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検索対象: 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ
160件見つかりました。

1. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「そうそう、そこ : しばら 暫くシーンとしています。 「樺山さん、思い出すことあるでしよう ? 」 また声が聞えて来ます。 「こないしてると : : : 思い出さへん ? 「はあ ? 何ですかいな」 「あんた、忘れた ? あんた、オチチいらわしていうたことあったやないの。わたしがイ ャゃいうたら、そんなら拝むだけでええから拝ませてほしいいうてからに、手 = 合せて頼 ぬまはったやないの : 「そんなこと、あったかいな : : : 」 日 樺山さんは困っています。 で「いややわ。とぼけてからに : け や いっか病人とは思えない高い声になっている。 おぼ 「それから大阪城でデイトした時のこと、憶えてはる ? ク、クク、ク : : : 」 タと笑っている。今の今まで胸が苦しいというていた人が : 「何でしたかいな、大阪城で : いややわア、忘れたフリして : : : 恥かしいのん 「ほんまに忘れたの ? ク、クク、

2. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

、お土産ー と小さな包みを旅行ケースからとり出しました。どこへ行ったってお土産なんか持って 来たことのない人が、珍しいお土産を買って来たかと思うと、それほど心浮かれることが あったのかと、好奇心で胸が躍ります。 「おおきに。ありがとう。何ですのん ? これ ? 」 「何やろ ? 」 と首をかしげ、 「何やしらん、買うてくれはったんやわ。樺山さんが」 「樺山さん ? 誰ですの ? 樺山さんて 「わたしのこと、好きにならはった人 : 私はびつくりしました。ほんまの話、そんなお土産まで買ってくれるほどセンセのこと を気に入るオトコサンがいるとは今の今まで思てなかったんです。 「樺山さんて、大阪の人。西成の区役所に三十年勤めて定年退職しやはった人。優しいね んよ。男前やし。親切やし。年は六十七 「えっ ? 」 「六十七 : : : 」 「ほんなら、年下 ? かばやま

3. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

156 すわ はんすう とうろたえるばかり、布団の上に坐って、今、友野さんがいったことを反芻しています と、唐紙が開いてセンセが入って来ました。 「松子さん、松子さん」 あわただ 荒しくいう声が明るく大きい これでひと 「今、電話が入ってねえ。友野さんのご主人、明日、来はるんやってよ : 安心やわ。もう友野さんのイライラも治まるし : : : それにねえ。おにいさんが、わたしに いわはるのよ。どうか帰らないで下さいよ、せめて今週いつばい、 いて下さいよ、て : その時の目 ! オトコの、というよりオスの目ね。いやらしいのん。光ってるのん。ああ、 わたし、どないしよう ! 」 あくるひ 翌日から気が小さい私は博文氏と顔を合せるのがどうにも怖ろしくて、おちおちしてい られません。 「おはようございます あいさっ という挨拶も半分逃げ腰です。 「やあ、おはようございます : 博文氏は自信に満ちて堂々としています。 おそ

4. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「三十分で、どんなお話が出ましたの ? 」 「どんなっていろいろよ。そんなまとまった談合に行ったわけじゃないのだから : : : 」 「そらそうやけど、例えばどんなふうな ? 「女学校の先生をしておられたそうですな、とか、わたしはとにかく忙しい人間なんです、 とか : : : それからそうそう、わたしのこと、お若いですなあ、てびつくりしていなさるの。 六十そこそこにしか見えませんな、やて : : : 」 ちょっと顔が輝きました。 「そんならお互いに気に入らはったというわけですか ? 」 センセは笑って、 「まあそうね。悪い感じゃないわ。今までの男性の中では一番いいかしら、ク、クク」 と笑う。「今までの男性」といっても、樺山さんか、集団見合で知り合った五島さんと いう神経痛と高血圧のおじいさんの二人しかおらんのやないですか。 の「で、先方はどんなあんばいでした ? 「そのうちにまたお会いしましよ、とおっしやって : : : 連絡がくるんでしよ、きっと」 老「そんなら、気に入らはったんですね ? 先方も センセは、フフフと笑って胴をくねらせ、 「さあ ? どうかしら : : : 松子さん、そう思う ? 」

5. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「尊敬を強いられましたわねえ。その点、今の先生方は気の毒ですわ。仰げば尊し我が師 の恩、の歌でも、 いったいどんな恩を受けたんや ? ・ほくらがいるから生活なり立ってる んやろと理屈をいいますものねえ。そういわれれば、そうかもしれんわねと思たりして、 笑い声がけたたましくなった分だけ、心の中に闘争心が湧き起っているのです。けれど もセンセは蠅が止ったほどにも感じず、 「わたしらの頃は、生徒の範たるべき人間でなくては、という自覚を持ってたけどねん 自覚を持って、それで今は生徒の居候ですか、と咽喉まで上って来た言葉を押えるため に、目が三角になるのが自分でもわかるのでした。 私が久しぶりで芦屋の家へ行ったのは、そんないきさつがあったからです。もうもう腹 に据えかねた、よし、お正月は芦屋で過してやるそ、と思い決めたのです。 いしよ、つばこ まわ ところが帰ってみると、高校生の孫が衣裳箱を引っかき廻して水着やタンクトップを出 してるやありませんか。 「お正月に ( ワイへ行くねン」 といいます。 「 ( ワイへ ? 誰と ? 」 はえ

6. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

みつまめや 手と結婚するのイヤやというて、蜜豆屋で泣いたりしていたのですが、当時のことですか ら、いくらイヤやというても親が気に入って行けというたら、どうしても行かんならんの 「死んだ気で行くわ」 と逢坂さんは決心し、私は、 「どうせそのうち、戦地へ行って戦死しはるかもしれんのやから」 と今から思うとひどい慰めようをして見送りました。けれども今は逢坂さんの夫婦仲は とびきりよくて、 「やつばり男は顔やないわ。けど若い時はそれがわからへんのよねエ・ なんていうようになっている。外孫内孫合せて六人もいて、おョメさんともどうにかう うらや まいこと行っていて、逢坂さんを見るたんびに私は、つくづく羨ましく思うのです。 おおみそか 私が久しぶりに芦屋の家に帰る気になったのは、今年は大晦日からお正月にかけて、芦 屋の家で過そうかしらん、と考えたからでした。芦屋の息子のところを出て白浜の別荘に 鼎住むようになってからもう三年になります。けれども去年もその前のお正月も私は芦屋に 終は帰りませんでした。お正月くらい帰って来はったらどうです、とヨメはいうてくれまし たけど、そんなもん、口先だけのことであることはわかっていますから帰りませんでした。 それよりも何よりも、センセというお人がいる以上、なんぼ居候やというてもほっとけま

7. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

122 で ( 何しろ二人ともずーっとうちにいるので、電話も出来ないのです ) 「うなどん松二人 ・けっこう 前」と「ヨモギ風呂と「赤いウサギのフワフワスリツ。、 ノ」に激昂して、早速電話をかけ て来ていったのでした。 「松子さん。そんなにのさばらしたのは、あんたがいかんわ ! 今となっては私、そう思 うわよ。 ししたいことを樺山さんにしかいえへんなんて、そんなん弱い者イジメやないの、 もっとハッキリ いいなさいよ ! 」 そういって怒るものですから、私もカッとなって今まで我慢していたことをいい返して やったんです。 「そんならいわせてもらうけど、友野さん、センセをうちへ来させたんはあんたやないの。 その責任については、どう思てるのか聞かせてちょうだい ! 」 それを聞いて友野さんは電話を切って走って来たのです。友野さんは女学校時代、ずー しあわ っと級長で、責任感の強い人でしたが、あまり倖せな結婚をしたので、責任感も鈍ってし まっていたのかもしれません。それが急に燃え上ったのか、玄関を入って来たときから、 昔から大きかった目がランランと燃えて白目に赤い筋が走っているのでした。 「あのねえ、センセ、今日、私が来ましたのはねた あいさっ 一別来の挨拶をすると、友野さんは性急に切り出しました。 「あの樺山さんのことなんですわ。センセ、単刀直入にお訊ねしますけど、樺山さんとど

8. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「会長夫人としての条件のこと考えたら自信がなくなってきたんよ 「そんな ! センセがそんなこといわはったらどうします ! 」 私はほんとうにびつくりしました。今までセンセの口から出る一 = ロ葉といえば、一に自漫 二にも三にも自漫だったのですから。自信のないセンセなんて、はじめて見たのです。 「けど、わたし英語なんて、忘れてしまったしねえ。外人さん相手の。ハーテーとか : : : お 道具を見る目とか、わたし : : : 」 起きぬけのお化粧なしのセンセの顔を見るのもはじめてです。黄色がかった地肌にシミ が浮き出て、食べ忘れた洋梨みたいにシワシワです。わたしは猫にも素顔見せたことない のよ、とつまらん自慢をしていた厚化粧のセンセです。その人が起きぬけの顔にくたびれ とうりゅう た紫の部屋着 ( 樺山さんがこの家に逗留していた時のプレゼント ) を着て、それでもカッ ラだけはちゃんとかぶって、そうして悩んでいる ふくしゅ、つとき 私はしけしけとその姿を眺め、今こそ復讐の秋が来た ! という思いに打たれる。しか 涙 私がしゃべ のしあの高慢なセンセがたった一晩のうちにこんなに変ってしまうとは : ったロから出まかせの言葉を信じて自信を失うとは : 老 . し / . し どうして ? と思い、それから私はセンセはそれほど、会長さんとの結婚を 望んでいるのだということに気がついたのでした。

9. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

200 れたことがモトです。会長さんが風呂場から、「松丸さん、来て下さいーと呼ばはった。 それでキモノを脱いで入って行ったら、「あんた、なんで裸で入ってくるんです」と叱ら れた。会長さんは背中を流させるためにセンセを呼んだだけやったのです。 センセが勝手なことをいうたびに、私はそのことを思い出しては、「ク、ク」と笑うこ とにしています。センセの風邪がいつまでも直らないのは、心理的なショックがまだ残っ ているためにちがいないと思います。そう思うとおかしいやら気の毒なやら : : : それでい くらか私はキモチを納めているのです。 「おはようございます。センセ。今朝はどないですフ といいながら寝部屋へ入って行き、雨戸を一枚開けて、 「ああ、ええお天気 : : : 」 といいつつふり返る。今こそ、長年、正体を見届けようとして果さなかったセンセのカ ッラの下の地アタマの様子を見てやろうとす早く視線を向けるのですが、やはりカッラは こんもり黒々と額の上にあって、私が部屋に入る気配を知って慌ててかぶったものか、前 の晩から脱がずにいるものか、わからぬままに私は無念の思いを噛みしめる。センセの病 しき力し 中の私の生甲斐はソレなんです。センセの地アタマを見届けるーー今こそ念願を果すチャ ンスやと思うことによって、私はセンセの勝手気儘に耐えている、といってもいいと思い ます。 きまま

10. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

っそ今のうちの方が乗物も混ます、雨の新緑もまた 梅雨はまだ明けませんでしたが、い きゅうきょ ええもんやということで、私たちは急遽出発することになりました。 昼すぎに白浜を出てその晩は私とセンセは芦屋の息子の家へ泊り、翌日、友野さんと大 阪駅で待ち合せて軽井沢へ向いました。友野さんの別荘は北軽井沢の林の中にあり、想像 していたよりは倍も広く、聞けば八百坪もあるということ、家は確かに古いのですが、古 いだけに木口がしつかりしていて間数も多く、ご主人の会社が建設会社であるためか、な かなか結構に今ふうに手入れされていました。 私たちが到着したその朝まで、お義兄さんの息子さん夫婦やお孫さんたちが来ていたと かで、大型冷蔵庫も野菜籠も食糧は十分整っています。お義兄さんの友野博文さんは来年 かくしやく 喜寿を迎えるというけれど、ほんとうに若々しい、矍鑠という字そのままの、骨太で背の 高いいかつい老人でした。東京で手広く不動産関係の事業をしていたのですが、二年前に まか がん 奥さんを癌で亡くしてからは、仕事に打ち込む気持を失って、第一線を引いて息子に委せ、 決悠々自適の日を送ることにしたといいます。息子や孫が帰った後も、一人軽井沢に残って 沢夏中、ゴルフ三昧の日を送るとか。 軽「ちょっと気むつかしそうやけど、一人で好きにしてるのがええ人やから、気がねせんと いてねー と友野さんがいう通り、二階の端の部屋に寝起きして、耳の遠い手伝いのおばさんがい ざんまい かご