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1. 国民百科事典2

キコウ 3 2 5 90 。 90 。 田 0 。 90 。 30 60 。 2 : 7 月の海面平均 気温の分布 ( 9 60 。 丐 0 。 0 。 に 0 。 90 。 30 。 60 。 1 月の海面箪均 気温の分布 C 30 。 80 2 ー・ 36 。 606 ~ ~ ー - 一 30 。 30 。 90 。 気候が現われる。これらをそれぞれ 流が生し , その結果として風下側に 氷洋への通路がアレウト諸島やべー 大陸性気候および海洋性気候という。 乾燥した気温の高い強風が起こる。 リング海峡でさえぎられているため , これが / フェーンである。また , 山岳 アラスカやカナダの気候の温暖化に 第 1 表は , だいたい同し緯度の大陸 付近に特有な風として山谷風 ( / 風 ) 内部と海岸地方にある 2 地点につい は役だっていない。また , 海岸の気 があげられる。大山脈は大気の環流 候は海陸風 ( / 風 ) によってもかなり て平均気温と降水量を比較したもの 自体にも大きな影響を及は、す。アジ の影響をうける。 であるが , 両気候型の差異をはっき 〔気候に対する山岳の影響〕山岳も ア大陸では , 冬の季節風か、ヒマラヤ りと示している。ます気温について 気候に対して大きな影響を及は、す。 は , 内陸は夏の暑さも冬の寒さもと 山脈にさえぎられてインドには侵入 山岳の気温は通常 10() m 上がるごと もにきびしく , 最暖月と最寒月の気 しないことはすでに述べたが はか最近高層観測が発達するにつれ 温差 ( これを年較差という ) が大きい に 0.5 ないし 0.6 ℃すっ下降するので , て , 山岳が偏西風の流路を変える重 山頂のはうが山ろくより気温が低い のに対し , 海岸ははるかに気候が温 要な要素であることがわかってきた のがふつうであるが , 夜間には山ろ 和で年較差は小さい これは気温の くの冷却が強いため気温は高度を増 たとえは、 , 偏西風はチベット高原の 1 日中の変化についても同様で , 昼 すにしたがって上昇し , いわゆる気 西側で二つに分流し , 風下の中国大 の最高気温と夜の最低気温の差 ( 日 この 温の逆転を生することもある。また 較差 ) は内陸のほうが大きい。 陸上でふたたび合流するが , これは 上空では風が強く , 地面によって加 極東の前線や低気圧活動の季節変化 ような差異はいすれも上に述べた大 に関係があるらしく , とくに梅雨現 陸と海洋の性質の違いからただちに 熱または冷却された空気は容易に運 象との関係が注目されている。また 理解されることである。つぎに降水 び去られるので , 山頂の気温の年変 量は , 表が示すように海岸のはうが 北米大陸東部に 1 年を通じて存在す 化は山ろくに比べて振幅が・小さいが る上層大気中の低圧部は , 偏西風に すっと多く , 内陸にはいるにしたが まわりを山にとりかこまれた高原や 対するロッキー山脈の作用で生する い減少するが , これは空気中の水分 盆地ではかえって大きくなる。山の の源が海洋であることから当然期待 降水量は高度とともに増大する。 ことが明らかにされた 気候の分類と分布 されるところである。雨の降りやす れは山が気流を上昇させ降雨や降雪 〔気温の分布〕気候は緯度 , 海陸分 い季節にも差があり , 一般に海洋上 を起こしやすいからである。しかし 布 , 大気の環流 , 海流 , 山岳などに の島や海岸では冬に雨が多いのに対 高山では , 空気中の水分が上空にゆ して , 内陸では夏に多い傾向がある。 くにしたがい減少するため , ある高 より影響を受けるので , 地球上には 度以上ではかえって減少する傾向が また中緯度では大陸の西岸のほう 特殊な気候の分布が現われる。一 では , 気温と降水量が世界各地でど ある。たとえば , ヒマラヤ山脈では が東岸に比べて海洋性の気候が顕著 のようになっているかをみることに 夏の降水量のもっとも大きいのは標 である。たとえば岩手県の宮古と , しよう。第 4 図は 1 月と 7 月の平均 同し緯度のパリを比較すれば , 最暖 高 13()0 m ( 冬はもっと高い ) で , それ 気温分布で , 線は 4 ℃おきに引いた 月の平均気温はそれぞれ 22.8 ℃およ 以上では少なくなっている。また山 等温線 , すなわち気温の等しいと一 び 18.2 ℃で宮古のほうか・高いが , 最 脈上の降水量分布は風との相対位置 ろを連ねた線である。図を見てます 寒月の平均気温はそれぞれ一 ( ). 8 ℃と によって大きな差があり , 風上側で 気がつくのは等温線がだいたい東西 は多く風下側で少ない。 この特徴が 3.5 ℃で宮古のほうが低い これは にはしっていることで , 気温は赤道 両地点が偏西風帯にあるため , パリ もっとも顕著に現われるのは南米の 付近がもっとも高く , それから北ま は大西洋の影響を受けるのに対して チリ南部で , 太平洋をわたってくる たは南に進むにしたがって低くなっ 偏西風をまともに受けるアンデス山 宮古はアジア大陸の影響を受けるか ていることを表わしている。また北 らである。気候に対する海洋の影響 脈の西側では年に 3 ( ) O() ~ 5()()()mm とい 半球の等温線の数が 7 月よりも 1 月 を考える場合 , 無視することのでき う多量の降雨があるのに , 山をこし にすっと多くなっているのは , 熱帯 た東側のパタゴニアでは年降水量は ないのは海流である。大西洋ではメ 地方と北極地方の温度差が夏よりも キシコ湾流が南西から北東に暖かい わすか 120 ~ 150mm にすぎない。また 冬に大きいことを示す。 1 月の図の 海水を送り込んでいるため , 欧州北 日本の冬には , すでに述べたように 西部の気候がいかに温和になってい 大きな特徴は , 等温線がユーランア 山脈が北西季節風を上昇させるため , 大陸および北米大陸の上で南にたれ るかは , 北緯 50 。以北 ( 極東ではシベ 風上側の新潟では 1 月の降水量は リアの緯度 ) に , 英国 , フランス , ス さがり , 太平洋と大西洋では北のほ 190 mm に達するが , 風下の東京の降 工ーデン , ノルウェーのような文化 うに突き出していることであるが , 水量は約の 41 mm である。山岳には の高い国が昔から栄えていることに これは冬には陸カたく海が日爰かい 特有な風が発達する。気圧が山脈の よっても想像できるところである。 ことを示すものにはかならない。寒 両側で著しく異なるような気圧配置 気の中心が大陸東部に片寄っている 太平洋にも同しように黒潮の暖流が が現われるときには , 高圧側から低 のは偏西風の影響として説明され , 日本の沖を北東に流れているが , 北 圧側に向かって山脈を吹き越える気 4 。 8 6 0 っこ ^ Ⅱ ) ってー「 - ・ 4 0 0 32 ~ ムー - 第 4 図 8 4 0 。 60 。 丐 0 。 丐 0 。 0 。 30 。 海面平均気温とは , 高 所での気温は 10 ( ) m に つき ( ). 5 ℃すっ下がる ものとして , 海面にお ける値になおしたもの

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カケモノ 4 1 〔あら筋〕悪七兵衛景清の娘の人丸 ( ツレ ) 色影絵はロノヾ , 羊 , 牛 , 水牛 , ラク は , 源氏にとらえられて日、向 ( ひうが ) の宮 ダなどの半透明のなめし皮に着色し , 崎に流罪となった父を慕い , 鎌倉からはる 油で仕上げた人形を使用する。中国 , はる尋ねてくる。景清 ( シテ ) はわが身を恥 アジア南方諸国の色彩豊かな影絵芝 じて名のらなかったが , 里人 ( ツレ ) のとり 居は , 人形劇 , 仮面劇とともに古く なしで親子対面し , 娘の所望で屋島合戦の から発生し , 神秘的な幻想にとんだ おり源氏の武士三保谷と錣 ( しころ ) 引きし 民俗的芸能として普及している。イ た武勇談を語り , さびしく娘と別れる。 ンドの影絵芝居やジャワのワャン・ 〔池田〕 クリット ( 影絵劇の意 ) はインドの叙 かけことば懸詞同音異義の語 事詩やジャワ神話から取材したもの があることを利用して , 1 語に 2 重 で , バリ , タイ , マライなどに同系 の意味をもたせる修辞法。古くから のものが分布する。中国では戦争物 , 用いられたもので , 平安時代和歌が 道話 , 伝説に基づき , 繊細な舞台背 盛んになるとともに著しく多用され , 景をもち , 華麗で写実的な演出であ 以後も連歌いや , 散文の軍記物語 , る。トルコの影絵芝居はカラギョー 謡曲 , 浄瑠璃うなど各種の文学に 用いられた。