涙 - みる会図書館


検索対象: 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ
157件見つかりました。

1. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

老いらくの涙

2. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

ほんまに私も青けない人間になりました。もともと、私にはこんないやらしい性質が病 ったのを、幸いなことに恵まれた環境に身をおいていたおかげで表に出なかっただけ、 んとうはいやらしいケチくさい人間やったのか、それとも、センセのためにそんな人間に なってしまったのか、私はそんな自分が情けのうて涙がこ・ほれてくるのです。 友野さんから電話がかかってきて、足立商事の会長足立肇三郎さんとの縁談はどうやら 進行しそうな気配だというのです。先方にセンセのことをあらかた話したところ、昔の高 等女学校の先生をしていた人なら、しつかりしたご婦人やろう。しかも一度も結婚したこ とのないキレイな身体の人なら尚結構です、一度見合をしてみたい、 という返事が来たの だといいます 涙 のそれならというので、私はセンセに話をしてみました。あらましを話してセンセの顔色 まぶた を見ますと、喜色満面とはこのことでしよう。 垂れた瞼の下の小さな目が、笑うまいとし 老てもニマーと垂れ下って、そのくせ、 「そうやねえ : : : 八十二ねえ : ともったいぶるのがにくらしい

3. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

幸福の終列車 年老いたツ・ハメ 終着駅はまだ 春のお別れ 軽井沢の決戦 老いらくの涙 タやけ小やけでまだ日は暮れぬ 目次

4. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

128 「女心てわからんもんですなあ : : : 」 ためいき 樺山さんは溜息と一緒にいいました。 「あの人 : : : キスかて何べんもしたし : : : おチチかてさわらせてくれたんです : : : 」 はなみず 樺山さんのチ , ビが濡れていたのは、涙か、それとも洟水だったか。それ以上のこと は ? と訊きたいと思いながら、私はよういいませんでした。

5. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

今更のように感心しました。 せ 「まあ、年頃の娘さんの縁談というわけやなし、そう急くこともないでしよう」 といって電話を切ると、いつの間に後ろへ来ていたのか、センセが立っていて、 「どなた ? 友野さんから ? と目を光らせます。 「はあ、この間のお話でちょっと : : : 」 「ちょっとって ? : : : 何です ? 」 「先方さんにはセンセのほかに候補者がまだ三人いてやそうです」 「候補者て : : : 縁談の ? 」 とカ そういって目が尖りました。 「はあ、三人。順々に見合してはるんやそうです」 私を見つめる灰色のボタンみたいな目を、私はちょっと小気味よく見返し、 涙 の「それですぐにはお返事は来んらしいですわ」 ら しいました。 センセは少し口を噤んでいてから、 老「わたしは何番目 ? 」 「さあ ? 何番目か知りませんけど、一応全部見合してから検討しはるんでしようね」 「どんな検討 ? 」

6. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「なんも欺したりしてませんがな」 うぐいす センセは凉しい顔でいいました。鶯がホーホケキョウと啼くように。やつ。はり鶯みたい というのはほんまやなあ、と感心して見てますと、 「親類や友達からも結婚祝いもろてますのや ! 」 あふ 樺山さんの丸い目から涙が溢れて、頬を伝って行きます。 いうてもろたら改めます : : : 」 、うて下さい 「ほくの何が気に入らんのか、し 「困るわねえ : : : 樺山さん : センセは鶯の声でいい、 「わたし、おっき合いはするけど結婚のことはまだ先のことやというたでしよう」 「そやけど、キッスしたやないですか ! 大阪城で : : : 」 「いややわ、あんた。キッスしたて、あんたが勝手にムリャリしただけのことやないの」 「そんなことない。あんたも燃えてはったやないですか。キッスしたあと、ああ、切ない わア、樺山さん、ていいはったやないですか」 「そんなこと、 しいません ! 」 年「いいました ! 」 「いいません ! 」 「ハッキリ、この耳で聞きましたー ほお

7. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「ねえ、松子さん : : : 」 、ました。 スーツケースに着替を詰めながら、センセは恥かしそうにいし 「やつばり : : : 向うへ行ったら、お部屋はひとつなんやろうかねえ : 「さあ : : : どうでしよう ? 日皿泉に誘うということは、多分そうやろうと思いますけど : 「つまり、結婚を前提として : : : ということね ? 」 「それはお二人の間でお話になって決めることですから : : : 」 センセは突拍子もない奇声をだしました。 「どうしようー 松子さん ! 」 「何をですの ? 」 「ミサオって : : : 許した方がいいのかしら : : : それとも結婚までは守ったほうがいいのか 涙 の なにをいうてますねん、と いいたいのを我慢して、 「そやからそれは、センセのお気持でしようが : : : ええとか悪いとか、そんなこと : : : 」 老七十五のおばんがいうことやおませんよ ! アホらしー じゅばん センセを見ると、鏡の前で胸に長襦袢を当てがったまま、ぼーツとしているやありませ まゆ んか。厚化粧の、くろぐろと描いた眉の下、いつばいに見開いた白目に赤い筋が入ってい

8. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

といいました。 「はい、杉本ですけど」 「ほく、樺山ちゅう者ですけど」 うわさ 「あらまあ : : : 樺山さん : : : お噂はかねてセンセ : しいかけると、 「松丸みね子さん、いてはりますか」 性急にかぶせて来ました。 「あ、松丸センセは出かけはりましたけど、ご一緒ゃなかったんですか ? 」 「出かけはった ? 何時頃です ? 」 「お昼前でしたけど、私はてつきり : : : 」 樺山さんはみなまでいわせす、 「そんなら、やつばり : : やつばりほんまやったんですなあ : : : 」 いうなり、へたへたと南天の前の庭石にへたりこんでしまい、節くれ立った両手で顔を 抱えて、何やらロの中でブップッいっています。 年「どないしはったんです。樺山さん : : : 樺山さん : : : 」 思わす肩に手を掛けますと、その手をんでじっと私を見上げたヤプニラミの眼に、み るみる涙が湧き出て来たのでした。

9. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

すわ チンマリと濡れ縁に坐って、庭に目をやりながらセンセは病人のようなか細い声でいし たけぼうき ます。私は竹箒で庭を掃きながら、ああ会長さんのこと思て悩んではるのやね、と思うと、 おかしいというか、いじらしいというか、可哀そうなようで痛快といった、ややこしい気 持になってきます。 今まで遠慮もなく料理に注文をつけたり、アイロンのかけ方に文句をいったりしていた センセが、黙っておとなしく安売りのイワシの身をせせっているのを見ると、ジメジメと 陰気くさく、病人をかかえているようで、私の方もだんだん元気がなくなって行きそうで そんなある日、センセはいいました。 「ねえ、松子さん、わたし、お手紙出してみようかしらん。会長さんに」 「手紙を ? なんて ? 」 「この間のお礼をかねて、ご機嫌伺いの手紙ですよ。白浜はぬくいし、桜も見頃やから一 涙 の度お出かけになりませんか、て」 ら センセは少し明るんだ声で、 老「それにわたし、俳句を作ったのよ。それを短冊に書いて送ろうかしらん : : : 」 といいました。 「わが庵は人待ちごころ花の咲く」

10. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「会長夫人というたらどんなことをするのやろうねえ。テレビ映画みたいに、朝、女中頭 が『おはようございます、奥さま』いうて、べットに銀のお盆に載せたコーヒーを持って くるのやろうか」 アメリカやあるまいし、日本の家庭ではなん・ほ金持ちでもそんなことしませんやろー いいたいのをこらえて、 第一、そんなこと似合いませんがな、センセには。と うらや 「もしそうやったらステキですねえ : : : 羨ましいわア と焚きつける。 ばんさん ーテーやら晩餐の招待やら、いろいろあるのんやろねえ。そんな時、着るものはやっ すそもよう ばり裾模様やろか ? 」 「そらそうでしよう。 帯かて名古屋帯というわけにはいかんのとちがいます ? やつばり 袋ゃないと : : : 」 いしよう 「わあ、衣裳かていろいろ要るわねえ : : : 松子さん、あんた衣裳持ちやから、何枚かちょ 涙 のうだい」 ヤ」うり 油断してるとすぐこうです。押入れの行李の前で何やらゴソゴソしてたと思ったら、松 老子さん、松子さん、とけたたましく呼び立て、何ごとかと行ってみたら、昔買うた着物や ら帯やらを広げて、 「これ、どうやろうねえ。今でも着られるかしら : : : 」