逢坂 - みる会図書館


検索対象: 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ
6件見つかりました。

1. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

みつまめや 手と結婚するのイヤやというて、蜜豆屋で泣いたりしていたのですが、当時のことですか ら、いくらイヤやというても親が気に入って行けというたら、どうしても行かんならんの 「死んだ気で行くわ」 と逢坂さんは決心し、私は、 「どうせそのうち、戦地へ行って戦死しはるかもしれんのやから」 と今から思うとひどい慰めようをして見送りました。けれども今は逢坂さんの夫婦仲は とびきりよくて、 「やつばり男は顔やないわ。けど若い時はそれがわからへんのよねエ・ なんていうようになっている。外孫内孫合せて六人もいて、おョメさんともどうにかう うらや まいこと行っていて、逢坂さんを見るたんびに私は、つくづく羨ましく思うのです。 おおみそか 私が久しぶりに芦屋の家に帰る気になったのは、今年は大晦日からお正月にかけて、芦 屋の家で過そうかしらん、と考えたからでした。芦屋の息子のところを出て白浜の別荘に 鼎住むようになってからもう三年になります。けれども去年もその前のお正月も私は芦屋に 終は帰りませんでした。お正月くらい帰って来はったらどうです、とヨメはいうてくれまし たけど、そんなもん、口先だけのことであることはわかっていますから帰りませんでした。 それよりも何よりも、センセというお人がいる以上、なんぼ居候やというてもほっとけま

2. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

十二月に入って何やかやと気忙しく、障子の張り替をしたり、ガラスを拭いたり、普段 はほったらかしにしている台所の換気扇を外して拭いたりしながら、合間を見てお正月の 買物をメモします。 黒豆、 ぎんなん、 昆布、 かんびよう、 たけのこかんづめ 筍缶詰、 ためいき と書きながら、ああ、また今年もセンセとお正月を迎えるのんか、とっくづく溜息が出 る思いです。センセが私の家へ来はってから、これで三回目のお正月です。 「あんた、よう辛抱してるわねえ」 あしゃ こ主んでいる逢坂さんに会うたら、 とこの間も、久しぶりで芦屋の家へ帰った時に、近所冫イ そういわれました。逢坂さんは女学校を出て神戸の花嫁学校へ行ってた時の友達です。花 嫁学校のお習字の授業をさぼっては、二人でよく映画を見に行ったものです。見合した相 きぜわ おうさか ふ

3. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

のっているやありませんかー 私はもう我慢出来す、ショールを首に巻いて公衆電話へ走り、慄える手で友野さんの電 まわ 話番号を廻しました。なにもそんなことぐらいで手を慄わせることないやないか、といわ れそうですけど、ほんまにダイヤル廻す手がワナワナ慄えたんです。 丁度、今、孫が来てて忙しいのやけど 「あんた、松子さん、正月早々から、もう : ・ おおみそか と友野さんは呆れたような声を出しましたが、私が大晦日以来のいきさつを話しますと、 だんだんつり込まれて興奮し、 いったい、それ、なにイ・ : 厚かましいにも程があるやない 「なんやの、なんやの、 と乗り出して来ました。 「あんた、しつかりせな、そのうち、樺山さんまで抱え込むことになるわよ ! 」 えらそうにいうけど、そのモトを作ったんは友野さんやありませんか。友野さんが、あ んたとこの別荘、空いてたら松丸センセ、住まわせてあげてくれない ? というたために、 こんなことになったんやないですかフ けんか う、、たいけれど、そういうて友野さんと喧嘩をしてしまったら、愚痴を聞いてくれ る人はあとは逢坂さんしかいません。けれども逢坂さんはもともと、そう情熱的な性質や あき ふる

4. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

私が他人に向ってこんなきついことをいうたのは生れてはじめてです。あんたがグチグ ししたいことを口に出さへんからや、といつも逢坂さんにい チ愚痴ばっかりこ・ほすのは、 かんにんぶくろ われてました。けど今度という今度は、堪忍袋の緒が切れて、それこそ清水の舞台から飛 び降りるような気でいうたんでした。 「結婚・ : : ・」 樺山さんは私の調子のきっさにも気がっかないくらい「結婚」という一言に気持を奪わ れて、・ほーっとして呟きました。 「結婚ねえ・ : : ・夢ですなあ・ : : ・」 「夢ゃないようにしたらよろしいやないの。センセかて、そんなに樺山さんにいてほしい のなら、結婚しはったらええと思います : センセに聞えよがしにいいました。 「そんなら、・ほくらの結婚、応援してくれはるんですか。祝福してくれはるんですか : ま 「はあ、応援も祝福もさせてもらいます。一日も早う結婚して、お二人で出て行ってほし 終いと思てますー そういう私の声は、自分で自分の調子のきっさに興奮して、金切声になっていたのでし っや

5. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

114 「もし、奥さん : : : 松子さん : : : 」 樺山さんは襖を細目に開けたらしい 「もう寝てはりますのんか、松子さん : : : 奥さん : 私は身じろぎもしない。襖は音もなく閉って、廊下の足音が離れの方へ行き、暫くして まわ 戻って来ると、茶の間の電話のダイヤルを廻す音がしました。 「もしもし、うな金さんでつか。うなどんの松、二人前、持ってきとくなはれ、吸いもん、 ついてまんな : : : 」 ふろば あくる日、私は風呂場で何やらゴトゴトいう音で目が醒めました。枕許の時計を見ると、 もう九時を過ぎています。前夜は早うから布団の中に入ったものの、夜が白んでくるまで 一睡も出来ず、どこかで鶏が鳴くのを聞きながら、やっと眠りに入ったのでした。そのた めつい寝過してしまったのですが、それでも起きる気がしません。いったいあの二人をど うしてやろうか、と昨夜のつづきを考える。友野さんや逢坂さんは「松子さんてほんまに 我慢強い人やねえ 」と二言目には感心していいますが、我慢にも限界があります。昔 は我漫は美徳でした。けれども今は我慢は美徳でも何でもない。むしろ相手を増長させる まくらもと しばら

6. 夕やけ小やけでまだ日は暮れぬ

: もう、あかんのやないかと思うてエ・ 「わたし、もう心細うてエ : 「あかんやなんて、そんなこというたらいけません。・ほくが来たやないですか」 「ありがとう、樺山さん : : : ウレしい アホらしいて見てられません。いっ布団から手を出したのかセンセと樺山さんの手はし つかり握り合わされていて、下から見上げる目と見下ろす目には、言葉に出せん熱い思い が籠められているかのよう。 私は座敷から出て茶の間へ行き、樺山さんに出すお茶の支度をしながら、 「フン ? なんですねん、あれは : 思わず声が出てしまうのでした。 樺山さんはその日から泊り込みで、センセの看病にかかりきりです。私は手が空いてえ えようなものの、けど他人が一人増えると食事にしろお風呂にしろ、それなりに気配りを せんなりません。 やっと往診に来てくれはった甲斐先生は、風邪気のところへちょっと食べ過ぎはったん でしよう。たいしたことはありませんが、お年やから無理をせんように、というて血圧を 終計り、ついでやから検査しときましようというて血を採って帰らはりましたが、その結果、 血圧もコレステロールも正常、どっこも悪いところはないということがわかって、私は何 やら面白うない。 この前、逢坂さんに会うた時、 ふろ