炬燵 - みる会図書館


検索対象: 凪の光景 下
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1. 凪の光景 下

出かけて行った。丈太郎は炬燵が嫌いである。 たいえい 「炬燵は退嬰的だ。進取の気象に欠ける」 がてん とわけのわからない独り合点をいう。さっきも信子が炬燵から立ち上がる時に、「どっ こいしよ」と掛け声をかけて立ち上がったといって文句をつけた。 「やめろ、どっこいしょは」 「いいじゃありませんか。どっこいしよくらいいっても」 「どっこいしよといいながら化粧ばかりしたってはじまらん」 「それとこれとは問題が別でしよう」 そんないい争いがあって、丈太郎は出かけて行ったのだ。 「時雨てきましたよ。傘、お持ちになった方がいいんじゃないの」 「かまわん」 と傘も持たなかった。 抗そうして丈太郎が出て行ってしまうと、信子はほっとして炬燵に人った。炬燵を出した ののは、急に寒くなったためもあるが、そこでゆっくり浩介のことを思いたいためだった。 四「おばさんに抱かれて寝たいな」といったあの声は、あの夜からずーっと信子の身体の中 ひそ みごも に密かに身籠った胎児のようにうずくまっていて、日に日に重く大きくなってきている。 もた その言葉から滲み出てくる幸福感を噛みしめるには独りがいい。甘ったれて凭れかかっ しぐれ か

2. 凪の光景 下

に押し拉がれているためである。 てんやもの 丈太郎が碁会所で熱が人って、向こうで店屋物でも取ってくれれば有り難いのだが、と 思っていると、玄関の戸が開く音がした。 「おい、良平さんが見えたぞ」 丈太郎の声がした。 「傘を持っていかなかったものだから、良平さんに送ってもらったんだ」 だからいったじゃありませんか。時雨てくるようだから傘をお持ちなさいって : といいたいのにロに出さないのは、長年の習慣である。 「こんばんは。このところご無礼をしてしまって : : : 」 良平がいいながら茶の間に人ってきた。 「あら、ここじゃなくて、どうぞお座敷の方へ」 「いや、ここの方がいい。良平さんは炬燵の方がいいんだろう ? 」 抗「ああ、わしは十月から炬燵に人ってるよ」 の良平はカ弱く笑った。寒さに鼻の頭を赤くしている。毛糸の帽子をかぶったまま、どっ 四こいしよ、と炬燵に人った。 しゅこう 何もいわれなくても良平が来れば、酒肴を用意しなければならないことはわかっている。 丈太郎は飲まないが、酒の相手をすることは嫌いではない。 ひし

3. 凪の光景 下

104 「興味 ? 一向に」 すずめ 丈太郎は不機嫌にいった。雀百まで踊りを忘れず。この男は泣き一一一口をいいながら、こん なことを考える男なんだ。いったい、そんな場合かというんだ。丈太郎の不機嫌に気づか ず、良平はいった。 「あの一途さは男知らずの一途さだな、ああいうのは怖い」 丈太郎は不機嫌を隠さず、 「じゃ、わしはここで」 といって背を向けた。良平が何かいったようだが、ふり返らずに家へ帰ってきた。茶の こたっ 間に人ると炬燵の上にスキヤキ鍋が出ている。 「謙一はどうした」 のぞ 丈太郎は不機嫌のまま、台所を覗いた。信子は葱を切りながら、笑顔を向けた。 「やつばりマージャンしてたんですって。あんまり負けがこんだものだから、電話をかけ るのを忘れたんですって」 久しぶりで息子を交えて食事をするのが嬉しくて、信子は弾んでいる。丈太郎は黙って 炬燵に人った。この狭い茶の間では、炬燵は嫌だと思っても人らないわけにはいかないの である。 よっ 「さ、吉ちゃん、。ハ。ハを呼んでいらっしゃい。眠いからタ飯を早くしてっていってたんだ いちず ねぎ

