北海道 - みる会図書館


検索対象: 坊主の花かんざし(三)
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1. 坊主の花かんざし(三)

いうことが、北海道の新聞に出たのだ。 うれ 「佐藤さんが北海道へ来て下さるのは嬉しいですが、浦河というところは、年中、地震が起きて いるところなので、それが心配です」 また別の読者からも手紙が来た。 「私はあの土地をよく知っていますが、とにかく風のすごいところで、タッマキもよく起りま 風に地震にタッマキ , その地が今や我が休息の地になったのだ。 「なぜそんな土地を選んだのよ ? 」 と娘にいわれるが、なぜかしらん、そうなってしまったのだ。 家の建設は進んでいる。読者からの手紙が来た頃はもう、家を建てはじめていたのだ。 先日、私は建築状況を見に浦河へ行って来た。建築屋さんはよい人で一生懸命に屋根が飛ばぬ ように苦心してくれていた。船のイカリの大クサリで引っぱっておきますとはりきってくれてい る。そのとき私の中で遠藤さんの言葉が鳴り響い 「君、屋根と一緒に飛んで行くのやないか。オレは必す何か起ると信じとるね」 浦河から帰った翌日、新聞を広げたら「浦河地震八回」と出ていた。 、北海道に赴く。神はいまだ我に 安息どころか、私はこれから風とタッマキと地震と戦うべく 安息を与え給わぬのか ! そう詠嘆すると我が娘、

2. 坊主の花かんざし(三)

夢の別邸 前述した北海道浦河の我が別邸の建築は着々進行している。私はこの別邸がゆくゆくは我が すみか いの棲家になるのではないかという気がしてならない 遠く北に日高山脈を望み、西南に太平洋を見下ろす丘の上。眼下に広がる牧草の原を風が渡り 放牧場の馬はいななき、太陽は海を染めて沈む。 この大自然の中で晴耕雨読。小鳥を友とし、馬を家来として素朴にして優雅な暮しに入るのだ 私がそう夢を語ると、娘は眼を輝かせていった。 「馬を飼うの ? サラブレットね ! 」 しいや。ドサンコです」 「ドサンコ ? そんな馬いるの ? 」 いる。北海道生れの、ロバのように小さくて脚の太い、モサモサした馬が。私はそのドサンコ に乗って買物や散歩をする。 「なぜサラブレット飼わないの ? 」 「ママはすべてエリートというものは好かぬのです」

3. 坊主の花かんざし(三)

すると、黙々と聞いていた野坂昭如氏、むつつりと一一言、 「ベルバラ ( 註、・ヘルサイユの・ハラ ) の読み過ぎ」 また、遠藤周作氏はいった。 「浦河の町の人はいうやろう。『佐藤のキチガイバアサンがまたわめいてる』」 しかし世の中にはまだまだ純情な人もいて、 「ふーん、それは素晴しいやろなあ」 と頻りに感、いしたおじさんがいる。 「すると、白い絹のドレスを作らんならんね」 せみ 「そうなの、そうなの。蝉の羽のようなのをね」 娘はそばで苦笑している。 ある日、北海道から平井さんという人がやって来た。平井さんは私の「夢の別邸」を建ててく れている人である。平井さんははるばる北海道より別邸建築の経過報告に来たのだ。話を聞くと 予算が遙かにオー ーするという。何しろ人里離れた丘の上の一軒家ゆえ、電気、水道を引くの に金がかかるのだ。思案の末、私は叫んだ。 「そんなら、広間の天井はいりませんワ」 「天井いらん。それから、中二階もやめよう」 実は私は、この家を、私ひとりのための家ではなく、知人、友人に憩いの場として使ってもら

4. 坊主の花かんざし(三)