「たちわかれいなば ( 往 ズといわれ , イスラム教徒の毎年の ラマダンという断食月にはこれが繁 なば , 因幡 ) の山の嶺鶩におふるまっ 盛する。ヨーロッノヾではもとジプシ ( 待っ , 松 ) とし聞かば今帰りこむ」 ーの大道芸であったが 1770 年にドミ ( 古今集 ) 。とくに江戸時代の狂歌で ック・セラファンカゞべノレサイユで は生命ともいうべき重要な働きをし 興行して成功し , いわゆるフランス ている。「・世の中にかほど ( 蚊かほど , 影絵芝居 ( オンプル・シノアーズ ) の 斯かはど ) うるさきものはなしぶん」 : 基礎をつくった ( プンプ , 文武 ) というて夜もねられ す」 ( 蜀山人 ) 。これは寛政の改革に 影絵芝居は映画が発明されるとた おける松平定信の倹約 , 文奨励政 だちに応用され , ドイツの E. M . シ 策を風刺したものである。〔大江〕 ューマッハーが 1923 年に影絵映画 かけす力ラス科の鳥でハトより くカリフのコウノトリ > を製作して 小さい。羽の色は多彩複雑で美しく , 注目された。日本でも 1940 年にくお とくに翼の基部は黒 , 白 , 青のだん 蝶よ夫人の幻想 > という影絵映画が だらじまである。留鳥あるいは漂鳥 つくられたが , その後 , 進展をみな で , 東北地方では IO 月初めから逐次 い。現在わすかに飯沢匡 , 藤城清治 らが影絵芝居の創作をつづけている。 関東地方に移動する。山ろくや平地 の林に小群を成し , ギャー , キ、ヤー 〔尾崎〕 とやかましくなきたてる。こん虫を かけかわ掛川〔市〕静岡県南西 部にあり , 1954 年掛川町と付近 2 村 主食とするが , 木の実 , 穀類もつい ばみ , 冬にはカシ , ナラ , クリの実 が合併して市となった。人口 58876 ( 1965 ) 。市域は小笠山丘陵地の中 が主食になり , それらを木のはら穴 などにたくわえる。夏には山地に移 心をしめ , その傾斜面に茶畑が多い。 り , マッ , スキ、などの樹上 3 ~ IO m 市街は旧宿場町で東海道に沿い , 太 のところに浅いはち形の巣をつくる。 田氏 5 万石の城下町でもあった。現 影絵上は手指をいろ 飼い鳥としてなれたものは , はかの 在は東海道線と二俣線の分岐点で , ( 高僧の肖像画 ) などをつくった。 いろな形に組んで , そ の影を障子などにうつ 動物や , 人語のまねまでする。飼育 茶の集散地となり , その加工工場が れが日本に密教とともに伝わったが , して遊ぶ手影絵。中は 多い。水が乏しいため他に工業はな には農林大臣の許可を要する。ひろ 褝宗や茶の湯の流行とともにしだい 浜田広介原作 , 藤城清 く , 農村部の中心地である。名産に くューラシアに分布し , 日本でも北 に鑑賞用となり , 室町末には床の間 治画く泣いた赤鬼〉の クズ ( 葛 ) の繊維を用いて織った葛布 の芸術となった。その種類も多種に 海道から対馬計 , 屋久島にまで見 ー場面。下左はジャワ があり , これはふすま地となり , 欧 られる。ルリカケスは大然記念物で なり , 仏画 , 古画 ( 花鳥画 , 山水画 , のワャン・クリットに 米への輸出も多い。 ある。 / ( 別刷 ) 鳥類 〔千葉〕 人物画 , 詩画 ) , 装飾画 , 写生画 , 文 〔高島〕 使う人形。水牛の皮を かげき歌劇 / オペラの訳語。 人画 , 新画 , 墨跡画賛 ( 画に題して書 うすくなめし彩第して いた詩や文 ) , 消息 ( 手紙文 ) , 色紙ド しかしオペラというばあいは 17 世紀 ある。下右はインシー イタリアに始まった音楽劇をさすが たんざく , 懐紙 , 絵巻物断巻 ( 絵巻の ( 影 ) とよばれる中国 歌劇というばあいはそれ以外の各民 一部をきったもの ) などがある。 / 表 の影絵芝居の人形。首 , 族の音楽劇をさすこともある。 装の技術は , 中国から伝えられたも 胴 , 腰 , 足 , 腕 , 二の かげきよ景清能の曲名。四番 のであるが , 日本で独自の発展をみ 腕 , 手首の 7 部に分か せ , その内容によってそれぞれの特 れ , 麻糸で結んである 目物。作者不詳 , 世阿弥ともいう。 徴をもたせることに苦心、がはらわれ く平家物語 > に着想 , 平家の勇士景清 ている。それを大別すると仏画表装 が盲目のこしきとなった悲劇を描く ( 袋表装 ) , 東山表装 , 茶人表装 , 文 名曲。面は特殊面「景清」を用いる。 人表装などとなる。また 2 幅以上そ 本曲の前編とみられる能にく大仏供 ろいの表装にしたものを対こ幅とい 養 > があり , のちの人形浄瑠璃う , 歌 掛け物絵や書を裂 かけもの い , これには双幅 ( たとえば竜虎図 , 舞伎などにも影響をあたえ , 景清物 や紙で表装し床の間などに掛けるよ 柿栗図 ) , 三幅対 ( 観音 , 猿 , 鶴の三 うにしたもの。中国では古くから巻 というー系統をなしている。近松門 幅対 ) , 四幅対 ( 四季山水図 ) , 六幅対 , 左衛門作く出世景清 > , 文耕堂作く壇 物形式の表装が行なわれていたが , 掛け物の体裁ができたのは北宋時代 八幅対 , 十二幅対などがある。掛け 浦兜軍記〉 , 中村重助作く一谷嗽 物の掛け方や拝見の方法は , 茶道に からと思われる。これが仏教の偶像 軍記〉などがある。藤本斗文作く牢 : 崇拝と結びついて発達し , 日本にも おいては流儀によって定めがあり , 破りの景清〉は歌舞伎十八番のく景 伝わった。密教の曼荼羅 , 頂相黔 ふつう茶室の床の間や壁に掛けられ 清〉として知られる。 ー、一レヾいムにを カケス

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キコウ こちで切リ放されていくつかの高圧 部や低圧部となっている。ます中緯 度高圧帯は太平洋および大西洋の東 寄りに中心をもった独立の高圧部と なり , 冬は弱いが夏には発達して全 海域をおおっている。一方 , アジア 大陸とアメリカ大陸は冬には高緯度 に中心をもった高圧部におおわれて いるが , 夏には低圧部となり中緯度 高圧帯はまったく認められない れは大陸が冬には冷却し , 密度の高 い空気が蓄積するため気圧が高くな るのに対して , 夏は太陽の加熱で空 気密度が低くなり , したがって気圧 が低くなるからである。また前線 のある北緯 6 ( ) 。付近も , ひと続きの低 圧帯となるかわりに , 太平洋北部と 大西洋北部にやはり独立した低圧部 を形成し , しかも冬にはよく発達し ているが夏には弱い これも海陸分 布の影響によるもので , 冬の大陸お よび夏の海上は地表面が冷たいので 低気圧が発達しにくいことを考えれ ば説明がつく。 〔季節風〕海陸分布によって生する 顕著な気候現象に / 季節風がある。 夏にはアジア大陸は加熱による広い 低圧部におおわれ , その中心はイン ドの北西部にある。一方 , インド洋は この季節には気圧が高くなっている ので , 洋上の空気は大陸の低圧部に 吹き込むが , 地球の自転の影響で右 にまげられるため南西風としてイン ド , インドシナ , 中国南部 , べンガ、 ル湾 , アラビア海の上を吹走するこ とになる。また極東では , 北太平洋 高圧部から流れ出した貿易風がこの まわりを回って北上し , 南または南 東の気流として日本およびアジア大 陸東部に流入する。これが夏の季節 風である。冬はこれと反対に , 大陸 力、翁却するためその上にはモンゴル を中心とする強い高気圧ができ , 方 , 太平洋北部には , アレウト諸島 付近に中心をもつ強い低圧部が発達 するため , 大陸上の空気は海に向か って流れ出すが , この場合にも , 地 球の自転の作用を受けて右に向きを 変えられ , 強い北西風となって極東 全域を吹走することになる。ただし アジア大陸の南部にはヒマラヤなど の高い山岳があるから , この気流は インドや東南アジアには直接吹き込 まない これらの地方で冬の季節風 とよばれている北東風は , 中緯度高 圧帯の南を吹いている貿易風である。 季節風の吹く地方には独特の天候が 現われる。夏の季節風は非常に湿っ ているためインドおよび東南アジア には曇天と多量の降雨をもたらす。 しかし極東では季節風の空気の安定 度が高いため , 台風や前線が接近し 1. 4 た場合のほかは天気はそれはど悪く ない。一方 , 冬の季節風は乾燥した 晴天をもたらすが , あとに述べるよ 17. 3 うに海洋の影響を受ければ曇天と降 3 2 4 雪を起こす。 〔気団と気候〕大気の環流の特性に よって現われる大規模な高気圧の域 内では , 空気が同し地域に長時間と どまってその季節と地面状態に応し た特定の性質をおびることになる。 