4. 凪の光景 下

によっては専属にしたいなんていってるんですよ、もうゾッコンなんです。だいたいが若 い男の子大好き人間なんだけど、彼女」 「彼女 ? 」 黙って箒を動かしていた信子は、思わず反問した。 「女の人なの ? 編集長って人」 「そうなんですのよう : 。今年、大台に乗ったんですけど、ずっと独身で、若い男の子 を可愛がるのが趣味で : : : 」 美保は面白そうに笑い声を上げる。 「でも、ほんとはあまりモテないんですの。醜女の深情けっていいますでしょ ? 悪いけ どあれなんですわ。編集者としては抜群。衣食住にわたってすごい知識の持ち主ですし、 文章も書けるし。とにかくすべてにエネルギッシュで情熱的なの : : : 」 「じゃあ、その人、浩ちゃんのこと、好きになったんじゃないの ? 」 「可能性はありますわ。だって、浩介くんって、ただのハンサムじゃないでしよう ? 花 がありますでしょ ? 明るくて子供つぼくて、それでいて色気があって、優しくて、適当 に軽薄で、適当にメランコリックで。魅力ありますもの」 こたっ その日の午後、信子は炬燵を出した。 もう炬燵を出したのか、まだ十一月じゃないかと丈太郎は苦々しげにいって、碁会所へ かわい しこめ

5. 凪の光景 下

189 探春 さん」 「おかしいって何がだい ? 」 「何となくよ。何となく感じるのよ。ぎごちない空気が漂ってるの。あたし、こういうこ と、わりあいピンとくる方なのよ」 「とにかく行ってくるよ」 謙一は箸を置くと、背広のまま居間を出た。千加を抱いてきた後で丈太郎の話を聞くの は大儀だが、それよりも美保が迫ってきはしないかとビクビクしながら、仕事に疲れ果て たふりをすることから逃れられるのは有り難かった。 ツッカケを履いて庭を横切ると、茶の間の濡れ縁へ上がった。 こたっ 「あら、謙一。ご苦労さんね。寒いでしよう。さあ、炬燵へお人り」 どんな時でも信子は謙一がくるといそいそする。お茶をいれようとする信子をジロリと 見て、丈太郎はいった。 「お茶はいい。お前は先に寝なさい」 「あら、そうですか : : : 」 あきら 信子は不服そうに丈太郎を見返したが、諦めたように炬燵の上に蜜柑を出して茶の間を 出て行った。 「お父さん、何か ? 」 みかん

6. 凪の光景 下

から」 漫画を読んでいた吉見が庭へ出て行く。台所から信子がほほえましげにいった。 「やつばり美保さんがいないと、うちへ帰ってもつまらないのねえ : : : 」 吉見と謙一が茶の間へ人ってくると、信子はいそいそとスキヤキ鍋に肉を人れはじめた。 「さあさあ、謙一。そこへお坐り。今日はおこたでスキヤキよ」 「炬燵か : : : 懐かしいな」 謙一は炬燵へ人り、 「昨夜はすみませんでした : : : 」 丈太郎に軽く頭を下げた。「どこへ行っていた」とは丈太郎はいわない。息子が嘘をつ くのを聞くのはいやだ。だからただ、「うん」とだけいった。 こうじ 「謙一はスキヤキが大好きだったわねえ。あんたと康二がいた頃は、わたしはお葱とお豆 腐ばっかり食べてたわ。お肉なんてさあ食べようとするともうないんだもの」 「あの頃はスキヤキが最高のご馳走だったからなあ : : : 」 嵐 謙一は何くわぬ顔でいっている。 よっ の 「吉ちゃん、たんとおあがり。あんたのところじゃ、スキヤキなんかしないんでしよ。あ、 冬 そうだ、謙一、ビール飲む ? あるのよ」 「そうだな、じゃあ : : : 一本でいい」 ゅうべ ちそう