「大木か ? 」 かんばく 「いや、大木ではないけれど : : : 主として灌本やね」 「灌木 ? すくすくと天に向って伸び、枝をひろげ、葉を茂らせてる大木はなかったんか、 「うーん、スクスクねえ : ・・ : それは・ : ・ : あんまり、見かけなかったけれども : 私の返事からカが抜けた。 「そういえば、かしわの木が : : : 地を這うてたわ」 「地を這うてたア : がぜん 遠藤さんは俄然、元気づいた。 「君、土地を買うときは、本の成長具合を見て買えということを知らんのか ? 」 「うーん・ : ・ : 知らなかった」 「そこ、風が強いのとちがうか ? 」 「はア . 私は田 5 い出した。そういえば案内してくれた人がいっていた 「風で屋根が飛ばんかと、それが心配ではあるけれど : しかし、土地はもう買ってしまったのである。 数カ月後のことである。北海道の読者という人から手紙が来た。私が浦河に家を建てている、

5. 坊主の花かんざし(三)

87 坊主の花かんざし ( 三 ) 「あの人は私の家来です ! 」 ところで私のいる北海道浦河の町の本屋には、遠藤周作コーナーというのがあるが、佐藤愛「 の本なんて一冊もない。売り切れたのではなくて、はじめから置いてないのだ。我が家へ来る」 タミ屋さんが私の本を買いに行った。そうして漸く、「おさげとニキビ」という私の少女小説 . 探して来た。タタミ屋さんは、その本を姪に当る人にプレゼントするのだという。 「それで、すみませんが、サインをひとつ、していただけませんでしようか」 それからタタミ屋さんは、色紙を三枚取り出していった。 「これもひとつ、お願いしたいのですが。一枚は私の部屋に、もう一枚は茶の間に、もう一枚 ( おふくろの部屋に掛けたいのです」 私は感激して墨をすった。え ? お前さんは色紙を書くのが嫌いではなかったかって ? いや、この時はどういうわけかイヤではなかった。私は喜んで書いた。人の心というものは まっこと、情況に左右されるものですねえ。

6. 坊主の花かんざし(三)

北に日高山脈を望み、西南に太平洋、なだらかな起伏をもって広がる牧草地の彼方に、集落の〕 根の重なりが望見される。 ここそ安息の場、夢の地、我が余生のための地・ : ひら 私の頭にはそういう確信が閃めき、私はその場でその丘の上を買うことに話を決めたのであ一 私はいそいそと東京へ帰って来た。そうして遠藤さんに電話をかけた。 「遠藤さん ! 土地を買ったのよ。北海道に , ついに安息の場を見つけたわ ! 」 遠藤さんは落ちつき払っていった。 「なんばの土地や ? 」 「坪二千円よ」 「えろう安いな。大丈夫かいな」 「大丈夫かいなとは何よ。土地の有力者の口利きですからね。私だからこそ、その値で買えた ( です。あんたならますあかんね。人相の悪い人は売ってもらえぬのです」 すると遠藤さんはいった。 「そこ、立木の様子はどうやった ? 」 「木は生えとったかと聞いとるんや」 「木 ? そら、ありましたよ」

7. 坊主の花かんざし(三)

檻の中 北海道浦河へ来て、四週間過ぎた。 漸く浦河の水にも馴れ、馴染の商店も出来、生活も軌道に乗って来た。 つなが こちらの人はみな親切である。単純で親切で、人との繋りを大切にすることと、亭主関白であ ることと ( 実際、どこの亭主も威張ってるねえ ! ) 奥さんたちがよく働くこと ( あんなに働けば、 もっと威張ればいいのに ) で、私は三十年ばかりタイムマシンで逆行したような気分でいる。 ああ、こういうご亭主は、昔も東京にいたわ、 ああ、昔の主婦はこんな風に働いたものだわ、 昔は東京にも、こんな親切な人が沢山いたわ、 という具合に、いちいち昔を思い出す。 ところで亭主もなく、女のくせにでかい顔をして、丘の上で何をしているのかよくわからぬが、 ただノラクラしては好き勝手な御託を並べている私のような存在は、おそらく浦河にバンダでも やって来たような感じであろうか。 、ンダ並とは行かないまでも、ここへは「見物人」が引きもきらすにやって来る。こちらの人

