「え、ほんならその時にもブップ島の初夜権の話、糖尿であかんかったという話、出ました 「聞きました」 「聞かはった ! 」 木谷は女のような高い声を出した。二人はじっと顔を見合せた。その眼が次第に輝いて行くの をお互いに見合った。 「何やしらん、はじめからしまいまで、エッチな話ばっかりで」 「私が四十になってるのに独身でいるのはなんでやと、聞かはりますねん。あの方はどないし とるんや、一人でやっとるんかとか、あんたはカマ趣味かウヒウヒウヒと笑わはって、そらえげ つないことばかりで : 「私のときも同じ。あんたは処女か、とか : : : 」 木谷の顔に艶が出て来た。 「私は料理の話をしに行ったんでっさカレ * ) 、、斗理の話をはじめますやろ、そしたら返事をせん といきなり、あんた、木谷はん、女に囲まれて料理教えてるうちに、妙な気にならへんかフ か、大阪の女と東京の女の味はどない違うかとか : : : 」 「女の失神の話 : か」 つや
と豊作はいった。 もちろん 「勿論来とるよ。昨日から新神戸に泊っとる」 村安は答えた。 「君の話をしたら、喜んどったで」 「なに、俺のことをいうたんか」 「そらいうたさ。中学の頃、あんたにネッ上げてた宮本豊作いうの、覚えてますか、いうたら、 みるみる顔を輝かせて、まあ、宮本さん、お元気ですか、というたよー 「そんなら俺が今日、行くこともしゃべったんか ? 「日曜日に多分、宮本が来ます、いうたら、まあ、懐かしいわ、いうて、えろう喜んどった 「ふーん、そうか 豊作は笑うまいとしても笑えて来ながらいった。 鏡「君は何時頃、会場へ行く ? 」 眼「十一時からの会やからな。俺は十時にはもう行ってる。彼女もその頃に来るよ」 老 「そうか 豊作は時計を見た。 「まだ九時前やな。俺はもう家を出たんや」 わ」
来なかったけど、戦争が終ってから、さアちゃんの面倒をみてたんじゃなかったの ? 」 「ぼくが引さアちゃんと ! 」 藤堂は高い声を出した。 「ぼくはさアちゃんの手ひとっ握ったことは、なかったよ。おふくろから一日結婚を頼まれた けど、何もしなかったよ。ぼくは一度でもそんな関係に入ってたら、どんなことがあっても結婚 している。ぼくはそういう男だー 「でも : : : 」 いいかけた史を藤堂は中学生のように憤然として遮った。 「それはね、ぼくだって若かったから、海軍に入って皆、恋人だの婚約者だのから手紙が来て うらや るのが羨ましかったよ。それでついフラフラとさアちゃんに手紙書いて、復員して来たら結婚し よう、といったこともあった。つまり手紙で約束をしたんだ。しかし、よく考えてやつばりやめ ようと思って、それで丸田に手紙を出して、さアちゃんと結婚の約東をしたが、あれは取り消し 裏てくれと頼んだんだ。それだけだよ、さアちゃんとの関係は 回 「でも戦争が終ってから、藤堂さんはさアちゃんにお小遣いあげたり、生活の面倒みてたって 九聞いたけど : : : つまり愛人としてね」 「バカな ! 」 げつこう 藤堂は激昂した声を出した。 さえぎ
「誰がそんなことをいったんだ。ひどいこというなあ、ぼくはね、あんまりさアちゃんがみす ぼらしいのでそうしてやっただけですよ。さアちゃんばかりじゃないよ。あの姉の方にだって小 遣いをやったよ。あの姉妹ばかりじゃない。昔の友達は戦後、皆困ってた。ぼくはいわばアプク ゼニのようなものを取っていた。だから、友達の中で困っている人間は、ずいぶん面倒をみた よ 阿川がもどって来たので史はロをつぐんだ。 いいですなあ : 阿川は、席について自分のコツ。フにビールを注ぎながらャケクソのように頭をふった。 「美しい話だ : : : そばで見ていても気持がいい : そうして、さあ、もっと聞きましよう、と居直った具合に、藤堂と史を見た。しかし、藤堂も 史も暫くの間、黙ったままだった。 丸田茂子は藤堂研を愛していたのだ 史は思った。二人のイトコが怖かったのではない。藤堂研を愛していたのだ。俊子が躍起にな って不審がっていた点がそれで解明出来る。史は電話でそのことを俊子にいう場面を想像した。 ひやア : : : そう ? ・ 俊子は女学生時代の例の調子で叫ぶだろう。そうしていう。 あんた、ふう公、マルポンにポロ負けやねエー
