204 指導するために、自分の創作活動を犠牲にするほどだった。 しんせき 十年目に夫は突然、事業を始めるといい出した。親戚は反対したが、私は賛成した。そ れが彼の「したいこと」であれば、協力したいと思ったのだ。その結果、夫は事業に失敗 し、親戚に見限られて破産した。 あの時、女房が反対すればよかったのだ、と親戚は私を非難した。私が反対したとして も、夫はやめなかっただろうと思うが、しかし私には反対する気はなかった。私たち夫婦 は互いに相手のしたいことを認め合って来たのだから。 結局、私たちは別れることになったが、私には悔いはない。お互いにすることをし合っ けんか たという満足が私にはある。かって私たちはよく喧嘩をする夫婦だった。喧嘩をしながら 協力し合い、夫の協力のおかけで私は曲がりなりにもものを書いて暮らしを立てていける みじん ようになった。この結婚について、私の後海は微塵もない。
110 だが、それが私には出来ない。 どうしても出来ない。 だから帽子なんか、なくしたことにしてしまえばいいのだが、しかし校舎の出入のたび にそれが目につくのである。見まいとしても目に入ってくる。 わたしはここにいるのよー どうして出してくれないのー と帽子がいっているような気がする。帽子が可哀そうでならない。けれども私はどうし ても先生にそれを申し出ることが出来ないのである。 そのうちに家の者が私の帽子がないことに気がついた。どうした、どうした、と訊かれ る。 「知らん : : : わからへん・ : : ・」 と私は答える。私の母は「しようがないねえ」というだけで、帽子のことはすぐに忘れ てしまった。しかし母は忘れても私は忘れない。私は、毎日ガラス戸棚の中の帽子の前を 通らなければならないのである。私は帽子を見捨てようとしている ! その思いが私をさ いなむのである。 ついにある日、私は母にいっこ。 「わたしの帽子、忘れ物戸棚の中にあるねん : : : 」 なら先生にいって貰ってくればよいと母はこともなげにいう。
127 「懐かしいわねん と彼女はくり返す。懐かしさの中に、新しい恋のようなものが生れかけている。男はそ れを察知する。 男の方にも恋が生れるか ? いや、彼女には気の毒だが、それはないように私には思われる。なにしろ彼女はあまり にも「おばさんふう」なのだ。男の昔の夢は砕け散ったのではないか 2 「ちっとも変ってないねえ」 あいさっ といったけれど、それは本心か、あるいはショックを隠すためのとっさの挨拶か、それ とも彼女は昔から「おばさん風」の女の子だったか。 もしこれを小説にする場合は、どれにしようか、と私は考える。私の好みとしては二番 目である。そうでないと私のト説は / 一面白くならない。つまり私の小説は私のイジワルさで 面白くしている場合が少なくないのである。私がイジワルでなく、ロマンチックな人間で とあったら、この発端から、美しくも苦しいラブロマンスが奏でられるのだろうが、それで 夢は私は少しも面白くないのである。 ある時、私は渋谷のトンカッ屋にいた。映画を見た帰りの夕暮である。私は格別トンカ ツが好きだというわけではないが、夕食どきのことでどの店にも席がなく、たまたま空席 があったので、トンカッ屋に入ったのである。なぜか私がトンカッ屋でトンカツを食べる
214 てニコニコし、しかし抑えかねて突如あらぬことを口走る。そして情けないことにはその あらぬことがウケたりする。 それがウケると先方はそのウケに期待する。まっすぐに生きたいと念じているにもかか わらず、私の中にはその期待に応えねばという気持が湧いてくる。私は自分の弱さに腹が 立つ。それのみか私をそのような気持にさせるマスコミの人に腹が立ってくる。マスコミ の人は何が何だかわからぬままに、「気むつかしい女」だという。そう思うのはもっとも だと私は思う。 彼らには自分たちがゲストを「モノ」あっかいしているという認識がないからだ。中に は認識している人もいるが、テレビメディアとはそういうものだとしつかり思い決めてい るので、モノにされて文句をいう方が認識不足だといいたいのであろう。