名の連載作家論が出ている。前々からひどい作家論を書くやつだと思っていたが、今日の川上宗 薫論は特にひどい。ぼくは今、酒を飲んで表から帰って来たばかりだがこれを読んで憤激してあ んたに電話をしたのだという。 私は胆嚢の痛さも忘れてべッドを飛び下り階段を駆け下りて茶の間へ夕刊を取りに行った。 作家氏を憤激させた作家論の主人公は川上宗薫である。一読して私は叫んだ。 きんちゃく はえ 「何だ , この巾着キリのツェッ工蠅のインポテンツのゲス下郎め , 次にそのツェッ工蠅の文章を紹介する。 : つまり、他人への感情が欠落し、自己中心の感覚しかもたず、好色で、 小心者の くせに楽天的で、世間に対してタカをくくる癖がある、というのが川上宗薫という人物の人間像 になるであろう。 ( 中略 ) 川上は、純文学作家としてポシャったのち、ポルノ作家として再起した。が、この転向が、 『作家の喧嘩』事件とか、。ホルノ・プームといった外的な要因によるだけでないことは、いうま でもあるまい。自分の感受性だけで書いて、人間をよく見ることのできない川上の純文学は、早 ん晩。ホシャる運命にあったにちがいなかろう。そして、およそ人間性と無縁なポルノ読み物に、 花上がむいていることもまた、たしかなのである」 の 主この文章を読んで不愉快を感しない人がいたら、その人はイン。ホである。私はそう思う。 なぜこの文章が不快か。 「 ( 前略 )
坊主の花かんざし などとよくいっていた。知らない人が聞くと川上宗薫は文壇野球のエースだと思うであろう。 。ヒン。ホンの球をスリコギで打っゲームに、張本の名を口走るあたり、宗薫という人はつくづく一 んな人なのである。 その宗薫がこのほど離婚した。 そのため私は方々の週刊誌から電話攻めに遭った。私が離婚したというのならともかく、宗 が離婚したために我が家が騒がされるとは、いかなることか。全くバカ六力しい世の中になっ , ものだ。 「つまりですね。女性の目からこの離婚をどう見るか、それをお聞きしたいのです」 と相手はいった。 「女性の目といわれても、私はもう女半分、男半分といった人間ですからね。もっと女らしい , にお聞きになった方がいいんじゃないですか」 「ではその女半分のところで結構ですから : : : 」 と相手はしつこい。 そこで私はコメントの代りにこの原稿を書くことにした。他社から求められたコメントをこ一 に書くというのもおかしな話だが、諸週刊誌編集部の皆さんよ、今後は、私に聞きたいことあ・ ば、週刊読売をお買い上げ願います。
佐藤愛子談、 「そういう奴は殴るよりしようがないです ! 」 私はふくれ面のまま呆然となった。こんなコメントが新聞に出ることは、おそらく日本ジャア ナリズムはじまって以来、最初にして最後であろう。 xx 新聞に私のコメントが出たかどうか私は知らない。私は怖くて xx 新聞を開くことが出来 ないのである。ホントは私は人が思っているような勇猛果敢な女ではないのである。 このコメントの話を川上宗薫にすると、彼呆れて曰く 「そういうときははじめに断ればいいんじゃないか。今、テレビを見てるからって」 仰せの通り。はじめに断ってしまえば、「殴るしかないです」などとムチャクチャをいうこと もないのだ。ところが、それが私には出来ない。 「出来ない ? なぜだ ? 」 宗薫は不思議でたまらんという顔。 「だって、せつかく聞いて来てるのに、悪いと思うのよ」 「殴れ、なんていう方がよっぽど悪いだろ」 「そうなんだけど : : : それがどういうわけだか、いえないのよ : : : つまり、気が弱いのね。わた しって。人がいいのかな。優しいのかな」 「気が弱い ? 殴れなんていってかい」
146 私はまずこの中の「ポシャる」という一言に不快を感した。宗薫が純文学の世界から遠去かっ たことを表現するのにこの筆者はわざわざ、「ポシャる」という言葉を選んだのである。「純文学 の世界で望みを達し得ず」とか「書きつづけることが出来ず」というような表現があるのにもか かわらず、わざわざ「ポシャる」という言葉を彼が使ったその出所はどこか ~ それは筆者の宗薫に対する思い上った軽侮から出たものだ。私はそう思う。言葉というものは 生きていて、その言葉が本来持っている意味以上のものを相手に伝えるのである。少しでも一一一口葉 に対する鋭敏な感覚を持っている者であれば、 ( 言葉を使うことを職業としている者であれば ) この場合、ポシャるという一言が読者に伝えるものに気づく筈である。 読者に伝えるものーーさよう、筆者の宗薫に対する「思い上った軽侮」、である。筆者はそれ を承知の上であえてこの一一一口葉を使った ( と私は思う。もしそれが無意識であるとしたら、この人 は一言葉を使う商売をやめた方がいい ) 。何の資格があって、彼は川上宗薫に対する蔑視をこのよ うな形で表明出来るか。その傲慢に私のハラワタは煮えくり返る。私は宗薫の友人である、煮え くり返るのが当然だ。 この筆者は高所より人を見下して独断偏見思い上りの刃で平気で人を斬り捨てる。もしいささ かでも人に対する尊重があれば、こういう斬り捨て方は出来ないと思える斬り捨てが出来る人だ。 いったいなぜ、彼は平気で冷静にそれが出来るのであろうか。 それは彼が朝日新聞という大看板の下に棲息するネズミであるからだ。 ( この場合、ネズミという一一一一口葉は私の怒りを表現しているのであって、思い上りから出・ているの ごうまん