村安はそういうとエレベーターに向って先に立って歩き出した。 「彼女、堂々たる貫禄やそ。そのつもりでやれよ」 「もう会場に来てるかな」 「来てるやろ、展示のしかたがなかなか、うるさいんや」 豊作は微かに心臓の鼓動が早まるのを感じた。彼はエレベーターの中の小鏡に自分の顔を写し、 口を引き締めてきっとした表情を作ってみた。 ゃあ、しばらく : 彼は心の中で最初に友江にいうべき言葉を呟いてみた。 ぼくのこと、覚えて下さってましたか : 彼は鏡の中の自分に向ってニンマリと笑いかけた。そうしてその笑いがあまり、しまりがなさ すぎると思って急いで顔を引き締めたとき、エレベーターは止った。 「柴田友江による新作発表ー 鏡エレベーターを出た所に、大きな立札が立っていた。小机が用意されており、来会者の署名簿 眼が置かれてある。 老 「あれがただの展示会と違うとこや。つまり柴田友江の染物は芸術やというわけやな」 と村安はいった。 豊作は村安についてまだ客の来ていない会場を一巡した。染物の一つ一つに「摂津のあけぼ かす せつつ
「それでね、いきなり三村さん、敬太郎ったら浮気してるらしいの、っていわれちゃったの、 私、何ていったらいいのかわからなくて、思わずホント ? っていっちゃった 三村波の声がバスルームから聞こえていた。バスルームは開け放しになっている。波は浴槽に あわ 長々と脚を伸ばして胸にシャポンの泡を立てながらしゃべっていた。 やっ 「あなたはよくいってたでしよう。うちの奴は絶対にぼくを信用しているんだって。でもその 割には案外、簡単に疑われてしまったわね」 「うーん」 敬太郎はべッドの中でった。京都ホテルを引き上げて、その足で用を足してから名古屋城の ほとん 見えるこのホテルへ来た。彼が部屋へ入るのと殆ど同時に、東京を新幹線で発って来た波が入っ て来た。波は東京駅の構内でひょっこり町子に会ったといって興奮していた。 ちがさき 「何でも思い立って茅ヶ崎にいるお友達のところへ行くんだっていってたわ。どうしたのかな。 京子ちゃんは連れていなかったわよ」 夫の場合
といった。 「あっ 久は驚いて、 「まあ、偶然 ? と叫んだ。ク微笑は風に乗ってクとは三年前に久が書いた少女小説の題名である。その中には 田所由紀という名の十七歳の美少女が出て来る。 「あの小説読んだときから、先生のファンになったんじやけど、何か自分のことが書かれとる ような気がしてしもうて : 由紀はいった。 「うちの組に大塚君いう男の子がいたんじやけど、大塚君は男子の委員でうちが女子の委員で、 いつも一番を竸争しおうたんです。大塚君は二年に進級したけえど、うちは学校をやめにゃあな らんことになったんです。赤松先生ちゅう先生が担任で、えろううちを贔屓にしてくれて、つづ けて学校へ行かせてやりたいというて、色々心配してくれたんじやけど、おえんかったんです。 せんべっ こけえ出てくる時も赤松先生と大塚君が駅イ送りイ来てくれて、赤松先生からは餞別もろうたし、 大塚君はこれをくれたんじゃ」 えり 由紀はセーターの衿もとをずらして金色の。ヘンダントを見せた。 「中にや大塚君の写真が入っとるんじゃ」 ひいき