8. 坊主の花かんざし(三)

ャケクソの町 北海道浦河へやって来た。 漸く我が別邸が建ち上ったのである。 この地に魅せられたのは一年前、興奮するとフトコロ勘定がわからなくなるという厄介な性へ が、ヤミクモにここに住みたくて家を建てたものだから、途中で金がなくなり、天井なし、階 ( は半分まで、二階は金が出来てからつづきをやる、という珍妙な家が出来かけたが、 「しょ , つがないよ。そこはおれがもつよ」 という建築屋の平井さんの、半ばャケクソとも諦めの半泣きともっかぬ声が何度か入って、 ただ く階段もっき、二階の床も張れた。但し、壁、天井はなしである。床だけ。平井さんはひとり一 ざ首をひねっては恥ずかしがっている。 か「こんな二階に客を寝かせるのかねェ」 の 平井さんは頻りに歎いて、二階の上ったところにドアーをつけた。 主 坊「ダメよ、お金はもうないんだから」 しいよ、オレがもつよ。人に見られたらオレの恥になるからね。新築祝いの時はドアに鍵か かぎ

9. 坊主の花かんざし(三)

「そんなら住まなくてもいい。眺めるだけで」 「眺めるだけ ? 」 遠藤さんは更に憐れむような微笑を広げた。 「眺めるだけなら、買わんでも眺めてたらええ」 それは確かにそうだが、「あの島は我が島」と思って眺めるのと、人のものだと思って眺めス のとでは気分が大いにちがう。しかし遠藤さんはいった。 「やめとけ、やめとけ。悪いこといわん。やめなさい」 「なんで」 「例えばやね。君がその島を買うやろ。するとせつかく買うた島が、海底地震か何かでなくなっ てしまうんや」 「あんたはまた、そんなメッタにないことをいい出して、私の夢をつぶす」 「メッタにないことが君にはなぜか起るんや。君が何かするとロクでもないことになる。君は挈 三ういう人なんや。やめときなさい」 ーし ん しかし私の夢はますます強くなった。私は都会生活に疲れ、静かな自然の中で余生を送りたい のという願いを頻りに持つようになったのである。 坊去年の六月、私は競馬界随一の名調教師といわれる武田文吾さんと北海道の牧場めぐりをした そして日高地方の浦河という町へ行き、その地に魅せられた。今度は小島ではなく丘の上であみ

10. 坊主の花かんざし(三)

さい、恥ずかしいことが起った。私の出演番組のスポンサーである北海道電力さんとサッポロテ レビのスタッフさんたちで、誕生日の祝賀の宴を張って下さったのである。 「えーっ、誕生祝い ? 」 用意がしてあることを聞かされて、私はびつくり恐縮。とたんに「あの歌を歌うのか ? 」と頭 きら に浮かんだ。よくよく私はこの歌が嫌いなのである。 ースデーケーキなるものを貰うのも生 誕生祝いなどしてもらうのは生れてはじめてである。 ースデーケーキには、 れてはじめてである。 「愛子様これからもがんばって下さい」 ろうそく とクリームで書いてある。そこに蝦燭が五本。傍より声あり、 「えー、一本を十年分と考えております」 「はア、なるほど」 ぶぜん という私の声こよ、、 し。しささか憮然たる響があったと思う。 一本が十年。五本で五十年。 「あとの二年は四捨五入ということにさせていただきました」 「はア、四捨五入 ! 」 ああ、ついに私も四捨五入して蝦燭節約されるほどの年になったのだ。誕生祝いなんか、子供 、といっていたのが、今、誕生祝いをしてもらっている ! 私は恥ずかし と年寄りがすればいし く、てれくさく、そうしてへんにもの悲しかったのである。