この結果生する , 水平方向にほは、一 様な性質をもった空気の大団塊を気 団とよんでいる。気団はその特性に 応して域内にだいたい一様な天候を 生するから , ある場所の気候は各季 節にどのような気団でおおわれるか によって決定される。 気団はその発生する緯度によって 北 ( 南 ) 極気団 , 寒帯気団 , 亜熱帯気 団 , 赤道気団に分けられ , また地面 状態によって大陸性気団と海洋性気 団とに分類される。この二つの分類 の組合せによりいろいろな気団が定 義されるが , こでは日本の気候に 関係の深い極東域の気団を日本の季 節に関連させて概観しよう。大陸性 寒帯気団 ( シベリア気団 ) は冬を中心 とした寒候期にアジア大陸の高気圧 内に形成されるもので , 大陸にある 間はひしように冷たくまた乾燥して いるので , 域内では天気がよい。し かしこれが冬の季節風となって海上 に吹き出すときには , 海面から暖め られかっ水分の供給を受けるので , 気温と湿度が増大するとともに不安 定化して雲を生しやすくなる。冬に 季節風が強くなると日本海や東シナ 海で雲が多くなるのはこのためで , とくに日本の日本海側ではさらに山 脈による上昇作用が加わることによ って多量の降雪を起こすことになる。 しかし , 山脈を吹き越して太平洋側 に達した空気は , 水分を失い , また 下降によって湿度が減少するため乾 燥した天気となる。海洋性寒帯気団 ( オホーック海気団 ) は日本の北方洋 上オホーック海や太平洋北部に発生 し , 主として梅雨期に南下して日本 をおおうものである。この気団は , その発生域では安定であるため湿度 の高いわりには天気はよいが , 南下 するにしたがって地面から暖められ て不安定となり雲が多くなる。一方 ではつぎに述べるように この時期 には日本の南方洋上に海洋性亜熱帯 気団があるので , これら両気団は日 本南岸に沿ってつらなる前線で境さ れる。これが梅雨前線で , 前線に沿 っては低気圧が通りやすいため一般 に天気がわるい。梅雨期に雲や雨か・ 多いのはこのためで , 秋の初めの長 雨も , はは、似たような機構で起こる ものと考えられる。海洋性亜熱帯気 団 ( 小笠原気団 ) は北太平洋の高気圧 域内に発生する。南方の海上に発生 する気団であるから気温は高く多量 : の水分を含んでいるが , 高気圧域内 であるため安定度が高く , 域内では 晴天が多い。梅雨の間は南方洋上に あるが , 梅雨前線が消失または北上 して「つゆ」があけると , この気団 は北 E して日本をおおい , 晴れた暑・ い天候をもたらすことになる。ただ し北方から前線が南下したり , 南方 から台風が北上してくる場合にはこ の気団は上昇気流となって大雨を起 こすことがある。また北海道や千島 列島の沖合では , この気団か、冷たい 方と海岸地方にはきわめて対照的な い層に限られる。この結果 , 内陸地 する場合にも温度の下降は表面に近 を受けない。また熱を放射して冷却 が深い層は日射によりはとんど影響 により , 表面の温度はすぐト昇する 力が小さいことと比熱カ曰、さいこと 場合には , 岩石や土の熱を伝える能 れに対して陸面が太陽熱を吸収した ゆっくり行なわれるにすぎない。 かえられるから , 水温の低下はごく 深いところの暖かい水で絶えすおき 場合も同様で , 冷却した表面の水は い。海面が熱を放射して冷えてゆく は日射を受けてもなかなか上昇しな との影響も加わるので , 海面の温度 なる。さらに 水の比熱が大きいこ くかなりの厚さの層を暖めることに るので , 太陽熱は表面の水だけでな いところの冫翁たい水でおきかえられ 面の水は下のほうに連び去られ , 深 るので , 日射を吸収して暖まった表 やすく絶えす不規則な運動をしてい 使われるが , 海水はひしように動き 部分が表層で吸収され水温の上昇に 違いがある。海面に達した日射は大 海洋の気候に対する影響には著しい 〔大陸性気候と海洋性気候〕大陸と 本に達し豪雨の原因となる。 雨前線が活発になったときには西日 しかし台風が北上してきた場合や梅 日本の緯度に達することは少ない 南地方に雨季を起こす気団であるが , 赤道気団はインド , 東南アジア , 華 るため濃霧の発生することが多い 海面で冷却されて水分の凝結が起こ 第 1 表同緯度上の大陸内部ど海岸地方の気温ど降水量の比較 地 カサプランカ ( モロッコ大西洋岸 ) バグダード ( イラク ) キラー ー ( アイルランド ) アクモリンスク ( 中央アジア ) アンマサリク ( グリーンランド ) ベルホャンスク ( シベリア北東部 ) 緯度 ( 北緯 ) 33 。 35 33 。 21 ' 52 。 04 ' 51 。 1 65 。 37 67 。 33 ' 平均気温 ( ℃ ) 最暖月最寒月年平均 15.1 20.3 14.8 33.6 22.9 ー 50.1 ー 17.0 11.9 ー 16. 1 21.8 年較差 11.0 24.3 37.3 16.2 65.2 年間総 降水量 4 20 230 1440 330 870 130

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ケゴンシュ 6 1 9 劇場の内部 パリ , オペラ座 町 3 つ 第物皿加・ 4 物ⅧⅢ朋ミ 恥 1 靄 颶山並山週型 朝物物増・物酣第 = ヤーイ は 第 バリのオペラ座樅断面 ものを実力でしのぐ事実を旧上級者 最新劇場ではプロセニアムを固定せ げきやく劇薬医薬品のうちで オペラ座は , ルイ 14 世 す , 可動式のものが多い。 の側からそしった中世の流行語であ その用量が致死量に近いため , ある 時代の 1669 年に設立許 劇場建築の要素としては , 客席の り , 転して室町時代に一般化した いは薬理作用が激しいため , 人体や 可 , 75 年開場したが , 音響条件が重視され , 精密な音響計 そうした風潮をさす。建武中興のお 動物の機能に危害を与えるか , また この現在の建物は 1875 算がなされる。音楽の場合の平均残 り , 二条河原落書にも「下剋上スル はそのおそれのあるもの。 / 毒薬と 年 Ch. ガルニエの設計 響時間が 50 0 サイクルで 1.2 ~ 1.4 秒 ともに厚生大臣がとくに指定して , 成出者」と見えるが , 封建支配が成 によるもので , 約 218 余人を収容した。 1936 を標準として客席の形態をつくるが , 長し , 社会変革が進むにつれ , 南北 その取扱いに制限規定が設けられて 年に一部焼失 , のち改 客数の多少により残響時間も異なる いる。薬事法施行規則に示される劇 朝 ~ 室町時代にはこの風潮は一般化 造されて 2300 人が収容 から , いすや反響壁 , 吸音壁を有効 薬は 1964 年現在 231 項 , 劇薬である した。荘園に依存する王朝貴族のカ 。 1964 年 , 可能となった に配り , さらに舞台に対面して視聴 は衰え , 将軍も力なく , 諸国の守護 ことを示すため , 白地に赤わく , 赤 マルロー文化相の要請 角を平等にするよう考慮されている。 字で品名と「劇」の字を書き , はか 大名が台頭し , その守護も守護代な によってシャガールカ { また客席内の空気調和設計もされ , のものと区別して貯蔵し , 陳列し , どに倒され , 本寺は末寺に実権を奪 天井画を描いた 空気の汚染を防ぎ , 人体に快適な温 その場所はかぎをつけておかわばな われるなどの状況が起こった。 15 世 湿度を得るよう考慮されている。最 らない。そのはか販売などにもいろ 紀後半の応仁の乱はこの風潮の一頂 近はとくに消火設備も法律でこまか いろの制約がある。なお , 毒薬との 点で , この前後には農民の土一揆堺 が激しく支配権力をゆすぶりたてた。 に定められ , プロセニアムの防火シ 区別のだいたいの標準として , ハッ ャッタなどの設備を施して聴衆や演 さらにつづく戦国時代は , いわは下 カネズミ皮下注射の致死量が体重 1 技者の安全性を高めている。舞台部 kg につき 200 mg 以下のものをさすこ 剋上の連続であった。足利将軍を は演劇の種目により , それぞれの装 とにしている。毒薬の方は 20 mg 以下 しのぐ実力者細川氏が家臣の三好氏 置があって , たとえば歌舞伎上演劇 に , その三好氏が松永氏に倒された である。 〔宮木〕 場には , 回り舞台 , 花道 , 大中小の のは典型的な例であり , また織田氏 ケクレ August Kekule von Stra- donitz 1829 ~ 96 ドイツのイヒ学者。 せり , おはやしべや , ちょ 0 よなどの が主家の斯波氏にとって代わったよ 装置が必要とされる。また音楽上演 うに , 戦国大名の多くは下剋上した ダルムシュタットに生まれ , ポンで 没す。はしめ建築を志したが , リ 人々である。