笑う - みる会図書館


検索対象: 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ
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1. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「三十分で、どんなお話が出ましたの ? 」 「どんなっていろいろよ。そんなまとまった談合に行ったわけじゃないのだから : : : 」 「そらそうやけど、例えばどんなふうな ? 「女学校の先生をしておられたそうですな、とか、わたしはとにかく忙しい人間なんです、 とか : : : それからそうそう、わたしのこと、お若いですなあ、てびつくりしていなさるの。 六十そこそこにしか見えませんな、やて : : : 」 ちょっと顔が輝きました。 「そんならお互いに気に入らはったというわけですか ? 」 センセは笑って、 「まあそうね。悪い感じゃないわ。今までの男性の中では一番いいかしら、ク、クク」 と笑う。「今までの男性」といっても、樺山さんか、集団見合で知り合った五島さんと いう神経痛と高血圧のおじいさんの二人しかおらんのやないですか。 の「で、先方はどんなあんばいでした ? 「そのうちにまたお会いしましよ、とおっしやって : : : 連絡がくるんでしよ、きっと」 老「そんなら、気に入らはったんですね ? 先方も センセは、フフフと笑って胴をくねらせ、 「さあ ? どうかしら : : : 松子さん、そう思う ? 」

2. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

152 どう ? わかったでしょ ? 私の苦労が : うれ と嬉しいのでした。 ここへ来て一週間、毎日、暢気でいいけれど、もうそろそろ、引き揚げ時かもしれない、 と私は思うようになりました。これ以上いては、友野さんは完全にヒステリイになってし まう。 「松子さんの愚痴聞いて、今まで私も何のかんのと批判してたけど、よーうようわかった わ。あのセンセには何としても歯が立たんわねえ」 そういう友野さんの目の下にはクマが出来ています。 「センセ、友野さんもお疲れみたいやし、あんまり長いことお邪魔しててもご迷惑やから 明日あたり、そろそろおいとましません ? 八日目の朝、私はセンセにいいました。 「けど、友野さんは七月一杯、いてちょうだいというてはったでしよう センセは、。 とうも帰る気がないらしいのです。 「友野さんがイライラしてるのは、なにもわたしらのせいやないわよ 「そんならなぜですの ? 」 「ご主人と離れて八日。そのせいやわよ」 声をひそめていうと、歯グキを剥き出してニターと笑う。 のんき

3. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

それでお父さんがね、お前、男というもんは堂々とおシッコするもんだ、っていうたんや いうたんやって。『けど顔にかかるもん』って。オホホホホ、 て。そしたらね、息子がね、 面白いでしよう ? 」 、面白いですなあ : : : 」 と笑い声を立てているけれど、あのアメ玉みたいな丸い目が笑っているのを私は見たこ とがありません。樺山さんはなんでか、いつも思い詰めたような目をしてるんです。 あんた、こんな話好き ? 「面白い 「はあ、好きです」 「そんならもうひとつ、してあげようか ? ある女の人が家の前に立ってたら、通りがか りの男がいやらしい目でじーっと見つめたの。それで女の人が怒って、『なに見てはるの、 いやらしい。その目玉をくり抜いてやるから ! 』というたんよ。そうしたら男がね、『ぼ くの目玉をくり抜いたら、どうか、あなたの便器の中へ入れといて下さい』というたんや て。オホホホホ、面白いでしよう ? 」 、面白いですなあ : : : 」 終面白いことなんかちっともありません。 ( カバカしくて、笑うどころか腹が立つ。それにしてもそんな下がかった話を、今まで センセは私にしたことありませんでした。それが樺山さん相手に次から次へと、なん・ほで

4. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

「為さんがセンセのこと、好きやと思てはるのよ」 「どうもそうらしいですね」 「わかってた ? 「そりやもう : : いろいろと」 「やつばり」 為さんが笑うと白い歯がキラッと朝日に光って眩しい。私は炭酸水でも飲んだように胸 つかえ の閊がすーツと降りて、活力みたいなものがガーツと湧いて来ました。 「迷惑かけるわねえ。すんませんねえ」 そういって為さんと別れると、大急ぎで帰って来ました。 「ただいま」 すわ と家へ入り、チンマリ、テレビの前に坐っているセンセを立ったまま見下ろして、いっ てやりました。 「今、為さんに会うたら、為さんがいうてました。センセ、何やカンちがいしてはるらし いけど、迷惑感じてますねん、て : : : 」 センセは何をいわれたのかわからん、という風に・ほんやりした目を私に向け、 「何の話です ? 」 まぶ

5. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

はっきりいうてやるのです。ああ、私も変ったなあ、と思うのはそんな時で、そんなふ うにお金のことなんか、ロにするのは恥かしいことやと思って、 ( たとえ心の中はどうで あろうとも ) 今までいやな顔は見せまいとしていたのです。けれど、いっかそんなたしな みを捨てている自分に気がついて、ああ情けないと思います。考えてみたらこの三年、楽 しいことなんかひとつもなかった。いつもシャクにさわったり、ロ借しかったり、アタマ にきたり、清けない話やけど、この頃はセンセにおいしいものを食べさせるのがシャクで、 わざといい加減に料理をする。死んだ夫が食物にうるさい人たったので、こう見えても私 はロが肥えているのです。もうこの年になったら分量が沢山なくてもいい、上等のおいし いものが少しあればいし 、というふうになってきていますから、魚でも魚屋が店先に出さず に冷蔵庫の中に特別にとってあるものしか買わなかったくらいです。 それをセンセは感謝もせす、まるで当り前みたいにパク。ハク食べて、おいしいともいわ よ、 0 この頃ではお刺身でもプラスチックの入れもんに入れて店先に並んでいるものを目 涙 のエつぶって買うてきて食べます。 ああ、お金に困ってるわけやないのに、なんでこんな生臭いお刺身を食べんならんのや 老ろう、そう思うと胸が閊えて食欲もだんだんなくなって行きます。なのにセンセは、 もら 「どないしたの、松子さん。もう食べないの ? そんならわたし、貰ってもいい ? 」 と私のお刺身に箸を伸ばしてくる。

6. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

178 五日ほどして友野さんから電話が来ました。それによると会長さんはセンセのことを、 「えろう若造りで色つぼい人だな」といわはったそうで、それは気に入ったということな のか、そうでないのかハッキリしないのだ、というのでした。何しろ忙しい人で、という まわ より忙しがっているのが好きな人だそうで、ゴルフへ行っても小走りに走って廻っている。 もう何十年もお昼はざるそばと決っているのやそうですが、かといって特におそばが好物 というわけではなく、おそばなら手つとり早く食べ終れるからなのだそうです。 「そんなに手つとり早いことが好きな人やったら、この縁談もざるそば食べるみたいにツ ルツルと決ってしまうかもしれんわねえ」 友野さんと私はそう、 しい合ったのでしたが、それから間もなく、また友野さんから電話 かかかって来て、どうやら先方にはセンセのほかにもう三人ほど候補者がいて、その三人 と順々に見合をしているのですぐに話は決らない様子やということでした。 「八十二になってはっても、やつばりああいう人になると、候補者はいくらでもいてはる んやねえ」 ねばっこくいって、いつまでも笑いつづけるのでした。別にそう笑うほどのことでもな

7. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

186 センセが自信を失ったのは、会長さんを好きになってしまったからなのでした。私はそ のことに気がっきました。センセのその気持の中には、恋愛感情のほかに打算や虚栄心が 混っているのかもしれません。しかしいずれにしてもセンセが強く熱い思いで会長さんと 結婚したい、出来ればもう一度会いたいと切に念じていることだけは確かでした。 「友野さんから何かいうて来はった ? 「どうなってるんやろうねえ、あのお話」 と、暇にまかせて一日中、いうている。友野さんに電話をかけては、 「ですからね、センセ。先方はお忙しい人なんですから、そう再婚のことばっかり考えて いるわけにはいきませんのよ。ほかに三人も候補者がおられるという話ですし、気長に待 っていただかないと : : : 」 とツンケンいわれ、怒りもせずに、 「すんませんねえ。ほんならよろしくね、お願いします」 猫なで声で引き下っているのがおかしくもあわれです。 二月に入るとこのあたりではもう桜が咲きます。 「今年もまた桜が咲いたわねえ : ・

8. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

そういってクックッと笑うのを聞いたたけで、もうムカーツときているのです。いうま いと思うのに私は、 「なにがですのん」 とつつけんどんにいってしまうのです。 「今日ね、あんたがお墓参りに行ってる留守に来て、台所の外で、奥さん今日のカニ、 いよ、見てよ、というもんやから、出て行ったら、ほら、このカニ、ちょっとさわってご らん、いうて、わたしの手、取ってギュウと握るのん 「へーえ。けどそれ、センセが勝手に握られた気がしただけやありませんの ? 」 「ギウと握って放さへんの」 と嬉しそうに笑う。 「為さん、やめなさい、杉本さんが帰って来るわよ、というたら、今日は杉本さんは留守 うれ ですか。嬉しいな、やて。そんでお茶飲んでいろんなことしゃべって、あんたいい加減に 帰ったら、というても帰らへんのよ : : : 」 「そうですか。為さんもよっぽど退屈してますのんね」 とイヤミをいうても通じず、 「あの人、わたしのこと好きゃねんて。いつも杉本さんが留守だったらいいのになあ、や

9. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

142 「そんなら忘れものでもしはったんでしよ」 何をいいたいかわかっているので、わざと違うことをいうてやりました。 「そうやないの : : : 」 センセはいいました。 「ただじーイと立ってはるの」 「まさかノゾキやないんでしよう ? 」 「そんなんやないの、何かこう、部屋にじっとしていられず、ふらふらと来てしまった、 という感じ・ : : ・」 「なんでです ? 夢遊病やあるまいし : : : 」 「あんた、わからへん ? 」 じーツと私を見る。 「わかりません : : : 」 するとふふッと笑った。 「そうかもしらんわねえ。わからんやろねえ。あんたには : : : 恋愛の経験てないのやから そういって、すーツと向うへ行ってしまいました。

10. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

あいさっ どうしたの、という挨拶はないでしようー ふろば 私は返事もせすに顔を洗いに洗面所へ行きました。と、風呂場との仕切りのガラス戸が 妙に曇っています。あ ! と思ってガラッと戸を開ける。お昼の三時やというのに、もう クライの石 お風呂が沸いていて、入った証拠にそのへんが濡れているやありませんか。 ( けんにお 鹸の匂いがたちこめています。道理で炬燵の向うのセンセの顔が、へんにツャッヤと光っ てるなあと思いました。 「お風呂、もう沸かさはったんですか ? 」 私はそのへんをうろうろしている樺山さんにいいました。 、よるもんやから、ぬくめたらちっとはらくやろうと 「へえ、みね子さんが腰が痛い、しし。 思いましてな : : : 」 「腰が痛いんなら、お部屋で寝てはったらどうですの : : : 炬燵はね、意外と腰に悪いんで すよ」 愾「はあ、そうですやろね : : : 」 お樺山さんは私の見幕にびつくりして、 むこ 春「そんならみね子さん、向へ行って横になりますか ? 」 「そうやねえ : : : ほな樺山さん、ちイと揉んでくれはるう ? 」 「揉みます揉みます : : : さ、向へ行きまひょ」 こたっ せつ