歴史 - みる会図書館


検索対象: 世界の大思想29 サルトル
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1. 世界の大思想29 サルトル

をつくらないということから由来するのではない。それは他ってしまうことを意味している。結局、国の細分化が戦争を 人もまた歴史をつくるということから由来する。エンゲルス挫折させ、戦争は結果としてただこの細分化を深刻化し強化 はーー彼はこの問題についてお互いに両立しがたい多くの供することになった。かくのごとくに、人間は歴史をつくるの 述をのこしているがーー「ドイツ農民戦争』のなかで、ともである。その意味は、人間は歴史のなかで自己を対象化しか かく、この種の矛盾に彼があたえた意味を示してみせた。ド つ自己疎外をおこす、ということである。この意味ですべて ィッ農民の勇気、情熱、彼らの要求の的確さ、二、三の首領の人間のすべての活動の作品そのものに他ならぬ歴史が、人 ( 訳注一 ) 丿ートの頭のよさと ( 殊にミュンツェル ) の才能、革命的工 間にとって、まるで自分たちに無縁な力のようにみえてく 巧みさ、を強調した後で、彼は結論を語っている。「農民戦る。これは彼らが自分たちの企ての意味を ( それが局地的に 争に於いては、ひとり諸侯だけが何かを得ることができた。 は成功した場合でさえも ) 全体的、客観的な結果のなかにみ それでこれがその結果であったわけだ。諸侯たちは、その竸とめえないという意味に於いてまさにそうなのだ。はなれて 争相手であった聖職者、貴族、都市が弱体化したために、相和をむすぶ際には、或る地方の農民たちは自分たちにかかわ 対的な意味でだけではなく、絶対的な意味でも利得をおさめるものについては得るところがあった。しかし彼らは自分た たのである。なぜなら彼らは他の階級の莫大な戦利品をさらちの階級を弱体化してしまい、階級の敗北は、地主たちが、 ( 訳注ニ ) ってしまったから。」それでは何がいったい、抵抗者たちの自分たちの力を頼んで、契約を拒むだろうとき、彼らにもは 実践をよこどりしてしまったのだろうか。それは端的に、ド ね返ってくることになる。十九世紀に於いてマルクス主義 ィッの細分化という歴史的な決定的条件を原因とする抵抗者は、単に歴史をつくるためばかりでなく、労働者の運動を一 相互の分裂であった。お互いに一体化するに到らなかった体化し、資本主義的過程と労働者の客観的現実についての知 そしてその各々が他のものとは別に別の仕方で行動して識を通してプロレタリアートの行動を解明することによっ いたのであるがーー数多くの地方的連動が存在したことが、 て、実践的にも理論的にも、歴史を占有するための巨大なこ 題 個々の集団からその企ての現実的な意味をうばいさるに十分ころみであった。この努力の果てに、被搾取者たちの一体化 のであった。このことは歴史への人間の現実的はたらきかけと と、戦う階級の分化の数を次第にヘらすこととによって、歴 法しての企てが存在しないことを意味するのではなくて、ただ史は最後には人間にとって一つの意味をもたねばならない。 方 達成された結果がーーたとえ所期の目的に合致している場合自覚をもっことによって、。フロレタリアートは歴史の主体に でさえもーーそれを歴史の全体化運動のなかに置き直してみなる。すなわち、プロレタリアートは歴史のなかに自分自身 日常の闘争のさ中でも、労働階級 る場合、それが局地的段階で見えたすがたとは根本的に異なを認知せねばならない。