赤松満祐 , 斎藤道三 のさいは , とくに反響パネルを装置 北条早雲など顕著な例が多い。下剋 して舞台部の音を天井や垂直のパネ ビヒの門下になり化学に転向した。 上は新たな社会体制へ向かう社会変 ルに反響させて完全に客席に伝送さ 1865 年以降ポン大学教授。炭素が原 革の一過程であったといえよう。 子価 4 価の元素であり , 相互に結合 せてよりよい音響環境をつくる。 〔浅沼〕 のはか , 舞台のどうだなにつり込 して鎖状の炭素原子群を形づくると けごんしゅう華厳宗仏教の一 んだ各種照明器具や可動スポット類 , いう考えによって古典有機構造論の 宗派。く華厳経〉 ( 大方仏華厳経の略 ) それらを調光する調光室を含めた舞 基礎を確立した。 1865 年べンゼンの により法界縁起 , 事事無礙の教 台照明設備 , テレビなどの放送中継 6 角環構造を提唱し芳香族化合物研 旨を説く大乗の一宗で , 唐の杜順を 究の端緒を与えた 設備 , 各種電気音響装置などの諸施 〔長久保〕 始祖とし , 唐の賢首大師法蔵 ( 643 設などが劇場建築に含まれる。 / 舞 ケクロプス K e k r 0 p s ギリシア 伝説の初代アテネ王 ( アクタイオス ~ 712 ) を大成者とする。中国十三宗 , 台 / 演劇 / ( 別刷 ) 歌舞伎〔宮本〕 南都六宗の一つ。く華厳経〉関係の経 げきぶし外記節江戸浄瑠璃う を初代とする説もある ) 。アクタイオ の一流派。貞享ぅ ( 1684 ~ 88 ) のころ , 典は総ヒて六本十経というが , その スの娘アグラウロスを妻とし , ノヾン うち中国に訳されて重んせられたも 初代薩摩つ太夫の門下 , 薩摩外記藤 ドロソス , へノレセ , アグラウロスの のは仏駄跋陀羅訳 ( 東晋 ) の 60 巻 原直政が語り出したもので歌舞伎の 3 女を得た。アテナ女神から赤児の 本く旧華厳経〉と , 実叉難陀訳 荒事にも用いられたが , まもなく滅 ェリクトニオスを入れたかごを預け びた。豪放な曲節で , その芸風は大 ( 唐 ) の 80 巻本く新華厳経〉 , および られた姉妹は , 好奇心からふたを開 薩摩一流がうけつぎ , さらに長唄の 般若黔三蔵訳の 40 巻本く普賢行願 いて , ヘビをみたために罰を受けて ロ & わ ( いわゆる 40 巻華厳 ) で , 中に流入した。その手法をとりいれ 死んだ。なおケクロプスは大地から たものに長唄響 : く猿わく傀儡師 > れら経典の訳出と並行して , 論説 , 生まれたとされ , 下半身がヘビの形 く翁三番叟わや河東節にく泰平 注釈などが盛んになされ , 法蔵に至 で表現される。 〔細野〕 げこくじよう下剋上「下が上 って初めて一宗として開創された 住吉踊〉く傀儡師 > があり , そのお もかげを想像できる。 にかっ ( 剋 ) 」の意。下のものが上の ついで華厳の疏主 % と称せられた澄 〔桜井〕 は 1 すない、 ド第イ llllll

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ガッキ 婦女弾琴図 ( 信方筆 ) 文禄慶長時代の初期洋 画作品の一つで , 楽器 は当時欧州で流行した 楽器のリュートである 1 0 4 ダ・がンバ系が高音域から低音域ま 各音楽文化圏で異なっている。 1 ) 西アジア西アジアの楽器の大部 で種々用いられたが , バロック時代 にはノヾイオリン属の楽器に圧倒され 分は , 中世から近世初期にかけて発 ていった。しかし低音域の楽器は通 達した欧州の楽器の原型となったも 奏低音用になお広く用いられ , 独奏 のカ { 多い。たとえは、ピアノ , ノ、一プ シコードなどはカーヌーンあるいは 曲も書かれている。ビオラ・ダ・が サントウールという板の上に多くの ンバ系の楽器は 4 度調弦を基軸と 弦を張った楽器から , し , 通常 6 弦だが , それ以上の弦を ノヾイオリンは ルバープという弓奏楽器から , また 持つものもある。 16 世紀後半にはビ ギターやリ トはウードという撥 オラ・ダ・プラッチョ系の楽器の改 当 弦楽器から , チンノヾニはナッカラと 良でバイオリン属の楽器が製造され , いう 1 対の太鼓からといったぐあい 間もなく楽器の中心的存在になった。 である。これらはすべて現在の西ア 18 世紀はまたこれまでのクラビコー ジア諸国で使用されており , そのほ ドが現在のピアノに移り変わる時代 かスールネイという管楽器 , ダラブ 薹 でもある。管楽器の分野では 15 ~ 16 1 タイのソー・サム・ ッカという太鼓などがひろく用いら 世紀にかけての器楽合奏でレコーダ サイ。 3 弦の擦弦楽器。 れ , また多少国によって使用楽器や ーの一属が弦楽器をしのぐ活躍をみ 2 もっとも古い管楽器 展をみるのは中 - 世末期からルネサン 楽器名も違っている。 2 ) インドイ せたが , 17 世紀後半には衰え , バロ の一一一 ) ノ、ンノヾイフ。ス。 これはベルーのクスコ ス以後で 15 ~ 17 世紀にかけていろい ンド古来の楽器は , ビーナという撥 ック以後はむしろフルートをはじめ の′ヾウカルタンボの踊 ろの楽器群がほとんど面目を一新す 弦楽器 , ムリダンがムという太鼓 , オーポエ属やフアゴット属の諸楽器 りのもの。 3 イスラム ・・ヾンスリという竹笛などで , 主とし る。 18 世紀になると現在の管弦楽で がこれにとって代わる。 18 世紀にな の弦楽器カーヌーン。 て南インドで今日でも用いられてい 用いられる重要な楽器ははとんど出 るとシャリュモーを原型としてクラ 3 弦を 1 音に調律しふ そろうといってもよい。またバロッ る。しかし北インドでは , インド古 リネットカゞ生まれる。このころには つう 24 音くらい。つめ ク時代には , 鍵盤付打弦楽器のクラ 美しい音色のオーポエ・ダモーレ ( 小 来のものと , 中世以来影響をうけた のある指輪をはめて両 手で奏する。 4 コンゴ ビコードや鍵盤付撥弦楽器のハープ 西アジアの楽器との融合によって , 形のイングリッシュ・ホーン ) が愛用 原住民の音楽隊。左方 シタール , およびサロッドという撥 シコード ( クラブサン , チェンノヾロ された。打楽器は 19 世紀にチンノヾニ は太鼓で , 右方はパラ 弦楽器 , サーランギという弓奏楽器 バージナル , スピネッタも同系統の の機構が改良され , 管弦楽の表現力 フォンという打楽器。 タブラーという 1 対の太鼓などカ { 主 楽器 ) が広く用いられた。擦弦楽器 が著しく増大した。 〔前田〕 5 中国の奏楽 ( 敦煌壁 として用いられる。 3 ) 東南アジア では 15 世紀ごろまで存続した中世の 〔東洋の楽器〕東洋では多くの楽器 画の部分 ) 。上は左より 東南アジアは , インドネシアのガム が使用されているが , 欧州諸国のよ レベックがリュートやギターの影 簫 ( しよう ) , 阮咸 ( げ ランによって代表されるように , 各 んかん ) , 箜 ( くご ) , 響をうけ , ビオル属となる。ビオル うに音楽文化の交流がつねに盛んで 下は左より拍板 , 縦笛 , なく , 主として東アジアでは古代 , 種の打楽器によって , リズムばかり 属はビオラ・ダ・プラッチョ系統と 笙。 6 チベットのラマ 西アジアでは中世に部分的な交流を でなく旋律を奏するものが多い。タ ビオラ・タ、、・がンバ系統の楽器に大 教寺院の儀式用の長大 みたので , 楽器の種類やその発達は イ , ビルマ , カンボジア , ベトナム 別され , ルネサンス時代にはビオラ・ なラグドゥーン などには互いに強く影響しあった宮 廷音楽があり , インドネシアとの関 係も深い。ただビルマはインドから の影響がもっとも強く , 調律した太 鼓のサイン・ワインや , インド系の 管楽器なども使用され , また仏教時 代のハープであるサウンも使用され ている。ただ同しような楽器も国に よって名称が異なり , 木琴 ( または 00 竹琴 ) は , ビルマではノヾッタラー タイではラナート , インドネシアで はガンノヾンとよばれ , インドネシア のゴングは , タイでコーン , ビノレマで モンという。 4 ) 中国中国は東アジ アでもっとも古くから楽器を発達さ せた国で , 古代からそれらを材料に よって 8 種に分類していた。すなわ ち , 金 ( 鐘など ) , 石 ( 磬こという調律 された石をたたくものなど ) , 糸 ( 琴 や瑟などの弦楽器 ) , 竹 ( 笛 ) , 匏 ( 笙 ) , 土 ( 殞という土笛 ) , 革 ( 太鼓 類 ) , 木 ( 棍ドとか敝 : という木製の打 楽器 ) の 8 種で , 総称して八音といっ 4 た。しかし中世以来 , 西アジアの影 響もうけて , 胡琴ん ( 胡弓 ) という弓 々 奏楽器や , 楊琴 ( 洋琴 ) という板に多 くの弦を張ったものなども用いられ , これらも含めて朝鮮や日本に多くの 影響を与えた。 5 ) 日本日本の楽器 の大部分は中国からきたものである。 楽器の点からみれば , 日本は完全に 中国音楽文化圏にはいる。雅楽の笙 , 1 0

