相手 - みる会図書館


検索対象: 何がおかしい
47件見つかりました。

1. 何がおかしい

「 x x 会館のホールですが」 「あ、それなら : : : 」 ようや と漸く場所を教えてもらった。そのホールは石畳の右手の方の地下にあったのだ。すみ ませんと謝って外へ出た。謝っているのに相手が恐縮したような怯えたような顔をしてい るのは、よほど私の顔が怖かったのであろう。 やっと会場へ到着する。 「や、お待ち申しておりました : と男の人が出て来た。 しばら 「ただ今、先生がご講演中でございますので、こちらで暫くお待ち下さい」 といわれる。薄暗い通路を通って案内されたのは舞台の裏の殺風景なだだっ広い部屋で、 汚れたテーブルとパイプの組立椅子が二、三脚あるだけ。広い分、寒々しい。舞台の方か ら、先生の情熱的にかん高い声が流れてくる。 え 思 「先生は何のご講演なんですか ? 」 「エチケットその他、女子社員の心構えというようなことを話していただいております。 あと五、六分で終りますから、それまで暫くお待ちを : : : 」 といってその人はどこかへ行ってしまった。 私はのどが乾いてしかたがない。、 / イヤーの迎えが早すぎたので、昼食の後、お茶もろ おび

2. 何がおかしい

「ちょっとさん : : : 」 と私は電話の相手にいった。 でばぼうちょう 「今ね、出刃庖丁提げた老人が門を入って来たのよ : ! 」とさん ) ちょっと 待って : まわ かぎ 受話器を置いて家中、走り廻った。玄関、勝手口の鍵をかける。飛鳥の早わざ、窓とい う窓はすべて錠を下ろした。それからャカンに水を満してガスに火をつけた。いざという 時、ーー敵があの出刃庖丁でガラスを割って押し込んで来た時は、ヤカンの熱湯をぶつか とっさ けて、ひるむところを椅子で殴るーーそれが咄嗟に考えたことである。 そうして窓辺に戻ったが老人の姿は見えない。老人は家の後ろへ廻ったらしい 「もしもしさんー と私は電話に向っていった。 「今、家中の窓を閉めたんだけど、敵の姿は見えないのよ。どうやら家の後ろへ廻ったら しいわ。私はこれから戦いますからね。もしかしたら、これが私の最期の声になるかもし れないから、よく聞いておいてね」 「またまた、なにをいうかと思ったら」 とさんは笑って取り合ってくれない。 「とにかく、一応切りますからね。一時間経って連絡がなかったら、一一〇番してちょう ・ ( 「エッ

3. 何がおかしい

159 「寒いうちは着物を着ています」 といった。すると相手は重ねて訊いた。 「着物の色は何色ですか ? 「何色かって : : : なんでそんなことを今いわなければならないんです ? 私は女優じゃな いんですから : : : こんなバアサンの写真なんか、どうだっていいじゃないの」 ま、つま、つ 私の見幕に相手はの体で電話を切った。私の中では怒りがくすぶっている。その怒 りは相手の真意がわからぬことと、わからぬままに怒ってしまったことへの後ろめたさの ためである。 翌日、私は後ろめたさを抱えてカメラマンとインタビ、アーを迎えた。 ・けっこう 「昨日は激昂したりしてすみませんでした」 と謝る。てれかくしにア ( ( と笑ってみせて、どうにかインタビ = ーは順調に終ったの いであったが、さて、写真を撮るだんになってカメラマンがこういった。 「この前の篠山紀信さんが撮られた写真、とてもよかったですね。今日はあれに負けない 何ような写真を撮りたいと思いましてね」 「あっ」と思った。その言葉ですべてがわかった。カメラマンは仕事熱心の人だったのだ。 彼は篠山さんよりもいい写真を撮りたいと念願した。そのため着物か洋服か、どんな色か を聞いておいて、あらかじめあれこれ工夫を凝らしておくつもりだったのだ。

4. 何がおかしい

美容整形医に鼻を高くしてもらったという青年に会った。 なぜそんなことをしたのかと訊くと、 「だって鼻が高くなったら前向きに生きて行けるからですよ」 と答えた。 「前向き」とは「積極的」というような意味であろうか。しかし鼻を高くしたことが一躍 ーマンのマントの役目を果すとは、何と簡単な人生だろう。 ポパイのほうれん草、スー これからは自信をもって前進して行きます : ・ その言葉だけを聞けば、今どき覇気のあるなかなかの若者じゃないかと頼もしく思うが、 え その頼もしい言葉が鼻を高く直してもらったことから出たのだと知れば、呆気にとられて 怒る気もしない。 「人生を生きる姿勢はハナによって決るんですか ? 」 せい一杯のイヤミをいったつもりだが、相手は極めて素直、無邪気に、 「だってそうじゃないですか。仕事って、相手の人に好感を与えることでうまく行くもの 向 あっけ

5. 何がおかしい

とよ」 流動的ー なるほどね。では流動的にやるとして、待ち合せの時間が過ぎても相手がこなかったら、 さっさと帰るというわけか。 「そうよ」 「その五分後に相手が来るとは思わないのか ? 」 「来るかもしれないけど、向うが遅れたんだからかまわないのよ」 「遅れてきた人がさっさと帰ってしまったとは思わないで、いつまでも待っていたらどう なる ? 」 「そこまで責任持てないよう。遅れてきた方が悪いんだから」 い悪いの問題ではなく、来るわけがない人間をいつまでも待っている人のことを思う と、気持が落着かないではないか。 「そう ? 私は何ともないよ 論争は零時すぎまでつづいたのである。 翌日、翌々日、私はまだ気にかけているが、電話はかかってこない。忘れた頃ーー四日 目にかかってきた。この間のハキハキ女史の声が朗らかにいった。 「この間のスケジュールの件ですが、しかがでしよう ? 」