2. 世界の大思想29 サルトル

一決定因として取り上げられねばならず、また理論上のあら そいは全体的〔歴史〕過程の抽象的契機の資格でのみ介入し来 るものである。その上認識そのものはかならず実践的なもの である。それは認識されたものを変化させる。これは古典的 合理主義のいう意味に於いてではなく、丁度原子物理学に於 いて、実験が必然的にその対象物を変える、というような意 イデオローグ 味でのことである。 キエルケゴール以来、幾人かの思想家たちは、存在を知か 、な L な、り 原注人間を歴史性によって定義すべきではなく、 ら弁別しようと努力しているうちに、実存の〈存在論的領 歴史を欠いた社会もあるのだからーー反復的社会を時々一変させ 域〉とでも呼ばれうるようなものをよりよく記述したいとね る破壊作用を歴史的に体験しうる可能性を人間がつねにもってい がうようになった。いうまでもなく、これらの思想家たちに るという事実によって定義すべきであろう。このような定義は必 ア・ポスデリオリ よって記述された〈この世界ーへのー現前〉は、動物心理学 然的に経験的なものであり、すなわち、歴史的社会のさ中に生 や精神生物学の所与についての先入見なしに、動物的世界の まれたものであり、それ自体が社会的変化の結果である。しかし いやおそらくその全部さえものーー特徴を示し 一分域の この定義は、逆もどりして歴史なき社会にもあてはまる。丁度歴 ている。しかしわれわれにとっては、この生命的宇宙のなか 史そのものが逆もどりして歴史を欠いた社会をーーまず外側か で、人間が特権的地位を占めている。なぜなら、ますそれ ら、ついで外界の内面化のうちにそれを通じてーー・・変化させるの ( 原注 ) と同じように。 は、人間が歴史的でありうるから、すなわち、人間は自分が こうむり或いは挑発する変化と、その変化の内面化と、つい いうまでもなく実存主義は、存在論的分域に於いて、この でその内面化された関係ののりこえそのものとを通しての自人間という特権的な ( われわれにとって特権的な ) 存在者を 己の固有の実践によって、たえず自己を定義しうるからであひたすら研究するにかぎることによって、諸学の総体との根 る。つぎにそれは、人間がわれわれ自身がそれに他ならぬ存本的な関係の問題を提出し、それを人間学の名のもとにまと めたのである。そしてーー実存主義の適用の分野は理論的に の在者であることを特徴としているからである。この場合、問 法いかける者はまさしく問いかけられるものであることがわか はもっとひろいとはいえーー人間学が一つの基礎をみずから る。いやむしろ、人間の現実はその存在がその存在のなかで得ようとするかぎりに於いて、実存主義は人間学そのもので 輛問題となるような存在者である、とい 0 た方がよいかもしれある。結局、フッサールが学問一般について次のように断定 オしいうまでもなく、この〈問題ーのー存在〉は、実践のしたのと問題は同じである。すなわち、たとえば古典的力学 結論

3. 世界の大思想29 サルトル

392 た外被のもとに、同一の階級闘争の相異なるしかも補足し合 は、所期の目的にかなうか、或いは少なくとも将来自分には う形式として、すべての人にその姿を示している。もっと ね返ってこないような結果を獲得すべきである。 われわれはそこまでは行っていない。なぜならいくつかのも、ほとんどすべての社会主義的国家が自己の認識を欠いて いることは真実である。しかしやはり、非スターリン化もま 。フロレタリアートがあるからだ。これは端的に、別々に発展 自覚に向って たーーーポーランドの例がそれを示すように してきたいくつかの民族的生産集団が存在することによる。 これらの。フロレタリアートの連帯性を無視することは、その の一進歩である。かくて歴史の意味の複数性は、未来の全体 分離状態を軽くみると同じように馬鹿げている。きびしい分化の基盤の上にそれにつれて動きしかもそれと矛盾するもの としてだけあらわれることができまた指定されることができ 裂とその理論的な結果 9 ルジョワ的思想の腐敗、マルクス 主義の一時的停滞 ) のために、われわれの時代がみすからをる。この全体化を日々よりいっそう間近いものにすることは 認知することなくみすからをつくって行かざるをえないこと理論的にも実践的にもわれわれの務めである。すべては今な は事実であるが、しかも他面に於いて、われわれがいつにもおあいまい模糊としているが、しかも、すべては光明の中に まさって歴史の強制をこうむっているとはいえ、歴史がわれある。われわれはーーその理論的な面に限っていえばーー数 われの眼にまったく無縁な力を映するということは真実では数の用具を有しており、方法を確立することができる。われ ない。それは、われわれがみずからそれをそのようにつくつわれのなすべき歴史的な仕事とは、この多価的な世界のさ中 にあって、歴史がもはやただ一つの意味しかもたず、歴史を ていると信じているのとは別なふうにわれわれの手によって 共同でつくる具体的な人間たちの中に歴史自体が解消してし 日々つくられつつある。そして返す炎によって、われわれが ( 原注 ) まうような傾向をもっ時期をちかづけることである。 そうであると、或いはそうなると、信じていたとは別なふう 原注すべてのこころみが ( 一つの集団のそれでさえも ) 全体化 にわれわれをつくり上げてしまう。しかも、歴史は今までよ の運動化のなかでの特殊な決定囚として措定され、さらに、その りも不透明さを減じている。プロレタリアートは〈自分の秘 ことによって、それがもとめているものとは反対の結果を得るよ 密〉を発見してそれを解明した。資本の運動が、資本家の認 うになることの範囲を予見することは相対的には容易である。す 識とまた同時に労働運動の理論家が行う研究とを通じて、自 なわちそれは一つの方法一つの理論。等、になるだろう。しかレ 己を意識するに到っている。各人にとって、多種多様な集団 また、そのこころみの部分的な相貌がもっと後になって、あたら の存在、その相互の矛盾と分離が、よりふかい一体化の内部 しい世代によって如何にして打ち破られるか、また、マルクス主 に位置づけられているようにみえはじめている。内乱も、植 義哲学の内部に於いて、それがいかにしてよりひろい全体性のな かに統合されるか、をも予見することができる。まさにこの意味。 民地戦争も国際間の戦争も、そのあり来りの神話につつまれ