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キューピッ 3 9 2 キュビスムの代表的な 作品例左は , ヒ。カソ のくアビニョンの女良た ち > 1907 作。中は , プ ラックのくエスタック 風景 > 1908 作。右は , グリのく静物〉 1912 作 て起こった美術運動で , 現代美術の ウランの放射育旨の石斤究にむかい , 98 ザッキンらは量のキュビスム的理解 年ウラン鉱石中に強力な放射能をも 動向にきわめて大きな影響を及はし に成功した。またエコルとしては , この名称は , 1908 年プラツ・クの っ二つの新元素が存在することを明 その動的要素を強調したラ・フレネ , た くエスタック風景 > をカーンバイラー アンドレ・ロートらの未来主義へ , らかにし , それらをポロニウムおよ 画廊で見た批評家ルイ・ポークセル 激情的な主観表現を通して表現主義 び / ラジウムと名づけた。さらに貧 が「キュープ ( 立体 ) のようだ」と評 へ , 機械的 , 幾何学的傾向をついで 苦のなかを言語に絶する苦闘を続け こク ) 月年・ , 抽象主義 , 純粋主義へなど幾多の天 たのち , 1902 年ラジウムの分離に成 したときにはじまるが , この業績によって 1903 年ふ ピカソが描いたくアビニョンの娘た オたちの開花をうながた。〔細野〕 功した。 たりはべクレルとともにノーベル物 ち〉の大胆な色彩と面の構成が立体 キューピッドェロス 理学賞を受けた。 派の最初の作品とされる。しかし , この間 , ピエーノレ キュラソー c uraq ao オランダ キュビスムへの動向はそれ以前から 領西インド諸島のクラサォ ( キュ は放射能が生物におよは、す影響やラ ピカソ , プラックの 2 人によって準 ラソー ) 島でキュラソーオレンジの ジウムの発生する熱などについて研 備されていた。彼らは「われわれの 果皮を原料としてつくられていたア 究し , 04 年ソルポンヌ大学の物理学 中にあるものを表現しようとしただ ルコール性飲料。現在ではヨーロッ 教授となった。妻のマリーも同し年 けだ」 ( ピカソ ) , 「自分用に作りだし ノヾリ大学の実験主任となり研究生活 パで , 高価なキュラソーオレンジだ た手段だ」 ( プラック ) といっている けでなく種々のオレンジの果皮をも は順調に進むかにみえた。しかし ()6 が , その方法は , 対象を同時にあらゆ 年ピエールは不慮の交通事故で急死 使用して蒸留酒として多量に生産さ る角度から凝視して同一画面に描こ れている。無色 , 黄色 , かっ色の 3 しマリーはいったんは絶望のどん底 うとする , いわゆる同時性の原理によ 種類のものがあり , とっくり形のつ におちいったが , 友人らの援助もあ ばに入れたものが多い。甘ロのもの ってピエールの職を継ぐことになり って対象の解体に向かうという , き ふたたび放射能の研究を続けた。 10 わめて主知的で造形的な空間把握く は , アノレコール 3() % , * 唐分 3() ~ 65 % , 辛口のものはそれぞれ 38 % , 3()% で 年純粋の金属ラジウムの分離に成功 であった この傾向にはニグロ彫刻 , 原始彫刻の発見 , スーラ回顧展 ( 19 したはか多くの研究を行ない , 彼女 ある。寒冫翁期には濁ることもある。 05 ) , セザンヌ回顧展 ( 1907 ) が大き フランスのコアントロ オランダ は 11 年ノーベル化学賞を受けた のフォキンクなどは有名である。用 な役割を果たした。またセザンヌの 年彼女のためにパリ大学ラジウム研 有名なことば「自然を球体 , 円すい い方は , そのまま / アベリチフとし 究所が設立され , その指導者となっ 体 , 円筒体によって扱う」は立体派 たり , またカクテルにする。 た。第一次大戦がはしまると彼女は の理論の出発点であり , その発展に 放射線治療班を組織して傷病者の治 製法は新鮮なキュラソー果皮に他 のオレンジ果皮を加えてすりつぶし , 療にあたった。戦後もラジウム研究 大きな力を与えた。 95 % アルコールで 2 日間浸出したも 所を指導して新しい原子核物理学の 一般的にその発展過程をセサンヌ 一大センターを育てあげ , 34 年多年 の影響濃い初期時代 ( 1907 ~ 09 ) , 分 のと , 別にキュラソーオレンジ , 他 の放射能研究のための慢性白血病で 析的時代 ( 1910 ~ 12 ) , 総合的時代 ( 19 ッケイ , チョウジに ク ) オレンジ 約 50 % アルコールを加えて蒸留した 没した。放射性物質の量単位キュリ 13 ~ 14 ) の 3 期にわけるが , 様式的に ーは夫妻の姓に由来する。夫妻はす 留液とを混合したものに , さらにラ は , 対象を分析解体しながらしだい ム , プランデー , 糖類 , 有機酸など に二次元の画面に総合しておしこむ 実験室におけるキュリー夫妻 結果 , 展開図のような構成的な画面 を加える。必要のときはカラメルで 着色する。 を作り出すようになった。陰影を排 ( 亀高〕 し透視法を拒否して物体の量感をい キュリーふさいキュリー夫妻 かに表現するかが彼らの目的であり , ともにフランスの物理学者。夫ピエ この二律背反にキュビスムの限界が ー丿レ Pierre Curie ( 1859 ~ 1906 ) は みられ , 抽象的方向をたどりながら ソルボンヌ大学を卒業後 , 理工科学 ふたたび具体物を呼び戻すパピエ・ 校の実験主任をしながらヒ。ェゾ電気 コレ ( 新聞紙 , レッテルなどを直接画 の研究 , 物質の磁性の研究 ( キュリ 面にはりつける方法 ) がここに生ま ーの法則として知られている ) を行 れる。しかしキュビスムの示した多 なった 1895 年ポーランドのワノレシ 角的な創意と変容はモンドリアン , ャワ出身の留学生で , 1891 年以来ソ レジェ , ドローネーらの前衛的な多 ルポンヌ大学で物理を学んでいたマ くの画家たちに影響を与えたばかり リ—Marie Sklodowska ( 1867 ~ 19 でなく , その構成的な方向は彫刻界 34 ) と結婚した。ふたりは共同で , そ にも受けいれられ , アルキペンコ のころべクレルが発見したばかリの 14

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キケキ 3 2 1 たは器官が , 発育障害のために正常 ごができる。この際一方だけが大き の形態から離れたものを形態異常と くなって他方の発育が不良であるこ この大小関係がひどく いい , 機能障害を伴うことが多い とがあるか、 , なると , しりからもう 1 本足のはえ 現在医学では , 原因が先天性の形態 異常を奇形といい , 外傷や炎症など たようなものさえ現われてくる。 のような重複奇形は , とくに四肢や の後天性の原因によるものを変形と よんで区別する。奇形の高度のもの , 尾に起こりやすく , また重複の現わ れが発生期の終わりになるはど , 症 たとえは、無脳児とか , ひどい重複奇 状は末端にうつり , 多指や多乳房な 形などは , 生存できないので臨床的 どの程度になる。以上のべた数に関 には意味がない。人間では出産を境 する過剰のほかに , 全体がなみはす として先天性 , 後天性をきめるので , れて大きくなったり 一部だけが異 遺伝子およびそれの作用する場にお 常発達したりすることがある。人間 ける環境因子によるものを内的 , す ではそれが / 巨人症であり / 末端肥 生物体にみられる形 なわち真の先天性奇形と , 個体の外 大症である。また一部の成長が他と のいろいろで , 左は前 から働く外的環境因子によるものと , 欠損があり , みつくちゃ猥咽 ( / 関係なく進みすぎると , 妙な現象が 後両端に頭のあるプラ さらに出産時の障害によって起こる みつロ ) は部位上注目されやすい ナリア。中はクワガタ 起こることがある。この一例が幼形 ものとに奇形は分けられる。多くの 奇形のできかたが明らかでない現 ムンの雌雄モザイク。 成熟で , ロッキー山脈地帯にいるサ 人間の奇形は多少とも遺伝的であっ 在 , 個々の場合に有効な予防法とい 右はマサキの帯化した て , 多指症などには遺伝的要素が強 ンショウウオの一種アホローートルに うものはないが , 遺伝性の強いもの 茎 ( 葉はもいである ) みられ , 変態しないで幼生のままで いといわれる。