していた しても、この人たちは、、、 味方などではないのである。また疑いもなくルター自身です貨幣の非生産性に関する考えかたが、まだのこっていること

3. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

とを要求するようにみえたからであった。また最後に、この の進歩があったとか、または実際にそういう進歩がありえた 科学において実現すべき因果思想を追求した自然科学には巨大な成果があらわれてき とかいうのが、事実であった。 たために、科学研究には、できごとの法則をみつけることの 目的が確定しているばあいには、一つひとつの実践的な ほかに他の意味があるのだ、などということは、まったく考 疑問ーーたとえば、ある病症とか、ある技術的な課題とか を特殊な例として、それを一般的に妥当する法則に還元する えられもしないと、思われた。「法則的なもの」だけが、現 ことが進歩するとすれば、すなわち理論的な認識の範囲がひ象について、科学的に本質的なものでありうるのであって、 ろがってゆくとすれば、その進歩は実際上、技術的ー実践的「個性的な」現象というのは、ただ「型」としてしか、すな な可能性をば拡大することと直接にむすびついていたし、そわちこのばあいでいえば、法則を例示的にあらわすものとし ればかりか、理論的認識の拡大と実践的可能性の増大との一一てしか、考察されえなかった。個性的な現象それ自身のため によせる関心などというものは「科学的な」関心では「な つのものは、おなじ意味をもっていたのであった。そのの い」ように思われたのである。 ち、近代の生物学が、現実界のなかで次のような部分を、す ( 九 ) 自然主義的な一元論のこの信念に満ちた気分にたいしてお なわちわれわれの歴史的な関心をそそるところの部分を、さ こった、経済学の諸部門における強力な反動を、ここで追及 らにことばをかえていいなおすなら、現在あるもののように なりたってそれ以外のものにはならなかったというしかたすることはできない。社会主義者の批判と歴史家の研究と で、われわれの関心をそそる現実の部分を、一般的に妥当すが、自然主義的な価値観点に疑問をいだいて、それを未解決 な課題にかえはじめたときに、一方では生物学の研究の力強 るひとつの発展原理という概念のもとに、包括したときに い発展があり、他方では、ヘーゲルの汎論理主義の影響があ その原理は、少なくとも見せかけのうえではーーーしかし ったために、国民経済学において概念と現実との関係をば全 もちろん真実ではないのだーー上の対象における本質的なも ののいっさいを、一般的に妥当する法則の図式のなかへくみ体としては 0 きり認識することが、さまたげられた。そのた 、そのときに、あめに生じた結果を、ここでわれわれの関係のあるかぎりでの 論いれることを、みとめるものであった べてみると、次のとおりである。つまり、フイヒテいらいの 方らゆる科学におけるいっさいの価値観点の神々のあけぼのが ドイツの理想主義哲学、ドイツの歴史法学派の業績、およびド 科近づくように思われたのである。なぜかというと、いわゆる 社歴史的なできごともまた、実際には、現実全体の一部分であィッの国民経済学における歴史学派の仕事が、自然主義的な っさ独断の侵入にたいして、強力な堤防をきすいたにもかかわら ったし、あらゆる科学的研究の前提である因果律は、い いのできごとをば一般的に妥当する「法則ーに解消させるこず、しかも一部分は、このような仕事の結果として、決定的

4. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

イギリスでもーー事態の発展は、政党連合を押し進めざこの指導者たちは、階級的連帯性の解消を怖れている。これ るをえぬ方向を指している。二政党制の崩壊ということより が、いっかは経済闘争における労働者階級の攻撃力を減退さ も、議会化にとってもっと重大な難問題が他にある。それせるかもしれないから。官僚制の旧態依然たる態度が戦後に は、議会主義的統治が可能であるのは、議会政党のうち最大はもう復活しないという保証を、彼らが全然もっていないこ のものが、原則上国政の責任ある指導を引き受ける用意をと とは、特筆に値する。わが国の将来を決する根本問題は、政 にかく整えている場合に限られる、ということである。これ党の態度が将来いかに形成されるか、という問題である。政 までのわが国には、こうした事態はもちろんみられなかっ 党の中に国家における権力への意志が高まってくるかどう とくに社会民主党が第一党となった場合は、受難時か、それとも、階級的同志の非政治的な同胞倫理や戦後には 代からうけつがれた ( 「宮中伺候階級ーに刃向かう ) 似而非 到るところで確実に勢力を急増してくるサンジカリズムが優一 革命的な因習と、これに加えて一種の進化主義的理論とが妨勢になるかどうか、これが根本問題なのだ。 ドイツ第二 げとなって、連立内閣への条件付参加 ( もしくは一小支邦に の大政党たる中央党もまた、社会民主党とは若干異なる理由・ おいて時たま単独に多数派を形成した場合、単独組閣の受から、これまで議会主義に対して懐疑的な態度をとってきた 9 諾 ) が全然考慮に上せられなかった。しかし 、かかる理論上中央党の場合、その権威主義的な心情と官憲国家との間のあ の懸念よりももっと根底的に作用したし、いまなお作用してる内的親和力が、官僚制の利害関心を迎えるようにできてい いるのは、社会民主党における次のような危惧なのである。 る。しかしこれと少し違った点がもっと重要である。つま すなわち、いかなる政府もここ当分のあいだは資本主義の社 り、中央党は生来の少数党であるが故に、議会主義的統治の 会と経済の存在条件に東縛されるのは必至であるから、そう下では議会の少数派として遇せられること、その結果、自完 なったら社会民主党の階級的同志の信用を失い、彼らの中に の権力的地位と今日実際に奉仕している人びとの利益の代表 足場をなくしてしまうのではないか、という危惧がこれであとが危険に曝されるにいたることを怖れたのであった。中央 る。このような状況のため、社会民主党の指導者は、自党を党の権力的地位は、なによりもまず議会外の手段、つまり信「 数十年間政治的には一種のゲットー的存在に、みずから閉じ者の政治的態度にまで干渉する聖職者の支配、にその根拠が こめてきた。ブルジョア的な国家機構の活動と穢い接触を一ある。そして議会の内部では、「否定的な政治」の経営が提 切保つまいとしたからである。奇妙な話だが、いまでもまだ 供しているチャンスを利用して、中央党支持者の物質的利益 そうである。サンジカリズム、すなわち非政治的にして反政に奉仕したのだ。中央党は、すべての主要な、いかなるとき 治的な英雄的同胞倫理が、いま増大する最中にある。そしてもドイツで主張し続けた教会政策の目標を達成した後には、 こ 0

5. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

化をおこさせたのは、経済史上、いかなる時代にもみられる活目標とすることからみればまったく無意味ではないかとた 厚顔無恥で不遠慮な相場師や冒険企業家、あるいは「大金ずねるとき、それに答えることばがあるとするならば、「子 持」などではなく、生活上の厳格な訓練をうけて成長し、き孫のための配慮」だという場合もあるだろう。しかしより多 というのは「子孫のための配慮ーという理由は、 っすいの市民的良識と「原理」とを身につけ、さらに打算と かれらに特有なものではなく「伝統主義的ーな人びとにも 冒険心とを兼ねそなえ、わけても誠実にして着実に業務にう 同じだからーーよりただしくいえば、自分にとって不断の ちこんでゆく人びとであった。 人びとは、このような個人的な道徳的資質は、なんらかの労働をともなう勤労は、「生活にと 0 て不可欠なもの」とな これ ってしまったからだ、とすなおに答えるにちがいない。 倫理上の原則や宗教思想そのものと深い関係をもつものでは こそかれらの動機を説明する、唯一の妥当な解答であるばか なく、むしろその本質からみて消極的に、そのような方向を りではなく、人間は事業のために存在するもので、その逆で とらざるをえなくさせるようなもの、いわば従来の伝統から はないというその生活態度が、個人の幸福の立場からみると の脱却を可能にする能力ーー要するにまず自由なる「啓蒙思 きわめて非合理である点を明らかに示すものである。もとよ こそが、かかる実務的な生活態度にとってもっとも 、財産の所有ということ自体があって始めて可能となるは 適合する基調であると、考えることであろう。こんにちでは こんに 一般にみて、まさしくそのとおりである。通常、生活態度はずの、権勢や名誉〈の感情が動かないわけではない。 宗教上の出発点と関係をもたないばかりか、たとえ両者のあちのアメリカ合衆国のように、全国民の幻想がたんに数量的 いだに関係のある場合にでも、少なくともドイツでは消極的に大きいものだけにむけられているところでは、この数字の ロマンティシズムは抵抗しがたい魅力をもって、商人のうち 倫なものであるのがつねである。こんにちでは、「資本主義の 、精神」にみたされた人びとは、既成の教会にたいして敵意をなる「詩人」をうごかすことだろう。しかし、そうでない国 ズ もたないにせよ、無関心な態度をと 0 ているのがつねであで、こうした魅力にとらえられるのは、概していえば、指導的 な位置にある企業家ではなく、とりわけ長年月にわたって繁 k る。天国でのしごく退屈な生活の教義は、活動的なかれらの 性格には魅力あるものとならないし、宗教は地上の労働から栄をつづけている企業家などではない。さらにまたドイツの 人びとを引離すための手段であると考えられがちである。も成金Ⅱ資本家の家族の経歴にみられるように、世襲財産や名 し人びとがかれらにたいして、かれらが不眠不休で働くこと号貴族という安全な地位に到達し、その息子たちが大学や官 の「意味ーをたずね、このような勤労のために、自分の財産僚のなかにあって自分の卑しい氏素姓をもみ消すことにきゅ をわずかでも享楽のためについやさぬ態度は、現世だけを生うきゅうとしていることなどは、 = 。ヒゴーネンの頽廃的産物

6. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

なるという事情、すなわち、一」こではたちい 0 て分析をくわことである。このようにいう意味は、しばしば主張されてい るように、文化現象ないしは精神的な現象は「客観的には」 えないけれど、「客観的可能」という範疇を適用すること が問題となるのだが、そういう事情は、上の命題をいささか法則的に経過することが少ないという理由のためでは決して もそこなうものではない。ただ、このような規則性をかかげなく、むしろそれは次の理由からである。すなわち第一に、 社会法則の認識とは社会実在の認識ではなくして、われわれ ることが認識の目標ではなくして、むしろその手段である、 というだけのことなのだ。そして、ひとつの公式にまとめるの思考が社会実在を認識するために必要とするさまざまな補 助手段のひとつであるにすぎないという事情、および第一一 ことが意味があるかどうかということは、個々のばあいに、 に、文化現象の認識とは、つねに個性的な特色をそなえた生 目的にかなうかかなわないかという問題である。精密自然科 学にと 0 ては、「法則」は普遍妥当的であればあるだけ、重活の現実が、きま 0 た二、三の関係において、われわれにた いしてもっところの意義にもとづいてでなければ、考えるこ 要であり価値が多いのだけれども、歴史的現象をそれの具体 的な前提において認識しようとすると、も「とも普遍的な法とができないという事情からである。だが、こういうことが どんな意味をもっているか、かつどんな関係のもとでおこる 則は、その内容がもっともとぼしいがために、同時にもっと のかをわれわれにあきらかにしてくれるのは、法則ではない。 も価値が少なくなるのが、普通である。なんとなれば、ある 類概念の妥当性ーー・その範囲・ - ーーが広ければ広いだけ、それなんとなれば、それは、われわれが一つひとつのばあいに 「文化ーというものをばそのもとで考えている価値理念にし は、なるたけ多くの現象のなかでの共通なものをふくむため たがって、きめられるものだからである。「文化」とは、世 に、できるたけ抽象的なものとなり、したがって内容のと。ほ しいものとならなくてはならないから、その概念は具体的な界のできごとの、意味と無関係な、無限の内容のなかからと ありかたでの現実界からわれわれを遠ざけることがそれだけりあげられた、有限な一片であ 0 て、人間の立場から、そこ に意味と意義とがやどっている、と考えられたものである。 多いものとなるからである。われわれの文化科学において 論は、普遍的なものの認識は、普遍的であること自体のために文化は、人間がある具体的な文化にたいして仇敵のように対 立して、「自然へ帰れ」と願うばあいにもまた、人間にたいし 方価値のあるものではないのである。 学 これまでのべてきたことの結論として生じることは、経験ては文化なのである。なんとなれば、人間がこういう態度を 社的な実在を「法則」に還元することが、科学的研究の理想的もとりうるのは、ひとえにかれがかれの価値理念に関係させ な目的とみなされるべきだという意味においての、文化現象て、「浮薄すぎる」と考えることによ 0 てであるからである。 このばあい、あらゆる歴史的個体を「価値理念」にかかわら の「客観的な」とりあっかいというものが無意味だ、という