7. 凪の光景 下

タ凪 すっかり葉を落とした桜の大木の上に、寒そうな月が懸かっている。山のような土産や 買い物をタクシーに乗せて、信子は日暮れたばかりの我が家へ帰ってきた。 「ただいま」 努めて明るい声を出して信子は玄関を人った。腰が痛いことも背中が突っぱっているこ ふすま こたっ とも素ぶりにも出すまい、そう思って茶の間の襖を開けた。明るい電灯の下の炬燵に、背 広姿の次男の康二が坐っていた。 「あら、康二。来てたの ? いっ ? 」 「昼頃。ハワイへ行ってたんだって ? 」 「どうしたの ? 出張 ? 」 凪 張った声でいうと洗面所へ行って手と顔を洗った。茶の間へ戻って、「ただ今、帰りま あいさっ タ した」と他人行儀に丈太郎に挨拶をする。康二が訊いた。 「ハワイはどうだった ? 」

8. 凪の光景 下

198 いがたは 少なくともオレは、管理教育が子供を鋳型に嵌めることを防ごうとして、刀折れ矢 尽きるまで戦ってきたぞ。 「お父さん : : : 」 信子の声が聞こえた。 「あのこと、考えておいて下さった ? 」 それは丈太郎の憤怒の向こう、遠くの方からやってきた。だが気がつくと信子は目の前 の炬燵にいて、妙に見下したような顔つきを丈太郎に向けている。 「あのことって何だ : : : 」 わかっているがとりあえずいった。 「とぼけないで。三日前にいったことですよ。別れる話 : : : 」 「なんだ、あのことか」 友達にそそのかされてそんな気になっただけで、ほっとけば乾からびて自然に治るおで きのようなものだと丈太郎は思っていたのだ。 「あのことか、はないでしよう。お父さんは本気で考えてなかったのね。でも、わたしは 本気ですよ」 「謙一があんなことをしでかしてる最中に、なにも持ち出すことはないだろう」 「謙一謙一つて、ちょっとした浮気でしよ。たいしたことじゃないじゃありませんか。美

9. 凪の光景 下

信子は菓子を数えた。 「一つ三十円でしよ。十八もあるわ。どうしてこんなに買ったの ? 」 「加納くんが買ってくれっていうからだよう」 吉見はいった。 「加納くんがシールを溜めてるの。それでどんどん買うの。それでシールだけ取って、チ ョコはぼくに買ってくれって頼むの。三十円のを十円にするからって」 「シール ? そんなものがほしくて、食べもしないチョコを買ってるってわけ ? まあー ママは知ってるの ? え ? 知らないの ? 」 吉見はいった。 「でもぼくは自分のお小遣いで買ってるんだから、ぼくの自由でしよ。加納くんとの友情 なんだから」 「謙一、立ってないでお坐りなさいよ」 信子は興奮気味に謙一にいった。 嵐「ねえ、謙一。あなたはどう思うの ? 」 の 謙一は仕方なく炬燵に戻りながら、 「どう思うかって、べつにそれほど重大なことでもないでしよう。子供が菓子を食べすぎ て飯を食べないってことはよくあることで、それほど珍しいことじゃない」 かのう

10. 凪の光景 下

「お父さま、なんだか気が弱ってらっしやるみたい」 炬燵に入りながら声をひそめた。 「それにここんとこ、お窶れになりましたわね。お医者さまに診ていただいたらどうでし よう」 「それがダメなのよ。あの人は生まれてから葛根湯しか飲んだことがないっていうのが自 慢なんだもの」 「今まではお丈夫でいらしたからそれでもよかったんですよ。でも : : : 」 「わかってるのよ、わたしには。そんなたいした病気じゃなくても大病みたいな顔をする 人なのよ。大げさなのよ。そのくせお医者嫌い。ほっとくしかないの」 「でも、お苦しそうでしたわ」 「大丈夫よ。あなたに甘ったれてるのよ。威張りながら甘ったれようっていうんだからい やになってしまう」 信子は気を変えようとするようにいった。 春「それはそうと、浩ちゃん、どうしてるのかしら。ここんとこ、顔を出さないからルーチ さび ャンが寂しがってるわ」 探 「浩ちゃん、来ません ? どうしたのかしら ? 昨日、会いましたわ。赤坂で。女の人と ビューティーサロンから出てくるのとばったり。浩ちゃんのこと可愛がってる美容師がい やっ かっこんとう