愛唱 - みる会図書館


検索対象: 坊主の花かんざし(四)
38件見つかりました。

1. 坊主の花かんざし(四)

目次 愛してます : 侘しい話 : 欠落人間 使用前使用後・ 得難い相棒 無邪気な話・ 痴友 握る・ 愛唱歌考 : 「やった」考 :

2. 坊主の花かんざし(四)

唄」をくだらない歌だと書かれたそうで、そのことについて彼女はひどく怒っているのである。 リンゴの唄は彼女の「愛唱歌」なのである。 「山口さんはダラクしました ! 」 と彼女は私に怒った。私は山口さんの女房ではないから、ダ一フクしましたツー と叱られる義 理はないのだが、リンゴの唄の作詞者が私の兄であるゆえに、彼女は私の共感を期待したのかも しれない。 山口さんがリンゴの唄をくだらないといわれることについて、私は改めて何の意見もないが、 その時、思い出したことがある。私が子供の頃、「からたちの花」が愛唱されていた時期がある。 その時、私の父は憤激していった。 「なにツ、からたちの花が咲いたよオ、白い白いはーなが咲いたよオだと ! それがどうしたん くだらん ! 実にくだらん ! 」 そうして父はその歌を藤原義江・ハリに歌って揶揄しようとして真似し、気管に何かひっかけて せきこみ、今にも息絶えんばかりに苦悶したのであった。己れの愛唱歌の名誉を守らんとて怒る 人もいるし、人の愛唱歌が怪しからんとて怒る人間もいる。 ある日私は娘に質問した。 「あなたたちの愛唱歌って、どんな歌 ? 」

3. 坊主の花かんざし(四)

イオリンを奏でる身ぶりをはじめる。 なるほど、昔の愛唱歌というやつは、手拍子では歌えぬように出来ていて、それはバイオリン の伴奏でなければならぬのだ。 しかし、それゆえ昔の愛唱歌は上等であった、と決めてしまっていいものかどうか。これら昔 の愛唱歌は、愛唱するとき、直立して胸の前で手を組み合さねばならぬのが、何となく大仰であ る。傍で酒飲む人も、居ずまい正して傾聴の姿勢をとらねばならなくなるのではないか。歌って いる本人ひとりが幸福を味わい、そして座はシ一フけ、朗々たる歌唱は酒席を圧す。こういう上伎 のお供で酒の席にいる部下は、この世の悲劇という悲劇を一身に背負った顔になって目のやり場 にも困り、伏目にグラスの酒をじっと見つめて、ひたすら歌の終るのを待つ。 もっとも中には、 「サンタアルチア サンタールチィア ! 」 ん かの絶叫のかげで、今こそチャンスとばかりにホステスの ( かねてよりその上伎がくどき寄って の いる ) 手を握ったりしているのもいるが。 主 先日、私のところへ一中年婦人より電話がかかって来た。山口瞳さんがどこかで、「リンゴの

4. 坊主の花かんざし(四)

愛唱歌考 あなたの愛唱歌は何ですかと問われ、しばし考えて「おさるのかご屋」と答えたことがある。 しばし考えなければ容易に思いっかない。それくらい私は歌うことから遠ざかって生活している というのも今、我が家にはロック旋風が吹きまくっているからで、高校生の娘の部屋からと、 の部屋からと、かわるがわるロックの怒濤が押し寄せて来るのである。 その合間を縫って、 「おさるのかご屋だホイサッサ」 と歌いつつ、掃除をしたり、階段を駆け上ったりしている。 女学生の頃、私の愛唱歌は「谷間の灯」であった。それから「アベ・マリア」であり「サンタ ルチア」であり「かえれソレントへ」であった。 人は信じないかもしれないが、私はこう見えても昔は歌が得意だったのだ。女学校の音楽会で は、必ずデュエットでアルトを歌った。

5. 坊主の花かんざし(四)

と歌って元気を出す。老い疲れた日常に調子をつけるためである。まこと、人生の辛酸は人間 を変える。 人は酒に酔うと歌を歌いたくなるものらしい。酒場や料亭には「愛唱歌集」とか「民謡集」な どを備えつけているところがあって、酔客はそれを聞いては歌声をはり上げる。歌う酔客に中年 が多いのは、再びかえらぬあの日この日を歌に偲んでいるのであろうか。 そんな時の歌はたいてい、今昔の流行歌や軍歌で、かって私などの愛唱した歌は滅多に聞けな い。ある時、 「かえれ来よオ 忘れず来よやア かえれソレントー この町へ ! 」 とのど慄わせた人がいたが、ホステスの方は手拍子をどう打てばよいのやら、いろいろに苦心 しているうちに、次第にヤケクソになったか、それとも乙女の日にかえったか、負けじと、 「にイわアのオ ちイぐーうさもオ・ と黄色い声をはり上げた。と「かえれソレント」のお方は歌うのをやめ、やおら立ち上って・ハ ふる ( 「かえれソレントへ」門馬直衛作詞 )

6. 坊主の花かんざし(四)