また外的な環境因子 では断種が行なわれ , 法律上でも認 はいろいろあって , 直接または母体 いながら生殖腺だけが成熟して卵を められている。それ以外の場合には , を介して影響を及ばす。その一つ , 妊娠時の母性の保護を十分に行ない 産む。 3 ) 異態これに属する奇形に 放射線障害については , 原子爆弾に 外的環境因子から守るようにする。 は学問的におもしろいものが多いが よる胎児への影響は , 純遺伝学的に 普通にはあまり注意されていない。 いったん生まれた奇形児に対しては , は確認されないが , 実験的には放射 その奇形が生命をおびやかすような ます転座では , 形や構造には異常が 線による突然変異の発生が確認され 場合には早期手術を行ない , そうで ないが , その存在する位置が普通で ているので , さらに追究を要する。 ない場合でも , 早期になんらかの対 たとえば前肢と後肢の位置が 母の胎内における機械的圧迫は昔か 策をたてるべきである。 逆になっているような場合で , とく 〔大森〕 ら考えられ , / 先天性股こ関節悦きゅ ぎけいき義経記 8 巻。英雄の に節足動物の付属肢に多い。ときに うにおける股関節屈曲位 , 先天性内 伝記物語。判官物語 , 義経蠕物語 は著しく隔たった場所で , しかも性 反足における子宮壁の圧迫など , 内 質の違った器官となって現われるこ ともいう。室町中期以前の成立。作 腔の狭小のためとされている。また 者不明。源義経の一代記で鞍馬寺 とがあり ( 転化 ) , 前にあげたェビの 母の病気ことに風疹による先天性 で武芸の修行をしたり , 金売吉次に 眼柄が触角と化したもの , こん虫の 白内障などの奇形発生の報告もあり , 連れられて , 奧州に下向したりする 触角が歩脚となったものなどがある。 食物の影響についても , 実験的には ミズやプラナリアなどでは , 再生後 幼少年時代の記述と , 平家を追討し に頭端に尾 , 尾端に頭を生したりする。 ビタミンの欠乏で目や骨の奇形がお たのちに , 兄の頼朝に憎まれて , 諸 こることが知られているので , 人間 なお性の転換と / モザイクに関連 方を逃け回ったあげく , 奥州の藤原 にもなんらかの影響があると考えら 秀衡のもとに身を寄せ , ついに平 して , 一方の性徴から他の性徴へ移 り変わる中間の移行型や , 雌雄性徴 れる。このほか外的環境因子として 泉の高館綣で自殺するまでの晩年の 毒物などの化学的因子やホルモンな のいろいろましわりあった奇形が 記述に詳しい。平家追討のはなやか 多くの動物でみられる。 どの内分泌性因子があげられる。 な時代の記述は数行しか記さす , も 〔植物の奇形〕植物の奇形は , 茎 , 奇形の種類はいろいろで , 外部に つはら失意と逆境の時代を中心に記 根 , 花 , 葉などあらゆる器官でみら 述しているところに , 英雄の末路を 現われるものではすぐわかるが , 内 惜しむ作者の態度をみることができ れる。原因としては , 栄養 , 気候 , 臓奇形 ( 左側にあるべき心臓が右側 寄生菌 , こん虫などの刺激が考えら る。当時語リ伝えられていた義経伝 にあったり , 内臓全部が左右の位置 説を集成して書かれたもので , 後代 れる。奇形の主要なものとしては , をかえたりする ) では苦痛を訴えな の文学に与・えた影響も大きい 帯化 ( 石化 ) , 貰生 , 器官の異常分岐 , いので発見は偶然的である。小頭症 癒合 , 弁花 , 葉化などがある。帯化 や / 脳水腫では脳の発育障害を伴い 〔木藤〕 は , 茎 , 根 , 花などが平たく帯状に 脊つい破裂は同時に脊髄または脊髄 きげき喜劇演劇 , 戯曲の一分 なったり , 扇状になったりすること 膜の変化をきたす。胃腸系の奇形で 類。 / 悲劇が主人公の破滅にいたる で , 葉や花などの増数 , 癒合 , 配列 は幽門狭搾症や先天性巨腸症がしば 厳粛悲壮な過程を描くのに対して , の不規則などを伴うことが多い。ケ しは、みられ , 前者ではおう吐 , 腹部 人間のもっ矛盾 , 社会悪 , 不合理 , 愚鈍などを , かいぎやく , 機知 , 皮 イトウの花穂はもっとも著しい例で 膨隆 , 便秘 , 発熱があり , 後者では 肉 , 風刺などによって軽妙に描き , ある。帯化したものには , 園芸的な 便秘 , 腹部膨隆がある。 / ヘルニア 価値をもつものがみられ , ヤナギ , も多い奇形である。循環系では心球 こつけいまたはそれに類する効果を 奇形が多く , 呼吸促迫 , 肝臓肥大 , 生むものをいう。幸福ないし肯定的 ェニシダ , サポテンなどにこの例が な結末をもち , 多くは民衆が主人公 浮亡ゅを起こしチアノーゼは伴うと ある。貫生は生長を終わるはすの花 きと伴わないときとある。泌尿生殖 穂などが , さらに伸びて花や葉をつ であるが , 王侯武人を扱ってもそれ 器系では / 半陰陽 , 尿道裂などがあ けるもので , 枝端につくスギの球果 らはごく普遍的な弱点をもっ 1 個の り , 運動器官系では先天性骨または の軸が伸びて葉条をつけ , またとき 軟骨発育異常 , 脊柱湾曲異常 , 先天 ーこに雄の花穂をつけるなどが 性斜頸第先天性股関節脱きゅう , 先 この例である。異常分岐の例として 天性内反足 , 指の癒着や多指症など は , ツバキの園芸品種であるキンキ、 がある。股関節脱きゅうは女児に多 ョッパキの葉先が , キンギョの尾の ようになっているのは著名である。 く内反足は男児に多い。顔面の奇形 〔医学上の奇形〕人間の全体の形ま として目 , 耳 , 鼻の形の異常または 多指症の子どもの手

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カケイ 4 0 第 3 表所得階層別工ンゲル係数の推移総理府統計局く家計調査報告〉 であった ( 第 3 表参照 ) 。住居費につ 方法などがある。人口 5 万人以上の いても同しような傾向があるといわ 都市勤労者世帯の 1 カ月平均収支は 層別平均 Ⅳ れる。これをシュワーベ H. Sc h w a be 第 4 表のとおりである。 39. ( ) 39.8 1959 の法則 ( 貧乏であればあるほど , 所 〔家計簿の記入〕家計簿は日々の収 38.8 38. 1 196 ( ) 得のうち住居費支出の割合は大きく 36.8 1961 37.7 支が明細に記入されるもので , 収支 35.9 1962 36.7 なる ) という。するとこれらの費目 のバランスを検討したり , 家計の実 35.6 1963 36.4 比率が増大した分だけ他のいすれか 態を知るための基礎的な記録である。 35. ( ) 1964 35.7 の費目の比率が減少しなければなら 家計簿を記入するためには , あらか 1964 年の 581 ( ) 4 円 24657 66413 1 ( ) 7 ( ) 65 51837 4 ( ) 55 ( ) ない。それは一般に雑費のうち , 教 じめ家庭生活の実情に即した収支費 平均所得 養費 , 修養娯楽費 , 交際費 , 被服費 目の分類を定めておく。予算は実収 注人口 5 万人以上の都市勤労者世帯の五分位階層別調査。五分位 などであるといわれる。他の光熱費 , 入によって立てなければならない。 階層別とは , 全調査世帯を 5 等分し , 所得の低いほうから I , 医療衛生費などは比較的一定である。 実際の記入に際しては , 1 ) 毎日の収 Ⅱ , Ⅲ , Ⅳ , V と分類 , それぞれのグループの平均を求めたもの このような支出費目の構成比率の変 入 , 支出を定めた費目分類によって 借金返済 , 掛買いの支払いなど実支 記入する。 2 ) 途中に空欄を残さない。 化が生じている場合は , 家計は不健 出以外の支出にまわされる。また逆 空欄のできた場合は線を引いて埋め 全になっているのである。そこで , の場合は赤字であり , 借入れや家財 ておく。 3 ) 訂正は線で消して行なう。 これに着目して各費目について緊急 の売却など実収入以外の収入で埋め 度の高低を測定することが行なわれ インキ消しや紙をはって訂正するの 合わせなければならない。ところで , は , 簿記の約束に反する。 4 ) 日々の た。収入が減してもその支出の比率 収入は一般に月給のように月のある 収支決算をする。その計算結果と現 を減しないものほど , 緊急度が高い 時期にまとめてはいり , 支出の相当 金残高をつき合わせる。 5 ) 月末に決 費目または財貨である。 額がまた一時に出る。その時期がく 算を行ない , 繰越残高は , 次月の最 ところが , 収入の減少は単に費目 いちか、っていると実収支の赤字 , 黒字 初に収入として記入する , などの注 配分の比率問題に尽きないのであっ がかならす生する。赤字分は実収入 意が必要である。