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157 フ。ロテスタンティズムの倫理 によって初めて完成されたものである。そこで、この二人のちが ところ いは、この点にあるのではなく、まさに逆である。 で、これよりもいっそう悪いのは、この点に関する同じ著者の独 特な論証であるが、それをフンクその他のカソリック側の学者の 著書 ( わたしの見解では、かれは資料を正当に評価した上で引用 していないと思う ) や、現在では部分的に古くなっているが、い ぜんとしてエンデマンの基礎的な研究などと比較すれば、いたま しいまでに浅薄なのが目立っている。もっともケラーはゾムバル トの所論 ( 前掲書、三二一頁 ) のような乱暴なことはいっていな 。すなわちゾムバルトが、「敬虔な人びとー ( 主としてシエナの ベルンハルデイやフィレンツェのアントニーノをさす ) をよく観 察すれば、「かれらはあらゆる方法で企業精神を鼓舞しようと欲 そ した」といっていることに注意すべきだったはずである。 れは利子禁止について世界中でどこでも聞かれるのとまったく同 じことだが、かれらの利子禁止の解釈は ( こんにちの専門用語で いえば ) 「生産的」投資にはぜんぜんふれられていないと解して いるからである。 ( たとえばゾムヾレトゞ、 ノノカ一方ではローマ人を 「英雄民族ーのひとつであると規定し、他方では といってお かねばかれにとって救い難い矛盾になるだろう・ーーすでにカトー において経済的合理主義が、「極端にまで徹底して」発達したと 考えているーー二六七頁ーー・これでは最悪の「論文集」となりか ねないことを、ここで注意しておこう。 ) 利子禁止は、ここでく わしく述べるわけにはゆかぬが、かってはしばしば過度に重要視 され、次にははなはだ軽くみられ、カソリック教徒の富豪もいる こんにちでは、護教的な目的から本末転倒されているのが実相で あって、「利子禁止ーのほんとうの意味をかれはまったく理解で きないでいるのだ。 ( 周知のように利子禁止はーー・・その聖書的根 拠にもかかわらす ! ーー・・ようやく前世紀〔十九世紀〕になって初 めて聖職者会議の令書で無効にされたが、それも一時的な慣行 〔情勢を考えたうえで暫定的にそれに適応させた慣行の意味〕と してであり、間接的なもの、すなわち、その効力が回復された場 合これに服従しているようにみえる時でも、「高利貸罪」の審査 によって懺悔者の良心を苦しめてはならないという禁止があるほ どである。 ) というのは、高利貸付についての教会の教理のはな はだ複雑をきわめた歴史を少しでも立ちいって研究した人なら ば、たとえば年金売買、手形割引、その他さまざまな売買契約の 合法性に関するはてしのない論争を考慮にいれ ( なかんずく上述 の聖職者会議の法令が都市の公債に関してだされていることを考 えるならば ) 、貸付利子の禁止が困窮時の債務にかぎられたもの であるとか、「資本の保有」を目的にしたものであるとか、さら にすすんで「資本主義の企業に有益」なものである ( 二四頁 ) な どと主張 ( 二五頁 ) してはならないからである。教会は、かなり のちになって、ようやく利子禁止を始めて考慮したのである。し かし、このことが起ったとき、通例おこなわれている純粋に事業 上の投資形態は定額利子つきの貸付ではなく、海上貸借、コムメ ンダ、ソキエタス・マリス、および「海からの利益をめぎした貸 付」 ( 危険の程度にしたがって損得の割合がきめられる貸付 ) の ような出資のかたちをとっていたのであり ( それは企業家の借入 利子の性格からみて、当然そうあるべきはずである ) 、そうした 投資は ( 個々の厳格な教会法学者の場合は別であるが ) 、禁令に ふれるかどうかをいちいら追及することはできなかった。しか し、定額利子を目的とする投資が手形割引のかたちでおこなわれ るようになり、またそれが当然のことになったとき、これには ( のちにみるように ) 重大な困難が利子禁止の側から生じてきた。 この困難というのは、商人ギルドの種々な苛酷な規準 ( プラッ ク・リスト ! ) をうむ原因となるものだった。しかし、この場合