4. 世界の大思想29 サルトル

182 だつであろう一つの論拠は、「対他存在は、対自の存在論的は、歴史化である・・ー・・・なぜなら、私は他者への現前として私 構造の一つではない」ということである。事実、われわれを時間化するからであるーーと同時に、あらゆる歴史の条件 であるから、われわれはそれを歴史以前的な歴史化と呼ぶこ は、一つの帰結を一つの原理からひきだすようなぐあいに、 「対他存在」を「対自存在」から、また逆に「対自存在」をとにしよう。われわれがここでこの出来事を考察するのは、 「対他存在」から、導びき出そうと思っても、不可能である。 そういう資格、つまり同時性の歴史以前的な時間化という資 もちろん、われわれの人間存在は、対自であると同時に対他格においてである。歴史以前的といっても、この出来事が であることを要求するものであるが、しかし、われわれの目史にさきだっ或る時間のうちにあるという意味ではない。 むしろ、こ・ 下の研究は、一つの人間学を構成することをめざしているの そういうことは、無意味なことである。 ではない。あらゆる対他から完全に自由であって、対象とな の出来事は、歴史を可能ならしめることによって自己を歴史 る可能性など微麈もなしに存在するような、一つの「対自」化するような、かかる根原的な時間化の一部をなす、という を考え出すことも、おそらく不可能ではないであろう。けれ意味である。われわれが「対他存在」を研究しようとするの は、事実としてーー。第一の、不断の事実としてーーであっ ども、そういう「対自」は、《人間》ではないであろう。 まの場合コギトがわれわれに顕示してくれるのは、ただ単て、本質的必然性としてではない。 ( 訳注一 ) われわれはさきに、内的な型の否定と、外的な否定とを、 に、「自己の対自存在との結びつきにおいてあるわれわれの 存在は、また、他者にとっても存在する、ということが認め区別する差異を見た。特に、われわれが指摘したように、或 る一定の存在についてのあらゆる認識の根拠は、対自が、自 そしてこのことは、疑いの余地がないー られる。 こ対して顕一小分の出現そのものにおいて、この存在であらぬものとして、 う、一つの事実的必然性である。反省的な意識冫 存在するべきであるときの、根原的な関係である。対自がら される存在は、「対自ー対他」である。デカルト的なコギト のようにして実現する否定は、内的な否定である。対自は、 は、一つの事実、すなわち私の存在という事実についての、 絶対的な真理を肯定することしかしない。同様に、われわれ自分のまったき自由において、かかる内的な否定を実現す る。 がここで用いる幾ぶん拡張されたコギトは、他者の存在およ いっそう適切にいえば、対自は、それが自己を有限なも び他者にとっての私の存在を、一つの事実として、われわれのとして選ぶかぎりにおいて、かかる否定である。けれど ~ に顕示する。それが、われわれの言いうるすべてである。私も、この否定は、ふたたび対自を、対自がそれであらぬとこ ろの存在に、分ちがたく結びつける。そこで、われわれはっ の「対他存在」も、私の意識の「存在への出現」と同様に、 一つの絶対的な出来事という性格をもっている。この出来事ぎのように書くことができた。「対自は、それがその存在に

