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検索対象: 九回裏
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1. 九回裏

れがわかっていながら、史は俊子を誘ってそのあたりをさまよわずにはいられなかったのだ。そ うして藤堂の姿を求めてさまよっていること自体に、史の幸福感があるのだった。 「藤堂はふう公のこと、知ってるのんやろか」 ある時俊子はいった。 「さあ : ・ わからへん : : : 」 「知らんやろうねえ。いつも野球場の外野か電車の窓から見てるだけやもん、知ってるわけな いわね」 「うん、そうや。知らんやろう」 「ふう公、それでもかまへんの ? 」 「うん、かまへん」 「ほんまに : : ほ・ん・ま・にかまへんの ? 」 「うん、かまへん」 裏「藤堂とっき合いたいと思わへんのん ? 」 回 、「うん、思わへん : : ・・」 九「結婚したいとも ? 」 「思わへんよ。勿論 ! 」 史は力をこめて叫ぶようにいった。

2. 九回裏

「それにしてもいきなり出て来るなんて、ムチャですよ , つぶや 久は途方に暮れて呟いた。 「しようがないわねえ。とにかく二、三日うちにいなさい。その間に仕事を探してあげるわ」 工藤が紅茶を持って入って来た。久はいった。 「広島からだから、東京駅に着いてよかったわ。これが上野だったら、あなたみたいな見るか らに田舎からぼっと出て来たような人、悪い連中にすぐに目をつけられるところよ。東京はこわ いのよ、ねえ、工藤さんー 「本当ですよ。ポン引きってあなた知ってる ? うまいこといって親切そうに近づいて、売り いきうま 飛ばしたりする連中がウョウョしてるのよ。とにかく東京ってところは、昔から生馬の眼を抜く っていって、どうしたらうまく欺せるか、ってことを考えてる連中ばっかりよ。気をつけなくち ゃあー まっす 「それにしてもよくまあ、真直ぐにここへ来られたわねえ」 「タクシーの運転手が知っとったんじゃ」 少女は顔を蔽ったまま、涙の残っている声でいった。 「どこへ行くんならというから、上条久先生の家というたら、知っとって連れて来てくれたん じやけど 「あーらまあ、たいしたものですわ、先生ー

3. 九回裏

「え、ほんならその時にもブップ島の初夜権の話、糖尿であかんかったという話、出ました 「聞きました」 「聞かはった ! 」 木谷は女のような高い声を出した。二人はじっと顔を見合せた。その眼が次第に輝いて行くの をお互いに見合った。 「何やしらん、はじめからしまいまで、エッチな話ばっかりで」 「私が四十になってるのに独身でいるのはなんでやと、聞かはりますねん。あの方はどないし とるんや、一人でやっとるんかとか、あんたはカマ趣味かウヒウヒウヒと笑わはって、そらえげ つないことばかりで : 「私のときも同じ。あんたは処女か、とか : : : 」 木谷の顔に艶が出て来た。 「私は料理の話をしに行ったんでっさカレ * ) 、、斗理の話をはじめますやろ、そしたら返事をせん といきなり、あんた、木谷はん、女に囲まれて料理教えてるうちに、妙な気にならへんかフ か、大阪の女と東京の女の味はどない違うかとか : : : 」 「女の失神の話 : か」 つや

4. 九回裏

をあおるよりしようがないといった風だった。 「はあーん、そうですか。そんなことがあったんですか」 てじゃく 手酌でビールを注いでは阿川はくり返した。 「いいなあ、いい話ですなあ : : : 」 いつの間にかすっかり日が暮れていた。こんな所じゃなしに、落ち着いたところで飯を食おう、 と藤堂はいった。 藤堂は中学生の時よりも単純で、無邪気だった。彼は大声で快活に笑い、史をじっと見つめて 何度も、 「なっかしいなあ : : : 」 といった。そんな気取りのなさはおそらく藤堂が年をとったために出て来たものにちがいなか 「いいですねえ、ゆっくり昔話を聞かせていただきましよう」 裏と阿川は賛成した。三人は車を呼んで近くの海沿いの町の料亭へ出かけて行った。車の中でふ 回と、藤堂はいった。 九 「ふうちゃんは丸田の隣のイトコというのを知ってる ? 」 「さアちゃんとキヌちゃんでしよう ? 知ってるわ」 史はいった。 っ

5. 九回裏

木谷孝作は丸みを帯びた四角い顔を邦子に向けて、パチパチと忙しく瞬きした。その癖は彼が テレビに出たときにもよく出る癖だ。 「実は私、先週、大曾根さんと週刊太陽で対談したんですけどね」 邦子は思わず木谷を見つめた。 「何やしらん、今度行くのん、あんまり気がすすみまへんのやー 「なんでですの ? 気がすすまんて ? 」 「そら大曾根さんは偉い小説家でっせ。我々みたいな者とは格が違いますやろ。しかし、なん ぼ何でも、えらいあしらわれようで : 木谷はいった。 「私は料理の話をしに行きましたんやで。それやのに、いきなりプップ島の酋長の初夜権の話 「えつ、何ですって ? 「大曾根さん、ブップ島へ行って酋長代理にならはったんですー 島 プ「知ってます。婚礼があると酋長がヨメさんの毒味をするーー」 プ木谷は眼をパチパチさせた。 「知ってはりまっか」 「私も対談したんです。先々週ーー まばた

