そうなる気配は残念ながらない。私は勤めから帰って来た娘に、子さんの話をした。 「 : : : それで子さんがいうにはね、あんたに倖せな結婚をさせたいのなら、キャリアウー マンにはならせないようにつて」 「ふーん」 この気の抜けた返事を聞いただけでキャリアのキャの字も縁がないことがわかる。 「しかしねえ」 と娘はいった。 「キャリアウーマンだから、旦那さんに目を向けないで、夫をへトへトにさせるとは限らな いんじゃないかなあ。何のキャリアもなく三食昼寝つきで、あんまり倖せだもんだから、夫 から目が逸れてる人もいるしねえ : : : 。逸れた目が仕事に向かないで、よその ( ンサムに向 いたりして : いや、ハンサムじゃなくてただのおっさん、よくもまあ、あんなオヤジのど こがよくて、と思えるようなのに、ランランと目が向いてるのもいるしねえ : キャリアは何もないくせに、こういうことだけは一人前以上にいえるというのも困ったも 矗のだ。 の娘は何を思ったか、手近にあった『現代用語の基礎知識』という本をめくっている。 焼「ママ、私はキャリアガールなんたよ ! 」 「キャリアガール ? なんであんたがキャリアガールなんだよ ! 」 「だって、ここに書いてあるもの。キャリアガールーー自分のサラリーで服装を整えたり、
236 本を買ったり、映画を見たり出来る女性。とも略する。その層をねらって特設売場に 0 コーナーと名付けたりした : : : 」 娘はまた。ハラ。ハラと本をめくり、 「キャリアリストーー・ O*-Äと違って専門的な技能を持ち、ライフワークとして自立するとい うこと。結婚生活の腰かけ的認識の排除された職業婦人 : : : 」 と読み上げた。 いもじようちゅう 「同じキャリアがついても、キャリアガールとキャリアリストとでは、越乃寒梅と芋焼酎 くらいの差があるのね」 「うん、私は芋焼酎の方ーー」 自分でいってれば世話はない。 こういう時、親の方が、 「お前は芋焼酎だね」 といい、娘は、 「まツ、シッレイ ! 」 と怒って発奮する。そうして芋焼酎は越乃寒梅に少しでも近づこうと努力する , ーー人生の 意義はそういうところにあるのではないのか ! すると娘はいっこ。 「そうか : : : では私も明日からキャリアリストふうにやろうかな」 「どんなふうにやるのよ ? 」 こしのかんばい
234 です。ョメの目には見えない。い や、そもそもョメは夫の方へ目を向けていないんですから。 仕事とおしゃれと貯金の方にばかり向いていて、オホホホ」 けたたましく上ったその笑い声は、とてもおっき合いに一緒に笑える、というものではな かったのである。 「ねえ、愛子さん、どう思われます ? と改めていわれて、私は返答に詰った。何を隠そう、この私もかっては「夫の方へ目を向 けてはいないんですから。オホホホ」と姑が皮肉に笑ったにちがいない女房であった。 だがその結果、夫は他に女を見つけて逃げて行った。へ トへトになる前に、である。 それに較べると、ヘ トへトご亭主はえらい へトへトご亭主をしてへトへトに耐えさせているキャリア奥さんもえらい 私がそんな所感を述べると、子さんはいくらか機嫌を悪くしたふうにいった。 「ともかくね。キヨーコさんに倖せな結婚をさせたいと思うのなら、キャリアウーマンにな らないように注意した方がよろしいですよ」 と私は笑って返事に代えた。子さんの心配は有難いけれど、我が娘がキャリアリストと して夫をへトへトにさせるほどの力があろうとは思えない。もっとも別の意味でガマンにガ マンをさせてへトへトにすることはあるかもしれないけれど。 私は娘がキャリアリストとして生きることを望んでいる。望んではいるが、今のところ、 しあわ
237 芋焼酎のお話 キャリアウーマンというのは、例えばタ。 ( コを吸う時、片ツ。ホの目をわざと煙そうに小さ くしたりする。電話をかける時なんかも、タ、、 ( コを指に挟んで、ポールペンの先でダイアル を廻したり、つまり忙しさのカッコをつける。時にポールペンで頭をコッコッ叩いて考えご とをし、男が下手な冗談をいうと、片ッポのほっぺただけをゆるめて笑う : それが娘のいうキャリアリストの生態だそうで、どう転んでも我が娘は越乃寒梅にはなれ ぬ芋焼酎なのであった。