5. 世界の大思想29 サルトル

育との産物である : : : という唯物論的学説は、環境こそ人間 マルクス主義的思惟にそのすべての複雑性をゆるし与え 3 によって変化させられること、および教育者自身が教育されうとねがうならば、人間とは、搾取の時代にあっては、自分 ねばならぬということを無視している。」これは単なる類語自身の生産物の生産物であると同時に、いかなる場合にも生 反復にすぎず、われわれはごく簡単に、教育者自身が環境と産物としては通用しえない歴史的行為者でもある、と言わね , 教育との産物であるということを理解すべきである、とすればならないだろう。この矛盾は凝固したものではなく、それ ば、この文章は無益でばからしいものとなるであろうし、さ は実践の運動そのもののなかで捕えられねばならない。する、 もなければそれは、人間の実践の還元不可能な性格を決定的とそのとき、この矛盾はエンゲルスの文章の真意を明らかに に主張したことになる。教育者は教育されねばならぬとは、 するだろう。すなわち、人間は先行する現実の諸条件 ( その すなわち、教育とはひとつの企てでなければならぬことを意数のうちには、後天的諸性格、労働と生活の様式によって押 . ( 原注 ) 味する。 しつけられた歪曲、自己疎外、その他を数えねばならない ) 原注マルクスは自分の思想を正確に述べた。すなわち、教育者の基盤のうえに歴史をつくるものであるが、しかしその歴史 にはたらきかけるためには、彼を条件づけている諸囚子にはたらをつくるものは彼ら人間であり先行する諸条件ではない。さ きかけねばならぬ、ということだ。このようにマルクス的思惟の もなければ人間は彼らを通じて社会的世界を支配する非人間、 なかには、外的決定の諸性格と、人間の実践に他ならぬ綜合的前 的な諸力の単なる伝達の具となってしまうだろう。たしかに . 進的統一のそれとが不可分に結びついて存在している。おそら これらの条件は存在するし、お互いにはなればなれな変化に 、外界と内面、多様性と一体性、分析と綜合、自然と反自然、 ひとつの方向と物質的現実性を賦与できるのはこれらの条件、 の対立をのりこえようとするこの意志を、マルクス主義の最もふ に他ならず、これらの条件だけである。しかし人間の実践の かい理論的寄与とみるべきなのであろう。しかしこの点はもっと 敷衍して述べられねばならない。誤謬はその仕事が容易なもので運動はこれらの条件を保有しながらそれをのりこえて行くも ) あると信ずることであろう。 のなのである。 訳注一この引用文はエンゲルスのマルクス宛の手紙のなかでは そしてたしかに人間は自分たちが行いつつあることの現実》 なく、既出のシュタルケンブルグ宛の手紙のなかにみられる。大 的な影響力の及ぶ範囲を測り知ることはできないーー或いは 月版「マルクス・エンゲルス選集」第十五巻五三七ページ参照。 少なくとも、この範囲は、歴史の主体であるプロレタリアー・ 訳注一一出典未詳。 トが同一の運動内でみずからの統一を実現しその歴史的役割〔 訳注三、 <Herr Vogt 》フォクト Vogt, Karl 1817 ー 1895 は動 物学者で政治家。マルクスはこの人を相手ど 0 て一八六〇年に同を自覚しないかぎりは、人間には把えられないだろう。しか 名の論争書を発表した。 し歴史がわたしの手をまぬがれてしまうのは、わたしが歴史