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せて定着させることが論理的に必要だといわれるとするならすがために、またそれだけの理由によって、およびそれだけ ば、そのばあいには、純粋に論理的 , 形式的な、こういうの範囲において、文化現象であるのだ。その観点とは、価値 事態が考えられているのである。すべて文化科学の先験的な理念からみちびきだされるものであ 0 て、その価値理念によ って、上述の概念において思考されるところの現実の一断片 前提とは、われわれが一定の「文化」を、あるいは一般にど がわれわれにとって意義ぶかいものとなるということであ んな「文化」でも、それが価値が多いものだ、とおもうとい る。 うことでは決してなく、むしろわれわれが意識して世界にた 上にのべたところからわかるように、すべて文化実在の認 いして態度をとり、かっ世界にある意味を賦与しようとする 能力と意志とにめぐまれた、文化人である、ということなの識は、どんなばあいにも、特殊な種類の観点のもとでおこな である。この意味がいかようなものであれ、この意味にみちわれる認識である。もしわれわれが歴史家や社会研究家につ いて、初歩的な前提として、かれが重要なことを重要でない びかれて、われわれが体験する人間の社会生活の一定の現象 ことから区別できること、およびこの区別をするために必要 を、その意味から価値判断し、それらの現象にたいして な「観点」をもっていることを要望するとすれば、このこと 肯定的にないし否定的にーーー意義ぶかいと考える態度をとる ようになるのである。この態度の内容がどのようなものであは、その研究者が現実の諸現象をーー意識的にもしくは無意 普遍的な「文化価値」に関係させて、その価 識のうちに っても、 この現象はわれわれにたいして文化意義がある のであり、この意義にもとづいてのみ、その態度にたいして値にしたがって、われわれにたいして意義ぶかいような連関 科学的な関心が生じるのである。だから、ここでちかごろのをばえらびだすことを、理解していなければならない、とい うことにほかならない。かの観点が「素材自体からひきだ 、よらわしにしたがって、文化認識が価値理念 論理学者のいしオ によって制約されているといわれるとしても、おそらく、次さ」れるのだという意見がいまもなおあらわれるとするなら ば、それは専門学者の素朴な自己欺瞞から生じているもので のような粗雑な誤解、すなわちたとえば、文化意義とは価値 の多い現象にのみやどるといわれているのだ、という意見のあって、専門学者のなかには、かれが意識せずに研究素材に 接するばあいに、いだいているところの価値理念がもともと ような組雜な誤解は、おこしてほしくないものだ。売淫は、 宗教ないしは貨幣とおなじように、一つの文化現象であるあったればこそ、絶対にはてしのない内容から、その小さな 部分を、かれの考察にとって関係のある問題としてだしたの が、これらの三者は、それらの存在と歴史的にそれらがとっ てきた形態とが、われわれの文化関心に直接または間接にふだ、ということを、注意しないひともいるのだ。できごとの 二、三の特殊な「側面」がつねに、意識的にないし無意識的 れ、それらがわれわれの認識欲を次の観点のもとで呼びおこ

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ナウマン氏がいかに非政治的な思想の持主であるか、それを二流のドイツ公民に圧し下げたのだ、と書かれてありまし た。真理は逆であります。われわれはポーランド人を〔よう は、ナウマン氏が軍事力の決定権を議会から取り上げようと なさ「ていることから推しはかれます。その反対が正しいのやく〕人間にした、これが本当のところです。「ポーランド 人問題」を把握する貴方がたの中には、またしても慈悲心主 です。つまり、ただ一つしかない健全な間題の解決は、軍事問 題を単純な予算間題として処理すること、従「て毎年毎年の義というあのまさしく非政治的な傾向が現われております。 しかし政治というものはきびしい仕事であります。ですか 議会協賛の問題として処理すること、これであります。新し ら、いやしくも祖国の政治を進める車の輻に手を掛ける責任 - い政党は、市民的自由の国民的政党でなければなりません。 をみずからとろうとする人は、強靱な神経をもっていなけれ な、せなら、わが国にないのはそういう政党だけだからです。 国民的な、経済的な権力利害の保全はこの政党によってこそばなりませんし、現世の政治を行なうについて、余りに感傷 的であってはならないのです。だが現世の政治を行なおうと 安泰であるだろう、と思ってこれに投票し、この投票を通じ てわれわれがドイツの指導を委せることのできる、そういうする人なら、何よりもまず幻想から自由の身にな「て、地上 で現に戦わされている人間対人間の避け難い永遠の闘争とい 国民的な民主主義はドイツにはないのであります。 う基本的な事実を、まず認めてかからなければなりません。 私は一特殊問題に触れる羽目になってしまいました。この 問題が貴方がたの新聞で論じられている様子をみますと、貴もしもそれができないのでしたら、その人は政党をつくろう などという考えを棄ててほしいものです。ここチ = ーリンゲ ということ 方がたはさしずめまだこの政党のものではない、 がわかります。それはつまり、最近の「時代 . 紙上でのいわゆンのこの町中 ( エルフルト ) で、チ = ーリンゲンの昔の諺 ランドグラーフ る「ポーランド人問題」の議論の仕方なのです。紙上で討論を、私は貴方がたに向けて叫びたいと思います。「領主は せされた個々の方策をここでの議論のたねにしよう、といって厳格なるべしー 。、、たいのは、「時代」紙がまさに いるのではありません 設そうなのですが、この間題がドイツの新聞で論じられるその 訳注 党仕方なのです。「時代」紙は、ポーランド人に対抗して精力 社的な立場を表明している人びとを攻撃したのでありますが、 ーのフライブルク大学就任講演「国民国家・ 一 ( 三九頁 ) ウェー 国この攻撃の論調は、ドイツの国民的問題を論ずるに当っては と経済政策」から決定的な影響を受けたナウマン ( 訳注一一を参 照のこと ) は、従来の「キリスト教社会派」の立場を脱して、国 国民相互がけっしてぶつつけあってはならないような陰険な 内における社会改良政策を外に対する権力政治、・すなわちドイツ ものでありました。この記事には、われわれはポーランド人