なお , 食費のよう て , これ以上低下すると , もはや労 外収入でまかなわれ , また黒字分は に種類と度数の多いものは , 別に伝 働力の長期的生産が順当には行ない 実支出外支出として預貯金が行なわ 票などをつくり 1 日分を費目別に 得ない限界なるものがある。これを れることになるが , 長期を通算して 整理してから家十簿に記入すれば整 最低生活費という。その測定方法に 決算してみると , 家計はつねにそれ 理しやすく , つけ落しを防ぐことも はいくつかあって , ーっはその線を なりにノヾランスしているのである。 できる。つまり家計簿を記入するこ 割ると肉体的精神的に具体的な欠陥 しかし資産の減少を伴ったり , また とは , 家庭における収入 , 支出を克 が生しること , また子どもの知能指 は家計の規模の直接的縮小の結果 , 明に記録することによって , 財産の 数がひどく落ちるといった現象に着 変動状況を明らかにする簿記行為の 肉体を消耗する結果におちいってい 目し , その点を求めるという方法 , たりするなら , その収支ノヾランスは , 一種なのである。 および統計的に費目別支出緊急度の 〔江口〕 労働力の縮小された再生産を招いて もっとも高い食費に着目して , これ かけい夏珪中国南宗の画家。 いるのである。また子どもの成長や 以上収入が低下するときは , 赤字を あざなを禹玉 , 銭塘 ( 淅江省抗県 ) の 教養が阻害される。したがって家計 かえりみす , とにかくなんらかの方 人。中国の宮廷には画院がおかれて , 法で食料を獲得するようになる点を の赤字 , 黒字が問題であるよりは , 多くの画家が召し出され奉仕してい 赤字なら赤字分がどういうふうに埋 統計的に求める方法がある。これら たが , 宋代の画院がもっとも盛んで められ , 黒字なら黒字分はどう処理 は家計の実態からその最低をさぐる あった。彼は寧宗 ( 在位 1195 ~ 1224 ) されたか , そして長い目でみて労働 のであるが , その他に栄養学などの 朝の画院の待詔となり , 山水画と人 力の再生産が縮小に向かっているよ 助けをかり , 必要な財貨を物量とし 物画をよくし , 雪景にも巧みであっ うなことはないか , また支出の費目 た。当時彼の絵は李唐 , 劉松年 , 馬 てつみあげ , これを市価に換算する 別配分においてどのような変化をも 遠とともに四大家といわれ , また馬 たらしているかを注意しなければな 遠と並び称されたが , 彼の画風は北 第 4 表人口 5 万人以上の都市勤労者 らない。すなわち収入の大きさは支 宋の范寛から出て気韻が高く , 馬遠 世帯の一カ月収入と支出 ( 円 ) 出の規模を決定するが , それはまた よりも筆力は鋭くないが , 墨汁淋 支出費目の配分の仕方を決定する。 漓 3 んといわれたように , 水墨の墨気 労務者 職員 たとえば食料費は収入が減少しても , を尊重した。日本には作品も多く伝 収入総額 100667 77549 その割合で減することはできないか わり , 室町中期以後の水墨画 , なか 実収入 64223 5 ( ) 126 ら , 収入が減少するにつれて , その でも周文 , 雪舟らに著しい影響をあ 勤め先収入 59763 46578 比率を高める。この法則を発見した 〔杉村〕 たえた 事業・内職収入 172 2 146 6 人が E. ェンゲル ( / ェンゲルの法則 ) その他の実収入 かげえ影絵影絵を用いて遊ぶ 2 7 38 2 ( ) 82 実収入以外の収入 14131 遊戯。または影絵芝居や影絵映画。 前月からの繰入金 22313 17393 指を組み合わせて大やウサギやキッ ネなどの影を壁や障子に映す手影絵 支出総額 100667 77549 や , 切り抜いた紙を映す切抜き影絵 実支出 62661 46975 は , 日本では古くから行なわれた 消費支出 55807 4 3611 食料費 2 ( ) 19 3 17 58 3 江戸中期から流行した回り灯籠は 住居費 576 ( ) 5 ( ) 39 影灯籠ともよばれるように , 灯籠を 光熱費 2425 1835 2 重にし , 内側に絵をはりつけた灯 被服費 6182 4216 籠が回ると外の灯籠に映る影が走る 雑費 21247 14938 ように見える仕掛けである。影絵芝 非消費支出 6854 3364 居は歌 , せりふ , 器楽などにあわせ 実支出以外の支出 16646 11777 て偏平な人形を動かし , 前方のスク 翌月への繰越金 2136 ( ) 18797 リーンに映る影絵で演しる芝居。黒 注 1965 年 10 月における 1 世帯平均月額。世 白の明暗だけのシルエット・プレー 帯平均人は職員 4.11 人 , 労務者 4. ( ) 4 人。 と彩色影絵芝居との 2 種があり , 彩 総理府統計局く家計調査報告〉による 45.5 44.7 42.8 41.7 41.5 4 ( ). 8 5 ( ). 5 48.9 47.3 45.6 45. 1 43.9 32.7 31.7 31.3 3 ( ). 5 29.8 29.2 42. 1 41.2 4 ( ). 3 38.8 39. ( ) 38.2 夏珪作く江頭泊舟図 > ふい

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2 3 0 これらの建築は高 殿が造営された さ 10 m 余の上台の上に建てられ ( 上 台を高くすることは漢の特徴 ) , 建 物の屋上には鳳凰などの黄金の 装飾をつけ , 柱棟うなどは朱塗リ にしたり , 彫刻が施された 一般の 住宅でも , かわらが多く用いられる ようになった。墳墓も丘陵状の大墳 墓が多く建設され , 墓前に石馬 , 石 人の彫刻が置かれ , 石碑が建てられ るようになったのもこの時代からで ある。小さな彫刻品には , 西域から / 玉カヾ輸入されることになったので , 玉彫が盛んになった。工芸品の製作 は上室が中心で , 染織品は , 平和続 きで国内需要が増加するとともに貿 漢代の明器。左は彩色 反乱を鎮圧糾合して , 後漢王朝を開 易品として西方へ輸出されたので , やカ役の負担は大きかった。このた した馬。右は緑のうわ ぐすりをかけた豚小屋 き , 都を洛陽に定めたのが / 光武帝 め貧窮した農民が , 大上地所有者で ひしように精巧で美しい各種の織物 ある豪族の支配下にはいったりする が多量に製作された。漆器は戦国時 劉秀であった。 代からすでに流行していたが , 漢代 光武帝は礼教を重んし , 郡兵を撤 傾向が続き , 豪族はこれらの小作人 には大規模な官営製作所が四川省 廃し , 外戚 , 宦官をおさえるなど内 や取婢まを擁して , 後漢のころには この時代 ( 当時の蜀郡 ) , 湖北省 ( 広漢郡 ) など 政に意を用いたので , 復興後約年 ぬきがたい勢力をもった は後漢王朝の最盛期を現出した。し に司馬遷の / く史記 > や班固のく漢 に置かれ , 素地造りエ , 塰工 , 彫工 , 磨ま工 , 監督官などはそれぞれ器物 かし光武帝の協力者の多くは , 地方 書〉などの歴史書が出現したのは , に職名 , 姓名を彫り責任を明らかに 強力な統一国家がっくられたという の豪族であり , 彼らは農民の抵抗に した。そしてその製作品は遠方の楽 自覚と無関係ではない。実用の学問 備え , 力の維持 , 拡大を図って , 競 浪の官署にまで配給された。銅器は としてもく九章算術 > のような数学 って官僚進出をわらったため , いわ 書 , く傷寒論 > のような医学書が書 ゆる「郷挙里選」 ( 官僚推薦制度 ) に 古代では貴重な金属であって祖先を よる官位就任者の多くは , それら豪 かれ , 後漢の蔡倫は紙の製法を発明 祭る祭器の鼎に , 爵などにつくられ した。思想の面では , 武帝以後 , 儒 族出身者で占められた。一方 , 2 世 この時代には帯鈎齲、 , 壺な たか、 紀初め以来 , 幼少の皇帝があいつい 教が国教とされて中心、とならたが , どの金 , 銀象眼器の素地や日常器の で即位すると , ふたたび外戚や宦官 法家や道家の影響も強く , とくに / 陰 香炉 , 壺 , 火熨斗巳のなどに用いられ が権力を振うようになった。豪族出 陽五行説は , 当時の思想界にもっと た。また良質の銅は / 鏡の材料とし も大きな影響をあたえた。また , 黄 身の官僚はこれと対立し争ったが , て盛んに使用され , 鏡の文様は前代 かえって彼らのために退けられ , 禁 巾の乱の思想的背景をなした太平道 からの幾何学的文様から神獣その他 こうし 錮に処せられた ( 党錮の獄 ) 。 や , それに似た五斗米道は , のち の文様に変わり , また詩句を用い年 号を入れた銘文鏡が多くなり厚さも に道教として完成した 〔五井〕 た権力争いが , 中央でくりかえされ 〔美術〕前漢の美術は秦のあとをた 加わった。