6. 何がおかしい

行者の影もなく、車が往き交うばかり。そのとき、石畳の左手に雨天体操場のような、ホ のぞ ールのような建物が見えた。近づいて窓から覗くと、演壇に男性が立って話をしている。 その前に並んでいる百名ほどの聴衆は男性ばかりだ。 はず 今日の講演は企業の女子社員相手のものだった筈だ。とすると日を間違えたのだろう 、刀フ・ だが ( イヤーの運転手も私も、共に間違えるということはあり得ないから、その会 社の、何課か知らないが指示を出した人が間違えたということになる。 とどろ このあたりから、私の胸は轟いて来た。 「胸が轟く」という場合、楽しくてわくわく轟く人もいるだろうし、あるいは不安に轟く 人もいる。恋をして轟く、財布を落して轟く人もいる。しかし私の場合はいつも怒気によ って轟きはじめるのだ。 轟く胸を抱えて私はその講演会場へ入って行った。演壇の講師が一瞬絶句したのは、私 の顔が異常にひきつっていたためかもしれない。 , 後ろの席にいた人が、ふり返って何でし ようかという。いきなり私はいった。 「私は講演を頼まれて出向いて来たものですが ここがそうですか ? 」 相手は目をパチクリさせている。その企業の名前をいえばいいのだが、腹が立ってきて いるので思い出せない。すると別の人がいった。 「その会場はどこです ?

7. 何がおかしい

娘を相手に昔の思い出話をしているうちに、「耳ダレのタケチャンーという男の子の話 けんか が出た。耳ダレのタケチャンは喧嘩が強く、子分を引き連れて学校帰りの我ら女の子を 「通せんぼ」したり、意味もなく追いかけて来たりした「恐怖の耳ダレコドモ」だったの である。 「その耳ダレタケチャンが : : : 」 としいかけると、娘が話の腰を折った。 「耳ダレって何なの ? 」 「あんた、耳ダレ知らないの ! 」 私は驚いてしまった。 「耳ダレというのはね、耳の中から、ウミみたいなものが出てくるのよ」 「汚いねえ ! と娘は顔をしかめる。 「なんでそんなものが出てくるのよ ? 」 出 話

8. 何がおかしい

204 指導するために、自分の創作活動を犠牲にするほどだった。 しんせき 十年目に夫は突然、事業を始めるといい出した。親戚は反対したが、私は賛成した。そ れが彼の「したいこと」であれば、協力したいと思ったのだ。その結果、夫は事業に失敗 し、親戚に見限られて破産した。 あの時、女房が反対すればよかったのだ、と親戚は私を非難した。私が反対したとして も、夫はやめなかっただろうと思うが、しかし私には反対する気はなかった。私たち夫婦 は互いに相手のしたいことを認め合って来たのだから。 結局、私たちは別れることになったが、私には悔いはない。お互いにすることをし合っ けんか たという満足が私にはある。かって私たちはよく喧嘩をする夫婦だった。喧嘩をしながら 協力し合い、夫の協力のおかけで私は曲がりなりにもものを書いて暮らしを立てていける みじん ようになった。この結婚について、私の後海は微塵もない。

9. 何がおかしい

177 仕方なく私はいった。 「そんなことを私に訊かれましてもねえ、何といえばいいのか : 相手は、 「それはそうです、確かにそうです : : : 」 と賛成しながらも、 「しかし『昭和の文学』ですからね、昭和の : : : 」 としつこい。そう力をこめられても、私には何の責任もないのである。 数日後、新聞を開いたら、ふと目についた広告がある。 「昭和文学全集からもれた有名作家たち。 村上春樹、庄司薫、渡辺淳一、佐藤愛子、山本有三、田宮虎彦など」 例のおとむらいの声の記者の週刊誌だ。電話で話をしたヨシミで私も「有名作家」に人 れてくれたのだな、とちょっとほほえましく思う。と、その午後、早速、古い友達から電 何舌 ; = = ロカかかって・米た。 「アイ子さん、たいへんだったわねえ、今回のこと : : : 」 「なにが ? 」 私はわけがわからない。

10. 何がおかしい

空飛ぶ文字 北海道の家にいる夏の間、原稿は何で送るのですか、ファックスですか、とよく訊かれ る。なんでも地方在住の忙しい作家にファックスを使う人が多いのだそうである。 しかし私はファックスですか、と訊かれると、 「ファックス使うほど、私は流行作家じゃないですよ ! 」 むっとしていう。ファックスを使うんですかと訊いただけでむっとされたんじや相手の 人は立っ瀬がないと思うが、ついそうなってしまうのだ。 ファックス、ワープロ、 ハソコン、私はどれも嫌いである。嫌いなのはそれがいったい どんなものなのか、何度説明されてもわからなくなってしまうからで、そういう何度聞い ても呑み込めないようなものが当然のように世の中にはびこって行って、まるで電燈のス ひね ィッチを捻るように皆が使っているのに、私ひとりがわけがわからぬままに取り残されて いるというのは不愉快である。 私の亡母は留守番電話や電話天気予報の仕組みがどうしてもわからず、