6. 世界の大思想29 サルトル

る発展過程の産物であると証明し、それによって自然に対す真に弁証法的な理想とをくらべてみれば、以上のことは十分 ( 原注 ) に理解できる。階級闘争の場合においては、実際にプロレタ 3 る形而上的概念に致命的な一撃をあたえた」と。 リアートは、階級なき社会という統一の中にブルジョア階級 原注工ンゲルス「・デューリング氏の科学の変革」〔反デュー を吸収するだろう。生存竸争の場合には、強者は一も二もな リング論〕第一巻。一一ページ。コート版。一九三一年。 く弱者を消減させてしまう。つまり偶然のもたらす優越は発 しかします明らかなのは、自然の歴史なる概念そのものが展しないのである。それ自身では動こうとせず、遺伝により ばかげているということだ。歴史は、過去のあったがままの何の変化もなく次へと移る。それは一つの状態であって、 変化によって、あるいはあったがままの行為によって、成立とうてい、内的ディナミスムによってみずからを変革し、す するものではない。現在の立場に立ち、ある意図をもって過 ぐれた有機体のある階級を生みだせるものではない。ただ、 去を再把握し、はじめて歴史はその意味を明らかにする。し いま一つべつの偶然の変化が外部からやってきて自分に加わ たがって人間の歴史以外にはどのような歴史もないはすであるだけのことである。そして切りすての過程が機械的に繰り る。のみならす、もしダーウインが、生物の種があるものか返し行なわれるのである。エンゲルスは不注意からああした ら他のものヘ次々と派生して来ていることを示したとするな ことを言ったのだ、と結論すべきだろうか ? いやそれと ら、は、彼の試みた説明は機械論的なものであって弁証法的な も、もともと誠意をもって言ったことではないのか : : : 。要 ものではない。彼は各個体のあいだにある差別を些少変異のするに、自然が歴史をもっていることを証明するため、エン 理論によってわれわれに説明する。こうした変異のおのおのゲルスは科学上の一つの仮説を利用しているのだが、その仮 は、彼の考えでは、ある「発展過程ーの結果ではなく機械的説なるものは、博物学全般を機械的連繋にまで連れもどす抜 な偶然の結果なのだ。同一種属のグループにおいて、中のあきさしならぬ宿命を背負っているのだ。 るものが身長、体重、カ、あるいは何らかの特異な細部にお ではエンゲルスは、物理学の領域ではもっと本気になって いて他のものより優れていることも、統計的にみてありえぬ事を語っているか ? ・彼は次のようにのべている。「物理学 ことではない、というのである。生存競争についていえば、 にあっては、あらゆる変化は量から質への移行、物体に固 相反するものを融合させ、新しい綜合を生みだすことはでき有 ( ? ) の、あるいは他からその物体に伝えられる運動 ないだろう。生存競争によってえられるところは純粋に否定何らかのかたちの運動の量から質への移行である。すなわ 的なものである。なぜならそれは最弱者を決定的に切りすてち、たとえば、水の温度ははじめのうちは水の液体状態にた てしまうからだ。生存竸争のもろもろの結果と階級闘争なる いし何の意味ももっていないか、温度を上昇あるいは下降さ