そこで私は何も かもイヤになる。そこにいる私はウソの私なのだ。それを感じつづけながらあらぬことを しゃべっている私。晒しものになっている私。何よりも痛感することは一一一口葉というものの 無力さである。そしてまた言葉というものが一旦口から出た後は、聞く人の感性や価値観 によって勝手にいろんな色をつけられて、八方へ流れて行ってしまうということの怖ろし さだ。 それで私はテレビ出演を一切やめた。すると時々、こんな手紙が読者からくる。 「この頃、テレビでお見かけしませんが、あんまりししオし 、、こ、放題をいうので、ホされたの
201 私も知的な人間だったというわけではない。自分は知的ではないが、いやしくも男性は知 的であってほしいという強い気持ちが私の中にあったのだ。私の兄たちは不良青年で有名 だったが、それでも多少は知的なところがあった。それはただ知的なふりをしているだけ のことだったかもしれないが、ふりでもいい、男は知的欲求を持ってほしかったのだ。 この頃、新婚旅行の車中で少女マンガに読み耽っている新郎を見かける。 はじめてその光景を目にした時、私は思わず隣席の花嫁の顔を見たが、花嫁は少女マン ガに読み耽る夫に格別失望したふうもなく、果物を剥いて渡したりしている。それを見て 私は四十年前の私だったら、この新婚旅行でもう、夫をイヤになったにちがいないと思っ せんべい 結婚して間もなく、私は夫が畳の上に寝そべって、エロマンガを読みながら煎餅を食べ るのを見て幻滅した。この幻滅は理屈ではなく感情なのである。だから、たかがそれくら いのことで幻滅されたのでは、彼が可哀そうだと人はいうであろう。そして私もそうは思 のうが、一旦抱いた幻滅はもう回復のしようもなく、次々に幻滅を呼んで行った。 のんき 蟷考えてみれば私が彼と結婚してもいいという気になったのは、彼が単純で暢気、ものに こだわらない大きな人間だと思ったからである。事実、彼は寛大で、私の我が儘を我が儘 おうよう と感じない鷹揚さがあった。だがその美点は反面、デリカシイのなさ、低俗にもつながり、 私が男性に対して抱いていた理想から遥かにかけ離れて行ったのであった。 りくっ はる ふけ
226 だが予想に反して完成が遅れた。 , 彼女は判決を受けて現在は刑に服している。世間はも うあの事件のことなど忘れている。そこへ再び寝た子を起すようなことはしてほしくない というのが先方の気持であろう。 この要請ははじめ、私には予想外のことだった。私は私なりに彼女を理解しようと努力 した。その自信を私は持っている。彼女の殺人はマスコミが報じたような愛欲のエゴイズ ムなどではないことをきちんと書けたつもりでいたのだ。 しかし私の意図がどうであれ、書かれた人間にとっては、理解されようがされまいが、 他人の手で裸に触られることはイヤだろう。たとえそれが真実であったとしても、だ。私 のもとの夫のように、 「あれはオレではない」 といえる人間は稀有なのである。 思いあぐねて、私は女流作家のさんに相談した。さんは私と一緒になって困ってく れながら、こういっこ。 「佐藤さんは平林 ( たい子 ) さんを尊敬してるでしよう ? 平林さんはこういってるわ。 『私は書こうと心に決めたことはどんなことがあっても書きます。監獄へ入れるといわれ ても書く。監獄の中で書きます : : : 』って」 確かにそれが作家魂というものなのだろう。多くの作家はその作家魂で作家のエゴイズ