すると娘は答えた。 「そうねえ、ポヘミアンラブソディとか : : : 」 何じゃいな、それは ? 「クイーンの歌よ」 クイーンて何や ? 「知らないの ? ロックのグループよ」 「ちょっと、歌ってごらん」 娘は歌い出した。 これが歌かね ? わめき声ではないの ? いつも聞えているレコードとは大分ちがう。音程が 合っているのかいないのか、さつばりわからないが、多分、合っていないのであろう。合ってい 四 なくても、 ざ「これでいいのよ ! 」 かそういわれると、「そうか」というしかない。 の これからの愛唱歌は人と共に歌うものではなく、どうやら自分勝手にわめくものになって行く 主 ものらしい。

7. 坊主の花かんざし(四)

です」 「ふーむ」 私はあくまで懐疑的である。新聞雑誌テレビ局なんかは、よくこのテを使うのだ。 「女優の x 川 x 子は佐藤さんとお話ししたいといっているんです。ほかの人ではダメなんです」 そういわれて気をよくしてノコノコ出て行くと、どうも様子がちがう。 x 川 x 子は飲み食いに 忙しく、何を聞いても、 「え ? まあ、そういうことになるんでしようか。ホホホ」 「あーら、それはご想像にまかせますわ、ウフフ」 「そう ? それならそうしておきましようか、ホホホ」 と愛想ばかりよくて一向に核心に人らない。どうやら x 川 x 子の方では、 「佐藤愛子さんがあなたと話したいといっているのに、それを断ったら、あなた、こわいですよ。 あの人は : : : 」 などと威されて、仕方なくやって来た気配である。 「校長先生が呼んでるよツ」 といわれれば、逃げて帰るわけには行かなかった、あの小学生時代の心境だったのかもしれな い。

8. 坊主の花かんざし(四)

げ、 愛してます 街の雑踏を歩いていると、突然、 「愛してるわ」 という女の声が聞えたのでびつくりした。 ふり返ると角のタバコ屋に赤電話がある。その赤い受話器を肩に乗せ、送話口に向って首を曲 「だから愛してるのよウ」 といいつつ、両手をコートのポケットに突っ込んでいる。それは曇った寒い日なのである。コ ートの下はジー。ハ ン。一見スキー靴かと見まごうドタ靴を履いて、風が寒いので亀の子のように えり コートの襟に首をすくめ、 「だから、愛してるのよウ」 とくり返した。 かめ

9. 坊主の花かんざし(四)

坊キも 0 鰲睾 坊主の花かんざし徊佐藤愛子集英社文庫引一 真鬼欠 男の学校 エ一ム哥 品天気晴朗なれど坊主の花かんざし曰Ü国四 文作赤鼻のキリスト 男の結び目 愛子の日めくり総まくり 女優万里子 英愛 父母の教え給いし歌 集藤娘と私の部屋 丸裸のおはなし 佐娘と私の時間 女の学校 娘と私のアホ旅行 《佐藤愛子ゲキレツ語録》 社会の矢面に立っている人間は、飛来し て突き立つ矢の分量だけ、どこかでその 矢を射返さなければ身がもたぬのだ。 ( 、、得難い相棒〃より ) オッパイの大きい女は、脳みそのモトが みなオッパイに行ってるんです。だから デカバイはたいてい頭が悪い一 ( 、、無邪気な話〃より ) 今は男と女の間で、握るのは手だけとは 限らない。 ( 、、握る〃より ) こんなちつばけな布ギレの中に、お尻を 押し込むくらいなら、私は雷のふんどし を愛用するであろう。 ( 、、パンツ考〃より ) 解説・池田敦子 佐藤愛子 ( 撮影・大石芳野 ) 一九二三年一一月五日大阪生。甲南 高女卒。処女作「愛子」。六三年「ソク ラテスの妻」が芥川賞候補となり文 壇の注目を浴びる。六九年「戦いすん で日が暮れて」で直木賞受賞。、五三 年「幸福の絵」で女流文学賞受賞。 ー ( 馬の耳に念仏 ) ・山藤章二 定価 220 円 \ 220 0195 ー 750357 ー 3041

10. 坊主の花かんざし(四)

詞を使って女に迫り、女は身を許してから「欺された、くやしーイツ」というぎとなった。 「なるほど。愛しています、という一言葉をサべッするから、そんなことになったんですなあ」 と感慨深げな初老の男。彼は「愛しています」という言葉がいえなかったばかりに、今は老妻 の尻に敷かれて唸っています、とぼやいたのである。 私の高一の娘は、この頃、色恋の話をするようになった。 「それでね、子はね、くんのことが何となく気がかりでしようがなくなって来たんだって。 それで、いちいち干渉するのよ。気になるものだから。するとくんはうるさがって、子のこ と虐めるの。わざと >- ちゃんに優しくしたりするのよ。だからわたしたち、みんなくんはち ゃんをアイしてるんだと思ってたんだけど : : : 」 「ふーん」 あいづち 四 と私は返事をするが、それは単なる相槌ではなく感心のふーんである。こうすらすらと「アイ ざしてる」なんて一一一「葉、五十二歳の今日まで私は吐いたことがない。そこで、ためしにちょっと使 かってみた。 主「つまり、くんは、本当は子をアイしておったというわけね」 どうもぎごちないねえ。案の定娘はいった。 「やめてよ。アイしておったなんて : : ママがいうと、愛してるって一一一一口葉のイメージが狂うわ」