6. 九回裏

「誰がそんなことをいったんだ。ひどいこというなあ、ぼくはね、あんまりさアちゃんがみす ぼらしいのでそうしてやっただけですよ。さアちゃんばかりじゃないよ。あの姉の方にだって小 遣いをやったよ。あの姉妹ばかりじゃない。昔の友達は戦後、皆困ってた。ぼくはいわばアプク ゼニのようなものを取っていた。だから、友達の中で困っている人間は、ずいぶん面倒をみた よ 阿川がもどって来たので史はロをつぐんだ。 いいですなあ : 阿川は、席について自分のコツ。フにビールを注ぎながらャケクソのように頭をふった。 「美しい話だ : : : そばで見ていても気持がいい : そうして、さあ、もっと聞きましよう、と居直った具合に、藤堂と史を見た。しかし、藤堂も 史も暫くの間、黙ったままだった。 丸田茂子は藤堂研を愛していたのだ 史は思った。二人のイトコが怖かったのではない。藤堂研を愛していたのだ。俊子が躍起にな って不審がっていた点がそれで解明出来る。史は電話でそのことを俊子にいう場面を想像した。 ひやア : : : そう ? ・ 俊子は女学生時代の例の調子で叫ぶだろう。そうしていう。 あんた、ふう公、マルポンにポロ負けやねエー

7. 九回裏

探してたのよー 「それで、あんたは大江とっき合うてたの ? 豊作は同じ問いをくり返した。 「友達が、私の気持を伝えてくれたのよ。卒業してから : : : 私が、急に結婚させられそうにな ったとき・ : : ・」 「 : : : 知らなかったな。ちっとも知らなんだ : : : 」 豊作は思わず大きな吐息を吐きそうになるのを懸命に押し止めた。大江のフンプンを友江が好 きになっていたなんて、夢にも考えられないことだった。よりにもよってフンプンを。いつも豊 作の尻にくつついていて、タコ焼きやク三銭の洋食クをおごってもらっていたフン。フンを。 「ねえ、宮本さん、海へ行かへん ? 市の海へ」 ふと友江がいった。 「どうなってるかしら、あの海岸 : 「よし、行こ ! 」 からげんき 豊作は空元気を出して立ち上り、女中に車を命じた。彼は大江と友江の関係がいつ、どのへん まで進んだかということについて聞く勇気がなかった。それはもしかしたら友江の愛した男が他 の誰でもないあのフンプンであるためかもしれなかった。 二人は車に乗って国道を市へ向った。その途中には彼の通っていた中学と、友江の通ってい

8. 九回裏

「そんなこと聞くと、藤堂の手紙はますますおかしいと思えてくるわー 俊子はいった。 「その後、藤堂はさアちゃんとどうなってるの ? 」 「知らん・ : : ・」 「さアちゃんは幾つ ? 」 「五十でしよ、藤堂と同い年やったから。 「五十 ? へえーエ、もう五十 ? あのイケズの女の子が」 「あんただって四十六よ。オッチョコチョイの女の子が : : : 部長夫人になってるー 俊子と史は暫く黙った。 「なんやしらん、がつくり来るねえ。こんな話してると : : : 」 俊子は気が抜けたような声を出した。 「藤堂はほんまにふう公に会わせてくれとマルポンにいうたのか、あんな不良は嫌いやという たのは本当か、なぜマルポンはさアちゃんの機嫌ばっかり取ってたんか : : : マルポンに聞きたい こといつばいあるわねえ : : : 」 「すべてのナゾはマルポンが握ってる ! 」 史はいった。史はそれを紙芝居屋の声色でいった。 「聞きたいねえ、マルポンに : こわいろ

9. 九回裏

「遊びに」 めいりよう 簡単明瞭に答えた。 「一人でかい」 「ううん、お友達と」 「誰だい、お友達って」 するとキラリと町子の目が光った。 「それをいわなくちゃいけないの ? 町子はいった。 「それじや私だってあなたが三井書房の打ち合わせだなんていって、誰とアジアホテルに泊ま ったのか、お聞きしてもよろしいんですのね」 だいたい、町子の言葉っきが丁寧になった時は、危険信号であることを敬太郎は知っている。 敬太郎がひるんだのを見て町子はいった。 「お互いにそんなャポはよしましようよ。オホホ : : : 」 つぼね っその笑い方はテレビドラマに出て来る大奥の意地悪局の笑い方だ。そしてそれはまた、さっき 三林静子が洩らした笑いにも似ている。 「それじゃあ、お前は : : : 」 といいかけて敬太郎は自分を押えた。町子はハナ歌を歌いながらネグリジェに着がえると、風

10. 九回裏

つの心、 二つ目のインスタントラーメンを齧っているところへ京子が学校から帰って来た。京子は「た だいまア」とい - つなり一フンドセルをほうり出し、 「友野さんチへ行ってくるからね . と走り出ようとした。 「おい、京子、ちょっと待て : : : 」 敬太郎は慌てて京子の後を追った。 「ママはどこへ行ったか知らないかい ? 」 「ママ、いないのフ 「うん。ママま。、。、 ; ーノノカ今日の昼に帰ることを知ってるんだろ ? 昨日、電話でいったろう ? 電話に京子が出て来たとき」 「京子、ちゃんといったわよ」 「そうしたらママ、なんていってた ? 」 「そう、って 「それだけかい ? 」 「ちゃんと聞こえてたと思うよ。おっかない顔してたもの」 そういうなり京子は階段を駆け下りて行ってしまった。 敬太郎は押入れから布団を引っぱり出してその中にもぐり込んだ。昨夜はロクに眠っていない