続女郎屋考 女郎屋というところへ行くと、男と女が " つき合せつこ。をして、男は女に金を払う。なぜ金 を払うかというと、それはキモチがいいからだという。では女の方はキモチよくないのかという とそうではないという。 男も女も共にいいのに、なぜ女は男からお金をもらうのか ? それが女学校一年生の私が抱いた疑問であった。そのうちに私は、男というものはソレを欲す る頻度が女よりもずーっと多いのだということを知った。頻度が多いゆえに男は女に金を出さね ばならぬ。頻度が均等していれば金を出す必要はないのであろうが、と私は考えた。学校で習っ た需要と供給の関係というやつを、私はここでハタと思い出したのである。 私には四歳上の子という友達がいた。子の通っている実践女学校の家政科の女の先生は、 ある日、こんな講義をしたそうである。 「男というものは女には理解出来ない、性慾という怖ろしい慾望を持っています。いったんこれ に駆られると男は野獣のようになり、前後の見さかいがなくなります。皆さん、気をつけなけれ ばいけませんよ ! 」 ひんど
来る。今は " 食うため〃ではなく、贅沢のために女は男の慾望の前に身を投げ出す。 「男の獣慾」という一一一口葉があったのは、女が泣く泣くその前に身を投げ出したからであって、女 が朗らかに威張りくさって男に身を与えるようになった今では、獣慾なんていう一「ロ葉も「お女郎 屋」と共にかき消えたのである。 男はもはや毒牙を持っ女の敵、淋菌のカタマリではなくなった。そうして同時に女は男と同じ 慾望を持ち、同し快楽を持ち、選択権を持ち、決して我慢してソレをしているわけではないのだ。 それなのにいったいなにゆえ、男は女に金を与えるのか。なにゆえ、女は当り前のように男か ら金を貰うのか。 私はそれが不思議である。
たとえ男の中に色情を利用して欺しにかかる者がいても、女の方は、 「まっ、いやらしい人 ! 」 と用心したものだ。 昔の女 ( この中には私なども人る ) はとにもかくにも用心深かった。男は女を見ればチョッカ イを出すもの、狼である、と代々、女の先輩より女の後輩に教え継がれて来たのである。生活の 上で全く無力であった女は、その教えをケンケン服し、我が身を守ったものである。 ところが先般、西山太吉なる勇者が現れて、色仕掛のイメージを覆した。西山さんだけでない。 奥村という女子行員に大金を横領させた元運転手とやらも色仕掛である。 これは日本の女性が有能になり、男に伍して社会進出を遂げた証左であるといえよう。全く昔 の女は欺くらかして獣慾を満たした後は、売り飛ばすくらいしか値ウチがなかった。せいぜい御 殿女中を欺して、お城の秘密を盗み出させるのが関の山であった。 だが今は違う。女が社会進出を遂げたおかげで、色仕掛は男のものとなった。そうして悲しい かな、女が色仕掛で男をたぶらかしたという話はあまり聞かぬのである。男がしつかりして来た のではなく、たぶらかしたいような男がいないのかもしれない。 私は先日、西山さんに欺されて外務省の機密文書を漏らした蓮見という女性の、「私の告白」 という文章を読んだ。私は西山無罪、蓮見有罪の判決のとき、朝日新聞から感想を聞かれて、蓮 見さんに対してはいささかキッい感想を述べた。男に惚れたからといって、機密を漏らすのは情 ふくよう
という点で、一致したのであった。 その点、女が情事の相手に金を使う場合はハッキリしている。 その男が必要である。 必要であるが、金の力を借りなければ手に人れることが出来ない。 この二つに限られている。それ以上の理由ではビタ一文出さぬであろう。 女はケチだからね、と男はいうであろうがそうではない。いうならばそれは女の謙虚さの現れ - であると主張した女性がいた。 いろつや 女は顔や形や皮膚のはりエ合や色艶、体重、年齢などに絶えず気を配っている。男にとって自 分がどれほどの価値を持っているかを、あらゆる場所で男の眼差しの中に見ようとしている。そ うして、己れの現実を把握し、財布の中身を調べ、金を出すのである。 「何だい、あのパ・ハア、シワん中におしろいプチこみやがって、あれで男がほしいんだから図々 しいよ ! 」 あざわら ん 心ない男はそのようなことをいって嘲うが、シワん中におしろいプチこむのも、己れを知る 花ゆえにこそ、せめていくらかでも見よい姿になろうとの謙虚さから出たものでないとどうしてい の 主えようか。たとえそれが、結果として見よい姿にならなくとも、である。 女のその謙虚さ、いじらしさを男性は知るべきである。男性はシワの中におしろいプチこんで いる女を鈍感の見本のように思っているらしいが、そうではない。女はこう見えても知っている