7. 世界の大思想29 サルトル

尹ルミドール 訳注一一一八九四年七月二十七日、革命暦熱月九日に穏和派が ということがわかるだろう。現代のマルクス主義者には歴史 ロベスビ = 1 ル、サン・ジ = ストらを失脚させ、恐怖政治に終止を不動の知の死んだ透明な対象物とみなしている点で非難が 符を打った事件。 あびせられるだろう。すぎ去った事実の両義性が強調される ごらんの通り、それはくらやみのなかでの闘争なのだ。こ だろう。そしてこの両義性という言葉によっては、キエルケ れらの集団の一つ一つの内部で、最初の運動が、表現と行為ゴール流のわけのわからない不条理が意味されてはならず、 とにともなう必要条件によって、用具 ( 理論的なものと実践ただ成熟点にまで到達しえなかった一つの矛盾が意味される 的なものとがある ) の分野の客観的制限によ「て、時代おくのでなければならない。未来によ「て現在を、発達をとげて れになった意味づけの残存によって、また、あたらしい意味明白化した矛盾によって幼虫状態の矛盾を明らかにし、現在 づけの両義性によって ( それにたいていの場合、あたらしい に対して、それがその体験として先例をもたぬという性格か 意味づけは時代おくれの意味づけを通して表明される ) 偏向ら得ているあいまいな相貌を残しておいてやること、が同時 させられる。この点から、一つの仕事がわれわれに課せられ に大切であろう。 る。それは、このようにして形成された政治的ー社会的集団 実存主義はそれで歴史的事件の特殊性をひたすら主張する の還元不可能な独自性を、それらの集団の不完全な発達段階 ことができる。それは歴史にその機能と多種多様な次元とを と偏向を生じた客観化とを通して認識し、その複雑性そのも復させようとっとめる。たしかにマルクス主義者とても事 ののうちに定義づけることである。観念論的意味づけはさけ件に無知であるわけではない。事件とは、マルクス主義者の るべきであろう。サン・キュロットを本物のプロレタリアー 眼には、社会の構造、階級闘争がとった形式、力関係、興隆 トと同一視することも、幼虫状態にある一種のプロレタリア 階級の上昇運動、各階級の内部で、その利害を異にする個々 ートの存在を否定することも、ともに拒否されるだろう。経の集団をお互いに対立させる諸矛盾、をあらわす。しかし、 験そのものがわれわれにそれを課する場合をのそいて、一つ百年近く前から、「ルクス主義的気まぐれともいうべきもの 題の集団を歴史の主体とみなすことも、また革命のにない手と によって、世のマルクス主義者たちは事件にたいして重きを の しての九一二年のブルジ , ワたちの〈絶対権〉をみとめることおかないような傾向にあることが示されてきた。それで、十 法も、拒絶されるだろう。一言でいえば、先験的図式化に対す八世紀の肝腎な事件とはフランス革命ではなしに蒸気機関の 方るすでに体験された歴史の抵抗があることがみとめられるだ発明だということになるであろう。ルクスは、そのみごと ろう。あのでき上った、逸話的興味で知られている歴史でさ な「ルイーナポレオン・ポナバルトのブリュメ 1 ル十八日』 えも、われわれにとって完全な体験の対象となるべきである が十分に示しているように、 このような方向はたどらなかっ

8. 世界の大思想29 サルトル

この事実からして、、 しずれの精神分析も、人間を世界のうち な選択を、それそれのしかたで象徴化しており、またそれと 2 同時に、おのおのの人間的行為は、その偶因的性格やその歴において考察する。そして、或る人間が何であるかについて、 この根本的な選択を覆い隠しているがゆまずこの人の状況を考慮にいれずにこの人に問いかけること 史的機会のもとに、 ができる、などとは考えない。いずれの精神分析的研究も、 えに、われわれは、それらの行為を比較することによって、 主人公の生活を誕生からいまわのきわにいたるまで再構成し それらの行為がいずれもそれそれ異なるしかたで表現してい ようとする。両者はいすれも、見いだしうるかぎりのすべて る唯一の顕示を、出現させるであろう。この方法の最初の組 描は、フロイトおよびその弟子たちの精神分析によって、わの客観的資料、たとえば書簡、証一一一口、内面的日記、あらゆる・ れわれに提供される。それゆえ、ここでは、実存的精神分析種類の《社会的》情報などを、利用する。両者が復原しよう が、いわゆる精神分析から、いかなる点で影響を受けておとするところのものは、単なる一つの心的出来事であるより も、むしろ、幼年期の決定的な出来事と、この出来事のまわ 、いかなる点で根底的に異なっているかを、いっそうはっ 一対のものである。ここで りにおける心的結日作用という、 きりと示すのが適当である。 も、やはり間題なのは一つの状況である。おのおのの ^ 歴史 いすれの精神分析も、《心的生活》の対象的に認知されう るすべての表出と、まさに人格〔その人自身〕を構成する根本的》事実は、この観点からすれば、心的発展の要因と見られ . 的全体的構造との関係を、象徴するものと、象徴されるものると同時に、この心的発展の象徴とも見られる。なぜなら、 との関係と見る。いずれの精神分析も、遣伝的性向、性格と歴史的事実は、それだけとしては、何ものでもないからであ ) いうような、原初的所与は存在しないと考える。実存的精神る。歴史的事実は、それが受けとられるときのしかたに応じ てしか、働きかけない。また、それを受けとるときのこのし 分析は、人間的自由の根原的な出現より以前の何ものをも、 かたそのものは、個人の内的気質を象徴的に表現する。 認めない。それに反して経験的精神分析の主張するところに すれも、状況のラ 経験的精神分析と実存的精神分析は、い よれば、個人の原初的な気分は、その人の歴史より以前の処 ちにおける一つの根本的態度を探究する。この態度は、あら・ 女的な蜜蝋である。リビドーは、その具体的な定着のそとに おいては、何らかのしかたで何ものかのうえに自己を定着しゆる論理に先行するがゆえに、単なる論理的な定義によって うる一つのたえざる可能性より以外の何ものでもない。いずは言いあらわされえないであろう。それは、特殊な綜合の法 則にしたがって再構成されるのでなければならない。経験的 れの精神分析も、人間存在を一つのたえざる歴史化と見る。 そして、静的固定的な所与を発見するよりも、むしろ、この精神分析は、コンプレックスを規定しようとこころみるが、 これは、その名称そのものからして、それに関係のあるすべ 歴史の、意味、方向、有為転変を、あらわにしようとする。