絵画の遺物には , 墓中の ていたころ , 陜西方面では羌族が 壁画 , / 画像石などがあってその時 だちに継承しているので , その様式 反乱し , 黄河流域一帯では黄巾の 代の絵画の様式を知ることができる。 乱とよぶ農民反乱が起こった。地方 は戦国末 , 秦の影響をうけ , しだい 山水 , 花樹などの自然を描写するこ 豪族は武装して反乱鎮圧に立ち上が に漢化してまったく前代の影響から とはそれらを芸術として鑑賞するま り , さらに河北の袁紹を盟主として 脱皮して独特の漢様式となったのは でにいたっていないので , まだ発達 宦官撲滅の挙にでて 2000 余人を殺し 前漢末から後漢時代である。しかも しておらす , 人物画 , 動物画を中心 王莽時代はすべての事物を革新しよ た。乱の平定後も各地に割拠した群 に , 写生画風が生まれた。書は隷書 うと試みたので , 文化的にもさまざ 雄は互いに争い , 漢の権威はまった で , 石碑が建てられるようになると く袞えた。やがて / 曹操は後漢最後 前漢時代の中 まな変化が起こった 文字の美化が心要となるので整った の皇帝となった献帝を擁して , つい 心は第 7 代武帝の時代で , この時代 ものが生まれた。また西域出上の木 に華北を統一し , 曹操の子曹丕は献 は漢の勢力が遠く西域地方に及び , 帝に譲位させて魏の文帝となり ( 22 の , 簡により当時の肉筆を知ることが 西方からの文物が流入してきて新し できる。印璽としての篆刻文字は , こに漢は滅びて魏 , 呉 , 蜀漢の対 い刺激を与えた。漢の建築は秦の阿 この時代にもっとも発達した。陶器 立する三国時代にはいった ( / 三国 ) 。 房宮などの壮大な建築のあとをうけ は日常品としては漆器が用いられて 漢代には , 前代に引き続き農業生 て大規模な造営が行なわれた。なか いるので , 緑色 , かっ色釉のかか 一般農民 でも長安城は城壁の周囲約 26km , 内 産力の上昇がみられるが , った軟陶の壺などがあるにすぎない。 にとっては , 官から課せられる租賦 に長楽宮 , 未央宮などの豪華な宮 多くは明器 ( 墓の副葬品 ) につくら れ , 人物 , 動物 , 家屋などがある。 がラス製品もこの時代には多くなる。 〔杉村〕 / ( 別刷 ) 漢 ガン G and フラマン語ではヘ ント Gent 。ベルギー北西部 , 東フラ ンドルの工業都市。運河がひらけ , アントワープにつぐ港町である。人 ロ 155951 ( 1963 ) 。はやくも 13 世紀に フランドル機業の中心となり , 現在 も約 7 ( ) の綿紡績 , 綿織物 , 亜麻織物 工場に 5 万人が従事している。また 漢代の青銅製の盤。前 220 年ころのもので , 口径 36.5cm , 高さ 8.55 。 図は外側の一部分で , 雲気文の中に , 神仙と 竜をあらわしている

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キコウ 3 2 3 量は緯度の低いはうか・大きいから , 気温が赤道から娵に向かって下降す ることは他の要素を考えないでも理 解できる。実際 , 英語の c limat e は , キ、リシア語で「傾斜」を表わすこと は、からでたもので , 古代ギリシア人 が地面に対する太陽光線の傾きを気 候の決定的要素と考えていたことが うかがわれる。しかし地球をとりま く大気は , このような緯度による日 射量の差が原因で , たえす大規模な 連動を行ないつつ熱を赤道からの ほうに輸送しており , また地球の表 面には大降や海洋や山岳があって日 射に対する反応のしかたが一様でな いから , 実際にみられる気候は日射 第 3 図 量の緯度分布だけで決定される気候 こうして暖められた地 にすぎない。 気は極と赤道の間を循環することに ( 太陽気候 ) とはひしように異なった 面は逆に空中に向かって熱を放出す なるだろう。しかし地球が自転して ものになる。そこで世界の気候の持 る。しかるに空気は日光をよく通す いるため , 赤道から流れ出した上層 徴を明らかにするためには , これら けれども , 地面からの波長の長い放 の南風はしだいに東のほうにまげら の要素の気候に対する影響を調べる 射はよく吸収する性質があるため , れ , 北緯 30 ~ 40 。で沈降してここに東 必要がある。 直接大気外に出ていく放射はごくわ 西に連なる中緯度高圧帯を形成する。 気候の要素 すかで , 大部分は大気に吸収され気 この高圧帯の北方および南方では風 〔太陽放射と気候〕太陽の地平線上 温を上昇させることになる。また大 と気圧配置の関係にしたがって西風 の高度は緯度が高くなるほど減少す 気自身も下向きに熱を放射して地面 および東風が吹くことになるが , るから , 地球表面が太陽から受けと を暖めるので , 地面は空気の存在し れらの風系をそれぞれ偏西風および る熱煢には緯度により大きな違いが 貿易風とよんでいる。一方 , 高緯度 ない場合に比べてすっと冷えにくく できる。第 1 図からもわかるように 地方では , 冷却された空気は沈降し なっている。大気が地面からの放射 同し断面積佖を通過する日射は緯度 て極を中心とした高気圧が形成され を吸収するのは主としてその中に含 に関係なく一定であるが , 太陽高度 る。これが極冠高気圧で , そのまわ まれる水蒸気によるものである。し の高い低緯度では小さな面積 A B に りには周極風という東風が吹走する。 たがって空気が湿っている場合はか 入射するのに対して , 太陽高度の低 この周極風と偏西風との境界は極前 わいている場合に比べて夜間の冫翁え い高緯度でははるかに大きな面積 線とよばれ , これに沿っては移動性 こみは弱く , とくに空中の水分が多 A B' に入射することになる。このた の低気圧や高気圧がひんばんに通過 くて空が曇っているときはこの効果 め地表面の一定面不についていえは、 , する地帯となっている。また両半球 が著しく現われる。日射量から地面 低緯度は高緯度に比べて多量の熱を の貿易風の境界は赤道前線で , その と大気の放射量を差し引いた残りが 受けとることになる。地球にいろい 上には台風のような熱帯低気圧が発 実際に地球が太陽から受けとる熱量 ろな気候が生する原因もつまリこの 生する ( 第 2 図 ) 。以上のような帯上 ような緯度による加熱の相違に帰す ということになるが , 1 年間にわた の気圧配置は , 一様な地面状態に対 ることができる。以上述べたのは地 って積算してみるとそれは赤道から して成り立っと考えられる仮想的な 球上に空気が全然ないと仮定したと 高緯度にいくにしたがって減少し , もので , 実際にはこれに海陸分布と 緯度 35 。付近で ( ) となり , それより極 きの話であるが , 実際に地表に到達 季節の影響が加わるので大気環流 にかけては日射量よりも放射量のほ する太陽放射は空気の存在によって はさらに複雑な形を呈する。第 3 図 うが多くなっていることがわかる。 大きな影響を受ける。空気は日光の は 7 月および 1 月の北半球の羊均気 もしこの状態が続くとすれば , 低緯 ような波長の短い放射に対しては透 圧配置を示したものであるが , これ 度地方は年々暖かくなり , 逆に高緯 明度が高いので , 空気によって直接 からもすぐわかるように , 上述の地 度地方は寒さが加わっていくはすで 吸収されるのは全入射量の 15 % くら 球をとりまく高圧帯や低圧帯はあち いである。しかし太陽放射は空気の あるが , そのような事実は観測され これはつぎに述べるような大 分子や空中に浮かんでいる細かいこ 大気環 規模な空気の流れによって熱がたえ みによって散乱されるのと雲や地面 によって反射されるため , かなりの す低緯度から高緯度へ輸送されてい 部分が大気の外に失われ , 実際に地 るからである。 面を暖めるのに使われる量は約 43 % 〔大気環流と気候〕地面が太陽から 受ける熱量は低緯度で大きく高緯度 第一図 で小さいので , その上の大気中には 赤道と様との間に年平均で 40 ℃にも 達する温度差ができる。この温度差 の結果として生する地球全体にわた る空気の大規模な流れを大気環流と いう。もし地球表面が平らで , 同し 物質からできており , しかも地球が 自転していないとすれば , 北半球で は赤道付近の暖かい空気は上昇し上 空を南風となってに向かい , で 冷やされた空気は沈降して地面付近 を北風となって南下し , こうして空 、 , 北半球の海面 平均気圧配置 / 0 00 一 900 一 92 0Z0 一 98 一 0 一 OZOI 020 数字の単位は 西 緯 度 高 圧 帯 南 ど関 射の 日度 第 2 図 地面