127 坊主の花かんざし それで彼女は時々、夫に向って、 べってなんということなの ? 」 と白々しくも聞いたりしていたのである。 男はヤキモチを女の悪徳の第一に置いているようだが、女からヤキモチがなくなったら、この 世はどんなに無味乾燥なものになることか。 「どうせ、あんなケチの、チンチクリンのあかんたれ、浮気してくれる相手もおらんわ」 と黙殺されたらどんな気がするか。 ちゃーんと一人前に浮気をしているのに、 「ふん、そんなの信じないわ。あんたも相当の見栄ノ とあしらわれたらどんな気がするか。 女房の中にはさような女房が一人もいないために男はヤキモチの有難みがわからぬのだ。 ヤキモチは男にも必要だが、女にも必要である。男に縁のなくなった女が楽しむだけではなく ヤキモチに苦しむ女もまた、ひとのヤキモチを見て楽しみ、心を晴らしているものなのである。
すが 「捨てられても泣いて取り縋ったりしないことよ」 「なるほど」 「女の誇のためにそうしているのではないことよ」 「なるほど、なるほど 「彼女はそうしたいからそうしているのよ。何ものにも煩わされず、世間の批判など気にもかけ ず、常に自己自身として生きている ! 彼女こそ女の理想像だわ ! 」 彼女が女の理想像である証拠は、その団地の奥さんたちがかげになり日なたになりして彼女の 浮気を応援しているということであるという。 彼女が浮気相手と伊豆へ行きたいときは、ご亭主の手前、夫人が彼女を誘ったという形を作 る。京都へ行きたいときは夫人が一緒だったことにしてくれる。つまり彼女は思ったように生 きられない人妻たちの夢を実現している憧れの人なのだ。 現代風にいうと、こういうのを「人間的」な生き方というそうだ。 これからは淫乱女というとき、人間的女ということにしよう。 わずら
浦「その淋菌を防ぐためにサックというもんを使うんやて」 といった。それはゴムで出来ていて、丁度指を怪我したときにはめるゴムの指袋のようなもの であるという。 そんな厄介なことをしてまで、危険かいくぐりかいくぐり、お女郎屋へ行かねばならぬ男とい うものは、いったいいかなる生物であろうか , 「いやらしいわねえ、男って」 と e 子はつくづく歎声を上げた。 「わたしねえ、この頃、電車や道で男の人見たら、みな、淋菌のかたまりみたいに見えてムネ悪 うてかなわんの : : : 」 それでは私の兄たちは淋菌のカタマリであったのか ! 私は愕然とした。 淋菌のカタマリであると同時に女の敵であるけものなのだ ! 子にいわせるとお女郎という ものは男の獣慾のいけにえとなって淋菌の巣窟の中に投げ込まれた哀れな女性なのだという。 女は長い間、男の奴隷にされ、男の権力、身勝手、獣慾の下で泣きつづけて来た。女には獣慾 というものはない。女は清らかで優しくか弱い存在である。しかしこの世の習いとして常に清は 濁に長され、優しさは強さに負けるのである。女には男と同じようにソレを欲することなどない のだ。女はただ男に強いられ我慢しているだけなのだ。
色じかけ 色仕掛ーー美貌をたねに誘惑すること。色情を利用して欺すこと。 と広辞苑には出ている。 女が男を欺すこと、とは書いてないが、これまで私が漠然と抱いていた色仕掛のイメージは、 緋色の腰巻が膝のあたりよりチラとこぼれる女のしどけない横坐り、その女の婀娜っぽい流し目 の先には男がいて、その顔はだいたい田舎風の角顔で、厚い唇のあたりがだらしなくゆるんでい 何と陳腐なイメージよ、といわれるかもしれないが、それを現代風にいうなら、ハゲ頭胴長短 足のオヤジさん、ふくれたお腹に縞のチョッキか何か着て長椅子にもたれ、その膝にグラマーが 乗っかってハゲ頭にキスをしている。 ん どこまで行ってもイメージの陳腐さは免れないが ( これも若き頃、今は亡き小野佐世男画 花 さしえ の伯の插絵に強い影響を受けたためであろう ) 、要するに色仕掛というのは、かっては女が男を、 美貌あるいは色情を利用して欺すことであった。 男は女よりも色情にもろい。すべてに弱い女だがその点だけは男よりも抵抗力を持っていた。
田刀らしさ 男と女とどっちがヤキモチやきか。 どっちの方が猜疑心が強いか。 どっちが嘘つきで、どっちが不真面目か ひところ、テレビやラジオで男軍と女軍が相対してそのようなことを論争するのが流行した。 「佐藤さんはどう思いますか ? 」 とテレビ製作者に聞かれたので、 「そりゃあ、女の方が猶疑心が強いにきまっています。ヤキモチ ? それも女の方が強いでしょ と答えると、出演しなくても結構です、ということになった。 ん こういう番組では女として出演するからには、何でも男の方を悪くいわねばならぬ仕組みにな のっているのである。早慶戦の際、慶応の応援団が、「ワセダ、ワセダ」と歌ったりしてはいけな 坊 いのと同じなのだ。だからはじめから、「ワセダ、ワセダ」といいそうなのは応援団席 ( は坐ら せないのである。それで声はかかるが私は一度もそのような対抗番組に出してもらったことはな
近所迷惑 女の浮気・ 豚は天国へ行く たしなみ・ 先生考 : 男らしさ 離婚の鑑・ 人間的 : 呆然 男と女の間 らしい : 女の怒り ヤキモチの必要 :