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399 方法の問題 ( 訳注二 ) う。もしわれわれが、相反する諸力の合力を平均値とみなすなら 体化 ) としての責を負うことになる。クロンシ = タットの叛徒の ば、資本とか帝国主義などの体系的な過程の出現を理解すること 処刑はおそらく不可避のものであった。これはおそらくこの悲劇 は不可能である。個人は分子のようにお互いに衝突し合うのでは 的なこころみへの歴史の審判であったのだから。しかし、同時に なくて、与えられた条件と、方向を異にし、或いは、お互いに対 この実践向きの ( それだけが現実のものである ) 判断は、その叛 立する利害関係の基盤のうえに、各人が他人の投企を包含しのり 徒自身と当時の矛盾をもととしたこの反抗の自由な解読をともな これらののりこえ こえるものであることを理解せねばならない。 わないかぎり、歴史に盲従するものの判断たるにとどまるだろう。 と、それからのりこえののりこえによって、社会的対象物は構成 人は或いはいうかもしれない、そのような自由な解読はいささか されることができるのであるが、これは同時に、意味を賦与され も実践向きではない、なぜなら叛徒たちもそれを裁いた人たちも た一個の現実であり、また誰もそこに全面的に自分のすがたを認 ひとしく死んだのだから、と。だがこれは真実ではない。なぜな 知しえない或るものであり、つまりは作者知らすの人間的作品な ら、現実のあらゆる水準に於いて事実を究めることを受容するこ のである。エンゲルスや統計学者が考えるような〈平均値〉は結 とによって、歴史家は未来の歴史を解放する。この解放は、眼に 局作者を抹殺する。しかし同時に、彼らは作品とその〈人間性〉 みえる有効な行動としては、民主化の全般的な運動の枠内に於い をも抹殺する。この点をこそ、われわれは第二部に於いて敷衍す てしか到来しえないものであるが、しかも、逆に、その民主化の る機会をもつだろう。 運動自体を促進せすには止まないものである。三。疎外の世界で 訳注一「善意で地獄は蔽われている」。フランスの諺で、意図と は、歴史上の行為者は決して全面的に自分の行為のなかに自己を 実行との不一致を諷したもの。 みとめることはない。 このことは歴史家が彼の行為のなかに、ま 訳注一一クロンシ = タットはロシアの海港。一九二一年三月ソヴ さしく疎外された人間であるというかぎりに於いての彼をみとめ イエト政府の食糧徴発その他戦時政策に対する不満から同地に反 るべきではない、ということを意味しはしない。いかなる仕方に 革命運動が起り、水兵もこれに加って臨時革命委員会を組織した よるにせよ、疎外は基盤と絶頂とにある。そして行為者は、政外 が、赤衛軍の徹底的な弾圧のもとに数日のうちに鎮圧されてしま の否定でありながらふたたび疎外の世界におちこんでしまわない つア」 0 ようなことは何ひとっ企てないのである。しかし客観化された結 訳注三以下のサルトルが問題にしているエンゲルスの考え方に 果としてあらわれる疎外は当初にあった疎外とは同一ではない。 ついては、たとえば大月版「マルクス・エンゲルス選集」第十五巻 人間を定義するものはこの一方から他方への移り行きである。 所収の「史的唯物論にかんする手紙』 ( 同書五二九ペ 1 ジ ) 参照。 原注二まさしくこの点について、エンゲルスの考え方は動揺し たように思われる。彼がこの平均値という念についてしばしば ( 訳注三 ) 第一。それを体験するという端的な事実によって、われわ おこなった不幸な用法は周知のことである。彼の明白な目的と は、弁証法的運動から無条件的力としての先験的性格をうばい去れがたえずのりこえる与件は、われわれの生活の物質的な諸 ることである。しかし、同時に、弁証法がすがたを消してしま条件に還元されえない。そこには、すでにわたしが言ったよ