離婚の鑑 川上宗薰という作家は半分子供で半分が女好きという妙な人である。子供と女好きとを取り去 ったらあとは何も残らない。彼の作家としての仕事は、子供の部分と女好きの部分の上に構築さ れているように私は思う。 宗薫が女の次に好きなものにピン。ホン野球というものがある。座敷で一人でピンポンの球を投 げ、もう一人がオモチャのバットで打つ。壁のどこに当ればホームラン、どこが三塁打、どこが ヒットと決っていて二人で勝負を決するのである。 宗薫は中学生の時にこれを考案し、爾来三十年間、ゴルフもやらず競馬もやらず、マー 。ハチンコ一切やらず、孜々としてこの道一筋を歩んで来た。 いったいあんな他愛のないゲームのどこが面白いのか私にはさつばりわからない。今はオモチ ヤのバットを使うようになったが、ひと頃はスリコギで打っていた。その前は手袋をはめた手で 打っていた。考えてみればピン。ホン野球も、時代と共にいささかの進歩を遂げているようである。 だが宗薫の腕前の方は進歩したのかどうか私はよく知らない。 「一度、張本と手合せをしたいもんだなあ、俺のタマを張本は打てるかな」
私は怒りと哀れがゴタマゼになって、鼻の奥へ胡椒の粉でも吹きかけられたような気分に陥っ 何たることか。西山は ( ここで断乎、呼び捨てにする ) 機密文書を手に人れてからは、彼女を " 事務的に抱いた〃というのだ。 事務的とは何だ、事務的とは ! 彼女は悲しみに暮れて書いている。 「できれば私なんか抱かないで書類が見れないものかと考えているにちがいない 西山太吉は男の中のクズである。私はハッキリいう。男の中には、彼がまんまと蓮見さんを欺 したことを男の甲斐性だと感心しているムキもあるようだが、もし真に甲斐性ある男であれば、 目的を遂げる前も後も、同しように心をこめて蓮見さんを抱かねばならぬ。それが男らしいとい うことであり、人間としての社儀ではないか。 毎日新聞記者といえば女子行員奥村某を欺した元運転手とは知性、教養、すべてに違うのであ る。それが運チャンと同じことをやっている。しかし当然の話だが、裁判というものは、その人 間の品性は裁かないのである。 私は憤りを胸に抱えたまま、川上宗薫に会った。そうしてこの私の意見を述べた。 「ねえ、そう思わない ? 一度、くどいて関係を持ったからには、相手がいやというまでつき合 うべきですよ。それが男のとるべき道よ」 だんこ こしよう
もない。私にとって離婚などちっとも珍しいことではないのだ。離婚の話なんか、物価の値上り と同様、もう飽き飽きしている。 さて、一カ月余り前のこと、私は宗薫とある雑誌で対談をした。そのあと、二人で行ったホテ ルの・ハーで、宗薫はいった。 「オレ、別れるよ。 ・女房と」 「そう、ふーん」 と私はいった。 「どっちがいい出したの ? 」 「女房の方さ」 「何をしでかしたのよ ? 」 「何もしでかさないよ。変ったことはないよ」 「じゃあ、いつものように浮気してただけ ? それが問題なの ? 」 「うーん : : : まあ、そうだろうなあ : : : 」 「でも奥さんはその点に・関しては寛大な方だったじゃないの、何もかも承知で結婚したんじゃな かったの」 「うーん、そうなんだがね : : : 」 それから宗薫はいった。 「とにかくオレには結婚する資格はないよ。だからもう、結婚はしない」
「うん、それはそうかもしれないわ。その方がいいわね」 それから宗薫は憮然とした顔つきでいった。 「やつばり女というものは、日にいつ。へんは愛しているよ、などといってもらいたいものなんだ なあ : : : 」 「そうらしいわねえ」 「愛子さんもやつばりそうかね」 「そういうことをいうのにふさわしい顔とふさわしくない顔があるのよ。ふさわしくないのにい われると殴りたくなるわね、わたしは」 「オレはふさわしくない方かね」 「ない方よ」 「ふーむ」 宗薫は感心した。感心してる場合ではないのに感心する。これが宗薫の特徴である。 「しかし一般の女は、ツラとはカンケイなくいってもらいたいらしいよ」 ざ「そうかもしれないわね 「オレにはとてもじゃないが出来ないよ」 花 「相手が望むならいってやろうって気にならないの ? 」 「それがならないんだなあ : : : 」 宗薫は女好きだが子供である。子供のくせに女好きである。そこがややこしいところである。 ぶぜん
たいていの場合、女好きというものは女の機嫌をとるのがうまいものだ。しかし宗薫の女好きは、 おとなの男の女好きではなくて、子供のチョコレート好きみたいな女好きなので、ひたすら食べ ることばかり考える。そして食べてしまえばおしまいなのである。食ったチョコレート の機嫌を とる者は誰もいない。宗薫にとって女はチョコレートであることが、この離婚の原因かもしれな い。 だが、最後に宗薫のいった一言葉は悪くなかった。 宗薫はしんみりとこういったのだ。 「もしこのことについて週刊誌から聞かれたら、向うの肩を持ってしゃべってやってくれよな」 「あなたの悪口いうの ? 」 「うん」 「あれしゃ奥さんが別れるのも無理はないって ? 」 「うん」 「わかったわ。そうするわ」 「頼むよ」 私は少し感動して思わずいった。 「ホントにあなたは邪心のない、心のきれいな人なのにねえ : : : でもあなたのよさがわかる若い 女性は少いのよ」 私は急に涙ぐましく、慰めたくなった。顔はいつもと同じだが、ホントはこの人、淋しいにち
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