10. 世界の大思想23 ウェーバー 政治・社会論集

ので、その本質を神秘的なくらがりのなかに隠せば隠すほど選りにも選って、経済学の若き代表者のひとりがそんなこと わたくしには、それが余計なことだっ それだけますます尊いものになる、と思っているひとが世間を指摘したのは。 たとはどうしても思えません。な。せならあたかもわれわれの にはいますが、われわれにとっては、国民国家とはそのよう なものではなくて、国民の世俗的な権力組織であります。わ世代こそ、この単純きわまる判断の基盤を、いともやすやす と見失っていることが、まれではないように見受けられるか れわれにとっては、この国民国家において国民経済を考える らです。われわれがよく知っているとおり、われわれの世代 さいにもまた、その究極的な価値基準は「国策」です。世間 には「国策」ということについて奇妙な誤解をしているひとの関心は、まさしく経済学を動かすような諸問題に向かって、 思いがけぬほどに昻まってきています。あらゆる分野におい がいて、そのひとたちは「自力救済」のかわりに「国家によ る救済」をおこなうこと、経済的な力を自由に放任するかわて経済学的な考察方法が進出しています。政治のかわりに社 りに経済生活を国家の手で統制することが国策だと思いこん会政策が、法律関係のかわりに経済的な力関係が、政治史の かわりに文化史・経済史が、事物を考察するさいの立役者に でいます。だがわれわれは国策という言葉を、そのような意 味でいうのではありません。あえて国策という標語をかかげなってきています。われわれの同僚の歴史家が書いたすぐれ た著述をみると、むかしなら、祖先の武勲の物語りが載って るのは、それによってつぎのような要求をしめしたいからで いた個所に、いまでは、「母権制」という怪物がながながと す。それは、ドイツの経済政策の諸問題に対してーー・・とりわ け、国家は経済生活に介入すべきか、どの程度に介入するの寝そべっており、それに反してカタラウヌム平野におけるフ がよいのか、それとも国民の経済的諸力の東縛を解いて、そン族との戦闘は、片隅へおしこめられています。われわれの うちでもっとも才気のあるひとりの理論家は、法学をば「経 れ独自の自由な展開にまかせるべきか、またそうする時期は いつがよいか、というような問題に対してもーーーそれらいち済学の侍女」と名付けることができるとまでいってのけて、 策いちのばあいに、究極的・決定的な裁決を与えるのは、ドイ 自信のほどをしめしました。そしてつぎの一事は本当です。 済ツ国民とその担い手であるドイツ国民国家との、経済的およそれは、法学のなかへも経済学的な考察の仕方が入りこんで とび政治的な権力的価値関心でなければならない、という要求きて、法学の内陣ともいうべきローマ法全書綱要においてさ え、経済学の亡霊が、かすかながらもあちこちに姿をあらわ 民 しはじめていることであります。さらに、裁判の判決文をの ぞいてみても、昔なら法律上の概念だけで押しとおせたとこ ろへ、いわゆる「経済的視点」がその代わりにあらわれるこ このようなわかりきったことと思われる事実をことさら指 摘するのは、果して余計なことだったでしようか。しかも、 ( 一七 )