10. 世界の大思想29 サルトル

点については、前野良編『ハンガリー間題』 ( 合同出版社 ) 三一 ろ、すなわちその労働のなかに、家庭内に、巻のうちに、探 七ページ参照。 ねもとめる。われわれはたしかにーーキエルケゴールがやっ 訳注二三七七ページ訳注一に述べたようにルカッチはハンガリ たように この現実の人間が認識しえないものであると主 ア事件当時ナジ首相の下で文化相であり、ナジの失脚と運命を共 張するのではない。われわれはただそれが認識されていない にした。おそらくそのころのルカッチのスターリニスム批判の文 というのである。一時それが知の手をまぬがれているのは、 章があり、それをサルトルは具体的に指して語っていることと思 われわれがそれを理解するために用いる概念が右翼の観念 われるが定かではない。 論、或いは左翼の観念論から借りてこられたからに他ならな 今日、社会的歴史的経験は知の外にこぼれ出ている。・フル 。この二つの観念論をわれわれは混同する積りはない。右 ジョワ的諸概念はほとんど更新されす、すみやかにすたれた ものになりつつある。アメリカ社会学の現実の成果もその理翼の観念論はその諸概念の内容によ「て観念論と呼ぶにふさ 論的な不確実を蔽いかくすことはできない。度胆を抜くようわしいが、左翼のそれは今日それがその諸概念を駆使してい るその使用の仕方によってその名にふさわしい。また大衆の な出発の後に、精神分析学は動きがとれなくなってしまっ なかでのマルクス主義的実践が理論の硬化症を反映していな ま数多くあるが基盤が欠けている。 た。細部についての知識。 まとんど反映していないことも真実である。しか いか或いは ~ マルクス主義は、といえば、それは理論的基礎をそなえてい て、すべての人間の活動を包含することができるが、しかもしまさしく革命的行動とその正当化のス 0 ラ学との相剋が、 それはもはや何ひとっ知 0 てはいない。その諸概念は絶対命社会主義諸国に於いてもブルジョワ諸国に於いても、共産主 令 diktats であり、その目的はもはや知識を獲得することで義的人間がはっきりした自己意識をもっことをさまたげてい はなくて自らを先験的に絶対知としてきずき上げることである。われわれの時代の最も眼につく性格の一つは歴史がみず からを認識することなしに作られて行くことである。いつの る。この二重の無知に対して、実存主義は復活して存続する 時代にも事情は同じであったという向きもあるだろう。そし ことができた。なぜならそれは、丁度キエルケゴールがヘー ゲルに対してその固有の現実性を主張したように、人間の現て前世紀の後半まではその通りであ 0 た。端的にいうなら、 の実性を再び主張したのだから。ただこのデンマーク人は人間マルクスが出るまでは、である。だがマルクス主義の力と富 法と現実についての〈ーゲル的な考え方を拒否した。ところとを成したものは、それが歴史の過程をその全体に於いて明 方 が、実存主義とマルクス主義とはこれに反して同一の目的をらかにするための最も根本的なこころみであったということ 目指している。ただしルクス主義は人間を観念のなかに吸である。これに反して、ここ一一十年来、ルクス主義の影は 収してしま「たが実存主義は人間をそれが存在する至るとこ歴史を暗くして来た。それはマルクス主義が歴史とともに生