帰っ - みる会図書館


検索対象: 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ
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1. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

けが 「あんな穢らわしい人ともう、一つ屋根の下に住めません。帰ってもらいましよ」 「何かしはったんですか、樺山さんが」 「二人で : : : 住田さんと二人で、何してるか : : : あんた覗いてきたらええわー センセの声は慄えています。 「あの人わたしの枕もとに坐ってはったのに、とろとろしてふっと目工開けたら、そーと 部屋を出て行くとこやないの : : : それで何したと思う ? : : : 」 「何ですの ? 」 「納戸へ行って、住田さんの上に乗ってるの」 ! 私は絶句しました。 「センセ : : : それを : : : 覗き見しはったんですか ? 」 日 やっといいました。センセはそれには答えす、 で「布団も掛けんと、乗ってはるの : : : 」 と私を睨むのです。 け「あんないやらしい人とは思わなんだわ。不潔やわ。穢らわしいわ : : : 」 タ私はおかしさをこらえながら、 「けど、お二人はもう近々結婚しはる仲ですからねえ : : : 不潔というても : : : 」 そういうのに耳も貸さず、 ふる のぞ

2. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

病人とは思えぬ華やいだ声です。 「ひっこいて、なにがひっこいんです ? 」 樺山さんはくり返す。 「何がてエ・ : とにかく、いろんなことにひっこいのんよ」 「いろんなことて ? 」 「いややわア、樺山さん、あんたもひっこいわ : ・ 「そやかて、やつばり好きやったらひっこうなりますがな : : : 」 もう聞いてられませんー 五島さんがひっこいのんはね ! 夜通し肩揉めとか足さすれとか、それをひっこう いわはっただけです ! それだけであとは何もないんです ! 五島さんは集団見合旅行へ、 老後の看病してくれる人を探しに来てはっただけなんです : : : と。ハラしてやったらどんな に気持が晴れますやろー そのうち、なんやしらん、静かやなアと思て覗いてみたら、樺山さんがせっせとセンセ ま の背中をさすってるやありませんか。センセはこっちへ顔を向けて、さも気持よさそうに 終目を細目にして、 「あーあ、しやわせ : : : 」 わざとらしいか細い目でいうてる。その顔にはいつの間にしたのやら、こってり白粉が のぞ おしろい

3. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

なきごえ センセの声は遠く細く、鶯の声ではなく捨て猫の啼声のようでした。 「わたし、帰りたい : 「帰る ? なんでですの ? 」 「わたし、もう昨夜なんか眠らしてもらえへんのでヘトへトなの。ここへ来てからずーっ とそうなのよ」 「いや、それはセンセ、なんですのん、おのろけ ? 」 「そうやないねんよ、松子さん、聞いてちょうだい」 「何ですのん、いっこい 「あのね、神経痛が痛い痛い、いわはって。夜通しずーっとさすらされて : : : それに血圧 けんか が高いもんやから、怒らしたらいかんいわれて : : : 前冫し 、つべん、息子さんと喧嘩して倒 れはったことあるんやて : : : 」 「なんですてー うれ という私の声はほんとうに嬉しそうな大声になっていた ( と友野さんは後でいいまし 「帰りたいけど、帰るいうたら怒らはるの。怒ったら顔が真赤になって、血管、今にもハ レッしそうに見えるのよ」 「へーえ、まあ : : : それは : : : ナンギゃねえ : : : そんなら帰るわけにいかんわねえ」 うぐいす

4. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

まくら センセの元気がいいのはその時まででした。翌日はたいした熱もないのに「枕も上。 ぬ」という有さまとなり、そうしてズルズルと寝込むようになってしまったのです。 「あーあ、考えてみたら悪いことしたわア、会長さんに : とひとり言をいっています。 「熱海でわたしが会長さんをほって帰ったでしよう ? あれで会長さん、傷つかはった ( しい、イチャイチャしてくれる女やったら、誰でもええとい ぬやわ、それでもう、誰でも、 ま気にならはったんやと思うの : : : 」 日 傷ついたのはセンセの方やありませんか。それを押し隠してそんなことをいう : ・ で ? なんでです、なんでつ なんでそないに平気で、事実と違うふうに思えるんですか ぼ , っ」よ け や その幸福な防禦本能をどないして養わはったんですか、と私は詰め寄りたい。けれじ け私がロに出来たことは、 タ「なんでです ? 」 という無愛想な一言なんでした。 傷ついたのは会長さんやなくて、センセの方。会長さんは傷つけた方やないですか , センセは三時間の間、そのことを考えつづけていたのでした。

5. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

思たら、その方がよっぽどシャクやないの ! 私やったらすぐ帰ってやるわ ! あんたも ホンマに変ってるね工 ! 」 友野さんは私にまで腹を立てるほど興奮するのでした。 「あんた、気イ鎮めてよう考えてごらん。あんたは何のために旅に出たん ? それ考えな さいよ。その目的は遂げられてないのよ ! そればかりか、ホテル代や交通費やとつまら んお金が出て行くんやないの。それでもあんたが旅行を楽しんでるというのなら、それは それでよろしいよ。あんた、そうしてても、センセのことばかり考えてイライラしてるん したいどこにメリットがあってそうしてるの」 ゃないの、 まったくその通りやと思います。 漸く私は帰る気になりました。といってもそれから三日後です。「三日後」ということ こも の中には私の「女の意地、面目」が籠っているのです。友野さんはそんな意地みたいなも の、しょむないー といいますが 愾唐津を去る日はときどき粉雪がちらっくような寒い日でしたが、白浜は三日のうちにも おう春になっていました。玄関脇の白梅が咲ききって、はら、はら、と花びらを散らしてい 春ました。 「ただいま」 と格子戸を開けると、 ようや

6. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「今日は五島さんのお供で三越へ行ったんよ」 といって夜、遅く帰って来ます。 うなぎ ちそう 「うな重の『松』、ご馳走になったんよ。『松』よ。こんなぶ厚い鰻が三切。『梅』は二切 しか入ってないでしよ」 とえらそうにいうのです。まるであんたは松なんか、食べたことがないからわからんで しよう、といわんばかりに。 五島さんからは時々、呼び出しの電話がかかって来ます。センセはいそいそと出かけま す。 「センセ、五島さんともうキスしはりました ? 」 と訊いてやると、いややわア、松子さん、とかん高く粘って笑いこけ、 「それはご想像に委せますウ : : : 」 オレンジ色の口紅を、めくれた唇の皮が持ち上げているのを見るとご想像に委せるとい われても、どうにも想像がっきません。けれどもセンセが五島さんのお邸へ行く回数はだ んだん多くなって、今日は肩揉んであげたのよ、とか足さすってあげたら、よろこばはっ 年てねえ、などと奥さん気どりです。 十二月のはしめ、センセは五島さんと別府温泉へ行くことになりました。 「温泉へ一緒に行ってくれますか、いわれてねえ : : : どうしようか、考えさせて下さいと まか

7. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「そんでねえ、松子さん : : : 聞いてはる ? 樺山さんいうたら、松子さんに悪い思て、今 日までガマンにガマンを重ねてたんやて : : : やっと二人になれたんやから、エ工ゃないで すかて : : : もう、寝かしてくれへんの : : : 」 「へえ : : : それは : : : 結構ですわね ! 」 そういう声は槊えています。 「結構て : : : 松子さん、いややわあ : : : わたしの身にもなってみてよ : : : 」 うれ 「けど、センセ、嬉しいのとちがいますのん ? なんやえらい嬉しそうに聞えますけど : 「嬉しいやなんて、松子さん : : : けど誤解せんといてちょうだいね。わたし、そんなミダ ラなことはしてないから : : : 」 したってかまわんやないですか。七十五のおばんが何しよと。それより、魚忠の仕出し の勘定はどないなりますねん ! というてやりたいけれど、ああ、私って、どうしてこう 大事な時となると何もいえないのでしよう。言葉はいつばい、湧いて来るのですが、あん まり沢山の言葉がワーツと押し寄せてくるために、咽喉のところに詰って出てこない。ロ の外に出すには力がいるのです。 わ

8. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

154 「はあ、いうたわ。そやかて、もう、あんたが気の毒で見てられへんから : 「そのことでね、センセがお義兄さんにいわはったのよ。帰りとうないけど、松子さんが 帰ろ帰ろというんですって。それで私、呼ばれてねえ 「何かいわれたの ? 」 と私はむ配になりました。 「松子さんは何が気に入らないんだろう、って : : : 」 「それは気に入る入らんやなくて : 「わかってる。私、よう説明したわ。そしたらねえ、松子さん、びつくりせんといて。お 義兄さんは、あんたのこと、再婚相手として考えていたんや、いわはるの 私はびつくりして声も出ません。 「あんたの控え目で優しいところが気に入ったんやていわはるの」 「そんな : : : 」 「私もね、あんたが鬼の大王やたらいうて、怖わがってるの知ってるから、控え目で優し く見えてるのは、布わがってるためです、と いいたかったけど、そうもいえんから、はあ はあて聞いてたんやけど : : : お義兄さんはせめてもう五、六日いて、自分のことをよく見 てほしい。そしてお互いにもっと知り合いたし しいはるの」 私は何といっていいのかわかりません。いきなり雷にでも打たれたよう。ただもうポー こ

9. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「わたし・ : ・ : みね子・ : ・ : 」 こういう時は機嫌が上々の時です。 「はあ : : : センセ : : : なんでここがわかりましたん ? 」 たず 「訊ねたんよ、友野さんに。唐津にいてはるらしい、て聞いたから、あっちこっちの旅館 へ電話して調べたの、あんたえらい上等のホテルに泊ってはるらしいわねえ」 「はあ、おかけさんでのんびりさせてもろてます。掃除することもないし、おかすの心配 もせんでいいし、自分の食べたいもん食べたらええのですから : : : 命の洗濯させてもろて ます」 のみく 暗にイヤミをいうたつもりですが、センセは蚤に喰われたほどにも感じず ( いや、感じ ないフリをしてるのか ) 、 「それは結構やけど、でもあんた、寂しいやろねえ。わたしね、今も樺山さんというてた かばん の、六十過ぎてあの大きな鞄持って、一人で旅行して歩いても、あんまり楽しいことない 愾のやないかしら、て。やつばり楽しいことも悲しいことも、分ち合える相手がいてこそほ おんまに楽しいのやし、慰められるもんとちがうかなあ、って樺山さんもいわはって、九州 春の旅の空で、今頃、松子さん寂しがってるのやないやろか、ひとっ陣中見舞でもしてあげ 5 たら : いうてね工 : 聞いているうちに、腹が立って胸がドキドキして来ました。何かいうてやりたいけど、

10. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

156 すわ はんすう とうろたえるばかり、布団の上に坐って、今、友野さんがいったことを反芻しています と、唐紙が開いてセンセが入って来ました。 「松子さん、松子さん」 あわただ 荒しくいう声が明るく大きい これでひと 「今、電話が入ってねえ。友野さんのご主人、明日、来はるんやってよ : 安心やわ。もう友野さんのイライラも治まるし : : : それにねえ。おにいさんが、わたしに いわはるのよ。どうか帰らないで下さいよ、せめて今週いつばい、 いて下さいよ、て : その時の目 ! オトコの、というよりオスの目ね。いやらしいのん。光ってるのん。ああ、 わたし、どないしよう ! 」 あくるひ 翌日から気が小さい私は博文氏と顔を合せるのがどうにも怖ろしくて、おちおちしてい られません。 「おはようございます あいさっ という挨拶も半分逃げ腰です。 「やあ、おはようございます : 博文氏は自信に満ちて堂々としています。 おそ