8 「あのイトコのおふくろというのが変っててねえ。ぼくがフィリビンへやられることになって 挨拶に寄ったら、一日でいいから小夜と結婚してやってくれ、というんだな」 まっす 史は車に揺られながら真直ぐ前を見つめていた。 「あんな時代だろう。戦死するかもしらんといっても、かまわんというんだな。ぼくはびつく りしたねえ : : : とにかく変った一家だったなあ : : : 親爺が女を作って出て行ったきり帰って来な かったんだー 藤堂はいった。 「あの頃は親爺から送金があったから、茂ちゃんの家よりも豊かだったんだな。茂ちゃんの方 の親爺は早く死んでたから、丸田の方の生活は苦しかったんじゃないかなあ : : : しかし戦後はひ どかったなあ、さアちゃんが野球場へ訪ねて来たことがあったんだよ。結婚したけど別れたとか いってね。みすぼらしい恰好をして、あんまり可哀想だから丁度、アメリカの友達が送って来て くれた洋服地をやったりね、その後、小遣いも時々、やってたなあ : ・ 史は真直ぐ前に顔を向けたまま、 「ふーん、そう」 といっただけだった。 海沿いの町の料亭は海のそばにあったが波の音は聞えなかった。史は障子を開けて水銀燈に照 いしどうろう らされている庭の芝生と石燈籠を眺めた。その向うに海がある筈だったが、芝生の向うはただ黒 おやじ
「主人たら : : : どうやらまた、新しいのが出来たらしいのよ」 静子は眼をむいて町子に向かって顔を突き出した。 「いつだったかの日曜日、私、いってたでしよう。あの時どうもいやな予感があったのよ。主 人が自分の方から食事に行こうとか子供に何か買ってやるとかいい出すときは、必ず何か悪ダク ミをしている時なのよ。私、ちゃんと統計を取ってあるんだもの : : : 」 静子はいった。 「今度の女はねえ、誰だと思う。モデルやホステスなんかじゃないのよ。お汁粉屋の女主人な ハーかと思ってマッチにあ のよ。いつもポケットにク嵯峨クってマッチが入ってるじゃないの。 った電話番号を廻してみたら、お汁粉屋なのよ」 しようこ 「でもマッチぐらいではそんな証拠にはならない しろうとしあわ 「と思うでしよう ? そこが素人の倖せなところよ。私くらいのべテランになると、一瞬で。ヒ、 ビ、ビーと来るのよ。いっか主人がいってたことがふーツと浮かんで来たのよ。もと会社にいた しんじゅく 心秘書課の女の子が新宿でお汁粉屋を開いたってこと。あれはちょっと色つぼい女だから、社長が っ金を出してやったんじゃないかな、なんていってたことがあったのよ」 「でも、その人と同一人物かどうか」 「確証があるのよ . 静子はいった。
「それにしてもいきなり出て来るなんて、ムチャですよ , つぶや 久は途方に暮れて呟いた。 「しようがないわねえ。とにかく二、三日うちにいなさい。その間に仕事を探してあげるわ」 工藤が紅茶を持って入って来た。久はいった。 「広島からだから、東京駅に着いてよかったわ。これが上野だったら、あなたみたいな見るか らに田舎からぼっと出て来たような人、悪い連中にすぐに目をつけられるところよ。東京はこわ いのよ、ねえ、工藤さんー 「本当ですよ。ポン引きってあなた知ってる ? うまいこといって親切そうに近づいて、売り いきうま 飛ばしたりする連中がウョウョしてるのよ。とにかく東京ってところは、昔から生馬の眼を抜く っていって、どうしたらうまく欺せるか、ってことを考えてる連中ばっかりよ。気をつけなくち ゃあー まっす 「それにしてもよくまあ、真直ぐにここへ来られたわねえ」 「タクシーの運転手が知っとったんじゃ」 少女は顔を蔽ったまま、涙の残っている声でいった。 「どこへ行くんならというから、上条久先生の家というたら、知っとって連れて来てくれたん じやけど 「あーらまあ、たいしたものですわ、先生ー