221 書けばわかるか、と思って書きつづける。 なにもとっくの昔に別れた亭主のことなんそ、わかる必要はないじゃないかといわれて も、私のわかりたいという気持は鎮まらない。 その気持を他人は簡単に「愛情」だなどという。その言葉を聞くと私は胸クソが悪くな る。といってそれは「怨み」「憎しみ」かというとそんなものではない。 どんらん それは私の、人間への貪婪な好奇心なのだ。その好奇心があまりにも強いために、私は 欺されるとわかっていながらの接近を受け入れ、いうがままに ( 怒りながら ) 金を貸し たりする。 「あなたは普通の人と、ヒトアジ違う人が好きね」 私は友人からよくそういわれる。 「どうしてあなたはああいうおかしな人を家へ入れるの」 ともいわれる。そういわれてはじめて気がついた。私は「かわった人間」を見ると近づ のいてよく見たいという気持を起すのである。世間の秩序常識の中にきちんとおさまってい 蟷られる人は面白くないのである。共感する部分、好奇心をそそられる箇所がどこにもない のは、平和なっき合いかもしれないが、退屈で気が遠くなりそうなのだ。 どうやら私は人間を「わかりたい」ために書くのである。がわかりたいから書く。書 けばわかると思って書く。それによって私は、私自身を語ることになっている。
か、よくわからないが、とにかく私を起こそうとはしないで、二人で何か論じ合っている 声がポソボソと聞えている。それが気持のいい子守歌のようで、私はますます眠気の中に 沈んで行く。 すると、若い女性編集者が私のそばへ来て、寝ている私の耳もとに口を寄せて小声でい 「先生あの、イビキ : : : 」 寝るのはかまわないが、せめてイビキだけはかかないでほしいといいたいのであろう。 とにかく眠いのである。女性編集者は困り果てた しかし私は起きなければとは思わない。 ようにくり返す・。 「先生、あの、イビキ : ・ そういえばどこからか重々しいイビキが聞えてくる。 ーン、これが私のイビキだな、 そう思いながらまだ眠っている。女性編集者はどこかへ去って行ったが、間もなく二人の 男がやって来た。一人は寝ている私の脇を、もう一人は両足を抱えて部屋から運び出そう とする。 そこで目が醒めた。テレビはさっきの西部劇をまだやっている。むつくり起きてポーツ としている私に、娘がいった。
173 と誌編集者はいった。なぜか暗い声である。 「その全集に収録される作家の選び方にムラがあるという声が上っていましてね、 「はあ : : : 」 私は不得要領に返事をした。 「そんな全集が出ることは私は知らなかったんですけど」 といってから、そういえばいつだったか、河野多恵子さんからちらっとそんな話を聞」 たような気がするが、私には縁のない話だと思って忘れていたことに気がついた。 「どうもこの人選は腑に落ちないと方々でいわれているんですが、それについてどう思」 れますか ? と、インインメッメッという声を出す。 ハア、と私は納得した。この人はその全集に収録してもらえない作家の一人である利 ようや にぎ いにコメントさせて、記事の賑わいにしたいのだなということが漸くわかった。 とどろ 何しろ普段から、すぐに怒るうるさ方として悪名を轟かせている私である。こいつに 1 まわ そス 何やべらせれば、尻尾に火をつけられた馬みたいに、跳ね廻って怒るにちがいない 期待して彼は苦労をして私の家の電話番号を調べた。お通夜の弔問客のような声を出しイ いるのは、私への弔意を表わしているつもりなのかもしれない。 しかし、いくら私が瞬間湯沸器だといっても、種火をつければ待ってましたとばかり
200 結婚というものは : 私は二十歳の時と三十歳の時と、二度結婚し、二度とも結婚生活は不首尾に終わってい る。最初の夫はモルヒネ中毒、二度目の夫は破産が直接の原因である。時々私はもしも、 最初の夫がモルヒネ中毒にならなかったら : : : と考える。 もしもモルヒネ中毒にならなければ、私は彼と添い遂げたであろうか ? そう己れに訊いてみて、私はひそかにノウと答える自分の声を聞く。正直なところ、夫 のモルヒネ中毒は、私にとって「渡りに舟ーというようなものだったのではなかったか ? 長い間、私は結婚が破れた理由を、モルヒネ中毒のせいにしていたが、そういえば誰もが 簡単に納得するからであったし、また実際にそれが離婚決意をするきっかけになっていた ためである。 しかしよく考えてみると、それ以前に私は彼にひどく失望していたという事実があった ようや ことをこの頃になって漸く気がついた。 その失望の第一は、彼が知的な人間でなかったということだった。といってもそういう